another EXIT   作:藤嶋貴司

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セッティングと音の確認を終えたVANCAがいったん楽屋に戻ると、そこには妃名子と窓花が居た。

「お疲れさま。窓花さんがコロッケ持ってきてくれたよ。ちょっとだけ揚げてきたから、みんなで食べてね。」

妃名子が沢口にそう声を掛けると、窓花が皆に挨拶する。

「みなさんお久しぶりです。今日はお招きいただいてありがとうございます。……卓哉も元気そうね。」

「……ああ、姉ちゃんも。……コロ……なんで……いや……。」

うまく言葉が出て来ない沢口が、頭をかきむしりつつ、言葉を繋ぐ。

「んー……、今日は来てくれてありがとう。……これから取材があるから、終わってから食べるよ。」

「うん。お父さんとお母さんが張り切って作ったんだそうよ。冷凍庫にはメンチも入れてあるから……ちゃんと味わって食べるのよ。前みたいにがっつかないで。」

「あの頃とは違うって! もう、音楽だけで食べて行けてるよ。……俺がここまで来れたのは姉ちゃんのおかげでもあるから。感謝してるよ。……お前らもなんか言えよ。黙って見てないで。」

素直に感謝を述べると、姉弟のやりとりを見られるのが恥ずかしくなったのか、沢口は周りに当たり始める。

「邪魔しちゃ悪いかと。」

栗原の言葉に、凡河内と各務は黙って何度もうなずく。

「差し入れ、ありがとうございます。あとでいただきます。楽しんで行ってください。ひなちゃんも。」

「ごちそうさまです。」

「いただきます。」

栗原の言葉に合わせて、凡河内と各務が感謝を述べる。

「みんなの勇姿を目に焼き付けますね。……取材の間は外したほうがいい?」

「キャンディ以外の取材もあるからな。」

「そっか。窓花さん、物販見に行きましょ。」

「ツアーTシャツはこちらで用意してありますよ。」

楽屋の隅で備品を確認していた渡瀬が口を出す。

「女性用の控え室がありますから、そこで着てもらえれば。」

「国美さんと環さんの分は?」

「スタッフTシャツもありますよ。」

「じゃあ、みんなで着ましょうか。窓花さんはそれでいい?」

「みんなに合わせるわ。そういうものなんでしょ?」

「そういうものです。」

微笑み合う二人を見て、思い出したように凡河内が話し出す。

「そう言えば、窓花さんがビデオ撮影を提案してくれたんですよね。俺らじゃ、思い付いても言い出せなかったと思うんで、助かりました。」

「沢口家の都合を押し付けちゃったようなものだから……言い出せなかった?」

「……まだみんなテレビカメラには慣れないんです……。」

窓花の疑問に栗原が情けない顔で答え、沢口たちが神妙な顔でうなずく。

「少年……『たくやくんのご家族のためだから』で乗り切るほうが、気持ちも入れやすいですし。」

「……なんと言えばいいのか……。」

「意識するなって言われるほうが、かえって意識しちゃうかもしれないし。」

「だからそれを言うな。」

窓花があえて口に出さなかったことを妃名子が口にすると、すかさず沢口がツッコミを入れた。

 

 

妃名子と窓花が武道館を出ると、物販ブースを中心にファンが集まりつつあった。

「人が増えてきましたね。パネルも列ができてますよ。」

「まだ早いんじゃない? 開場まで二時間以上あるでしょ? みんな自由席なのかしら。」

「それだけ楽しみなんですよ。グッズはどんなのがあるのかなあ。」

窓花を先導するように、妃名子が物販ブースへと向かう。

「Tシャツにタオルにキーホルダーにストラップにパンフレットにポスターにクリアファイルに……CDもあるんだ。幻のデビューアルバムまで!」

「最近、再発されたんですよ。シングルもありますよ。」

グッズを指折り数えていく妃名子に、販売スタッフが声を掛ける。

「ごめんなさい、持ってるんです。パンフレットは買っとこうかな。窓花さんはどうします?」

「……売り切れちゃったらファンの人たちに悪いから。」

「数は用意してありますから大丈夫ですよ。」

「じゃあ、二部ください。窓花さん、ほかに何か……」

「……弟のグッズはちょっと。」

妃名子の問い掛けを遮るように、窓花が小声で答える。

「ああ……ごめんなさい、パンフレットだけで。」

「ありがとうございます。アリーナツアーのチラシもどうぞ。チケット販売中ですので、こちらもよろしくお願いします。」

「はい、どうも。」

支払いを終えると、妃名子が窓花に促す。

「邪魔にならないように、移動しましょうか。」

 

物販ブースを離れると、窓花が困惑したように小声で妃名子に尋ねる。

「幻のデビューアルバムってどういうこと?」

「えっ? その、売れなかったんです、あれ。」

「前にライヴで会ったときもお腹すかせてたから、それはなんとなくわかってたわ。」

「あの頃はまだ印税が入ってなかったからなんですけど、その印税も微々たるもので……って、そうじゃなくて。えーと、売れないCDって追加注文もないから……。」

「ああ、最初に作った分で終わりってことね。ほんの三年前なのに……。」

「レコード会社も変わりましたしねえ。」

「今は売れてるんでしょ?」

「最新アルバムは売り上げチャート5位ですもん。売れてますよ。……シングルはあんまりでしたけど。デビューアルバムは、問い合わせが多かったのか、VANCAが売れたから再発売したのかまではわかりませんけど、とにかくやっと手に入るようになったんですね。今もライヴでデビューアルバムの曲をやってるのに、ライヴでしか聴いたことがなかった人たちは多かったんじゃないかなあ。そういう人たちが買ってくれてれば嬉しいんですけど。」

「やっぱり不安定な仕事なのね。……妃名子ちゃん、卓哉をどうかよろしくね。妃名子ちゃんがちゃんとしてて、本当に助かるわ。卓哉なんかのどこがよかったのか……。」

「たくやのカッコ良さは、窓花さんももうすぐわかりますよ。」

上京前から陰に日向に沢口を支えていた二人は、改めて沢口が夢を実現していることに想いを馳せていた。

 

 

開場時間を迎え、関係者出入口から館内に戻った二人は、控え室に用意されていたツアーTシャツに着替え、客席へと向かった。

リハーサルを終え、暗くなったステージには、ドラムセットと、鉄骨で組まれたようなタワーだけが置かれていた。

「なんだかシンプルなセットね。」

「ずっと四人だけで演奏してますもん。各務くんもほとんど動かないみたいですよ。」

「こんなに大きな会場じゃなくても……お客さんが多いのね。当たり前のことなのに、まだ実感がわかないわね。」

「そうですよねえ。テレビにも出てるし、街でも振り返られることもありますけど。あの沢口卓哉がですよ。日本武道館ですよ。デビューしてまだ三年ちょっとなのに。全然売れてなかったのに。」

「VANCAがコツコツ努力してきた結果ですよ。横から失礼します。こんにちは、妃名子さん。」

「わー、ひなちゃん、こんにちわあ。」

周囲の観客からの視線を感じつつも、関係者席での会話に興じる二人に割って入ったのは、いつもの装いのままの千石と宇佐見だった。

「あっ、千石さん、宇佐見くん、こんにちは。こちらはたくやのお姉さんで窓花さん。この二人は……行き付けのご飯やさん?でいいのかな?」

「卓哉の姉の窓花です。卓哉がいつもお世話になっております。」

「ガブリエル千石です。」

「フランシス宇佐見でえす。」

「私たちは凡河内くんとバンドを組んでいたことがありまして。」

「ぼんちゃん、とられちゃったの。」

「残念ではありましたが、私たちと組んだままでは、凡河内くんも武道館まで来られなかったでしょうから。」

「それは……なんと言えばいいのか。」

「凡河内くんはもちろん、たくやくんとも仲良くさせていただいてますからね。わだかまりはありませんよ。」

「そうでしたか。ところで、ご飯やさんというのは?」

「私は飲食店を経営しておりまして。たくやくんは常連だったんですよ。今は妃名子さんとたまにいらっしゃるくらいですね。」

「そちらの宇佐見さんは……」

「大学三年生でえす。ガブリエルと一緒にたくちゃんのサポートをしてましたあ。」

「あの……妃名子ちゃん、耳のことは聞いてもいいのかしら。」

宇佐見のウサミミが視界に入らないようにしつつ、窓花が小声で妃名子に尋ねる。

「宇佐見くんはいつもこの格好なんで、こういう子だと思ってください。」

「……わかったわ。」

小声でのやりとりを終えると、窓花は千石に頭を下げる。

「たぶんですけど、卓哉の食生活を支えてくださっていたのかと思います。あの子がお金に苦労していた時期の『常連』ですものね。卓哉に代わって御礼申し上げます。本当にありがとうございました。」

「いえいえ、お気になさらず。経営者としては思うところがなかったわけでもありませんが、同じく音楽を志す者として、応援する気持ちがあったのも確かですから。」

「溜まっていたツケもきちんと払いましたし。」

「……金額は聞かないでおくわ。ところで、千石さんは今も音楽を?」

気になっていた部分を妃名子が軽い口調で明かしてくれたことにほっとしつつ、窓花はなんとはなしに千石に尋ねる。

「もちろん続けていますよ。本格的に動くのは、フランシスが卒業してからになりますが。まだデビューを諦めたわけではありませんからね。」

「じゃあ、二足のわらじになるんですね。」

「ええ、そのつもりです。」

「ね、窓花さん。こういう人たちが居る世界なんですよ。」

自分と同世代もしくは年上であろう千石が、なんのてらいもなく夢を語る姿に、窓花は驚きとともに眩しさを感じずにはいられなかった。

 

 

千石と宇佐見から卓哉とVANCAのエピソードを聞かされ、窓花が顔色を赤くしたり青くしたりする中……その多くは卓哉の言動への怒りではあったが、やがて客席の照明が落ち、SEが流れ始める。

「窓花さん、始まりますよ。」

「なんだかドキドキしてきたわ。」

「たくやくんは会場が大きいほうが良いパフォーマンスをしますから、心配しなくとも大丈夫ですよ。」

「始まる前なのに、早く終わって欲しいわね……。」

不安からか興奮からか動悸が激しくなる窓花には、千石の声が耳に入ってすら来なかった。

「たくちゃーん! ぼんちゃーん! 栗ちゃーん! まさみちゃーん!」

「あっ、出てきた! たくやー!」

「だめ、もう泣きそう。たくや、頑張って……。」

「窓花さん、立ってられないようなら、無理せず座りましょう。見届けてあげてください。」

今にも崩れ落ちそうな窓花に千石が手を差し伸べて、ゆっくりと座らせる。

「あ、はい。……ごめんなさい。」

ステージに現れたメンバーに盛り上がる宇佐見と妃名子に対し、窓花と千石はそれどころではない。観客の歓声に我に返った窓花が隣に座る千石に小声で話しかける。

「みんな立ち上がってるのに、私だけ座ってるのは……。」

「窓花さん。今、無理をして最後まで観られなくなるよりも、落ち着くまで座っていればいいですよ。」

座席に腰掛けた窓花に気付いた妃名子が、少し身をかがめて窓花を気遣う。

「……そうさせてもらうわ。千石さんもごめんなさいね。」

座っている自分と千石に弟が気付かなければいいと窓花は願った。

 

ドラムのリズムに合わせて照明が明滅を始めると、会場中に沢口の声が響く。

「お前ら、会いたかったぞ!」

観衆から、うねるように地響きのように大歓声が上がり、ステージが照らされ、再度、沢口が叫ぶ。

「ライヴハウス武道館へようこそ!」

次のシングルとなるであろう新曲で、VANCA初の武道館ライヴは幕を開けた。

 




「ライヴハウス武道館へようこそ!」は直截的すぎるかとも思いましたが、あえてこのままで。

やっと武道館ライヴスタートです。予定よりも順調に遅れています。
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