「ライヴアルバムの発売日なんだけど。」
アリーナツアーに向けたミーティングに集まっていたVANCAに、MMEの坂が提案する。
「三ヶ月連続リリースをやれればと思って。ライヴアルバムが九月、先行シングルが十月、ニューアルバムが十一月でどうかな。具体的な日付はこれから詰めるとして。」
「レコーディングがいつだっけ?」
「九月中旬から。シングルは八月だね。」
「その間は? ライヴ? 合宿?」
迫丸がスケジュールを確認し、各務が空白の期間について尋ねる。
「最後のイベントが八月の……。高梨さんのツアーも終わってるから、そこからレコーディングまでは予定はなし。休暇でも合宿でも……」
「休みか! まとまった休みなんていつぶりだよ。」
休暇という言葉に沢口が反応し、合宿を提案しようとする迫丸を遮る。
「テレビとか取材とかが飛んだときも、ツアー中ではあったからねえ。」
「まだそれを言うのかよ。」
「悪い悪い。そんなつもりじゃないんだ。あのときは凡ちゃんも別件があったしね。」
「そういやそうか。」
「曲出しの合宿はなくていいの?」
迫丸の言葉を聞き逃さなかった各務が凡河内に尋ねる。
「新曲が四曲できてて、俺のストックが……アレンジが終わってないのを含めて十曲……まではないかな。たくやは?」
「……四曲。」
「どこまでできてるの?」
「メロとリズムとコード。大雑把で良ければ歌詞も。アレンジはお前に任せる。」
話がニューアルバムの収録曲に変わると、沢口の言葉数が減り、ぶっきらぼうに答える。
「四曲確定で候補が十二、三曲あれば十分は十分だけど、もう少し候補曲があってもいいかな。」
「いやいや、少年が四曲用意してることにびっくりなんだけど。なんで凡ちゃんはそんなに冷静なの!?」
驚きを隠せない栗原の言葉に、各務が何度も大きくうなずく。
「そうかな? 初めて作った曲がサードシングルなんだろ。だったら、もっと曲が出てきてもおかしくはないよ。」
「僕は曲を作ったことがないから……。」
「沢口がコンスタントに曲を作れるなら、VANCAの幅も広がるってことだよね。」
各務のなんのてらいもない言葉に、凡河内が静かに微笑む。
「お前らが曲とか詞とか書いてもいいんだぜ。」
「今回だけで勘弁して欲しいな。VANCAっぽくないんじゃないか、何かのマネになってるんじゃないかって、ずっと不安だったんだよ。節代さんにも読んでもらってさ。」
「俺はなんだか楽しかった。沢口はどう歌うんだろうって。」
「じゃあ、歌入れには作詞家様にも同席してもらうか。」
「リハーサルで何度も聴いてるよ。」
四人が笑い声が響き、この日、VANCAにとって初めての、音楽活動もバイトもない、文字通りのまとまった休暇が決まった。
「八月の終わりから九月半ばまで休暇だってさ。オヤジとおふくろを誘って、旅行にでも行くか?」
沢口は自宅に戻るやいなや、夕食の準備をしていた妃名子に休暇について提案する。
「店を休めるかどうかも聞いちゃないけど、まずはお前に言わないとさ。」
「えっ、ほんと? 旅行かあ……窓花さんは?」
「盆休み明けだろ。この時期って休めるのか?」
「有休は取れるんじゃないかな。」
「聞くだけ聞くか。……今から宿って取れるもんなのかな?」
「いろいろ探してみてだね。みんなで行こうよ。」
「じゃあ、向こうの都合を聞いてみてだな。どこか行きたいところがあれば……それもまずはあっちに聞くか。」
「今回は親孝行でいいんじゃない? また今度、二人で出掛けてもいいし。」
「休みは三週間くらいはあるからさ。どこへでもお供しますよ、お嬢様。」
「よきにはからえ……は違うか。」
「それとは別に……休暇中に一度、帰省しようと思ってさ。いい加減に挨拶にな。手土産を何か考えといてくれよ。俺はスーツを仕立てておくから。」
「手土産?」
「ああ。ひなこなら好みはわかってるだろ。都合がいい日も聞いといてくれな。……俺、会ったことなかったよな?」
「へ? ……たくや!」
沢口の言葉の意味に気付いた妃名子が沢口に抱きつき、涙を浮かべながら呟く。
「私たち、そういうのはないんだと思ってた。」
「ケジメってわけでもないけどさ……。前にも言ったように、ひなことあいつらなら、俺はあいつらを取る。それはたぶん変わらない。それでも良ければ……これからもずっと一緒に居よう。」
「いいよ。それでいいよ。それがたくやだもん。」
指輪もなにもない、二人にとって一世一代のイベントが終わった。
「みんな、写真集の見本が上がってきたよ。」
リハーサルの合間を縫って、取材に訪れた伊集が開口一番、VANCAの四人とマネージャーに冊子を渡す。
「まだ第一稿の段階だけど、中身はこれでいこうかなって。気になるところがあったら、早めに言ってもらえれば。」
「まだ最終チェックではないってこと?」
「そうだね。写真もそうだけど、文章とか、みんなのプロフィールとかを確認してもらって。あとは僕のほうでやるから。次にみんなに見てもらうのは、製本されたものになるかな。」
「凡の身長は何メートルだって?」
「そろそろ三メートルに……ならないよ。」
沢口の軽口に凡河内が乗りつつも否定し、四人が軽く笑い合う。
「いつものこととは言え、みんな楽しそうだね。」
「そりゃもう、武道館よりも大きな会場もあるからな。デカイとこでやれるのは楽しみだよ。」
「武道館をやったことで、何か変わった部分はあるのかな。」
「あれからまだライヴやってないからなあ……。凡と各務は? 高梨さんのライヴがあっただろ。」
「あっちはバックバンドだから……。俺たちを観に来てるわけでもないしね。」
「俺は……なんとなく自信が付いたかなあ。」
沢口に話を振られ、立場の違いから、変化は無いと語る凡河内に対し、個人的な感覚での変化について各務が返す。
「各務くんはステージではいつも自信満々でしょ。」
「なんだろう、周りを見る余裕ができたと言うか。一昨日のライヴだけの感覚かもしれないけど……。」
「ああ、自分のプレイに没頭してるって感じは薄れていたかな。何度か目が合ったような……」
「グラサンしてんのに?」
凡河内の各務評に対して、沢口が疑問を呈する。
「たくやも、『こっち見てるな』はわかるだろ。アイコンタクトで合図が出せるのもわかるはず。それ以外にも、弾いてて楽しいときは、たくやも栗ちゃんも各務くんも、見てはいるんだよ、俺。」
「僕もそうだよ。みんな、そうそう後ろ向いてはくれないけどさ。」
「それはまあ、わからなくはないな。お前らがノってるなって感じるときは、そっち見るもんな。で、各務がこっちを向いてるのが多くなったってことか。」
「まあ、そんなとこ。次のライヴでは実感できると思うよ。」
凡河内の説明に沢口が納得したようにうなずく。
「それはいい変化だね。自分のプレイで完結してたってわけではないにせよ、周りを意識する余裕が大きくなれば、それだけバンドの音にも余裕が出てくるからね。まだまだVANCAは大きくなっていくんだなあ……。」
二人のやり取りを聞いていた伊集が各務の成長に目を細めていると、写真集の見本を眺めていた栗原が声を上げる。
「あれっ、国美さんと環さんも載ってるんだ。」
「どこどこ?」
「ほらこれ。」
「うん。裏方さんと言うか、スタッフも含めてのドキュメンタリーかなって。」
「そりゃそうか。もう、ファン代表じゃなくて、スタイリストとメイク担当だもんな。これは許可……断らないな、あの二人は。」
スタッフや裏方の仕事ぶりが散りばめられたページの中に、国美と環が混じっていることに沢口は納得しつつ、最終ページまで目を通す。
「いいんじゃねえの。あのステージの裏では、これだけの人が関わってたってのもわかるしさ。」
沢口の感想に皆が揃ってうなずく。
「終演後の記念写真も、こうやって使われると、良かったなって思うね。」
「そうだね。気恥ずかしい感じはあったけど、なんとなくみんな笑顔だもんね。」
「これは千葉くんのファインプレーだねえ。」
最終ページの集合写真を見ながら、各々が感想を漏らす。
「うん。そう言ってもらえれば。で、これを妃名子さんと窓花さんに。国美さんと環さんには事務所を通したほうがいいのかな?」
伊集がバッグから封筒を取り出し、テーブルの上に二通ずつ並べる。
「これは?」
「武道館の等身大パネルのとこで撮影したんですよ。後輩くんたちには、チラシ用のデータと一緒に郵送することになってまして。」
迫丸の問いに、伊集が簡潔に答える。
「見てもいいのか?」
「……写真集に載せて欲しいって言ってたくらいだから、いいのかな?」
「載せないの?」
「メンバーの身内の写真だからね。沢口くんが良ければともかく。」
「見てから考えるか。」
掲載許諾を判断するという名目で、沢口が封筒から写真を取り出す。
「プリントしたけど、もし必要ならデータも渡せるから。……聞いてる?」
「聞いてる、聞いてる。ほれ。」
何枚か入っていた写真を他のメンバーにも廻しながら、沢口がぞんざいに答える。
「これは四人だけ。そっちはユズルたちも入ってるのか。」
「こっちは伊集さんも写ってるよ。」
「結構、撮ったの?」
「そうだね。ここの流れで後輩くんたちの写真を撮ることにもなったしね。」
「その節はお世話になりました。」
伊集の言葉に栗原が頭を下げて礼を述べる。
「いやいや、それがあったからエンディングの集合写真に繋がったんだから。」
栗原と伊集のやりとりをよそに、凡河内と沢口が写真について感想を述べ合う。
「いい写真だね。みんな楽しそうで。」
「だな。姉ちゃんだけ、なんか固いな。」
「撮られ慣れてないのかもな。……この写真さ。なんかVANCAみたいじゃん?」
横から写真を覗き込んだ渡瀬が、四人だけが写った写真の印象を口にする。
「一歩引いて控えめな環さん。やんちゃな感じの国美さん。ニコニコしてる妃名子さん。クールな佇まいの窓花さんでさ。」
「はあ!?」
渡瀬の写真評に沢口が不快そうな声をあげ、各務が思わず吹き出す。
「橘を栗ちゃんに当てはめるのは、さすがに……」
「それを各務くんが言うかな!」
各務のからかうような物言いに、栗原がニコニコしながら噛み付く。
「そっか、そういう見方もできるのか。面白い視点だね。パネルと四人の並びが一緒なら、狙ってやったようにも見えるかもしれないけど。」
渡瀬の独特な感性に、伊集が興味深げに返す。
「俺たちのパブリックイメージってこんな感じ?」
「そうだね、これに近いんじゃないかなあ。ファンレターに添えられてるイラストだと、こういうのが多いのかな。どうしたってステージの印象になるからね。素のみんなを知ってると……特に各務くんは全然違うよね。」
凡河内の冷静な問い掛けに、迫丸がファンレターを思い出しながら答える。
「……俺、もっとはっちゃけたほうがいいのかな?」
「凡河内くんはかなり動くようになったと思うよ? フロントマンが二人とも暴れるよりは、メリハリがあって、今くらいでいいんじゃないかな。……メンバーと事務所がどう思ってるかはともかく。」
自分のステージングに迷いを覚える凡河内に、第三者の立場を強調しつつ伊集がアドバイスする。
「今の凡ちゃんもカッコいいよ。少年と二人、基本は静と動だけど、ステージを大きく使ったり、少年の代わりに煽ったりでね。」
「凡ちゃん、もっと暴れたいの?」
「いや、暴れたいわけでは……。」
「やりたいようにやればいいだろ。凡だけじゃなくて、ジジイも各務もな。ステージでもっと大きく動いてみるとか、まずはやってみてさ。客の反応見ながらだっていいんだしな。」
迷える凡河内に沢口が身も蓋もない提案し、写真についても結論を下す。
「うん、この写真は載せなくていいだろ。『VANCAみたいな四人がいました』ってだけなんだしさ。」
「じゃあ、会報で使わせてもらおうか? 誌面はモノクロだし、ファンもまさか身内だとは思わないだろうしね。」
「千葉くんと皆さんに確認だけとってもらえれば、僕は構いませんよ。」
「……俺の身内だってわかんなきゃいいよ。」
「他のファンの写真もいくつか使って、まぶしちゃえばいいんじゃないかな。」
「木を隠すなら森の中、だね。」
「ユズルくんたちの写真は……使えないか。」
「普通のカッコしてれば良かったんだけどな。」
ステージ衣装を着て髪を立てたユズルたちの写真は、写真集にも会報にも掲載されることはなかった。