シングル二枚のレコーディングと並行して、ジャケットのデザインについてミーティングが行われていた。
「シングルはさ、二枚で対になってるようなデザインを考えてるんだよ。」
ジャケットを担当する千葉がイメージ図を見せながら提案する。
「四人が並びで演奏してて、一枚目は外の二人が手前で内の二人が奥。二枚目はその逆、みたいなさ。」
「ライヴの立ち位置からすると、凡河内くんと各務くん、沢口くんと栗原くんの組み合わせかな。」
「沢口くんと凡河内くんが、別になってるのはいいかも。」
「栗原くんと各務くんだとなあ……。」
「聞こえてるぞ。」
千葉の説明に、ひそひそと坂と中舘が言葉を交わし、沢口が冷ややかに突っ込む。
「棒立ちじゃなくて、動きがあったほうがいいよね。」
「ドラムセットが邪魔にならないかな?」
「その辺りは個別に撮影して組み合わせるから、調整は容易だな。衣装と楽器は頼むわ。」
四人の立ち位置とポージングについては、現場で撮影しながら詰めていくこととなる。
「俺はそれでいいと思う。あとは衣装を変えるか統一するかを考えないと。」
「プロデューサーがいいならいいよ。衣装は……国美さんに丸投げでもいいんじゃねえか? 曲のイメージに合わせてもらってさ。もしスケジュールがタイトになるようなら、一着に絞ってもらえばさ。」
現場でも手が空くとデザイン画を描いている国美を信頼するように、沢口が軽い口調で結論を出した。
レコーディングが終わると、続けてミュージックビデオの撮影が行われる。
「
撮影監督である中嶋がコンセプトをメンバーに伝えると、沢口が安堵したように答える。
「演技しろって言われても、無理があるからな。演奏してればいいのは助かるよ。」
「僕らが出なくても、VANCAのミュージックビデオだってわかりますかね?」
「楽曲を映像で表現するって感じかな。誰の曲だろうって思ってもらえればね。」
「先入観なく観てもらうってことですか?」
「そうだね。それも狙いの一つ。」
自分たちが登場しないミュージックビデオへの懸念を栗原が、自分なりに考えたそのメリットを各務が、それぞれ中嶋にぶつける。
「My Preciousはコンテを確認させてもらった上で、お任せでいいとして。Baby Blueの衣装は……ジャケットに合わせましょうか? シングルジャケット用に衣装を発注してありますが。」
「そうなんだ。曲のイメージに合わせた衣装なんだったら、それを使わせてもらおうかな。」
こちらでも衣装が必要となり、迫丸がそこを確認する。
「ジャケットとビデオ撮影のためだけに衣装を作るって、なんだかメジャーバンドみたいだねえ。」
メンバーが自前で衣装を調達していたVANCAからすれば、一度か二度しか着る機会がないかもしれない衣装を、しかも二着ずつ用意するのは、理解しがたいものだった。
「チャート上位を狙えるんだから、十分メジャーバンドでしょ? そのつもりで来たんだけど、違うの?」
武道館ライヴ後にアリーナツアーをしているバンドという触れ込みのわりには、それを感じさせないメンバーに、思わず中嶋は疑問を呈す。
「本人たちに売れてるって自覚があんまり無いんですよ。」
「ちょっと前までバイトしてたしな。」
「そうそう。バイトとライヴの二足のわらじ。」
迫丸の指摘に、沢口と栗原がほんの数ヶ月前までの実態を漏らす。
「その頃にも追っかけはいたよね。」
「ああいうのはインディーズでも居るとこには居るだろ。」
「こんな感じなんですよ。」
「そうなんだ。僕の独断と偏見でなんの根拠もなく断言するけど、この二枚のシングルとそれを収録したアルバム。君たちは押しも押されもせぬメジャーバンドになるよ。」
多くのミュージシャンのミュージックビデオを手掛けてきた中嶋が、さも当然だとでも言うかのように断言した。
武道館ライヴから三週間ほどが経ち、意気込んで始まったアリーナツアーではあったが、地方での公演は苦戦していた。
「この規模の会場だと、やっぱり埋まらねえな。」
「しょうがないよ、地方だしね。それでも前のツアーのときよりも入ってるんじゃない?」
チケット売れ行きに愚痴をこぼす沢口に、栗原が苦笑いしながら返す。
「お客さんの反応はいいよね。」
「それが救いか。」
「前のときよりもチケットは売れてるからね。いきなりは増えないよ。ライブハウス時代に動員を増やしていったように、ゆっくりと着実に、じゃないかな。……ヒット曲ひとつでドカンと増えることもあるけどね。」
各務と沢口のやり取りに対し、迫丸が前向きに展望を語る。打ち上げの居酒屋で食事を楽しみつつ、ちょっとした反省会が行われていた。
「年に何回も来られるわけじゃないからな……。」
「キャパがここの八割くらいの会場でもあればいいけど、無い物ねだりしてもな。プロモーションを頑張ろうぜ。」
「やっぱ、そうなるのか……。」
渡瀬の言葉にげんなりしたように、沢口がテーブルに突っ伏す。
「トークなし、スタジオライヴのみって音楽番組は、ほとんどないからね。ただ、なるべくそういうのに出させてもらえるようにするつもりだよ。」
「贅沢言ってるのはわかるんだけどな。」
突っ伏したままで沢口が迫丸に答え、顔を上げる。
「なんだかんだ、順調に売り上げも動員も増えてるんだしさ。目の前のことを一つ一つ、だな。」
「たくちゃん。こんなに順調なのに、わざわざ悪いとこ探すこともないわよ。」
スタイリストとメイク担当としてツアーに帯同する国美が、呆れたように諭す。
「悪いとこ……。どっちかって言うと、ギャップなのかな。」
「ギャップ?」
「ああ。武道館にあれだけ手応えがあったのに、これが現実なんだってさ。」
「それは栗原くんが言ったように……」
「『地方だから』を言い訳にしたくないんだよ。東京なら武道館が埋まる。埋められる。武道館よりも大きい会場が埋まらないのもわかる。そこまでの動員力はないってことだ。でも、それよりは小さい会場なのにさあ……。」
「……何をそんなに焦ってるんだ?」
それまでのやり取りを黙って聞いていた凡河内が口を開く。
「焦る?」
「そう。東京じゃ入るのに、地方じゃ十人にも満たないなんて、最初のツアーのときから経験してただろ。ツアーの規模が大きくなっても、その根本は変わってない。俺たちだけじゃなくて、どのバンドでも通って来た道なんだとしたらさ。」
「迫丸くんが言ったように、ゆっくり着実に、だよ、少年。アリーナが埋まらなかったからって、勢いが落ちてるわけじゃないんだから。」
「地方のイベントでもあればいいのかなあ。」
凡河内と栗原の現状認識をよそに、各務は直截的な解決策を模索する。
「学園祭とか?」
「CMとかドラマとか、タイアップがあると、名前を売りやすいんだけどな。ほら、たくやと仲がいい……」
「SE:SONZ?」
「そうそう。CMに使ってもらってから好調なんだろ。」
「タイアップがなくても、チャート上位の常連になれば、聴いてもらえる機会は増えるよ。それこそ、次のアルバムが一位を取れればさ。シングルで一位ならなおさらね。」
「ライヴアルバムが話題になれば、また違ってくるだろうしね。」
「そもそも武道館ライヴを観てないファンのほうが多いんだもんね。」
東京での勢いを地方に波及させるための戦略を、それぞれが口にしていく。
「俺……とたくやがいい曲を作って、たくやが歌詞を乗せる。そこが俺たちの原点なんだからさ。俺たちにできることをきちんとこなして行けばいい。それでここまで来たんだし。これまでのやり方は間違ってなかったんだよ。」
「……そうだな。いいアルバムを作って、次のツアーでもっと動員を増やして、だな。」
音楽活動の基本に立ち返ったかのような結論ではあったが、不安がそれなりに解消されたかのように、沢口が呟く。
「それにしても、なんでいきなりマイナス思考になったのかな。」
「結婚するとなると、背負うものが違ってくるからねえ。将来への不安じゃないけどさ。」
「栗ちゃんもそうだった?」
「節代さんの仕事が安定してたとはいえ、それに頼っちゃうのもね。僕の仕事が……」
「ちょっと待って。結婚ってなに? たくちゃん? 結婚するの?」
「あー。少年、言ってなかったの?」
「……改まって言うことでもないだろ。そもそもひなこが言うだろうって思ってたし……。なんだその……ひなこと……けっこん……することに……。」
沢口の結婚話をまだ聞かされていなかった国美が血相を変えて食い付き、その勢いに沢口の声がだんだんと小さくなっていく。
「相手はひなこなのね! ……ならいいわよ。おめでとう。」
「たくやくん、おめでとう。……国美ちゃんがあっさり受け入れるとは思わなかったわ。」
沢口の結婚報告に環が柔らかな笑みを浮かべて祝福を述べる。
「ひなこと長いのは知ってるし。それこそウチに居候してたんだしね。幸せにしなさいよ。」
「わかってるよ。二人ともありがとう。千石さんとこにも行かないとな。」
結婚の報告という思いがけない仕事を億劫に感じながらも、祝福してくれる仲間の存在を沢口はありがたく感じていた。
七月も終わりに近付き、イベント会場入りしたVANCAに、運営スタッフから声が掛かる。
「タイムテーブルが変更になりました。VANCAさんの出演時間は変わりませんが、WAR HEADさんがトリになりまして、PERIGOさんが繰り上がっています。」
「あ、そっか。WAR HEADは今日がラストなんだっけ。」
「えっ?」
「あれ、凡ちゃん知らなかったの?」
「いや、解散するのは知ってたけど……イベントで最後なんだと思って。」
「珍しいよね。たいてい、ツアーファイナルとか、解散ライヴとかで終わるもんね。」
「……俺、挨拶してくるよ。」
「みんなで行こうよ。ライヴに花を贈ってもらうくらいの関係性はあるんだし。」
「そうだな。こういうときくらいはな。」
栗原の提案に沢口が同意し、四人は連れ立って楽屋テントへと向かう。
「おう、VANCAか。今日はよろしく。」
背が高い凡河内に気付いたギター・ボーカルの阪下が、先んじて声を掛ける。
「みなさん、お疲れ様です。今日が最後なんだって先ほど伺いまして。」
「うん。……さっき知ったのかよ。」
凡河内が代表して挨拶をすると、阪下が笑い飛ばす。
「すみません。解散するってことしか知らなくて。」
「いいよ。いかにも凡河内くんっぽくて面白い。」
「今日はトリを務めるんですって?」
タイムテーブルの変更について栗原が話を振る。
「ああ、PERIGOが譲ってくれるって急遽決まっとって。俺んたぁ、別に気にしないのにな。」
「なあ。」
「なんか
ベースの三浦とドラムの吉田が加わり、三人が豪快に笑い合う。
「解散するようには見えないな。」
沢口が各務に耳打ちすると、それを聞き止めた吉田が答える。
「仲違いしたわけじゃないからな。」
「そうそう。もうWAR HEADはやらないってだけでね。」
「どういうことですか?」
三浦の言葉が引っ掛かった凡河内がその真意を尋ねる。
「この名前じゃ、俺んたぁがやりたいようにできんくなった。それだけ。」
「やりたいように、ですか?」
「そう。」
「それじゃわからん。」
阪下の回答に苦笑しながら、吉田が説明を引き受ける。
「これはWAR HEADらしくないだの、ファンが置いてきぼりだの。俺らがやりたいことを否定されるばかりでね。なんのために音楽やってるのかわからんようになった。」
「三人とも、型にはめられてまで続けたくはないんだよ。」
吉田の説明に三浦がわかりやすく付け加える。
「VANCAも
「……ありました。押し通せましたが、売り上げは……。」
「ライヴでは盛り上がる?」
「そこはもちろん。」
「なら良かった。それこそライヴでもやらなくなると、なんも言えんくなる。」
「そんな経験が?」
「友達のバンドがな。ただ、そこで折れると、『お前らはこれだけやっとりゃいい。』になるからなあ。」
阪下の言葉に、自分たちの経験を踏まえた四人が神妙に頷く。
「しばらくはバラバラになるけど、また別の名前で集まってもいいしな。」
「明日にはまた三人で動き出すかもよ。」
「やりたいことをやるために解散するんだよ。」
ふざけた物言いの吉田に対し、三浦が話を戻すように付け加える。
「なんにしても、三人でやるのは今日が最後だから。楽しんでな。」
最後を阪下が締めて、VANCAはリハーサルの準備に向かった。