another EXIT   作:藤嶋貴司

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track09

武道館公演当日、キャリーケースを引く窓花が改札を抜けると、待ちかねたように妃名子が駆け寄り、声を掛ける。

「窓花さん、お久しぶりです。どうしたんですか、それ。」

「迎えに来てもらって悪かったわね、妃名子ちゃん。これは着替えとおみやげ。荷物になるのに、親がうるさくて。冷凍庫、空いてるかしら?」

「そんなに物は入ってないですけど。」

「冷凍庫に収まる量とは言ってたから……入りきらなかったらお裾分けしてあげて。コロッケとかメンチとかなのよ。」

「たくやが喜びますね。『実家のコロッケは』とかたまに言ってますよ。」

「あの子、妃名子ちゃんのコロッケに文句言ってるの?」

「そう言いながら、綺麗に食べてます。」

妃名子の言葉に顔を見合わせて二人は笑い合うと、沢口のマンションに向かって歩きだす。

「タクシーを使うほどの距離でもないから……歩きでもいいですか?」

「大丈夫よ。……この格好で浮かないかしら。」

よそ行きくらいの装いの窓花が不安げに尋ねる。

「もっと着飾ってる人たちも居ますけど、それくらいでいいと思いますよ。関係者席で、『沢口の姉です』ですもん。スーツだと父兄参観になっちゃいますしね。」

「……私が歌う側なら、家族に来られたくないわね。」

「発表会みたいってことですか?」

「どちらかと言えば、働いてるところを見られたくないって感じかしら。」

「……確かに、どうしていいのか困りますね。」

「しかも、カッコつけて、歌ったり、踊ったりするんでしょ。よく、呼んでくれる気になったわよね。」

「踊りはしないですけど……武道館ですもん。」

「……武道館なのよね。まだ、どこか信じられないわ。」

「ほんとそうですよね……。」

プロデビューすら遠い夢でしかなかった頃を知る二人は、今日を迎えてもまだ、武道館でライヴが行われるという実感が湧いていなかった。

「それにしても、この年になってもまだ私は『沢口卓哉の姉』なのね。」

「どういうことですか?」

「そのまんまよ。高校生の頃も、就職しても、卓哉がデビューしてからも、ずっと『沢口卓哉の姉』なのよ。」

「ああー。でも、今の『沢口卓哉の姉』は、以前のそれとは違いますよね?」

「さすがに腫れ物に触るような扱いはなくなったわ。かと言って、『弟さんって歌手なんですか?』って寄って来られるのも、ちょっと……。」

「鬱陶しい?」

「やれサインだの、チケットだのって言われてもね。断ると、ケチ臭いって陰で言われることもあるし。もちろん、そんな人ばかりではないんだけど、『またか』とは思うわね。」

「良くも悪くも有名人の家族って大変ですね。」

「嬉しい悩みって言われもするんだけど、周りがどうしてもね。……妃名子ちゃんも有名人の家族になるんでしょ?」

「どうなってるんでしょうねえ……。窓花さんは?」

「……まずは私を『卓哉の姉』って見ない人を見つけないと。」

「少なくとも、今日は無理ですよね。」

笑い合いながら、二人は沢口と妃名子の新居に向かった。

 

 

妃名子と窓花が日本武道館の最寄り駅を下りても、ライヴがあるような熱気は感じられなかった。

「開場まで時間があるせいか、まだ人はそんなに居ませんね。」

「ほんとに今日なのかしら。」

「近くまで行けば、それらしい人たちも居るとは思いますよ。物販…グッズを売るブースが開いたら、売り切れる前に買っておきたいファンも居るでしょうし。」

「そういうものなの?」

「そういうものです。」

ライヴ当日にも関わらず静かな道をたどり、二人は武道館に向かって歩く。

「こんなに早く着いても、手持ちぶさたじゃない?」

「だんだんと人が集まって来るのを見てるのも、楽しいですよ。リハーサル見ちゃうと、本番の感動が薄れちゃうかもですし。会って欲しい人も居ますしね。」

「どんな人?」

「こっちの世界にはこういう人が居るんだ、って改めて思った人たちですかね……。」

「話が合わなそうだけど……。」

「ちゃんとした人たちですよ……見た目で判断しなければ。たくやにごはんを食べさせてくれた人も居ますし。」

「あの子、デビューしてもお腹すかせてたもの。ほんと、妃名子ちゃんも含めて周りに助けられてたのね。」

「みんな、いい人たちですよ。……ほら、ちらほらそれっぽい人が。なんだかわくわくして来ますね。」

「……緊張してきたわ。楽屋にも行くんでしょ? 終わるまで会わないほうがいいんじゃないかしら。」

「大丈夫ですよ。お小言さえ後回しにしていれば。」

会場に近付くにつれ、ちらほらと着飾ったファンらしき人たちが現れ、そのファッションに驚きつつ、二人は西口玄関へと向かった。

 

「国美さん、環さん! ごきげんよう!」

VANCAの等身大パネルを見ていた二人に、妃名子が駆け寄って抱き付く。

「どこのお嬢様よ。今日はヒラヒラで来たのね……そちらは?」

「たくやのお姉さんで、窓花さん。窓花さん、こちらがさっきも話してた、国美さんと環さん。二人ともデビュー前からお世話になってて、国美さんはVANCAの衣装を、環さんはメイクを担当したこともあるんです。」

「妃名子ちゃん、こんにちは。窓花さん、初めまして、環です。たくやくんにはいつもお世話になってます。今日も衣装とメイクを担当させてもらってます。」

「あら、たくちゃんのお姉さん? 初めまして、国美です。たくちゃんとは親しくさせていただいてます。」

「……国美さん、言い方。」

国美の挨拶に妃名子がツッコミを入れる横で、窓花が丁寧に頭を下げる。

「卓哉の姉の窓花です。お二人には昔から卓哉がお世話になっていたようで。あの子がここまで来られたのも、みなさんのおかげです。本当にありがとうございます。」

「え、いえ、そこまでのことでは……。」

「たくやくんの努力と才能あってのことだと思います。私たちはほんのちょっと関わっただけですから。本日はおめでとうございます。」

窓花の挨拶に慌てる国美に代わり、環が丁寧に挨拶を返す。

「言われてみれば、確かにたくちゃんのお姉さんって感じね。」

「クールビューティーですよね。」

環と窓花が言葉を交わす後ろで、国美と妃名子がひそひそと話し合う。

「ところで、あちらの方たちは? お知り合い?」

遠巻きに女性陣を眺める、派手な出で立ちの五人を窓花が見やり、妃名子がBack Trackの面々を紹介する。

「八高の後輩の子たちです。アマチュアバンドをやってて、ボーカルのユズルくんは、去年の夏にVANCAのお手伝いをしてたんですって。」

「……ども。」

「沢口さんのお姉さんですか! 俺たちBack Trackってバンドをやってます。ドラムのアキラです。で、こっちからベースのサトシ、ギターのナツキとショウゴです。今回はユズルのオマケで招待してもらいました。よろしくお願いします。」

「「「よろしくお願いします。」」」

「ユズルは緊張してるだけなんで。ほら、敬語。」

「……よろしくお願いします。」

ぶっきらぼうな物言いのユズルに代わり、アキラが代表してメンバーを紹介する。

「高校生なのに、そんな格好なの?」

「今日はチラシ用に撮影してもらえることになってまして。衣装とメイクは国美さんと環さんがやってくれました。」

「そうなの。お二人は面倒見がいいんですね……チラシ?」

派手な衣装とメイクの理由に納得したところで、窓花にさらなる疑問が浮かぶ。

「ライヴハウスにも出てるんです。……昼の部ですが。」

「みんなもプロを目指してるの? たくやを見てると、デビューするまでも、デビューしてからも、大変そうで。」

「「「「「はい!」」」」」

「デビューも武道館も、沢口……さんよりも早く実現させます。」

「それは言い過ぎだろ。」

「いや、それくらい言わないと。」

「言うだけならタダだしな。」

「自信だけはありますから。」

「頑張って、としか言えないわね。」

高揚する五人に窓花が苦笑したところに、ゆっくりと近づいてきた男性二人組が声を掛けてくる。

「すみません、ちょっとお時間いいですか。取材なんですが、いくつか伺えれば。できれば写真も撮らせてもらえると。」

 

 

Back Trackの撮影の話がまとまったところで、伊集が改めて提案する。

「写真集に載っても構わない人だけ、パネルの横に並んでもらって。」

なんの迷いもなく全員がパネル横に並ぶと、伊集が慌てて指示をやり直す。

「……さすがに全員は。そうだ、未成年者は保護者の承諾が必要だから、女性陣だけかな。左右に二人ずつで。」

「良かったら、写真集と関係なく全員で撮りましょうよ。ほら、伊集さんも。」

Back Trackが外れることを不憫と感じた窓花が、全員での記念撮影を申し出ると、すかさず千葉が立ち位置を指示する。

「男衆は女性陣の後ろかな。パネルの前に座るのとどっちがいいかな……。」

「衣装を見せるなら座ったほうが。」

「両方撮ればいいでしょ。どこにも出さないんだし。」

「なら、この子たちだけのパターンがあってもいいわね。」

「……いいよ、撮るよ。全パターン撮りますよ。女性陣は動かないで、まず、男性陣は三人ずつ分かれて後ろに回って……」

千葉の指示に、妃名子、国美、窓花が意見を出し、改めて千葉が立ち位置を指示しながら撮影が進んでいく。

「みんな思ったより大きいね。一年生と二年生でしょ。」

「俺以外はみんな170ありますから。ショウゴは180近いんじゃないかな。」

「四月に測ったときは178でした。まだ伸びてる気がします。」

妃名子が後ろに立ったサトシに声を掛けると、サトシとショウゴから言葉を返す。

「僕は高一で止まっちゃったから羨ましいよ。背丈があって、さらに髪を立ててだと、迫力があるね。」

「学校でも目立ってるの?」

ショウゴの返事に心の底から羨ましそうに伊集が呟き、妃名子が尋ねる。

「……ユズルはともかく、俺たちはそうでもないですね。バンドやってることも、仲がいい連中しか知りませんし。」

「変に目立ってもいいことないわよ。悪いほうならなおさらね。」

「……そろそろ撮りたいんだけど、いいかなあ。」

サトシの返答に、自分の経験から窓花がそうこぼすと、千葉から呆れたような声が飛んだ。

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