アラスター、幻想入りする   作:まったり愛好家

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注意書き:作者が楽をするために、紅霧異変発生時点でスペルカードルールが制定されています。

ご了承ください。


第四話 アラスターの能力

 私は、右手に現れた赤いマイクを、ゆっくりと回した。

 

 掌に伝わる重み。

 指先に馴染む感触。

 表面の微かな凹凸まで、すべてが見覚えのあるものだった。

 

(間違いありませんね)

 

 これこそ、地獄にいた頃――

 私が力を振るった象徴。

 

 くるり、くるりと、何気ない仕草で弄びながら、私はその感触を確かめ続ける。

 

 そして。

 

 霊夢からは見えない位置で、影をわずかに揺らした。

 

 足元に落ちる影が、不自然に濃くなる。

 そこから、細い触手が一本、ぬるりと伸び――

 すぐに、何事もなかったかのように消える。

 

(問題なく出せますね)

 

 感覚は鈍っていない。

 力の制御も、普段通り。

 

(私の悪魔の力が……そのまま使えるようになったと考えて、良さそうです)

 

 胸の奥で、愉悦が静かに広がる。

 

 だが。

 

 表に出すわけにはいかない。

 

 私はすぐに思考を切り替えた。

 

(正体は伏せる。あくまで、“今初めて手に入れた能力”という体でいきましょう)

 

 警戒されるのは面倒だ。

 警戒を解くのは、もっと面倒だ。

 

 ならば最初から、“無害な外来人”として振る舞うのが最善。

 

 私は、首を傾げ、困ったような表情を作った。

 

「これは……どういった力なんでしょうね?」

 

 自分でも不思議そうに、マイクを見つめる。

 

 声のトーンは柔らかく、どこか頼りない。

 

「このマイク……何に使うんでしょう? 歌う、とか?」

 

 私は、冗談めかしてマイクを口元に近づけた。

 

「――テスト、テスト」

 

 軽く声を出す。

 

 当然、何も起こらない。

 

 風が、神社の境内を抜けていくだけだ。

 

 霊夢は、その様子を腕を組んで見ていた。

 

「あんた……何もわからないの?」

 

 疑いと呆れが半々、といった口調。

 

「ええ」

 

 私は、にこりと笑う。

 

「あいにく、このようなマイクは初めて見ますからね」

 

 嘘だが、嘘に聞こえないように。

 

 霊夢は、じっと私を見つめる。

 

「ふーん……」

 

 少し間を置いて、ぽつりと呟く。

 

「私の、思い違いかしら?」

 

「と言いますと?」

 

「結界経由で能力が発現した、っていうより……」

 

 霊夢は、私の手のマイクに視線を落とす。

 

「元々持ってた力が、戻ってきたような……そんな感じだったんだけど」

 

 ――来ましたね。

 

(勘が鋭い)

 

 だが、想定内だ。

 

 私は肩をすくめる。

 

「それは不思議ですね」

 

 あくまで他人事のように。

 

「私自身、そんな力を持っていた覚えはありませんよ」

 

「……まあ」

 

 霊夢は、しばらく考え込むように視線を泳がせた。

 

 それから、軽く息を吐く。

 

「ここに来る前から使えはしたけど、使い方が分からなくて発現してなかっただけ、って可能性もあるわね」

 

「なるほど」

 

 私は、納得したように頷いた。

 

(よし、そちらで勝手に解釈してくれましたか)

 

 人は、自分が納得できる答えを見つけると、それ以上深く追求しない。

 

 実に扱いやすい性質だ。

 

「マイク……」

 

 私は、改めてそれを眺める。

 

「私はここに来る前、ラジオパーソナリティをしていましたので……それに関係ある能力でしょうか」

 

「その可能性は高いわね」

 

 霊夢は、今度は迷いなく答えた。

 

「能力って、その人の性質とか、生き方をそのまま映し出すことが多いのよ」

 

「特性、ですか」

 

「そう。だから、あんたの場合は……」

 

 霊夢は、少し考えてから言う。

 

「声を使う能力、とかじゃない?」

 

「声……」

 

 私は、低く呟く。

 

(ええ、正解ですよ)

 

 声で人を操り、恐怖を流し、魂を揺さぶる。

 

 それこそが、私の本質だ。

 

 だが、口には出さない。

 

「何ができるんでしょうね」

 

 純粋な好奇心を装う。

 

「テレパシーとか、洗脳とか……?」

 

「いや、それは怖すぎませんか?」

 

 私は苦笑した。

 

(そんな、どこかのお馬鹿さん(ヴィンセント)みたいなことはしませんよ)

 

 霊夢は肩をすくめる。

 

「分かんないけど。まあ、最初のうちは試していけばいいわよ」

 

 そう言って、立ち上がる。

 

 巫女装束の裾が、さらりと揺れた。

 

「能力が発現したからって、すぐ自在に使えるようになるわけじゃないしね」

 

「なるほど」

 

 私は、マイクをそっと握り直した。

 

 使えない“ふり”をしながら、使える力を隠し持つ。

 

 実に愉快だ。

 

「さて、と」

 

 霊夢は、腰に手を当てる。

 

「説明は終わり。まだ聞きたいことはあるかもだけど、それは人里で聞いて」

 

「と言いますと?」

 

「私は、そろそろ見回りに行かないといけないの」

 

「見回り、ですか」

 

「そう。異変の前兆とか、変な動きがないかのチェック」

 

 霊夢は、境内の外――

 森の方へと視線を向けた。

 

「そのついでに、あんたを人里まで連れていくわ」

 

「……なるほど」

 

 私は、静かに頷く。

 

「それなら、私としても異論はありません」

 

 むしろ好都合だ。

 

 私は立ち上がる。

 

 畳の上に、私の影が落ちる。

 一瞬だけ、その影が歪み、異様な形を描いた気がしたが――

 誰も気づかない。

 

 霊夢は、先に歩き出した。

 

 障子を抜け、神社の回廊を通り、境内へと足を踏み出した瞬間、空気の質がはっきりと変わったのが分かった。

 

 外気は澄んでいて、どこか冷たい。

 木々の葉が微かに擦れ合う音と、遠くで鳴く鳥の声。

 それらが溶け合い、神社という場所が持つ独特の静けさを形作っている。

 

 太陽はすでに天頂を少し過ぎており、空の高い位置から、やや斜めに光を落としていた。

 境内の石段や鳥居、社殿の影は、午前中よりもわずかに長くなっている。

 

 足元を見ると、自分の影も同様に、ほんの少し伸びていた。

 

(この傾き……だいたい一時前後、といったところでしょうか)

 

 無意識のうちに、そんなことを考えていた。

 

 私は、影の濃くなっている位置に自然に身を寄せる。

 あくまで何気ない動作だ。

 日差しを避けるような、ごく普通の仕草に見えるだろう。

 

 その影の中で――

 私は、ほんのわずかに“それ”を動かした。

 

 地面に落ちる自分の影が、不自然に揺らぐ。

 黒が、黒の中で蠢く。

 

 触手。

 

 細く、しかし確かな実体を持ったそれが、影の中から現れ、すぐに引っ込む。

 

(感覚は問題なし)

 

 私は、表情一つ変えずに確認を続ける。

 

 影から引き出す。

 収納する。

 距離感、反応速度、形状の安定性。

 

(……問題ありませんね)

 

 ついでに、意識を内側に向ける。

 

 空間を折り曲げる感覚。

 物を“しまう”感覚。

 座標を指定して、瞬時に移動するあの感覚。

 

(ワープも、収納も……反応は地獄にいた頃と遜色なし)

 

 私は、内心で満足げに頷いた。

 

(力は、ほぼ完全な形で戻っています)

 

 幻想郷。

 博麗大結界。

 

 どうやら、この世界は私にとって“優しすぎる”場所らしい。

 

 ――その時だった。

 

 ふいに、影の中が暗くなった。

 

 いや、違う。

 

 影が伸びたのではない。

 光そのものが、失われたのだ。

 

 私は、ゆっくりと顔を上げ、空を見上げる。

 

 先ほどまで、どこまでも澄み切っていた青空は、そこにはなかった。

 

 空一面を覆っているのは、赤。

 

 ただの赤ではない。

 夕焼けのような温かさも、朱のような柔らかさもない。

 

 血のように濃く、重く、粘つく赤。

 

 霧だ。

 

 赤い霧が、天を覆い尽くし、太陽の光を完全に遮断している。

 雲ではない。

 霞でもない。

 

 明確な“異物”。

 

 光を拒絶し、空間そのものを染め上げる、異様な存在感。

 

「……これは」

 

 私は、驚きも恐怖も感じることなく、ただその光景を眺めていた。

 

 むしろ、懐かしさすら覚える。

 

(地獄の空に、よく似ていますね)

 

 赤く、暗く、重苦しい空。

 希望という概念を最初から許さない色。

 

 そんなことを考えていると、隣から声が落ちてきた。

 

「異変よ」

 

 霊夢だった。

 

 彼女は、空を見上げたまま、淡々とそう呟く。

 

「これが……異変ですか」

 

 私は、視線を空に固定したまま尋ねた。

 

「随分と、わかりやすいんですね」

 

「今回のは、だいぶ大規模っぽいからね」

 

 霊夢は、腕を組み、ため息をついた。

 

「最近は、ここまで派手なことをする妖怪はいなかったんだけど……」

 

 肩が、ほんの少し落ちる。

 

「久々に、めんどくさそうね」

 

(真っ先に“めんどくさい”が出てくるあたり……)

 

 私は、内心で苦笑した。

 

 幻想郷の均衡を保つ巫女。

 世界の管理者。

 

 その割に、使命感よりも面倒臭さが先に立つらしい。

 

(向いていない、とは言いませんが……随分と人間らしい)

 

 私は、霊夢の横顔を盗み見ながら口を開いた。

 

「それで……どうするんです?」

 

「どうするって?」

 

「異変が発生した以上、解決に向かうんでしょう?」

 

 霊夢は、当然だと言わんばかりに頷く。

 

「そりゃ、向かうわよ」

 

 しかし、すぐに言葉を濁した。

 

「……ただ」

 

 ちらり、と私を見る。

 

「貴方を一人にしたら、妖怪に襲われるかもしれないのよね」

 

「それは……」

 

 私は、わざと困ったように眉を下げた。

 

(本当は、襲われるのは妖怪の方でしょうが)

 

 霊夢は、顎に指を当て、しばらく考え込む。

 

「うーん……」

 

 沈黙。

 

 風が、赤い霧の下を吹き抜ける。

 

「途中まで連れて行く、とか?」

 

「……はい?」

 

 思わず、聞き返してしまった。

 

「いや、危なそうだったら置いてくから。安心して」

 

「安心……?」

 

 それは、安心と言うのでしょうか。

 

 私は、曖昧に相槌を打つ。

 

「はあ……」

 

 常識が少しずつズレているが、今に始まったことではない。

 

(とはいえ)

 

 幻想郷の戦闘。

 異変解決。

 

 それを間近で見られるのは、正直言って悪くない。

 

(むしろ、興味深い)

 

 霊夢は、そんな私の内心など知らず、軽く手を叩いた。

 

「まあ、大丈夫でしょ」

 

 にかっと笑う。

 

「いざとなったら、ガッチガチの結界で囲んであげるから」

 

「……それは、心強いですね」

 

 皮肉にならないよう、声色を調整する。

 

 次の瞬間。

 

 霊夢は、何の前触れもなく私を抱え上げた。

 

「え――」

 

 声を出す暇もない。

 

 ふわり、と足が地面を離れる。

 

 重力の感覚が、一瞬で希薄になった。

 

「方角は……あっちね」

 

 霊夢は、赤い霧に覆われた空の向こうを指差す。

 

「結構距離あるから、飛ばして行くわよ」

 

 そう言い終えるより早く、彼女は飛行を開始した。

 

 一気に加速。

 

 風が、全身に叩きつけられる。

 

 景色が流れ、神社の境内が一瞬で遠ざかる。

 

 それは、先ほどここに運ばれた時よりも、明らかに速かった。

 

 だが――

 

(問題ありませんね)

 

 私は、内心でそう判断する。

 

 悪魔の力を取り戻したことで、身体能力も底上げされている。

 内臓が浮く感覚も、風圧も、すべて制御下だ。

 

 霊夢の腕の中で、私は静かに目を細める。

 

 赤い霧の下、幻想郷の大地が高速で流れていく。

 

(さて……)

 

 この異変。

 

 この世界。

 

 そして、この巫女。

 

 ――退屈しない旅になりそうですね。

 

 私は、そう思いながら、赤い空を見つめ続けていた。

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