終演後、足早に武道館を離れたVANCAの四人は、タクシーに分乗して打ち上げ会場へと向かっていた。
「もうちょっとこう、余韻というものをだな……。」
「追っかけって、何がしたいんだろうねえ。」
慌ただしい移動にうんざりしたように、沢口と栗原が言葉を交わす。
「友達と観に来てんなら、メシでも食いながら感想を言い合ってればいいのにな。」
「少年にはそんな経験が?」
「渡瀬と……ライヴに行ったときは、歌ったり叫んだり、声を出しすぎて、ライヴ終わりにはグロッキーだったな。」
「それはそれでいい思い出だね。」
「だな。」
シートにもたれた二人は静かに笑い合う。
「……終わったな。」
「終わったね。」
「何が変わったわけでもないんだけど、何かが大きく変わった気がする。」
「武道館を演ったバンドになったんだしね。」
「それだけじゃなくてさ。なんだろうな、こう……」
「違った。武道館は僕らにはライヴハウスなんだっけ。」
「……ジジイ、てめえ……。」
自身の変化を言語化しようとする沢口を遮るように、栗原が茶々を入れる。
「すまんすまん。でもね、少年。VANCAはどんな会場でも変わらないって決意表明として、あのフレーズは僕らの代名詞になると思うよ。……少年が何を思って言ったのかは別としてね。」
「そっか。……そうだな、意味を求められるんなら、なんか考えとかないとな。」
「えっ? 思い付き?」
二人のやり取りを黙って聞いていた迫丸が、思わず声を上げる。
「オープニングで俺から一言あって明転、って演出は決まってたよな。」
「そうだね。」
「出番前に円陣組んだときにゲロ丸くんが言ってただろ。武道館でもやることは変わらないって。だから俺も、『ライヴハウスのつもりでやろう』ってさ。たぶん、それが残ってたんだよ。なんとなく出てきたって言うと、イメージ悪いかもしれないけどな。」
「そういうことかあ。」
「それをそのまま説明すればいいと思うよ。『どんなに会場が大きくなっても、VANCAはこれからもずっとライヴハウスの延長線上として演るから、ファンもそのつもりで楽しんでくれればいい』くらいにね。」
沢口の説明に、栗原が納得し、迫丸がインタビュー向けにアドバイスをする。
「用意してた言葉じゃなかったってのはいいね。」
「そうだな。狙って言ったわけでもないしな。」
「そこは強調してもいいかもしれないね。それくらいのパワーワードなんだし。……何度も聞かれると思うから、沢口くん、そこは受け入れてね。」
「それがあるのか……。歌詞の意味を聞かれるよりはましかあ。」
今後の取材対応を億劫に感じながらも、沢口は心地よい疲労感に包まれていた。
打ち上げに向かうスタッフと別れの挨拶を交わし、Back Trackの五人は緩やかな足取りで最寄り駅へと歩いていた。
「ちょっとだけでも打ち上げ出たかったなあ。」
サトシがそう呟くと、後ろからアキラの声が飛ぶ。
「ヘタしたら、終電に間に合わないかもしれないぞ。」
「VANCAのみなさんに挨拶もできなかったしさ。」
「それは確かにそうだけどな。」
感謝の意を伝えられなかったことが心残りなのか、ショウゴとアキラが残念そうに声を漏らす。
「栗原さんの連絡先は聞いてるけど、それで電話するのもなあ。」
「感謝の手紙でも書くか?」
「なんか、子供みたいだね。」
「俺からしても、お前らは子供だもの。栗原さんからすれば、赤ちゃんみたいなもんだろ。」
「いくらなんでも、それはないよ。……子供扱いされてるとは思うけどさ。」
「……事務所に宛てて、手紙、出しとくか。」
「そうだね。……ナツキとユズルはどうだった?」
二人が黙ったままなことに気付いていたショウゴが声を掛ける。
「んー、またここに来たいなって。」
「次のツアーでも呼んでもらえるといいよな。」
「いや、そっちじゃなくてさ。」
「次は俺らがVANCAを呼ばないとな。」
噛み合わないナツキとサトシに、ユズルが口を挟む。
「まだワンマンさえできないのに、こんなこと言うと笑われるかもしれないけどさ。」
「うん。あのステージに立って演奏をしたい。VANCAみたいに、俺の曲で、ユズルの歌で、俺たちの演奏で、会場を沸かせたい。」
「……じゃあ、もっと練習して、もっといい曲を作らないとな。」
「どうする? 初のワンマンのときに、栗原さん、呼ぶ?」
「呼ぶなら武道館だろ。VANCAと、渡瀬さんと、国美さんと環さんと……妃名子さんとお姉さんもか。」
「千葉さんと記者さんもだよ。迫丸さんもな。」
「何年後になるかわかんないけどな。」
「三年後にはデビューして……四年後か。」
「高校卒業して、すぐデビューかよ。」
「俺たちならできるって。根拠も何もないけど、ここから動員増やしてさ。そうじゃなきゃ……ここまでしてもらったんだから。」
「そうだよなあ。関係者で入れてもらって、衣装も用意してくれて。アー写も撮ってくれて……交通費までさ。」
「なんでここまで、なあ。」
「ユズルのおかげではあるけど……それに甘えっぱなしなのもな。」
五人それぞれに思うことがあるのか、その後はみな、押し黙ったままで歩を進める。
(ここが俺たちのスタートだ)
五人の歩みはまだ始まったばかりだった。
先行して打ち上げ会場に到着したVANCAの四人は、まずは用意された控え室でメイクを落とし、私服に着替えようとしていた。
「疲れてるところ申し訳ないけど、終わったばかりの素の感想が欲しいんだ。」
そこにいち早く駆けつけてきた伊集が、軽く今日の感想を聞いていく。
「楽しかったし、嬉しかったし、最高だった……小学生みたいだな。でも、これが本心。」
「いろいろ試して、全部が期待以上の反応で。……安堵感もあるけど、達成感のほうが大きいのかな。」
「今、取り組んでる弾き方が受け入れられてホッとした。あれだけの観客を集めて盛り上げて。やりきったなって。」
「とにかく楽しかった。見せ場も作ってもらったし。これを続けて行きたいね。」
四者四様の言葉で、武道館ライヴを振り返ると、伊集が最後の質問を切り出す。
「『ライヴハウス武道館』ってフレーズはたくやくんが?」
沢口は苦笑すると、タクシーでのやり取りを含めて説明をしていった。
ホテルの宴会場に用意された打ち上げには、メンバーとスタッフのみならず、関係者の一部も参加していた。メンバーを代表して沢口が乾杯の音頭を取る。
「みんなお疲れ様。……まだ撤収作業してるスタッフもいるのか?」
沢口が状況を確認すると、「撤収中!」と声がかかる。
「そいつらには悪いが、一足先に始めるか。えー、初の武道館ライヴ、俺たちはやり遂げたぞ!」
「「「イエーイ!」」」
「最高なファンと、最高なメンバーと、最高なスタッフと、最高なライヴに! 乾杯!」
「「「乾杯!」」」
沢口の音頭に参加者から声が上がり、めいめい、酒と食事と会話を楽しみだす。
「沢口くん、お疲れ。」
「……麻井さん。」
早速、食事に取りかかろうとした沢口を遮るように、麻井が声をかける。
「想像以上のライヴだった。次も期待しているよ。」
「……ありがとう……ございます。」
「私が居ないほうが君たちも楽しめるだろうからね。これでおいとまするよ。」
「えっ……。俺たち、次もその期待を越えていくんで。……観に来てくれてありがとうございました。」
「うん。お疲れ様。」
そう言い残すと軽く手を振って、麻井は少し離れたテーブルへと向かう。
「なんだ、麻井さん、帰っちゃうの? 僕はもうちょっと居ようかな。」
麻井と入れ替わるように森永が顔を出し、もったいをつけるように話し出す。
「ああ、沢口くん。ライヴアルバムとライヴビデオはCM打つことにしましたから。ナレーション、やってもらいますよ。」
「は!?」
「そうだな、深夜の地上波音楽番組。あとはCSの音楽チャンネルで。」
「ちょっと待てよ。俺がナレーション?」
「タイトルと発売日ね。それくらいできるでしょ?」
「……わかんね。」
「一万人の前であれだけパフォーマンスできるのに?」
「それとこれとは別だろ。」
「じゃあ、他に誰か……。」
森永の提案に凡河内と栗原はすかさず目を逸らす。
「最高のパフォーマンスをしてもらったからには、僕たちも最高のものを仕上げますから。沢口くん、頼みましたよ。」
それだけを告げると、森永は料理を物色しに戻っていった。
「……はあ。それ専門の声優とかナレーターとか使えばいいじゃねえか。」
「アルバムとかビデオとかのCMだと、ミュージシャン本人がナレーションするのは珍しくないよ。」
思いがけず飛び込んできた仕事に愚痴る沢口を、迫丸が諭す。
「俺じゃなくてもさあ。」
「こういうときはボーカルだよ。テレビの告知と一緒。」
「そればっかりだな。」
「CM流してくれることを喜ぼうよ。」
話を聞き付けて寄ってきた妃名子が前向きに捉える。
「そりゃそうなんだけどさ。……苦手なんだよ。」
「ステージじゃあんなに生き生きしてるのに。」
妃名子に連れられて現れた窓花が不思議そうに話す。
「なんかやりづらいんだよ。ほんとは俺らには興味ないんだろって気がしてさ。……姉ちゃんかよ。」
「なによ……。卓哉、その興味のない人たちを振り向かせるつもりでやってみたらどう?」
「……は?」
「緊張してるなら仕方ないし、慣れてくしかないとは思うの。でも、それだけじゃないんでしょ。」
「対バン目当てのお客さんをかっさらうときの気持ちで行けばどうです? 私たちとやってた頃はそうだったでしょう?」
窓花の後ろから千石が顔を出し、気持ちの入れ方を提案する。
「単なるチラシ配りのバイトじゃ意欲も沸かないかもしれませんが、自分たちを、VANCAを売り込むんですから。聴いてもらうために何ができるかですよ。」
「……なるほど……?」
「お仕事としてではなくって、『俺たちこんなにすごいんだぞ!』って伝えればいいってこと。ですよね?」
「そんなところですね。やらされてると受け取るのではなく、機会を貰ったと思うといいのかもしれませんね。」
「お、おう……。」
千石の考え方を妃名子が噛み砕くが、残念ながら沢口にはそこまで響いてはいなかった。
(あいつら、やっつけ仕事とまでは言わないけどな……。)
「それはさておき。武道館ライヴ成功おめでとう!」
「さておくなよ。……まあな。」
妃名子の称賛に、沢口が小さく応える。
「最初から最後まで、ずっとカッコ良かったよ。ね、窓花さん。」
「え? え、うん。……初めて生でライヴを観たけど、テレビとは全然違うのね。私ね……。」
窓花が突然涙ぐみ、そこからは言葉が出てこない。
「姉ちゃん、泣くなよ。いつもみたいにガミガミやってくれていいんだからさ。」
沢口がうろたえつつ、窓花の肩に手を掛けようと近寄る。
「バカっ! 喜んでるのよ! 感動したの!」
窓花が沢口と見紛うばかりに大声を上げ、ざわついていた室内が静まりかえる。
「姉ちゃん、落ち着け。注目されてるぞ。」
周りの視線に気付いた沢口が窓花を宥める。
「……ふう。皆さんごめんなさいね。お騒がせしました。」
窓花が頭を下げ、謝罪すると、周りは見て見ぬふりをするかのように視線を逸らし、それぞれの会話に戻る。
「今日、初めてライヴを観て、やっとあんたがやりたかったことがわかったの。」
「音楽で食ってくって言っただろ。」
「そうじゃなくて、なんのために音楽をやるのかってこと。あんなにたくさんの人たちが、あんたたちの音楽に熱狂してて。いつの間にか、こんなことになってたのね。三年前は食うや食わずやだったのに。」
「……心配かけてごめんな。もう俺は……俺たちは大丈夫だから。これを続けていけるようにしてくからさ。」
「うん。あんたは自慢の弟。沢口卓哉は弟なんですって、これからは胸を張って言えるわ。」
「これまでは違ったのかよ。」
「私はずっと『あの沢口の姉』だったのよ。あんたは知らなかったかもしれないけど。」
「は? 『あの』ってなんだよ?」
「高校生のときから悪名が轟いてたじゃない。ケンカばっかりしてて。私も肩身が狭いことがあったよ。」
黙って姉弟のやり取りを聞いていた妃名子が口を挟み、心当たりしかない沢口が、神妙な顔で頭を下げる。
「……悪かったよ。これからも迷惑を掛けるかもしれないけどさ。」
「私はもう慣れちゃった。」
「慣れちゃダメでしょ。卓哉はもうちょっと落ち着きなさいよ。もういい歳なんだから。」
「わかった、わかった。……やっといつも通りだな。」
「なによ、それ。」
泣き笑いしながらの三人の会話が落ち着いたタイミングを見計らったかのように、宇佐美が沢口に突撃する。
「たくちゃーん。学園祭やろっ!」
長くなったので打ち上げの途中ですが分けます。
フジの2026年7月スタートの月9ドラマが「ブラックトリック」(BLACK TRICK)だそうで。
「Back Track」にしておいて良かった……。
2026年5月26日にTrack01の終盤部分を改訂(凡河内のセリフをカット)しています。
言ってないことにしてください。