忘れ去られねばならなかった者の物語 作:思想犯 富田賢(31)
山から少し下った場所にある川べり。そこには河童たちの仕事場があるようだった。
つば付きの帽子に、水辺を歩くのに適したレインブーツ、各種ポケットがついた大きなバックパックとワンピース。そして名声に違わぬあらゆる種類の工具まで。この種族の特性を一目で把握することができた。
その中でもひときわ目立つ、青いツインテールの河童の少女。私は物怖じせず、その子に近づいた。
「おい! あんたたち、河童だろ? 何の話をしてたんだ?」
「そうだけど。ボクたちに何か用? こっちはいつものように、新しく入った依頼について意見を出し合ってたところだよ」
「そうか。大したことじゃないんだ。この妖怪の山は初めてでね。邪魔はしないから、あんたたちの作業風景を見学させてもらってもいいかな?」
「そういえば、見かけない顔だね。邪魔しないってんなら、いくらでも構わないよ! ふーん、見たところ、あんたも川辺から来た妖怪みたいだね?」
「え? ああ……そう。じゃあ、少し失礼するよ」
ここでは誰もが自然に、私を川辺の妖怪程度に認識しているようだ。私は静かに傍らの地面に腰を下ろし、河童たちの話に耳を傾けることにした。
ここの河童の技術力は、まさに外の世界の基礎的な工業技術レベルだった。外の人間の目には大したことのように見えないだろうが、 幻想と非日常の世界においては、確実に画期的で革新的な技術だ。
ひときわ目を引いた青いツインテールの少女。彼女が今、この群れの行動隊長でありリーダーのように見えた。聡明で決断力のある性格だということがすぐに分かった。
「よし。じゃあ、言った通り今回の依頼はこうやって作業すればいいね。さあ、みんな、さっさと始めよう!」
今回河童たちが受けた依頼は、泥棒が現れたら周囲に警報を鳴らす機械を作ることだった。外の世界ではすでにありふれた技術だが、ここではそうではないようだった。
河童一同は勤勉に、熱心に作業に没頭した。流石はプロフェッショナルな態度だった。その勤勉さのおかげか、長い時間をかけず、すでにかなりのところまで作業を終えたようだった。
「ねえ、幻想郷でこれほどの技術力は珍しいんじゃないか? それにしても、こんなに早く仕上げるなんて大したものだね。」
「珍しい技術じゃないかもしれないけど、ボクたち河童にしてみれば簡単な作業だよ。あんたも必要なものがあったら、いつでも訪ねてきなよ」
「あんたたちはこの近所に住んでるのか? ここが住処には見えないけれど」
「ここはたまに使う作業場の一つに過ぎないよ。低い場所にあるから、普通は山の外に物を運ぶ必要がある時にここで作業するんだ。ボクたちはもっと高い場所にある『玄武の沢』に住んでる。特有の柱状節理の地形で有名な場所だね」
「なるほど。依頼は幻想郷中から来るんだろう? あんたたち以外に、これほどの技術を持つ妖怪はいないだろうからな。」
「当たり。ほとんどボクたちが担当してるようなもんさ。山童っていう、川じゃなくて山の奥で活動してる連中がいるんだけど、ボクたち河童のいとこみたいな奴らさ。あいつらが中間流通や販売を任されることも多いよ」
「あは。今回の依頼はどこから、誰が出したんだ? やっぱり泥棒が入りそうな場所となると……商店か何かかな?」
「なかなかの推理力だね。最近、人間の里で流行ってる色んな店に、人間だろうが妖怪だろうが泥棒に入ることが多いらしいんだ。河童として、この商機を逃すわけにはいかないからね」
「人間の里には妖怪も簡単に出入りできるんだな。いつか一度行ってみたいものだ。ところで、みんな鍵のネックレスをしてるけど、それも依頼と関係あるのか?」
「あ、これ? これはいつも持ち歩いてるだけだよ。カバンを開けるために必要な物なんだ。鍵をかけてないと、誰かにボクたちの工具を盗まれちゃうかもしれないだろ。」
そろそろ作業が完全に終わりそうなのか、人間の里へ向かおうと準備しているようだった。最後に残った段階は、装置が正しく作動するか確認することだけだった。
「もう完成したのか? 凄いな。どうやって動くのか、私も一度見てみたいんだが」
「作動原理を詳しく教えるわけにはいかないけど、直接使ってみるくらいならいくらでも可能だよ。ここに立ってみな」
間に合わせで作られた扉の前には、バネの上に載った足場が設置されていた。誤作動を避けるため、人間や妖怪程度の重さがあって初めて足場が沈むように設計されているようだった。
その上に乗ってみると、バランスが崩れて足場가 沈み, レバーが引かれた。レバーが引かれて数秒が経つと、装置の歯車が噛み合い始め、鐘を鳴らして警報を響かせた。単純な足場以外にも別の仕掛けがあるようだったが、詳しく踏み込むことはできなかった。
外の世界では産業革命期の技術に過ぎないが、間違いなくここ幻想郷では凄まじい技術力なのだ。
「こんなものを、この短時間で、ミスもなく完成させるのか? 噂通り、あんたたちの技術力は本当に飛び抜けているみたいだね」
「当然さ。ボクたちが誰だと思ってるんだい? これくらいできなくてどうするのさ」
「これから人間の里に向かうのか?」
「そうするよ。ボクたちにまだ何か用?」
「いや、特にない。あ、名前だけでも教えてくれないか?」
「この身は河童の行動隊長、河城(かわしろ)にとり、ってんだ。よく覚えておきな。後で入り用があったら、玄武の沢でボクを訪ねてきなよ」
「分かった。機会があればまた会おう。にとり、それに他の河童たちも」
「元気でな! 繰り返し言うけど、いつでも気軽に訪ねてきていいからね! 道に迷うなよ!」
そうしてお互いに向き合い手を振りながら、河童の一行と別れることになった。やはり何らかの器具で装置を運ぶ姿が印象的だった。
私は後ろで河童たちとの会話を見守りながら待っていた橙のもとへ戻った。
「ただいま、橙。退屈にじっとしてないで、あんたも一緒に話をすれば良かったんじゃないか?」
「私は大丈夫ですよ。桃子お姉ちゃんがもっと集中できる方がいいと思いましたし……。お疲れ気味だったので、少しの間、目を閉じて休んだりもしていましたから」
「大丈夫だったなら良かった。次は天狗たちに会いに行く時間だね? どっちに向かえばいいかな?」
「天狗たちは別の方向で、山をもう少し登ったところで会えますよ! 普通は取材をしたり新聞の宣伝をしたりして、妖怪の山の内外あちこちを歩き回っているので、行く途中で会えるかもしれませんが」
「あは。それじゃあ、早く出発しよう!」