「みんな、休暇は楽しめたかな?」
およそ三週間ぶりにMMEの会議室に集ったVANCAは、ニューアルバムのレコーディングに向けてのミーティングを行っていた。
「なんか俺たち、知名度が段違いになってねえ?」
「VANCAのドラムだってヒソヒソ言われることはちょこちょこ。名前まではわかんないみたいだけど。」
「栗ちゃんも? 俺一人なのに気付かれるなんて、これまでなかったもの。」
「それはそれでどうかと思うよ。認知されるようになったんなら、コアなファン以外にも人気が出てきたってことではあるのかな。凡河内くんは?」
「俺は……まあ、前から目立ってたから。頭ひとつ大きいとね。」
「僕らはサングラスしたり……外したり、帽子被ったりできるけど、凡ちゃんはどうしてもねえ。」
栗原が各務と凡河内を見やりつつ、典型的な変装に言及する。
「ライヴビデオとか先行シングルのMVとかの影響かな。CSの音楽番組がメインだけど、シングルのMVがちょこちょこ流れてるよ。」
「写真集やら音楽雑誌やらは?」
「写真集の売れ行きは想定よりもいいかな。重版もあったしね。」
「じゅうはん?」
「書店から追加注文があって、増刷……追加生産したんだよ。」
「すげえな。誰が買うんだろうって思ってたけど、良かったな。」
自分たちの写真集にも関わらず、需要があるとは思ってもいなかった沢口を、栗原が呆れたように見ながら尋ねる。
「少年、そんなこと思ってたの。……ところで、ライヴアルバムとライヴビデオは?」
「そうそう。ライヴアルバムがチャート十位、ライヴビデオが三位。売り上げ枚数としては前のアルバムには及ばないけど、ライヴアルバムだからね。これも、こちらの想定よりは良かったかな。」
「十位か。……当たり前みたいになってるけど、スゴいことなんだよな?」
「前のアルバムが七位だから、落ちてはいるけど、気にするほどのことじゃないよ。僕らからすれば、ライヴアルバムでもこれだけ売れたって達成感のほうが強いからね。森永さんは『CM打ったわりには』だったけどさ。」
「僕からすると、CMの効果が出てくるのは、次のシングルなりアルバムなりだと思うよ。誰だろう?って思ってくれてればね。」
坂の報告を受けて、迫丸が目を輝かせて希望的観測を述べる。
「と言うことで、ニューアルバムの曲出しに入ろうか。」
「じゃあ、全部で十四曲。うち四曲はシングルのミックス違いでいいね。」
「お前らがそれでよければ仕方ないけどさ、俺の曲は二曲かよ。」
「蒸し返しちゃダメだよ、少年。トータルバランスもあるんだし。」
「そりゃわかるけど……せっかく作ったんだしな。」
「俺は提出しないでボツにした曲も多いよ。そういう意味では、採用率はたくやとそこまで違わないよ。」
せっかく作った曲があまり採用されなかったことにぼやく沢口を、凡河内がボツにした曲の数々を思い返しつつフォローする。そんな二人に、各務が自らの選考理由を明かす。
「沢口の曲は……あんまりVANCAっぽくないって言うか……。」
「はあ?」
「凡ちゃんがアレンジして、みんなで演奏すれば、そこまで違和感はないのかもしれないけど。『VANCAってこういうのもやるんだ』よりは『なんか変わっちゃった?』になりそうで。」
「そんなにか?」
「凡ちゃんの曲のほうが聴き馴染みがあるって言うと、良くないのかな。VANCAの正統進化って印象だね。少年の曲は、変化球としても、賛否ありそうなさ。」
各務の指摘を受けて、凡河内と沢口の曲の印象を栗原が語る。
「楽曲の幅とか、引き出しの多さとか、そういうポジティブな方向だってあるだろ。」
「ストライクゾーンをどこまで取るかだと思うよ。ライヴアルバムの収録曲、二枚の先行シングル。その流れで聴いたときに、気持ちよく最後まで聴けるかどうか。一曲でも『あれ?』ってものがあると、アルバム自体の印象も変わっちゃうからね。」
沢口の曲に限らず、少しずつ変化していくVANCAの楽曲に対し、どこまでを許容範囲とするのかについて、坂が指摘する。
「シングルに収録しとけば良かったか……?」
「それは今後の課題にしとこうか。沢口くんは歌詞、凡河内くんはアレンジ。もうレコーディングまで間がないからね。そっちに切り替えよう。」
「みんな! 最新のチャートが発表されたよ!」
プリントアウトしたデータを片手に、レコーディングスタジオに中舘が飛び込んで来る。
「……どうよ?」
作詞の手を止め、緊張した面持ちで沢口が結果を問う。
「七位! 最高記録を更新!」
「おおっ!」
「やったな!」
レコーディングブースの各務をさておき、メンバーとスタッフがハイタッチを交わす。
「メディアへの露出がほとんどなかったのが悔やまれるなあ。」
「ほぼミュージックビデオのみだったからね。」
「
「テレビはなあ……。まずはレコーディングを終わらせないとな。……お前と各務は高梨さんのほうもあるんだろ?」
VANCAのレコーディングが終わり次第、高梨のレコーディングに移らなければならない凡河内を、沢口が気遣う。
「VANCAのプロモーションを優先させるよ。塚本さんも居るから、俺が抜けても進行自体は問題ないはずだしね。」
「それならいいんだけどさ。雑誌なんかの取材は俺とジジイだけでもできるから……」
「いや、四人で動いたほうがいいときは四人でやろう。たくやだけとか、俺だけとか、そういうときは別にしてさ。ライヴやってレコーディングしてバイトがあってって時期からすれば、これくらいスケジュールが詰まってても苦にはならないよ。」
「わかった。無理だけはすんなよ。お前はそれに加えて、曲作ってアレンジしてプロデュースがあってを、掛け持ちでやってんだからさ。」
「……まだ身体に鞭打ってとまではいかないから、大丈夫だよ。」
「おう、頼まあ。」
沢口と凡河内がスケジュール管理について確認しあっていると、しびれを切らした各務がレコーディングブースが出てくる。
「ほったらかさないでよ!」
レコーディングの合間を縫って、アルバムジャケットと販促用のポスター撮影が行われる。
「
カメラマンの千葉がジャケットのイメージを力説する。
「あれ、確かに良かったけど……変わり映えしなくねえ?」
「ライヴバンドとしてのVANCAらしさを出したいってのもあるんだけど、ミュージックビデオで引っ掛かった人たちがさ、ジャケット見たら、『これだ!』ってわかるじゃん。それも込みでどうよ。」
「ああ、そういう手口なんだ。」
「手口って。」
ミュージックビデオを観てVANCAに興味を持った層を取り込む手段としての戦略を「手口」と呼ぶ栗原に、各務が軽く突っ込む。
「悪くないと思うよ。ミュージックビデオの評判はいいからね。」
「そうなんだ。ライヴビデオよりもカメラの切り替わりが多くて、なんだか慌ただしい感じもあったんだけど。」
「音楽に合わせて、アングルとかパートとかが切り替わってく疾走感だね。落ち着かないって感覚はわからなくもないけど、ファンじゃなくても飽きずに観られたんじゃないかな。」
「そっか。ファンじゃない人たちも観るんだもんね。」
ミュージックビデオの評価を確認しあう凡河内たちに、沢口が割って入る。
「それはさておくとしてさ。ジャケットだよ、ジャケット。
「ビデオ見せてもらったけど、VANCAはほぼ出てないだろ。なら、気にするまでもないよ。」
「そうか。で、どうする? あの衣装着て、ポーズ取って終わりでいいのか?」
「何度か演奏してもらって、それっぽいポーズを個別に抜き出して、改めてそのポーズをしてもらおっかな。」
「また演奏すんのか。ミュージックビデオんときも何十回も演奏してたんだぜ。」
うんざりしたような顔で沢口が愚痴をこぼす。
「まあ、そうだろうな。メンバーをそれぞれ、いろんな角度からいっぺんに撮影できりゃあいいが、どうしたってカメラとカメラマンが映り込むもんな。」
「そっか、だからあんなに手間がかかるんだ……。」
「音楽番組が、カメリハに時間をかけるわけだよ。」
「当然、失敗できないからな。ま、俺のほうはそこまで時間かからないから。そうだな、身振りを大きくしてくれればいいよ。動きが小さいと、ポージングの見栄えがどうしてもな。」
「俺、あんまり動かないんだけど……。」
ライヴ中はほぼ定位置でゴリゴリとベースを弾いている各務が、動きを大きくすることに不安を漏らす。
「右手を大きく上げるとか、その場で一回転してみるとかさ。」
「僕は腕を振り上げたり、腕を伸ばしてシンバルを叩いたり?」
「そうそう、そんな感じ。普段はそんな風に演奏してないかもしれないけど、身体を大きく使うイメージで。」
「少年はマイクスタンドを使ってパフォーマンスできるから、いいよなあ。」
「凡ちゃんもいつものステージングでいけそうだよね。」
「そうだな、俺らはいつもの感じでいいのかもな。」
「やってもいないポーズを取るよりはね。」
普段から意図せずとも大きなアクションが出てしまっている沢口と、それを心がけている凡河内にとっては、千葉の要求はさして困惑させるものではなかった。
レコーディングが順調進み、予定をやや前倒ししての完パケの目処がついた辺りで、迫丸からツアーについて説明があった。
「今回は二月までの長丁場になるよ。イベンターさんからの要望もあってね、公演数が増えてるんだ。ホールでは手狭だけどアリーナだと空席が目立ちそうなところは、ホールで2DAYSにしたり、近隣の会場で連続公演にするような形で対応するから。」
「空席が多いのはやっぱな。デカイ箱のほうが盛り上がりはするけどさ。」
本数の多さを気にするわけでもなく、沢口がすんなりと受け入れる。
「二月までって、高梨さんのほうはどうするの?」
「VANCAの合間に、単発のライヴと、小規模のツアーを行うそうだよ。」
「そうなんだ。」
「なんでお前が知らないんだよ。」
「まだレコーディングも始まってないのに。VANCAだって、今日、知らされたとこだもの。」
「それもそうか。」
高梨のツアーについて初耳なのは、沢口も各務も変わらなかった。
「高梨さんはアリーナツアーなんだってね。回数は少なくても、動員は多くなるから、それでいいんだってさ。」
「へえー。効率的だね。」
「俺なら回数増やしたいけどな。」
「そこはまあ、それぞれのスタンスだから。で、みんなの地元から始まって、ツアーファイナルが武道館。」
「今度は武道館が最初から予定に入ってるんだ。」
「そこから逆算してツアー組んだからね。」
「地元っからか。勢いがついていいかもしれないな。」
「……ちょっといいかな。ツアーについて提案があるんだけど。」
ツアー概要の説明を受けたところで、それまで黙って聞いていた凡河内がそっと口を開く。
「なにか気になるところでもあった?」
「いや、そうじゃなくて。国内ツアーが終わったらさ、海外ツアーをやれないかなって。」
「海外か!」
凡河内の提案に沢口が飛び付く。
「あ、前に海外進出の話が出たから、僕も少し調べてみたんだけどね……。赤字は確定かなって。これはMMEから説明してもらったほうがいい?」
「あんまり言えることもないんだけど。」
迫丸に促され、坂が頭を掻きながら説明する。
「VANCAの二枚のアルバムは、正規輸入盤という形で、海外でも販売されてはいるんだ。ただまあ、売れてない。ゼロではないけど四桁にも届かないレベル。全世界の合計でね。あ、もちろん日本はカウントには入ってないよ。」
「……集客は見込めないってことか。」
坂の分析に、一同は落胆の色を隠せない。
「そうだね。仮にこれが海外レコーディングのついでってことなら、景気付けでもないけど、何ヵ所かでライヴをやってもよかったかな。」
「ロンドンレコーディングのときには、そんな話聞いてなかったぞ。」
「たくや、一曲、詞が間に合ってなかっただろ。」
「……それはそうだけどさ。ロンドンでライヴできたかもしれないんだろ。」
「それを、今度は俺たちでやろうって言ってるんだよ。……各務くんと栗ちゃんは?」
あくまでも前向きに凡河内がメンバーの意向を確認する。
「え、ええ? 俺はそこまで海外志向が強くないというか……。」
「僕はやってみたいなあ。僕らを知らない人たちの反応を見たいな。」
「イベントなんかだと、VANCAを知らないって人のほうが多そうだけど。」
「ああいうときはさ、ファンの子たちが、前のほうで盛り上げようとしてくれてるじゃない。ああいう子たちすらいなくても、ちゃんと盛り上がるのかなあって。」
「デビューツアーのときの感覚か。」
「それそれ。アルバムも手売りしてたじゃない。」
「全然売れなかったけどな。」
沢口と栗原が顔を見合わせて笑い合う。
「そんな、わざわざもう一回苦労するようなこと……。」
「バッカだな。それがいいんじゃねえか。期待しないで観に来た奴らを熱狂させられたら、そんなにカッコいいことねえだろ。」
「たくやらしいな。俺はもう、単純に俺たちの音楽が海外で通用するのか見てみたい。それだけ。」
「各務くん次第で、社長には掛け合ってみるよ。見返りを何か求められるかもしれないけどね。」
「海外でやれるんなら、テレビとかライヴビデオとかでよければ、いくらでもとは言わないまでも、やってやるよ。な?」
沢口は迫丸にそう返すと、メンバーを見回す。この日、VANCA初の海外ツアーが決まった。