初の武道館公演のライブアルバム、ライブビデオ発売が決まった翌日、渡瀬が運転する移動車で、凡河内と各務はMMEが所有するスタジオの一室に向かっていた。
「あああぁぁぁ……。レ、レコーディングに参加してなかったのに、俺で、だ、大丈夫かなあぁぁぁ……。」
「各務くんは全然慣れないままなんだな。こういうときに落ち着いてる各務くんってのも想像できないけどさ。」
「ベースさえ持たせればしゃんとするのも相変わらずだよ。」
「そういや、高梨さんの新譜聴いたよ。VANCAじゃないのに、端々にVANCAを感じるというか。各務くん、そんな気がしなかった?」
「……へ?」
「高梨さんのアルバム。ギターが凡河内くんだからってだけじゃなくてさ。なんだろう、『VANCAが作りました』みたいなさ。プロデューサーが南さんだったのも大きいのかもしれないけどね。」
「……うん。演奏も歌詞も歌声も違うのに、凡ちゃんらしさというか、凡ちゃん節がそこかしこにあったよね。」
「そんなに?」
「大袈裟かもしれないけど、曲によっては、そのうち卓哉の暴力的な歌声が響いてくるんじゃないかとさえ思ったよ、俺」
「暴力的って。たくやには言わないほうがいいよ。」
「そこまでじゃなくても、沢口が歌っててもおかしくなさそうな……は言い過ぎかな。VANCAのようでVANCAじゃない感じはしたよね。」
「そうだね。なんだかんだ、VANCAの屋台骨を支えてるのは凡河内くんなんだなって。」
「……ありがとう?」
「あれを気に入ってもらえたなら、楽曲提供を依頼されるのも当然だなって。……見えてきたね。」
(「凡ちゃん節」、か……それはそれで……)
スタジオにはすでに他のメンバーが集まっており、入室するや渡瀬が頭を下げる。
「すいません、遅くなりました。凡河内と各務、入ります。」
「大丈夫、まだ時間前だよ。凡河内くんは打ち上げぶりだね。各務くんとは初めましてかな。ギターの間宮です。よろしくね。」
「間宮さん、今回もお世話になります。VANCAの凡河内です。で、こっちが。」
「あ、え……、VANCAの各務です、よろしくお願いします……。」
高梨のレコーディングに参加していたギタリスト、間宮が凡河内と各務に声を掛けると、二人が室内に居る六人に挨拶をする。
「じゃあ、僕が紹介しちゃおうか。」
間宮がついでとばかりに紹介を始める。
「高梨さんはいいよね。ボーカルの。」
紹介を受け、高梨がクールに挨拶する。
「高梨雪です。凡河内さんはお久しぶり。各務さんは初めまして。」
「……今回もよろしく。」
「は、初めまして。」
「そんなに緊張しなくても。取って食べはしないわよ。」
新調した眼鏡を直しながら凡河内が答えると、目を合わせずに各務が返し、高梨が艶然と微笑む。
「ESKのドラム、町田くん。」
「町田です。VANCAの二人が参加するって聞いて、楽しみにしてました。」
「ご期待に沿えればいいんですが。」
「あ、ありがとうございます。」
にこやかな町田に、凡河内がそつなく、各務がおっかなびっくり返答する。
「キーボードの水本さん。」
「水本杏菜です。よろしくお願いします。」
「杏菜ちゃんには前もキーボードとコーラスでサポートで入ってもらったことがあるの。」
「じゃあ、ここでは先輩ですね。よろしく。」
「あ、初めまして……。」
凡河内が水本を立てるように返し、うつむき気味に各務が挨拶する。
「で、町田くんのマネージャーの田村くんと、VANCAのマネージャーくん。」
「田村です。」
「渡瀬です。」
マネージャーの二人が挨拶をすると、困ったような表情で間宮が続ける。
「……で、こちらが
「塚本だ。あのイベント以来のESKとVANCAの対決だろ。そりゃ、見たいだろ。」
「戦いませんよ。ああ、塚本さんはライブには参加しないから。見学ね、見学。あんまり気にしなくていいよ。」
「えーと、凡河内です。」
「か、各務です。」
あっけに取られたように二人が名乗る。
「気を取り直して、今日は軽く合わせればいいのかな?」
「そうね。前回のコンサートの譜面があるから、それを使って。……譜面は読めるわよね?」
「俺も各務くんも大丈夫。」
「あ、耳コピで一通りは入れてきました。」
「あら。それほど時間もなかったのに。張り切ってくださったのね。」
「……あ、はい……。」
笑顔で応じる高梨に顔を赤らめながら各務が答える。
「じゃあ、僕と凡河内くんでギターのパートを決めようか。レコーディングで凡河内くんが弾いたとこと、弾かなかった曲のリードギターは凡河内くん、ほかは僕でいいかな?」
神谷が手早くギターの割り振りを決めようとする。
「俺はそれで構わないです。……前回のコンサートはどうだったんですか?」
「前回は前回。今回は今回でベストの布陣じゃなきゃ。」
凡河内の問いかけに、間宮はベテランらしく答える。
「じゃあ私たちは隣のブースへ。渡瀬くん、行くよ。塚本さんはどうされます?」
「ここで見ててもいいかな。」
田村が渡瀬を促すと、マネージャー組は部屋を出ていく。
「外で聴いてればいいのに。じゃあ、準備が終わり次第、一曲目からいきましょうか。」
部屋を出ると、待ち切れなかったように渡瀬が田村に声を掛ける。
「田村さん、ニーナさんの調子って……。」
「田野倉さんからはなにも。……もうきみは担当を外れたんだから、復帰が決まるまでは何も言えないよ。渡瀬くんが情報を漏らすとは思ってないにせよね。」
「そうですか……。一之瀬さんと入江さんは?」
「具体的な動きはないな。昨日の今日だしね。むしろ、町田さんのほうがビックリだよ。」
「活動休止が決まった途端に、でしたからね。」
「ニーナの復帰とツアーを一番楽しみにしてたのが町田さんだったからな。」
「ESKの穴埋めをさせるのが申し訳ないとは言ってましたけど、ライブをやりたい、叩きたいって気持ちもあったんですかね。」
「
「多少なりとも赤字は減らせるもんですか?」
「オクトやVANCAならともかく、高梨じゃウチの収入にはならないからな。」
「ツアーグッズはお蔵入りですもんね。」
「さすがにこればかりはな。」
田村と渡瀬のやり取りをよそに、リハーサルは順調に続いていった。
「そろそろ休憩にしようか。」
「そうね。」
間宮が声を掛け、高梨が応える。
「……俺はもうちょっと。」
VANCAとは異なる曲調に慣れないのか、各務がそれに断りを入れる。
「あんまり根を詰め過ぎないようにね。」
「どの辺?」
「付き合うよ。」
間宮の返答に、凡河内と町田の声が重なる。
「軽食を用意してもらってるから、キリのいいところで休んでね。塚本さんも杏菜ちゃんも、よかったら行きましょう。」
「……お先です。」
間宮に続き、高梨と水本がブースを出ると、塚本が切り出す。
「まずは三人の擦り合わせからだな。」
「えっ?」
驚いたような各務には答えず、塚本は尋ねる。
「みんなは今の状況をどう見てる? まずは各務くん。」
「……俺だけ合ってないと思います……。」
「ゴリゴリしたベースが合う楽曲じゃないよな。町田くんは?」
「各務くんのベースは、僕のドラムとの相性は悪くないと思いますよ。何度か合わせればこなれてくるんじゃないかと。」
落ち込む各務に町田がフォローに入る。
「僕が思うに、各務くんはVANCAのベースを弾いてるんじゃないかな。」
「VANCAのベース……。」
塚本の指摘に各務が虚を突かれたように呟く。
「町田くんのドラムも、各務くんのベースに合わせて叩いてるように聴こえる。対して、雪ちゃんと杏菜ちゃんはいつも通りでね。リズム隊との
三人は言葉もなく聞き入っている。
「僕の印象はこんな感じだけど、凡河内くんはどう?」
「……ドラムもベースもちょっとタイト気味かとは思いますね。」
凡河内が言葉を選ぶように同意し、それを受けて塚本が各務に話しかける。
「みんなそれぞれ違和感はあったってことだね。自分なりに曲に合わせようとしてたのもわかる。でもまだまだ高梨雪のバックバンドのベースにはなってない。……そうだね、いつものロックじゃないってこともそうだが、君らはバックバンドなんだよ。」
「……バックバンド。」
「観客は、凡河内くんのギターを聴きたいとか、重低音にノリたいとかじゃなくて、高梨雪を聴きに来るんだよ。」
「で、でも、俺、この弾き方しかできなくて。」
「微妙なとこではあるんだよ。二人の持ち味を潰すのは良くない。かと言って、雪ちゃんの歌と合わなかったら本末転倒だしな。」
「……ど、ど、ど、どうすれば。」
「もう少し余裕を持たせて、やわらかく。自分を消しつつ、持ち味は残す。難しいようなら、指導役に誰か呼んでもいい。ライブまで時間もないことだしね。」
「塚本さん、僕はセッティングからやり直します。」
町田が自分で立て直すことを決めると、塚本は凡河内に確認する。
「凡河内くん、VANCAとしてはベースに手を入れられちゃまずいか?」
「……各務くんの根っ子が変わらなければ。表現の幅が広がるのは武器になります。各務くんはどうしたい?」
「俺ができることが増えれば、VANCAでやれることも増えるよね?」
「もちろん。」
「……お願いします。」
「じゃあ、信頼できるベーシストを呼ぼうか。……ああ、そんなに落ち込まなくていい。各務くんが上手いことはわかってるんだから。まだまだ上達できるってことだよ。」
肩を落とす各務を励ますように塚本が声を掛け、四人は休憩に向かった。