アリーナツアー初日を翌日に控え、北海道に降り立ったVANCAは、懐かしい顔と再会していた。
「みんな元気そうだね! セールスも良くって武道館も成功させて、文字通り絶好調だね。明日は楽しませてもらうよ。」
「川嶋さん、久しぶり。そっちも元気そうで良かった。まだショップ相手の仕事を?」
「うん、販売部。マネージャーさん、マージ・ボスレーの川嶋です。制作部のときにVANCAのセカンドアルバムを担当させてもらいました。今は北海道の販売部に所属してます。今後も……ないかもしれないですけど、よろしくお願いします。……ちょっといい海鮮居酒屋を予約してるから、まずは移動しようか。」
「あの時は君たちに本っ当に申し訳なくってね。成功してくれてほっとしたってのが本心かな。僕らの手を離れて良かったって言うのは違うんだろうけどね。君たちと一緒にやっていきたい気持ちは変わらないけど、あのサードアルバムは、ウチでは作れなかっただろうし。」
乾杯から開口一番、川嶋が謝罪の弁を述べる。
「いやでも、川嶋さんは、俺らのためにやれることはやってくれたわけだから。感謝こそあれど、悪く思っちゃいないよ。」
「そうそう。JVと事務所を飛び出した僕たちを拾ってくれてさ。」
「VANCAの音楽に初めてきちんと向き合ってもらえて、俺たち嬉しかったんですよ。」
「発売年月日未定で、ライヴの合間の小間切れレコーディングではあったけど……かえってあれで自信も付いたのかな。」
「とは言え、プロモーションなんかほとんど無かったしね。契約がもう半年、早くても遅くても、もうちょっとどうにかできたかもしれないし。」
「それだと、川嶋さんが担当じゃなかったかもしれないだろ。売れた売れなかったは置いといて、あれで良かったんだよ。」
どうしても自分を卑下する川嶋を、沢口がフォローする。
「アリーナツアーは……オールタイムベストとでも言うか、これまでにやってきた曲からピックアップして演奏するからさ。セカンドアルバムからも何曲かやるんだ。アルバムからどう変わったのかも楽しみにしてくれれば。」
「ああ、そうなんだ。VANCAはレコード会社の移籍が多くて、ベストアルバムを作りづらいからね。こういう機会があると、初期のアルバムにも興味を持ってもらえるかな。……セカンドアルバムが発売されてから、まだ二年も経ってないのか。随分と前な気がするね。」
「発売までかなり待たされたからな。」
「それもほんと申し訳なかったよね……。」
「違う、違う。川嶋さんは約束通りアルバムを作らせてくれたし、経緯はどうあれ、発売してくれたんだよ。同じように先が見えないとしても、レコード会社も決まらずにやってるよりは、よっぽどましだって。」
「川嶋さん、また、謝ってばかりだね。」
沢口と川嶋のやり取りを聴いていた渡瀬が、懐かしそうに呟く。
「俺もあれからいろいろあって、今はVANCAのマネージャーに配属されたんすよ。ボスレーのいろんな部署をたらい回しにされた経験も、今はそれなりに役に立ってますよ。」
「ずっと一緒じゃなかったんだ。」
「LEAPに入ったのはたくやの口利きですけど、担当になってからは一ヶ月くらいっすかね。」
「川嶋さん、販売部ではどんなことを?」
渡瀬の話から連想したのか、栗原が川嶋の近況を尋ねる。
「わかりやすく言えば、ショップへの営業だね。販促品を持って新作の案内をして、売れ行きの調査もして。でも、制作志望は変わらないから、各地のショップに営業しながら、その土地のライヴハウスを回っててね。本社の制作部門に声を掛けることもあってさ。スカウトの真似事みたいなこともさせてもらってるよ。」
「へえ。誰かデビュー……」
「いやいや、そこまでは。」
近況を語る川嶋だが、沢口の質問には慌てて言葉を濁す。
「地元じゃ人気があっても、ってことですか?」
「うん、まあ、それもあるけど……。」
「VANCAを引っ張ってきたディレクターなんだから、見る目はあるって思われてそうだけどな。」
「少年、自分で言いなさんな。」
沢口の自画自賛な物言いに栗原がツッコミを入れ、顔を見合わせて笑い合う。
「恥ずかしい話だけど……どちらかと言うと、その逆でね。セカンドアルバムとサードアルバムとで、売り上げが天と地ほどに違ったよね。君たちとの契約も一枚きりだったしさ。社内では『VANCAを生かせなかった』とか『みすみすVANCAを手放した』とか……言われることもあってねえ。」
「なっ! ……川嶋さんのせいじゃないだろ。クオリティに関しちゃ俺らの責任だし。制作部の対応もおざなりだったしさ。」
川嶋の告白に沢口が一瞬、激昂する。
「最終的には『話題性はあるから一枚だけは出してやる』だもんね。」
「それを決めたのも、上の人だったしねえ。」
沢口の言葉に各務と栗原が同調する。
「正直なところ、俺たちにできることはほとんど無いと思う。それでも……そうだね、セカンドアルバムの曲をなるべくセットリストに入れていって……」
「いやいや、それは違うよ、凡河内くん。」
川嶋のために自分たちにできることを考える凡河内を、川嶋がやんわりと諭す。
「ライヴはファンのためであって欲しいし、そもそもみんながやりたい曲をやるべきだよ。僕のために、本来ならやらないはずの曲をやるのは、本末転倒だよ。」
川嶋の言葉に四人は神妙にうなだれる。
「みんなが僕のことを忘れないでいてくれて、こうやって感謝してくれて。それだけで十分だよ。……ほら、明日のための決起集会なんだから、もっと食べて飲んで。そんな顔してちゃダメだよ。」
川嶋が何事もなかったかのような顔で酒を勧め、沢口は苦しげにそれを飲み干した。
「失礼、ちょっとお手洗いへ。」
「あ、僕も行こうかな。」
川嶋が誰に言うとでもなく断って席を立つと、栗原がそれに付き合うように立ち上がる。
「いってらー。」
すでにできあがっている沢口に見送られ、二人はお手洗いへと向かう。
「沢口くんは飲む印象がなかったけど、やっぱり強くはなさそうだね。」
「あんまり飲まないですね。迫丸さんにも止められますし。今日は特別な感じですね。」
「そっかあ。飲ませて悪かったかな。」
「飲み過ぎなければ、たまにはいいと思いますよ。……ところで川嶋さん。東京に行くことってあります?」
話を切り出すタイミングを見計らって、栗原が話題を変える。
「えっ? ああ、年に数回、本社には行くかな。会議とか研修とかね。それが?」
「観て欲しいバンドが居るんですけど……。」
「アマチュアだよね? うーん、タイミングが合えばいいけど、どうかなあ……。今の事務所の人とか、レコード会社のスタッフとかは?」
「その……スタッフにとっても、知り合いのバンドなんで。良くも悪くも、正面から評価をしてもらえるかどうか……。」
「そうなんだ。プロなんだから、そこはきちんとしてるはずだよ。……確約はできないとして、都合が合えば観に行くことはできるよ。スカウトするとまでは僕の一存では言えないけど。」
「いえ、ただ観てもらって、ディレクターの目線からするとどんなもんかなって。まだ高校生で……いや、前情報はないほうがいいですよね。」
「高校生なんだ。じゃあ、将来性ってことでいいのかな。」
「そうですね。今すぐどうこうってことではなく。」
「じゃあ、遊びに行きがてら、覗いてみるくらいのつもりで。ただ、いつとは言えないけどね。」
「そこはわかってます。まだ昼の部に出てるんで、見定めようって思わなくてもいいですよ。もうほんと、芽があるかどうかで。普段は新宿の人人で……」
栗原からすれば、川嶋との再会は、他のメンバーとは全く違った意味を持っていた。
アリーナツアーが始まると、これまで通りのイベント出演に加え、ライヴアルバムとライヴビデオのプロモーションの取材が増え始めていた。
「……『次の目標』ってなんだろうね。」
「……みんな目標持ってるのかなあ。」
雑誌取材を終え、各務と栗原が放心しながら呟く。
「アマチュアの頃なら、プロデビューでいいんだろうけどな。」
「日本武道館がわかりやすい目標になるのもわかりはするよ。実際、俺たちもかなり喜んでたんだし。渋公のときは戸惑いのほうが大きかったのにさ。」
「……アルバム作って、ツアーをやって、じゃダメなのかな。」
「なんだろうね、チャート一位とか?」
沢口を見ながら栗原が具体的な目標を口にする。
「……お前らには一位を狙うとは言ったけど、わざわざ外に向けて発信することでもないだろ。」
「ファーストアルバムのときだって、言わなかっただけで、チャート上位に行けるとは思ってたからね。」
「びっくりするほど売れなかったねえ。」
「事務所もJVもプロモーションなんかしちゃくれなかったからな。」
「それを考えたら、LEAPとMMEってなんであんなに力を入れてくれたんだろうね。」
「僕らはVANCAにそれだけの可能性を感じてたってことだよ。で、話を戻すけど。『次の目標』はある意味で定型文だからね。事前に用意しておいたほうがいいかもしれないよ。」
「チャートじゃなければ売上枚数か?」
「それは生々しいからやめたほうが。」
迫丸の説明に沢口が答えると、栗原が苦笑いしながら言葉を返す。
「会場とかツアーの規模とかなら、アリーナとかドームとか公演数とか?」
「次はドームツアーをやりたいです? ……なんかバカみたいだな。」
「いっそのこと、ワールドツアーとか。」
「海外のイベント……音楽フェスティバルには出てみたいかな。」
「海外版も出しちゃいないのにな。」
「世界進出は良し悪しだね。」
邦楽には疎いが洋楽には通じた凡河内に、沢口が茶々を入れると、迫丸が海外デビューについて言及する。
「良し悪し?」
「海外版を出してもほとんど売れない。海外でライヴをやっても日本人しか入らない。そんなのはザラだからね。」
「そんな印象はあるよな。」
「ただ、海外のミュージシャンにゲスト参加をオファーするときには名刺代わりにはなるよ。向こうのレコード会社を窓口にもできる。高額な報酬を提示すればどうにかなっちゃう人も少なくないけどね。」
「俺たちにはあんまり関係ないか。」
「誰かにギターを弾いてもらうとか、興味ないかな。」
「なくはないけど……凡が居るからな。わざわざ呼ぶまでもないだろ。弾かせてくれって来られたら考えるくらいか。」
「……メンバー愛だね。」
凡河内のギターに多大な信頼を寄せる沢口に、迫丸が嬉しそうに呟く。
「もし海外の音楽フェスティバルに興味があるなら、MMEの海外部門に声を掛けてみるよ。今のところは、こちらが出演料を払って出させてもらう形になるけどね。」
「持ち出しなのかよ。」
「オファーがなくても出られはするってことだよ。メインじゃない小さいステージでも良ければね。」
「……海外進出のとっかかりにはなるのかな。」
「凡ちゃんは海外に出たいの?」
海外の音楽フェスティバル出演を夢見るような凡河内に、各務がなんの含みもなく問い掛ける。
「……ずっと洋楽を聴いてきたからね。」
「凡ちゃんはそんな感じだよなあ。」
「日本語で歌っていいならフェスでも単独ライヴでもできるけどさあ。海外デビューするなら英語だろ。誰が歌詞を書くんだよ。俺が歌えるのかどうかもあるしな。」
「そんな身も蓋もないことを……。いずれにせよ、今は足下を固める時期なんじゃないかな。ようやく売れてきたんだしね。」
「そうだね。海外進出を考えてるなら、MMEにも伝えておくけれど、まずは次のシングルとアルバムだね。」
「だな。この勢いを次に繋げないとな。」
VANCAの「次の目標」についてはうやむやなまま、取材の反省会は終わった。