リハーサル二日目の朝、集合時間よりもいくぶん早く三人はスタジオに集まり、各務の自主練習に協力していた。
「これならみんなと合わせても問題なさそうだね。いったん休憩にしようか。」
凡河内はそう声を掛けると、タバコ休憩に向かう。
「俺はもうちょっと弾いてるよ。」
「僕もまだ叩いてようかな。」
各務と町田が凡河内の背中に向かって答え、凡河内が退出したのを見計らったように、各務が町田に話しかける。
「……あの、その節はすみませんでした。」
「なんのこと?」
思い当たる節がないのか、ハイハットを十六分で刻みながら、町田が問う。
「その……前座を蹴ってしまって……。」
「ああ、それか。蹴られて怒ってたのは新名くんだけだよ。僕らはむしろ、前座がいることに不快感があったもの。」
「そうなんですか?」
「関わりがある後輩バンドってわけでもないし、僕らと音楽性も違ったしね。今のVANCAならともかく、ESKの前座にデビュー前のVANCAじゃ、お客さんも戸惑ったんじゃないかな。」
「新名さんが怒ってたのは……?」
「僕らが渋々受け入れたのに、それを蹴られて面子が潰されたってとこだろうね。ESKの前座を蹴るなんて、どんな大物バンドだって、しばらくはおっかなかったよ。」
「新名さんへの謝罪は……。」
「いらない、いらない。前のイベントのときにはVANCAをそれなりに認めてたくらいだもの。新名くんは絶対に言わないだろうけど。新名くんと麻井さんを除けば、お膳立てされてのデビューに飛び付かなかったVANCAに好感を持ったくらいだよ。」
「そうだったんですか。」
「ただまあ、先輩風を吹かせるつもりはないけど、挨拶くらいはきちんとしたほうがいいよ。こうやっていろんな現場で顔を合わせることもあるんだしね。」
「確かにそうですね……。」
(……栗ちゃんと凡ちゃんに頑張ってもらおう……)
「ところで、各務くんはどうして今回のツアーに参加しようと思ったの?」
軽くスネアロールを叩きながら町田が各務に尋ねる。
「凡ちゃんに誘われたんです。で、やってみようかなって。」
「ああ、そうじゃなくて。言い方は良くないけど、畑違いじゃない。僕も、各務くんも、凡河内くんもね。やろうと思ったのはどうして?」
「……羨ましかったんだと思います、凡ちゃんが。」
「羨ましい?」
「……凡ちゃんがギタリストとして認められたような気がしたのかなあ。レコーディングに声が掛かるって、そういうことですよね?」
「うん、そうだね。ゲストとして一曲だけ呼ばれるのと、アルバムを通して弾くのとでは、意味合いは違ってくるんだろうね。……凡河内くんは、各務くんならやれるって思ってたってことなのかな。」
「そうだったら嬉しいですけど……結果的にどうにかなりそうで、ほっとしてる部分はあります。」
「塚本さんと柚山さんには感謝してもしたりないね。」
「本当にそう思います。元々、表現の幅が広がればいいってみんなで話してもいましたし。……町田さんはどうしてこのツアーに?」
「……そうだな。ESKのツアーがなくなって、ライブがしたい、ドラムを叩きたいって思いがあったのは確かだね。そうじゃなくても、周りに迷惑をかけてしまったって気持ちもあって。これは、代わりにライブをやってくれる人たちはもちろん、事務所にもイベンターさんにもね。お客さんには取り返しのつかないことをしてしまったけれど。で、ドラムで入れそうなのが高梨さんしか居なかったんだよ。」
「高梨さんだからってことではなかったんですか。」
「そこは多分、各務くんもそうなんじゃないかな。誰でも良かったって言うと失礼かもしれないけどね。」
「誰かとバンドを組むとか、三人で続けるとかは、考えなかったんですか?」
町田のドラムに合わせるようにベースを爪弾きながら、各務が問い掛ける。
「三人でとか、ボーカルを加えてって選択肢はないなあ。この四人でESKなんだしね。それこそ、バンドを組むなら新名くん以外のボーカルは考えられないかな。一之瀬くんと入江くんと僕の三人だと……新名くんのことを考えると、なおさら無理だなあ。」
「入江さんと二人で、みたいな誘いはなかったんですか?」
「一人が休養したタイミングで二人だけで組んだら、変に勘繰られそうだよね。分裂したみたいに受け取られかねないんじゃないかな。」
「……あれ、俺と凡ちゃんがここに居るのは………。」
「VANCAはまだライブも残ってて、次のアルバムも出るんでしょ。さすがにそうは思われないよ。」
「そうですよね。……じゃあ、新名さんが戻るまで皆さんソロ活動なんですね。」
「そうだね。解散って話も出たけど、僕が活動休止を言い張ったんだよ。新名くんが戻って来る場所を残しておかないとね。」
「戻って来る場所……。」
「そう。僕らを待たせてるって思わせるかもしれないし、かえって負担に感じさせるかもしれない。でも、新名くんが復帰する場所は必要だからね。そこに自分が居たかったし、一之瀬くんと入江くんに居て欲しかったんだよ。」
16ビートを叩きながら町田が答える。
「復帰を待って再結成でも良かったんじゃないですか?」
「活動休止なら、僕は『ESKの町田哲』でいられるからね。ファンからしても、ESKは終わってないことになる。今はバラバラでも、僕も含めて、新名くんを待ってる人が居る。僕はバンドを組むならESKが、あの三人とがいいんだよ。新名くんの歌にほれ込んで加入したようなもんだしね。」
「それで高梨さんのサポートにってことですか。」
「だね。ドラムを叩きたかったし、迷惑を掛ける分のお返しをしたかったのもある。ただ一番大きいのは、新名くんが戻るまではサポートドラマーで居ようと思ったんだよ。」
「……新名さんが早く良くなるといいですね。」
「そうだね、本当にそう思うよ。」
タバコ休憩に出たはずの凡河内は、休憩ブースの隅で高梨とともに塚本と話し込んでいた。
「間もなく雪ちゃんにMMEから提案があるはずだが、恐らく次のアルバムのプロデューサーは僕になる。もちろん、雪ちゃんが断らなければね。」
「南さんじゃないんですか?」
塚本の言葉に凡河内が疑問を呈する。
「まずは南さんから雪ちゃんに断りがあって、の流れだな。そこは確定だと思ってくれていい。理由は……南さんから話してもらうほうがいいな。悪い理由ではないから、そこは安心していいよ。」
高梨が無言で頷き、目線だけで塚本に続きを促す。
「僕が押し掛けたのは、雪ちゃんがどう変わったのか見たかったのが半分と、凡河内くんがどこまで関わるかを確認したかったんだ。」
「俺の関わり方ですか?」
「次は楽曲提供するんだろ。編曲はどうするのか。アルバム制作に当たって、僕は何をすればいいのかだな。」
「発注は二曲だけよ。……ねえ、何曲作ってくれてるの?」
塚本の言葉に虚を突かれたような凡河内に、高梨が問い詰めるように尋ねる。
「一通りアレンジまで終わったのが二曲、途中なのが三曲、リフとメロディだけなのがもう二曲……かな。」
「さらにライブ用の一曲か。いくらなんでも張り切りすぎだろ。そこまでするヤツは初めてだな。……雪ちゃん、これ、普通じゃないからな。」
黙っておきたかったような顔の凡河内と、呆れた様子の塚本に、表情を隠すように高梨はテーブルに突っ伏して呟く。
「……凡河内さんの曲だけでアルバムができそうね。」
「……共同プロデュースにするか。」
居心地が悪そうな凡河内と、高梨の言葉に、少し悩んだ塚本が二人に提案する。
「メインは凡河内くん、僕がサウンドアドバイザーくらいの立ち位置で。VANCAが動いてない時期にレコーディングすれば行けるだろ。」
「俺らの次のアルバムのトラックダウンから、ツアー開始までの間、ですか?」
「そんなところかな。今のメンバーがレコーディングに参加してくれれば、そのままツアーもできそうだが。まずはスケジュールの確認からだな。」
「まずは私の意向を確認してよ。」
自分を後回しにして話が進むことにムッとしたように高梨が口を挟む。
「……俺のプロデュースでは不満?」
「……そうは言ってないわよ。」
高梨の反応にはっとしたような凡河内に、ぶっきらぼうに高梨が返すと、塚本が話を戻す。
「いずれにせよ、MMEも含めてみんなに確認してみるか。ライブには間に合わないが、リハーサルの間にアルバム候補曲を何曲か聴いてもらう機会を作ろう。」
「……詞がライブに間に合えばいいのね。やるなら、カバー曲よりもオリジナル曲のほうがいいもの。できてる二曲を早めに仕上げましょうよ。私のために作ってくださった曲なんでしょう? クオリティの心配はしてないわ。」
凡河内が再アレンジした曲を含め、高梨が三曲の歌詞を書き上げ、高梨の小規模なツアーは始まった。
「……今日は本当にありがとう。ツアーの告知から時間もなかったのに、こんなに集まってくださるとは思いませんでした。楽しんでもらえたなら嬉しいです。」
満員の観客からの歓声を浴びながら高梨が続ける。
「最後の曲です。一つ前のアルバムに入っていた私が作った曲を、ギターの凡河内さんがアレンジし直してくれました。歌詞も一から書き直して、素敵な曲になりました。それでは聴いてください……」
新たな歌詞がついたラブソングが披露され、大歓声の中、凡河内と高梨が初めて共演したライブは幕を閉じた。