客席の照明が消え、開演前のSEが鳴り響き、そのほとんどが埋まった客席から歓声が上がる中、ステージ袖では、緊張を隠せないVANCAの四人が円陣を組んでいた。
「会場は大きくなったけど、やることは変わらないから。いつも通りのカッコいいステージを見せていこう。じゃあ、沢口くん、一言。」
「……以下同文。」
迫丸から声出しを促されるも、沢口が文字通り一言で返し、場が静まりかえる。
「……わかったよ。えーと、じゃあ、スタッフも加わってもらえるかな。」
沢口の提案に、普段は円陣を見守っていたスタッフが参加し、メンバーと大きな輪を作る。
「ついに俺たちもここまで来たけど、それもこれも、ファンとスタッフのおかげなんで。その気持ちをパフォーマンスで伝えるぞ。……会場に呑まれないように、でかいライブハウスのつもりで。……いくぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
暗くなったステージにメンバーが姿を見せると、ステージにほど近いアリーナと二階席の観客から一際大きな歓声が上がる。
四人がそれぞれのポジションに入ると、SEがゆっくりとフェードアウトし、栗原が刻むエイトビートが鳴り響く。リズムに合わせて、ドラムセットの後ろにそびえ立つタワーに取り付けられた色とりどりの照明が明滅する。
「お前ら、会いたかったぞ!」
沢口が叫び、一気にステージが照らされる。
「ライヴハウス武道館へようこそ!」
沢口が歌い、観客を煽り、所狭しとステージを暴れ回る。
「カモン! ……聴こえねえぞ!」
僅かに走り気味のボーカルを宥めるように、栗原のドラムが正確なビートを刻む。そこに各務の重低音のベースが絡み付き、観客はリズムに乗って、ささやかに、人によっては大胆に踊り続ける。
「ほら、もっと踊れ!」
リズム隊の上を、軽やかに、きらびやかに、時に鋭く、凡河内のギターが鳴り響く。
「まだまだ行くぞ! お前ら最高だ!」
激しくも鮮やかな本編が終わり、アンコールの声がかかる中、VANCAの四人は楽屋で小休止を取っていた。
「すげえよ。すげえよ。なんだよこれ。最高すぎるだろ。コールアンドレスポンスがきちんとできてたのかすらわかんねえぞ。みんな叫びすぎだろ。」
「反響音がすごいね。自分の音もわかんなくなりそうで。」
「少年は煽りすぎかもな。」
「勝手に盛り上がられるのはしょうがないだろ。」
「栗ちゃんのリズムが正確だから助かるよ。入りを間違えそうなのが何回かあったし。」
「そこはもう、経験の差かな。」
「こんなに盛り上がったのはあのイベントんときくらいか?」
「イベントのときのほうが観客が多かったのかもしれないけど、今日はみんな僕らのファンだもんな。」
「そこは大きいね。たくやがマイクを向けると、みんな歌ってくれててさ。」
「一万人の大合唱。すごい光景だよ。」
「あれみんな、俺たちのファンなんだな。……なんか、終わりたくないな。」
「本当にそう思う。」
「これを続けて行けるといいよね。」
「そうだな。まだまだここからだな。」
初の武道館の手応えを四人が噛み締める中、迫丸が冷静に声を掛ける。
「みんな良かったよ。これがまた観られるんだから、ライヴビデオのリリースは正解だったね。アンコールはさらに盛り上げていこう。じゃあ、ソロの準備に入ってもらっていいかな。」
「さあ、ここで目立っておかないと。」
迫丸に応えるように栗原が喉を潤して立ち上がる。
「リハーサル通り、上手く繋げてくれよ。」
「任せなさいって。……あんまり長いと収録されないかな?」
「んなこと気にしないで行ってこいって!」
沢口に背中を押され、栗原に続いて凡河内と各務が楽屋を出ていく。
「もうひと盛り上がり、期待してるぜ。」
沢口の言葉に、凡河内が背を向けたまま。軽く手を振って応えた。
「おっ、今日はドラムソロか。」
「栗原ー!」
「栗ちゃーん!」
ステージに独り登場した栗原に歓声が上がり、栗原がスネアの感触を確かめながらドラムソロを始めていく。時に激しく、時に優しく、大胆に、繊細に、目まぐるしくリズムが変わり、さまざまな打楽器の音が会場中に響き渡る。
「あれを横で見たかったな……。」
会場の奥でアキラが呟く。
やがて16ビートを叩き始めた栗原に向かって、ステージの袖から各務が現れる。
「あれっ、各務だ!」
「ソロじゃないのか!?」
「各務ー!」
「セッションだ!」
これまで一度も行われていなかったドラムとベースのセッションに観客が沸き立つ。
「凡河内と沢口は?」
「リズム隊だけっぽいぞ。」
期待と戸惑いの声が混ざる中、栗原のドラムに合わせるように各務の重低音が会場をうねる。栗原がリズムキープに徹し、各務のベースがソロプレイのように引き立てられる。これまでのライヴでは見られなかった、メロディアスなフレーズを弾きこなす各務の姿に歓声が沸き上がる。
「おいおい、こんなの弾いてなかっただろ。」
「バキバキゴリゴリさせるだけじゃなかったのか。」
「やべえ、かっけえ。各務のくせに。」
「……俺ももっと上達しないと。」
多くの観客が各務の変貌ぶりに刮目するのをよそに、会場の片隅でサトシが決意する。
「各務ー! いつものやつも弾けー!」
観客の声が届いたのか、各務がゴリゴリしたプレイスタイルに戻し、栗原のリズムがエイトビートを刻み始めると、ギターを高く掲げて凡河内が登場する。
「やっぱり来た!」
「凡ちゃーん!」
「凡河内ー!」
凡河内がギターを構え、カッティングからソロプレイを始めると、やがてどこかで聴いたようなリフが奏でられる。
「あれ、この曲……。」
「デビューアルバムの曲じゃないか?」
「何年ぶりだよ!」
「俺、ライヴじゃ初めて聴くぞ。」」
ざわめきと歓声が飛び交う中、三人は久しくライヴでは演奏されていなかった楽曲のフレーズを、メドレーにして奏でていく。
「うわー!」
「すげえ。来て良かった。あれが聴けるなんて……。」
「沢口、歌えー! 凡河内でもいいぞー!」
「栗原ー!」
「凡ちゃーん!」
「各務ー!」
曲が変わるたびに多くの歓声が次々と上がり、その盛り上がりがひとしきり続いたのち、やがて三人が目線を交わすと、観客の拍手とともにメドレーは終わりを告げる。
「一人で何人分のギターを弾いてるんだろ。あれはできないよなあ……。」
「俺たちは二人であれをやればいいんだよな。……いや、俺のスタイルを探さないと。」
警備とは名ばかりに、ステージを見つめるショウゴとナツキがそれぞれの感想を漏らす。
改めて凡河内がアンコール定番曲のイントロを奏でると、客席から大歓声が上がり、待ちかねたように沢口が袖からマイクに向かって駆け出して来る。マイクを手にした沢口が、楽器隊の三人を見まわし、ボソッと呟く。
「なげーんだよ、お前ら。」
ボーカル抜きでも十分に観客を盛り上げた楽器隊に対して、見も蓋もない沢口の物言いに、観客席から笑いが起きる。
「アンコールありがとう! ここから飛ばして行くぞ! 乗り遅れるなよ!」
沢口が観客を煽り、栗原が、各務が、凡河内が、全身全霊を込めて演奏し、観客がコーラスとサビを大合唱する。本来は二回目のアンコールで演奏される曲を含めて、最初のアンコールは、大歓声の中、終了した。
「本当にまだアンコールあるのかな。」
「もう一通り演奏したもんな。」
「メドレーでもやってない曲って何が残ってるんだ?」
「客電も点かないし、終演のアナウンスもないから、まだアンコールあるんだよ。」
「いいから、とにかくアンコールを叫べ。」
「アンコールの声がかからないからって、アンコールやらないでライヴを終わらせたバンドもあるんだってよ。」
「おっ、出てきたぞ。沢口ー!」
二度目のアンコールに応え、ツアーTシャツに着替えたメンバーが揃ってステージに上がると、歓声が収まるのを待って沢口が話し始める。
「アンコールありがとう。ここでメンバー紹介します。重低音でバンドを支える寡黙な男、オンベース、各務正美!」
沢口の紹介にベースを爪弾いて各務が応えると、歓声が上がる。
「この爆音と大歓声の中でも正確なビートを刻むドラム職人、オンドラムス、栗原慎司!」
歓声に応えるように、栗原がタムロールを響かせる。
「こんなにカッコいいギタリストはほかにはいないだろ? VANCAの大黒柱、オンギター、ぼーーーーん!」
笑いと歓声が巻き起こる中、凡河内が沢口に呆れたような目を向けつつ、ギターを掻き鳴らし、叫ぶ。
「VANCAが誇るボーカリストにしてコンポーザー、オンボーカル、沢口卓哉!」
「さわぐちー!」「たくやー!」「ぼーん!」「凡河内ー!」「栗原ー!」「各務ー!」
さまざまな声が飛び交い、沢口が声援に対して恭しく一礼するとライヴの終演を告げる。
「今夜はこんなに集まってくれてありがとう。最高の夜になったな。」
沢口の言葉に大歓声が上がる。
「俺たちが武道館まで来れたのも、ファンのみんなと、スタッフと…。」
沢口が一瞬だけ関係者席に目を向けて続ける。
「ずっと支えてくれた人たちのおかげです。本当にありがとう。その思いを込めて新曲でお別れです。……サンキュー、武道館!」
沢口の絶叫とともに栗原がカウントを始め、この日二曲目の新曲が披露され、VANCA初の武道館ライヴのステージは成功裏に終わった。
ステージの中央に四人が集まり、手を繋いで大きく掲げ、手を振り下ろしながら頭を下げると、歓声が巻き起こる。それを何度か繰り返したところで、栗原が隣の沢口に話し掛ける。
「そういや、集合写真っていつ撮るんだろ。」
「……すっかり忘れてたな。今さら気恥ずかしい感じもするけど……。」
「千葉くんがスタンバってるね。」
「しょうがねえ、やるか。」
袖にチラッと視線を移した凡河内の言葉に、沢口が覚悟を決めてマイクの元に戻る。
「最後にみんなで記念撮影しようぜ! 俺たちが客席に背を向けるから、みんな立ち上がってくれよ。」
思いがけない提案に、客席から大歓声が沸き上がる。
「カメラマンを紹介します! 千葉……」
「えいじ。」
千葉の下の名前を覚えていなかった沢口に、凡河内が助け船を出す。
「エージ!」
「忘れてたなら名字だけにしとけばいいのに。」
余計な一言を漏らす各務を睨み付けると、沢口が千葉を呼び込む。
千葉に続いて迫丸もカメラを手にステージに現れると、四人にその後の流れを説明をする。
「ファンクラブの会報用にも撮影したいんだと。……そうだ、照明!」
千葉の指示で四人が立ち位置とポーズを決め、千葉と迫丸が何枚か撮影し、最後に沢口がマイクを持ち、観客に感謝を述べる。
「今日は楽しかったぜ。集まってくれて本当にありがとう。また会おうぜ!」
四人が手を振りながらステージを後にし、ライヴは幕を降ろした。