高梨のライヴへの参加について、凡ちゃんのセリフがカットされています。
凡ちゃんはそんなタイプじゃないよな、になりました。
「人気ロックバンドESK DUALが活動休止を発表しました。25日に開催されたコンサート中にボーカルの新名さんが体調不良を訴え、公演は中止に。同日から始まったコンサートツアーは全ての公演がキャンセルされました。新名さんは数年前から発声障害を発症しており、今後は治療に専念。復帰は未定とのことです。オフィシャルサイトにはESK DUALのコメントが掲載されており……」
いまだ混乱が収まらぬ音楽事務所LEAPの一室にはVANCAのメンバーが集められており、迫丸が口を開く。
「ではまずは報告から。本日付けで渡瀬くんが僕の下でVANCAの担当になります。」
やや疲れを見せる渡瀬が少し頭を下げて挨拶する。
「よろしく。」
「次に提案が三つ。一つ目。ESKのツアーが中止されたことで、事務所としては穴埋めをしなくてはならない状況です。そこでVANCAにはアリーナツアーの話が来ています。」
「アリーナツアー?」
少し怪訝な表情で沢口が相槌を打つ。
「うん。ESKのツアーがかなり余裕を持たせていて、週に一日か二日。三か月で二十か所ほどを回るものだったんだけど、そのうち、アリーナクラスの一部をVANCAに受け持ってもらえないかと。」
「まだ俺たちの武道館が残ってるよね。」
VANCAのツアーファイナルとの日程調整について、各務が口を挟む。
「もちろん武道館とは被らないようにするよ。具体的には武道館後に五か所。これは追加公演とかアンコールツアーとか、それこそ今回のツアーとは切り離して考えてもいいと思う。」
「残りの穴埋めは誰が?」
二十か所のうちの五か所だけがVANCAの割り当てとあって、率直に栗原が尋ねる。
「今月分のアリーナクラスはオクトに話が行ってるね。来月からレコーディングで、今月のほうがいいんだそうだよ。あとは……ESKが予定していた武道館公演については、LEAP総出でのイベントにしようかって。これは再来月だね。」
「俺たちの武道館まで間が開くから、どうせやるなら今月のアリーナのほうが良かったのかもしれないね……」
代替公演の割り当てを聞いた各務が、誰に言うでもなくボソっと呟く。
「今からチケット間に合うのか?」
その声に被せるように、公演まで間がないことに沢口が疑問を呈す。
「どんなに告知を急いでも、当日券に期待するほかないかもしれない。これはオクトもVANCAも一緒。ファンクラブがあって良かったと思おう。オクトは前回のツアーから結構開いてるから、どうにかなるんじゃないかな。VANCAは追加公演のほうが会場が大きくなるけど、武道館が完売してるから……ツアーの評判自体は良かったしね。」
「となると、夏のイベントをこなしながらか。」
どこか遠くを見据えるように沢口が言う。
「武道館とイベントを告知の場にできるといいんじゃないかな。」
凡河内が前向きにそれに重ねる。
「やろうか。」
「やりますか。」
各務と栗原が二人に応え、同意する。
「ライブが増えるのは望むところだけど……初めてのアリーナがこういう形になるのも俺たちらしいな。」
「まったくだ。」
穴埋めという形で急遽決まったアリーナツアーに関し、沢口と凡河内が軽口を叩く。
「じゃあ、アリーナツアーは承諾、と。渡瀬くん、伝えてきてもらえるかな。」
「はい。」
「アリーナ以外は?」
渡瀬が退出するのを横目に、栗原が改めて尋ねる。
「ホールクラスはMME側の提案で、MMEの所属アーティストが受け持つみたい。高梨雪さんとかだね。」
「
予想外の返答に、驚いたように栗原が言う。
「高梨さんの復帰ライブが大成功だったから、小規模なツアーをやりたいんだそうだ。あとは単発がいくつかになるのかな。」
「地方を割り振られた連中は大変だな。」
地方での単発ライブと聞いて、楽しそうに沢口が混ぜっ返す。
「そこはMMEが調整すると思うよ。……VANCAも地元を受け持つ?」
「……追加公演であそこは無いだろ……日程さえ合うならライブが増えるのは構わないけどさ。」
迫丸にやり返された沢口が微妙な表情で呟く。
「ふふ。残念ながら、あっちは日程表には入ってなかったよ。」
「ふざけんなよ。」
むっとした様子で沢口が噛みつく。
「……高梨さんのサポートは誰が?」
やりとりを黙って見ていた凡河内が少し迷ったように切り出す。
「そこまではわからないな。昨日の今日だから、まだ決まってないんじゃ……凡河内くんは興味あるの?」
「……いや、そういうわけでも……」
「VANCAの日程と被ったらサポートもなにもないだろ。」
高梨のサポートと聞いて、沢口が面白くなさそうにこぼす。
「元々がESKのツアーの穴埋めだからね。VANCAとは被らないよ。高梨さんが夏のイベントに参加するようなら、日程を確認しないといけないけど。」
「凡ちゃんはサポートやりたいの?」
凡河内をフォローするように各務が尋ねる。
「復帰ライブは間に合わなかったんだっけ?」
栗原がそれに重ねて聞く。
「ラストワンフレーズくらいだね。……盛り上がったことはわかった。」
凡河内が何かを振り払うように小さく首を振って答える。
「凡ちゃんがアレンジ主導してたんなら、反応は気になるよね。」
各務が凡河内に話を向ける。
「……そうだね。」
奥歯に物が挟まったように凡河内が返す。
「気になるようなら、打診してみようか?」
やりとりを聞いていた迫丸が凡河内の意向を伺う。
「こちらから『参加させてください』も変だろ。」
どことなく不機嫌な様子で沢口が返す。
「いや、これはミーティングの最初に言ってた提案の一つでもあってね。高梨さんから楽曲提供の依頼が凡河内くんに来てます。」
迫丸が凡河内の表情を確認するように話し出す。
「なっ!」
「おお!」
「ついに来たね!」
凡河内を除く三人が、三者三様、短く言葉を発する。
「次のアルバム向けに二曲を一ヶ月で。プロデューサーは南さんの予定。前のアルバムの方向性で、大雑把なデモで構わないそう。集まった曲からシングルを出すかもしれないとのことです。」
「前作からそんなに経ってないよね?」
提出までの期間の短さもあって、栗原が疑問を呈する。
「イベントならともかく、本格的なライブをやるには曲が足りないみたい。」
「足りないの?」
各務が不思議そうに尋ねる。
「……以前の曲を歌うのには抵抗があるって言ってたね。」
「そりゃそうか。」
首を傾げた各務に凡河内が端的に説明し、栗原が納得してうなずく。
「町田さんが高梨さんのサポートに入るんだってさ。」
報告から戻ってきた渡瀬が会話に加わる。
「ESKのドラムの? どうして?」
各務が渡瀬に疑問を投げかける。
「ESKの尻ぬ……思うところがあるんだろう。」
言葉を選ばずに答えようとした渡瀬が、慌てて言い直す。
「……各務くん、一緒にやる?」
何かを決意したように凡河内が各務を誘う。
「えっ?」「ハァ?」「へっ?」「んっ?」「へえ」
凡河内以外の五人の声が重なる。
「楽曲提供のほうじゃなくて、ライブのサポート。前にゲスト参加したいようなこと言ってたでしょ。」
「確かに、ゲストで呼ばれる凡ちゃんを『いいなあ』とは思ったけど……。」
「バックバンドは違う?」
「待てよ、VANCAから二人出すのは違わないか?」
凡河内の突然の提案に、沢口が待ったをかける。
(そりゃ、レコーディングだけで終わるわけがないよな……)
(楽曲提供も、ライブサポートも、プロなら当たり前なんだろうけど……)
「活動の場が広がるのはいいと思うよ。VANCAの宣伝になるし、経験も積めるしね。なんとなく複雑ではあるのは否定できないけれども。……各務くんはどうしたい?」
栗原が凡河内に賛同し、各務に意向を尋ねる。
「俺は……サポートの経験はあるから、できなくはない、のかな?」
「できるできないじゃなくて、やりたいかどうかだよ。」
各務の回答を聞いて、栗原が諭す。
「……やってみたい。これがVANCAにプラスになるなら、やる意味はあるよね、沢口。」
覚悟を決めたように各務が沢口に確認する。
「……三人がいいならいいよ。……そうだな、代わりと言っちゃなんだけど。俺からもみんなに頼みが。」
戸惑いを隠すかのように沢口が三人に切り出す。
「たくやが頼みがあるって、珍しいな」
少しほっとしたような凡河内が軽口を叩く。
「うるせえ。……武道館に親が来れないからさ、ビデオを撮れないかって。……姉ちゃんが。」
「ライブビデオ?」
じっと聞いていた渡瀬が口を挟む。
「ひっ!」
幽霊でも見たかのように各務が息をのむ
「商品化しなくても、セカンドアルバムのツアーのときの記録映像みたいなものでもいいからさ。VANCAが、俺たちが、一万人の前でライヴしてるのを、親に見せたいんだってさ。……これだけの人たちが、俺たちを観るために集まってくれて、喜んでるところをさ。」
やや早口で沢口が捲し立てる。
「……いいお姉さんだね。」
嬉しいような、悲しいような、誇らしいような、苦し気なような、なんとも言えない表情で凡河内が応じ、各務、栗原、渡瀬が黙り込む。
「ああ、最後の提案がそれ。初めての武道館公演をライブアルバムにしないかって提案が森永さんから。ライブビデオも出すとなると、撮影の手配が必要になるから、まずはMMEに持って行こうか。みんなはどう?」
五人の空気を無視するように迫丸が提案する。
「ええぇぇぇぇ……」
各務が頭を抱える。
「もちろん。」
「これは断れないよ、いくらなんでも。」
「何が何でもいいライブにしないとね。」
「……トチったのも残っちゃったらどうしよう……。」
「失敗したときのことなんか考えるな!」
しょっぱなから説明回です。
「オクト」はLEAP所属のバンド「オクトクルス」。