呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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黒閃って任意で出せるんですか!?!?


30. 隣に

 目が覚めた。知らない天井だ……なんてね。

 

 何だか、視界が狭い気がして……そういえば、左眼が無くなってたんだっけと気づく。触ってみれば、布の感触……眼帯か。

 反転術式ができるほど呪力も回復してないし、しばらくはこのままかな……

 

「……カケル?」

 

 声が聞こえた。ホシノの声。

 

 俺のベッドの右側。そこに椅子があって、そこにホシノが座っていた。

 

「起きたんだね。体は大丈夫?」

 

「ああ。ちょっと全身痛いけど……大丈夫」

 

「そっか。よかったぁ……」

 

 そう言って安心したように笑うホシノ。心配かけちゃったかな。

 まあ今はいいか。とにかくアリウス達を止めないと。

 

「今どういう状況か分かる?」

 

「いや? ずっとカケルの側にいたから何も分かんないや」

 

「……なんか、すみません」

 

「何で謝るの?」

 

 謎の圧を感じたからだよ。と言いたいが、今はしょうもないコントをしている場合ではない。

 ベッドに寝っ転がっていた体を起こす。

 

「とにかく。俺を助けてくれてありがとな。後は俺がなんとかするから、ホシノはもう──「ダメだよ」

 

 突然、さっき感じたものとは比べものにならないほどの圧を感じた。まるで肺に鉛でも詰められたかのような重苦しさ。

 だというのに、一見ホシノは普段と同じようなゆるい雰囲気を身に纏っている。そのチグハグさが何でか気持ち悪い。

 

「ねえ、カケル。一緒に逃げようよ」

 

 散歩に誘うみたいな、そんな軽さ。そういう感じで言われた言葉は、だけどどこか重さを感じさせる。

 

「……何を……どういう意味だよ」

 

「そのまんまだよ。もう何もかも捨てて、一緒に逃げようってこと」

 

「逃げるって、どこへ」

 

「さあ? アビドスでもいいかもしれないし……カケルが嫌だっていうなら、別の場所でもいい。私たちなら、二人でも生きていけるよ」

 

「……仮にそうしたとして、みんなはどうするんだよ」

 

「? だから捨てるって。全部の縁を絶って、私たち二人だけで平穏に暮らす。それだけだよ」

 

  ……何言ってんだ、こいつ。

 

「悪いけど、俺は逃げないよ」

 

「え?」

 

「俺はやらなきゃいけないことがあるから。いくらホシノのお願いでも聞けない」

 

 ……今は話している時間も惜しいかもな。話し合いは後に回して、今はとりあえずアリウスのところ……いや、まずは誰も来ないように俺一人でやることをみんなに言うところからだな。

 確かハナコが今トリニティをどうこうしてるんだっけ。じゃあまずはハナコに会いに行くところからだな。

 

 思考もまとまったところで、ベッドから抜け出る──直前、何故かホシノが俺に覆い被さってくる。俺も抵抗したけど、全快してない今だと普通に力負けしてベッドに押し倒された。両腕を掴まれて、拘束されている。

 

「ホシノ?」

 

「何で行こうとしてるの?」

 

 腕を掴まれる力が強くなった。

 

「一緒に逃げようって、そう言ってるじゃん」

 

「何……何を、お前は……」

 

「お願いだから、行かないでよ……」

 

 とても弱々しい声だった。何も言えなくなって、黙り込む。

 

「言ったじゃん……もう、一人にしないって……なのに、何で行こうとするの……?」

 

「いや……それ、は……俺は、帰ってくるよ」

 

「私がいなかったら、死んでたのに?」

 

 ぎゅっと、更に掴む力が強くなる。少し痛い。

 

「もう傷ついて欲しくない。頑張って欲しくない。無理して欲しくない。カケルが死んだら、そしたら私はどうしたらいいの?」

 

「……」

 

 何も、言えなかった。

 

「……でも……俺は、やらなきゃ、いけないんだ」

 

「何で? そんなに使命が大事なの?」

 

「そう……その、はずなんだ」

 

 何か、不安定だ。今にも地面が崩れ落ちてしまいそうな、不安がある。

 俺は何を恐れているんだ?

 

「先生って人のために使命を果たさなきゃいけないんだったっけ」

 

「ああ……だから、行かなきゃいけなくて」

 

「そんなにその先生が大事なの? 詳細は知らないけど……それは、自分や私より優先しないといけないことなの?」

 

「……そうだよ。俺は、使命を果たさなきゃいけない」

 

 何か、根底が揺るがされそうな空気の中。その事実だけは確かで、俺を固定させてくれる。

 そう。俺は必ず使命を果たさなければいけない。これはどんなことが起ころうと確かなことで、少なくとも不変のものだ。

 

「何で」

 

「贖罪のため」

 

「贖罪……?」

 

 少しの沈黙。ホシノの思案顔を見た後、俺は目を逸らす。それから、ホシノの震えた声が聞こえた。

 

「……まさか、ユメ先輩の……」

 

「……」

 

 どんな顔をしているかは、分からなかった。だって目を逸らしてしまってたから。

 

「違う……違うよ! ユメ先輩が、死んじゃったのはカケルのせいじゃない!」

 

「違う。俺のせいだ。だから俺は人を救って、償い続けなきゃいけない」

 

「そんなわけ……!」

 

「何と言おうと、この気持ちは変わらないよ。例え世界が俺を許しても、俺は俺を許せない。無駄だよ」

 

 それから、ただ長い長い沈黙が続いた。腕の痛みがはっきりとしてきて、離してほしいけれど……そんなことを言えるような雰囲気ではない。

 でも、このままだと変わらないことも事実だった。

 

「ホシノ。どいてくれ」

 

「っ……嫌だ」

 

「ホシノ」

 

「どいたら、行っちゃうんでしょ」

 

 もっと掴む力が強くなった。痛い。

 

「絶対に戻ってくるから」

 

「嘘だ。仮に戻ってきても、また傷だらけなんでしょ」

 

「それは……そうかも、しれないけど」

 

「だったら無理だよ。絶対行かせられない」

 

 ……ゆっくりと、目をホシノに向ける。とても悲痛な顔をしていた。

 言いたいことは分かる。分かるけど、それでも、俺は……

 

「頼むよ、ホシノ。どいてくれ」

 

「……」

 

「絶対約束するから。無事に戻ってくるって」

 

「……絶対?」

 

「絶対」

 

 目を合わせて、力強く言った。

 

「………………分かった」

 

「……ありがとう」

 

 本当に、渋々といった様子だったけど……ホシノは手を離して、俺の上からどいてくれた。ベッドから抜け出し、立ち上がる。掴まれてた箇所を見れば、赤くなっていた。

 

 改めてホシノを見れば、何か言いたげな顔。

 

「どうした?」

 

「……行ってもいいけど、一つだけ」

 

「?」

 

 ホシノが俺の腕を取る。また拘束されるかと思ったが、今度は腕を掴まずに手を握ってくる。

 

「私も一緒に行く」

 

「!」

 

「カケルがどうしても行くっていうなら……せめて、隣で守らせて」

 

 手が硬く握りしめられる。痛くはない。

 

「……それは……」

 

「お願い」

 

 あまりに強い光を宿した瞳。眩くて、目を瞑りたくなる程に。

 

 それから、考えて。まあ仕方ないことかと思って、承諾しようとして……体が動かなくなった。

 

「……? カケル?」

 

 心配したホシノが、俺の手を離して、顔に触れようとして……その手が気が付けば払われていた。払ったのは、俺の手。

 

 パシっと、乾いた音が鳴った。

 

「え」

 

 ホシノの目が見開かれる。俺を見つめてきて……だけど、俺はそれを気にする暇がなかった。

 

 気づいてしまった。俺は……俺が、使命にこだわってた理由……

 

「か、カケル……何で……?」

 

 その怯えたような声を聞いて、ようやく意識を現実に向ける。泣きそうな顔をしたホシノがそこにいた。

 

「ちがっ……その、これは……使命は、俺一人でやらなきゃいけないことで……」

 

 咄嗟に出てくる言い訳は、意味も理屈も通っていない意味不明なもの。でも、バレちゃいけない。バレなきゃ、それでいいから……

 

 

 

「何で、そんなに怯えた顔をしてるの……?」

 

 

 

 心臓が跳ねた。このままだと、まずい。でも、追いかけてこられたら……

 

「……使命を果たすってだけなら、人に協力させてもいいよね」

 

「いやっ……俺の使命は、生徒を守ることで……だから、生徒は協力させることは……」

 

「いつも、私に対しての接し方って生徒じゃなかったよね」

 

「……そんな、ことは」

 

 言葉が一瞬詰まる。

 ホシノがこっちを見ている。まるで、見透かすような。そんな顔で。

 

 手が震える。無意識のうちに、狙いを定めている。頭の中が恐怖でいっぱいになって。

 

「もしかして……カケルが、使命に固執する理由って──!?」

 

 考えるより先に、体が動いた。その事実を突きつけられたくなくて、ホシノの首を手で締めて壁に叩きつける。

 

「っ黙れ! 俺が使命を果たす理由は先生のためだ! それ以上でも、それ以下でもない!」

 

「……! っ、!」

 

「そもそも、理由は関係ないはずだ! 俺は使命を果たすだけで、その役割の歯車になるだけでいいんだ!」

 

 そうだ。そんなものが必要なわけない。意味も理由もなく人を救うことこそ、俺のあるべき姿で……だからこそ、許せない。

 

「っ、は、かっ……」

 

「……!」

 

 苦しそうな声と顔。それを認識した途端、さっきまで熱くなってた感情が急速に冷えて、それで手を離した。ホシノが床に崩れ落ちる。

 

「っ、あ……ほ、ホシノ……俺……」

 

 俺は、何をしていた。

 

 今、俺はホシノを傷つけて……何で、そんなこと……

 途端に芽生える罪悪感と自己嫌悪。勝手に足が後ずさって、ホシノから離れていく。

 

「かけ、る……」

 

「違っ、違う……こんなことするつもりじゃ……」

 

 そんな言い訳して何になる。ほら、知っているだろう。自分の罪を償うための方法。

 そうだ。みんなを助けなきゃ。動かないと。早くしないと。

 

「ま、待って……カケル……!」

 

 出口に走り出す直前。ホシノが、俺に縋り付いてくる。俺の腕を掴んで、立ちあがろうとしていたのを助ける。

 

「……ごめん、ホシノ。急に首絞めたりして。本当に、最低だよな」

 

「っ、カケル、私は……」

 

「何も言わなくていいよ。ホシノ」

 

 俺を見上げてくるホシノ。その頬に手を当てる。

 

「もうこんなもの捨てるから」

 

 

 

術式反転

 

 

 

「ぁ、え」

 

「ごめんな、ホシノ。一生憎んでいいから、今だけは行かせてくれ」

 

 背を向けて、走り始めた。

 

 


 

 

 ただただ走る。何も考えないまま走る。俺は何をしなきゃいけないんだっけ。

 ああそうだ。これから一人でアリウスを止めに行くから、誰も来ないように言わなきゃいけないんだ。だからまずはハナコに会わないと。

 

 誰も犠牲にはさせない。誰も失わせはしない。みんな助けて、みんな幸せにする。

 

 そうしなきゃいけない。それだけが生きる意味。それ以外に何を思う必要もない。歯車にならなきゃいけない。

 

 感情を捨てろ。そうだ、感情を捨てればいい。そうすれば、何も失うことなくホシノの元に戻れる。感情を贄とすればそれでいいじゃないか。

 

「……先生?」

 

 突然、声をかけられた。

 

「ヒナ……?」

 

「よかった、目が覚めたのね……本当に、よかった……」

 

 振り向くと、安心した様子のヒナがいた。

 

「……そっちこそ。生きててよかった」

 

「……ごめんなさい。守りきれなくて……」

 

 突然、ヒナが頭を下げた。それを理解はできたけど、何で頭を下げるのかが分からない。

 

「……は?」

 

「私が、もっと早く駆けつけられていたなら……先生も、そんな傷を負わずに……」

 

「気に病む必要はない。ヒナは悪くないよ」

 

「っ……そんな、わけが……」

 

「いいから。もう少し安静にしてな」

 

 少し、突き放すような言い方だな。なんて、他人事みたいに思う。

 

「大丈夫……まだ所々痛むけど、動けはするから……一緒に戦うわ」

 

「いや。ヒナは来なくていい」

 

「……え?」

 

 顔を背ける。

 

「後は全部俺がやるから。ヒナは休んでて」

 

「でも、先生はまだ怪我を負っているし……先生一人じゃ……」

 

「大丈夫だから。信じてよ」

 

 ……信じる、か。今にして思えば笑い事だな。他人に信じてと言った俺こそ、何も信じられてなかったのに。まあどうでもいいか。

 

「ちゃんと休んでな」

 

「先生……!?待って──」

 

 また走り始めた。ただひたすらに走っていって……その最中、どこからか

 

「どけっ!!」

 

 という大きな声が聞こえてきた。誰か喧嘩しているのかな。

 

 声の方に進んでいくと、正義実現委員会の牢屋がある場所。中に入ると、何故か牢屋から出てるボロボロのミカと、コハルと、トリニティの生徒が三人。一人は銃口をコハルに向けている。

 

「何してるのかな?」

 

「せ、先生っ!?」「……」

 

 ミカとコハルが驚いた顔をし、次いで俺が誰なのか分かったトリニティの生徒たちも驚いた顔をする。

 

「暴力はダメだよ」

 

 ……思ったより威圧感のある声が出た。そんなつもりじゃなかったんだけど……

 

 俺の迫力に押されてしまったのか、三人のトリニティ生徒はそそくさと逃げていった。

 

「せ、先生……先生……」

 

 泣いてしまっているコハル。

 

「多分、コハルが……ミカを守ってくれてたのかな?ありがとう。よくやってくれたな」

 

 抱きついてくるコハル。頭を撫でる。

 

「……先生……」

 

「ミカも、大丈夫か?」

 

「えっと……うん。何て言うか、久しぶり……だね?」

 

「そうだな……何で暴力振るわれてたの?」

 

「それは……その。あの子たちが、ゲヘナを始末するチャンスだーって私を解放したんだけど、何となくやる気になれなくて、それで断ったら……」

 

 その言葉に、一瞬呆気に取られるが……理解できた。

 ミカは、もう偽りの憎しみを抱いてない。

 

「……ミカ、ちゃんと向き合える?」

 

「……それは、どういう……」

 

「セイアに、ちゃんと謝れる?」

 

 ミカの目が、揺れた。

 

 その揺らぎは雫となって、ミカの頬を流れ落ちていく。

 

「……わ、私は……」

 

 揺れて、揺れて、揺れて。

 

「……ごめん、セイアちゃん…………」

 

 そしてその果てに、心の底から出た謝罪の言葉。

 

「どうして、こうなったのかな……ごめん……ごめんね……こんなにバカで、ごめん……」

 

 ……この声は、セイアには届いているだろうか。ふとそう考えた。

 

「先生……私、セイアちゃんに会いたい……ナギちゃんにも、もう一度会いたい……こんな私じゃ、もうダメかもしれないけど……」

 

「ダメじゃないよ。君たちはやり直せるさ。俺がどうにかする」

 

「……うん……ありがとう、先生」

 

「それが、俺の使命だからさ」

 

 それから、泣き続けるミカ。コハルはいつの間にか泣き止んでたけど、ミカの涙でまた泣きそうになっていて……

 

 でも、きっと時間がない。

 

「ミカ、コハル。申し訳ないんだけど、行かなきゃいけない場所があるんだ。だから、もう行くよ」

 

「先生……」

 

「そんな心配そうな顔しないの、コハル。ミカたちが仲直りする時間を作りに行くだけさ」

 

 最後にもう一回撫でて、走り始める。

 

「先生っ!私も──」

 

 コハルの最後の言葉は、聞こえないフリをして。

 

 

 

 それから、また走り続けて……ハナコとヒフミに合流できた。

 

「「先生!」」

 

「二人とも、今どういう状況か分かる?」

 

 聞くと、古聖堂の方からアリウスとユスティナ聖徒会の大規模な軍勢がやって来ているという。このままだと、十分もすればトリニティと衝突するとのこと。

 

「……これだけの数ですと、トリニティ全員が手を取り合っても勝てるかどうか……ですが、先生がいるなら」

 

「アリウスとは俺一人で戦う」

 

「……え?」

 

 二人が、信じられないという顔で俺を見てくる。

 

「確か今はハナコがトリニティの統制をとってるんだよな。みんなに手出し無用って伝えといてくれ」

 

「な、何を、言っているんですか……!? あれだけの軍勢、普段ならともかく今の消耗した先生では」

 

「大丈夫。作戦ならあるから」

 

「で、でも。私たちも……」

 

「ダメだよ。この戦いは、本当に死ぬかもしれない戦いだ。君たちを巻き込むわけにはいかない」

 

「……なら、せめてツルギ委員長だけでも。あの人なら、死ぬことはないと……「ダメだって」

 

「俺は先生だよ」

 

 二人が黙り込む。

 

「……じゃあ、行ってくる」

 

「っま、待ってください!先生!」

 

 もう聞かなくてもいいだろう。きっと、ヒフミがつく頃には終わってるだろうし。

 

 校舎から出て、飛び出す。いつの間にか雨が降っていたようで、体がずぶ濡れになってしまう。だからどうしたって感じだけどな。

 そのまま飛び続ける……と、アリウスの軍勢に向かっていっているアズサを見つけた。

 

「アズサ」

 

「っ、先生……」

 

 アズサの目の前に降り立つ。

 

「アリウスに立ち向かうつもり?」

 

 俯くアズサ。でも、言葉ははっきりと聞こえてくる。

 

「……私のせいなんだ。だから、私が収拾をつけなきゃいけない」

 

「生徒の責任も負うのが先生だよ?後は俺に任せな」

 

「っ……だとしても、ダメなんだ。私は、取り返しのつかないことをしてしまった。だからもう戻れなくて……せめて、ここで……」

 

「アズサ。顔上げて?」

 

 言われるがまま、顔を上げるアズサ。雨がその頬を伝って、まるで泣いているみたいだ。

 

「別にいいんだよ。取り返しのつかないことしたって、生きてるんだから」

 

「でもっ、私は、ヒフミから貰った大切なものを汚してしまったっ!!そんな私がっ、みんなと一緒にいていいわけが……!」

 

「誰かと一緒にいることに、資格がいる?」

 

「……」

 

「……人を殺すのは、本当に取り返しがつかない境界線だと思うよ。でも、アズサはまだそこを踏み越えていない」

 

「……」

 

「いいんだよ。自分を許して。ヒフミだって、きっとそう言ってくれるよ」

 

「……私は……」

 

「戻って、アズサ。君はまだやり直せるはずだから」

 

「……?君は、って……先生……!?」

 

 背を向けて、走り出す。

 

 君は、君たちはまだやり直せる。人を害してしまったかもしれないけど、でもそれはまだ取り返しがつくから。

 

 俺は違う。俺はユメ先輩を殺したも同然だ。なら、許されるわけにはいかないだろ?

 

 償いを続ける。生きる意味はそれだけにある。精一杯苦しんで、苦しんで、苦しんで、それから死ね。

 

 

 

 目の前に、アリウスの軍勢がいる。

 

「……まさか、あの状態から生きていたとはな」

 

 その先頭に立っているのは、アリウススクワッドのリーダー。錠前サオリ。

 

 その手から、何かが放り投げられてそれを掴み取る。

 

「……仮面」

 

「取ったな」

 

 いつも付けていた、ペロロが象られた仮面。それに爆弾が取り付けられていて……俺の目の前で爆発する。

 

「……哀れだな……そんな物にこだわって、命を落とすとは」

 

「前も言ったよ。俺は簡単に殺せないってさ」

 

「!?」

 

 俺にまとわりつく煙が雨で払われていく。多少の傷はあるが、どれもかすり傷だ。おまけに、仮面も無傷のまま。

 

「馬鹿な、何をした!?」

 

「よく休んだからね。体を守るだけの分は回復してるよ」

 

「その仮面が無傷なのは……」

 

「俺が二年前からずっと使ってた物だからね。呪物化してるんでしょ」

 

 ……この仮面が呪物か。何とも言えない気持ちになるな。

 勧められて買った物。あの人がいたと証明できる唯一の物。

 

『カケルが顔を隠したいなら、仮面とかを買うといいんじゃないかな』

 

 ……先生。

 

「……それで、どうする?」

 

「引くとでも思っているのか?貴様にダメージ自体は通っている……加えて貴様は私たちとの戦闘で後遺症を負っているし、何よりあの時より格段に増えた戦力……ユスティナ聖徒会も今回は貴様を攻撃できる。再び条約に書き足したからな……」

 

「そう」

 

「ずいぶん余裕そうだが……いくら貴様だろうと死ぬぞ」

 

「どうだろうね」

 

「何故来たのかは知らないが……今度こそ終わりだ」

 

 一斉に銃口が俺に向けられる。

 

「……君たちも、助けに来た」

 

「……は?」

 

「俺は、みんなを助けに来たよ」

 

 その言葉を聞いたサオリは、呆気に取られた後その顔がみるみる憤怒のものに変わっていき……

 

「ふざけるなよ……助ける、だと?戯言もそこまでにしろ!今更、貴様に何ができる!?」

 

「君たちを救う」

 

「できるものか!貴様に分かるのか、毎日虐げられる苦しみが!他のやつらがのうのうと日向を歩く中、日陰で歩くことを強制された私たちの気持ちが!」

 

「できるできないじゃない。やるんだよ。それが俺の使命で、役割だ」

 

『生徒を守ってくれ』

 

 そうだ。俺は使命を果たさなければいけない。

 

『生徒を守ってくれ』

 

 俺は先生じゃなきゃいけない。

 

『生徒を守ってくれ』

 

 証明するんだ。俺は、先生だと。

 

 誰よりも生徒のことを優先する。自分のことは省みず、その存在は生徒のためにある。それ以外を望む必要はない。そんな存在にならなきゃ。生徒のための歯車にならなきゃ。

 

 

 

 ……俺の死に様は、できるだけ無様なものがいい。そんなことをふと考えた。

 砕かれて、引き裂かれて……そんな風に無様に散っていきたい。

 

 自分の人生を人のために使い続けて、そしてそんな死に方ができたなら。その時ようやく自分を許せるのかな。

 

 ああ、怖いな。感情を捨てることは、やっぱりちょっと怖い。でもこれでいいんだ。これでようやく、俺は完成できる。

 

 前に進むには、何かを捨てなきゃいけない。そしてその捨てられるものは俺だ。

 

 全てはみんなのために。

 

 さあ、さっさと終わらせよう。終わったら、もうみんなと笑うことはないと思うけど。それでいい。俺が笑うことさえ、許していいことじゃないから。

 

 

 

 でも

 

 最後に、本当の本音を言うなら

 

 やっぱり、まだ

 

 みんなと笑っていたかったな、なんてね。

 

 

 

 

 

「先生っ!!!」

 

 

 

 

 

 大きな声が、この場に響く。

 

 振り返れば、ヒフミが……コハルが、アズサが、ハナコが、いた。

 

「……何で」

 

 追いつけるはずがないのに、どうして。

 

「っ、言いたいことはいっぱいありますけど!! とりあえず、先生はお馬鹿さんです!!」

 

「、は」

 

 ヒフミが叫んだ言葉に、呆気に取られる。

 

「私、すっごい怒ってるんですよ!?」

 

「……な、何に……」

 

「色々ですよ! 散々私たちに自分を信じろって言ってたのに、先生自身が自分を信じていないのもそうですし! 私たちのこと信じるって言ってたのに全然信じてくれてないのも、色々かっこいいこと言っておいて自分では実践できてないのも、全部、全部に怒ってます!!」

 

「……」

 

「でも、一番怒ってるのは、先生が全部自分で背負ってることです!!」

 

 やめろ。こっちに来るな。

 

「先生はっ! 私たちが幸せなら、それでいいって思ってるかもしれないですけど! 私はっ、私たちはそんなの嫌です! 先生も一緒に笑える未来じゃないと、私は認めません!!」

 

「……笑えるよ。お前達が幸せなら、それで……」

 

「じゃあ、何で今そんなに辛そうな顔をしているんですか!?」

 

 俺の隣に立とうとするな。

 

「私には、好きなものがあります!」

 

「平凡で、大した個性もない私ですが……自分が好きなものについては、絶対に譲れません!」

 

 来るなよ。

 

「友情で苦難を乗り越え、努力がきちんと報われて、辛いことは慰めて、お友達と慰め合って……! 苦しいことがあっても……誰もが最後は、笑顔になれるような!」

 

 そんなことは俺に許されちゃいけない。

 

「そんなハッピーエンドが私は好きなんです!!」

 

 来ないでくれよ。もう、覚悟は決めていたはずなのに。

 

「誰が何と言おうとも、何度だって言い続けてみせます! 私たちの描くお話は、私たちが決めるんです!」

 

 何で、そんなに。

 

「終わりになんてさせません、まだまだ続けていくんです! 私たちの物語……」

 

 

 

「私たちの、青春の物語(ブルーアーカイブ)を!!」

 

 

 

 雨が涙の如く俺の頬を伝う。

 

「諦めないでくださいっ!! 全部背負おうとしないでくださいっ!!」

 

 諦めてなんてない。俺は元からお前ら全員守るつもりだ。

 

「先生にはっ、生徒(私たち)がいますっ!!!」

 

 それは違う。俺はお前らを守らなきゃいけなくて。

 

「だからっ!独りになろうとしないでくださいっ!!!」

 

 ……俺は……

 

 

 

「……ごちゃごちゃと、何を喋っている!」

 

 サオリが、声を上げた。

 

「何を叫ぼうが、何を思おうが無意味だ! これから貴様らは、私たちに滅ぼされるのだから!」

 

 それから、聖徒会に号令を出した。ゆっくりと銃口を上げる聖徒会。そいつらが何かする前に、俺がやらないといけないって思って、それで動き出す──

 

 

 

 紫の、レーザーみたいな弾幕が攻撃しようとしていた聖徒会を消し飛ばした。

 

 出所を見れば、小柄な体。白色の髪が風に靡いている。

 

「ヒナ……? 何で……?」

 

「先生」

 

 ヒナが俺のそばまで歩いてくる。

 

「……悔しいけれど、私は貴方の過去を詳しく知らない。だから、今の先生をどうにかすることはできない」

 

「ま、待て……何を、言ってるんだ?」

 

「だから……ここは私()()がどうにかするから。早く、助けに来てね」

 

 そう言って、ヒナが軍勢に向かって駆け出した。それに向かって思わず手を伸ばしたところで……後ろから、たくさんの生徒たちがやって来た。

 

 ゲヘナの風紀委員会……だけじゃない。トリニティの正義実現委員会に、シスターフッドまで……それ以外にも、色んな生徒たちが一気にやって来ていた。

 

「アリウスたちを食い止めろー!」「私たちがトリニティを守るんだ!」「先生のために頑張るぞー!」「いっぱい暴れてやる!」「みんなで力を合わせるぞ!!」

 

 俺が動かないといけないのに、体が動かない。

 

 

 

「カケル」

 

「……ホシノ」

 

 気づけば、後ろにホシノがいた。

 

「また、寂しそうな目してるよ」

 

『……寂しそうですね』

 

 過去の残像と被る。

 

「何で……」

 

「あの程度で動けなくなるわけないでしょ?」

 

 ホシノが、一歩一歩踏み締めて近づいてくる。

 その度に、ゆっくりと後退りする。

 

「っ……来ないでくれ」

 

「それは、使命から?」

 

「っそうだ! お前も、俺は守らなきゃいけなくて」

 

 頬に鋭い痛みが走る。バチン、という音が鳴ったことに後から気づいて……その更に後に、ビンタされたことに気づいた。

 

「嘘つき」

 

「ホシ、ノ」

 

「押し殺す必要なんてないんだよ。カケルは、そんな呪いに囚われなくてもいいんだよ」

 

「何を、言ってるんだよ……」

 

「……カケルは、自分が許せなかったんだよね」

 

 俺はあの人を、ユメ先輩とホシノを守ることこそ俺が生まれた意味だと思ってた。二人と会って、幸せな日々を過ごせて……だというのに、俺が壊した。

 

 何もかも、俺のせいだ。だからとにかく人を助けたかった。それが贖罪になるし、自分への罰になると考えたから。

 

 俺が生きる意味は他人のため。そうじゃなきゃいけなかった。なのに、あの時気づいてしまったんだ。

 

 ホシノが一緒に来ようとした時、何よりも先に恐怖が来た。ホシノを失うことを恐れる感情が。そしてそれは、捨ててたはずの、自分のための感情だった。

 

 気づいた時には、俺が使命を果たす理由は他人のためじゃなくて、自分のためにもなってたんだ。使命のために生きるのではなく、使命があって、それを果たすことで生きる意味を見出す。いつの間にか逆転していた。

 

 それが許せなかった。

 

「……分かるよ。自分を許せない気持ちも。だから他人のために生きる気持ちも」

 

 俺の人生は他人のためになきゃいけないんだ。自分のための人生は、ダメなんだ。

 

「でもさ。もういいんじゃないかな。少しぐらい、自分のために生きても」

 

「っいいわけあるか! 俺は、俺は……っ!」

 

 知ってたよ。俺が幸せになりたかったことなんて。

 

 先生を始めて、色んな人と会って……その度に、幸せだと思えた。それがすごく大好きで、ずっとこうだったらいいのになんて思ってた。

 

 結局、つまらないエゴなんだよ。どうしても譲れない、最後の一線。

 

「じゃあ、両方とも取っちゃおう」

 

「……は?」

 

「カケルが自分を許せないのも、幸せになりたいのも。どっちも本当だから。だったら、どっちも取ろうよ」

 

「そんなこと、できるわけ……」

 

「できるよ」

 

 手を再び握られる。優しい握り方だった。

 

「……だって、ユメ先輩に報いたいならさ。幸せに生き続けることが、最高の贖罪じゃない?」

 

 ……そんな、馬鹿な話があるかよ。

 

 幸せに生きることが贖罪になる? そんな綺麗事が通用するわけない。そんな綺麗事で、解決するわけが……

 

『でも、私はカケルくんにも幸せでいて欲しいよ』

 

 ……

 

「幸せに生きて、ユメ先輩を笑わせよ?」

 

 ……いつの間にか、日がさしていた。

 雨は地面を濡らしたまま。雲だって完全には晴れていない。でも、確かに青空があった。

 

「……いいのかな。そんな、都合のいい……」

 

「いいんだよ。だって、ヒフミちゃんが言ってたじゃん」

 

 

 

 

 

「これは、私たちの青春の物語(ブルーアーカイブ)なんだからさ」

 

 

 

 

 

「……ホシノ」

 

「うん」

 

「俺さ、まだみんなといたい。みんなと笑って、喜んで、幸せだって言いたい」

 

「うん」

 

「だから……そのために……」

 

 一瞬、言い淀む。だけど……

 

「……俺に、力を貸してくれ」

 

「……やっと言ってくれた」

 

 微笑むホシノ。日の光が鮮やかに照らしていて、すごく綺麗だ。

 

「それじゃ、行こっか」

 

 手を引っ張られる。

 

 ……正直、まだ迷ってる部分はある。俺は幸せになっていいのか。そんなことが、贖罪になりうるのか。分かんないし、怖い。

 でも、ヒフミが、ヒナが、ホシノが……それだけじゃなくて、きっとみんなが俺を思ってくれてるから。それを裏切るわけにはいかないなって。

 

 まあ、今はそれより大事なことがある。既に戦いが始まっているのが見えた。ヒナにも助けに来てねと言われたことだし、早く行かないとな。

 

 ……いや、その前に。

 

「ごめん、ホシノ」

 

「? 急にどうしたの?」

 

「さっき、首絞めて……そのまま、逃げたこと」

 

 いくらなんでも酷すぎる。先生どころか人間として失格レベルだ。

 

「あぁー……まあ、あの時は結構ショックだったけどさ」

 

「はい……」

 

「でも、カケルがこれから自分を少しでも大切にするって約束するなら、それでチャラにしてあげるよ」

 

 少しいたずらっぽく微笑むホシノ。また頭が上がらなくなる要因が一つ増えたな。

 

「……分かった、頑張ってみる。ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 なんか、もう。本当に自分が嫌になってくるな。めっちゃ大きいため息が出そうだ。

 いや、今はとにかくアリウスだろう。

 

「ホシノ先輩」

 

「あれ、シロコちゃん?」

 

 そうして走ろうとした時、ひょっこりとどこからかシロコが出てきた。

 

「シロコ。久しぶり」

 

「ん。本当に久しぶり、先生」

 

「……何でここにいるのかな?」

 

「先輩が勝手に先走ったから、慌てて準備してみんなで追いかけてきた」

 

「ありゃ、それは……待って、みんな?」

 

「みんな、ホシノ先輩がいた」

 

 シロコがいつの間にか手に持っていた通信機を用いてそう言うと、すぐさまどこからかノノミとセリカも飛んできた。

 

「先生、お久しぶりです」「久しぶり、先生」

 

「ああ、久しぶり……その、なんでそんな怒ってるの?」

 

 飛んできた二人は何故だか怒りの形相だ。なんか嫌な予感がする……と思っていると、ノノミが更に怒りを露わに話し始めた。

 

「……とりあえず、言いたいことは色々あるんですけど……お二人とも、後で私たちから説教です」

 

「え?」「俺も?」

 

「前々からホシノ先輩に関しては、一人で突っ走る癖をどうにかしようって話だったのよね……だけど、今回先生も無理したって話を聞いて……まあ、そういうわけだから。これ終わったらアヤネとノノミ先輩から説教があるらしいわよ」

 

「俺は解決したからいいです」

 

「カケル!?」

 

『そうはいきませんよ……後でいーっぱい説教しますから』

 

 通信越しにアヤネからも釘を刺された。怖い。

 

「うへぇ……憂鬱になってきた……」

 

「……まあ、とりあえず聞かなかったことにしとくか。今はやんないといけないことがある」

 

 ぱっと見で戦況を読めば、多分力量的にはこっちが上なのだけど……聖徒会が不死身なせいでこっちがやや不利って感じかな。

 

「……アビドスのみんなも、悪いけど助けてくれるか?」

 

 ちゃんと目を合わせて、そう言う。

 

 そしたら、みんな一瞬ポカン、とした顔した後。すぐに各々の笑い方をして

 

「ん。当たり前」「当然です!」「当たり前でしょ!」『もちろんです!』

 

 なんて、ずいぶん個性的だなあと思うような返事をくれた。

 

「ありがとう……じゃ、いくか!」

 

 気合いを入れ直して、アリウスたちを止めるため、みんなを引き連れ戦場に向かいはじめた。




カケルくんのイメージソング:よあけのうた

ここまでぴったりの曲が投稿し始めてから、しかも呪術廻戦のエンディングとして出てくるとは思わなんだ……びっくらポンだぜ……
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