呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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13. いつか夢見た夜空

それからのことを話そう。

 

ホシノと、本当の意味で再会して、抱きしめあい続けて……そのうち正気に戻った俺たちは、夜も遅かったので一度お互いに家に帰った。

 

帰った後は、とりあえず寝て、そしたら気づけば朝になっていた。それからはいつも通り支度して、学校に向かう。

 

何かを考える気分にはなれなくて、ただぼんやりしながら歩いていると、たまたまホシノと出会った。

 

「「あっ……」」

 

二人の声が被る。何となく、気まずい雰囲気だ。今俺また仮面してるし。

でも、せっかくまた会えたんだ。ここで引いちゃダメだ……そう考えて、仮面を外す。

 

「……おはよ、ホシノ」

 

「!……おはよう、カケル!」

 

そう言うと、ホシノが俺の胸に飛び込んできた。咄嗟に受け止める。

 

「ホシノ?」

 

「……夢じゃなかった……!」

 

喜びを噛み締めたように、そう言うホシノ。それが俺も何となく嬉しくて、つい強く抱きしめてしまう。

そのまままた抱き合い続け……いや、今やるのは流石にまずいだろ。

 

誰かに見つかれば、有る事無い事言われるだろう。そう考えて、一度柔らかに突き放す。

ホシノの惜しむ声が聞こえたが……許してくれ。

 

「……ホシノも、今から学校?」

 

「うん……昨日、まだ話してないこととかたくさんあるし、もう少しみんなと話し合わないとね……」

 

「そうか、いやそりゃそうだよな」

 

何当たり前のこと聞いてるんだ俺は……少し、気が動転し過ぎている気がする……落ち着け……

 

「……それじゃ、一緒に行くか」

 

そう声をかけて、並んで歩き……なんか近くない?

普通並んで歩く時はお互いが触れ合わない程度の距離で並ぶと思うが、今はホシノがガッツリと俺の腕を掴んできている。

 

「ホシノ?」

 

「うん?どうしたの?」

 

「いや……やっぱやめた」

 

「え〜!?そこで止めないでよー……」

 

「愚問かと思ってな」

 

「?」

 

それから、しばらく黙って歩き続ける。アスファルトを叩く音がいつもより印象深く聞こえる。

 

「……その、何だ。生きていること黙ってて、ごめん」

 

このままなあなあにするわけにもいかない気がして、そう謝った。

 

「……いいよ。最初、生きてるってわかった時は、色々思ったけどさ……カケルが隣にいてくれるなら、全部許せるよ」

 

柔らかな微笑み。本心からそう思えている、久しぶりに見たそれ。幸せそうに笑う彼女に、心の底から嬉しさが出てくる。

が、同時に俺はもう一つ、重大な問題と向き合わなければいけない。

 

「……実は……本当に、申し訳ないんですけど……そのぉ……」

 

「……カケル?」

 

「色々と言って、めちゃくちゃに掻き回しといて、こんな事言えば本気で殴られても文句言えないんだけど……」

 

「どういうこと?まだ、何か問題があるの?」

 

「……実は──」

 

 


 

 

その日、黒見セリカは久しぶりに晴れやかな気持ちで登校していた。

 

理由は当然、ホシノを救えたことにある。それに加えて借金関連も、カイザーの悪事が色々バレたことで、少し楽になりそうなのだ。

まさに人生で最高と言って差し支えない朝。ルンルン気分で学校までの道を歩く。

 

そのうち、気づけば学校に到着していたので、いつも通りにいつもの教室に入る。本当にいつも、毎日やっていることだが、今の彼女にはそれすら新鮮に思えた。

 

そのままの、浮かれた気分で扉を開く。

 

「おはよ──!?」

 

刹那、彼女の目に入ってきたものとは……!?

 

「……ど、どういう状況?」

 

「あー……その。おはよう、セリカ」

 

椅子にぐるぐる巻きにされて縛り付けられている誰かの姿だった。

 

「……え?本当に、どういう状況?」

 

「いやあ……はは」

 

「目が笑ってない……というか、もしかして……先生?」

 

最初彼女は、不審者が入ってきて、だから拘束されているのかと考えた。なぜ目の前の男が不審者かと思ったか。それは彼の顔をセリカは知らなかったからだ。

だが、その声に、髪色。それから雰囲気とかを総合すると……目の前の男は、先生ということになる。

 

「いや、だとしてもどういう状況よ!?どこから突っ込んだらいいの!?」

 

「セリカちゃん、おはよー」

 

「あれ、ホシノ先輩?というか、みんないる……?」

 

目の前を縛られる先生に気を取られて気づかなかったが、よく見るとアビドス対策委員会が全員揃っていた。

 

「それじゃあ、みんな揃ったことだし……どうやってカケルをアビドスに留めるかの会議を始めるよー」

 

ホシノが、そう号令して、それにみんなが応えるのを見て……

 

「だから!!どういう状況よーーー!!??」

 

セリカの渾身の怒りが炸裂した。

 

さて、では何故こうなったのか振り返ってみよう。

 

ことの始まりは、カケルがホシノに話したことだった。要約すると、そろそろシャーレに戻らなければいけないとホシノに話したのだ。

シャーレの先生というのは、公平かつ中立的に生徒に寄り添わなければならない。そのためどこかに肩入れをしすぎるということは基本あってはならないのだ。

 

また、彼が最も懸念していたのはシャーレの仕事が溜まりまくっているのではないかということ。アビドスの一件が落ち着いたのもあって、ここらで一度引いた方がいいと彼は考えた。

 

だが、それをホシノが許すかは別のお話で……

 

ホシノは、最初は何でもないかのように振る舞っていたが、その内心では感情が噴火した火山のように暴れ狂っていた。それを顔色一つ変えずに制御した彼女はなかなかイカれている。

 

最初こそ、表面的には「そっか……なら、仕方ないなあ」なんて振る舞っていたが、その頭の中ではカケルをアビドスから出さないための計画を立てていた。そして学校に到着して、カケルがいつもの教室の扉を開けたところで、彼女は後方よりかなりの力でカケルの頭部を殴った。

 

カケルはその防御力ゆえにダメージこそ受けないが、衝撃まで受けないというわけではない。突然ぶん殴られた彼は、脳震盪が発生。一時的にその力がだいぶ弱まった。その隙をついてホシノはどこからか取り出したテープでカケルを捕縛。そして現在に至る。

 

「……いやいやいや!現在に至る。じゃないわよ!!確かに先生がいなくなるのは寂しいけど……でも、先生にだって仕事があるのよ!?」

 

「……私も、カケルじゃなかったらこんなことしないよ」

 

「……ど、どういう意味……?」

 

今の説明には欠けている部分がある。それは、何故この状況を対策委員会のみんなが容認しているのかということだ。

 

答えは単純(シンプル)、カケルとホシノの話を聞いたからである。

ホシノの最も大事だった、死んだ同級生が実は生きてて今まで正体を隠していた挙句、昨日正体を明かしてそのくせすぐにトンズラしようとしている。この話を聞いて、カケルを非難しない人はあんまりいないだろう。事情があるにしろ、いくら何でもひどすぎる。

 

「で、それを俺も自覚しているんで、今大人しく縛られてるってワケ」

 

「ってワケ。じゃないでしょ……何というか……えぇ……」

 

「やめて……ガチで引かないで……」

 

さっきまでは先生擁護派だったセリカも流石に手のひらを返した。先生、人の心とかないんか?

 

「そういうわけで、どうにかカケルをアビドスから出したくないんだけど、何かいい案がある人はいるかなー?」

 

「はーい⭐︎」

 

「お、じゃあノノミちゃん」

 

「先生に仕事を出してるのって、確か連邦生徒会ですよね?だったら、少しお話をして先生がアビドスで仕事できるようにしませんか?」

 

「ノノミちゃんは天才だねー。採用で」

 

「待て待て落ち着け二人とも」

 

なんかすでに会議が始まっている。ノノミとホシノはかなり乗り気だ。アヤネは遠くからどうしようどうしようと慌てている。普通に考えればダメだけれど、ホシノの気持ちを考えると彼女としては無闇に否定するわけにもいかないのだ。

 

そして、シロコとセリカは一度傍観の姿勢を取って……おや、シロコが何やら紙を取り出した。

 

「ん。これは連邦生徒会に攻め入ることを想定した地図」

 

「わあ⭐︎これなら問題なくお話ができますね!」

 

「シロコちゃんも天才だねー」

 

「シロコ先輩!!??」

 

とんでもないものを取り出したシロコ。思わず止めに入るセリカ!

 

「え、え!?本当に連邦生徒会に攻め込むつもりなの!?」

 

「ホシノ先輩を助けられた私たちに、不可能はない」

 

「不可能とかそういう話じゃなくて、それはダメでしょ!?」

 

「シロコ先輩、本当にお話しするだけならまだしも、連邦生徒会と戦うのはどう考えてもやるべきじゃないです!」

 

アヤネからもフォローが入る。後輩二人からの必死の説得に、渋々紙を戻すシロコ。

 

「というか、何でそんなもの持ってるのよ!?」

 

「私は準備を怠らない」

 

「何の準備!!??」

 

一年二人とシロコがコントを繰り広げる一方、カケルとホシノとノノミは……

 

「ね、カケル」

 

「はい」

 

「もう一人にはしないんだよね」

 

「はい」

 

「これからずっと、私のそばにいてくれるんだよね」

 

「……そこまでは」

 

「カケル」

 

「はい」

 

縛り付けられたままのカケルの真正面に立ち、目と目を合わせ、その頬を手でなぞるホシノ。状況が異なれば甘い雰囲気なのだろうが、カケルの顔が青ざめていることや、ホシノの瞳に光がないこともあり、何だか恐ろしい雰囲気だ。

 

そしてそれを後方からニコニコと眺めるノノミ。なお何故かその手にはミニガンが握られている。カケルが強いことはもはやアビドスでは周知の事実なのだ。

 

ホシノはさらに近づいたかと思うと、カケルの膝の上に座る。その手は彼の肩を掴んで離さず、互いの顔に吐息がかかる。

 

「……私さ、本当にカケルのことが大事なんだよね」

 

「理解しています……」

 

「別に、カケルが離れるのは最悪いいんだよ。離れていても、カケルを感じる手段なんてたくさんあるし」

 

何それ怖い。カケルはそう思ったが、口には出さなかった。

 

「だから、私が一番怖いのは……カケルが、私の知らない場所で傷つくこと」

 

「……俺は、そう簡単には死なないけど」

 

「みんなその時まではそう思ってるって、知ったからさ」

 

「……」

 

彼はそれに反論できない。死というものは突然やってくる。あの日そう実感したのは、二人とも同じだった。

 

「もしも……本当にカケルがいなくなったら、その時は……」

 

ホシノが目を伏せた。

 

同じ悪いことが起きても、それが起きる前に何があったかで、感じ方はとても変わる。

ホシノは今光を見ている。深い闇から出て、久しぶりに見たそれは、とても眩しくて、素晴らしいものに見えるだろう。

だからこそ、光を見た後闇がただ暗く見えるように、今の彼女に闇は耐えられない。

 

「……ごめんな、ホシノ。それでも、俺は行かなくちゃいけないんだ」

 

「っ……何で、どうして……っ!」

 

「やらなくちゃいけないことがある」

 

「……それは、前言ってた……先生のため?」

 

「ああ」

 

「何で、そこまで……」

 

どうして、そこまでの使命感があるの?そんなに、その先生はあなたの大事な人だったの?そう聞こうとして、再び目を合わせて

 

その奥に星を見た。夜空の闇を彩る青を、彼女は見た。

 

「それが、俺のしなきゃいけないことなんだ」

 

ただ、その光が──

 

「……どうしても、行くの?」

 

「ああ。ごめんな。結局俺は……」

 

「なら、約束して」

 

──彼女の心を、どうしようもなく焦がしていく。

 

「絶対、いなくならないでね」

 

「……ああ。絶対だ」

 

それは果たして、呪いだったのだろうか。

 

 


 

 

……そういうわけで、お許しをいただきまして、俺はシャーレに帰れることになりました。

 

ホシノにはすごい迷惑かけたし、何ならこれからもかけるしで頭が本当に上がりません。

 

というわけで、できる限りで要望を叶えるとホシノに伝えた結果、俺がシャーレに帰るまでの間、ホシノとアビドスを回ることとなった。

 

「じゃあ、最初はどこ行くんだ?」

 

「うーん、そうだなあ……やっぱり、柴関ラーメンからじゃない?」

 

「わかった」

 

そういうわけで、俺たちはまず柴関ラーメンに向かうこととなった。

 

便利屋に爆破されてしまった柴関ラーメンのお店だったが、便利屋から弁償として約一億円が支払われており、そのお金を使って屋台で再び営業を始めたらしい。

 

俺としても、あそこのラーメンはまさに地元の味。失われるのはかなり悲しかったので、本当に嬉しい。

 

「こんにちはー」

 

「その声は、アビドスさんとこの先生……」

 

「はい……その、お久しぶりです」

 

ちなみに今俺はホシノの要望により仮面を外している。果たして、大将は九条カケルを覚えてくれてるのか……

 

「……あんちゃん、まさか……二年前、よく来てた」

 

「!……はい!九条カケルです。お久しぶりです、大将」

 

「ホシノちゃんから死んだと聞かされてたが……まさか、生きていたとは」

 

「ね。本当にそうだよ。きっかけがなかったら言わないつもりだったよね?」

 

「はい……本当に反省しています」

 

「……今ここに居てくれるから、いいけどさ」

 

本当に申し訳ありません……と、本日何度目かのガチ謝罪をして、屋台の席に座る。

 

「……そうかそうか。生きていたか……!」

 

「……大将?」

 

「あんたと、ユメちゃんだったか。二人がいなくなってから、ホシノちゃん酷く寂しそうでなあ……でも、あんたが生きててくれて、本当によかった」

 

「本当に、寂しかったよ……」

 

「はい。本当に申し訳ございません」

 

何回謝っても足りない。本っ当に申し訳ない。俺は道端のゲロ以下のクズです……

 

「にしても、ホシノちゃんの尻に敷かれちまってまあ……」

 

「俺が黙ってたのが悪いんで……ここの会計も俺が持ちます」

 

「……いや、その必要はねえよ」

 

大将はそう言うと、いつの間に作ってたのか、俺たちの前にそれぞれラーメンを置く。しかも……二年前、お気に入りで頼んでたトッピングの……

 

「生きててくれた記念だ、金はいらねえよ。遠慮なく、再会を祝って食おうじゃないか」

 

「大将……!」

 

「……うへ、本当にいい人だ……いいんですか?」

 

「そりゃもちろんさ!」

 

そういうことで、大将様のご厚意により、美味しいラーメンをいただきました。本当に感謝しかありません。

 

「大将!ありがとうございました!」

 

「いいってことよ!また来てな!」

 

そうして、人の優しさに触れた俺たちは、次の場所へと向かう……

 

「……ここは」

 

……アビドスには校舎がいくつかある。俺たちが今使ってるのは、あくまで別館であって、真の本校舎は別にある。二年前は一時期そこを使っていたのだが、砂漠化がひどくなったということで別館に学校の機能を移していたのだ。

 

ここは、かつて俺たちの校舎だった場所……アビドスの、本校舎跡地。

 

「……何だか、色々と思い出が蘇るねえ」

 

「ああ……本当に、懐かしい」

 

ふと空を見上げれば、ただ青空が広がっている。

あの頃も、こんな綺麗な青空だったかな?覚えていない。あの頃は、空の青さえ霞むほどの青い春だったから。

 

「……それで、何でこんなところに。思い出に浸るだけじゃないんだろ?」

 

「うん……こっち」

 

ホシノに導かれるままついていく。その先にあったのは

 

「……そうか……ここに、作ったのか」

 

「うん……先輩が、一番長く過ごした校舎だから」

 

ユメ先輩のお墓だった。

 

「……ユメ先輩。見てますか?そっちにいったと思ってたバカが……ようやく、帰ってきました。先輩も、きっと焦ってたでしょうけど……もう大丈夫です」

 

お線香をあげて、語りかけるホシノ。ホシノが語り終わったなら、俺の番だ。

 

「……お久しぶりです。ユメ先輩。一瞬、そっち行きかけたこともありましたけど……何とか、戻ってこれました」

 

……どれだけ、迷惑をかけただろうか。どれだけ、悲しませただろうか。

 

「あなたを守れなかったことは……今でも、俺の心の傷です。俺がもっと、もっと……」

 

言葉が、詰まってしまう。

……俺が、ここですべきことは、果たして懺悔なのだろうか。ユメ先輩を、喜ばせるなら……

 

「……これからは、贖罪の意味も込めて、できる限りホシノの隣で生きていきます。今は、使命があるからずっと隣にはいられないけれど……それでも、次そっちいく時は、ホシノと一緒です」

 

だからどうか

 

「だから、心配しないでください。俺たちは、前に進んでいきます」

 

手を合わせて、祈る。

 

どうか、あなたの心残りが、少しでも軽くなりますように。

 

「……ホシノ」

 

「何?」

 

「連れてきてくれて、ありがとう」

 

「……いいよ。きっと、私の自己満足だから」

 

黙ったまま、お墓からの帰り道を歩く。

 

「……ねえ、カケル」

 

「ん……どうした」

 

「その……さっきの。できる限り私の隣で生きていくって、それって──」

 

ホシノの言葉を最後まで聞こうとした時、俺の電話が鳴った。

 

目で出ていいかと聞くと、頷いたので電話に出る。

 

「はい、もしもし……」

 

『先生。今どこに?』

 

おわあ。リンちゃんだ。ヤバいかも。

 

「アビドスに……」

 

『アビドス?何でそんな場所……いえ、でしたらすぐに帰ってきてください。お仕事が大量に溜まっています』

 

「……わかった。ただ、ちょっとだけ遅れるかも……」

 

『少しぐらいであれば、許容範囲ですが……できるかぎり、今日の夜までにはお帰りください』

 

「はーい。それじゃあ、失礼します」

 

電話を切る。

 

「……悪い。帰らないと」

 

「……うん。わかってる」

 

「ごめん。けど、また会いにいくから……」

 

「カケル」

 

ホシノは、無理して笑ってみせた。

 

「お別れの言葉は、まだ早いよ」

 

「……そうだな」

 

今はただ、ホシノと一緒に。

 

多分、最後になる場所。選ばれたのは……

 

「いやー……あんまり屋上なんて来ないから、ちょっとテンション上がっちゃうなあ」

 

いつもの学校。その屋上だった。

 

「ほら、見てよカケル。ここからなら、砂漠も、都市も。どこまでも見えるよ」

 

「ああ……知ってる。何回か、一緒に来たじゃん」

 

「うへ、流石に覚えてたか」

 

「一度たりとも、忘れたことはないさ」

 

「本当かなあ」

 

屋上の柵に肘を乗せ、体重をかける。隣にホシノも並んだ。

 

遠くから吹く風が心地いい。砂もそれなりに運ばれてくるが、それさえも許せるような、穏やかな気分だ。

 

「……カケル」

 

「どうした」

 

「カケルは、ユメ先輩の最期に立ち会ったんだよね」

 

「ああ」

 

「先輩は……何か、最期に言ってた?」

 

ああ、思い出す。

 

吹き荒ぶ砂嵐。ゴロゴロという雷鳴。そして、ユメ先輩の、最期の──

 

『ごめんね──』

 

……いつのまにか、目を閉じていた。

 

「……ごめんね。ってそう言った。それも、どこか笑いながら」

 

「……そっか。辛いこと思い出させて、ごめん」

 

「いや、いいんだ……いいんだよ」

 

沈黙。風の音と、砂の音。

 

「ホシノ」

 

「……なあに?」

 

「俺たち、やっぱり似たもの同士だったかな」

 

「……うん。絶対にね」

 

それからは、ただ何も話さず。もしくは、言葉以外で意思疎通してたのかも。

 

とにかく、俺たちは無言のまま、夕日が来るまで並んでた。

 

 


 

 

「……それじゃあ、一度お別れだな」

 

夕日も沈みかけ、夜が照らす学校前。みんなとお別れをする。

 

「でも、永遠の別れじゃない。俺はお前ら(対策委員会)の一員だからな。困ったことがあれば、いつでも駆けつける」

 

「ホシノ先輩がぐずる時は……」

 

「シロコちゃん?ぐずるって何かな?私、子供じゃないんだけど……」

 

「ホシノがぐずった時は、俺に連絡してくれ。どうにかする」

 

「カケル???」

 

少し笑いが起きるが、すぐに静かになった。

 

「……これは、先生からじゃなくて、九条カケルからの言葉なんだけど……」

 

一度、目を閉じる。そして開いた。

 

「ありがとう。ホシノのそばにいてくれて。お前らがいたから、ホシノは今ここにいる。これからも、一緒にいてやってくれ」

 

「……もちろんです!」「当然よ!」「ん、ずっと一緒」「はいっ、ずーっと一緒です!」

 

「うへ!?な、なんか恥ずかしいなあ……」

 

後輩たちの元気な返事に、どこか赤らめた頬を掻くホシノ。

 

「それから、ホシノ」

 

「……うん」

 

「改めて、今までごめん。俺がお前にしたことは、全部許されていいものじゃない」

 

「……」

 

「だから、その罪は……お前の隣で、償っていく」

 

「カケル……」

 

「月並みな言葉だけどさ……離れていても、心はホシノのそばにあると誓うよ」

 

全部、俺のせいだ。ホシノを闇に落としたのは、間違いなく俺だ。だから、一生かけてお前に償うよ。

 

「……ははっ、逃げようとしておいて、よく言うね……」

 

「……それは──」

 

「いいよ」

 

また、目と目が合った。

 

「それは、きっとカケルが、カケルであるために必要なことなんでしょ?なら、大丈夫。気にしなくていい。私はそんなカケルだから、一番大事なんだよ」

 

そう、笑ってくれた。

 

「──ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

いつしか夕日は沈み込み、ただ夜空が広がっていた。

 

そうして、俺の、先生の最初の大仕事は終わった。

まあ、こんな別れ方したのに、後日ホシノはすぐにシャーレに来ちゃうんだけど…。

 

それはまた、次のお話で。




アビドス1&2章、完!

この後は幕間を三話投稿して、それからパヴァーヌ1章です。
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