呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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12. 消えないもの

ホシノ救出作戦決行日。俺たちは朝早くから学校に来て戦いの準備をしていた。

 

みんな色んな思いを抱えているだろう。だが、間違いなく一つ共通している思いがあった。

「ホシノを助ける」その思いだけは絶対に一緒だ。それは当然、俺だって。

 

……全部、俺のせいなんだ。俺のせいで、ユメ先輩は死んだ。

(九条カケル)はもうお前に会わないけど、それでも。代わりに(先生)が君を幸せにする。

それがせめてもの、俺からの償いだ。

 

既にみんな校門に揃っていた。早足で駆け寄り、一緒に並ぶ。

 

「みんな、準備はいいか?」

 

問い掛ければ、誰もが力強く頷く。

 

「アヤネも、大丈夫か?」

 

『はい!問題ありません!』

 

この場にいないアヤネからも、力強い言葉が返ってくる。

 

「それじゃあ……今更、言葉はいらないと思うけれど」

 

暖かな風が、俺たちの背を押したような気がした。

 

「──ホシノを助けるぞ!!」

 

 


 

 

──今はその面影をなくし、砂漠化した市街地。

 

そこに、カイザーPMCの兵士が大量にいた。

その目的はただ一つ、いずれ来るだろうアビドスを迎え撃つため。

 

上司であるカイザーPMC理事より、「ヤツらは必ず来るだろう……絶対に、小鳥遊ホシノを奪還させてはいかん」との命令を受けた兵士たちは、一矢乱れることのない、整えられた体制で警戒をしている。

 

彼方を見つめる警備兵。外側を守る無数の兵士たち。中で待ち受ける、戦車などのより強力な兵器たち。

さながら一つの芸術のように整えられたその配置は──

 

「よう、叩き潰しにきたぜ」

 

たった一人の男によって崩されることとなる。

 

突然、遥か遠方より音を超えた速度でやってきた侵入者。

相変わらずのペロロの仮面に、仕事用の服装セット。側から見れば戦闘員に見えないだろう彼は、しかし紛れもなくこの世界における最強格だ。

 

一瞬にして警戒網を飛び越して、中の警備兵から無力化していく。

 

「……!?て、敵襲ーーー!!!」

 

大きなサイレンが鳴り響く。侵入者の存在を知らせるそれは、見事に役目を果たし、全戦力のおおよそ半分ほどを九条カケルの元に集めることに成功する。彼を取り囲む兵士たち。

 

「……貴様一人か?」

 

「答える義理は無いな」

 

「いいやあるさ。この数に囲まれれば、どんな人間だろうと命の危機があるぞ……!」

 

だから情報を吐けと、そう詰め寄る兵士たち。

 

「……それはさあ」

 

だが、彼らはあまりにも甘くみすぎている。

 

「ダメージが通ればの話だろうが」

 

九条カケルという、あっち側に立つ才を持つ怪物のことを。

 

その異様な雰囲気に気圧され、兵士のうち何十人かが一斉に射撃をする。

だが、そんなものでは彼の防御は貫けない。

 

九条カケルの防御力の秘密……それはすなわち、上限なき呪力出力による限界までの肉体の強化。

彼は自身の持つ全呪力を肉体の強化に割いている。さらには、「他者に物理的な傷をつけない」という縛りで防御力を四倍ほど底上げしている。

 

だが、それも元の呪力強化が未熟であればあまり意味をなさない。今の彼の防御力は、その呪力出力ありきなのだ。

かつてその身の神秘全てと引き換えに得た、後天的な天与呪縛……それが現在の彼の強さの根底にある。

 

「……普段なら、多少は同情するところだが……今回ばかりはそうもいかない」

 

足場となってしまった兵士たち。それを踏みつけながら、九条カケルは静かに怒る。

 

「自分のした事を、苦痛をもって理解しろ」

 

彼の前に、すべての生物は道を開くしか無いのだ。

 

 

 

 

 

一方、アビドスの皆は……

 

「だいぶ兵士の数が少ないわね……」

 

「先生が向こうで引き付けてくれているおかげですね」

 

「ん。今のうちにさっさと進もう」

 

順調に、開かれた道を進んでいた。

九条カケルとは反対の方から攻め入る彼女たち。大多数の戦力は九条カケルに割かれているため、比較的安全に進むことができていた。

 

だが、それは外側の警備が薄めのところならではの話。目的の場所に近づけば近づくほど、当然その警備は堅くなっていく。

彼女たちも戦闘を頻繁にするようになり、それでも敵を蹴散らしながら進んだ時のことだった。

 

『……っ!前方に敵を発見しました!!距離は2km、もうすぐ接敵します!みなさん、対応の準備を……』

 

ドゴオォォン!!

 

どこからか、砲弾が飛んできた。L118、トリニティの牽引式榴弾砲によるもの。一体誰が……そう考えた瞬間、通信が入る。

 

『あ、あぅ……わ、私です……』

 

「6」と書かれたたい焼きの袋を被った、その圧倒的な威圧感。既にブラックマーケットでは伝説として知られている、あの集団を率いたリーダー。その名は……

 

「あっ、ヒフ──」

 

『ち、違います!私はヒフミではなく、ファウストです!』

 

ファウストだった。あの、覆面水着が趣味というイかれた癖を持つ女……

 

冗談はさておき、ヒフミは先生からの連絡を受けて、ここに馳せ参じていた。先生はアビドス三人+アヤネのサポートだけでは万が一があり得ると考えていたのだ。

連絡を受けたヒフミは、ティーパーティーの長の一人、桐藤ナギサと話し合いをして、今回ここに榴弾砲をいくつか持ってきていた。

最も、ファウストとして見るとトリニティとは全く関係ないため、トリニティから盗んできたように見えるのだが……またファウストの伝説が増えてしまった。

 

そして、先生が手配した保険はそれ以外にもある。

 

北方より、わずか三人で攻め入る者たちがいた。

 

「……はぁ」

 

ため息を吐く少女。

その姿はとても小さく、何も知らないものが見ればとても戦闘などできないように見えるだろう。

しかし侮ることなかれ、その実態はこのキヴォトスでも屈指の実力を誇る人である。

 

空崎ヒナ。ゲヘナの風紀委員長。その後ろには、部下である銀鏡イオリに、火宮チナツ。そしてサポートとして、天雨アコがついている。

 

彼女は思い出す。自身がここに来ることになるまでのことを……

 

ゲヘナの領地にて。何やら騒がしかったので、向かって見るとイオリに跪く先生がいたのだ。生徒のために跪く先生。初めて見たその姿に感銘を受けた彼女は、その頼み事を聞こうとしたのだが……イオリは、先生は跪いてるわけじゃないと言う。どういうことかと思い、よく見て見ると……

 

先生はイオリの足を舐めていた。

 

『!!!!???』

 

『待ってください!誤解なんです!!イオリが足を舐めろって言うから……』

 

『だからと言って本当に舐めるヤツがあるか!!』

 

……思い出さなくてよかったかもしれない。彼女はちょっと恥ずかしくなりつつ、首を振って気を取り直す。

 

「……先生がほとんど相手取ってくれてはいるけど、向こうも全力を投入している。油断はしないように」

「全軍止めるつもりで、行こう」

 

かくして、彼女たちも動き出していた。

 

多くの援護を受け、アビドスは走り続ける。

そしてついに──

 

『目標の座標地点に到着!』

 

先生より伝えられた、ホシノがいるはずの座標に到着した。

そこは、砂に埋もれた学校だった。

 

「ああ。ここは、本来のアビドス高等学校本館だ」

 

無機質な声が響く。声の方を向けば、そこに

 

「よくぞここまで来たものだ、アビドス対策委員会」

 

カイザーPMC理事がいた。その後ろには、現在動かせるだけの全戦力がいる。

 

理事は語る。かつて栄華を誇ったアビドス、その中心であるこの場所……ここに、ゲマトリアは実験室を建てることを要求したと。

そして、その場所に小鳥遊ホシノは幽閉されている。

 

「もしかしたら、すでに実験が始まっているかもしれないが……」

 

「その時はゲマトリア含め、お前ら全員殺してやるよ」

 

「!?なっ、貴様……」

 

「先生!」

 

睨み合う二組の前に、気づけば先生がいた。相変わらず傷はついているようには見えない。

 

「……貴様の元に送った兵士は……」

 

「全員地面とキスしてるよ。なかなか数が多くて手間取ったが、まあ所詮は有象無象だな」

 

「……バケモノめ」

 

憎々しげに呟く理事。このためだけに援軍も要請したというのに……!

 

「先生、お怪我は……」

 

「大丈夫だよ。それより、みんなはホシノを助けに行ってくれ」

 

仮面から覗くその瞳は、理事と、その後ろの軍勢だけを見つめている。

 

「ここは俺が──」

 

その瞬間、またしても爆発音。

 

爆発を起こしたのは、カイザーではない。アビドスでもなく、当然先生でもない。ならば、一体誰が……

 

「じゃーん!やっほ〜⭐︎」

 

元気な声で挨拶をする、ムツキ。

 

「……」

 

やれやれとでも言いたげな顔の、カヨコ。

 

「お、お邪魔します!」

 

ちゃんと挨拶ができるいい子な、ハルカ。

 

そしてなぜか黙ったまま悪そうな顔をしているアル。

 

便利屋68。ここに参上!

そして、このタイミングに登場ということはまさか……!?

 

アビドスから期待の目が寄せられる。ならば、それに応えないわけにはいかない!そう考えたアルは、まさに期待通りの発言をかます……!

 

「ここは私たちに任せて、先に行きなさい!!!」

 

表面上は、この程度余裕だから早く行きなさい。とでも言わんばかりの顔をしているアル。なお、内心は

 

(言っちゃったああぁぁぁーー!!!!)

 

と大焦りの模様。

 

「……いや、俺も手伝うよ」

 

「先生……!」

 

何となく察した先生より、救いの手が差し伸べられるが……アルは、その手を掴むことはなかった。

 

「……先生!あなたは、私を信じるんでしょう!?」

 

「!……いや、でも」

 

「大丈夫よ!きっと、あのピンクの子を助けるにはあなたの力も必要だわ!だから……」

 

「……あーもう!今度ラーメン奢るから、無事でいろよ!」

 

そう言って、彼とアビドスは駆け出していく。

 

「……い、勢いに任せちゃったけど、この後はどうしたら……!?攻撃!?いや、逃げ……!?」

 

「あはははは!面白くなってきたね、アルちゃん!あんなにかっこいい台詞言っちゃったら、もうやるしかないでしょ!」

「じゃっ、始めようかっっ!!!」

 

そして便利屋の戦いは始まった!

 

 


 

 

……便利屋め、俺の台詞を取っていきやがって……帰ってきたらかっこよかったと褒めまくってやる。

 

考えながら、ひたすらに進んでいく。ホシノは近い。もうちょっとだ……!

後一歩。それだけだ。だから……

 

「そこどけよ。カイザーの理事」

 

「……」

 

そっちは便利屋が止めたはずだろ。なんで来てんだよ。

大方、一部の奴らを囮にして逃げおおせたってところだろうが……

 

「最後の警告だ。どけ。さもなければ……」

 

「対策委員会……ずっとお前たちが目障りだった」

 

「あ?」

 

それから、そいつはただただ恨み言を吐き続ける。

 

「これまで、ありとあらゆる手段を講じてきた……それでもお前たちは、滅びかけの学校に最後まで残り、しつこく粘って、どうにか借金を返済しようとして!あれほど懲らしめたのに、徹底的に苦しめたのに、毎日毎日楽しそうに!!!お前たちのせいで、計画がっ!!!私の計画があぁぁっ!!!!」

 

……無様だな。

 

「みんなはホシノを助けに行って。このスクラップは俺が相手しておくよ」

 

「!でもっ、私たちも……!」

 

「頼むよ。今こうしている間にも、ホシノに何かあるかもしれない」

 

三人を見つめる。

 

「だから、頼む」

 

俺の言葉に三人は一瞬たじろいだが、その後ホシノが幽閉されているであろう建物に駆け出してくれた。

……これでいい。

 

「貴様、貴様もだっ先生!!!何なのだ!!何故私の邪魔をする!!??」

 

まだ何かごちゃごちゃとほざいている。とても耳障りだ。

 

「てめえが先に俺たちの邪魔をしたからだろうが」

 

「貴様は!!部外者のくせに!!何故黙って見ていられない!!??」

 

「……俺が、先生だからだよ」

 

「何を、何を言って……クソッ!もういい!!全員、こいつを攻撃しろおぉっっ!!!」

 

それから、たくさんの銃弾が俺に飛んできた。砲弾も、ミサイルも。色んなものが飛んできた。

その全てが俺に直撃する。

 

「……は、ははは。ハハハハハッ!馬鹿が!木っ端微塵になったか!」

 

「いーや。生憎無傷だよ」

 

「は、」

 

煙い。爆煙を手で払いながら、理事の前まで歩いていく。

 

「な、なん、何なんだ……貴様は、何なんだ……」

 

「言っただろう。先生だと……もしくは、そうだな。生徒を導く役割を持った、歯車とでも」

 

「そういう意味ではない……貴様は、何故、そこまで強い……」

 

「ああ、そういう意味ね。明確な答えはないけど、そうだな……」

 

少し考えて、答える。

 

「……祝福、とでも言っておこうか」

 

「は……?」

 

「得意だろ?相手の言葉の裏を考えることはさ……さて、お喋りは終わり。俺としてもあんま無駄な時間は過ごしたくない。ここで退くなら見逃してやるよ」

 

それとも、まだやるか?言外にそう問いかける。放たれた圧に、兵士たちは震え上がった。

 

「……クソッ……撤退する。全軍、帰還の準備をしろ」

 

「賢明なことで。それじゃ、二度とそのツラ見せるなよ」

 

俺の言葉に理事はピクッと反応したが、特に何かするでもなく去っていった。

 

さて、ホシノのことだ。先に行ったみんなを追いかけるように走っていく。

 

……でも、俺に顔を合わせる資格はあるのだろうか。きっと、あいつが提案を受け入れた大きな理由は、ユメ先輩が死んだことだ。

じゃあ、ユメ先輩を救えなかった俺は、あいつを追い詰めたと同義じゃないか。

 

いつのまにか足が止まっていた。

 

今までは、ホシノを助けるために他のことを考えてこなかった。だけど、今ホシノを助けられそうで、冷静に考えてしまう。

俺は、あいつを……

 

「あっいた!先生ー!」

 

セリカの声がした。見れば、みんなが……アヤネも、ホシノも含めて勢揃いしている。

 

「……助けられたんだな」

 

「はい!先生のおかげです!」

 

ノノミは……いや、みんな嬉しそうに笑っている。

そうだな、ホシノを助けられたんだ。お前らには笑う権利があるよ。

 

「ん、先生。例の台詞をホシノ先輩に」

 

「……?何の話?」

 

「先生が一番最初に言い出しましたよね!?ほら、あの……」

 

……ああ、あれのことか。でも、俺には……いや、今はとにかく言っておこう。この空気を壊すなんてごめんだからな。

 

「ホシノ……おかえり」

 

「うん……ただいま、先生」

 

そう言って、ホシノは笑った。

 

 


 

 

それからのことを話そう。

 

ホシノを助けた俺たちは、一度学校に戻った。

それから、色んなことを話した気がする。ホシノのこと、秘密のこと、これからのこと。それ以外にもたくさん。

 

だけど、詳しくは覚えていない。疲れていたからなのか、それとも自分の罪をずっと考えているからか。

ちゃんと覚えているのは、夕方あたりで、みんな疲れているから今日は解散しようってなったこと。

 

それからいつも通り寝泊まりしているホテルに戻って、何も考えたくない気分だったから軽くご飯食べて、シャワー浴びた後、すぐに寝て……

 

ふと、目が覚めた。

 

時刻を確認すれば、まだ深夜。まだ疲れているし、すぐに二度寝しようかと思ったのだが、目が覚めてしまったようで全然寝付けない。

仕方がないので起き上がり、少し外を散歩することにする。仕事の時に来ている一式ではなく、私服を着て、外へ出た。

 

アビドスは星がよく見える。

それは砂漠に近づけば近づくほど、よりハッキリと見える。いつかのとき、ユメ先輩とホシノと俺の三人で話した。

懐かしさに浸りながら、歩き続ける。先生として最初にアビドスに来た時は、景色は同じに見えたのに、今は全く違うように見える。

 

俺も、ずいぶん変わったものだな。

 

それでも、この場所を今でも愛していることに変わりはない。昔はホシノたちがいるから好きってだけだったけど、今は吹き付ける風も、砂の乾いた匂いも、人のいない静けさも、何もかもが愛おしい。

 

ホシノ、か。

 

あれからずっと考えている。全部俺のせいだと。ユメ先輩を救えなかったのは、俺の責任で。それで、きっとユメ先輩がいれば、ホシノは提案に乗らなかった。

……やっぱり、全部俺の責任なんだ。だからこそ、俺は先生としてあいつを幸せに……

 

幸せにできていたか?

 

俺が穴を埋められていたなら、引き留められていたはずだ。俺がホシノを救えていたなら、ちゃんと笑えていたはずだ。

だけれど、結局俺は何もできていない。俺は何をしているんだ。

 

……いや、それならそれで良いはずなんだ。後輩に囲まれて、あいつが幸せなら、それで良い。なら俺は何が引っ掛かっている?

ホシノの、助けられた後の、あの笑顔は……

 

「あれ、先生?」

 

声をかけられた。いつのまにか俺の顔が下を向いていたので、前を向く。

そこに、ホシノがいた。

 

「どうしたの?こんな時間に……」

 

「……なんか、寝れなくてな。そっちは?」

 

ホシノの隣に立ってみる。目の前には、砂漠が広がっていた。

ここは、確か……

 

「私は、今日あったことを伝えにきたんだ」

 

「……誰に?」

 

「私の、大切な人たち」

 

ここは、ユメ先輩が死んで、そして俺が行方不明になった砂漠か。

 

「なんて伝えにきたんだ?」

 

「まだ、そっちには行けそうにないよーって」

 

「……逝きたかったのか?」

 

「え?」

 

ホシノが驚いた顔でこちらを見てくる。

 

「何となく、そんな気がした」

 

「……先生はすごいね〜。何でもお見通しだ」

 

沈黙。風の吹く音が聞こえる。砂が、サァーと音を立てて削られていく。

 

「……あの時、先生にはわからないなんて言ってごめん」

 

「え?……あー、あの時の。いいよ。そこまで気にしてない」

 

ホシノが行ってしまう前日の夜。あれはきっとしょうがないことだった。部外者が勝手に口突っ込んだんだ。普通はあの反応されるよな。

 

「前は、先生のこと信じきれてなかったから……そんなこと言っちゃったけど。今なら、話せる気がするんだ。何で、私が黒服の提案を受けちゃったのか……聞いてくれる?」

 

「……ああ」

 

二人とも、目を合わせることはなく、ただ砂漠を見つめ続ける。

 

「……私ね、二年前、大切な人が二人いたんだ。梔子ユメっていう先輩と、九条カケルっていう同級生。私の、誰よりも何よりも大事だった人たち……だけどね。ある日、二人ともいなくなっちゃったんだ」

 

「……いなくなったっていうのは」

 

「死んじゃったんだ。ユメ先輩は死体も残っていたけれど、カケルは死体すら見つからなかった。でも、ユメ先輩の死体からそう遠くないところにあいつの銃が落ちてたから……」

 

……そうか、銃はあの時落としていたのか。

記憶が蘇る。立ち上る砂嵐。響く雷鳴。ユメ先輩の、最期の──

 

「それで……あの二人は、私の一番大事なもので、それを失っちゃって……だから、ユメ先輩のお墓を作った後、自殺しようとしたんだ」

 

「そうか……そんなに、ユメ……っていう子が大事だったんだな」

 

胸が苦しい。締め付けられるような、そんな感じがして、汗もかいている。

まともに顔を見ることもできず、ただ夜空を眺め続ける。そんな俺に、苦笑気味の声が届いた。

 

「それだけじゃないよ。カケルも……カケルの方が、大事だったかも」

 

「……」

 

思わず、声が出かけた。俺の方が、大事だった?

いや、百歩譲ってユメ先輩と同じくらい大事にされていたならまだわかる。だけど、俺の方が、大事だったなんて……

 

「私、実は昔はエリートとか呼ばれてたすごい人でさ〜、だから同年代の友達がいなかったんだよねえ」

 

そうは見えなかった。だって、あの時俺に声をかけてくれたお前は、輝いて見えて

 

「それで、ある時カケルと出会ったんだ」

 

 


 

 

アビドス生徒会に入ってからそれなりの時間が経った。

ユメ先輩は、どうしようもないくらいのお人好しで、だというのにとんでもない馬鹿で、毎日振り回されている。

 

今日も、無茶振りの一つに付き合わされていた。

 

『……二人だけって、何だか寂しいよね』

 

『……はい?』

 

『よし!ホシノちゃん!一緒に今いる生徒のみんなに、生徒会にならないか声掛けに行こう!』

 

『はあ!?ちょっと、何言って……』

 

『私は上級生たちの方回るから、ホシノちゃんは一年生の方お願いね!』

 

『待っ……!……あー、もう!』

 

あの人は何で自分が生徒会長になってしまったか理解していないのか?みんな生徒会なんてやりたくないから、押し付けられたのに……

それに、在校生も一桁まで減った今、生徒会に入るような物好きなんているわけない……そう頭ではわかっているのに、何で私は一年の教室を訪れているんだろう。

 

もう放課後なんだから、誰もいないに決まっている……そう思いながらも、扉を開いた。

 

夕焼けが教室に差し込んできている。橙色に染まる教室は、どこかもの悲しげな雰囲気がある。まるで過去に取り残されてしまったような、そんな悲しみ……その中に、一人の人影があった。

 

窓際の席。夕日が一番照らす場所。そこに彼は座っていて、ただ窓の外を眺めている。最初に思ったのは、夜空。青と黒が混じり合って……とても暗いのに、輝いている。それを髪に宿す少年がそこにいた。

そう言えば、キヴォトスでは珍しい男子生徒がいると入学直後話題になっていた。それも、遠いところからわざわざアビドスに来た変人だと。

 

扉の音に気づいたのか、彼がこちらを向いた。その瞳にも、夜空が宿っている。綺麗だなと、そう思ったけど……その瞳に何だか違和感を覚えた。

誰にも近付いてほしくなさそうで……でも、その奥に何か、ある。それは……

 

「……寂しそうですね」

 

気づけば言葉が漏れ出ていた。やってしまったと、言い終わってから気づく。急にそんなことを喋りかけられれば、普通は狼狽えて、こちらを警戒するだろう。そうなれば、生徒会の勧誘なんて……

 

「……寂しそう?」

 

「えっ?」

 

「今……俺のこと、寂しそうって言ったんですか?」

 

彼の瞳が揺らいでいる。

 

「は、はい……そう、言いましたけど……」

 

私の言葉を聞いた彼は、何かアクションを起こすこともなく、まだ私を見つめている。あんまり気分は良くないので、一度離れようとそう思った時、彼が俯いて

 

「……そっか」

 

そうポツリと、辛そうに、でもどこか救われたように呟いた。

それが、何故か私の心を揺らした。

 

「……少し、お話しませんか?」

 

「え?」

 

問いかけると、彼は呆然とした顔でこちらを見てくる。

 

「な……何で?」

 

「……それはいいですから、ほら。何か、昔のことでも話してください」

 

何でそんなことを言ったのか自分でもよくわからなかった。私は何をしているんだろうと思いながら、ただ彼の隣に座って、話をするのを待つ。

彼は最初は動揺して、躊躇していたが、そのうちポツポツと話し始めた。

 

彼は、生まれてからずっと孤独なのだと語った。親は物心ついた時にはおらず、何故自分が生きていたのかさえわからない。ただ、孤児院のような場所に入れられるまでは路地裏で食べ物を漁って生きていたという。

 

孤児院に入ってからも、彼は孤独だった。そのうち、自分はそういう生き物なのだと、彼はただただ寂しさを享受した。それはその後小学校に入っても、中学校に入っても同じだったと。

 

彼を理解する人はいなかった。彼に近づくものは皆、何かしらの打算があったか、その上っ面だけを見た人だった。

 

そのうち、彼は自分を理解する人などいないと閉じこもって……人と関わりたくないと考えた。だから、アビドスに来たのだと。

 

だけれど、その奥では今でも原点の願いが燻っていた。

 

ただ目の光を無くして、淡々と話す彼。それを見て、また言葉が勝手に出た。

 

「私と、友達になりませんか?」

 

だけれど、今度は何をやっているんだとは思わなかった。

 

「……同情ならいらないよ。俺はそういう星の元に生まれたってだけなんだよ。だから」

 

「同情なんかじゃない」

 

自分でも驚くほど、はっきりとした声が出た。

 

「あなたの話を聞いて、本当に友達になりたいって思ったんです。あなたのことを放っておけない……心の底から、そう思えた」

 

彼の目が、揺れて……そして、雫が落ちた。

夜空から漏れ出るそれは、さながら星のようだ。

 

「……なりたい、か……ははっ」

 

その時、彼は初めて笑った。

涙で頬を濡らしながらも、確かに笑ったんだ。

 

「……ずいぶん、物好きなんだな……」

 

「よく言われますよ……改めて、私と友達になってくれますか?」

 

そう言ってみれば、彼はより笑顔になってくれた。そして、答えてくれたんだ。

 

「……うん。よろしく、お願いします」

 

って。

 

それからしばらくして、彼も泣き止んだ頃。

 

「……私、小鳥遊ホシノって言います。あなたは?」

 

「……九条、カケル」

 

「九条カケル……月並みな言葉ですが、いい名前ですね」

 

「……はは……そっちこそ……」

 

それが、九条カケルとの出会いだった。

 

 


 

 

「……今にして思えばさ、あいつに声をかけたのはきっと、昔の私に重ねたんだろうなあって。独りぼっちで寂しかった、あの頃の私に。だから、あいつは私の特別だったんだと思う……」

 

……知らなかった。そんなことを思っててくれたなんて。

俺は……ホシノにとって、特別だったのか。

 

「……ちょっとお話が脱線しすぎちゃったかな……どこまで話したっけ?」

 

「……自殺しようとした、ってところまで」

 

「あー、そうだったそうだった……それで、みんないなくなっちゃったから、自殺しようとしたんだけど……できなかった。二人のことを考えると、どうしても。ユメ先輩が大切にしていたこの学校を放ってはおけなかったし……それにカケルの……言葉が、何度も頭の中で響いて……それで」

 

「……言葉……?」

 

「『幸せに生きて欲しい』って……昔、そう言われたんだ」

 

そういえば、そんなことを言ったような……正確には違った気がするが、思いは変わらない。そしてそれは今でも変わらなくて……

だけど、それなのに、俺はこいつから幸せを奪ったんだ。

 

「だからせめて、幸せに生きられたなーって思うまで頑張ることにしたんだ。それで、後輩ができて、先生も来てくれて……何となくアビドスがいい方向に向かってるのを最近感じ取れてさ。それで、ふと幸せだなって思えた」

「……だから、もういいかなって思っちゃったんだ。もう、二人のところに行きたいなって。だから黒服との取引に乗ったんだ。あれでアビドスは楽になるし、そのうち死ねるし……結局、騙されてたんだけどね」

 

「……っ、ホシノ」

 

思わず、情けない声が出た。やっぱり、全部俺のせいだ。

ホシノは俺の声に対して、「先生が罪悪感を覚える必要はないよ。しょうがないことだったからさ」と言う。

 

違う、違うんだよ。

何で気づいてやれなかったんだ、俺は。

 

孤独の寂しさも、侘しさも。誰よりも知っていたはずなのに。

 

「……結局、あの二人がいない私は本当の意味で幸せになんてなれない。今回でそうわかったよ。どれだけ最高の後輩に囲まれて、幸せだって思えるようになっても、ふとした瞬間みんなと笑い合っている最中に、あの二人がいないことを実感して、寂しくなっちゃって、辛くなっちゃう」

 

そう語るホシノは泣きそうな表情をしている。

 

「……本当に、情けない先輩だよ……」

 

……俺は、何をしているんだ。

 

ユメ先輩を救えず、その償いでホシノを幸せにすると決めた。なのに、何で俺はホシノを泣かせている。

いつかの時も、考えたけれど。俺は本当に馬鹿だ。気づけるはずのものを、気づけなくて……!

 

「……うへ、ごめんね。ちょっと浸り過ぎちゃったみたいだ……聞いてくれて──」

 

「ホシノ」

 

自分でも驚くぐらい、落ち着いた声だった。

 

「ごめんな。ユメ先輩を救えなくて」

 

ユメ先輩がいれば、きっと寂しくなかった。

 

「ごめんな。独りにしてしまって」

 

俺がいれば、寂しさを癒せたかもしれない。

 

「どれだけ謝ったって足りないから、だから、せめてもの贖罪として」

 

仮面を、外した。

 

「お前をもう一人にはしない」

 

何だか世界が広く感じる。どこまでも広がる夜空と砂漠。星々が瞬いているのが見える。

ホシノの顔も、よく見えた。

 

 


 

 

小鳥遊ホシノは、確かにその顔を覚えている。

その瞳を、覚えている。

 

まるで、今のこの空のように暗く、しかし青い光を持つ、夜空のような色。

かつては、髪にも宿っていたその色を、ホシノは鮮明に覚えている。

 

その人物を、ホシノは覚えている。

 

「カケ、ル?」

 

「ああ……その……久しぶり、ホシノ」

 

カケルの顔に、罪悪感が浮かんだ。

すごく気まずくて、それでも、そこに決意を感じられる、そんな表情。

 

……本当に何もかも違う。

髪色も、身長も、声も。ヘイローだって無いし、性格だって違ったように見えた。

だけれど、そこにいるのは、確かに

 

「……なん、で……なんで、いままで」

 

「お前を、過去に戻したくなかったんだ。九条カケルは過去の存在で、ホシノはそれを忘れて生きていくんだって……根拠もなく、そう確信していたんだ」

「……本当に、何でこんなことを……」

 

絞り出すかのような声。

 

「……寂しかったんだよ。辛かったんだよ……!」

 

「ホシノ……」

 

「ユメ先輩も、カケルもいなくなって、一人で全部背負うようになって、それで、その度に、何で二人がって……」

 

「……ごめん。本当に、ごめんな」

 

「何で……!生きてるなら、もっと……!」

 

ホシノが、カケルに抱きついた。

カケルは、一瞬それに驚いた表情をしたが、すぐに優しく抱きしめ返した。

 

「……バカ。カケルのバカ……」

 

「ああ、本当にそうだよ……俺が、バカなせいだ……」

 

ただ、抱きしめ合う。ホシノがカケルの胸に顔を埋めて、カケルがただそれを受け止める。

 

嗚咽があって、慟哭があった。けれども、静かな時間だった。

 

「……生きててくれて、よかった……!」

 

抱きしめる力がより強くなった。

抱きしめ返す力も、もっと強くなった。

 

それから、月と星が彼らを見守り続けて

 

「カケル……おかえり」

 

「ああ……ただいま」

 

そんな風に笑い合えたのを、ただ見てくれていた。

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