呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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今週の呪術廻戦モジュロ、面白すぎる。


26. 終わりゆく夜

ここは、トリニティ自治区内のとあるセーフハウス……その屋根裏部屋。

 

そこで、ナギサは紅茶を飲んでいた。

 

今日が終われば、全てが片付く。裏切り者は退学になり、エデン条約は成される。後はもう待つだけ……それなのに、その不安が拭えない。カップを掴む指先は少し揺れている。

 

窓の外は夜空が煌めいている。それを見て思い出すのは、シャーレの先生のこと。あの人は、全部受け入れると言ってくれた。だから全てを注ぎ込んだ。

 

……もしも。自分の施した策が全て破られ、補習授業部を退学にできなかったとしても……あの人なら、どうにかしてくれるかもしれない。

いつの間にか自分はあの人を信頼していたらしい。今は敵同士ではあるけれど……これが終われば、その時は──

 

気づけば指先の揺れは止んでいた。自分の先生への思いに、思わず笑いが出そうになったところで。

 

コンコン、とノックの音がした。

 

「……紅茶でしたらもう結構です」

 

「せっかくなら頼もうよ。世間話したいし」

 

驚愕に目を見開く。何故、彼がここに。

 

扉から入ってきたのは、件の先生。相変わらず、ペロロの仮面を被っている。

 

「……何故、ここが」

 

「実は俺って不思議な力を持っていてね……一度会った人なら大体位置が分かるんだよね」

 

言いながら、カケルはナギサに近づいていく。

 

「世間話……と言いましたか」

 

「そ。だって、後は待つだけだしね」

 

そう言って彼は壁に寄りかかる。

 

「……正直侮ってたよ。やりすぎじゃない?」

 

「遠慮しなくていい、と言ったのは先生の方でしょう」

 

「それはそうだけどさあ……」

 

何となく、前の二回よりも砕けた喋り方な気がする。そう感じたナギサはどこか嬉しくなる。

 

「全く……こっちもそれなりに苦労したよ」

 

「と、いうことは……私の策を破る自信はあるのですね」

 

「じゃなきゃ、ここで土下座してるよ」

 

「そうですか……あなたに負けるのなら、それもまた……」

 

「……なあ、ナギサ」

 

「?どうかしましたか?」

 

「一つ聞きたいことがあってさ」

 

仮面をつけているから、顔は見えない。それなのに神妙な面持ちをしていると、そう感じ取れる。

 

「ヒフミは補習授業部に入れる必要あった?それこそ、俺の補佐に任命するとかで良かったんじゃないの?」

 

「それは……そうかもしれません……ですが、全ては大義のためです。エデン条約を守るためには、ヒフミさんも疑う必要があったのです……」

 

「そっか……」

 

それを聞いたカケルは、何か思案するように顔を背けると……

 

「じゃあ、やっぱダメだね」

 

……気づくと、ナギサはカケルに押し倒されていた。両腕をカケルの腕で抑えられ、お腹の辺りにカケルが乗っかっている。

 

「……は……?」

 

「ごめんね、ナギサ。あの時の言葉は本気だし、本当だったよ。でも……裏切り者の、あの子の言葉を聞いてさ……あの子に味方しなきゃって、そう思ったんだ」

 

「ま、待って……ください。なん、どうして……」

 

「……結局のところ、ナギサは俺のことを信じてはいなかったんだろ。ただ自分の都合のまま利用するだけで……」

 

「ちがっ、違います!あなただけは、本当に──「信じてた、とでも?」

 

ひどく冷たい声だった。まるで別人のような様子を見せるカケルに怯むナギサ。

 

「そもそも補習授業部のみんなを信じてなかったくせにさ。あの子はそのことを憂いてたよ?」

 

「あの子、とは……」

 

「トリニティの裏切り者だよ。とは言っても、裏切らせたのはナギサだけどね」

 

「それは、一体どういう……」

 

「あの子は君を信じていたんだよ。それなのに、君はその信頼を裏切った。そしてそれは……存在しなかったはずの裏切り者を作り出した」

 

「……そんな……馬鹿な。確かに、私は情報を聞いて……」

 

「信じなくてもいいよ。ナギサならできるだろ?」

 

もはや、言葉は出てこなかった。呼吸は荒く、その目には涙が浮かぶ。

それでも、彼女の心はまだ折れていなかった。

 

「……誰が裏切り者なのですか……せめて、それだけでも……」

 

「まあいいよ。ご本人からメッセージも頂いてるし……」

 

「私に、メッセージ……?」

 

「そう。えーっと……『あはは……えっと、それなりに楽しかったですよ。ナギサ様とのお友達ごっこ』だったか」

 

「……ま、さか……」

 

その言葉から、裏切り者の正体に辿り着いてしまったナギサ。そしてその事実は……折れかけだった彼女の心を折るのに十分すぎた。

 

カケルはその様子を確認すると、すぐに術式を発動する。

 

「それじゃあおやすみ、ナギサ」

 

瞬間、ナギサを脱力感が襲う。眠気が襲ってきて、目を閉じ始める。

 

ナギサが意識を失う直前に感じたのは、限りない絶望と……自分への嫌悪だった。

 

 


 

 

「……目標(ターゲット)確保」

 

『了解。こっちも敵を引きつけ始めたところだ』

 

「はい。じゃあこっちも……ごめんやっぱちょっと待って。ハナコ、今話せる?」

 

『あら?一体どうしたのですか、先生?』

 

「いや、一応言われた通りやったけど……これもしかしてやりすぎじゃない?」

 

『そんなことありませんよ?私の計算が正しければギリギリ後遺症は残りません』

 

「やりすぎじゃん」

 

『私たちが受けた苦痛に比べれば、大したものではありません♡』

 

本当かなあ。

 

まあ……今は一度置いておこう。アズサとハナコが敵を引きつけてる間に、俺はナギサを隠さなきゃいけない。

 

完全に気絶しているナギサを抱え、アズサたちが敵を引きつけてる方とは真逆の位置……そこから飛び出す。

普通なら飛んでるところを見られて、そこから察されるが……アズサたちが全軍引きつけてるらしいので、見られる心配はない。

 

飛んでるうちにシャーレに到着。中に入り、休憩室のベッドに寝かせる。

 

そしたら再びトリニティに戻る。どうやら合宿所に敵を誘き出すことに成功したらしく、トラップと奇襲を交えて数を減らしまくってるらしい。作戦通りだな。

 

そのうち、体育館に誘き出せたとの報告も入った。そして……こっちも間に合った。外から窓をぶち破り、体育館内に侵入する。

 

「っと」

 

勢い余って床を突き破ったが……後でティーパーティーに請求しよう。

 

「!!貴様は……」

 

「こちら、ご存知かは分かりませんが……補習授業部の担当であり、「シャーレ」の顧問の先生です♡」

 

「はじめまして。そしてさようなら」

 

シッテムの箱を取り出し、指揮を始める。

 

向こうは数も多いし、個人個人の戦力もそれなりだったが……アロナサポートで強化されたうちの生徒には勝てない。アロナさんとみんなのこと舐めてんじゃないぞコラ。

ということで殲滅完了。後は正義実現委員会が来るのを待つだけだ。

 

ナギサと連絡がつかない正実は、ナギサに何かあったとそろそろ気づくだろう。そこに更にコハルの連絡を入れる。内容はアリウスがトリニティに攻め入っているというもの。当然事実なので正実は近いうちに動き出し、そろそろ来るだろうアリウスの増援と衝突。そしてその間に試験会場に侵入して、試験を受けよう!というのが作戦だ。

 

そういうことで、後は正実を待つだけ……だったはずなのだが。

 

体育館の入り口より入ってきたのは、正実ではなくアリウスの軍勢。増援だ。

 

「増援部隊が、こんなに早く……!?」

 

次から次へと入ってくる。

 

「……数が多い、大隊単位だ。多分、アリウスの半数近くが……」

 

「あうぅ……!こ、これだけたくさんの方が、平然とトリニティの敷地内に……!?」

 

「まだ、正義実現委員会が動く気配が無い……?」

 

何かおかしい。そう気づいた時には、詰みの一歩手前だった。

 

「それは仕方ないよ」

 

アリウスの軍勢。その全てが侵入した後、最後にもう一人入ってくる。

 

「だってこの人たちはこれから、トリニティの公的な武力集団になるんだから」

 

ピンクのロングに、腰から生える白い羽。いつの日か俺が天使のようだと思った彼女は……妖しく微笑む。

 

「やっぱり、そっち側か。ミカ」

 

「や、久しぶり先生。その様子だと……もしかして、気づいてた?」

 

「まあね」

 

違和感があったのは、セイアの話題の時。あの時の彼女の顔は重荷を背負った顔だった。悲しみでもなく、怒りでもなく。そういう顔だった。

 

では何故そんな顔をしたのか。それはミカがセイアを殺したからではないか?でも殺す決意を持って殺した人があんな顔するか?

じゃあ間違って殺したとか?だが互いのことを知っているのに、間違って殺すようなヘマは普通しない……なら、もしかして自分で命令した結果、殺されてしまったのだろうか。

 

じゃあ誰に命令したのか?それはアリウスだ。外部と繋がってるのに、内部の顔が割れてる派閥の人を使う必要はないしな。じゃあ何でセイアを殺したのか?

もしかすると、ミカはただ一人のティーパーティーとなることで、アリウスと何かを実現しようとしているのではないか?それが行き着いた結論だった。

 

だが、これはあくまで仮説で、確信はギリギリ持ててなかった……持てたのは、アズサの告白の時。アリウスがナギサを狙っている……この情報で確信に至った。

 

「先生は本当にすごいね……」

 

「何で正実は動かないんだ?」

 

「それも予想してみたら?先生なら分かるでしょ」

 

「まあ、大方ミカが直々に命令したってことだろ。そしてそれは正実だけじゃなくて、動く可能性のある全部の組織に」

 

「わーお大正解!ナギちゃんを襲うのを邪魔されたら困るからねー」

 

前会った時とまるで変わらないような気がする。いや、実際変わってないのだろう。彼女はあくまで隠していただけだ。

 

「さて、カッコつけさせてもらうと……黒幕登場⭐︎ってところかな?私が()()の「トリニティの裏切り者」」

 

「言っただろ。裏切り者って言葉は相応しくないって」

 

「そういえばそうだっけ。それじゃあ……「あなたたちの敵」ならどうかな?」

 

……泣いている。

 

ふと、そんな感じがした。確かに笑っているはずなのに……その心が泣いている気がする。

 

「ということで、ナギちゃんをどこに隠したのか教えてくれる?私も時間が無くってさ」

 

「……その前に、何でアリウスについたのか……聞いてもいいかな」

 

「んー?聞きたい?先生にそう言われたら仕方ないなぁ。それはね……ゲヘナが嫌いだからだよ」

 

ミカは語る。どうしても、本当にゲヘナが嫌いなのだと。だからエデン条約を壊そうとしたのだと。

 

「じゃあエデン条約はやっぱ平和条約か」

 

「あっ、あの時は騙してごめんね、先生。うん、それは嘘。あれは本当に平和条約だよ。そもそも素直でおバカなナギちゃんに、エデン条約を武力同盟として活用するなんてこと、できっこないからね」

 

「……」

 

語り続ける。アリウスと仲良くしたかったのは本当らしい。ミカがティーパーティーのホストになった暁には、アリウスを軍隊の立ち位置としてトリニティに引き入れる……そういうことだった。

 

「……そんなにゲヘナが嫌い?」

 

「そりゃそうだよ。あんな角付きと仲良くできるわけないでしょ?」

 

「ふーん……」

 

……

 

「ハナコ」

 

「……ミカさんも、救いたいんですね。分かりました。アリウス達は私たちが相手取ります」

 

「悪いね」

 

流石はハナコだ。俺の意図を正確に汲み取ってくれている。

 

「さて……ミカ。少し運動しようか?」

 

「えっ?」

 

ミカの腕を掴み、体育館の外に放り投げる。そしてそれを追いかける。

 

合宿所の外。夜空の下で二人向かい合う。

 

「わ、っと。急にどうしたの?」

 

「いや……二人っきりでお話でもしようかとね」

 

「何?まさか告白とか?」

 

「……プールで会った時、言ったよね。君の味方じゃない時でも、君の味方だってさ」

 

「……」

 

「来なよミカ。どんな思いも、力も。全部受け止めてあげる」

 

ちょいちょいと手で招く。

 

「……あはっ、いいの?私結構強いよ?」

 

「大丈夫。俺はそれ以上に強いからさ」

 

「そっかあ……じゃ、遠慮はいらない、ねっ!」

 

ミカが一瞬で距離を詰めてくる。右手でパンチしてきたから、それを避けた後腕を掴んで空中に投げる。

 

「すごいね、先生!今ので大体みんな倒れちゃうのに!」

 

「言ったでしょ。俺はミカより強いよ」

 

ミカが銃弾をばら撒いてくるが、ちょっと動いて避ける。避けた場所にミカが突っ込んでくるが、体で受け止め、ついでに軽く抱きしめる。

 

「捕まえた」

 

「っ、」

 

すぐに頭突きしてきたのでミカを突き放して回避、そのまま一度距離が取られる。

 

「……なーんか、先生やる気ない?」

 

「んー?まあ、実はあんまりね」

 

「何で?私は学園一つ滅ぼそうとしてる悪い子だよ?」

 

「それが本気の本当なら、俺だってすぐに終わらせてるよ」

 

「……何?私のゲヘナ嫌いが本気じゃないってこと?」

 

ちょっと苛立った様子のミカ。

 

「別にそういうわけじゃない。言いたいことは……この計画を実行してる主な原動力は、それじゃないでしょってこと」

 

言い終わると同時に、またミカが急接近してくる。右の拳……と見せかけて、パンチする直前右足で踏みとどまり、跳んだ。そのまま前回転して俺の後頭部を狙った蹴り。

まあ見えてるから防ぐんだけど。

 

「そんなことないよ、私はゲヘナが嫌いだからこの計画を実行した。それだけ!」

 

後ろに回ったミカ。俺が振り返ると、既に右のパンチの用意ができていた。打たれた拳を左手で受ける。

 

「自分で気づいてないの?」

 

「……なんのことか、さっぱりだよ」

 

左足の蹴り。右手で掴んで止める。

 

「俺の推測が正しいなら、ミカが計画を強行してる理由は」

 

ミカが左手に持ってた銃を頭目掛けて振ってきたので、咄嗟に手を離して身体を後ろに反らす。

 

そのままバク転を何回かして、再び距離を空ける。

 

「……理由は、セイアだろ」

 

「っ……!」

 

初めて、苦しそうな顔を見せるミカ。

 

「本当は殺す気なんてなかったんだろ?でも、セイアを襲った部隊が何かやらかして……その結果セイアは死んだ。それが耐えられなかった君は、セイアの死に価値を与えるため、計画を遂行しないとという強迫観念を得た」

 

「……」

 

「ゲヘナ嫌いってのが嘘じゃないのは分かる。でもそれは、セイアを殺したという罪悪感から逃れるための言い訳だ」

 

「……あはっ、先生は本当に想像力豊かだね。でも残念。セイアちゃんは私が殺したんだよ」

 

笑顔を見せるミカ。よく見たことがある、嘘つきの笑顔。

 

「全てはゲヘナを滅ぼすため。本当にそれだけだよ」

 

「……ミカ。あの時言ったよな。俺も共犯にしていいって」

 

「先生もゲヘナを滅ぼしたいの?なら、共犯になれるかも──「っ何でそんなに一人で抱え込もうとするんだ……!」

 

感情が吹き出る。

 

「言っただろ、思いも力も全部ぶつけていいって!俺が受け止めるって!」

 

「っ、だから……言ってるじゃん……!私はっ、ゲヘナが嫌いだって!!」

 

「ミカ!」

 

「……もういいよ」

 

ミカが両手を合わせ、跪く。まるで祈るような仕草だ。

 

……術式の発動には、印や呪詞という要素がある。

それをすることで、術式効果をより強いものにしたり、強い術式を発動させたりできるのだ。

 

ミカの場合は後者だった。祈るという動作を持って、その術式を発動させる。

 

 

天より隕石が降ってきた。大きさは人の頭ぐらいか……?

 

 

「アレが直撃すれば、流石の先生でも無事じゃ済まない。早く降参して」

 

「降参したところでどうにかなるのかよ」

 

「私ならね……早く、諦めてよ」

 

喋ってる最中にも、隕石は凄まじい速度でこちらに近づいてくる。

ミカの顔に、焦りが浮かび始めた。

 

「早くしてよ、じゃないと、本当に……」

 

「殺す、か。あの程度の隕石で?」

 

「……え?」

 

右手の親指を立て、人差し指を伸ばし、それ以外を折りたたむ。よく子供とかが作る指の銃だ。

 

照準を向かってくる隕石に合わせる。

 

「術式()()

 

指の先に光が灯る。段々とその光は強まり……そして

 

輝綫(きせん)

 

放出。綫というにはあまりに太すぎるそれ、ちょうど隕石の直径と同じぐらいの太さの光が、隕石を花火にした。

鮮やかな桃色の花が咲く。

 

「……うっそぉ……」

 

「俺に傷つけたいならトリニティ滅ぼせるぐらいの隕石呼ばないと無理だよ」

 

「っ、なら」

 

また祈りのポーズを取ろうとする前に、近づいて両手を掴む。

 

「ミカ……」

 

「離してよ……」

 

「離さない。お前を一人にはしない」

 

「先、生……」

 

「分かるんだよ。大切な人を殺してしまった絶望も、もう止まれない思いも、俺には──「だから、違うって……!」

 

悲痛な声に、言葉が止まる。

 

「私は、ゲヘナが嫌いで……だから、計画を遂行する……!それだけなんだって、言ってるじゃん!」

 

「っミカ」

 

次の瞬間、俺は何が起きたのか分からなかった。

 

一拍遅れて、ミカが腕を振り上げたことに気づく。腕を掴んでる俺の体も、連動して宙に浮かんだのだと。そしてそのまま……地面に叩きつけられた。

 

「ぐっ、」

 

衝撃で掴んでいた手が離れる。次に腹部への強い衝撃。ミカが、まるでボールを蹴るように俺を蹴っ飛ばした。

 

勢いを減衰する間もなく、俺は体育館へ突っ込み、一枚壁を突き破って反対の壁にぶつかった。

 

「先生!?」

 

「っ……ハナコか。どういう状況?」

 

「何とか増援を捌いていますが……少しまずいです」

 

「……なるほど」

 

立ち上がって、周りを見る。周囲の目は吹っ飛んできた俺に集まっていたが……足音が聞こえると、全員がそっちを向く。

 

「ミカ……」

 

「何度も言ってるよ、先生。私は諦めない。先生の方こそ諦めてよ」

 

黄色の双眸が俺を見据える。

 

「……俺だって、同じだよ」

 

もう、言葉では止まってくれないのだろうか。ならばもう……

 

そこまで考えたところで、爆発音。ミカではない。アリウスの生徒も不思議そうにしてるし、補習授業部のみんなでもない。一体誰が……

 

「先生、間に合いました」

 

「……ごめん。何の話?」

 

「私の方から、シスターフッドに増援を要請していたんです」

 

シスターフッドか……なるほどね。

あそこは、ティーパーティーの管轄から外れている特別な派閥だ。ティーパーティーから命令が下されようと、あそこだけは無視してもいい。

 

体育館内部にシスターフッドの人たちが次々と入ってくる。そして、その先頭に立つ灰色の髪をした生徒が話し始めた。

 

「シスターフッド、これまでの慣習に反することではありますが……ティーパーティーの内紛に、介入させていただきます」

 

そしてミカに銃口を向けて

 

「ティーパーティーの聖園ミカさん。他のティーパーティーメンバーへの傷害教唆及び傷害未遂で、あなたの身柄を確保します」

 

そう言うのだった。

 

「シスターフッド、歌住サクラコ……あはっ。流石にシスターフッドと戦うのは初めてだなー。なるほどね、これが切り札ってこと?」

 

ミカがハナコを見やる。

 

「……浦和ハナコ、どうやってシスターフッドを動かしたの?シスターたちと仲良かったのは知ってる。でもあの子たちが何の徳もなく動くはずが無い……ねえ、()()()()()()の?」

 

それにハナコは答えなかった。

 

「……ハナコ」

 

「大丈夫ですよ、先生。そこまで心配する必要はないです」

 

「……後でちゃんと聞かせてもらうからな」

 

改めて、ミカと向かい合う。

 

「あれ、先生まだやるつもり?」

 

「ミカの相手は俺だろ。まだ勝負はついてないし」

 

「でも、先生は私と戦うつもりないんだよね?」

 

「さっきまではな。でも今は……もう、戦って止めるしかないと思ってるよ」

 

構える。

 

「……どうしても、止まらないんだな?」

 

(くど)いよ先生。私は絶対に止まらない」

 

「そうか……」

 

言葉で止まってくれないなら、後はもう戦うしかないだろう。

 

「ハナコ。何とか持たせといてくれ。こっちが終わったら加勢する」

 

「了解しましたが……加勢する前に、全員倒してしまっても?」

 

「あんま無茶はしないでよ」

 

睨み合う。動く機を探して、どちらも動かない。

一秒一秒が凝縮されている感覚。

 

開始の合図は、何かの爆発音。

 

二人とも同じタイミングで駆け出した。ミカの右パンチを紙一重で躱し、その腕に触れる。

術式を発動して吸収……できたのは一瞬で、即座に反応したミカが腕を俺側に払う。

 

手を離し身体を反らして避け、再びその腕を掴む。

埒が開かないと判断したのか、ミカが全力で踏み込んだ。体育館の床が破壊されて、一瞬バランスが崩れる。

 

すぐに体勢を戻したが、その隙に距離を取られた。ミカの持つSMGから銃弾がばら撒かれる。

当然気にせず突っ込む……が、罠だった。弾幕のカーテンの先、神秘のこもった銃弾が俺に飛来する。それは俺に着弾すると、大爆発を起こした。

 

「……無傷かー……自信無くしちゃうなぁ……」

 

「十分だと思うけどね。よく立ち回ってるよ」

 

埃を払ったのち、改めて突っ込む。同時にミカも逃げ始める。体育館の壁をぶち破って外に行ったので、当然追いかける。

 

外に出ると、ミカが街路樹を()()()()()()ところだった。それをさながらバットのようにこっちに振ってくる。

ギリギリ跳んで避けたが、すぐに返しの振りがくる。仕方ないので戻ってきた木を全力で殴り、ぶっ壊した。

 

「わお、すごい力!」

 

「皮肉?」

 

また逃げられるのも面倒臭い。結界を張るか。

 

刀印をし、術式を構築。俺を中心としてギリギリミカが範囲に入るよう結界を張った。黒いドームが作られる。

 

「何これ?」

 

「俺を倒すまで出られない部屋」

 

「ふーん?」

 

ミカは不思議そうに黒い壁をコツコツと叩くと、次に全力で殴り……結界がぶっ壊れた。

 

「……えぇ……嘘でしょ……」

 

「あれ、出れちゃった」

 

嘘だろ。としか言いようがない。どんだけ力強いんだよお前……これ内側からの攻撃に強くしたやつなんだけど……?

閉じ込められないならもうしょうがない。気合いでどうにかしよう。

 

結界の外に出たミカをまたしても追いかける。そしたらまた街路樹を引っこ抜いてた。

また振るつもりかと警戒するが、ミカはこちらを見て笑うと、槍投げの構えでこっちに木を投げてくる。

反射で当たりそうになった木を砕いたが、その隙にミカが懐に潜り込んできた。

 

そのまま腹パンを食らう。おまけに神秘もこもってたらしく、パンチの衝撃と共に爆発が生じた。

再び吹っ飛ぶ俺。呪力放出で勢いを減衰するも、かなり吹っ飛んだ。

 

「……すごい力だな」

 

「うっそー?これでもダメなのー?」

 

「俺は頑丈だからな……ほら、打つ手なしか?じゃあ諦めてくれ」

 

「打つ手はないけど、諦めないよ。まだ私は立ってるしね」

 

さて、どうしようかなあ……傷つけたくはないしなあ……

 

「……ちなみに、隕石はもう落とさないの?」

 

「落とさないよ。次あれやろうとしたら捕まると思うし」

 

勘がいいな。

大技の発動前には基本"起こり"がある。ミカの隕石はそれがかなり分かりやすい。次構えを見せたら即狩るつもりだったんだけど……この分だとそうもいかない。

 

さて、本当にどうしよう。このままちまちまと削るのは面倒だし、一気に決めたいけど……ミカの反射神経はそれを許してくれない。前ネルにやったみたいに体を完全に抑えないと無理だろうな。

 

俺の戦いは本当に面倒だ。これが殺していい相手なら、順転の暴力で瞬殺できるのに……

 

「先生の方こそ、打つ手なしなんじゃない?」

 

「馬鹿言え。少なくともミカよりはダメージを与えてるよ」

 

「ほんのちょっとだけね。こんなんじゃいつまで経っても終わらないよー?」

 

……外はダメだな。逃げ道が多すぎる。まだ体育館内の方がマシだ。あっちもほぼ同じではあるが、ここにいるよりかは……

 

「そろそろ休憩は終わりっ、いっくよー?」

 

銃口が向けられた。またしても弾幕の目隠しだ。突っ込みたいが、わざわざ効かない技を使う意味が分からないし下手に突っ込むとなんかありそうなので立ち止まる。

 

さて、何するつもりか……と考えたその時、ミカの隕石攻撃の"起こり"を感知した。即座にそっちに向かって踏み込み、突っ込む俺だったが……"起こり"が消えたと思った時には遅かった。

 

「釣られたね」

 

既に祈りの姿勢を解除しているミカ。その拳が俺の顔面を狙う。間一髪で腕を差し込めた。

咄嗟に足を床に刺して吹っ飛ぶのを堪える。そのまま捕まえようとするが、ミカが跳び上がる。

 

「これなら……どうっ!?」

 

上空から数多の銃弾が襲いくる。神秘もこもってて、衝撃で動きづらい。

 

なるほど。俺をこれで一時的に拘束し、その隙に隕石を落とす気かな。ミカが跳んだ方は合宿所側だし、屋根にでも着地して祈りをするつもりなのだろう。

 

甘い。

 

出力を一段階引き上げ、足から放出。銃弾の妨害を完全に無視し、一気にミカのいる空中まで飛んだ。

驚いた顔してるミカ。その腕を掴む。だが、これではミカが腕を振り回すと俺が吹っ飛ばされる危険がある。

 

そこで、少し手荒な真似をする。ミカが何かアクションを起こす前に、ミカを体育館に投げた。このまま放置すると、すぐにでも床に衝突するだろう。

だがそうはならない。更に出力を上げ、ミカが床に叩きつけられるより早く落下予測地点に移動する。地面に戻り、体育館の壁を破り。中に入った時にはミカはまだ天井を突き破ったあたりだ。

 

そして落ちてきたミカをキャッチ。全力で抱きしめる。拘束完了だ。勢いは呪力放出で減衰……するはずが出力高すぎて危うく空に戻りかけた。危ない。

 

ミカも全力で抵抗しているが、全身を完全に包んでるので終わりだ。なんとか勝った……

 

「終わりだよ、ミカ」

 

「ふっ……!!……はあ、抜けられないや」

 

「……みんなの方も決着ついてたか」

 

辺りには倒れているアリウス生徒がたくさん。そして補習授業部とシスターフッドは立ったままだ。

どう見ても、こっちの勝ちだった。

 

「……何これ、洒落にならないなぁ……どうして負けたんだろ」

 

どこか落胆したような声で、ミカが反省を始める。

 

「……まあ、理由は明確か。先生……あなたを連れてきた時点で、私の負けだったんだろうね」

 

「……」

 

「ナギちゃんが裏切り者がいるって騒ぐから、仕方ないなぁって、ちょうど良さそうだなって「シャーレ」に連絡して……そっか、あの時かぁ」

 

見ていられない、だろうか。そんな感情が出てきて……何だかすごい嫌な気分になる。

 

「いやー……ダメだな、私……はぁ……」

 

多分、本心なのだろう。そんな事はないと言いたかったけど……今の俺が何を言っても、いい方にはいかないだろう。

 

ハナコがこちらに近づき、ミカに話しかける。

 

「ミカさん、セイアちゃんは……」

 

「ああ、そのことも知ってるんだ…………本当に、殺すつもりじゃなかったの。今の私が何を言っても言い訳になるけど……多分、事故だった。セイアちゃん、元々体が弱かったし……それに……」

 

「……セイアちゃんは無事です」

 

「……えっ?」「……!?」

 

俺とミカの驚きが重なった。ちょっと待て。

 

ハナコ曰く、ずっと偽装していたらしい。犯人が見つからなかったから、トリニティの外で救護騎士団の団長と一緒にいると。未だ目を覚ましてはないらしいが、生きてはいるとのこと。

 

そしてその死を偽装したのは……というタイミングで、ハナコがアズサに目を向けた。

 

え?

 

えっ???

 

ちょっと待ってください。ちょ、ちょっと待ってください。情報量、情報量が……

 

知らないうちに好きな人に恋人がいたみたいな気持ちなんだけど……

 

俺個人の感情はともかく、セイアが生きていることを知ったミカは、とても安心し切ったような声で

 

「……そっか。生きてたんだ…………良かったぁ」

 

と呟くのだった。

 

……もう、大丈夫だろう。ミカが今まで抵抗してきたのは計画への執念……つまりは、セイアの死を無駄にできないという感情からだった。

それが解決した今、もうミカは大丈夫なはず……

 

「……先生、もう離しても……いや、やっぱりいいや。何でもない」

 

「……腕が疲れちゃったし、ちょっと外させてもらうよ」

 

拘束していた腕を外す。ミカは不思議そうにこちらを見た後、少し微笑んで「ありがと」と言った。

 

そして持っていた武器を捨てて、両手を上げる。

 

「……降参。私の負けだよ。おめでとう、補習授業部……あなたたちの勝ちってことにしておいてあげる」

 

どこか清々しい表情。呪いは解かれたのだと、そう感じることができた。

 

「もう何でもいいや、私のことも好きにして」

 

そうして、ミカは連行されていく……前に、何かアズサと話をしていた。

 

話の内容は分からなかったが、ミカが何か問いかけ、アズサが何か答えると、ミカは少し驚いた後……どこか納得した表情をした。

 

そして、ミカは正義実現委員会の子に連行されていく。外に出ると、いつの間にか日が登り始めていた。

連行されていくミカを見て、何か言わないといけない気がした。近づいて、声をかける。

 

「ミカ」

 

「……今はちょっと、先生からは何も聞きたくないなぁ……」

 

辛そうな声。

 

「やっぱりシャーレを巻き込んだのが、私の最大のミスだった。うん、でも……」

 

ミカが目を閉じる。

 

「……あの言葉を聞いた時は、本当に嬉しかったし……」

 

思い出すのは、プールでのこと。

 

『もちろん、ミカの味方でもあるよ』

 

「それに……戦ってる時も、私のこと気にかけてくれて……それも嬉しかったかな」

 

「……ごめんな」

 

「……何で先生が謝るの?手を掴めなかったのは、私なのに……」

 

「でも、俺のせいだよ」

 

「先生だからってやつ?あはは、本当に先生はいい人だね」

 

ミカがどこか遠くを見つめる。

 

「……あの時、もし……」

 

そして何か言いかけて……やめた。

 

「ううん、やっぱり何でもない。バイバイ、先生」

 

そして去っていく。その背中に、やっぱり何か声をかけないといけない気がして。

 

()()、話そうな」

 

返事はなかった。

 

こうして、裏切り者の話は終わりを迎えることになる。だから、後するべきことというと……

 

「補習授業部集合ー」

 

「よ、呼びましたか?」「何よ、急に」「どうかしたのか?」「どうかしましたか?」

 

「なんかもう終わりみたいな空気になってるけどさ。この後三次試験だよね」

 

「「「あっ」」」「?知っているけど……」

 

アズサはちゃんと覚えてたらしい。偉いぞ。

 

「現在時刻は午前7時50分……ここから1時間で試験会場に行かないといけないわけだけど……大丈夫?」

 

みんなを見れば、明らかに疲労困憊してるヒフミに、足がプルプルしてるコハル。アズサとハナコはまだ体力がありそうだけど……

 

「……しょうがない。みんな俺に掴まって。ひとっ飛びするから」

 

そう言って、手を差し伸べたところで。

 

「……ありがとうございます、先生。でも私は大丈夫です」

 

「ハナコ?」

 

「せっかくなら、最後まで自分の力で頑張ってみたいんです」

 

そういうハナコ。思わず呆気に取られるが……

 

「……だったら、今から全力で走らないと間に合わなくない?」

 

「行くぞ、みんな。逆に言えば走れば着くということだから」

 

そう言ってアズサが走り出す。

 

「ええっ!?走るんですか!?」

 

「二人ともあまり無理はしないでくださいね、私は走りますが、二人は先生の手を借りてもいいと思います」

 

続いてハナコも走り出した。

 

「……で、どうする?」

 

「……二人が走ってるのに、私だけ楽するのは……なんか、嫌……」

 

疲れた様子のコハルとヒフミ。しかしその目は活力に溢れていて……

 

「あー!もうっ!歩くだけでも痛いのに……待ちなさいよぉ……!」

 

「えっ、コハルちゃんも……うぅ、なら私も走ります!」

 

そして、二人も走って行った。置いてかれちゃったよ。

 

何というか……凄い子達だな。心の底からそう思った。

そういえば、最初みんなと会った時も、そんな感じのこと考えた気がするな。あの時と今では"凄い"の意味が違うけど……

 

まあ、いいか。

 

いつの間にか小さくなっていた背中を追いかけ、俺もまた同じように走り出した。

 

 


 

 

「……そうして、その後彼女たちは無事に試験会場に着き、試験にも晴れて合格となる。うん、ここまではよくできたお話だ」

 

金髪の、狐のような耳を持った少女が語る。

彼女の名は百合園セイア。ティーパーティー最後の一人。

 

「……でもまだ、エンドロールには早すぎる。なにせ先生が見守るべき結末は、まだその全貌を現してはいない……」

 

セイアは語り続ける。

 

「このお話がたとえどんな風に転がっていこうと……全ては、破局へと収束していく」

 

彼女の目には何が映っていたのだろうか。

 

「……暗雲。誰の手にも負えないような、二度と太陽を拝めるとは思えなくなるような……そんな暗雲が、今ゆっくりと押し寄せてきている」

 

いつしか空はその模様を変化させる。

 

「まだ残っているものがある、これで終幕じゃない……」

 

夜明けが近い。




このまま幕間挟まずに三章まで終わらせます。最高速度でぶち抜いたる……!
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