「11月最初の土曜日って、スケジュールとしてはどうなんだ?」
「現時点では、次のアルバムの発売直前で、プロモーション中かな。もちろんライヴやイベントの予定もなし。」
沢口の問いに迫丸がすかさず答える。
「事務所としては?」
「学園祭で名前を売るのはいいと思うよ。ただ、オファーする時期が遅めなのが気になるかな。」
「えーとね、予定してたバンドがダメになっちゃったんだって。」
「……六人組の?」
「それ!」
「それは御愁傷様と言うか……。」
「誰かなんかあったのか?」
「端的に言うなら不祥事。みんなもほんっと気を付けてよ。法を犯すと半年とか一年とか活動休止。場合によってはアルバムなんかが全て回収。違約金がドカーンになるからね。」
「俺らにそんなことやるのはいねえよ。……なんだよ、その目は。」
VANCAきっての武闘派たる沢口の言葉に冷ややかな視線が向けられる。
「ああ、だからVANCAにオファーが来たんだ。学園祭のオファーがある時期って……」
「ジジイは黙ってろ! 悪かったよ、もうやらねえ。……なるべくな。」
二度と放送事故を起こさないとは言い切ることができない沢口に、改めて冷たい視線が向けられる。
「……メディア側が配慮してくれると助かるんだけどねえ。」
「まあ、それがたくやだから。」
「お前ら~。」
「ねえ、それ、私も出られないかしら。」
沢口の扱いについて軽口を叩く栗原と凡河内の横から、高梨が現れ、宇佐美に声を掛ける。
「うわっ。高梨……さん。来てたのか?」
「ん? ああ、高梨さんのバックが何人か向こうに。最初から居ただろ。」
高梨の存在に驚きを隠せない沢口に、気付かなかったのかとばかりに凡河内が答える。
「打ち上げにまで参加するとは思わなかったんだよ。」
「いいライヴだったもの。それを伝えたかったのよ。」
「いやその、驚いただけなんで。……先日はどうも。」
「今日は握手は要らないわ。ふふ。」
「……握手?」
沢口と高梨の気安いやり取りを不思議に思いつつ、凡河内が尋ねる。
「こっちの話だ、気にすんな。で、なんだって?……ですか。」
「いいわよ、敬語じゃなくて。私もその学園祭に出られないかって。前に一緒になった大学でしょ。その子、見覚えがあるもの。」
「ぼくらは一組押さえればだいじょーぶ。」
高梨の要望を、宇佐美が笑顔を崩さず一刀両断する。
「えっと、別のステージじゃなくて、ジョイントライヴみたいなこと。」
「はあ?」
突然の提案に、沢口は驚きの表情を隠さない。
「私たちのレコーディングもその頃には終わってるはずだから。バンドのメンバーのうち、二人は共通なんだしね。」
「いや、ちょっと……宇佐美はどうなんだよ、それこそ予算とか。」
「うーん。ギャラとステージの時間が折半なら……いけるよ!」
「ばっか、お前。ギャラも時間も半分って。」
「私は構わないわよ。バンドのみんなには確認しないといけないけど。」
ジョイントライヴに気乗りしない沢口を、栗原が別の角度から説得する。
「少年。さっきのナレーションの話と一緒なんじゃないかな。学園祭だから、普段は僕らのライヴに来ないような人たちにステージを観てもらえるよね。」
「そうだね。高梨さん目当てのファンを取り込めるかもしれない。去年のイベントみたいなもので、テレビや雑誌で取り上げてもらえれば、目に触れる機会を増やせるだろうしさ。ライヴの動員をもっと増やしていくなら、VANCAにとっても、いい機会だと思うんだ。」
栗原に続いて凡河内がそのメリットを挙げる。
「ニューアルバムのプロモーションにもなるしね。事務所に確認は取るけど、反対はないと思うな。」
高梨の申し出を、渡りに船と、迫丸は前向きに捉える。
「……ジョイントライヴと銘打つと、高梨さんの人気にあやかるような形にも見えるかもしれないけど、少年はどう思う?」
「ん……そこは別に構わないかな。そりゃ、人気や知名度に差はあるにしても、出させてもらうってわけでもないしな。ただなあ……。」
「ただ?」
三人のプレゼンに意見を翻すこともなく、沢口が改めて懸念を示す。
「学園祭じゃ、元々フルメニューにはできないだろ。ジョイントならなおさらさ。下手すりゃイベントの、しかも短いときのステージ程度にならないか?」
「あー、確かになあ。正味三十分もないかも? そこはどうなの、宇佐美くん。」
沢口の懸念をもっともなことだと、栗原が宇佐美に質す。
「時間はどれくらいあればいいの?」
「できれば全体で二時間。少なくとも一時間半くらいか? 高梨さんはどうよ?」
「私? 長いに越したことはないけど……三十分でも構わないわよ。ほんとのことを言えば、イベントみたいなことができればってだけだから。順番にステージに出て、私をそこまで知らない人たちの前で歌って、最後にみんなで一緒に演奏して。……高梨雪ってこういう歌を歌うんだなって思ってもらえるだけでも。」
「夏のイベントには呼ばれてないのか?」
「このところゴタゴタしてたし、今は事務所にも入ってないしね……。」
「ああ。俺らも渡瀬のケータイが頼りだったもんなあ。」
「渡瀬さんの?」
「最初のツアーのあとに独立したんだよ。電話が止まってたときも……それはもっと前か? あの学園祭の頃は……まだましになってたんだったか。」
「そこまでではないけど、私のほうはMMEが窓口みたいなものだから。フットワークはそこまで軽くないのよ。」
個人事務所で苦労する話で盛り上がる沢口と高梨を抑えるように、凡河内が口を挟む。
「その話はあとで。宇佐美くん、なるべく公演時間を多く取れるように掛け合ってもらえるかな。時間次第では、『シークレットゲストで高梨さん』のところを、メインを高梨さんとVANCAのツーマンにできるからって。」
「おっけー! 聞いてみるね。ギャラは……違約金の分を使えるかも!」
「それがあると大きいねえ。……各務くんに確認しなかったけどいいよね?」
「あそこに話をしに行く勇気はないな……。」
打ち上げ会場の隅には、家族団欒を繰り広げる各務一家の姿があった。
数日後、MMEの一室にVANCAが集められ、スタッフとともに武道館ライヴの映像を確認していた。
「まだ編集前の素材の段階だから、ロングショットだけで観てもらうよ。アルバムとビデオに入れたい曲、外したい曲があれば。」
「収録時間は?」
「それぞれ六十分くらいの予定。収録曲が一部異なるってのがよくある形式だね。」
「完全収録はできないの?」
「ただでさえライヴアルバムはスタジオアルバムよりも売れ行きが悪いからね。さらに二枚組となると……。」
「二枚組ってなぜか売れないんだよ。」
「発売前からイヤなこと言うなあ。」
坂の率直な発言に中舘が乗っかり、渡瀬がぼやいたところで、沢口が口を開く。
「『ライヴはいいバンド』って言われ続けてきたんだから、ライヴアルバムくらいは聴いてくれるといいよな。」
「ライヴアルバムから入る人はあんまりいないと思うよ。」
「……それはそうなんだろうけどさ。」
凡河内が冷静に指摘し、沢口がうつむきながら言葉を返す。
「あんなにいいライヴだったんだから、俺たちを知らない人にも響く気がするんだよ。」
「それは心の底から賛同します。」
そこまでのやり取りを黙って聞いていた森永が口を挟む。
「だからこそCMを打つんですよ。『ライヴハウス武道館へようこそ』ってパワーワード。そこから始まるロックンロールナンバー。あのオープニングだけでも、観てみたい、聴いてみたいってなるはずですから。」
「そうですよね。あのオープニングのワクワク感は類を見ないと思います。」
「十五秒じゃ足りなくないですか?」
「CSだけでも三十秒取れませんかね。」
VANCAそっちのけでCMの構成を話し合い始めたディレクター陣を、CMの話を始めた張本人である森永が一喝する。
「はいはい、CMのことは後で。まずは収録曲を決めますよ。はい、四人とも収録したい曲を書き出して。そこを叩き台にしましょうか。」
「ちょっといいか。」
「……なんです?」
「アルバムとビデオで収録曲を変えるなら、アンコールの一回目はビデオだけ。二回目はアルバムだけにするのはどうだ?」
「……なぜ?」
沢口の提案に、少し考えてから森永が理由を問う。
「ビデオはどうしたって俺と凡のカットが多くなるんだろ? だったら、各務とジジイが長く映っててもおかしくないシーンを入れれば、バランスがいいんじゃねえか?」
「なるほど。武道館の一回目のアンコールって、ツアーのセットリストで言えば、アンコール曲を全部やった形だもんな。」
「それなら編集もやりやすいのかな。」
「いや、でも、最後に手を繋いで挨拶するシーンはビデオに入れたいなあ。」
「エンドロールで静止画にするのは?」
「だったら集合写真で終わるのもいいかも。」
ビデオのエンディングをどうするかについて盛り上がる一同を、改めて森永が一喝する。
「みなさん、聞いてますか? まずは収録曲を選んで。演出面はそれから!」
VANCAの四人が慌てて映像に集中する。
「……どれも外したくねえよなあ。」
「ノーカットは無理でも、曲だけは全部入れたいよね。」
「アルバムとビデオで完全に曲を変えるとか?」
「それも違うんじゃないかな。ビデオだけでも完全収録できればいいんだけど。」
「このライヴアルバムとライヴビデオが売れれば、次からは考えてもいいですよ。」
「……売れるといいな。」
「そうだね。」
とりとめもないやり取りをしつつ、四人は映像を確認していく。
「……さっきさ。」
一回目のアンコールの映像が流れる中、各務がボソッと呟く。
「なんだよ。」
沢口が小さく促すと、各務が言葉を探しながらゆっくりと語り出す。
「……ビデオにソロを入れようって沢口が言ってくれて、嬉しかった。初めてやったことで、あれだけみんな盛り上がって。でも、沢口が居ない三人だけのセッションだったから。俺たちが言うと、なんか沢口を除け者にしてるみたいで……言い出しづらかったのもあって……。」
「あれは、武道館に来られなかったファンにも観て欲しいパフォーマンスだろ。そこに俺が居ようと居まいとさ。」
「沢口……。」
沢口の言葉に各務がわずかに涙ぐむ。
「各務もジジイも、もちろん凡も俺も。みんなでVANCAなんだよ。俺が前に出なきゃならないことが多いのと、各務とジジイの扱いが悪いのとは、同列じゃないはずだろ。……お前らの演奏がすげえのは、俺と凡が一番わかってるんだしな。」
「少年……。」
各務に続いて栗原が感極まったように呟く。
「ああ、やめやめ! セッションはビデオに入れる! 最後の曲はアルバムに入れる! あとはうまいこと配分して、アルバムとビデオのどっちも聴き応え、見応えがあるものにする! ビデオに入れる曲はステージングで考えたっていいってことだ!」
「たくや、誤魔化さなくてもいいよ。各務くんと栗ちゃんの演奏に惚れ込んで誘ったのは確かなんだから。……そこがVANCAの出発点なんだよ。それがファンにも伝わるライヴをやっていければ、俺たちはもっと……。」
「もっと大きなステージを目指そうよ。」
「そうだね。もっと多くの人に聴いてもらってね。」
(……俺たちはたくやの後ろで弾きたくて加わったんだからさ。)
思わぬ形でVANCAの絆が深まったミーティングは、ジャケットのデザインなどにも派生しつつ、遅くまで続いた。