アルバムのレコーディングを終えると、休む間もなくプロモーションに突入する。雑誌取材の皮切りは、やはり伊集だった。
「新しいアルバム、聴かせてもらったよ。すごいものを作ってきたね。」
「ありがとうございます。伊集さんも写真集が好調だそうで、おめでとう……も違うのかな?」
「君たちの写真集だからね。発案者としてはほっとしたってところかな。重版が二度かかって、少し在庫を持とうかって話になってるよ。いいものを作らせてくれてありがとう。」
「いや、俺たちは特に何もしてないですから。」
伊集と凡河内だけという珍しい取材体制は、互いに相手の作品を誉め合って始まった。
「そういう謙虚な部分も読者に伝わってるといいね。で、新作だけれども。聴きやすくなったと言うと、聞こえは悪いかもしれないけど。何か意識的に変えた部分はあるのかな。」
「そうですね。これまでは音に音を重ねる方向で考えていて。特に前作は、俺が初めてプロデュースしたってこともあって、やりすぎたかなってくらいにやったんですけど。今回は音を削ぎ落とす方向で作っていて。」
身振り手振りを交えて凡河内がスムーズに応じる。
「正反対だ。」
「ええ。ここにこの音があったほうがって思っても、あえてそれを入れないってことをやってますね。」
「入れたパターンと入れないパターンとを比較して?」
「いえ、もう絶対に入れないと自分に言い聞かせて。」
伊集の質問に、笑みを浮かべて凡河内が答える。
「多分ですけど。このアルバムの楽曲それぞれになんらかの音を追加すると、そっちのほうがVANCAっぽく聴こえると思うんですよ。これまでの蓄積がありますから。」
「音を足したくなっちゃう?」
「はい。ファーストアルバムの曲を今もライヴでやってますが、今のアレンジのほうが華やかなんですよ。それはもう、ファンのみんなもわかってますよね。」
「そうだね。別の曲とまでは言わないにせよ、CDの音とは全く違ってきてるよね。」
「今さらアルバムのアレンジには戻せないですし、今、レコーディングするなら、ああはならないですけど。ただ、今のライヴでのアレンジよりもすっきりさせるでしょうね。」
「四人で演奏してるのに、音数が多く聴こえるもんね。」
「ギター以外のいわゆる上もの、シーケンサーもありますけどね。」
伊集が軽くボケて、凡河内が笑いながらツッコミを入れる。
「ライヴの話が出たところで。アルバム発売日からツアーが始まるわけだけど、いわゆる定番曲とかの、すでにライヴでやってた曲は、アレンジをやり直すのかな?」
「それは考えてないですね。ライヴのリハーサルをやったときに、新作と前の曲とで違和感があるようなら、そこで改めてアレンジするかもしれませんが。」
「じゃあ、ニューアレンジで披露するってことでもないんだ。」
「もしそれを楽しみにしていたファンがいれば、申し訳ないですね。……ちょっと考えてみようかな。」
伊集の指摘に、ライヴの完成度が高まるならと、凡河内が少し考え込む。
「ただでさえ多忙なのに、変なこと言っちゃったかな。」
「いえ、曲をいじるのは楽しいんですよ。曲作りを優先してるんで、そういう時間があまり取れないだけで。」
「ミュージシャンは身体が資本だから、あまり無理せずにね。」
VANCAと高梨の活動を同時進行させ、それぞれプロデューサーとして大車輪の働きをする凡河内を、伊集が気遣う。
「それはもちろん。」
「たくやくんによると、レコーディングはずいぶんとスムーズだったんだって?」
「先行シングルで四曲あったというのはありますが、俺がたくやの曲をアレンジしてる間に、詞がどんどん上がってきたんですよ。もちろん、リズム隊のレコーディングも並行して。」
「そこはたくやくんも強調してたね。詞のイメージがどんどん浮かんできて、これまでにはなかった感覚だったって。」
「時間に追われて、とりあえずそれっぽく作ったって感じでもないですしね。」
「曲も詞も完成度は高い、と?」
「そうですね。毎回、それは思ってはいますが、このアルバムについては、非の打ち所はないなと自負してます。」
答えを言わせたい質問に対しても、満足げに凡河内がうなずく。
「凡河内くんの表情からも、それが窺えるね。……ちょっと話を戻して。曲作り優先ということだけど、それは高梨雪さんの曲も含めて?」
「ええ、そうですね。VANCAのレコーディングからツアー開始までの間しか、まとまった時間が取れないので、今は高梨さんのレコーディングの準備期間でもあります。」
「お忙しい中、取材に応じていただいて。」
「いや、俺だけ別になっちゃって。」
伊集と凡河内が互いになんとなく恐縮しあう。
「高梨さんの前作のレコーディングと、夏のツアーに参加したことで、何か変わった部分はあるのかな。意識の上でも、技術の上でも。」
「そうだなあ……単純に、できることが増えたとは思いますね。VANCAにはない曲調だったり、アレンジだったり。技術面では……一歩引いたギターというか。」
「それはどういう?」
「ボーカルの邪魔にならないってのも違うのかな。VANCAではたくやと二人でフロントマンになっていたけど、高梨さんのライヴでは、高梨さんを引き立てないといけないから。それでいて、存在感がなくなってしまうのもね。」
「バックバンドとしての振る舞いみたいなことかな?」
「そんな感じですね。ギターソロもありますけど、目立ちすぎないように。」
自らのステージングの幅が広がったことを誇るように、凡河内が語る。
「高梨さんのツアーには各務くんも参加していたけど、凡河内くんの目からはどう映ったのかな?」
「各務くん、大きく変わりましたね。ゴリゴリ一辺倒だったのが、柔らかいプレイができるようになって。それはVANCAにも生かされています。」
「今回のアルバムには、これまでにはなかったロックバラードが収録されてるけど、それも各務くんの成長があってのこと?」
「そうですね……ゴリゴリしたベースで弾いても、それはそれで味があったとは思いますから、そうとも言い切れないですね。」
「各務くんのベースありきで作ったわけではないんだ。」
「……前作でたくやが初めて曲を作って。俺がそれまで作ってきたものとは全く違うものに仕上がって。もっと違う何かができるんじゃないかなって感じですね。」
沢口の楽曲に触発されての曲作りであったことを明かしつつ、凡河内が言葉を探しながら答える。
「高梨さんに楽曲提供したことも影響はしてるのかな?」
「どうだろう……。作ってもみんなに出してなかった曲がそこそこありますから。いろんな要素が重なって、結果的に、VANCAの音楽性にも変化が出てきたのかな。」
「僕は、変化というよりは幅が出てきたんだと、率直に感じたかな。さて、そんな新たな地平を切り開いたVANCAのニューアルバムについて、読者に一言、お願いします。」
「先行シングルやライヴアルバムを聴いてもらっていた皆さんは勘づいているかと思いますが、ニューアルバムは俺たちの代表作になるものだと確信してます。これまでVANCAを聴いたことがなかった人たちにも、きっと楽しんで貰えると思いますので、ぜひお手に取っていただければ。」
「固いねえ、凡河内くん。」
「たくやに任せっぱなしだったのが、ここで出ましたね。」
初の単独インタビューを無難にこなした形ではあったが、その相手が伊集でなければ難しかっただろうと、凡河内は反省しきりだった。
先行シングル第二弾発売前、唯一のテレビ出演は、生放送の音楽番組だった。
「今回はトークの内容も事前に擦り合わせることになってるから。答えの準備だけしておいて。」
「わかった。」
「オフはどう過ごしたかって、無難な話題だから。」
「だいたいみんな旅行だろ。お前はロンドンだけどさ。」
凡河内を見やりながら沢口が答える。
「どうする? 面白エピソードがあるヤツにマイク渡すか?」
「いや、たくやの親孝行旅行でいいだろ。ちょっとはイメージアップに繋がるかもしれないよ。」
「ロックバンドの親孝行話じゃ、カッコつかないだろ。」
「僕は家族サービスだよ。」
「……釣り三昧。」
こっちには振らないでくれとばかりに、栗原と各務が一言で済ませる。
「やっぱりお前だろ。ロンドンでなにやってたのかさ。」
「特に面白い話もないんだけどなあ。」
「レコード漁ったとか、ギターを買ったとか、そういうものでいいよ。司会の渡辺さんがレコードコレクターだったはずだから、そういう話ができると、なおいいかもね。」
「うーん、なにかあったかな……。」
VANCAにとっての鬼門であるトークについて話し合っていると、スタッフからリハーサルの声が掛かった。
リハーサルを終えた一同に、スタッフが駆け寄って頭を下げる。
「アンジェリカさんの到着が遅れてまして、もしかすると番組の構成に変更があるかもしれません。」
「どうかしたんですか?」
「高速が通行止めになった影響で、渋滞に巻き込まれたそうです。本番には間に合う見込みなんですが。」
「俺らに影響は?」
「オープニングがアンジェリカさんの予定ですので、順番に前倒しになるかもしれません。VANCAさんが一番手になりますね。あとは、スタッフがばたばたするかとは思いますので、そこは大目に見ていただければ。」
「わかった。……ところで、トークしないとダメかな? 『トップバッターはVANCAで~』で始めちゃうとかさ。」
「渡辺さんとやり取りしてから歌、って番組ですので……。」
ダメ元でトークについて交渉しようとしたものの、にべもなく切り捨てられ、苦虫を噛み潰したように沢口が呟く。
「……わかったよ。」
「……皆さん、僕、VANCAのファンクラブにも入ってるんですよ。武道館は仕事で行けなかったんで、今日はほんと楽しみで。期待してます。」
「……その期待は裏切らないからさ。楽しんでくれよ。」
番組スタッフの突然のカミングアウトに戸惑いつつも、常にファンがどこかで見ているのだと、改めて沢口は肝に銘じた。
リハーサルを終えて楽屋でくつろぐVANCAの元に、先ほどのスタッフが駆け込んで来る。
「ディレクターからご相談がありまして、お時間いただいても……」
「ああ、いいよ。なんか動きがあった?」
スタッフがVANCAのファンであることでアウェイ感が減ったのか、気安く沢口が応じると、早速ディレクターが説明を始める。
「アンジェリカさんが間に合いそうなんですが、どうやら強行軍だったらしく、体調不良のメンバーがいるということで。今は病院で点滴を。」
「出演順が変わるんですか?」
「それもあるんですが、場合によっては、もう一曲演奏していただけないかと。」
「俺たちが?」
何組かの出演者がいる中での提案に、凡河内が驚きつつ確認する。
「ええ。今日は生演奏なのはVANCAさんだけでして。ほかのアーティストさんたちは音源の準備がなく。」
「僕たちなら時間調整もやりやすいですもんね。」
「悪い意味ではなく、まさしくその通りでして。三分程度の演奏時間でもう一曲ご用意いただけますか?」
「凡。お前が決めてくれ。」
沢口が対応を凡河内に一任すると、凡河内は確認事項を一つずつ挙げていく。
「リハーサルというか、練習する時間と場所は?」
「サブスタジオがありますので、そちらを使ってください。オープニングだけ出ていただいて、サブで待機してくださっても構いません。」
「トークは?」
「アンジェリカさん次第ですが、二曲ご披露いただく場合には、VANCAさんにご負担をかけることを謝罪する内容になるかと。」
「演奏時間は余裕を持たせても?」
「ある程度なら、長くても短くても、メインスタジオのトークでどうにかします。」
「……俺は受けようと思うけど。」
凡河内が三人を見回すと、それぞれがうなずく。
「どの曲をやるにしても、テレビサイズにしなくちゃならないからさ。さっさとリハやろうぜ。」
「そうだね。」
「なんだか変なことになっちゃったねえ。」
「サブからの中継でも大丈夫ですか? 機材のセッティングを考えると……」
「それで構いませんよ。今からカメリハまでお願いします。」
「よし。じゃ、やるだけやろうぜ。トークらしいトークがなくって、二曲やらせてもらえるなら、棚ぼたみたいなもんだ。」
トークがなくなったわけではないが、謝罪に対する受け答えであれば、さほど苦にはならないと、顔には出さずに沢口はほっとしていた。
サブスタジオで機材のセッティングを進めていると、三たび、スタッフが駆け寄ってくる。
「リハーサル中、すみません。アンジェリカさんがご挨拶にいらっしゃってます。」
「んー? 出られるって?」
「いえ、その逆で。」
振り返りもせずに沢口が応じると、やや憔悴した様子の女性がスタジオに現れる。
「おはようございます。アンジェリカの黒沢と。」
「粕谷です。リハーサル中、失礼します。」
「あ、VANCAの沢口です。」
「凡河内です。」
「各務です。」
「栗原です。」
「今日は私たちのせいでご迷惑をおかけして、申し訳ありません。」
慌てて挨拶を返す四人に対し、黒沢と粕谷が頭を下げて謝罪する。
「な、ちょっと待てって。そんな、謝ってもらうことじゃないから。」
「そうそう。二曲できてラッキーくらいの話をしていたくらいで。」
「でも、サブスタジオに……。」
「俺ら、トークが苦手だから、かえってありがたいんだよ。そこは嘘偽りなくさ。」
「そうなんですか?」
押し黙ったままの凡河内と各務に視線を移して粕谷が尋ねる。
「……あ、いや、ほんと……」
「俺たちはまだテレビに慣れてなくて、当たり障りなく喋るのも難しいんですよ。だから、演奏だけすればいいってほうが助かるんです。」
「そうなんですかあ……。」
テレビに出て自分たちを売り込むことが成功への近道だと教えられてきた二人からすると、VANCAのスタンスは理解しがたいものだった。
「アンジェリカさんは出演がなくなったんですか?」
「いえ。スタジオに席は用意していただいて。ちょっと喋って、経緯を説明することになってます。」
「そこから、VANCAさんに繋ぐ流れだって聞いてます。」
「知らねえぞ、それ。」
「リハーサルが終わってから、説明があるのかな。」
「まあ、リハーサル優先か。」
段取りの変更を知らされなかったことに憤慨しつつも、各務の推測に沢口は怒りを収める。
「お邪魔しちゃって申し訳ありません。私たちの分まで、素敵なパフォーマンスを……」
そこまで言うと、黒沢が涙ぐむ。粕谷が黒沢の肩を抱き、涙のわけを話す。
「私たち、この番組は初めてなんです。せっかくファンのみんなに観てもらえるって思ってたのに……。」
「ごめんなさい、泣いちゃって。お時間取っていただいてありがとうございました。」
「あ、ああ。わざわざごめんな……。」
改めて頭を下げると、二人はスタジオを出て行った。
「ではサブスタジオのVANCAの皆さん!」
「こんばんは、VANCAです。」
「いきなり二曲演奏してもらうことになって申し訳ないね。」
「いえ、今月発売の新曲を披露する機会がもらえて、ありがたいなって思うのと……出番を譲ってもらう形になって……ちょっと複雑です。」
「見かけによらず、繊細だねえ。」
なんとも言えない表情で話す沢口の雰囲気をどうにかしようと、司会の渡辺が軽口を叩く。
「繊細なんて、初めて言われました。……えっと、これを観てる人たちに一つお願いがあって。俺たち、来月からニューアルバムのツアーに出るんで、もし、VANCAにオファーを考えてたら……あの子たち」
「アンジェリカ!」
案の定、グループの名前を覚えていなかった沢口に、栗原から助け船が出る。
「アンジェリカに、代わりにオファーしてあげてください。それじゃあ、先月発売されたシングルで『Baby Blue』。」
放送終了後、アンジェリカのブログに、全員が揃ったアンジェリカとVANCAとが並んだ写真と、VANCAへの感謝が綴られた文章が掲載された。
司会者に「繊細」と言われたときの胸のうち
(たくやは)(沢口は)(少年は)
(((繊細だよな)))
(感情の起伏が激しいだけで)
(暴力的な面が強いだけで)
(各務くんのほうが図太いよ)
(たくやは繊細でしょ。他人の心の機微に疎いだけで)