呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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小話:実は前回の話七回ぐらい書き直してる。


31. 夜明け

 互いの軍勢が銃を撃ち合っている。一見優勢なのはトリニティとゲヘナの連合軍側で、何人もの敵を消し飛ばしている……が、その実聖徒会は消しとばされた側から復活しており、アリウス側がやや優勢といったところ。

 

 その均衡を崩すには、ひとまず聖徒会を全員消し飛ばせばいいだろう。

 

 

 

輝綫

 

 

 

 空に打ち上がり、花火のように散っていく光。ユスティナ聖徒会の八割ぐらいを今ので消し飛ばしたが……すぐに復活が始まる。

 とはいえ隙ができたことに変わりはない。多くの生徒が一度撤退してくる。

 

「先生!」

 

「ヒナ。助けに来たよ」

 

 たくさんの生徒に混ざってヒナが声をかけてきたので、手を振れば嬉しそうな顔になる。

 ……何故かホシノに脇腹を軽く殴られた。俺何かしましたか。

 

「さて、とはいえ面倒だな。不死身の軍勢か」

 

「何か考えはあるの?」

 

「まあ、無くはないけど」

 

 多分あれの基になってるのはエデン条約だから……エデン条約を一回壊せばいい。

 確かセイアによると、地下墓地(カタコンベ)にあるんだっけか。

 

「よし。決まった。俺がこいつらを消してくるから……」

 

「……? カケル?」

 

 ……ちょっと、まずいか? 少し自分の感情を自覚するようになっただけなんだけど……うーん。まずいなこれ。

 

「……怖いかも」

 

「え?」

 

「いや、ちょっとしたトラウマというか」

 

 目の前でユメ先輩が死ぬ光景が脳裏に焼きついて離れない。もし、俺が離れたことで同じことが起きてしまったら……そう考えると、体が震えてきて……

 

「カケル。信じてよ」

 

 震える手に、ホシノの手が重ねられた。温かくて、安心する。さっきまでのそれが嘘のように震えがおさまった。

 

「……分かった。信じる、からな」

 

 そして、改めて飛び出す。

 

 信じる……信じる、か。前は信じたいから信じる……とか言ったけど、実際そんな簡単なものじゃないんだろうな。

 信じたいけど、信じれない時もあって。でも信じて欲しい人もいて、信じて欲しくない人もいる。

 

 じゃあ、俺はどうするべきなんだろうな。信じて裏切られたら、信じて欲しくない人がいたら。

 

 ……今は一旦いいや。とりあえず、さっさとエデン条約の破棄をしないと。

 

 飛んで行って、古聖堂だった場所に着く。少し探すと、地下に入れそうな場所があったから入ってみた。

 

 中はかなり大きい空洞で……墓地ってよりかは洞窟だ。そしてその中に異質なものが一つ。木で作られた書見台で、そこに書類が一枚。

 

 多分あれがエデン条約を為しているものだろうな。さっさと壊すかと、近づいて……何か異質さを感じ取る。

 

「初めまして。先生の代用品よ」

 

 気づくと、そいつはそこにいた。頭が二つある木の人形がスーツを着ている。そんな感じの見た目だ。

 

「誰……いや、ゲマトリアか?」

 

「ご名答。私のことはマエストロと呼んでくれたまえ」

 

芸術家(マエストロ)、ね。何の用だ」

 

「私はそなたを判断しかねている。その身に宿していた神秘を捨て、因果の外に出た者。素質は感じ得るが……今一つ判断材料が足りかねる」

 

「だから判断しに来たと?」

 

「そうだ。使い捨てるには惜しいが……そなたを判断するためならば、致し方ない代償だろう」

 

 マエストロの後ろから、怪物が現れた。

 巨大な異形だ。見た目は赤いローブをかぶっていて……腕が四本。二本は祈り、二本は……錫杖、だろうか?そんなものを持っている。

 

 しかし中身がキモいな。元は分かるんだけど、なんか色々混ざってるし不完全だこれ。

 

「教義の受肉か……」

 

「! ほう、これを理解できているのか」

 

「似たような存在と会ったことがあってね。あいつは……何だったか、憤怒?」

 

「……まさか、セトの憤怒か?」

 

「そんな名前だったんだあいつ」

 

「アレの抜け殻を見たことがあるが……そうか。そなたがやったのか」

 

「そうだね。俺が殺した」

 

 目の前のデカブツは、最初こそ動きが軋んでいたものの、段々と滑らかな動きをするようになる。

 

「しかし、何故込められた記号を理解できている?」

 

「……さあ?気づいたら見えるようになってたんだよね」

 

 上から杖が振り下ろされる。

 

「で、これも殺していいのかよ?」

 

「好きに扱うといい。これは不完全であるが故、あくまでそなたのための試金石だ」

 

 杖が俺の頭上に来た。

 

「じゃあ遠慮なく殺すか」

 

 当たる直前、一気に飛んだ。さっきまで俺がいた場所がひび割れ、陥没する。当たってたらヤバかったかもね。

 

 さて、どうしようかな。徒手空拳は呪力強化がちょっと甘めだからやりたくないし……となると、まあ術式順転か。

 

 顔がないそれが俺を見つめてくる。よく見ると頭上に天使の輪があるな。

 まあどうでもいいか。

 

 両手をかざす。

 

「輝綫」

 

 呪力を雑に放出する。二つの線がデカブツを貫く。

 

「……まだ動いてるな」

 

 もう二発。

 

「……うーん」

 

 両手じゃ足りないかもな。

 

 自分の背後に呪力の幕を作る。呪力の放出は当然ながら呪力を起点にするから、幕を張ればその分放出可能な面積が増える。

 要は何をしたかというと、超連射する準備。

 

 俺の後ろで、光がいくつも輝く。それら全てが攻撃だ。

 

 幾千の光がデカブツを貫いていく。普通に考えればこれで死ぬんだけど……ほぼ無傷だな。出力そこまで上げてないとはいえ、なんか硬くない?

 

「マエストロー?」

 

「何だ」

 

「何混ぜたのお前?」

 

「こちらで再解釈を重ね、汎用的になった記号をいくつか混ぜ込ませてもらった。不完全とはいえ、すぐに壊されるのは忍びない」

 

「へえ。具体的には」

 

「 “不壊” などだな」

 

「名前からして面倒そうなの混ぜやがって……」

 

 はあ、あんまり本気出したくないんだけど。

 まあホシノ達のことを考えれば、そうも言っていられないか。

 

 

 

 

 

 

 

極の番 「宵」

 

 

 

 

 

 

 

 岩でできていたはずの天井。当然空など見えるはずがないのに、夜が洞窟に訪れた。月は無いけれど、代わりに幾千、幾万の星々が照らしてくれている。

 そして星々は光の線となり、デカブツを貫く。

 

 瞬間、さっきまで動いていたはずのそれは、唐突に意識を失ったかのように倒れ伏した。

 

「……これは……」

 

「はい、終わり。解散解散」

 

 そして二度とデカブツは動かなかった。抜け殻が邪魔だったので、輝綫で消し飛ばす。

 さっきまで攻撃してもほとんど傷がつかなかったそれは、一撃の元に消え去る。すっきりした。

 

 そして書見台の上にあったエデン条約の紙を掴み取り……破る。これで大丈夫だな。

 

「……素晴らしい……」

 

「……は?」

 

 唐突に恍惚とした声でマエストロが喋った。何急に、気持ち悪い。

 

「想像以上だった。作品の扱い方に思わぬところが無いわけではないが……だが、それを補って余りある可能性をそなたは見せてくれた。術式、だったか。それに記号が染み付いている……いや、神秘の記号による再解釈か?」

 

「はあ」

 

「その上、そなたは私の芸術を理解しうる存在だと理解できた。特別な術や機器も無しに、捉えることができるとは……」

 

「要は何?」

 

「そなたを気に入った、ということだ。心から謝罪しよう。不完全であり、その上異物を混ぜ込んだ見るに堪えぬ物を見せたことを……」

 

 恭しく頭を下げるマエストロ。

 

「次邂逅する時は、私の傑作を見せると約束しよう」

 

「……まあ、俺にだったら何してもいいけどさ。あんま生徒に迷惑かけるなよ」

 

「努力はしよう。では代用品……否、感謝の念を込めてカケル先生と呼ばせてもらおう。そなたにまた会える時を、心待ちにしている……」

 

 そうして、マエストロは消えていった。

 

 


 

 

 カケルが古聖堂に向かった直後の時。再度の激突が起こっていた。

 

 大量のユスティナ聖徒会とアリウスの軍勢。それに対するは、トリニティの正義実現委員会やゲヘナの風紀委員会。

 

 非常事態を前にして、両者が手を取り合っていた。

 

 ただ、それでも差が大きい。相手は万全のユスティナ聖徒会で、おまけに不死身だ。いくら精鋭たちだろうと長時間相手するのは厳しいものがある。

 

 その差を覆すのは……

 

「いやぁー、思ったより柔らかいねぇ」

 

「貴方の攻撃が鋭すぎるだけよ」

 

「いひひひひ……はっはーーー!!!」

 

 小鳥遊ホシノ、空崎ヒナ、剣先ツルギ……このキヴォトスでも最強格の生徒。彼女たちが大いに暴れているため。

 

 ホシノはまるで無双ゲームをやるかの如く、集団を一つ消し飛ばしては移動して、また消し飛ばす……とやり、既に聖徒会を倒した数が概算四桁に届こうとしていた。一応カケルから吸収を食らってるはずなのだが……

 

 ツルギもまた、無双ゲームのように敵を蹴っ飛ばしたりして範囲攻撃をしている。おまけに何故か傷がついては消えていくという圧倒的回復力により、一切の躊躇なく敵に突っ込んでいっている。

 

 ヒナは中距離から神秘を込めた銃弾をばら撒き続けている。カケルがいつの間にか教えていたのか、神秘を操作できる彼女の撃った弾は地雷となり……触れれば爆発する。一度で二度美味しい攻撃でこちらもまた相当な数の敵を殲滅していた。

 

 この三人により、聖徒会はまともに動くことができないでいた。

 

「にしても死なない敵かあ……久しぶりにちゃんと運動できて、おじさんは嬉しいなあ」

 

「しょっちゅう私とも模擬戦してるでしょう……」

 

「でも最近慣れてきちゃったからさ……あっそうだ、正義実現委員会の委員長ちゃんも、今度一緒に模擬戦しない?」

 

「うひひひひ……」

 

「うんうん、よし、じゃあ来週あたりにみんなでやろっか」

 

「けひひひひ……!」

 

「……これって、私がおかしいのかしら」

 

 おまけに、結構余力もありそうである。

 

 そういうわけで、聖徒会を抑えられた現状、戦況はトリニティ・ゲヘナ連合軍の優勢だった。

 

 

 

 一方、サオリ達は……

 

「いい加減にそこを退け! アズサぁっ!!」

 

「退かない! サオリこそ、いい加減に諦めて!」

 

 一進一退の攻防を繰り広げていた。

 

 数分前、カケルの目的に気づいたサオリは、ミサキ、ヒヨリ、アツコを集め古聖堂に急行しようとし……その道を、補習授業部が塞いだ。

 

「どけ!」

 

「どかない。先生への道は、私たちが塞ぐ」

 

 真っ直ぐな目。アズサは、もう折れない。

 

「何故だ……何故、そちら側に行った、アズサ……!いい加減、理解しろ!全ては虚しいと、そう教わったはずだ!」

 

「それは違います」

 

 ヒフミがアズサの隣に立つ。

 

「お前は……」

 

「ヒフミです。私は、あなたたちにも怒っています」

 

「っお前たちの仲間を傷つけたことにか!? それはお前たちも同じだろう! ハッピーエンドを謳ったその身で……「違います」

 

 激昂するサオリの言葉を、ヒフミが遮る。

 

「私が許せないのは、あなたたちが憎しみとか、そんな暗いものが世界だと語ってることです!」

 

「……は」

 

「例えそれが本当だったとしても、ハッピーエンドは諦めちゃいけないんです! なのに、諦めて、全てが虚しいとか言って……諦めるのは、全部やってからでも遅くないです!」

 

「っ違う! この世は全て虚しいものだ! 何をしても意味などない! 全て無意味で、苦しいものだ!」

 

「それは違う、サオリ」

 

 アズサが、再び語りかける。

 

「私は学んだ……どれだけ悲痛な状況にあっても、諦めなければ道が開けるということを」

 

 思い出すのは、補習授業部でのこと。

 

「例え全てが虚しくとも、それでも諦めなければ……いつか光が差し込むことを知った」

 

 たくさん勉強をした。たくさん一緒に遊んだ。たくさん……幸せを貰った。

 

「全てに意味があるかはまだ分からない。でも、意味がなくとも、それだけでやらない理由にはならない!」

 

「ふざけるなっ!!」

 

 許せない。そんな思いがサオリを焦がしていく。

 

「どうして、どうしてお前だけ……!!」

 

 仲間がこんな目にあっているのに。私たちがこんな目にあっているのに。

 

「私たちは一緒に苦しんだ、絶望した! この灰色の世界に! 全てが虚しいこの世界に、価値なんてない!!」

 

 許せない。妬ましい。羨ましい。

 

「お前だけがそんな、青空の下に残るのか!」

 

 私たちだって、本当は……

 

「そうじゃない! きっと、これから……」

 

「これからだと!? 今更、今更か! あれだけ苦しんで、助けを求めて、誰も助けてくれなかったのに……!」

 

「サオリ!」

 

「全て無意味だ! 全て無価値だ! お前がそれを否定するなら、私もお前を否定する!」

 

 双方、銃を構える。

 

 自分の信じるものを否定されたなら……後は呪い合うしかないだろう。

 

「……みんな、力を貸してくれ。サオリを……みんなを、止めたい」

 

「もちろんです!」

 

「あ、当たり前よ!」

 

「はい、みんなで止めましょう!」

 

 

 

「ミサキ、ヒヨリ!」

 

「分かってるよ……姫は?」

 

「じゃ、じゃあ私が守りますね……し、信用できない壁ですけど、許してくださいねぇ……」

 

「……」

 

 姫と呼ばれた少女、アツコが手話で意思疎通をする。

 

「そ、そうですか……? えへ、えへへ。嬉しいですぅ」

 

 

 

 そうして、譲れないもののため。戦いがまた始まっていた。

 

 価値があるかどうか。意味があるかどうか。それを決め、認められるのはその人自身だけなんだろう。

 

 これもまた、信じることと同一なのかもしれない。そこにあると信じれば価値があるし、ないと信じれば価値などない。

 誰かのゴミが、誰かの宝物で……だからこそ、きっと主張はどっちもあっている。

 

 じゃあ、どうして彼女たちは戦うのか。

 

 答えは簡単で、自分を否定しないために、仲間を否定させないために戦い続けている。どれだけその行為が論理に反していようとも、内で燻る感情が納得できていないから、納得させるために戦う。

 

 ……いつか、誰かが言っていた気がする。自分のためだけに戦うのはいつか限界が来ると。では人のための戦いは限界が来ないのか?

 

 双方とも、形は違えど仲間のために戦う。ならばこの戦いに果てはあるのか……もし、果てがあるならそれは、彼女たちの間では終わらずに……

 

 

 

 

 

 聖徒会が、唐突に消えた。

 理由は当然、カケルがエデン条約の破棄を行ったからだ。

 

 突然消えた聖徒会。戦場に一瞬動揺が走る。

 

 ここからの一手。それを試すのは……戦場に立った数が積み上げた、経験。

 

「リーダー、これまずいよ」

 

「っ……撤退だ!」

 

「は、はいぃ!」

 

 即、撤退の判断を下せたのはサオリ。身を翻し、地下墓地(カタコンベ)に向かい始める。

 

「待てっ……うっ……」

 

「アズサちゃん!大丈夫ですか!?」

 

 それを追いかけようとするも、疲れから足が止まってしまうアズサ。

 

「……一旦休みましょう、アズサちゃん」

 

「ハナコ……でも……!」

 

「アズサちゃんはよく頑張りました。だから、ここは一回休んでみましょう?」

 

「……うん……」

 

 それから、倒れかけ……ヒフミがそれを支える。

 

「アズサちゃん……?」

 

「……」

 

「どうやら、寝てしまったようですね……今はそっとしておきましょう」

 

 そうして、戦いは終わった。

 

 


 

 

 一方、地下墓地(カタコンベ)に入ってからも走り続ける四人。そのうち、追っ手が来ないことを確認すると一度座り込む。

 

「はあっ、はあっ……っ……」

 

「リーダー……」

 

 帽子のつばがサオリの顔を隠している。

 

「こ、これってぇ……その、もしかして……」

 

「うん。私たちの負けだね」

 

「……」

 

 ミサキの言葉に、黙り込んでしまう四人。

 その沈黙を破ったのは……

 

「ねえ、サオリ」

 

「「「!?」」」

 

 秤アツコ。彼女が喋った。そしてそのことに驚きを示す三人。

 

「なっ、姫!?ダメだ、喋ると彼女が──「大丈夫、もう全部終わりだから」

 

 淡々と話すアツコ。

 

「それにどちらにせよ、彼女は私を生かしておくつもりはなかったはず。だから、良いの」

 

「……?」

 

「もうやめよう、サオリ……みんなも。一緒に逃げよう?」

 

「逃げる……」

 

 呆然と呟くサオリ。

 

「うん。アズサが教えてくれた。いつからか持っていたこれは……私たちの憎しみじゃない。この憎しみを、私たちは習った。それからずっと、私たちのものだと思い込んでいた」

 

「……」

 

「だから逃げよう。この場から、アリウスから。いつの間にか植え付けられた、私たちのものじゃないはずの憎しみから」

 

 そして──

 

 


 

 

 飛んで行く。できる限り速く。

 

 とにかく速く飛び続けて……みんなの元に帰ってきた。

 

「みんな!」

 

 そう呼びかければ、口々に「先生」と俺を呼ぶ声。

 どうやら戦いは終わったっぽいけど……戦ってたみんなは、アリウスのみんなはどうなった……?

 

 ……後ろで戦況を見ていた生徒達によると、とりあえず死者はいないらしい。重傷を負った子もいないっぽいし、そこは大丈夫だ。

 ただ、アリウスは逃げてしまったとのこと。それを聞いて、何だか……胸にぽっかりと穴が空いた気分になった。

 

 そうか……戦いは終わって、アリウスも逃げちゃって……ああ、そうか。終わりか。

 何となく、ぼーっと自分の手のひらを見つめる。

 

 誰かの手が重ねられた。

 

「カケル、大丈夫?」

 

「ホシノ……」

 

「ぼーっとしてさ。流石に疲れた?」

 

「……そうだな……多分、そうだ……」

 

 色々と、ありすぎたな。

 襲撃されて、いきなり非日常になって……みんなを助けなきゃってなって、一人で抱え込むなと叱られて……

 

「疲れたなら、ほら」

 

 そう言ってホシノが腕を大きく開く。

 

「……は?」

 

「その反応は無くない? いつもカケルがやってくれてることだよ」

 

「……え、いやでも、俺は──「いいから」

 

 半ば無理やり抱きしめられ、その時ついでに俺の足も払われて強制的に体重を預けさせられた。

 

「わ、っと」

 

「お前さ……いや、なんかもういいや」

 

 ここまで来ると、拒否するのも馬鹿らしくなってきた。完全に身を委ねる。

 

「……無理はするなよ」

 

「してないよ。むしろ嬉しいぐらいだよ」

 

「……ははっ、何だそりゃ……」

 

 ああ、でも……なんかあんしんするな……

 

 このまま、ねてしまっても……

 

 


 

 

「で、そのまま寝たというわけか」

 

「何で俺から話させた? お前なら見えてたよな?」

 

「いやはや、話している最中に顔をほんのり恥辱に染める君はなかなか面白かったよ」

 

「……」

 

 こいつ良い性格してるな……

 

 ということで、ホシノに抱かれて寝た俺は、そのままセイアと対談をし始めていた。

 

「そんな顔をしないでくれ。君が勝手に目覚め、自身のあれそれを代償としようとした時正直かなり焦ったんだ。これぐらいの意趣返しは勘弁してもらいたいね」

 

「……そんな焦ることあるか?」

 

「君がいなくなるのは、恐らくバッドエンドを更に加速させてしまうからね」

 

「でも俺がやってればそもそもバッドエンドを回避できたんじゃないか?」

 

「それは所詮応急処置だよ。ヒビが入ったカップを補修してまで使っても、近いうちに壊れるだろう?」

 

「……まあ、結局は起こらなかったことだ。議論するだけ無駄だと思う」

 

「逃げたね」

 

 馬鹿にするような笑いをされた。反論できないのが一番腹立つ。

 

「で、実際ハッピーエンド……まあ、少なくともバッドは回避できたけど、君はどう思うよ」

 

「……正直に言うと、驚愕かな。まさかあの状況から好転するとは思わなんだ」

 

「だから諦めちゃダメだって言った……言ったっけ」

 

「言ったのはヒフミだね。君はその真反対を突き進んでいたよ」

 

「……」

 

 良い性格してるなあ……言い返せないが。

 

「……とはいえ、その言葉にも多少同調できるようになったかな。実績を見せられれば、流石の私も反論ができなくなるというものだ」

 

「だろうね。俺だって変えられたし……」

 

「……諦めなければ道は開く、か」

 

 今回は本当にヒフミとホシノに助けられた。

 

 ヒフミが道を示してくれなければ、ホシノが隣に立ってくれなければ……今頃俺は物言わぬ歯車になっていただろう。

 

「……とにかく、これでどんな未来もどうにかなるかもしれないって証明されたわけだ。だから早く起きなよ?」

 

「ミカのため、かい?」

 

「そう言うってことは、見てたか」

 

「もちろんさ」

 

「……ミカのことは、許せるか?」

 

「許せるさ。彼女は心から悔やんで、涙まで流したんだ。それに応えない選択肢はないよ」

 

「そうか……よかった。ありがとうな」

 

 そう言えば、セイアは困惑した顔をして……すぐ合点がいったという顔になる。

 

「全く、君は軽率に感謝をばら撒きすぎる。今回の件は当然のことだろう」

 

「でも、俺が嬉しいからさ。またミカと仲良くしてくれ」

 

「まあ、別に以前も仲が良かったわけではないがね」

 

「……」

 

 まあ、なんか相性悪そうなのはわかる。

 

「それで、君はこれからどうするつもりだい?」

 

「? どういう意味?」

 

「今回、君は今までの在り方を大きく拒絶されたんだ。今まで通り先生をやるのは困難……とは言わずとも、まあ難儀なものになるだろうね」

 

「……まあ、そうだな。一回考え直さなきゃいけない気はしてるよ」

 

 俺が今まで先生をやっていたのは、結局のところ使命感から来るものだった。それを否定……いや、厳密に言えば否定はされてないけど。

 まあとにかく、今まで使命に生きることだけを考えて生きてきたけど。少しは自分のために生きてみるのもありなのかと思って。だったら

 

「先生をやめるってのも、ありなのかな」

 

 ……まあ、流石に結論を急きすぎている気もするけど。そういう可能性もあると思う。

 

「結論は出そうかな?」

 

「……まだ。もう少し考える時間は欲しいな」

 

 これから、どうなっていくかな。分からないけど……

 

「でも、きっとどうにかなると思う」

 

「……何故?」

 

「何故って聞かれると困るけど……そうだな」

 

 少し考えてみて、脳裏に浮かんできたのは……

 

 

 

 

 

「俺には、頼れる仲間がいるからね」

 

 

 

 

 

「……そうか」

 

 そう言ってくれたセイアの顔は、とても穏やかなもので……多分俺も同じ顔をしていたんだろうな。

 

「セイアも、これからどうするの?」

 

「……いい加減、私も向き合うべきなんだろう。目覚めて対話してみるさ」

 

 ふっと笑って、セイアはそう言う。

 

「そっか。ナギサとミカのこと……信じられる?」

 

「愚問だな、先生。信じたいことが信じることだと言ったのは君だろう?」

 

 その言葉に思わず口をぽかんと開けてしまって。

 

「……はっ、そりゃそうだ」

 

 なんて、そう言った。

 

 


 

 

 そして日常へ回帰する。

 

 未だ事件の傷跡は残れども、いつしか傷は治っていくものだ。いつか今が過去として語られる日が来て……そしてそれは多分そう遠く無いんだろうな。

 

 ……これから、俺はどうしていくかについてだが……ひとまず、先生は続けていくことになった。

 というのも、先生をやめるかもということをリンちゃんに話してみたところ

 

『はい? まさかエデン条約の件やトリニティのごたごたで仕事が大幅に増えている今、やめるとおっしゃったのですか? そんなこと急に言われても対応しきれませんし、第一あなたが先生をやめたいと考えてもあなたを慕っている生徒はそれなりにいるのですよ? だというのによくそこまで無責任なことが言えるものですね』

 

『いや、あの……あくまでやめるかもってだけなんで……実際はそこまで簡単には』

 

『つまり冗談で言ってみただけだと? それこそ無責任でしょう。その “かも” 一つでどれだけのことが起こると考えているのですか? 前から思っていましたが先生は自分の立場やそれが持つ影響力について理解していないのですか?』

 

『……すみません……』

 

 思い出すだけで胃痛がしてくる。まあ全面的に俺が悪いので仕方ないけど。

 

 そういうわけで先生はやめられない……というのは、まあ流石に冗談だ。半分くらいは。

 

 実際、一番大きい理由は先生をやめたくないと俺が思っているから。

 理由は……正直自分でも分かってない。もしかしたら自分の存在価値を先生であることに見出してる……とかなのかもしれないし、シャーレのお給金がいいからかも。

 

 今すぐに答えを出す必要はない、のだと思う。悩んで、悩んで、悩んで。その果てに出た答えこそ、きっと後悔しないために必要なものだから。

 

 まあとにかく。そういうわけでこれからもしばらくは先生をやっていく。

 

 ただ、全く前と同じってのもなんか成長してない気がしてあれなので、ちょっとした変化を加えることにした……って言っても、そんな大袈裟なもんじゃない。一つはシャーレの当番制……あれを使うようにしたってだけ。

 エデン条約の一件後、マジで色んな人に「一人で抱え込むな」とお叱りを受け、流石に人を頼ることを覚えてみることにした。これはその第一歩だ。

 

 そしてもう一つ。仮面を被るのをやめることにした。エデン条約の件で、ほとんど仮面つけずに活動したせいでキヴォトス中に素顔が結構知れ渡った。ってのと、後は……俺が今まで仮面をつけてた理由が関係してる。

 

 多分、自分を押し殺す意味を込めて仮面をつけてたのかなと今になって思うんだ。で、それなら自分を押し殺さなくてもいい今、仮面に固執する意味もないかなって。

 まあそれはそれとして先生との思い出の品ではあるから、お守りとして持ち歩くつもりだけど。

 

 ……これから、どうなっていくかな。結局、俺はどう在るべきなんだろう。不安がいっぱいで、足がすくみそうにもなるが、それでも足を止めることはない。

 

 この日々の最果てにきっと光が待っていると、そう信じたい。

 だからまだ手を伸ばし続ける。

 

 それだけの話。




でかい章が終わったー!
なんか完結しそうな雰囲気ですが、少なくとも最終章までは書くつもりではあります。

この後は幕間を一話だけ投稿して、カルバノグ一章です。
ただ、私情により更に投稿ペースが下がるかも……少なくとも週一では投稿するので許してください。
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