「各務くん。シークレットゲストのあれ、町田さん無理だって。」
「えっ!? もう二週間もないよね。代役、探せるの?」
練習スタジオに入った各務は、すでに機材の準備をしていた凡河内から、想定外の話を聞かされる。高梨がシークレットゲストとして出演するイベントに、町田が出演できないと言うのだ。
「高梨さんが探してみるってことなんだけど……栗ちゃん、どうかなと思って。」
「栗ちゃん? えっ、なんで?」
栗原を推す凡河内に、各務が驚きを隠さずに疑問をぶつける。
「なんでって……。元々がサポートドラマーだし、VANCAも出るイベントだからスケジュールは問題ないし。そんなに驚くようなことかな?」
「それ、誰かに言われたの?」
「いや、俺がさっき思い付いただけで。まずは各務くんに聞いてみようかと。」
「……誰にも言ってないんだね。良かったあ……。」
誤解を招きかねない話を、ほかの誰よりも先に自分が相談されたのだとわかって安堵する各務に、凡河内が不思議そうに呟く。
「俺のほうこそ、その反応がわからないな。」
「ちょっと待ってよ。これ、言っちゃだめなやつだよ。」
凡河内がわかっていないことに愕然としつつ、各務が答える。
「どうして? 各務くんに参加してもらったのと同じように、栗ちゃんにもサポートに入ってもらえたらってだけでさ。各務くんも知らない人と組むより、やりやすくない?」
「それはそうなんだけど……。沢口を除いた三人が、別のボーカルのバックに就くんだよ。それはだめだって。」
「一日限りのことなのに?」
「……うん。これは絶対に良くないと思う。沢口はもちろん、栗ちゃんにも言っちゃいけないと思うよ。」
事の重大さに思い至らないかのような凡河内に、各務が深刻そうな面持ちで諭す。
「そうか……。誰か一人でも反対するようなら、引き下がろうとは思っていたから。この案はなかったことにするよ。」
「それがいいよ。俺も口外しないからさ。……そうだ、前に聴かせてもらった曲なんだけど……」
栗原がサポートに入る案を凡河内が取り下げ、二人はVANCAの新曲について打ち合わせを始めた。
(VANCAの初めてのライヴのときは、千石さんと宇佐美くんが手伝ってくれて。千石さんのバンドの四人のうちの三人が、たくやのバックに就いた状態だったんだよ。たくやもそれはわかってただろうから……。)
アリーナツアーと夏のイベントをこなしながら、先行シングルの打ち合わせのために、VANCAとスタッフはMMEの一室に集まっていた。
「次のレコーディングは、これまでとは違うアプローチをしようかと思うんだ。」
「ライヴのアレンジからレコーディング用のアレンジに変えるのは、いつものことだよね?」
凡河内の提案に、各務が質問の形で確認を取る。
「うん。ライヴで先行してやってた曲はそうだったけど。今回は……次のアルバムは……引き算でアレンジしようと思うんだ。」
「引き算?」
「サードアルバムは南さんの主導で音を増やしてたよね。もちろんそこには俺たちの意向があってのことだけど。前のアルバムもその流れでやり過ぎたかなってくらいのことをやってさ。」
「三枚目と四枚目は、ヘッドホンで聴くと『こんなとこにもこんな音が』とは思うよね。」
「それをなるべく減らしていこうかなって。ただ、これまでの楽曲と大きく印象を変えることになるかもしれないから、シングルでワンクッション置こうかと。」
「で、なにをどうしたいって?」
凡河内の前置きがどうでもいいことかのように、沢口が先を促す。
「シングル向けにレコーディングしたものを、リミックスできないかなって。」
「アルバム用にレコーディングして、ミックスを変えてシングルバージョンにするんじゃなく?」
凡河内の説明に、栗原がミックスの方法を確認する。
「うん。シングルバージョンをレコーディングして、それを元にリミックスを依頼してみたらどうだろう。」
「依頼? お前がやるんじゃないのか?」
「そうだね。俺からは出て来ないアイデアで、あの二曲がどう変わるかを見てみたい。」
「うーん。最後までお前が手掛けてこそのVANCAな気もするけどな。」
「そう言ってもらえるのはうれしいけど、そこはプロデューサーとしての判断かな。実際に採用するかどうかは、みんなで決めればいいんだし。」
「具体的にどうしたいの?」
自分たちの楽曲に他人の手が入ることに消極的な沢口に代わり、各務が凡河内に説明を求める。
「これまでよりもシンプルなアレンジでシングルを出すことになるから、印象が大きく変化するような気がしてさ。だったら、カップリングでは思いきって遊んでみてもいいんじゃないかと思ってね。」
「僕は面白いと思うよ。VANCAはロックンロールバンドって印象が強いけど、実際はいろんなジャンルのロックやポップスがバックボーンにあるでしょ。」
凡河内の提案に対し、坂がVANCAの音楽性の観点から賛同する。
「まあ、そうだな。」
「引き出しの多さというか、懐の深さを見せられるんじゃないかなって。」
「スタートは『ラストパンクヒーロー』だったけどな。」
「あれはほんとなかったよね。」
沢口のぼやきに、栗原がつくづく同意する。
「でも、その頃の速くて短くて激しい曲が、今の多彩な楽曲の中に入っても違和感はない。」
「……うん。」
「その多彩さを、外部のリミキサーにさらに広げてもらうのもいいんじゃないかな。」
「なるほどねえ。で、外部に頼むとして、凡ちゃんは誰か当てはあるの?」
凡河内の意図を汲んだ坂の説明に、栗原が納得した様子でその候補を問う。
「ROSAの塚本さんに頼もうかと。」
「塚本さんか! いい人選だと思うよ。」
「塚本?」
凡河内が挙げた名前に得心がいった坂に対し、聞き覚えがないのか、沢口が怪訝な顔をする。
「スタジオミュージシャン出身のキーボーディストだよ。僕もずいぶん前に一緒に仕事したことがあるけど、センスの塊みたいな人だったね。」
「俺と凡ちゃんは高梨さんのサポートでお世話になってて、南さんとは違う方向で、みんなを高められる人だなって。敏腕プロデューサーって言い方じゃ、言い表せない感じかな。」
「ふーん。お前らが揃って絶賛するなら、期待してもいいんだな?」
「アレンジャーとしても活躍してるからね。そこは安心していいよ。」
少し冷めた様子の沢口に、坂が親指を立ててお墨付きを出した。
数日後、練習スタジオには塚本の姿があった。
「塚本だ。沢口くんは初めましてだな。栗原くんもお久しぶり。」
「ども。」
「ご活躍は伺ってます。」
「VANCAこそ飛ぶ鳥を落とす勢いだろ。年上なんだから、敬語はやめてくれよ。」
「栗ちゃんのほうが上なんだ。」
間接的に年齢に言及した塚本に、驚いたように各務が呟く。
「ん? 僕と各務くんたちは同世代だろ。学年がイッコニコ違うくらいで。」
「は? マジかよ……ジジイと同世代じゃなく?」
「人を見た目で判断しちゃいかんな。僕のほうが年齢も芸歴も上なんだし、依頼を受けて来たんだから、敬意を払いなさい。」
ナチュラルに失礼な発言をする沢口を、笑顔を崩さずに塚本がたしなめる。
「塚本さんは高校生でスタジオミュージシャンになったんでしたか。」
「初めてレコーディングに参加したのは中学生のとき。クレジットに載ったのは高校生から。レコードデビューもしたけど、今は裏方の仕事が主だね。」
迫丸が話を変えようと塚本の経歴を紹介し、塚本がそれに乗る。
「まあ、まずは聴いてもらおうか。凡河内くんのデモを基にしてあるから。沢口くん、心して聴けよ。」
「思った以上にいいね。派手は派手だけどVANCAらしい感じもあって。」
デモとリミックスとを聴き比べると、栗原が口火を切る。
「そうだな。もっとこう……ダンスミュージックっぽくなってるかと思った。」
「なんでまた?」
「海外の12インチってそんな感じじゃねえか?」
「ああ、そういうことか。」
「パーカッションとかホーンセクションとかストリングスとかが入って。ゴージャスって言えばいいのかな。派手なアレンジのリミックスバージョンのほうが、印象が強く残らないかな?」
「難しいところだね。VANCAのイメージで言えばシングルバージョンになるだろうし、広く知ってもらえそうなのはリミックスバージョン……なのかな?」
沢口、栗原、各務が三者三様の意見を出し、迫丸がそれぞれの良さを、坂と中舘に確認する。
「VANCAを知らない人たちにもウケそうなのはリミックスバージョンだけど、元々のアレンジでも充分、引きがあると思うよ。」
「リミックスバージョンはあくまでもお遊び……って言い方は失礼だな。『こういうのはどう?』って誘ってみたくらいに考えていいんじゃないかな。」
「……リミックスバージョンの収録自体には反対しない、ってことでいいのかな。」
それぞれの意見を集約し、凡河内が最終確認をする。
「確かに面白い試みだし、純粋に『こういうこともできるんだ』って驚きもあるし。……いいんじゃねえの。」
「異議なし。」
「あ、俺もいいと思う。」
「気に入ってもらえたようでなにより。どういう形であれ、採用してもらえれば、責任は果たせると思ってるよ。」
三人の賛意を受けて、塚本がほっとした様子で話す。
「そういや、日程的に、リミックスにはどれくらい時間をかけられるんだ?」
「えーっと、ちょっと待ってよ……。」
「これで良ければ二日もあれば仕上がるかな。」
レコーディングの日程を確認する坂を遮るように、塚本が朝飯前とばかりに答える。
「どこにどう手を入れるかは設計図ができてるからな。デモでやったことをレコーディング後にやるだけだよ。」
「へえ……もっと手間がかかるのかと思った。」
「デモとレコーディングした音源とで、そこまで大きく変わらないってことだからね。ただ、ボーカルトラックに手を加えるとなると、いろいろ試すことにはなるかもしれんな。」
「ふーん。それって、作業を見させてもらうことってできるのか?」
「うーん……そうだな、見るだけなら構わないよ。作業に集中したいから、邪魔さえしなければ。」
「ゲロ丸くん、スケジュール確認頼むわ。……お前らはどうする?」
「興味本意で良ければ。」
「……見てみたい。」
「お前は?」
「プロデューサーが行かないわけにもな。」
思いのほか積極的な沢口に戸惑いつつも、全員参加となる流れに、肩をすくめて凡河内が答えた。
自分でも管理しづらくなってきたので、今回からサブタイトルを付けました。
最初が「REMIX」だと、サブタイトルだってわかりにくいな……。