another EXIT   作:藤嶋貴司

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track05

時間は少し遡る。

凡河内と各務が高梨のツアーのリハーサルに勤しむのをよそに、沢口は妃名子と二人、僅かなオフを満喫していた。

「寄りたいところがあるんだけど、いいか?」

新宿の家電店で新居用にテレビやビデオを物色すると、沢口は妃名子に告げる。

「どこ?」

「うん、まあ、世話になっちゃいたからな。」

言葉を濁しつつ、勝手知ったるように路地を抜けると、独特のファッションに身を包む若者が増え始めた。

「たくやはこういう格好はしなかったね。」

「食べるものにも困ってたからな。」

「もうちょっとオシャレに気を使ったら?」

Tシャツにジーンズ姿のたくやを見ながら妃名子が提案する。

「気付かれないうちはいいだろ。」

興味もなさそうに沢口が応じる。

(チラチラ見られてると思うんだけど……)

しばらく通りを進むと、足元のラジカセから大きな音を響かせながらチラシを配る男性の声が聞こえてくる。

「人人でこれからライブをやりまーす。よかったら聴いていってくださーい。ワンドリンク付きで……」

「おい、ちょっといいか?」

「はーい、お二人様ですかあ。……さ、さわ!」

沢口が声を掛けると、呼び込みの男性は驚いたように大声を挙げたのち、声を落として何事もなかったかのように話し出す。

「さ、騒がしくしてすみません。えーと、店にご案内しますね。ラジカセ止めるんで、少しお待ちを。」

「その言い方だとビックリさせちゃうって言ってるのに。」

沢口の後ろで呟く妃名子を気にも留めずに、ラジカセを片付けながら、男性は沢口に小声で話し掛ける。

「沢口さんですよね、VANCAの。Back Trackってバンドをやってます、青木っていいます。人人に何か御用ですか?」

「ああ。店長いるかな。」

ぶっきらぼうに沢口が答えると、青木は人懐っこい笑顔を返す。

「へへ、沢口さんに会えるとは思いませんでした。店長は外出してますけど、そんなに時間もかからないと思います。もうすぐ僕らの出番なんで。ここだとバレちゃうかもしれないですから、中で待ちますか?」

「それでいいか?」

青木の言葉を受けて、沢口は妃名子に確認する。

「うん。」

「じゃあ、客席で待つか。えーと……青木くん? 頼むわ。」

「はい。ご案内します。」

青木に先導された二人が店内に向かうと、青木は嬉しそうに沢口に話し掛ける。

「僕ら、沢……八高の後輩なんですよ。一年と二年が二人ずつ。もう一人は僕の兄貴で、五人組なんです。」

「後輩くんだあ。」

「へえ、高校生なのにここで演れるんだな。新宿まで来るのも大変だろ。」

階段を降りながら妃名子と沢口が応える。

「兄貴の伝手ですね。往復だけで一日がかりですよ。あ、みんなに会ってもらっても……。」

「いいよ。時間潰さないといけないしな。」

「後輩にそんな言い方しないの。」

妃名子にたしなめられながら楽屋に向かうと、青木が受付のスタッフに声を掛ける。

「すんません、店長にお客さんです。店長が戻るまで、楽屋で待ってもらおうと思うんですけど。」

「ん、客? ……沢口!……さん。店長が戻ったら呼びに行きますね。椅子が足りなかったら用意します。……なあ、バレてないか?」

「気付かれてはないはずです。」

「ほかの連中にも口止めしときますね。」

「おう、悪いな。……ここまで歩いてきてるけど、気付かれなかったよな。」

「何人か振り返ってたよ。サングラスくらいしたほうがいいかもね。」

自分がすでに有名になっていることを沢口がわかっているのかどうか疑問を感じつつ、青木が楽屋に入り、メンバーに向かって声を上げる。

「おい、VANCAの沢口さんが来たぞ!」

「マジか!」「ウソつけ!」「ホントに?」「……は? 帰らせろ!」

四者四様の反応がある中、沢口が楽屋に入り、中を見渡す。

「邪魔するぞ。……相変わらず狭いな。VANCAの沢口と、えー、その、ツレだ。……ん……? おいチビ、なんでここに?」

(ツレ……(怒))

驚いた表情で沢口を見つめる四人の中に、沢口が見知った顔があった。

 

 

「お前がどこでどうしていようとどうでもいいが、渡瀬には連絡したのか?」

「……してない。」

「渡瀬もジジイも気にはしてたから、電話くらいしとけ。……携帯は持ってないか。今から掛けてやるよ。」

居心地の悪そうなユズルを前に、沢口が渡瀬に連絡を取る。

「……俺だけど、今いいか? ……ああ、チビを見付けたから。……そう、チビ。……ん、目の前にいるから代わるな。ほれ。」

「……あ、渡瀬さん……」

ユズルに携帯電話を渡すと、沢口は和やかに談笑する妃名子たちの輪に入る。

「へえ、まだ組んだばっかりなんだ。」

「去年から四人で始めて、兄貴を引き入れたのが先月ですね。」

「弟のバンドにいい歳して入るのも、とは思ったんすけどね。こいつら面白い曲をやってたんで、これでダメなら足を洗おうってことで。」

妃名子と青木兄弟が盛り上がる中、残りの二人は緊張気味に頷いている。

「で、チビがドラムなのか?」

おそらくリーダーだろうと見当をつけ、沢口が青木兄に尋ねる。

「ユズルっすか? いえ、今はボーカルです。俺がドラムで入って、ボーカルに転身させました。」

「はあ? ジジイに弟子入りしたんだろ?」

「やっぱりボーカルをやりたいって。兄貴ほうがもちろん上手いんで、この編成ですね。」

「ジジイには言えねえな……そうもいかないか。」

栗原にどう伝えたものか考え込む沢口に、ユズルが携帯電話を返す。

「……あんたに代われって。」

「沢口さんだろ、このデコスケ。すいませんね、言葉遣いはまだ矯正中なんです。こういう年頃なんでしょうけど、周りに悪く思われてもいいことなんかないですもんね。」

青木兄の謝罪を聞き流しつつ、沢口は渡瀬と打ち合わせる。

「今、人人。……そう、これからライブなんだと。とりあえずジジイに連絡してくれるか。ライブ終わりに千石さんとこで合流すればいいだろ。……ああ、頼むな。」

通話を終えると、沢口がユズルたちに拒否権は無いとばかりに告げる。

「お前ら、ライブが終わったら奢ってやるからついて来い。」

「それは有難いんですけど、今日中に帰らないと。」

突然の通告に青木弟が慌てて答える。

「メシ食って、近況報告して、くらいか。お前ら、足は?」

「会社のバンを借りて来てます。俺の運転で。」

一方的に話が進むことに戸惑いながら青木兄が答える。

「俺と……ひなこが乗るスペースは?」

「狭いですけどどうにか作ります。」

「私、いったん帰ろうか? 千石さんのとこでご飯なら、あとから行ってもいいし。」

「……悪いな。」

「せっかくだから観てってください。」

「たくやは観てくんだよね?」

「……店長と話してるかもしれないけどな。」

「またそんなこと言って。ライブが終わったら帰って、千石さんとこね。」

展開について行けない高校生をよそに、この後の動きが決まっていく。

 

「話は終わったかな?」

一段落ついたところで、人人の店長が顔を見せる。

「久しぶりだね、沢口くん。順調そうでなによりだ。」

「あ、えー、……」

「水田さん。」

名前を思い出せなかった沢口に、青木兄が小さい声で助け船をだす。

「そう、水田さん。お久しぶりです。元気にやってます。」

「うん、活躍は見てるよ。沢口くんは変わらないねえ。」

「ああ、はい……水田さんもお変わりなく……?。それで今日は……俺たち、今度、武道館で演ることになって。」

「ああ、聞いたよ。おめでとう。」

「ありがとうございます。で、よかったら、関係者席を用意しようかと……用意しますんで、観に来てもらえませんか。」

「関係者席!」

「うらやましいっすね、店長。」

「ほんとにあるんだ。」

黙ってやり取りを見ていた高校生たちが声を上げる。

「申し訳ないけど、行けないなあ。」

「……は?」

「招待してくれたのは嬉しいし有難い。でも仕事はあるし、そもそも全部のお誘いに乗ってはいられないんだよ。」

虚を突かれたように沢口が噛み付く。

「どういうことだよ……ですか。」

「どうもこうも、ここを巣立っていった子たちのお誘いに全部応えていたら、仕事にならないよ。だから、全部断ってるってこと。成功を讃えて、感謝を伝えて、花だけ出してね。」

「いやでも……わかりました。俺たちが武道館でできるのは、店長が見捨てないでくれたからなんで。感謝してます。」

「うん。観には行けないけど、頑張ってな。応援してるよ。」

「……ありがとうございます。」

納得がいかない様子の沢口が、それを飲み込んで感謝を伝える。

「よし、じゃあ君たちはさっさと準備して。もう開演まで時間がないぞ。」

水田の指示にBack Trackの五人が慌てて準備を始める。

「沢口くんは観てくのかい?」

「袖からでよければ。ああ、チケットは二人分で。」

「結婚式の招待も断ってるからね。」

「(怒)……ふう。水田さんから見て、あいつらってどうです?」

「うーん、有望株候補の見込みがあるってくらいかな。今はVANCAみたいなバンドが増えててね。曲も歌い方も似たような子が多くて。あの子たちもVANCAっぽさはあるんだけど、変わった……独創的な曲をやっててね。もしかしたら化けるかもしれないね。」

「VANCAがアマチュアバンドの目標になってるんですか。どうですか沢口さん、ボーカルとしては。」

「……うるせえよ。そりゃ、悪い気はしないけどな。」

「ユズルくん、ステージ映えしそうだもの。人気出るかもね。」

「そうか? ……なんか野暮ったいけどな。」

「高校生だから仕方ないのかな。」

「まあ、今すぐどうこうでもないよ。まだまだ荒削りで、ミスも多いし、お金を取れるレベルかと言うと、ね。でも、どことなく魅力的でね。まずは観てもらってからだな。」

緊張した面持ちでステージへ向かう五人を追うように、沢口と妃名子がステージ袖に用意された席に着いた。

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