武道館ライヴの興奮も冷めやらぬ中、VANCAの四人は、取材対応、アリーナツアーと夏のイベントのリハーサルに追われていた。
「武道館が終わって燃え尽きないかって心配してたけど……。」
「ライヴさえやってりゃ幸せって連中ですからね。デカイ会場でもこれまで通りのやり方で通用したんで、自信にはなったんじゃないっすかね。」
リハーサルを見ながら、迫丸と渡瀬が言葉を交わす。
「渡瀬くんから見て、どう? 今回のセットリストはベストアルバムみたいな選曲で。」
「最近やってなかった曲も、新曲と混じっても違和感ないと思いますよ。昔の曲って言っても、二年前、三年前なんですし。」
「そっか。ライヴで観るのは初めてってファンが、楽しんでくれるといいなあ。……あ、いったん休憩するかい?」
演奏を中断した四人に迫丸が慌てて声を掛ける。
「俺はまだ……いや、休むか。ゲロ丸くん、なんか飲むもの頼むわ。で、さっきのとこなんだけど。」
「前の曲と繋げる?」
「そうそう。せっかくのいい流れが途切れるよりはさ。」
「じゃあ、前の曲終わりから。俺がこんな感じで終わらせるから、栗ちゃんはリズムキープして。各務くんが……」
凡河内の指示を聞き終える前に、各務がタイミングを合わせてベースラインを弾き始めると、凡河内のリフが絡む。
「それそれ! どうよ、渡瀬。」
「いいんじゃね? イントロの勢いが違う気がする。」
「だよな! ジジイの体力だけが不安だけど。」
沢口に煽られた栗原が手数を増やし、さらにドラムの勢いが増す。
「冗談、冗談。」
沢口と栗原がニヤニヤと顔を見合わせて演奏が終わる。
「……夏なんだから、常温でもいいんじゃねえの?」
迫丸から渡されたコップに口をつけつつ、沢口が愚痴をこぼした。
リハーサルを終えた四人は、MMEのスタッフを含めてのミーティングに移った。
「まずは武道館のアンケートから。」
迫丸が口火を切る。
「ビデオになるのが楽しみって回答が多かったね。反響が大きかったのはセッション。今後もあるのか、沢口くんは歌わないのか。ソロからの流れがカッコ良かったって意見も。」
「セッションなあ。次のツアーでどうするかだな。」
「特別なライヴのときだけでもいいと思うよ。これが普通になっちゃうよりもね。」
「確かにそうだね。特別感を演出するのも大事だよね。」
「俺が歌うのはナシだな。楽器隊の見せ場ってのもあるけど、ボーカルが入ると予定調和だよな。」
「メドレーになったところから、予定調和っちゃあ予定調和だね。」
「最初から最後まで即興だと……盛り上がるのかな?」
「できなくはないけど、三人で演奏してただけって思われそうな気もする。」
「大きなライヴでメドレーをやるかもしれない、くらいでいいんじゃねえか? 今回だけでもいいし、その場のノリでお前らがやりたくなったらやってもいいし。こうって決めなくてもさ。」
「そうだね。やらなきゃいけない、になるのもね。ただ、練習しとかないと、いきなりは合わせられないかな。」
「それはそうか。通しリハでやるかやらないか決める、までか?」
「そんなところかなあ。僕は楽しかったから、またやりたい。あとは二人に任せるよ。」
「あっ。俺は凡ちゃん次第で。」
「ふふっ。じゃあ、任されるよ。」
凡河内が軽く微笑んで、セッションについては話が落ち着いた。
「アンケートについて続けてもいいかな。あとは新曲の感想。オープニング曲も最後の曲も、それぞれシングルになるのを期待されてるね。カップリングにするのはもったいないかな。」
「先行シングルは一枚だよな。」
「
「八月にライヴアルバム出して四ヶ月連続リリースと、十二月にリカットシングル出しての四ヶ月連続リリースとだと、どっちがいいんだろうな。」
沢口の突然の提案に、坂が慌てて答える。
「えっ、ライヴアルバムを八月に前倒し? 九月の予定で動いてるから……素材は揃ってて、収録曲は決まってて……。」
「ビデオはわかんないけど、アルバムだけなら行けると思うよ。」
「そうだね。アルバムはエンジニアの仕事が残ってる状態。ビデオと同時発売を目指すなら、編集作業次第かな。一度、確認しようか。」
中舘が助け船を出すと、坂が進行状況をチェックする。
「先行シングル二枚だと、カップリング曲は……」
「各務とジジイの曲でいいだろ。」
「「へっ!?」」
自分が作詞した曲がシングルに収録されると聞き、各務と栗原は動揺を隠せない。
「待ってよ。シングルは沢口が作詞した曲にするって……。」
「カップリングに入れる曲の話をしてんだろ。お前らの曲をA面……一曲目にするわけじゃないんだしさ。」
「それはそうなんだけど……。」
「たまたま新曲が四曲あって、うち二曲はシングル向きで、残り二曲はノリも違って各務とジジイの作詞で。シングル二枚出すにはピッタリだろ。」
「まあ、そうだね。」
沢口の提案に、中舘が納得したかのように同意する。
「先行シングルとリカットで、どっちが売りやすいとか、話題になるとか、アルバムの売り上げに繋がるとかはわかんないけどさ。」
「うん。」
「次のアルバムでチャート一位を狙うなら、先行シングルを二枚にしてもいいんじゃねえかな。」
「なるほどね。みんなはどうなの?」
沢口の意図を聞いた坂が、初耳だという顔をした三人に確認する。
「アルバムの例えば十曲から十二曲のうち、四曲がシングルで聴いたことがあるってどうなんだろう。」
「シングルの四曲は、アルバムバージョンで改めてレコーディングするとか?」
「ミックスを変えるだけでもいけるけど……そもそもライヴアルバムとライヴビデオを八月に出せるかどうかだよ。」
凡河内の返答に、中舘が前のめり気味に話し出す。
「VANCAからこういう提案があったって森永さんに伝えた上で、ライヴアルバムとライヴビデオの進捗を確認してみるよ。先行シングル二枚にして、アルバムへの期待感を高めるのはいい戦略だと思うしね。」
「ライヴアルバムとビデオを八月下旬に前倒しするなら……シングルのレコーディングも前倒ししないといけないかな。」
坂がスケジュールの変更に言及すると、沢口が慌てて確認を取る。
「俺ら、八月下旬からオフなんだけど。」
「シングルを二枚ともまとめてレコーディングすればいいよ。ライヴ版のプロモーションは、それほど力を入れなくてもいいしね。アルバムのレコーディング中に、シングルのプロモーションが入ってくるかもしれないくらいで。」
「ツアーと夏のイベントの合間に、取材とレコーディングか。レコーディング用のアレンジは……」
「もう、できてるよ。」
沢口が凡河内に視線を向けると、当たり前のように凡河内が答える。
「仕事がはえーな。曲決めすらしてないのに。」
「シングルにはならなくても、アルバムには入るだろ。」
「それもそうか。……ライヴビデオ次第では四ヶ月連続リリース。先行シングル二枚。MMEに移籍して三枚目のアルバムだから、そっちの意味でも、ホップ、ステップ、ジャンプだな。」
「僕らとしては、ライヴアルバムがホップのつもりだったんだけどな。」
「沢口くんの口から一位を狙うって言葉が出てくるんだから。みんなも手応えがあるんでしょ。」
坂の言葉に、四人が自信ありげに笑みを浮かべる。
「そういや、シングルで一位じゃないんだ……。」
「各務くん、各務くん。」
ふと気付いたように呟く各務を、沢口からかばうように栗原がたしなめた。
「そうだ。俺、結婚するから。」
ミーティングを終えたタイミングで、沢口が引っ越しを決めたかのような軽い口調で結婚報告をする。
「「「はっ?」」」
「えっ、橘と?」
「当たり前だろ。ほかに誰がいんだよ。……もう橘じゃなくなるから、呼び方考えとけよ。」
結婚相手を確認する各務に、呆れたように沢口が答える。
「ちょっと待ってよ、少年。……違うな。えーと、結婚おめでとう……。いや、そうじゃなくて……」
「迫丸さん。ファンとかメディアとかに向けて、結婚の報告ってやるものなのかな?」
「あー、それそれ。」
思わぬ報告に気が動転していた栗原をさておき、凡河内がメディア対応について確認する。
「沢口くんがどうしたいかだよ。相手が有名人ならともかく、一般の方だしね。」
「プライベートなことをどこまで公にするかだね。」
迫丸の返答に坂が付け加える。
「女性ファンが減るかどうかを考える人もいなくはないけど……。」
「アイドルでもあるまいに。そこは気にしなくてもいいだろ。ジジイはどうだったんだ? ライヴ中に俺が勝手に発表しちゃったけどさ。」
「僕はまあ……みんなが祝福してくれて嬉しかったってだけかな。次に子供が生まれたときも、ファンクラブだけでもいいから、報告はしたいかな。ただ、結婚と出産は別物かもしれないね。」
「沢口くんが公表するなら、凡河内くんと各務くんのときも公表したほうがいいかもしれないよ。逆に、沢口くんが公表しないなら、二人も公表しないほうがいいかもしれない。そこはどうなの、二人とも。」
バンドとしてのあり方を重視する角度から、中舘が三人に問う。
「突然言われても。……予定もないのに。」
「……そうだね。今すぐってことでもないなら……って、たくや、いつ結婚するんだ?」
「へっ? オフの間に挨拶に行って、それからだな。」
「式とか披露宴とかは?」
「……考えてなかった。」
「沢口くん……。」
「僕は他人のことを言える立場じゃないけどさ。ひなちゃんはそういうの言い出さないタイプだと思うんだ。少年から言ってあげたほうがいいよ。」
栗原の指摘に図星を突かれた沢口は、ミーティングに集まったメンバーを見回す。
「こういうことを相談できるやつが一人もいないって、どういうことだよ。」