八月に入ると、ライヴアルバム・ライヴビデオのCMが深夜の音楽番組を中心に流され始めた。
「『ライヴハウス武道館へようこそ!』かあ。たくちゃん、カッコええなあ。」
「ミキちゃん、勘弁してくれ……。」
屋外イベントで久々に再会した三木本から、CMでも使われたフレーズを切り出され、沢口は思わず座り込む。
「『いじってない』って言ったら嘘にはなるけど、カッコええなあって思っとるのはほんと。なんで思い浮かばんかったかなあ。」
「俺ら武道館やったことないだろ。」
「ほんまや。」
三木本にカズボンがツッコミを入れ、二人が笑い合う。
「でもな、たくちゃん。あのCMはええよ。『なんや、それ』ってなるのも含めて、絶対に気になるやん。」
「そうそう。イントロだけで歌わないし。うまいことやったな。」
「……そうかな? 歌があったほうが伝わるんじゃないかって思ってたんだけど。」
「ライヴアルバムってご新規さんは手に取らないからなあ。興味を持ってもらうんなら、あれで良かったんとちゃう。」
「『ライヴビデオから入りました!』って珍しいパターンもあるんじゃねえか?」
「そうなればいいけどな……。」
「なんや、なんや。たくちゃんらしくもない。まだいくつかイベント出るんやろ? プロモーションにはもってこいやろ。」
「……そっか。そうだな。ミキちゃん、カズボン、ありがとな。」
「かわいい後輩のためやんか。」
「香盤表は追い抜かれたけどな。」
「それは言うな。」
今日のイベントの出演順ではVANCAのほうが遅くなったことに、カズボンが自虐的に触れる。
「VANCAは名実ともに人気バンドだなあ。」
「俺らもぼちぼち頑張っとるから。ジョイントライヴ、いつか実現させよな。」
「……うん。じゃあ、俺らリハーサルだから。」
高梨とのジョイントライヴのほうが先に実現することには触れず、様子を見に来た渡瀬に気付くと、沢口はこれ幸いとメンバーの元に戻った。
「あんなにいじられるもんかな。」
「それだけ気安い関係性ってことだよ。いいじゃない、変に嫉妬されるよりは。」
「嫉妬?」
「デビュー前は酷かったよなあ。どっちのほうが客が多いか、どっちが先にデビューするか。」
「デビューしてからは、そういうのはなくなった気がする。」
「お客さんが少なくても、観に来てくれたんだから楽しんでもらおうって、思えるようになったからかな。」
「長らく売れてなかったけど、対バンの連中よりも、客のほうに目が向いちゃあいたな。」
「それしかできなかったからねえ。」
「みんな、今もその気持ちは変わってない?」
事務所やレコード会社からのサポートをほとんど受けられず、動員を増やすことでしか希望を見出だせなかった時期を振り返っていた四人に、迫丸が今のスタンスを問う。
「「「「もちろん。」」」」
四人はイベントの出番を終えると、控えブースのうち、VANCAに割り当てられたスペースに戻る沢口と栗原、高梨のスペースに向かう凡河内と各務の二手に別れる。
「じゃあ、行ってくるから。」
凡河内がギターを少し掲げながら言い残すと、各務が無言で軽く手を振りついていく。
「おう。」
「頑張ってね。」
沢口と栗原は一言で返すと、こちらも無言で自分たちのスペースに戻る。パイプ椅子に腰掛けた栗原が、沈黙に耐えかねたように沢口に問い掛ける。
「少年、観に行かないのかい?」
「ん? うーん……」
沢口が背もたれに体重を預け、どう返事をしたものかと伸びをしたタイミングで闖入者が現れる。
「おー、たくちゃんお疲れ。えらい盛り上がっとったなあ。……あれ、二人だけ?」
「お盆くんと正美ちゃんは高梨さんとこだろ。」
三木本の後ろからカズボンが状況を推し量って答える。
「そっか。出番が二回あるのも大変やな。たくちゃんたちはオーラスまで暇やろ? 反省会も無いようなら、なんか食べ行こか?」
「そうだな……軽くなんか腹に入れとこうか。ミキちゃんは、なんか食べたいもんあるの?」
「たこ焼き、お好み焼き、焼きそば……焼きそばでええか?」
「いいね、行こうか。ジジイはどうする?」
「僕は……お好み焼き頼んでもいい?」
「しょうがねえな。じゃあ、買ってきてここで食うか。」
「三木本さん、かき氷とか冷たい飲み物とかは厳禁でお願いします!」
沢口が立ち上がったところで、迫丸が三木本に沢口の監視を依頼する。
「じゃあ僕は……水でも飲んでるよ。」
ペットボトルの水を片手に栗原が沢口に手を振った。
「たくちゃん、腹でも壊しとるん?」
飲食ブースへの道中、三木本が沢口に話を振る。
「そうじゃなくてさ。……のどをね、大事にしろって。」
「ああ、ニーナさんか。過保護っちゃ過保護だけど、事務所としてはそうもなるか。ミキはなんもケアしてないな?」
「しとるよ! 辛いものは食わない。大声は出さない。ツッコミはほどほどに。」
「それのどこがケアじゃ。」
いつものノリの二人に、苦笑しながら、沢口がこぼす。
「SE:SONZはさ、ほかのミュージシャンのサポートに入ったことってある?」
「正美ちゃんがVANCAに入ったときに、ちょっと手伝っただろ。忘れちゃった?」
カズボンがことさら軽い調子で答える。
「ちゃんと覚えてるよ。……そういうのじゃなくてさ。レコーディングに参加したり、バックバンドとしてツアー回ったり……。」
「研介が事務所の後輩に楽曲提供して、レコーディングでギター弾いたよな。」
「そうそう。ミキもコーラスやってたな。」
「せやな。何曲か、歌詞も書いてるし。」
「ツアーのサポートは?」
ゲストミュージシャンとしての参加はあったと聞かされた沢口が、なんとも言えない表情で、バックバンドとしての活動はあったのかと確認する。
「さすがにそれはないなあ。」
「オファーも聞いたことないな。事務所の判断で断って……ないか。」
「ないない。名前が売れるんならなんでもやるって言ってあるし。」
「所属してるバンドが動いてるのに、ほかのミュージシャンの……」
「お盆くんと正美くん?」
「……うん。」
声が大きくなりそうな沢口を遮るように、三木本が本題に入る。
「戻ってから話すか、ここで話してから屋台を覗くか、どっちがええ?」
「……話してから行こう。」
「ほな、ここだけの話な。」
沢口が相談を優先すると、三木本が受け入れ、カズボンが黙ってうなずく。
「たくちゃんは、二人がサポートしとるの、どう思っとるの?」
「二人ともあれだけのプレイヤーなんだから、オファーが来るのは当然だと思うし、そこは誇らしい。でもさあ……。」
「ツアーに帯同するのは、違う?」
三木本の言葉に考えるそぶりを見せる沢口に、カズボンが率直に問う。
「VANCAがツアー中やなかったら?」
「……やっぱ、もやもやするとは思う。」
「VANCAの新曲って、お盆くんの曲?」
沢口の答えに、三木本が別の方向から話を向ける。
「うん。二曲ともあいつが作って、俺が詞を。」
「どっちもいい曲だよな。シングル?」
カズボンが新曲を褒めつつ、沢口を促す。
「二曲とも先行シングルで、もうレコーディングは終わってて。」
「それが答えやろ。」
沢口の返答に三木本がにこやかに切り込む。
「お盆くんの軸足は間違いなくVANCAやって。VANCAのツアーの合間に新曲作って。しかもツアーファイナルの、武道館のオープニングにできる曲。リードシングルにもなって。なかなかできるこっちゃないよ。」
「その裏でサポートもやってるってことだもんな。で、リードシングルってことは、アルバム用の曲も作ってるんだろ。」
「……シングルのカップリングも凡の曲。」
「ツアー中に何曲作ってるんや、お盆くん。」
うつむきながら答える沢口に、三木本は驚きを隠そうともしない。
「高梨さんのほうはギター弾くだけ?」
「この前のアルバムは、大半の曲でアレンジもやってて。今のツアー用に楽曲提供もしてるって……。」
「働きすぎやろ、それ。」
「ああ、それぞれに何曲も作ってるのか。なるほどなあ。」
「カズボン?」
「そりゃ、ぽっと出の女に、仕事とはいえ甲斐甲斐しく尽くしてるように見えたら、気持ちが移ったのかと思うよな。」
「それは仕事だからいいんだよ。ほかのミュージシャンの後ろで弾いてるのがもやもやするってだけで。」
「たくちゃん、それも仕事やろ。」
カズボンの分析に、少し不機嫌な様子で沢口が反論するが、すかさず三木本が真面目な顔で諭す。
「たくちゃんみたいに、メンバーがほかのミュージシャンと一緒に活動するのを、嫌がる人もおるはおるんよ。ただなあ、それはバンドとしての活動の幅を狭めてるだけなんとちゃうかなあ。」
「……。」
「さっきも言ったように、お盆くんの軸足はVANCA。正美くんもな。それはたくちゃんもわかってるやろ? なら、武者修行は認めたほうがええって。」
「あんまり束縛すると、向こうの気持ちが離れかねないしな。」
あくまでも三木本は正面から、カズボンは搦め手から沢口を諭す。
「活動の軸足がほかに移るようなら、そこはきちんと話し合いが必要やけど、そうやないんやし。」
「浮気が本気にならないうちにな。」
「……俺の考え方なのかな。」
「そこは言っといてもええと思うよ。『誰かの後ろで弾いてるのは見たくないから、ライヴは観に行かない』くらいは。」
「……そうだね。」
「もっかい言うけど、たくちゃんみたいな人もおるんや。たくちゃんがおかしいわけやない。そこは自分で折り合いつけなあかんよ。」
「俺らで良ければ話は聞くからさ。」
「ありがと。……ジジイが待ってるから、さっさと買って戻るか!」
うつむきながら三木本とカズボンの話を聞いていた沢口が、なにかを振り払うように何度か首を振ると、空元気だとはっきりわかるような声で買い出しに触れる。
「せやな。あんまり待たせてもな。」
三木本が沢口の腰を叩き、三人は腹ごしらえに向かった。