また新しい一日がやってきた。
いつも通り徹夜した俺はそのまま仕事をし続けていた。特に朝ごはんとかも食べず、淡々と仕事をしていた。
そのうち、今日はホシノがやってくる日ということで、ホシノが来た。ちなみに当然仮面は外している。
「ふあぁ……おはよー」
「おはよ。先週より一時間ぐらい早いけど?」
「たまにはそういう日もあるよね……」
で、それじゃ仕事を手伝ってもらうかと、整理した書類を持ってホシノに近づいたところで……
「おはよう、カケル先生。今日も……あら?」
「ん?……あれ、ゲヘナの……」
「おはよ、ヒナ。一旦ソファで待っててくれるか」
ヒナがやって来た。あの日以来、時折こうして来てくれるようになったのだ。そしてその度にコーヒーを一緒に飲んだり、最近はゲームとかもしたりしている。
ただ、こうして仕事があって構えない日もあるわけで……その時はヒナも手伝おうとしてくれるんだけど、毎回丁寧に断ってる。そしてできる限り早く締切が今日までの仕事を終わらせて、ヒナと休憩している。
「よし、じゃあ……」
「カケル?あの子が来ていることに説明が欲しいんだけど」
「ん?先日、ちょっとした縁があってな。その時から、時々うちに来る仲になった」
「へぇ……頻度は?」
「まちまち。連続で来てくれる日もあれば、二週間開くことも。ヒナは忙しいからねえ」
「ふーん、そっかあ……カケル、ごめんね。ちょっとあの子とお話ししてきてもいいかな?」
「?まあいいけど」
どうしたんだろ。もしかして仲良くなりたいとかかな。ホシノとヒナって何か似てる気がするし、仲良くなれそうだよね。
ソファでちょこんと可愛く座るヒナに、ホシノが近づいていく。
「久しぶりだね。ゲヘナの風紀委員長ちゃん?」
「空崎ヒナよ。小鳥遊ホシノ」
「あれ、そうだったっけ?じゃあせっかくだしヒナちゃんって呼ばせてもらおうかな?」
「好きに呼ぶといいわ」
おー、一気に名前呼びしてる。距離の詰め方がすごいね。
ちなみに俺は生徒のことを名前で呼ぶが、これはそう教えられたからである。普通は名字+さん付けか、名字だけだと思うんだけど……先生から「名前呼びしないと命の危機がある」とまで言われてはねえ。
「それじゃあさ、ヒナちゃん。今日は私がカケルと仕事する日だから……悪いけど、出て行ってもらえるかな?」
なんか空気変わったな。
笑顔のまま鋭い眼光でヒナを睨みつけるホシノ。でもヒナは怯む様子はない。
「どういう理屈かしら?」
「いやさ、見ればわかると思うけど今日のカケルの仕事っていっぱいあるんだよねぇ……終わるまで時間かかりそうだし、その間暇でしょ?」
「私は大丈夫よ。カケル先生と一緒の空間にいられるだけで幸せだもの」
「へえ。なかなかやるね」
何が?
「……あなたは、カケル先生のことを名前呼びしているけれど……一体どういう関係なのかしら?」
「そんな大したものじゃないよー。ただ同じ学校の生徒だっただけでさ……まあ、一緒に生徒会に入ってたりもしたんだけどね」
「っ……」
妙だな。見た目は可愛い少女が穏やかに話し合ってるだけなのに、何故か虎が争い合ってるように見える。虎はネコ科だし、キャットファイトと言えなくもないな。やかましい。
「二人とも、一度落ち着いて。何がそんなに気に食わないのか知らないけど、あんまり喧嘩しないの」
「ごめんねー」「ごめんなさい」
謝るタイミングは完璧なんだけどなあ。あっまた睨み合ってる。
「ほら、ホシノは仕事さっさと手伝ってくれ」
「はーい」
「……先生」
「はいはい先生ですけど」
「私も、カケル先生のこと……名前呼び、しても……いいかしら?」
え、可愛い。上目遣い可愛すぎる。びっくりした。
「うーん……二人きりの時なら」
「やった」
小さくガッツポーズするヒナ。この子何しても可愛いぞ。
「……」
「ホシノ。後ろから睨みつけてるの分かるからな」
「うへ、カケルは私のこと何でも分かってるねえ……流石は"二年前"からの仲なだけあるよ」
急に二年前を強調してどうしたんだお前。
「ところで先生、何で小鳥遊ホシノだけには仕事を手伝わせているの?」
「え?」
何だか不服そうな顔のヒナ。そんな顔もできるようになって……!俺は嬉しいけどこの状況は何かまずい気がする。
「私はカケルの"友達"だからね。先生と生徒じゃないから、特別に手伝ってもいいんだよ。ね、カケル?」
「まあ、そういうわけなんだけど」
「……私も」
「ダメだよヒナちゃん。お客様に仕事を手伝わせるわけにはいかないよー」
「……」
何か雰囲気がヤバい。一体何が起きたというんだ……あれか?このままだとヒナだけ仲間外れになるのがダメなのか?
「……ヒナ。仕事を手伝わせることはできないけどさ……その、一緒に見るだけなら……?」
「仕事を見るって何?」
ホシノからど正論が入ったが、一度無視するものとする。
「……うん、見る」
「よし、じゃあこっち来ようか」
「……まあ、見るだけだし」
何やらホシノがボソッと呟いた。なんて言ったんですか?
それから机の前まで三人で戻り、俺とホシノはオフィスチェアに座り、ヒナは……どうしよ。
「俺の膝の上でいいか。おいで」
「!わかった……!」
「カケル?」
ぽすん、とヒナが膝の上に乗ったので、改めて仕事を始めることにする。さて、まずは「カケル」
「ん?どうしたホシノ?」
「どういう了見かな?」
「何が?」
何やら鬼の形相のホシノ。何で?
「別に膝の上に乗せる必要はないよね?」
「え、でもこっちの方がヒナも幸せそうだよ?」
「せんせぇ……」
また甘えん坊モードになってる。こうなるとめっちゃ抱きついてくるし、めっちゃ俺の胸に頭を擦り付けてくる。可愛いね。
「……」
「待てホシノ。なんで銃を取り出す」
「そいつをこ……退かすだけだよ」
「今殺すって言おうとしたかお前。流石にライン越えだぞ」
「だって……」
ホシノの目はヒナをずーっと見つめてる。
……もしかして。
「何、うらやましいの?」
「……私もカケルにくっ付きたい」
観念したようにそう言うホシノ。
うーん。どうしよう。ホシノのお願いを無視したくはないが……かと言ってヒナを退かすのもなあ……
「……はあ、しょうがない。今日は仕事やめて、一緒にゴロゴロしよう」
「え、でも」
「いいの。仕事よりもお前らの方が優先。ヒナ、歩ける?」
「だめ……」
「おっけー。じゃあ連れてくよ」
コアラみたいに俺に抱きついてしまったヒナを、落ちないように抱きながら連れて行く。
その後ろをホシノがついてきてるが……視線が痛いな。スリップダメージってやつだねははは。は?
ソファに俺が腰掛けると、その右隣に距離0cmでホシノが座った。その際右腕を体で拘束されたのでもう俺は動けないな。
「で、何する気なの?」
「うーん。お昼寝?」
「まだ朝だけど……」
現在時刻は驚異の午前六時。こんな時間に仕事してた俺も、シャーレを訪れた二人もどっちもイカれてるね。
「とは言っても、ヒナがこの有様だしなあ」
「せんせいのいいにおい……」
今も胸に頭を擦り付けてくるヒナ。こうなると毎回匂いを嗅ぎ始めるんだけど、なんでなんだ。
「……カケル、ちょっと頭貸して」
「この流れで"頭貸して"は何するつもりだよ」
「いや、ちょっと吸うだけだよ?」
「吸う???」
吸うって……え、吸う???
その言葉の真意を聞く前に、ホシノが俺の頭に顔を埋めた。何してる???
「すぅーーー……」
「あの、ホシノさん。流石に恥ずかしいです」
「…………」
「いつまで吸ってるんだよ。肺活量どうなってんの?」
そのうち、満足したのかホシノが顔を離し、俺と目を合わせると……
「すっごくよかった」
「二度と俺のことキモいとか言うなよお前」
大真面目な顔でそう言うのだった。控えめに言ってキモすぎるよ。擁護できません。
「……私も先生の頭吸う……」
「ヒナ???」
「じゃあ次は私が胸か……」
「……もういいや。好きにしろ」
というか、ヒナはこれもう正気に戻ってるでしょ。さっきと言葉のふわふわ感が全然違う。
二人が場所を交代し、ホシノが俺の正面。ヒナが俺の頭に登ってそれぞれ息を吸ってる。もう慣れた。
だが、どうやらお気に召さなかったらしい。二人が不満そうな声で、一言。
「邪魔者の匂いもするな……」「知らない匂いもする……」
あっヤバいこれ。
「二人とも──」
落ち着け、と言う前に二人がそれぞれ銃を構えた。お前らどこからそれを取り出した。
「ヒナちゃん。悪いんだけどさ……邪魔だから、どこかに行ってくれるかな?」
「私だって、譲れない時はあるわ」
「二人とも落ち着け!一度銃を下ろせ!」
こんな場所で戦闘を始められたらたまったもんじゃ無い。俺が全力で叫ぶと、二人とも渋々といった様子で銃を下ろした。
「とりあえず、二人ともここにいる間は銃没収な」
「えー。突然誰かが襲撃してきたらどうするの?」
「いや無いだろ。仮にあったとしても、その時は俺がお前らを守るだけだよ。だから速やかに渡してくれ」
「……しょうがないなあ。はい、どうぞ」
ホシノの銃を預かる。
「ん。ヒナも」
「……分かったわ」
ヒナの銃も……いや改めて見るとデッカ。ヒナの身長ぐらいあるんだけど。本当にこれをどこにしまってたんだ。
「はい。それじゃあ仲良くしてね」
「「……」」
「睨み合わないの」
はあ。どうしようかな、これ。
なぜか仲が悪い二人を仲良くさせたい……でもそんな都合のいい方法なんて……あるかも。
この前やったゲームで、主人公と犬猿の仲のライバルが共闘するシーンがあった。確かあの時は……強大な敵を前に、一時共闘したんだったか。
つまりは俺自身が強大な敵となればいい。格ゲーならモモイが「先生が怪物になっちゃった……」と言うほどの腕前はあるし、いい感じにやれるだろう。
「よし決めた。ゲームしようか」
そう言って一度立ち上が……立ち、立ち上が……
「立たせて?」
「嫌だけど……?」
「……」
ホシノに右腕をガッツリ押さえつけられ、ヒナに体全体をロックされている。すごい全く動けないぞ。
「立たせてー」
「嫌だってー」「……」
あ、ヒナは渋々といった感じに離れてくれた。後はホシノだけだな。
「ホシノ、立たせて」
「無理。もうカケルはこのまま私とごろごろするしか道はないよー?」
「……私もいるけれど」
「あーごめんごめん。存在感無くて忘れてたよ」
「……ホシノ、いい加減にしろ。お前いくら何でもヒナに態度が悪すぎる」
流石に目に余るな。そう思って注意する。
「……だって……」
「相性が悪い人同士もいるのは知っているが、お前はそれ以前の問題だ。歩み寄るどころか突き放しまくってる。せめて少しぐらい話し合うとかそういうのを──泣いてる!?」
気づくとホシノが泣いていた。ちょっと強く言いすぎたか?
「……ご、ごめん……わた、私が悪かったから……嫌わないで……」
「俺がお前を嫌うわけないでしょ……?」
「……本当?」
「当たり前だろ。昔から一度も嫌ったことはないよ……ヒナ、悪いんだけど」
「ハンカチなら持ってるわ」
「本当にありがとう!後で洗って返す!」
ということでヒナから借りたハンカチでホシノの涙を拭く。
「……ごめん……」
「謝るなら俺じゃなくてヒナにな。ああもう、そんな泣くなよ……」
「だって、カケルに嫌われ、たくない……」
「だから俺がお前を嫌うわけないって」
……よし、ようやく泣き止んできたな。
「ほら、ヒナにちゃんと謝りな?」
「うん……」
流れる涙を拭き終わった後、ホシノの背中をポン、と押す。
「……ごめんね、ヒナちゃん。なんか、悔しくて……違うな。ちゃんと嫉妬してた。それで、最悪な態度とってごめん……」
「私は大丈夫よ。私だって、あなたに似たような思いは抱いていたし……ごめんなさい」
「ヒナちゃんに謝られると、私の立場がなくなっちゃうよー……」
「……確かにそうね。なら、あなたのことを許す……で、いいのかしら」
「うん……ありがとう」
ちゃんと仲直りできたな。よかった。
「ちょっとコーヒーでも淹れてくるよ。その間、二人で話しておきな?」
そう言って離れる。
うーん……仲良くなれるかと思ってたんだけどな。あまり俺の勘というのも当てにならないものだ。
俺も謝った方がいいな。二人に嫌な思いさせちゃったし……俺は本当にどうしようもないな……
さて、コーヒーを三人分……あっホシノは要らないんだった。まあ、俺が飲めばいいか……?とりあえず、持っていくか。
「淹れてきたぞ……お?」
「カケルといえばやっぱりあの夜空みたいな瞳だよね。昔は髪も同じ色だったんだけどいつの間にか黒色になっちゃっててさ……でも黒髪も黒髪でまた違った良さはあるけどね」
「そうなのね……写真とかは無いのかしら?できるなら、昔のカケル先生も見てみたいのだけれど」
「それならいっぱい撮ってあるよ……ほら、これとかどう?居眠りしてる時のやつ」
「!……これ、送ってもらってもいいかしら?」
「もちろんだよ。なんならこれの角度違うやつとかあるからそれもいる?」
……なんか、仲良くなってる。
「……仲良くなるの早いな……」
「あっ、カケル!」
「カケル……先、生」
「聞いてよ!ヒナちゃんさ、すごい話が合うんだよ。なんでさっきまでギスギスしてたんだろう……」
「本当にめっちゃ仲良くなってんじゃん。この一瞬に何があった?」
ソファで二人仲良く座っている。めっちゃ笑顔だしめっちゃ距離近いし。え?何があった?
「とりあえず、コーヒー持ってきたけど」
「あれ、三人分?ヒナちゃんって一回で二杯飲むの?」
「いえ、一杯だけれど?貴方の分じゃないの?」
「実は間違って淹れちゃって」
「あー、なるほどね」
「ということは、貴方はコーヒーが飲めないのね」
「うっ……苦味が苦手でさあ……」
「じゃあ、この機会に試してみましょう?まずは一口ずつ飲んでみて?」
「えっ」
本当に仲良くなりすぎているな。何事?
ちょっと嫌そうな顔で、ホシノがカップを手に取った。
「……」
「見つめていても苦味は減らないわよ」
「分かってるって……ふぅ……」
カップを持ったホシノは、コーヒーに映る自分の顔を見てため息を吐いた後、ゆっくりと口につける。
「……ぅえ」
「……ふっ」
「笑った!?今ヒナちゃん笑ったよね!?」
「そんなこと、ないけれど……?」
「あるじゃん!めっちゃ顔笑ってるよ!?」
楽しそう。いいなぁ……何だか疎外感を感じる。昔を思い出して胸が苦しくなってきた。
「……あれ、カケル?」
「別に寂しいなとか思ってないけど……?」
「まだ何も言ってないよ?」
「計ったな」
普通に口を滑らせた。やらかした……
「……カケル先生も、そういうことを思うのね」
「カケルは結構寂しがりやだからね。ほら、一緒に座ろうよー」
ホシノがトントン、と空いている場所を叩く。二人の間の場所だ。
無言のままそこに座りに行く。別にこれは寂しいとかじゃなくてホシノが座って欲しそうだから座っただけなのでそこのところ勘違いしないでくださいね。
座った瞬間、両側から二人が寄ってくる。狭い。
「それにしても、美少女二人に挟まれるとか……カケルも幸せ者だね?」
「び、美少女……!?」
「あんまり自分のことを美少女と称するやつはいないだろ」
「じゃあカケルは私のことどう思ってるの?」
「美少女だけど?」
「じゃあ何も問題ないねー」
というか、キヴォトスの生徒全員顔が良すぎるのはある。外の方だともう少し色んな顔の人がいるらしいんだけど……
「カケル、先生は……私のことも、その……」
「美少女だと思ってるけど」
「っ……あ、ありがとう……」
顔を赤らめるヒナ。可愛いね。
「ヒナちゃんは初心だねぇ……カケルといると、色んな殺し文句吐かれることも多いだろうに……」
「まさか俺がそんなこと言うわけ」
「カケルも冗談言うのが下手になったねぇ……ヒナちゃん、最近カケルに吐かれた台詞で一番凄かったのは何かな?」
「……『ヒナとなら地獄に行ってもいいかも』」
「カケル?」
ホシノの拳に神秘が集中していく。こいつの場合銃を没収しても意味ないのすごいヤバいよね。
「いや、だって本当にそう思ったし」
「そう思っても言っていいこと悪いことがあると思うんだよね。そのうち刺されるよ?」
「別に刃物程度で俺は傷つかないし……」
「そういう話じゃなくてさ……」
はあ、と呆れたようにため息をつくホシノ。
「これだからカケルはさあ……天然なところと意図的なところがあって、その二つで女の子を惑わしてくるんだから、本当に質が悪いよ」
「貴方もすごく苦労しているのよね……」
「昔『ホシノと一緒に住みたいな』なんて言われた時は本当に……もう、ね?」
「それは……心中お察しするわ」
あれ、これ仲良くなれたのって俺の悪口のおかげか?
まあ、別にいいけどさ。それはそれとしてなんか複雑。
「そういえばヒナちゃん。カケルのこと名前呼びしないの?」
「えっ」
「さっきも"カケル先生"だったよね?」
「だ、だって……その、二人きりじゃないから」
「って言ってるけど?」
「別にホシノの前でも呼んでいいよ。せっかくだし、ヒナから名前呼びされてみたいけど」
「えっ」
何だかあわあわとしてるヒナ。この子何しても可愛いんだけど。
「……ヒナちゃんって何しても可愛いね」
「えっ!?」
「あ、俺もそう思ってた」
「!?!?」
流石はホシノ。俺と同じ意見だ。
「そ、それ以上褒めないで……恥ずかしすぎて、死んじゃう」
顔を赤らめた上で、手で顔を隠すヒナ。
「ホシノ……何も本当に殺すことはないだろ」
「殺してないし、そもそも死んでもないよね!?」
「
「罰が重いよぉ……というか没収は何を没収するのさ」
「ホシノの銃……はもう取ったんだった。じゃあその神秘没収で」
言いながらホシノの頭に触れる。
「あれ、本当に没収するの?」
「俺が何か言うたびに神秘を拳に纏うのが怖いので」
「私刑じゃん」
「はい、うるさいでーす」
とはいえ流石に本気ではない。わしゃわしゃと乱雑に頭を撫でて、それで終わりだ。
「で、ヒナは俺のこと名前呼びしてくれないの?」
「……先生は、呼んで欲しいの?」
「まあ、一度聞いてみたくはあるけど……ヒナが嫌なら、無理してやらせたいとは思わないよ」
「私は聞いてみたいな」
「ホシノさんは一度黙ってましょうねー」
「さん付け……」
「どこに凹んでんだお前」
しかもマジで凹んでる時の顔してる。さん付けぐらいで……って思ったけど、俺もホシノに「カケルさん」って呼ばれたら凹むわ。
……ん?何やらヒナが袖を引いている。
「どうした?」
「……か、」
「か?」
「か……カケ、ル……」
その瞬間。俺は可愛いの答えを見た気がした。
控えめに俺の袖を握る小さな手。恥ずかしそうに俺を見上げるその顔。耳に残る甘い声。潤む瞳。髪の一本一本までがヒナの可愛さを強調している。
……何だこれは。いつまでも情報が完結しない……ただ可愛いということしかわからない。
何分。いや何時間が経っただろうか。しばらく硬直していた俺に、ヒナが声をかけてくる。
「……その……何か、言って……」
「……ご、ごめん……可愛すぎて、見惚れてた」
「みほっ……!?」
「……はっ、意識が飛んでた……!?」
ホシノの意識が戻ってきたのをきっかけに時計を確認する。一分も経っていない。嘘だろ……
「……凄い体験をした」
「可愛さも過ぎれば凶器になるんだね……」
「……」
あれ、何だかヒナの様子が……
「……きゅう」
バタン、と倒れる音。相場はバタン→キューだろ。
「じゃなくて、ヒナぁ!?」
「ヒナちゃんが恥ずかしすぎて倒れた!」
「大丈夫……アッツ!?」
ヒナのおでこに触れると、病人かというほどの熱が伝わってくる。
急いで休憩室に連れて行き、ベッドに寝かせる。よほど無理をさせてしまったらしい。起きたら謝ろう……
しかし、とんでもない破壊力だったな。可愛すぎて死ぬとはあのことか……
「ところでホシノ。さっきから俺のことずっと見てるけど何?」
「……」
「怖いって」
ヒナをベッドに寝かせたあたりからずーっと見てくる。そろそろ居心地が悪くなってきた。
「……いや、そういえば再会してからカケルに可愛いって言われたことないなって」
「あー……そうだっけ」
「そうだよ」
そうらしい。
「ヒナちゃんにばっかり可愛い可愛い言ってるから、正直嫉妬してるよ?」
「それは悪かったよ。でもお前の可愛いとことか、二年前に全部堪能しきってるから言うところがないんだよ」
「そういうところだよね」
「何が?」
「何でもない」
そう言ってぷいっと顔を背けられてしまった。ぷくーっと頬を膨らませてるのが分かる。
「……ホシノは可愛いよ」
「そんな安い言葉に騙されるほど、私はちょろくないでーす」
「そうやって拗ねてても可愛い」
「はいはい」
まともに相手してくれないな。全部本心なのに……まあ俺が悪いのはそうなんだけど。女心って難しいよなあ。
「本当に可愛いって思ってるのに」
「それは知ってる。カケルは褒め言葉で嘘つけないし」
「じゃあなんで拗ねたままなんだよ?」
「……」
うーん。どうしよう。
……ホシノの背中側に回り、後ろから抱きしめる。すると、ホシノが俺を見上げてきた。
「……何?」
「愛情表現……?」
「なんで疑問形なの?」
と言ってもな。自分でもよくわからない。
「もー……こんなこと、私以外にはしてないよね?」
「……してないよ」
「なんか間が無かった?」
「ははは。そんなわけ」
「カケル、白状」
「この前ヒナにやりました……」
「そんなことだろうと思ったけどさぁ……前も言った気がするけど、こういうの気軽にやっちゃダメなんだからね?」
呆れた顔のホシノ。やっぱり俺の愛情表現って行き過ぎなのかなあ。今まで俺の愛情表現ってどう言われてたっけ。
『カケルくん、流石にあれは私たち以外にはやらない方がいいと思うなあ……』
ユメ先輩はちょっと困った顔でそう言ってたっけ。やっぱやりすぎなのかなあ。
『カケル、ああいうのは私以外にはやらないでくださいよ。変なのを引っ掛けてきても困るので』
ホシノもこう言ってたしな……しかもそれなりにキレてた覚えがある。
『カケルのそれは普通だと私は思うけど……私も、生徒と接する時はそれぐらいの距離感だったよ』
先生はこう言ってたか。あれ、二人の意見とは違うな……
うーん。つまりどういうことだろう。先生としてみれば一般的で、個人としてみると異常なのかな。
でもホシノの発言は自分にはやっていいって感じだったよな。そして俺が個人として接するのは今はホシノだけ。
つまり態度を変える必要はないな!ヨシ!
「みんなのこと誑かして……私もどうせその他大勢なんでしょ」
「そんなことないけど」
「だったら、何か特別なこととかしてみてよ」
特別なことかあ。なんかあるかなぁ……
「なんてね、ちょっと揶揄った──」
ふと思い立ち、ホシノのうなじのあたりに口付けする。
「うひゃっ!?ちょ、か、カケル!?何してるの!?」
「──?、え?いや、特別なことって言われたから」
「いやいや、さっきのは冗談だって!」
「言うの遅くない?」
「っ……それは、そうかもだけど……!」
ちょっと怒ってる雰囲気のホシノ。また間違えたかな。
「ごめん」
「別に、怒ってはないけどさ……」
そう言って顔を正面に向けてしまった。後ろから抱きしめてる形なので、こうしてると顔が見えない。
「なんか、本当にごめんな。許してくれる……かな」
「いや、本当に大丈夫だよ?普段振り回されてるからちょっとこっちも振り回したいって思っただけで……私も、勘違いさせてごめん」
「あれ、そういうことだったの?」
「今更……?」
「そうか……ならよかった。俺も、ホシノには嫌われたくないし」
安心した。いつの間にか強まっていた腕の力を、脱力させる。
ホシノが大きなため息をついた。その後すぐにまた俺を見上げてくる。呆れた顔してる。
「なんか、もう……なんだろう。カケルのこと今のうちに刺しとこうかな」
「えなんて?」
「誰かに刺される前に、私が最初に刺した人になるよ」
「え?」
「冗談だよ」
なんだ冗談かあ。その割に目が本気だったなあ……
「ほら、私はもう大丈夫だから。そろそろ離れよ?」
「珍しい。普段だったら離すなって言うでしょ」
「ヒナちゃんの前でこれ以上色々するのがそろそろ申し訳なくなってきた」
「?まあ、分かったよ」
ということで、ハグを解除して離れる。
「ヒナ起きたら何しようか」
「なんかゲームするとか言ってなかったっけ?」
「そういや言ったな。じゃあ三人でやるか」
「ちなみにゲームってビデオゲーム?」
「そうだけど」
「うへ、私ビデオゲームとかやるの初めてだなあ。ちょっと楽しみだ」
「そうだな」
そうして、ヒナが起きるのを二人で待つのだった。
「なんか夫婦で病気の子供を見守ってるみたいだ」
「本ッ当にそういうところだよ」
蹴られた。痛い。
その後のシャーレ
「……!私は、何を……」
「あ、ヒナちゃんが起きた」
「おー。おはよ」
「おはよう……待って……ヘルメットと、ピコピコハンマー?」
「「叩いて被ってじゃんけんぽんしてた」」
「……?」
「よし、ス●ブラするか」
「私よくわかんないんだけど……」
「そこら辺はヒナ、頼む」
「分かったわ……それじゃあ、まずここがAボタンよ。攻撃などに使うわ」
「なるほどね……これがAなら、あとはBと……XとY?何で急にXとYなの?」
「……さあ……」
「ゲーム界の三大七不思議と言われているな」
「三大七不思議???」
「なんかホシノもう上手くない?」
「驚くほど飲み込みが早いわね……これが天才と呼ばれた実力なのかしら」
「ゲームで天才って呼ばれるのも何だかなあ……」
「でも何でか現実で強い人間って大体ゲームも上手いんだよな。まあこの三人のこと言ってるんだけど」
「先生も上達が早かったものね」
「へえ……」
「この●ービィって子、すごく可愛いね」
「そいつが好きなら、そのシリーズはちゃんと買ってあるし、今度一緒にやるか」
「!うん、やる!」
「……」
「ヒナちゃん?どうしたの?」
「いえ、何というか……カケル先生の前だと、みんな子供になってしまうものだと、そう思って」
「俺だって一応子供なんだけどなあ」
「カケルは昔かなりのクソガキだったんだけどね……本当に性格変わったよ」
「はっ、ホシノだってクソガキだったくせに」
「は?その喧嘩買ってあげるよ、タイマンしようか」
「ゲーム内で?」
「現実でやったらまた私が勝っちゃうでしょ?」
「よし。ヒナ、審判を頼む。後銃も返しとくから、俺がやりすぎた時は止めてくれ」
(……実はみんな子供なのかも……)
次回からようやく補習授業部編。大筋はやっぱり変わらないけど、先生とカケルくんの違いがそろそろ如実に出てくるかも。