休憩用のスペースでは高梨たちが軽食を摘まんでおり、塚本が声を掛ける。
「四人で話し合ったんだが、各務くんには個別で練習してもらおうと思う。指導役を呼ぶから、悪いが残ったメンバーだけで合わせてくれ。」
「どういうこと?」
高梨が疑問を呈する。
「そのまんまだよ。各務くんのベースがみんなと合ってないからな。本人の了承は得ている。」
「……今のままだと、ライブをダメにしそうだから……。」
塚本の返答に、肩を落とした各務が同意する。
「待ってよ。そこまででもなかったじゃない。」
食ってかかる高梨に向かって、町田が応える。
「リズム隊にロック色が強いのは否定できないでしょう。僕らもサポートで入ってるのに足を引っ張りたくはないし、そもそもリズム隊がいまいちだったって評価をされるわけにもいかないしね。……僕はドラムのチューニングを見直すから、終わり次第、セッションに戻るよ。」
「……わかったわ。みんながベストなパフォーマンスをしないといけないものね。」
各務の個別指導を受け入れた高梨に、凡河内が話しかける。
「時間が限られてる以上、俺もそれが最善だと思うんだ。代役を立てるわけでもないからね。それで……えーと、まずはこれを聴いてみてくれないかな。」
凡河内がポケットからカセットテープを取り出し、渡瀬が用意したラジカセで再生させると、ギターに乗せて凡河内の歌が流れ始める。
「……この曲……。」
「うん。高梨さんの曲を自分なりにアレンジしてみたんだ。メロディも少しいじってるけど、どうかな。高音がきつくて、うまく歌えてないのはともかくとしてね。」
黙って聴き入るメンバーの中、間宮が声を上げる。
「これをライブでやろうってこと?」
「一応、そのつもりなんだけど……最後は高梨さんの判断で。」
凡河内の問い掛けに、高梨が感極まったように答える。
「……ありがとう。休憩から上がったら、みんなでライブ用にアレンジしてもらってもいいかしら。手が空いたら町田さんと各務さんも。できれば、塚本さんもね。」
休憩から戻ると、町田は早速ドラムのチューニングに取り掛かり、それを横目で見ながら塚本が指示を出す。
「町田くんの準備ができるまではドラムマシンを使うとして、各務くんはいったんこっちな。」
「あ、はい。」
「大急ぎで
「大物じゃないですか。」
塚本の言葉に驚いたように間宮が返す。
「二つ返事だったぞ。ヒマなようで助かったよ。」
「ゆ、柚山さんって、元エトニークの?」
塚本の軽口に各務が思わず声を上げる。
「ああ。何本かベースを持って来るとさ。」
「……どうしよう、いいのかな……。」
「もっと早く声を掛けろって怒られたくらいだ。そこを気にするくらいなら、きちんと結果を示せばいい。」
「……は、はい……。」
「じゃあ、アレンジから始めるか。凡河内くん、テンポはこんなもんかな。」
塚本がドラムマシンでシンプルなリズムパターンをループさせると、凡河内が各パートに指示を出していった。
「柚山さんが着いたそうだ。マネージャーが動けるようなら、機材の搬入を手伝ってやってくれ。」
「あ、行ってきます。」
携帯電話を片手に話す塚本に各務が応じる。
「俺も行きましょうか?」
「そうだな……凡河内くんも行ってくれたほうがいいな。僕らは機材を置ける場所を作るか。ベースクリニックはそっちの隅でやってもらうとしようか。」
凡河内の問い掛けに塚本が答えると、てきぱきと指示を出していく。
しばらくして、ベースを担いで四人が戻ると、その後ろからやや小柄な男性が現れる。
「やあ、おつかれさん、ベース指導に来た柚山だ、よろしく。話題には事欠かなさような面子が揃ってるな。塚本くん、どうせなら最初から呼んどいてくれよ。」
散歩のついでにでも立ち寄ったかのような柚山の挨拶に面食らいつつも、参加者がそれぞれ挨拶していく。
「じゃあ、時間もないことだし、始めようか。」
柚山が各務を誘い、各務がアレンジの輪から抜けると、塚本がシンセベースでその代役を務め、チューニングを終えた町田が加わり、アレンジは順調に進んでいた。
各務への指導は基礎から始まり、スタジオに持ち込まれた十本を超える数のベースから、各務が好む
「じゃあ、この三本から選ぶとしようか。」
休憩を取りながら皆が興味深そうに二人を眺める中、すでに疲れを見せる各務に柚山が声を掛ける。
「スローナンバーでもミディアムバラードでも、好きな曲とか弾いたことがある曲とかを弾き比べてごらん。」
「じゃあ、まずはこれを。」
柚山に促され、各務が手前に置かれたベースを手に取り、小さく口ずさみながら奏で始める。
「……シュライナーズか。誰か合わせられるかな?」
柚山の声に、水本がすかさずキーボードを弾き始め、続いて凡河内がギターを奏で、遅れて町田のドラムが加わる。サビ終わりで柚山が改めて指示を出す。
「それぐらいでいいかな。まず、各務くんはどうだった?」
「……悪くはなかったと思います。」
「高梨さんは?」
「いいんじゃないかしら。」
「ネガティブな評価は……なさそうだね。じゃあ、これはキープで。次を試してみようか。」
柚山が他のメンバーを見回し、各務がベースを持ち替えると、町田のカウントで再びセッションが始まる。
「はい、そこまで。各務くんは?」
「さっきのほうがしっくり来ました。」
「ふむ。高梨さん。」
「悪くはないけれど、これはパスね。」
「みんなも同じかな。じゃあ最後はこれ。」
柚山が最後に残ったベースを各務に手渡し、改めて町田がカウントする。
「……高梨さん、歌える?」
Aメロの途中で、柚山が問い掛け、高梨はうなずくと歌い始める。
「このまま最後までいこうか。」
柚山、塚本、間宮が見守る中、セッションは続き、曲が終わると、高梨が満足そうに話し出す。
「思いのほか、気持ち良く歌えたわね。……失礼な言い方になっちゃったかしら。」
「いや、まるで別人だな。各務くんはもちろん、町田くんもね。」
高梨の感想に、塚本が同意するように驚きの声を上げる。
「ベースを替えたからというのは当然として、各務くんが小さく歌ってたのも良かったんじゃないかな。」
「どういうことですか?」
「曲や歌詞をきちんとイメージして弾けてたんだと思うよ。これまでがそうじゃなかったってことじゃなくて、もっと深くというか。」
塚本の指摘に疑問を呈する各務に、凡河内が自分の印象を伝える。
「そうだね。明らかにプレースタイルが変わったように思う。いつもは自分のプレーに集中しすぎてたのかもしれないね。」
町田が手応えを感じたかのように、目を細めて凡河内に同意する。
「どうする。この曲もセットリストに入れるかい?」
セッションの感触に盛り上がる中、間宮が現実的な提案をする。
「間宮さんのパートはどうします?」
さも当然とばかりに凡河内が質問で返す。
「僕はバッキングに徹するとしようか。あとは高梨さん次第で。」
「……やらない理由もないわね。本当は他のカバー曲を二、三曲と思っていたんだけれど。」
「準備していた曲もやればいいと思いますよ。譜面はあるんですし。」
「カバーが四曲と、凡河内くんがアレンジした曲。五曲増えればライブの格好もつくな。」
「アンコールを一回増やせるな。」
「待て待て。まずは各務くんを含めてのリハーサルと、カバー曲を合わせてからだろ。」
盛り上がるメンバーをよそに、柚山が各務にそっと話しかける。
「そのベースはしばらく貸し出そうか?」
各務(高梨)回は次回で終わりです。