忘れ去られねばならなかった者の物語   作:思想犯 富田賢(31)

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天狗

天狗。それは私が外の世界で職に就き、そして何より愛していた「新聞社」の仕事を司る種族。だからこそ、期待はいっそう大きかった。

 

天狗は一体どんな姿をしているのか。幻想郷のメディアはどのような形なのか。取材の方法や新聞の発行、販売の形態はどうなっているのか。無数の疑問と好奇心が脳裏を駆け巡った。

 

 

 

「ねえ。天狗たちは正確にはどんな姿をしてるの? 彼女たちも特定の場所に集まって住んでいるのかしら? 河童が機械工学を独占するかのように、天狗も報道の役割を独占しているのかな?」

 

「うわぁ、ややこしいですから一つずつ説明しますよ。そんなに急がなくてもいいじゃないですか」

 

「あはは、質問攻めにしちゃってごめんね。それじゃあ、まずは外見について話してみようか?」

 

「天狗の見た目、ですか……。実は天狗ほど多様な種族も珍しいと思うんです。特定の動物の形質を持っている、というのが共通点ですけどね。情報収集や新聞の編集を担う『烏天狗』はカラス、生まれ持った千里眼と感知能力で警備を担う『白狼天狗』は狼の形質を持っているように」

 

「ほうほう、なるほど。じゃあ、そんなに多様な子たちがみんな同じ場所で一緒に過ごしているの? やっぱり役割分担が徹底されているのかしら」

 

「その通りです。天狗社会は上下関係が厳しい階級社会なうえに、動物の形質ごとに役割分担もはっきりしていることで有名ですから。だからこそ、最も権威的で組織的だと言われています。そもそも、一つの種族が共同体や社会を作るということ自体、かなり稀なんですけど……」

 

「種族が共同体や社会生活を送るのが稀だって? どういうこと? ここ幻想郷では、みんな独断で動いているの?」

 

「実は、体系的な共同体を作って生活している妖怪は、妖怪の山の他にはいないと言っても過言じゃありません。山の中でも河童や天狗くらいが代表的な感じです。山の内外を問わず、ただ一人の力で生きている妖怪が大多数なんですよ。だからといって、互いに親交がなかったり、全く協力しなかったりするわけではないですけどね」

 

「それは凄く不思議な事実ね……。外の世界では、人間はみんな社会生活を送るのが基本だから。その点に関しては、幻想郷の人間たちも同じじゃないの?」

 

「ええ、幻想郷の人間もみんな共同体生活をするのが当たり前ですよ。やっぱり人間は妖怪より弱いですから。お互いを守り合わなきゃいけないという風習から定着したんじゃないでしょうか」

 

 

 

妖怪は一人の力で生きるのが当たり前だなんて。とてつもなく新鮮な衝撃だった。人間は他人の助けなしには生存が不可能だからこそ、誰もが社会と共同体を築いて生活する。この事実は外の世界でも幻想郷でも共通しているようだった。

 

だが、妖怪は人間を遥かに凌駕する能力を持っているから、そんなものは必要ないのだろうか。一般的な妖怪は孤独を感じないのだろうか。多くの問いが頭の中に浮かんでは消えた。

 

上り坂を進むにつれ、先ほどとは少し違う雰囲気が広がり、同時に疲労が少しずつ溜まってきた。質問攻めで橙を疲れさせてしまったのではないか。少しばかり反省しながら、静かに山を登り続けた。

 

静かな山の中で、突然感じられた人の気配。別の妖怪が現れたのは間違いなかった。好奇心に駆られて気配をそっと追ってみると、黒いショートヘアにカラスの形質を持つ少女が目に入った。間違いなく烏天狗だった。

 

小さな手帳に鉛筆で何かを書き留めているその子に、ゆっくりと近づいた。どういう理由からか、橙は少し警戒態勢をとっているようだった。

 

 

 

「こんにちは! あんた、天狗でしょ? ここで取材をしてるの?」

 

「当然ですよ。私は忙しい身ですからね。一日も欠かさず毎日取材をして、編集も終わらせなきゃならないんですから」

 

「あんたも新聞を発行しているんだね。天狗の新聞なら、ちょっと興味があるんだけど……」

 

「おや。もしや我が『文々丸新聞』を購読なさるおつもりですか? 卓越したお考えですね! お目が高い。決して失望はさせませんよ」

 

「ちょっと待って、まだ購読するとまでは……」

 

 

 

そう言って私に近寄ろうとした天狗を、橙が突然体を投げ出して制圧した。さっきよりも警戒心が強まっているようだった。

 

 

 

「うぐっ、いきなり何ですか!?」

 

「桃子お姉ちゃんから離れてください! いつも新聞売りみたいな真似をして、恥ずかしくないんですか!? 有益な内容もなくて、嘘ばっかり書いてるくせに!」

 

「あんたに何が分かるって言うんですか!? 戦ってみようってことですか?」

 

「おーい、二人とも落ち着いて。一体どうしたの、橙? まさかあの子、詐欺師か何かなの?」

 

「文々丸新聞の主筆、射命丸文(しゃめいまる あや)! とてもお粗末な烏天狗の記者ですよ。定期的な発行物でもないうえに、あらゆるゴシップといい加減に誤魔化した嘘ばかりが詰まった新聞! 幻想郷で有名ではありますけど、真に受ける人なんて誰もいませんよ」

 

「人々は興味深くて刺激的な物語に惹かれるものです。そしてそんな事件は、写真と見出しだけで十分に読者を満足させることができる。それなのに、果たして内容が重要でしょうか?」

 

「確かに間違いではないけれど、読者をそんな風に弄ぶ態度は、報道人として望ましい態度ではないわ。あんたを単なる語り部だと言うことはできるけれど、果たして記者と呼べるかしら?」

 

「自分が何かしらの報道人にでもなったつもりで、出しゃばりおって……。私の新聞や仕事に興味がないのであれば、さっさと道を開けてほしいのですが」

 

「ちょうどそのつもりよ。あんたたちの本拠地は、この方向に行けば着くのよね?」

 

「ええ。ですが、簡単に立ち入れると思ったら大間違いですよ。折しも見慣れない顔ですが、我ら天狗は、山の麓に住む者が我らの領域を侵すことを嫌いますから。それに、厳重な白狼天狗の警備を突破することはできないでしょうね。大天狗様でもお出ましにならない限りは」

 

「それでも試してみるわ。それじゃあ、仕事の続きをどうぞ。あんたが伝える情報も、きっとどこかでは役に立つだろうから」

 

「道に迷わないことですね。次に会ったら号外の一つでも受け取っていきなさいな」

 

「桃子お姉ちゃん、早く行きましょう!」

 

 

 

こうして最初の天狗との短い出会いも終わり、私は橙と共に再び上り坂を登り始めた。

 

最初に出会った天狗は、到底信頼できるような奴ではなかった。非常識の世界である分、幻想郷のメディアはみんなこんなものなのだろうかという失望感も一瞬よぎったが、きっと偶然変な奴に出会っただけだと言い聞かせ、別の天狗に出会うための歩みを続けた。

 

 

 

「この辺りなら、もうすぐ着くはずですよ! でも、さっきの女が言ったように、白狼天狗さんが私たちを入れてくれるかどうかが疑問ですね……」

 

「一度ぶつかってみるのも手よ。例え今日入れなかったとしても、後で別の方法が見つかるかもしれないんだから」

 

「何か収穫があるといいんですけど」

 

 

 

天狗の本拠地に辿り着くと、案の定、聞いていた通り誰かが毅然と立ち塞がっていた。白狼天狗だ。

 

真っ白なショートヘアに狼の耳と尻尾。片手には長い大剣、もう片方の手には紅葉の紋様が刻まれた盾を持っている姿は、正に勇猛な番人と呼ぶに相応しい。

 

勇気ある狼の少女に、私は助けを求めるように近づいた。

 

 

 

「いつもお疲れ様。ちょっと聞いてもいいかな?」

 

「何の用でしょうか。先ほどから下の方で道に迷っている姿をお見かけしましたが……。もしや道に迷われたのですか?」

 

「いや、そういうわけじゃないんだ。難しいのは承知してるけど、もしよければ、あんたたちの居住地に入れてもらうことはできるかな?」

 

「残念ながら、ここは余所者の出入りが厳格に禁止されています。大天狗様の指示や、他の天狗の保証がない限り、何人たりとも入ることはできません」

 

「そうなんだ……。残念だね。実は、私も文章を書くんだ。出版が可能かどうか見に来たんだけどな」

 

「我ら天狗の印刷術と情報収集技術は、外部への漏洩が一切不可能な特殊事項です。もしそれを狙って来られたのであれば、無事では済まないでしょう」

 

「あ、ごめん。全く知らなかったんだ。だとしたら、幻想郷の報道は、間違いなく天狗だけのものなんだね」

 

「その通りです。初めてお見かけするうえに所持品を見る限り、妖怪の山の外から来られたようですね。我ら天狗は余所者をあまり好みません。この辺りへの出入りは、今後は控えた方がよろしいかと」

 

「それほどだったんだ。これからは気をつけるよ。自分の文章を出版できないのは凄く残念だけど……」

 

「私が心配で申し上げたことです。本来、侵入者を見つければ即座に制圧するのが原則ですが、悪意がないようにお見受けしたので、単なる忠告で済ませるのですから」

 

「そうなんだ。それなら、あんたはずっとこの山にだけ留まっているの? 大変な仕事みたいだね」

 

「烏天狗は取材のために幻想郷のどこへでも自由に飛び回りますが、残念ながら我ら白狼天狗は、指定された場所を守っていなければなりません。我らがお守りする大天狗様方は我らよりもお強く、山には強大な神様も大勢いらっしゃるというのに、ここまでやる必要があるのかは実に疑問なのですが……」

 

「かなり大変そうだね。偉い人たちっていうのは普通そういうものよ……。他の活動は全くしないの?」

 

「趣味で、辺りをよく通りかかる河童と将棋を指したりもします。それくらいですね」

 

「普段は本当に退屈そうだね……。でも、頑張って。あんたたち白狼天狗のお陰で、他の全ての天狗たちが安心して自分の仕事を続けられるんだろうから」

 

「使命感なら、白狼天狗であれば誰もが心に刻んでおりますよ」

 

「私はそろそろ行くね。あ、そうだ。あんたの名前を知っておきたいんだけど」

 

「犬走椛(いぬばしり もみじ)と言います。これでも、この区域の部隊長を任されています」

 

「見た目よりもずっと可愛い名前だね。それじゃあ元気で、椛さん。いつも応援してるから!」

 

 

 

私は手を振りながら、再び低い場所へと降りてきた。二人目に出会った天狗は、一人目よりもずっと親切で人柄の良い子だった。

 

本当に私が幻想郷で報道活動を続けることはできないのだろうか。きっと別の方法があるはずだ、そんな色々な考えと共に山の帰り道を歩き始めた。

 

 

 

「そろそろ迷い家に戻った方が良さそうですね。お二人が心配しているかもしれませんし」

 

「分かった。心配をかけるのも失礼だもんね。早く行こう!」

 

「ところで、お姉ちゃん。本当に大丈夫なんですか? かなり失望されたんじゃないかと思って……」

 

「さっきも言ったけど、別の方法はいくらでも見つかるわよ。外で会った別の天狗と仲良くなることだってできるだろうし、あの『大天狗』という偉い方に直接お願いする機会が生まれるかもしれないでしょ? 何にせよ、前向きにね」

 

 

 

そうして私は橙と共に急いで迷い家へと戻った。人里離れた場所に位置しているせいか、時間がかなりかかってしまい、空には既にゆっくりと日が沈み始めていた。

 

 

 

「ただいま戻りました!」

 

「かなり遅かったね、橙。今になって戻られたところを見ると、何かあったのでしょうか? 大きなトラブルはなさそうで安心しましたが」

 

「あ、ちょっと広く見て回ったらこんな時間になっちゃいました。あはは……」

 

「紫様がお待ちです。奥の間へどうぞ」

 

 

 

奥の間へ入ると、何か話がある様子の「大賢者」が待っていた。

 

 

 

「思ったより遅かったわね。貴女はまだ妖怪になって日が浅いのだから、あまり安心しすぎない方がいいわよ。今回は橙が一緒だったからよかったものの、妖怪の山もそう安全な場所ではないのだから」

 

 

 

橙と私は、今日見て回ったことについて説明をしなければならなかった。そして橙にしてあげたように、お二人にも前世についての話を語って聞かせた。

 

 

 

 

 

 




お待たせしました。今春に完結できることを願っています。
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