1. プロローグ
「……私は、なんて情けない大人なんだろうね」
「失敗し続けて、その果てに心が折れて、私の使命を君に背負わせてしまって、そして……最後の約束すら守ることができないなんて」
「私は何も責任を果たせない、どうしようもない大人だ」
「せめて最期は先生らしく、君に自由に生きてと伝えたかったけど……私には、もう無理だ」
「君は私の最後の希望なんだ。だから、だからどうか」
「どうか、生徒たちを守ってくれ」
アラームの音で目が覚めた。
眠たい目をこすりながらもベッドから起き上がり、うるさいそれを止めた。何だか、懐かしい夢を見た気がする。
今日は……ああ、そうだ。今日は先生が言っていた、運命が動き出す日。
服を着替えたり、洗面所で顔を洗ったりして、支度をする。最後には仮面を被って、これでよし。
朝ごはんは……今日はいいかな。玄関の扉を開き、外へ出た。
ある郊外の一角にある廃墟ばかりの場所。その一つに俺は住んでいた。
とはいえもう帰ってくることもないだろう。今まで住ませてくれた廃墟に一礼し、改めて風景を眺める。
明け方の、まだ少し暗い空をヘイローが飾り付けている。次いで目を向けたのは遠くに見えるビル群の中でも一際高いタワー。ひとまずはあそこを目印に進めばいいはずだ。
一歩踏み出そうとして、体が震えているのを感じた。果たしてこれは緊張からか、それとも武者震いか。深呼吸をして、震えを収める。
「……聞こえてる、先生?いよいよ始まるよ……あなたの言っていた、
どうせ独り言になるのだろうに、つい言葉がこぼれた。
当然、帰ってくる言葉などなかった。そのことに寂しさを覚えつつ、今度こそ一歩踏み出すために準備をする。
自分の体に呪力を巡らせ、跳ぶ方向を定める。
踏み出した一歩は、道路を砕き、轟音を鳴り響かせ、そして俺を空へと導いた。
幾千もの学園が織りなす超巨大学園都市「キヴォトス」
その中にある無数の地域の中の更に一つである、D.U.外郭地区。
そこで、何やら騒動が起こっていた。
「よっしゃー!暴れ放題だぁ!」
「ひゃっはー!」
どうやら、不良たちが暴れているらしい。
このキヴォトスではそう珍しいことでは無いが、今回は少し事態が違っていた。
「あー、もう!キリがないわよ!?」
不良たちと戦っていた少女の一人が、そう叫んだ。
彼女の言う通り、今回の騒動は不良の数がとても多かったのだ。
矯正局とやらから出てきたらしい不良たちは、久しぶりに暴れられる機会を得てはちゃめちゃやってる真っ只中。そしてそれを止めようと、三人の少女たちが相対している。
彼女らはこの近くの連邦生徒会に用事がありやって来ていたところ、騒動が起こったため鎮圧のために派遣されたという運の悪い被害者である。ちなみにここにはいないがさらにもう一人、オペレーターもいる。
それぞれが普通の生徒たちよりも強い、精鋭と言っても過言ではない実力者。しかし彼女らは不良たちの数と勢いに押されていた。
どれだけ個々が強くとも、連携がなっていないとそこを叩かれる。彼女たちはほとんどがお互いのことを知らず、それ故に綻びが生じていた。
このままでは押し切られる……彼女たちがそう考えて、撤退を視野に入れ始めたその時だった。
突如として上から降ってきた何かが、地を揺らした。
「うわっ?!」
「きゃっ?!」
その場にいた者たちが様々な悲鳴をあげた。
そして、彼女たちはそれが落ちてきた方向を一斉に向く。
煙の中から、それは姿を現した。
シンプルな半袖の黒のアウターと白いシャツ、そしてグレーの長ズボンで構成された格好。
キヴォトスでは滅多に見ない、細身ながら筋肉のついた肉体。黒色の短い髪が風に靡いていて、その頭上には
そして最も目を引く……顔についた、謎の生き物の仮面。
巷で流行っていると噂のペロロというマスコットを象ったのであろうその仮面は、あまりにもこの状況にミスマッチすぎて何人かが吹き出した。
しかし、明らかに異質であるとわかるそれは次第にそこにいる者たちの恐怖を煽り始める。
先ほどまでのドンパチ騒ぎはどこへやら、静寂が辺りを支配した。
突如として、ボーッとそれを見ていた不良の一人が崩れ落ちた。
仮面を被った人間が超高速で不良に近づき、そして触れた。ただそれだけで傷をつけられるでもなく、崩れ落ちていく不良たち。その光景を他の不良たちが現実として捉えられたのは、五人が倒れた後だった。
「……!?な、なんだあ!?」
「じゅ、銃をとにかく撃てぇ!?」
再び喧騒が辺りの支配権を取り戻した。一人また一人と倒れていく自身の仲間たちを目にして、不良たちがパニックを起こす。狙いを定めずに撃った銃は仲間の不良に当たったりして、混沌が加速していく。
一方、そこから数歩離れたところにいた三人の少女たちは目の前で起きている光景をただポカンと眺めていた。
そんな間にも、不良たちの数は凄まじい速さで減っていき……そしてその全てが倒れ伏した。
大量の不良たちでできた大地の上に、仮面の人物が佇む。それを見て正気に帰った少女たちは、各々臨戦態勢を取った。
「…っ、あなた、何者ですか!?」
青い髪をしたふとももが目立つ少女が、問いかけた。
それを聞いて、仮面の人物はゆっくりと振り返り、そして見つめてくる。
そこに何か圧のようなものを感じ、少女たちはごくりと唾を飲み込む。
しかし、仮面の人物は一瞥した後、特に何かすることもなく別の方を向き、そして彼女たちでさえ視認するのがやっとな速度で消えていった。
嵐のような一幕に、再び呆然としてしまう少女たち。その中で最初に再起したのは青髪の少女だった。
「……な、何だったの……?」
「……結果的に見れば、不良を鎮圧してくれたわけですし、いい人だったのでしょうか……?」
彼女らが彼の正体を知るのはもう少し先の話。
……逃げてきちゃったけど、大丈夫かな?
道中にいる不良たちを倒しながらさっきのことを考える。
どう考えても不審がられてたよなあ……あの子達がどこの生徒か分からないが、これからの関係に支障とか出ないといいんだけど。
……まあ今はそれより優先するべきことがあるか。そう思って一度思考を中断し、体を動かすことに改めて意識を向ける。
誰だろうと視認できない速さを持って、さっきまでのように不良たちを鎮圧しつつ進む。
そうしてるうちに目的の場所が見えてきた。
顔をかなり上げないと全体像が見えないほどの大きなビル。恐らく、ここに俺の目的の物があるはずだ。
ビルの中に入って、通路を進み続ける。途中で階段があったので降りてみると、ちょっと広い感じの部屋に出た。
「ん?」
「あら?」
そこに何やら狐の面を被った少女がいた。
そしてその手には白色のタブレットのようなもの……あれが多分「シッテムの箱」かな?
「……とりあえず、はじめまして。いきなりで悪いんだけど、その手の中にある物を俺に渡してくれないかな?」
「ふむ、何故これが欲しいのですか?」
「それがないと、このキヴォトスがそれなりにヤバいことになっちゃうらしいんだよね。だから渡してくれないかな?」
「なるほどなるほど……申し訳ありませんが、要望には答えられないですわ」
「何で?」
「私、そのような状況の方が好みですので」
「なるほどね……渡してくれないなら、手荒な真似をすることになるんだけどそれでもいいかな?」
「どうぞご自由に」
明らかにこちらを舐めている発言。聞いてる感じこの子なんかヤバそうだし、目的の物持たれてるし、少し痛い目を見てもらうことにする。
こちらが戦闘態勢を取ると同時に、向こうもライフルの銃口を向けてくる。
静寂が空間を満たす。
開始のゴングは、コトン、という何かが落ちた後だった。
向こうが発砲してくるが、一切ひるまずにそのまま直進する。銃弾がおでこにコツンと当たったが、ダメージは無し。
こちらの速度に驚いている狐のそいつ。一瞬の硬直の後二発目を発射しようとしたがもう遅い。
そのままの勢いで狐の面を押し付けるように右の手のひらで触り……術式を発動する。
が、即座に反応されて振り払われ、それなりに距離を取らされた。反応が速いな。
俺の速さに警戒しているのか、明らかにさっきよりも距離を取られている。
が、この狭い室内ではそう関係のない話だ。再び突っ込む。
いくら撃とうが俺には無駄だ。あとは回数をこなすだけ……だと思っていたのだが、狐が銃を撃つ前に近くの机の上にあった書類などをばらまいた。
それが目隠しになり、俺の目から奴の姿が消える。このまま隠れて銃を撃つヒットアンドアウェイか?だが机の上の物はいつか尽きるし、銃弾なら俺には効かない。一度受けて、位置を特定したらもう一度近づくだけだ。そう考えて一度立ち止まる。
何も問題はない……そう考えていたのだが、奴の足音が明らかに俺から遠ざかっていく。音の方に目を向けると、背を向けて全力で走り去っていく狐の姿。攻撃をあきらめた逃げの一手か!
なるほど、なかなかいい判断だ。だが、相手が悪かった。俺と出会ったのが運の尽きだったな。
全力で一歩踏み込む。一瞬にして狐との距離を縮める……どころか追い越す勢いで彼女に並んだ。
「なっ……!?」
「悪いね。それ貰うよ」
逃げる彼女を壁に押し付け、手で触れる。
最初は全力で抵抗してきたが次第に元気がなくなり、そして沈黙する。手を離すと壁に体重をかけ、へにゃっと座り込んだ。
普通の生徒なら一瞬触れれば大体立てなくなるのに、何でここまで耐えるんだこの子?
「……得体の知れない力、ですわね……」
「……まだ喋れる元気があるのか。すごい体力というか、神秘というか……」
もしまだ動けたらまずいので、とりあえず「シッテムの箱」は取り上げておく。
「フフフ……この屈辱、忘れはしませんわ……いずれお返しに来るとしましょう……」
「……俺のこと襲うつもりなら、周りの人に迷惑をかけないようにしてくれよ?それさえ守れるなら、いつでも付き合ってあげるから」
「私が、そのような約束守るとでも……?私は『災厄の狐』ですわよ……」
「なにそれ、二つ名?自分でつけたの?」
だとしたらだいぶダサいけど。どうしよう。先生の代わりをやる身としてどう対応するべきだ?ダサくても褒めてあげるべきかな……
で、その「災厄の狐」はこちらをじっと見てきている。心の中読まれた?
「……知らないのですか?私、巷ではそのように呼ばれているんですけれど……」
「ごめん。俺最近まで引きこもってたから世の中の事情に疎くて……」
他称「災厄の狐」だったらしい。よかった。いやよくはないか?何したらそんな二つ名つけられるんだよ。
もしかして俺の目の前にいるのって結構ヤバい子だったりする?そう思って聞こうとしたのだが……
「油断しましたわね」
「!っと、」
唐突に彼女が座ったまま、俺に蹴りを入れようと足を上げた。反射で体を後ろに引いて躱したが、仮面にかすったようで紐一本で固定していた仮面が吹っ飛んだ。仮面の位置まで届くとか、体柔らかすぎんだろ。
「時間稼ぎにつきあってくださり感謝しますわ。おかげで体力が回復しました。お礼にたっぷりとあなた、を……」
そう言って立ち上がる「災厄の狐」。油断したな、すぐに触れて術式を……?
そう考えて触れる前に、なぜか固まってしまっている彼女に気づいた。
「……あの……?」
「……」
「ど、どうかした?」
「……し……」
「し?」
「し、失礼いたしましたー!!」
そういって彼女は先ほどよりも速いかもしれないスピードで逃げ去ってしまった。咄嗟に追いかけようとするも、今はそれよりも「シッテムの箱」だと思い、踏みとどまる。
……いったい何だったんだ?急に様子がおかしくなって……なんかあったのかな?
考えながら「シッテムの箱」を持ち直し、それから起動を……といったところで真っ黒な画面に映る自分の素顔に気づく。
幼なげながら全体的に整った顔。一言で言えばそんなもので、特徴としては黒と青が混じった色をした瞳ぐらいか?いや、何で俺は自分の顔の評価をしてるんだよ。
そういえばさっき仮面を飛ばされたんだった。そう思って見回すと、近くに転がっている哀れなペロロの仮面を発見した。手にとって被り直す。
……そういえば様子がおかしくなったのってあの子が俺の顔を見てからか?とするともしかして俺の顔を知ってて、だから逃げたってこと?え、じゃああの子もしかしてアビドスかそれに近しい人?ホシノと知り合いだったらどうしよう……
……とりあえず今は「シッテムの箱」を起動しよう。今更考えてもしょうがないしな。うん。
色々なところをとりあえず触ってみると、画面が点灯した。そしてパスワードを求められた。え?何それ知らんのだけど。
何で先生パスワード教えてくれなかったんですか?とか思いつつどうしようと頭を抱えていると、不意に文字列が頭に浮かんだ。
何故かそれがパスワードだと確信できたので、入力する。
気がつくと、知らない教室にいた。
青に満ちている綺麗な教室だ。壁に穴が開いていなければ、今まで見てきた中で一番の教室だった。
そんなことを思いながら周りを見ていたのだが、何やら机の一つで眠りこけている少女がいる。
「むにゃむにゃ……カステラにはぁ……」
「えい」
「んぎゅ……いちぎょみうくよりぃ……」
ほっぺをツンツンしてみるも、中々起きない。
さっきの二倍の速度でツンツンしてみる。
「うにゅぅ……ばにゃにゃみゅうくにょひょうがぁ……」
もはや何を言ってるのかわからないが、まだ起きない。
しょうがないので体をゆすって起こす。
「んん……んぅ……?」
ようやく目覚めた少女は、しかしまだ微かに寝ぼけているらしく、目を擦りながら辺りを見回している。
そしてそのうち目と目が合った。
「……ありゃ?」
「どうも」
第一印象は大事ということで挨拶をしてみた。が、少女はそれに対しては特に反応せず、俺の顔をじぃーっと見てくる。
何やらもごもごと呟いているが声が小さくて聞き取れない。というか、そもそもこの子は何なんだ?そう思って聞こうとしたところで
「……先生?」
その言葉がやけにはっきりと聞こえた。
「この空間に入ってこれるということは、先生のはずなんですけど……」
「あー、実は先生は事情があってキヴォトスに来れなくてな。代わりに俺が先生をやることになったんだ」
頬を掻きながらそう答える。
「そうなんですか!?一体どうして……?」
「まあまあそこは諸事情によりってことで納得してくれ。とりあえず、自己紹介しないか?多分これから長い付き合いになるだろうし」
俺がそう言うと、目の前の少女はどこか納得してない雰囲気を出しながらも、自己紹介をしてくれた。
「……それはそうですね!では私から……はじめまして、私はアロナ!この『シッテムの箱』に常駐しているシステム管理者であり、メインOS、そして先生をアシストする秘書です!」
「はじめまして、アロナ。俺は……あー、そうだな。カケルだ。これからキヴォトスで、先生の代理をやらせてもらう」
「カケル先生ですね!……いや、カケル先生代理?」
「好きなように呼んでくれ。ともかく、これからよろしく」
「はい!よろしくお願いします!」
アロナはそう言って、とびっきりの笑顔をするのだった。
さて、それからのことをかいつまんで話そう。
自己紹介が終わった後、指紋による生体認証の登録をしたり、その過程があまりにも原始的すぎて一悶着あったりしたが、無事にサンクトゥムタワーの制御権を取り戻し、その権利を連邦生徒会に渡すこともできた。
サンクトゥムタワーとは何ぞ?という人に説明すると、端的に言えばこのキヴォトスにおける行政で一番大事な建物だ。それの制御権は連邦生徒会の生徒会長にあったのだが、その生徒会長が失踪したせいで制御権は誰の手にもなく、色々と問題は起きていたってわけ。
そこで、アロナにお願いして制御権を一度俺……と言うより「シッテムの箱」に移してから、連邦生徒会に渡したってわけだ。
その後現実に戻ると、連邦生徒会の幹部だという七神リンという人がいて、事情を説明することになった。
とは言っても先生のことは知らない様子だったので、適当なカバーストーリーを話した。いきなり先生が何だと話しても混乱させるだけだからな。
俺は連邦生徒会長がいなくなった時、そのリカバリーとして用意された人材で、その目的は治安が悪化したキヴォトスのさまざまな問題を解決すること。そしてこれからは生徒たちを導く「先生」としてこのキヴォトスで活動をしていく…。話した内容としては大体こんなところだろうか。
にわかには信じがたい……という顔をしていた彼女だったが、俺がサンクトゥムタワーの制御権を取り戻したことで信用してくれたらしく、何とか信じてくれた。
それで、キヴォトスのさまざまな問題を解決するためには、各学園の深いところにも踏み込めるような権限が必要だということになり、俺は「連邦捜査部S.C.H.A.L.E」通称"シャーレ"に所属することとなった。
太陽光が差し込むオフィス。そこにある椅子に座りながら、色々なことを考える。
あの時、俺が引き受けた使命が俺に問いかけてくる。お前は役割を果たせるのかと。
ああ、もちろんだ。俺は必ず成し遂げるよ。
だって、これが俺に与えられた生きる意味なのだから。
太陽が祝福するかのように俺に光を当てる。
この日、俺の青春は改めて幕を開けた。