忘れ去られねばならなかった者の物語 作:思想犯 富田賢(31)
「おい、気がついたかしら?」
「あ……ここはどこですか? 皆さんは一体……?」
結局、こうなってしまったのか。
時間はどれくらい流れただろう。最後にミスはなかっただろうか。
ふぅ……まあ、どうでもいいか。
私は、忘れ去られるべき者になったのだから。
「人間の衣服と品物を持った妖怪だなんて……。どうやって幻想入りすることになったんでしょうか?」
「間違いないわ。この子も幻想郷のあらゆるものと同じく……『忘れ去られた存在』よ。おそらく、数奇な境遇にあった人間だったのでしょうね」
『忘れ去られた』か……。今の私の境遇にはぴったりの言葉だ。
私は忘れ去られた。もし私を再び思い出そうとすれば、それだけで社会に猛毒が広がるだろう。それによって皆が死ぬことになるかもしれない。
……それにしても、妖怪? それはどういう意味だ?
「コホン……紹介が遅れたわね。私はここ迷い家の当主、大賢者の八雲紫(やくも ゆかり)よ。こちらは……」
「紫様の式神、八雲藍(やくも らん)と申します。ここ迷い家では家事全般を担当していると思っていただいて構いません」
「藍様の式神、橙(ちぇん)といいます! お姉さんを見つけた時は本当に驚いたんですよ。お体の方はどうですか?」
私の前に現れたのは、居心地の良さそうなこの家の住人らしき三人。長い金髪に紫色の道士服を着た淑女、伝説でしか聞いたことのない九尾の狐の姿をした淑女、そして尻尾が二つある猫のような少女だった。
間違いなく此岸ではないだろうが……。彼岸というにはあまりにも生々しい場所で、到底どこなのか見当もつかない。
「体は大丈夫です。心配してくれてありがとう。ここは一体どこなんですか? まさか、あの世? 迷い家……今は少し混乱しています。はは……」
「あまり難しく考えないでください。一つずつ知っていっても遅くはありませんから」
「藍の言う通りよ。まずは安静を最優先にすることね。ふむ……ここに来る前の記憶はあるかしら? 健康な上に若さまである『人間のような存在』が、幻想入りできるほど忘れ去られるというのは、なかなか難しいことなのだけれど……」
「記憶、ですか……。ある男たちが私に銃を撃ち、そのまま川へと投げ捨てました。頭に一発、胸と腹にそれぞれ二発だったかな。昔、ある事件があったせいもありますけど」
「それにしても、酷い人たちですね! こんなに弱々しい女の人を、事もなげにそんな風に攻撃するなんて……」
「深く立ち入ると混乱されるでしょうから、お話は追々伺うとして。お名前は覚えていらっしゃいますか?」
「私の名前、ですか。本名はよく分からなくて……『桃』という意味の『ペルシク』とよく呼ばれていました」
「それならここでは……『桃子(ももこ)』お姉ちゃんって呼ぶのはどうかな? 発音もしやすいし、もっと馴染みがあると思うし!」
「モモコ……この地の言葉でしょうか? 悪くないですね。新しく出発するついでに、新しい名前を使うことにしましょう」
「それじゃあ、桃子と呼べばいいかしら? 幻想郷へようこそ。体に何か変化が起きたような気はしない?」
そういえば、いつもと違って呼吸の感覚も違うし、肌の感触も少し変わっていた。
部屋の片隅にあった鏡を覗き込むと、肌には鱗がいくつも生えていた。まるで水中でも息ができるように、エラまでもができているように見えた。私は目をつぶり、背を向けるしかなかった。
私は人間ではなくなっていたのだ。さっきの「妖怪」という言葉は、こういう意味を持っていたのだ。
「そんな……! 一体どうして……? 私、私は間違いなく普通の人間なのに!」
「やはり私の推理通りね。身なりや気配からして、妖怪になって間もないことは明らかだわ。外の世界でいろいろなことがあったようね」
「妖怪……。一体、妖怪とは何なのですか? 私が生まれ育った場所では、ただの迷信だとして、そんな存在に言及することさえ避けたり、嘲笑したりするはずなのに……」
「簡単に言えば、それぞれ特殊な能力を持った、人間とは異なる種族のことよ。人間たちは貴方を恐れ、貴方も妖怪ならではの能力で人間に恐怖を与えなければならない。望むなら修練を通じて賢者になったり、凄まじい力で妖怪たちさえ震え上がらせる大妖怪になることもできるわ。けれど、決して簡単ではないけれどね」
「そ、それでは、私はこれから人間社会には戻れないのですか?」
「それは貴方の行い次第よ。人間と仲良く過ごすなら、間違いなく利点はあるでしょう。実際、この世界において妖怪と人間は、どちらか一方が欠ければ困る、一種の共生関係にあるのだから。ただし、自分が再び人間になれるという錯覚は慎んだ方がいいでしょうけれど」
この世界は、私が元々経験していた現実とは明らかに異なる世界だ。まるで此岸と彼岸の間の、あらゆる迷信が渦巻く幻想の世界のようだった。
私が住んでいた場所は、とりわけ迷信と幻想に敵対的で、現実と科学に執着していたが……。不思議と、この世界では不快感よりも心地よさを感じる。まるで子供の頃、祖母や父が寝る前に聞かせてくれた物語の中に入り込んだようだ。
大人になってからは、迷信を信じて従うような家族がとても恥ずかしく、嫌いだった。しかし、今になって彼らが恋しくなる理由は何なのだろうか。
「再び人間になれないのは残念ですが……。それでも、それなりに自分の生きる道を探してみるしかなさそうですね。ここが幻想郷という世界だと仰いましたか?」
「ええ。ここ幻想郷は非日常の世界。忘れ去られた存在たちが、これ以上脅かされることなく自由に生きていける世界よ。古代の神だったり、妖怪だったりね」
「外の世界のほとんどがそういうものを忘れ去っているのは事実ですが、私の生まれ育った場所はそれが一番ひどかったんです。非日常的な話をしただけで矯正施設で教育を受けなければならなかったり、神を信じているというだけで牢屋に閉じ込められたり」
「そのような話は初めて聞きますね。いくら何でも、そこまで酷いとは思いもしませんでした」
「外の世界も、おかしなことが多いみたいね。貴方もそんな場所から来たのだから、適応するには時間がかかるでしょう」
「最大限努力してみますが、どうしてもそうなってしまいそうですね。……少し息苦しくもありますし、幻想郷を見て回るついでに、少し周囲を歩いてきてもいいでしょうか?」
「ええ、構わないわ。それに、ずっとここに留まっているわけにもいかないでしょうから、急ぎはしなくても、新しい住処を探してみるのがいいでしょうね」
「分かりました。すぐ戻ってきます」
「私が道案内も兼ねて、ついていきます!」
「良い考えね、橙。桃子さんもまだ不慣れなことが多いでしょうから、貴方が手伝ってあげなさい」
こうして私は橙と共に、初めて幻想郷の景色を見て回ることになった。
「迷い家はここ妖怪の山の奥深くに位置しているんです。妖怪の山は本当に大きいんですけど、ものすごく多様な妖怪たちが住んでいるんですよ! 天狗とか、河童とか。神様たちもしょっちゅう現れる場所なんです」
「そうなんだ。確かに私が住んでいた場所とは正反対だけど、案外そんなに疎い感じはしないな。むしろ懐かしい感じも少しする」
「桃子お姉ちゃんが育った故郷はどんなところだったんですか? お姉ちゃんの話、もっと聞きたいです!」
「私の故郷? 実はなんてことない、人が住む小さな村だったよ。薄暗い森があって、広い畑が広がっていて、川沿いに道が続いていて。家は小さくも大きくもない、適当な大きさの住宅がほとんどだった」
「思ったより幻想郷の人間の里と大きな違いはないんですね。でも、そんな平和な場所で、急に人を殺したりはしないと思うんだけど……」
「私は故郷にそんなに長くはいなかったんだ。12歳の時だったかな? 私たち家族は故郷の村とは全く違う場所に移住したの。そここそが、ここ幻想郷とは正反対の姿だったわ。すぐには説明しづらいけれど」
「へぇー、不思議ですね。それじゃあ、趣味や特技の話はどうですか? 桃子お姉ちゃんは何が好きか気になります!」
「趣味や特技……? やっぱり読書と執筆かな。子供の頃から退屈を本で紛らわせていたんだ。そうやって少しずつでもコツコツ読んでいるうちに、自分で文章を書くことも自然と身についていったの」
「いつか私も読んでみたいです!」
そうして橙と私は前世についての会話を続けながら、妖怪の山を歩き回った。山の風景は非常に平和でありながら、時には幻想的で、まだ室内にいるかのような安らぎさえ感じさせた。
迷い家は山の中でもかなり奥深い場所に位置しているせいか、私が他の妖怪に会うまでにはかなりの時間がかかった。しかし、橙との会話のおかげか、長い時間も退屈に感じなかった。
「ねえ、妖怪の山には色んな妖怪が住んでるって言ったよね? でも、どうしてまだ誰も見かけないの?」
「迷い家はせいぜい猫がたくさん住んでいる区域にあるんですよ。あまりにも奥深い場所にあるせいか、山の他の妖怪も近づきにくがっているんです」
「そうなんだ……。まだかなり早い時間だよね? 太陽も真上にあるし。機会があれば、他の妖怪たちにも会ってみたいな」
「もちろんです! えーっと……こっちに歩いていくと、河童が集まっている川辺に出るはずですよ! 妖怪の山には種族ごとに役割があるんです。河童は優れた器用さと技術力で機械を扱い、天狗は特有の情報力と印刷術で新聞を発行して、それを売り歩いています」
「おぉ、すごいね。河童、そして天狗か……。両方会ってみたい」
「いいですよ。幻想郷の人間の里にもそれぞれの役割があるように、桃子お姉ちゃんが来た場所にもそれぞれの仕事があったんですよね? お姉ちゃんはどんな仕事をしていたんですか? やっぱり、文章に関係する仕事なのかな?」
「幻想郷でその天狗っていう種族がしていることと同じことをしていたよ。私がまさに新聞の編集長、つまり主筆だったんだ。偉い人たちが一言で人々を閉じ込め、矯正して苦しめるのが嫌だった。だから秘密裏に文章を書いて、そういうことを告発したんだ。……結局、捕まっちゃったけどね」
「わぁ……桃子お姉ちゃんがそんなかっこいい仕事をしていたなんて想像もつきませんでした! それじゃあ、幻想郷に来る前のあの出来事も、もしや……?」
「うん、そう。せめて尋問とか簡単な調査くらいはあるかと思ったんだけど、それすらもなく、突然すぐに攻撃してきたんだ」
「うぅ……改めて聞いても本当に極悪非道な人たちですね……」
「でも、まあいいわ。もう私は幻想郷の妖怪だし、戻ることもないでしょ? 残された仲間たちがどうなったか心配ではあるけれど……」
会話が続いていた中、不意に声が途切れた。
秘密裏に新聞社の仕事を共にしていた仲間の顔が、一人、また一人と思い浮かび始めた。今頃どこにいるだろうか。もしかして、苦しい拷問を受けているのではないだろうか……。
深く考えに沈んでいた頃、突然、別の人の気配と声が聞こえ始めた。
「やっと着きました! 結構時間がかかっちゃいましたけど、ちょうどいいタイミングで着きましたね。河童たちが何か話し合っているみたいですよ?」
「本当だ。私も一度、声をかけてみるわ」
筆者は日本語を勉強中の韓国人です。小説の翻訳にAIの助けを多く受けているため、不自然だったり間違っている部分があれば、フィードバック大歓迎です。今後ともよろしくお願いいたします。