VANCAにとって二回目の武道館ライヴは、事務所主催のイベントだった。
「まだ二ヶ月も経ってないのに、なんか懐かしいな。」
「今日は収録も無いから、なんだか気楽だねえ。いいのかな、本番前なのに。」
「アリーナツアーも終わったし、今日でイベント出演も終わり。明日からは久方ぶりのちゃんとした休暇だもんな。」
気の抜けた雰囲気の沢口と栗原に対し、各務が慌てたように苦言を呈す。
「気を抜くのは出番が終わってからにしてよ。俺と凡ちゃんは高梨さんのバックもあるんだから。」
「本番はちゃんとやるって。俺がこれまで手を抜いてたことがあったかよ。」
「それはそうなんだけど……。」
「VANCAが後半戦のトップバッターなんだから、盛り上げていかないと。」
遅れて現れた凡河内が、だらけ気味な沢口と栗原に視線を投げながら、穏やかに諭す。
「わかってるって。今日がファイナルみたいなもんだしな。夏のツアーの集大成だ。……で、結局どうなったんだ?」
「三人ではやらないってさ。前半戦のトリが高梨さん。ヘッドライナーはオクトクルス。オーラスはオクトのあれ。」
「やっぱそうなったか。」
「ニーナさん抜きではやれないよね。」
「三人はオーラスにも?」
「町田さんは出るって。入江さんと一之瀬さんは……最後だけ出るのもね。まあ、想定通りだよ。」
凡河内がはっきりと気疲れした顔で報告する。
「当日まで持ち越すなよなあ。パフォーマンスに影響したらどうすんだ。」
「……それは申し訳なかった。」
愚痴をこぼす沢口に、タイミングよく通りかかった麻井が顔を出し、謝罪する。
「……あんたが仕切っておくべきことだろ。」
「こちらにもこちらの事情があってね。知ったことではないと言われても仕方がないが。」
麻井の突然の登場に驚きつつも沢口が苦情を述べ、麻井が「事情」を匂わせる。
「ニーナか?」
「まあ、そうだ。新名とのやり取りは明かせないが、今回のイベントには、町田が高梨くんのバックとして出演するだけになった。ここまで長引いたのは私の責任だな。改めて申し訳なかった。」
麻井が頭を下げて謝罪するのを、沢口は不機嫌そうに見詰めていた。
「せっかくの事務所主催のイベントなのにねえ。」
「まあ、ツアー中のやつらは出演するのは難しいだろうしな。最初から、全員揃ってってわけにはいかなかったしさ。」
麻井が退出したのを見計らって、栗原と沢口が囁き合う。
「入江さんと一之瀬さんは、まだ動き出してないの?」
各務が率直な疑問を迫丸にぶつける。
「詳しい話は知らないけど……。突然の活動休止だったからね。ソロでやるにせよ別のバンドをやるにせよ、まだ時間はかかるんじゃないかなあ。」
「メンバー集めて曲を作ってだもんねえ。」
「俺とお前が初めてライヴやった時は、再会から一ヶ月は経ってなかったよな?」
「三週間くらいかな。曲のストックがあったから、どうにかなっただけだよ。アマチュアバンドとプロを比べるのはどうかと思うけど。」
「千石さんと宇佐美にも助けられたしな。……そういや、あのときの傷……」
「もう跡形もないよ。……『これを見ると思い出す』のほうが良かったかな?」
「冗談でも悪いと思っちゃいけないんだったか。」
「そうそう。……これでやっと始まるって思えたんだしさ。」
沢口と凡河内が、二人にしかわからない話で盛り上がっているところに、渡瀬が駆け込んで声を掛ける。
「リハーサルの準備は? そろそろスタンバっておかないと。凡ちゃんと各務くんは高梨さんのリハからね。そのままVANCA。オクトが終わったらオーラスのリハもあるから。」
「オーラスまでリハすんのかよ。」
「オクトの要望だってさ。サビくらいは全員でやって欲しいって。」
「みんな知ってる曲だろ。何がそんなに不安なんだか。」
「直接言ってやれよ。たくやの柄じゃないけどな。」
「んだよ、それ。そういや、ギターソロは勝ち取れたのか?」
「勝ち取るもなにも、順番決めただけだよ。そこそこ人数が居るから長くなりそうだし、それもあってのリハなんじゃないかな。」
「……こういうときはギターが羨ましいよ。」
「なんだ、ジジイもソロやりたいのか?」
「ソロはともかく、ラストは全員分のドラムセットが用意されるわけじゃないからね。ドラムって、ただでさえ目立たないのにねえ。」
「ボンゴとか持ってきてるドラマーも居るよね。」
「下手するとタンバリンだよ。カラオケじゃないんだからさあ。」
「とは言え、イベントでソロコーナーもないか。」
「次のツアーでひと暴れしようかな。せっかくの休暇も休んでられないねえ。」
「よく言うよ。叩いてれば幸せなのにな。」
「お前ら、リハ!」
四人の楽しげなやり取りを、渡瀬の絶叫が遮った。
大歓声の中、高梨のステージが終わると、会場にアナウンスが響く。
「以上をもちまして、LEAPファン感謝祭、第一部を終了いたします。第二部開演は一時間後、午後五時三十分を予定しています。会場外へいったん出られる方は……」
ステージ袖で待っていた栗原が、各務と凡河内にハイタッチする。
「二人とも、機材は置きっぱなし?」
「ベースは持って行ってもらったよ。あれ、凡ちゃん、いつものギターは?」
「ステージにギターが何本も並んでるのって、カッコよくない?」
凡河内がニヤっとしながら振り返ると、ステージに設けられた凡河内の機材ブースに、なぜかスポットライトが当たっている。
「うわ、凡ちゃんズルい! ああ、でも今から同じことやるにも……。」
観客席から「凡河内ー!」「ボーン!」と声が上がるのを羨ましそうに眺める各務に、町田がぼそっと唆す。
「PAさんから許可もらえば、休憩時間にソロパフォーマンスができるかもよ。」
「町田くん、悪いなあ。」
それを聞いていた間宮が、ニヤニヤと町田の肩を叩く。
「俺、聞いて来ようか?」
「え? いいの?」
凡河内に水を渡していた渡瀬が、真面目な顔で各務に尋ねる。
「聞くだけならタダだしさ。ダメ元でいいじゃん。」
「僕のドラムセットの準備も前倒ししてもらおうかな。」
「どうする? 俺も出たほうがいい?」
渡りに船とばかりに、栗原と凡河内が渡瀬に乗る。
「じゃあ、俺は確認してくるから、みんなはオーケーだったときの打ち合わせを。ダメならダメで休憩。」
「よし。渡瀬くん、頼んだ。」
各務にも水を渡し、確認に向かおうとする渡瀬に、なぜか間宮がそう応じた。
ギターだけが照らされるステージに、ベースを手にした各務が現れる。なんのアナウンスもなく、突如現れた演者にスポットライトが当てられると、客席の多くは空ではあったが、小さいながらも歓声が上がる。
「誰?」
「雪ちゃんのバックバンドに居たヤツだな。」
「各務ー! 見せつけてやれー!」
「誰?」
「各務?」
「VANCAのベースだって。」
サングラスの謎のベーシストへのざわめきが広がる中、スポットライトを浴びた各務はチューニングを確認すると、ファンにはお馴染みの各務節を弾き始める。
「うるせー。」
「さっきはこんなに主張強くなかったよな。」
「各務ー! そんなもんじゃねえだろー!」
自らの存在を会場に叩き付けるかのように、各務がバキバキゴリゴリとベースを刻む。そんな中、ステージ後方ではドラムセットが中央よりもやや上手側に運び込まれて来る。
「おっ、ドラムだ。」
「栗原かな?」
「前の武道館んときとは、順番逆にしたのか。」
「あれ、ドラム、右にずれてないか?」
ゴリゴリとベースを弾いていた各務は、ドラムセットのセッティングが終わるのを確認すると、一転してメロディアスなベースラインを奏で始める。
雰囲気が変わった演奏に小さく歓声が上がると、ステージ袖から町田が現れ、両手を高く掲げて手拍子を促す。町田への大歓声に苦笑いしつつも、各務は手拍子に合わせてベースを奏で続けた。
「お前ら、なにやってんだよ。」
渡瀬に促されてステージ袖にやって来た沢口が、ステージ上の
「町田さんの悪ノリでね……。」
「沢口くん、みんなで
「はあ?」
凡河内の言葉を待たず、間宮が沢口にセッションを提案すると、沢口が怪訝そうな声をあげる。
「VANCAプラス高梨バンド。僕ら、遊びで弾いてたから、一通り演奏できはするんだよ。」
「栗ちゃんと町田さんのドラムバトルが終わったら、俺と間宮さんがギター弾いて。最後にたくやと高梨さんと水本さん……キーボードが入って、セッションして終わり。高梨さんはメイクを直してくるって。」
「……俺が断ったら?」
「シュライナーズでもやろうかって話にはなってる。」
「僕らが勝手に始めたことだし、お客さんもそこまで戻ってないし。断ってくれても構わないんだけど、せっかくのお祭りだからね。」
「……。」
間宮の言葉に沢口がじっと考え込むと、凡河内がやんわりと指摘する。
「……やるだけやって、観客の反応を見てから判断してもいいんじゃないか?」
「……チッ。そうだな、なんでもやるだけやってみないとな。高梨さんとツインボーカルなら、歌割りはどうすんだ?」
「さっき間宮さんと話してたんだけど……」
凡河内が沢口パートと高梨パートに歌詞を割り振り、沢口に指示していく。やがてステージのドラムバトルが終了すると、まずは凡河内がステージへと向かう。
「歌割りが多少間違っても構わないから。それこそ観客に振ってもいいしね。」
「おう。高梨さんとすり合わせとくわ。」
沢口が軽く凡河内の腰を叩いて気合いを入れ、凡河内は右手を少し振ってそれに返す。
「いい関係だねえ。」
それを見ていた間宮がそう呟くと、沢口にそっと話しかける。
「最初はね、
「……凡が?」
「沢口くんが大事にしてる曲だからって。それで高梨さんが、これにしようってさ。学園祭でも何かしら一緒にやれるといいよね。……そろそろ出たほうがいいかな。じゃあ、ギターバトルが終わったあたりで、僕か凡河内くんの合図で入って来てくれるかな。」
「……はい。」
(あいつ……)
凡河内と間宮のギターバトルが佳境に入ったあたりで、ようやく高梨と水本がステージ袖に姿を現す。
「遅くなってごめんなさい。せっかくだから衣装も替えてきたの。ステージは?」
「まだバトってるから大丈夫……わりい、その衣装のイメージしかないわ。」
学園祭の女王と呼ばれていた頃の衣装は、沢口にとっては「高梨と言えば」というものだった。
「そっか。沢口さんって、私のステージ、観てくれたことないものね。」
「次はたぶん、袖から観るよ。」
「たぶんなの?」
「そうだな……たぶんな。……そうだ、歌割り! 凡から聞いてるか?」
「沢口さんに聞いてくれって。私、急いで楽屋に戻ったから。」
「じゃあ、基本は交互に。サビは主メロとコーラスな。一番は俺が主メロで……」
水本にもコーラスを指示し、三人は合図があるまで大急ぎで歌割りを確認していった。
ギターバトルが終わると、凡河内の合図を受けて栗原が大声でカウントし、町田とのツインドラムがリズムを刻み始める。
八割ほどが埋まった観客席から歓声が上がり、ステージ上手から高梨が、さらに下手から沢口と水本が登場すると、その歓声がさらにヒートアップする。
「休憩時間なのに、こんなに集まってくれてありがとう!」
「おとなしく待っていた良い子には、俺たちからご褒美だ!」
急遽用意されたマイクスタンドを片手に、高梨と沢口が観客を煽る。凡河内がギターリフを奏で、VANCAの楽曲による初めてのセッションが始まった。
「ツインドラムはともかく、ギターが二人になると印象がかなり変わるねえ。水本さんのキーボードとコーラスもいい味出してたし。」
「あ、ありがとうございます……。」
観客の大合唱もあったセッションが終わり、ステージ袖に戻った栗原が率直な感想を述べると、水本が恐縮したように謝辞を返す。
「ジジイ、怖がられてるじゃねえかよ。」
「あ、そんなことは……。」
ニヤニヤしながら沢口が軽口を叩くと、水本が慌てた素振りを見せる。
「なんか凄かったね。俺が出てったときはそこまでお客さんいなかったのに、どんどん戻ってきて。最後はほぼ満席だもの。」
「すぐに町田さんが出てくれて助かったのかな。」
「僕が出ていくよりはね。町田くんなら、ドラムセットを戻すだけでよかったから、時間も掛からなかったし。」
「各務のパフォーマンスだけでも、どうにかなったんじゃねえか?」
「よく知らないミュージシャンの、しかもベースソロだよ?」
「僕らは各務くんの良さを知ってるからね。でも、今日のお客さんの多くはそうじゃないだろうし。」
「『俺のプレイに驚愕しやがれ!』で行くんじゃなかったのか?」
「胸を借りたってわけでもないけど、今日のところは、『町田さんと対等にプレイできるベーシスト』でよかったんじゃないかな。栗ちゃんのドラムバトルもね。」
「そういうお前は……」
急遽始まったセッションを振り返る四人の前に、迫丸を連れて麻井が現れる。
「君たちは少し目を離すと何をしでかすかわからないな。」
「……麻井さん。」
「こちらとしては物販に力を入れていたんだが……VANCAをアピールできたから良しとしておこうか。技術スタッフに話を通しておいたのはよかった。機材班にも感謝しておくように。第二部は予定通り始めるから、飲食は今のうちにな。……迫丸。」
「はい。じゃあみんな、こっち側からいったん楽屋へ。ほかの出演者への対応は町田さんと間宮さんがやってくれてるから。」
上手側のステージ袖には、ステージジャックされたことで町田たちに詰め寄る他の出演者の姿があった。
「ESKってか、ニーナが出なくて残念だったけど、来て良かったな。哲が楽しそうでさ。」
「雪ちゃん観れたしな。本編はシックで、セッションはパワフルで。事務所移籍して正解だったのかもな。」
「今日はVANCAだろ。ベースとドラムは哲に認められてるみたいだしさ。ノッポのギターテクと来たらさ。ボーカルは声量すげえし、雪ちゃんと張れてたし。」
「オクトは完全に食われちゃってたなあ。ESKが復活するまでは、VANCAと雪ちゃんで行くのかもな。」
「そういや、VANCAのライヴアルバムが……」
ESKがいない事務所ライヴで、最も多くの声援を浴びていたのは、高梨とVANCAだった。
Manhattan Dollはファーストアルバムの六曲目。
Rock'n'Rollはサードアルバムのラストトラックで、セカンドシングルです。