アラスター、幻想入りする   作:まったり愛好家

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みなさん、応援のコメントありがとうございます。

とても励みになります。


第五話 弾幕ごっこ

 赤い霧に覆われた空の下、私たちは高速で空を切り裂いていた。

 霊夢の腕に抱えられたまま、私は下方に流れていく幻想郷の景色を眺めている。

 

 森、草原、川。

 どれもが赤い光を反射し、現実感を失ったような色合いに染まっていた。

 

 風圧は強いが、不快ではない。

 悪魔の力を取り戻したこの身体は、すでにこの程度の負荷を「刺激」として処理できる。

 

 そんな中、ふと疑問が浮かんだ。

 

「……そういえば」

 

 私は、霊夢の肩越しに声をかけた。

 

「どうして、こっちに異変の元凶がいるって分かるんです?」

 

 視線は前方に向けたまま。

 あくまで雑談の延長のような口調だ。

 

 霊夢は一瞬だけこちらを横目で見て、あっさりと言った。

 

「なんでって、勘よ。勘」

 

「……勘、ですか?」

 

「そうそう。私の勘はね、ほぼ確実に当たるの」

 

 あまりにも当然のように言うので、私は一瞬言葉を失った。

 

「はあ……」

 

 思わず、気の抜けた返事が漏れる。

 

(それはもう、勘というより――)

 

 一種の予知能力ではないだろうか。

 少なくとも、私の知る“勘”という概念とは大きくかけ離れている。

 

 しかし、霊夢はそれ以上の説明をする気はないらしく、再び前を向いた。

 

 その瞬間だった。

 

「……っと」

 

 霊夢の動きが、ぴたりと止まる。

 

 空中で、完全に静止。

 私の身体も、慣性を感じることなくその場に留まった。

 

「横から、なんか来たわね」

 

 そう言って、彼女は視線を側方へ向ける。

 

 私もつられてそちらを見る。

 

 赤い霧の中から、黒い影が滲み出るように現れた。

 

 ――見覚えがある。

 

「あんた……誰かと思えば」

 

 霊夢の声に、わずかな呆れが混じる。

 

「さっきの妖怪じゃない」

 

 そこに浮かんでいたのは、つい先ほど私を襲い、霊夢によって一蹴されたあの少女だった。

 

 髪も服も乱れ、先ほどよりも目つきが鋭くなっている。

 その全身からは、黒く濁ったオーラのようなものが立ち昇っていた。

 

(……なるほど)

 

 私は内心で頷く。

 

(リベンジ、ですか)

 

 敗北から、そう時間は経っていない。

 それにも関わらず、再び立ち向かってくるその精神力には、正直少し感心した。

 

「その人間を、置いていくのだ」

 

 妖怪は、低く、しかしはっきりとした声でそう言った。

 

 その瞬間、黒いオーラが一段と濃くなる。

 周囲の霧が歪み、空気がざらつくのが肌で分かった。

 

 完全に、戦闘態勢。

 

「……やる気満々ね」

 

 霊夢は、溜息混じりに呟いた。

 

 しかし、その表情に焦りは一切ない。

 

「スペルカード、三枚使用」

 

 妖怪が宣言する。

 

「いざ、勝負なのだ」

 

 その言葉と同時に、空間が弾けた。

 

 無数の光弾が、花が開くように展開される。

 黒を基調とした弾幕は、左右に薙ぎ払うような軌道を描き、規則正しく広がっていく。

 

(……なるほど)

 

 私は、思わず見入ってしまった。

 

 ただの乱射ではない。

 そこには明確な構造とリズムがある。

 

 弾と弾の間隔。

 速度の緩急。

 空間を「見せる」ための配置。

 

 戦闘というより、まるで夜空に打ち上げられる花火だ。

 

「確かに……これは“綺麗”ですね」

 

 思わず、そんな感想が漏れる。

 

 対する霊夢は、私を抱えたまま、まったく動じない。

 

 片手で、懐に手を入れる。

 

 そして、一枚のカードを取り出した。

 

 その動作は、あまりにも自然で、あまりにも軽い。

 

「――霊符」

 

 一瞬、空気が張り詰める。

 

「『夢想封印』」

 

 宣言と同時に、世界が震えた。

 

 霊夢の身体から、今までに感じたことのない規模のエネルギーが噴き出す。

 

 それは、暴力的な力ではない。

 しかし、圧倒的だ。

 

 空間そのものが、彼女を中心に引き寄せられていく感覚。

 

 収束。

 凝縮。

 

 やがて、そのエネルギーは四つの光となり、霊夢の周囲に展開された。

 

 赤、青、黄、白。

 どれも鮮烈で、眩しく、しかし不思議と目に優しい。

 

(……これは)

 

 私は、無意識に息を呑んだ。

 

 魂の奥を、直接揺さぶられるような威圧感。

 理屈ではなく、本能が理解してしまう。

 

(これが……幻想郷の管理者の力)

 

 現時点で、正面からやり合って勝てる相手ではない。

 そう、はっきりと確信してしまった。

 

 霊夢は、まだ本気ですらない。

 それなのに、これだ。

 

(……力量差が、分かってしまうのは厄介ですね)

 

 四つの光弾は、合図もなく放たれた。

 

 直線的でありながら、まるで意思を持っているかのように進路を微調整する。

 

 必死に回避行動を取る妖怪。

 弾幕の中を縫うように動き、距離を取ろうとする。

 

 だが、無駄だった。

 

 光弾は、執拗に追尾し、逃げ場を潰していく。

 

 そして――

 

 着弾。

 

 轟音。

 

 一瞬、視界が白に染まる。

 

 音も、風も、感覚も、すべてがその爆発に飲み込まれた。

 

 やがて、光が引く。

 

 赤い霧の中に見えたのは――

 

 力を失い、意識を失った妖怪が、ゆっくりと落下していく姿だった。

 

 空中から、ただ静かに、下へ。

 

 それを、私は黙って見送っていた。

 

「……凄まじいですね」

 

 思わず、そう口にしていた。

 

 それは、社交辞令でも、場を和ませるための言葉でもない。

 心の底から湧き上がった、純粋な感嘆だった。

 

 私という存在は、基本的に他者を評価しない。

 お世辞を言うことはある。持ち上げ、利用するために称賛を口にすることもある。

 だが、本心から誰かを「凄い」と認めることは、ほとんどない。

 

 しかし――

 先ほどの一連の光景を見せられてしまっては、話は別だった。

 

 霊夢は、私の言葉を聞いて、ふふん、と鼻を鳴らす。

 

「そうでしょ?」

 

 そして、誇らしげに胸を張った。

 

「あれがね、私が幻想郷の管理を任されてる理由の一つよ」

 

 その口調は軽いが、言葉の重みは確かだ。

 

 実際、彼女の周囲では、数えきれないほどの小さな影が弾け飛んでいた。

 先ほどから、赤い霧の中を飛び回る小さな存在――羽虫のような、光の塊のようなそれらが、次々と霊夢に突っ込んできては、容易く弾き飛ばされている。

 

「……ちなみに」

 

 私は、その様子を眺めながら問いかけた。

 

「今、襲ってきているこの雑魚たちも、妖怪なのですか?」

 

 霊夢は、弾を放ちながら、ちらりとこちらを見る。

 

「違うわね」

 

 即答だった。

 

「こいつらは妖精。自然が形を持った存在よ」

 

「妖精……」

 

 思わず、その単語を反芻する。

 

(妖怪、神、付喪神、そして妖精……)

 

 この世界は、実に賑やかだ。

 地獄も大概だったが、方向性が違うだけで、こちらも負けてはいない。

 

 私は、霊夢の腕の中から、幻想郷の景色を見下ろしていた。

 

 いつの間にか、かなりの距離を移動していたらしい。

 眼下に広がるのは、巨大な湖だった。

 

 水面は霧に覆われ、どこまでも白く、境界が曖昧だ。

 冬の初めという季節のせいか、空気はひどく冷たい。

 

 吐く息が、白くはならないが、肌に刺さるような寒さがある。

 

「……霧の湖って」

 

 霊夢が、独り言のように呟く。

 

「こんなに広かったかしら……」

 

 彼女は、霧の中を進みながら、微妙に進路を変えている。

 右へ、左へ。

 一定の方向に向かっているようで、どこか定まらない。

 

「霧で見通しが悪くて、困ったわね」

 

「……」

 

 私は、その様子をじっと観察していた。

 

 そして、嫌な予感が胸をよぎる。

 

「……もしかして」

 

 言葉を選びながら、慎重に尋ねた。

 

「迷いました?」

 

 一瞬の沈黙。

 

 霊夢は、少しだけ視線を逸らした。

 

 その瞬間――

 

「道に迷うのは、妖怪のせいなの」

 

 横から、唐突に声がした。

 

「……」

 

 私は、そちらを見る。

 

 霊夢は、まるで最初からそこにいると知っていたかのように、平然と返した。

 

「あら、そう?じゃあ案内してよ。この辺に島があったでしょ?」

 

 あまりにも自然なやり取りだった。

 

「……あんた」

 

 今度は、声の主が苛立ったように言う。

 

「ちっとは驚きなさいよ。目の前に強敵がいるのよ?」

 

 霧の中から、姿を現した存在。

 

 小柄な体格。

 先ほどの妖怪と同じくらいの背丈。

 

 だが、決定的に違う点がいくつもあった。

 

 髪も、服も、色はすべて青。

 そして背中には、氷でできた羽が生えている。

 

 透明で、鋭く、光を反射する氷の翼。

 

(……なるほど)

 

 私は内心で頷いた。

 

(妖精、というやつでしょうね)

 

 羽の形状、霊夢の説明、そしてこの場の雰囲気。

 すべてが一致する。

 

「どうします?」

 

 私は、少しだけ意地悪く、霊夢に問いかけた。

 

「強敵、らしいですが」

 

「標的?」

 

 霊夢は、肩をすくめる。

 

「こいつはびっくりだわね」

 

 ふざけた調子だ。

 

 それを見て、氷の妖精は完全に頭に血が上ったようだった。

 

「ふざけやがってー!」

 

 甲高い声が、霧の湖に響く。

 

「あんたたちなんか、イギリス牛と一緒に冷凍保存してやるわ〜!」

 

(……イギリス牛?)

 

 一瞬、意味が分からなかったが、深く考える必要もないだろう。

 

 妖精は、そのまま両手を振り上げた。

 

 次の瞬間、空気が冷え切る。

 

 無数の小さな弾が、空中に生まれた。

 一つ一つは小さいが、明らかに冷気を放っている。

 

 氷でできた弾幕。

 

 先ほどの妖怪よりも、密度が高く、数が多い。

 

 霊夢は、それを見て、軽く鼻で笑った。

 

 そして、踊るように動き出す。

 

 弾と弾の隙間を、余裕を持ってすり抜けていく。

 その動きには、焦りも緊張もない。

 

 避けながら、的確に弾を撃ち返す。

 

 妖精は、すぐさま新しいスペルカードを宣言した。

 

「氷符『アイシクルフォール』!」

 

 空気が、一段と冷たくなる。

 

 氷の粒が、雨のように降り注いだ。

 いや、雨ではない。

 

 雹だ。

 

 鋭く、重く、叩きつけるような氷の弾幕。

 

 それでも霊夢は、舞う。

 

 まるで、弾幕のリズムを楽しんでいるかのように。

 踊るように避け、正確に反撃する。

 

「なんだ」

 

 霊夢は、軽く言った。

 

「やっぱり弱いじゃない」

 

 完全に煽っている。

 

 妖精は、怒りに任せてさらに弾を増やすが、状況は変わらない。

 

 ――だが。

 

 私は、その光景を見ながら、別のことを考えていた。

 

(……弱い?)

 

 確かに、霊夢から見ればそうなのだろう。

 圧倒的な力の差がある。

 

 だが、私の目には違って見えた。

 

 何もない空間から、無尽蔵に氷を生み出し。

 それを、意のままに操る。

 

 自然現象を、意思一つで再現し、武器として使う存在。

 

(……十分すぎるほど、脅威ですよ)

 

 少なくとも、人間にとっては。

 

 私にとってすら、油断すれば致命傷になりかねない力だ。

 

 だが――

 

 この幻想郷では。

 

 それすら「弱い」と切り捨てられる。

 

(とんでもない世界に、来てしまいましたね)

 

 氷の妖精は、明らかに癇に障った様子だった。

 

 先ほど、霊夢に「弱い」と一蹴された言葉が、よほど堪えたのだろう。

 小さな体を震わせ、唇を噛み締め、氷の羽を大きく広げる。

 

「……ッ」

 

 そして、甲高い声で叫んだ。

 

「凍符――」

 

 一瞬、湖を覆う霧が揺れた。

 

 空気が張り詰める。

 肌に触れる冷気が、ただの寒さではないものに変わる。

 

「『パーフェクトフリーズ』!!」

 

 その宣言と同時に、妖精の周囲から弾幕が溢れ出した。

 

 赤、青、黄。

 丸型の弾が、無秩序にばら撒かれていく。

 

 色合いだけを見れば、どこか玩具めいてすらいる。

 動きも直線的で、特別な変化はない。

 

(……あれ?)

 

 正直なところ、私は拍子抜けしていた。

 

 先ほどまでの氷の弾幕の方が、よほど洗練されていたように見える。

 これなら、先ほどよりも避けやすい。

 

(ネタ切れ、でしょうか)

 

 そんなことを考えた、その瞬間だった。

 

 ――ぞわり、と。

 

 妖精から、何かが放たれた。

 

 それは、衝撃でも、音でもない。

 言葉にするなら、「圧」だ。

 

 存在そのものが空間を押し潰すような、不可視のプレッシャー。

 

 刹那。

 

 私たちの周囲に展開されていた弾幕が、一斉に白く染まった。

 

 凍ったのだ。

 

 音もなく、躊躇もなく。

 弾丸一つ一つが、完全な氷の結晶へと変貌する。

 

「……っ」

 

 一瞬で、気温が急降下した。

 

 空気が重くなる。

 肺に吸い込むだけで、喉の奥がひりつく。

 

 吐いた息が、はっきりと白くなった。

 

 私は、無意識に肩をすくめていた。

 体の内側から、圧迫されるような感覚。

 

(これが……)

 

 スペルカードの名が、脳裏をよぎる。

 

(パーフェクトフリーズ……)

 

 まさに、その名に違わぬ性能だ。

 

 だが、それだけでは終わらなかった。

 

 凍りついた弾幕は、空中で停止したまま、まるで背景の一部になったかのように動かない。

 

 そこへ、妖精はさらに弾幕を重ねて放ってくる。

 

 新たな弾が、凍った弾の隙間を縫うように配置される。

 

 空間が、狭まっていく。

 

 逃げ道が、削られていく。

 

 先ほどまで、比較的余裕があった回避が、一気に難易度を増した。

 

 霊夢は、体をひねり、わずかな隙間を縫うように動く。

 

 だが、それでも――

 

 正直、見ているこちらが息を詰めるほど、ギリギリだった。

 

 さらに。

 

 私の目の前で、信じがたい光景が展開される。

 

 空中に固定されていたはずの凍結弾幕が――動いた。

 

 一斉ではない。

 それぞれが、バラバラの方角へ。

 

 まるで、個別に意思を持っているかのように。

 

「……!」

 

 私は、思わず息を呑んだ。

 

 静止していた障害物が、突然動き出す。

 それも、予測不能な方向へ。

 

 これは、単なる弾幕ではない。

 空間制御に近い。

 

 弾を撃つのではなく、「場」を作り、その場そのものを凍結させ、支配する。

 

(……これは)

 

(弱い、なんてレベルじゃない)

 

 少なくとも、私の感覚ではそうだった。

 

 だが。

 

 霊夢は違った。

 

 彼女は、動き出した弾幕を、先ほどよりも――明らかに余裕を持って避けている。

 

 無駄のない動き。

 最小限の移動。

 

 視線は常に弾幕全体を捉え、体は自然と次の隙間へと流れていく。

 

(……?)

 

 私は、混乱していた。

 

(先ほどは、確かにギリギリだったはず……)

 

(なのに、どうして今は……)

 

 私の表情に、疑問が浮かんでいたのだろう。

 

 霊夢は、一瞬だけこちらを振り返った。

 

 弾幕を避けながら、まるで散歩の途中で声をかけるかのように、あっさりと言った。

 

「慣れた」

 

 それだけだった。

 

 説明も、補足もない。

 

 だが、その一言で、すべてが理解できてしまった。

 

 私は、霊夢という存在の底を、また一つ覗いた気がした。

 

 ――力ではない。

 

 経験だ。

 

 積み重ねた戦闘。

 無数の弾幕。

 それらすべてを乗り越えてきた者だけが持つ、「当たり前」。

 

 この幻想郷で管理者を名乗るということの、重み。

 

 私は、赤い霧と凍てつく弾幕の中で、静かに思った。

 

(……敵わない)

 

 今の私では、到底。




アラスターからしたらチルノでもめっちゃ強く見えるんだよね。

そのせいでチルノの描写めっちゃ盛ってる。
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