呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

39 / 67
課題を無視して書く小説は楽しいですね。


幕間:心の拠り所

 アラームの音で目が覚めた。ぐっすり寝たなあーと思いつつ、ベッドから体を起こす。

 

 最近当番制を使い始めたおかげか、徹夜することも結構少なくなって、ちゃんと寝れる日も増えた。何で今まで使ってこなかったんだ? 過去の自分を殴りたい。

 

 パジャマから仕事着に着替えつつ、携帯を手に取る。と、何やらメッセージが来ていた。ノノミからだ。

 

 アビドスに何かあったのかと懸念しつつ、モモトークを開く。

 

『先生。実は最近ホシノ先輩がことあるごとに先生のことを気にかけていて』

 

『先日の一件以降、ずっとそんな様子で……どんな時でも上の空で、何だか怖いんです』

 

『そこでご相談なのですが。どこかでホシノ先輩のために時間をとってくれませんか?』

 

『この問題はきっと先生にしか解決できないと思います。なので、どうかお願いします』

 

 ……なるほどねぇ。

 

 まあ、エデン条約の件ではいろいろ迷惑かけまくったし、危ない橋を渡りまくってたし……心配になるのも無理はないか。

 断るという選択肢は無いな。そう考えて『分かった。いつでもホシノを送ってもらっていいよ』と返信しておく。

 

 ……いつでもとは言ったけど、全然仕事あるな。いやでも毎回期限が明日までのやつはやってるし……

 そんなことを考えつつ朝の支度を進める。歯磨きしたり顔洗ったり朝ごはん食べたり……

 

 そこら辺が終わったら、そろそろ仕事の時間だ。いつものオフィスに向かい、中に入る……

 

「や」

 

「うっわ」

 

「人の顔を見るなり失礼じゃない?」

 

 既にホシノがいた。我が物顔でソファに座っている。

 思わずがっつりと顔を顰めてしまったのが気に食わないのか、ホシノがむっとした顔をする。

 

「もう来たのかよ」

 

「早いでしょ?」

 

「早すぎる。俺が返信したの十何分前だぞ」

 

「エデン条約の時は十分で駆けつけたから、まだ遅い方だよ」

 

「なんて?」

 

 今恐ろしい事実を聞いてしまったような……聞かなかったことにしておこう。

 

「……で、何かずっと俺のこと考えてるって聞いたんだけど」

 

「そうそう。いや〜この前の一件以来、ずーっと考えててさ……一体何でなんだろうね?」

 

「すみません……」

 

 頭を下げることしかできない。ここ最近頭下げすぎてそろそろ身長が縮まりそうだ。

 

「まあそういうことで、ちょっと話したいことがあるんだけど……室内でっていうのも何だし、歩きながら話さない?」

 

「はい」

 

「後敬語使うのやめよっか」

 

「えい」

 

 ホシノの前に立つ、と何故かホシノがまたしてもむすっとした顔をした。

 

「……何?」

 

「女の子と二人っきりで出かけるのに、仕事着はないんじゃない?」

 

「話すだけなんだし、良いだろ」

 

「女心が分かってないねー」

 

 やれやれと首を振るホシノ。なんやねん。

 

「まあ、分かったよ。私服に着替えてくるから……」

 

「いや……良いこと思いついちゃった」

 

 碌なことじゃなさそうだな。にやりと笑う顔を見てそう思った。

 

「まだアビドスの制服持ってる?」

 

「……持ってるけど」

 

「じゃあそれ着てきてよ。久しぶりに見たいな」

 

 お願い、と可愛げのある仕草をしてきた。そんなことしなくても着てくるわ。

 自分の部屋に戻って、クローゼットを開ける。奥の方にかけられていたそれを手に取って、着てみる。

 

 ……思ったより着れてるな。二年前から成長してないってことか?

 

 白いワイシャツに水色のネクタイ。その上からフード付きの青いアウター。下は黒い長ズボン。

 後は袖を捲って、二年前スタイルだ。

 

 軽く体を動かしても、問題無さそうだ。嬉しいような悲しいような……

 オフィスに戻ると、ホシノからおお、と感嘆の声が上がった。

 

「まんまだ……」

 

「これでいいか?」

 

「大満足だよー。またこの格好で一緒に歩けるなんてね」

 

 俺の周りを回りながら、ジロジロと見てくる。

 

「……ふへっ」

 

「笑い方がキモいな」

 

「何か辛辣じゃない?」

 

「昔はこんくらいだったろ」

 

「何、もしかして意識してくれてるの?」

 

「まあ、ちょっとだけ」

 

 ……なんか恥ずかしくて、そっぽを向いた。

 視界の端にホシノが俺を見てるのが映るけど、気にせず明後日の方を見続ける。

 

 ……数十秒ぐらいそれをやって、先に俺に限界が来た。

 

「だぁーもう! こんなことしてる暇あるならさっさと行くぞ!」

 

「ありゃ、もう終わりなの?」

 

「終わりだよ! もういいから!」

 

 無理やりこの話題を終わらせるため、大声を出す。

 そんな俺を見てホシノはふっ、と微笑むと俺の方に手を差し出してくる。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 なんて、わざとらしく昔みたいな口調を使ってきて。

 一瞬自分が学生に戻ったような錯覚をした。

 

「ほら、カケル」

 

「……分かってるよ」

 

 差し出された手を掴む。互いの手が触れ合うけど、それだけじゃ足りないのかホシノは指まで絡めてきた。

 それから目と目が合うと、ホシノは少し恥ずかしそうに笑うのだった。

 

 


 

 

 二人で並んで外を歩く。外側に緑いっぱいの木々が植えられてる並木道。いつもより空気が美味しい気がするな。

 握られた手はホシノによってご機嫌そうに前後に揺らされている。子供かよ。

 

「……で、話は?」

 

「まあまあ。せっかく二人っきりだし、もう少し歩いてからでもよくない?」

 

「一応俺仕事あるんだけど」

 

「じゃあダメ?」

 

「……ダメじゃないけどさ」

 

「やった」

 

 嬉しそうに笑うホシノ。俺はどうにもこいつには勝てないな。

 

 二人並んで歩き続ける。特に何も話すことなく、ただ歩く。それが何故だかとても心地よくて……いつまでも続けば良いのに、なんて考えた。

 木漏れ日が照らす道。周りを見ればそれなりに人もいる。平穏な光景。

 

「カケルってさ。好きな人とかいる?」

 

「……は? 何急に」

 

「雑談の定番みたいなもんじゃん。いいから、ほら」

 

「えぇ……」

 

 好きな人と言われてもなあ……この場合の好きな人って当然恋愛的な意味だろ?

 繋いでない方の手を顎に当て、考える。

 

 んーーー…………

 

「いない」

 

「だと思ったけどさ」

 

「何で聞いた?」

 

 だよねーみたいな顔のホシノ。マジで何で聞いたんだよ。

 

「逆にそっちはいるの?」

 

「いるけど」

 

「へぇ。いる……いる!?」

 

「うん」

 

 思わず顔をホシノの方に向けると、平然……いや耳が赤くなってるな。

 

「えー……えぇ……マジか……」

 

「ショック?」

 

「そもそもお前に好きな人とかいう概念があったことがショック」

 

「は?」

 

「あっちょっと待って手をそんなに強く握らないで痛たたたた!?」

 

 骨を折る勢いで全力で握られる。痛すぎて手を引っ込めようとしてもガッチリホールドされてて抜け出せねえ! ヘルプ!

 

「ちょ、本当に痛い! めっちゃ痛い!」

 

「相変わらずカケルの悲鳴は耳に良いねー」

 

「悪かった! 俺が悪かったからそろそろ離して!?」

 

 必死の懇願の末、何とか手を離してもらった。自由になった右手を自分の顔の近くに引っ込める。

 

「全く……一応私だって女の子なんだよ?」

 

「自分で一応って言ってる時点でなあ……」

 

「もう一回痛い目見たいのかな?」

 

 ホシノが笑顔で左手をぐっぱぐっぱと開閉する。怖い。

 

「それはそれとして。好きな人ねぇ……マジかぁ……え、いつから?」

 

「二年前にはもう」

 

「そんな前から……!?」

 

 なんか今すごいな。驚きと興味とワクワクが複雑に混ざり合って、顔がにやけそうだ。人の恋愛事情って面白いな。

 

「そんな人がいたんだ……へぇー……?」

 

「……めっちゃ顔にやけてるよ?」

 

「はっ」

 

 口元に力を入れ直して、真面目な顔にする。ついでにこほんと咳払いもして場を整える。

 

「で、告白とかは?」

 

「してないし、する気もないんだよね」

 

「? 何で?」

 

 恥ずかしそうに頬を掻きながら、苦笑気味にホシノは答える。

 

「私の一方的な片思いだし……それに、それを伝えて断られるのが怖いんだよね。そんな風に思ってなかったってさ」

 

「あぁー……なるほどね」

 

「迷惑になりたくもないし……だったら、今のままの関係でいいと思うんだ」

 

 どこか悲しげな笑顔のホシノ。うへへ、と笑ってはいるが元気が無さそうだ。

 

「まあ、無理に告白する必要はないんじゃない?」

 

「だよねー……」

 

「とはいえ受け身のままってのもアレだし……勇気が出たら告白してみるってのはどう?」

 

「……勇気が出たら、か」

 

 そう呟いた後、納得したような顔を見せてくれた。

 

「そうだね……ありがと、カケル」

 

「どういたしまして。頑張れよー」

 

「……うん。ところでもう一つ相談なんだけどさ」

 

「ん?」

 

「一発全力で殴らせてくれない?」

 

「何で?」

 

「いいから、ね?」

 

 そう言って全力の神秘を込めた拳を構えるホシノ。じりじりと後ずさる俺。遠慮なく走ってくるホシノ……助走の勢いがついた拳が俺の顔を……

 

「あっぶな!?」

 

「避けないでよー」

 

「避けるだろ! 急に何!?」

 

「めっちゃ腹立ったからさ」

 

「はい!?」

 

 その後追いかけっこが始まり、並木道を抜け、都市部を走り抜け、どこかの不良たちのアジトをぶち抜き……そうしたの逃避行の末に俺が殴られた。めっちゃ痛かった。

 

 ちなみにここはどこかの廃ビル跡だ。地獄の追いかけっこの末ここに逃げ込んだ俺を、ホシノが上から急襲して決着がついた。

 

「俺なんかしたぁ……?」

 

「まあまあまあ」

 

 本当に何なんだ……頭のたんこぶが痛むんだけど。解せぬ。

 

「というか、まさか話ってこれじゃないよな?」

 

「そんなわけないじゃん。相変わらず馬鹿だね」

 

「第二ラウンド始めたいならそう言えよ」

 

「冗談だよー」

 

 笑って誤魔化された。

 

 何となくそのままじーっと見つめてると、少し息が上がってるように見える。まあ全力で逃げたし無理もないか。

 

「はあ……とりあえずここじゃなんだし、適当に落ち着ける場所に行くぞ」

 

「え? 別に私はここでもいいけど?」

 

「俺が良くない。近くに喫茶店があるっぽいし、そこ行くぞ」

 

 手を差し伸べる。ホシノはその手をじっと見つめた後、ふっと笑って手を取った。

 

「……何だよ」

 

「いやあ? 別に何でもないよ?」

 

 ……なんか、こいつずっと笑ってるな。何が嬉しいんだか。

 

 携帯で調べた喫茶店に向かう。柔らかな風を感じながら着いたそこは、何だか雰囲気がある……というか、古めかしいっていうのかな。そんな感じのお店だった。

 

 扉を開く。からんころんと鈴が鳴った。

 

 穏やかな音楽が流れる店内を案内されて、窓際の席に対面で座る。

 こういう喫茶店で流れる音楽ってなんていうんだろうな。あまりそっちには詳しく無いから何となくいい曲だなーと毎回思ってる。

 

 一息ついていると、店員さんがお冷を持ってきた。窓からの光に照らされ、輝いているそれを一口飲む。氷がからん、と音を立てた。

 

「……で、いい加減本題に入らないか?」

 

「うーん……その前に何か頼まない?」

 

「お前……」

 

 はあ、とため息を吐きながらメニューを手に取る。中は美味しそうな洋食の写真で彩られていた。オムライスやパスタ、ピザも……とはいえあんまりお腹減ってないし、コーヒーだけでいいかな。

 

「俺はコーヒーにするけど」

 

「大人ぶっちゃって」

 

「はいはい。そっちは?」

 

「烏龍茶で」

 

「……渋くない?」

 

 というか喫茶店で烏龍茶だけは何なんだ?

 

 机に置いてあったベルを鳴らし、店員さんを呼ぶ。注文を伝えるとなんか微妙そうな顔をしてたが、無視してそのまま頼んだ。

 

「で、話は?」

 

「そんな急かさなくても分かってるって」

 

 本当かなあ。さっきからはぐらかされてる気がするんだけど。

 

 ホシノもお冷をあおった。氷の音。音楽が流れてるのによく聞こえる。矛盾してるけど、静かな雰囲気だ。

 

「……単刀直入に聞くんだけどさ。まだ先生続けるの?」

 

 今までとは打って変わった声色。昔みたいな低めの声でホシノは問いかけてくる。

 

「まあ、そうだな」

 

「何で?」

 

「うーん。何でって聞かれると……まだ自分でもよく分かってないんだよね」

 

「まだ贖罪とか、使命とか。そんなこと考えてないよね?」

 

「……んー……実を言うと、まだ考えてるかも」

 

「えっ?」

 

 正直に話すと、目を見開くホシノ。

 

「まあ、正直に言うとね。嘘ついてもしょうがないし」

 

「えっ、いや……えぇ……?」

 

 その顔がどんどん様相を変えていく。最初は驚きだったのが、今では信じられないという文字が浮かび上がっているようだ。

 

「色々事情があってさ……お前には悪いけど、そう簡単には変えられないっぽいわ」

 

「何で他人事みたいな……はあ」

 

「そんなため息つかなくても……大丈夫だよ」

 

 安心させるように微笑むが、冷たい視線はそのままだ。そんなに信頼ないかな俺……

 

 それからまた何か言葉を発そうとして、その前に注文したものが来た。「お待たせしました」と言う店員さんがコーヒーと烏龍茶をそれぞれ置いてくれた。

 

 置かれた白いカップからは湯気がたちのぼっている。それは向かい側の景色を微かに歪ませ、この世界が確かなもので無いことを教えてくれた。

 

 ホシノが先にコップを手に取った。向こうのそれは冷えてるので、こっちとは違ってガラス製だ。透けて見える中身が飲まれて減っていく。からん、と夏の音。

 

「……それで良かったのか?」

 

「ん?」

 

「甘いやつとか……昔結構飲んでただろ」

 

「変わっちゃったのが気に入らない?」

 

「そういう話じゃ…………いや、そうかもな」

 

 反射的に否定しようとして、やめた。気に入らないのは多分本当だし……

 

「カケルは随分変わっちゃったのに、私には変わらないことを求めるんだね」

 

「……返す言葉もないな。考えてみれば、前からそうだった……記憶の中のお前が変わることが嫌だったんだな」

 

「まあ、私も同じ気持ちだったんだけどねー」

 

 二人だけで話す時間は、多分そういうものだった。忘れたくない過去を繰り返し続ける茶番劇。それはとても心地よくて……でも、不健全。だって人は変わり続けるから。

 

「いい加減、お互い変わったことを認めなきゃね」

 

「そうだな。過去に固執してちゃいけないもんな」

 

「そうそう、固執しちゃいけないんだよ。ね?」

 

 無言のままカップを手に取る。まだ熱いけど気にせずゆっくりとあおる。舌を火傷しそうな熱の後、苦味が口いっぱいに広がった。

 

「だから聞かせて欲しいんだよね」

 

 カップを置いて、目を正面に向ける。色が違う双眸がこちらを見据えていた。

 

「本当に先生を続けるの?」

 

 時が止まったようだ、って表現がよく当てはまる瞬間だった。周りの情報が一切遮断されて、ただホシノとその言葉だけを感じ取れるような……切り取られた一瞬。

 

子供(私たち)に人を助ける義務はない。自分の命を賭けてまで赤の他人を助けることなんて、よほどの馬鹿じゃない限りやらない」

 

 鋭い瞳だった。俺の内面を抉ってくるような鋭さ。光が宿った、とても強い瞳。

 

「それでもやるの?」

 

 ……ふと、窓から外を眺めた。どこかの生徒たちが楽しそうに話しているのが見える。

 

 俺の答えは……

 

 

「やるよ」

 

「……それは、何のために?」

 

「……義務が無いわけじゃないと思うし、依存から抜け出せた訳でもないと思う。多分、まだ俺は縛られたままなんだ」

 

 どれだけ言葉の上では取り繕えても、本心はそこにある。自分で気づかなくても、確かにそこにあるんだ。

 

 だからそれとちゃんと向き合う。否定も肯定もせず、ただ見続ける。

 

「だけど、やりたいのも本当だ。義務とか使命とかどうでも良くて、ただやりたいという気持ちも確かにある」

 

 ゆっくりと向き合っていく。がんじがらめの鎖を一つずつ解いて、少しずつ。

 

「だからやるよ。みんなのために、先生のために。そして俺のために」

 

 これが答えだった。

 

「……そっか」

 

 少し寂しそうな声が聞こえた。

 

「……まあ、その言葉。半分くらいは信じてあげるよ」

 

「えっ半分だけ?」

 

「自分の気持ちも分からずに暴走した馬鹿がカケルだからね。分かってるふりして何も分かってないかもしれないじゃん」

 

「……否定できない……」

 

 実績を元に反論されては何も言えない。ちゃんと自分の気持ちと向き合ってたつもりがアレだからな……そう考えると俺の言葉が全部薄っぺらく聞こえてくるぞ?

 

「まあでも、フリだったとしても自分のためって言えたのは成長かなー」

 

「めっちゃ上から目線だ……」

 

 ホシノが上というより俺が下に行ったのか……でも言うてこいつも大差ないと思うけどな。アビドスの一件は俺と同じぐらいのやらかしだったろ。

 

「どうしたの?」

 

「何でもない」

 

 じーっと見てたら気づかれた。適当に誤魔化してコーヒーを飲む。見られてるけど気にしない気にしない。

 

「……とにかく。カケルは先生を続けるんだね」

 

「ああ。それは絶対だ」

 

「それがカケルの選択なら、もう何も言わないし……言えないや」

 

「……悪いな」

 

「そんな罰が悪い顔しなくてもいいのに」

 

「するに決まってるだろ。結局、俺はお前に迷惑かけてばっかだ」

 

 俯けば黒い水鏡が俺の顔を映している。揺れる水面はまるで俺の心のようだ。

 

「本当に、ごめ──いった!?」

 

 突然脛を蹴られた。衝撃が骨に伝わり、思わず大きな声を出してしまう。

 

「んなっ、何を……!?」

 

「言ったじゃん。そんな顔しなくてもいいって」

 

 顔をばっと上げると、穏やかに笑うホシノ。そこにマイナスな感情なんてなくて……

 

「私、今結構嬉しいんだよ?」

 

「は……?」

 

「迷惑をかけるって、信頼してるってことだと思うからさ。カケルにそう思ってもらえるなら嬉しいなって」

 

「……なんだそれ。悪意を持って迷惑をかける奴もいるだろ」

 

「カケルはそんな人じゃないでしょ?」

 

 確信を持ったような声に、黙り込む。信頼を向けられてることがよく分かった。

 

「……あなたのことはよく知っている。結構怖がりで、独りぼっちだと悪い方に突き進んでいって、そのくせ人を頼れない弱い人」

 

「……ホシノ」

 

「だから、どうか忘れないで。どんな時でも私が側にいるということを」

 

 一瞬、光に照らされる彼女の顔が何よりも綺麗に見えた。真っ直ぐに俺を見つめてきて、何だか幸せそうな笑みを浮かべてて……

 

「あなたは先生である前に九条カケルって人なんですから……どんどん頼ってよ?」

 

「……ははっ、そうだな。お前の言うとおりだ」

 

 気づけば釣られて笑みがこぼれてた。

 

「ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

 何だか、久しぶりにちゃんと向き合えた気がする。それがとても嬉しくて、心の底から笑えてる。

 

「それじゃ、そろそろ出よっか?」

 

「ああ……ごめん、まだだいぶコーヒー余ってるわ。というかお前は何で飲み終わってるんだよ。いつ飲んだの?」

 

「あの時やこの時に……」

 

「どの時だよ」

 

 苦笑してから、コーヒーをあおる。やっぱ苦いけど美味しいな。

 そのまま一気に……は、流石に無理だったので何回かに分けて飲み切る。

 

「……ふぅ。よし、じゃそろそろ出るか」

 

「はーい」

 

「会計は俺がやるからホシノは外出といてー」

 

 席を立って、レジに進む。ポケットから財布を取り……あれ。

 

「ホシノ? 何で手ぇ掴んでんの?」

 

「いや、今日は私が払うよ」

 

「は? いや俺だろ。ここに誘ったの俺だし」

 

「いやいや。さっき話したばっかじゃん、私を頼ってよ」

 

「それとこれとは話が別だろ。この程度のことでお前に負担かけるまでもない」

 

「いやでも私が払うから」

 

「いや俺が払うって」

 

 ………………

 

「……分かったよ。俺が折れる」

 

「あれ? 思ったより素直……」

 

「これ以上喧嘩しても店に迷惑かかるしな。昔よく壊してた怒られただろ」

 

「あー……確かにね」

 

「そういうわけだから……ちなみにせめて割り勘「ダメだよ」……」

 

 笑顔とは本来敵を威嚇する目的のものらしい。その説の信憑性が上がったな。

 

 ということでホシノがここを持つことになった。というか飲み物二つの会計くらいで何を喧嘩してたんだか……我ながらなかなかしょうもない。

 

「会計終わったよー」

 

「うーい」

 

 一緒に店を出た。からんころんと軽快に鈴が鳴った。

 

 さて、どうしようかな。話はこれで終わりだと思うし、解散してもいい気はするけど……

 ちらりとホシノを見れば、向こうもちょうどこっちを盗み見てたところだった。目と目があってちょっと気まずい。

 

「……あー。もうちょい歩く?」

 

 目を逸らしつつ、手を差し出す。

 

「ん……うん。歩く」

 

 ちゃんと手を握ってきたのを確認してから、歩き出す。

 

 風が静かにふいている。冷たさを伴うそれは、体を冷やしていくけれど……手を繋いでいるところだけは温かい。

 

 それが何でか、気恥ずかしくて。俺は黙り込んだまま。ホシノも同じ気持ちなのかな?

 

「……あ、コンビニ。寄ってく?」

 

「うん……」

 

 何でこんなに気まずいんだ? 本当に何で? 誰か助けてくれ……ということでコンビニに乗り込んでいく。

 店内に入った途端明るい曲が聞こえて、安心感を覚えた。

 

「何か買う?」

 

「んー……」

 

 二人で色々と見ていく。そろそろシャーレにお菓子補充しよっかな。最近当番の生徒にあげてるから数が少なくなってきてるんだよ。

 

 という話をしたらホシノに「カケルもおじさんになってきたね」と言われた。は?

 

「俺はおじさんじゃないでーす」

 

「いやいや。いい加減認めちゃいなよー? この前もヒナちゃんに将棋勧めて『先生ってこういう古風なものも好きなのね』って言われてたじゃん」

 

「ぐっ……いやでも、お前も椅子から立つ時よっこらせとか言ってて、『まるでおばあちゃんみたいね』って言われてただろ」

 

「いやそれは違うじゃん」

 

「強盗だ! 手を上げろ!」

 

「いや何も違わないだろ。結局……あ? 強盗?」

 

 なんか大きな声が聞こえたので、入り口の方を見てみると……ヘルメットで顔を隠し、銃を手に持つ三人の生徒。

 

「強盗だ……強盗ってコンビニでも言うのか?」

 

「私たちは銀行強盗しかしたことないからねー……」

 

「おい! そこの二人も手を上げろ!」

 

 何だか懐かしい気分に浸っていると、俺らも銃口を向けられた。だいぶ至近距離で、文字通り目と鼻の先にある。

 

 えーっと、後の二人はレジの方か。ホシノの方が近いかな。

 

「じゃ、ホシノはレジの方お願い」

 

「りょうかーい」

 

「は? 何を言って……」

 

 突きつけられた銃口を握り、その先っぽを床に逸らす。向こうも驚いて発砲するけど、銃弾は床に弾かれるばかり。

 

 そのまま腕に触って術式反転。いつも通り気絶させた。

 

 さて、ホシノの方は……と、ショットガンの大きな銃声が二回。見ればちょうど二人とも気絶させたところだった。

 

「……やりすぎてないよな?」

 

「手加減したから大丈夫だよ。多分」

 

 こいつにとって銃を使うことは手加減なのか……何だかんだホシノもこっち側だよなあ。一体誰のせいなんだろうね。

 

 過去の自分を責めながらも、手は止めない。気絶してる三人をロープで拘束しまして、後は……どうしよっかな。

 

「……はっ」

 

「お、目が覚めたか」

 

 三人が同時に目覚めた。稀有なこともあるもんだな。

 

 三人はきょろきょろと周りを見渡して状況を把握した後、口々に喋り始めた。

 

「し、失敗しちゃったぁ……」「負けたぁー!」「だ、だから私はやめておいた方がいいって言ったのに!」

 

 てんやわんやと騒いでいて、仲がいいのか悪いのか。

 

「ちょっといいかな」

 

 声をかけると、一斉にこっちを見た。ヘルメットしてるから顔は分かんないけど、俺を注視してるのが分かる。

 

「君たちは何でコンビニ強盗をしたの?」

 

「……お、お金に困ってて……」「いっぱい暴れたかった!」「この二人に誘われて……」

 

 わーお見事に三者三様だ。どうしよ。

 

「……まずは、そこのお金に困ってる君から」

 

「えっ、わ、私ですか!?」

 

「いえす、君。お金に困ってるってことだったけど、アルバイトとかはできないの?」

 

 聞いてみると、罰が悪そうに話してくれた。曰くアルバイトとかは失敗して責められるのが怖くてやりたくないらしい。なのに強盗はできるのか……

 

「それだったらうちのお手伝いはどうかな? 絶対に責めたりしないって約束するし、お給金もそれなりに出すよ。どうかな?」

 

「い、いいんですか……?」

 

「もちろん。少しずつ自分に自信をつけていこう?」

 

 その子は少し悩む様子を見せた後……控えめに頷いてくれた。それがなんだか嬉しい。

 

「じゃあ次は、いっぱい暴れたい君」

 

「私!?」

 

「うん。単に暴れたいってだけならそういう施設……それこそシャーレにも暴れられる場所があるから、そこで欲を発散してみたらどうかな?」

 

「……シャーレだったら、先生が相手してくれる?」

 

「まあ、場合によっては相手することもできるかな」

 

「じゃあ分かった!」

 

 めっちゃ物分かりがいい子だ。撫でたくなるタイプの子。とはいえ今はヘルメットつけてるしまた今度撫でましょう。

 

「それで、最後は友達に誘われちゃった君」

 

「はい……」

 

「まあ、断れない気持ちは分かるけど……でもダメなことはちゃんとダメって言えるようになろう。友達を肯定することが必ずしも友達のためになるとは限らないからね」

 

「ごめんなさい……」

 

 しゅん、と項垂れてしまった。連動するように他の二人も項垂れる。根は絶対いい子たちなんだよな。

 

「当然だけど強盗はいけないことだから、次からは絶対にやらないでね。そんなことしなくても良いように、俺がサポートするから」

 

「「「はい……」」」

 

「じゃあ後は迷惑かけた人たちに謝って、それで解散にしよう」

 

「「「はい!」」」

 

 拘束していた縄を解く……と、一斉に店内へ駆け出した。ごめんなさい! と謝る声が聞こえてくる。

 

 これなら大丈夫だ……と思ってると、後ろから気配。

 

「やるね」

 

「何目線だよ」

 

 ホシノだった。振り向くと、何だか寂しそうな、でも嬉しそうな顔してる。

 

「何?」

 

「いや、思ったより制服似合ってないなーってさ」

 

「……今?」

 

 訝しむような目線を向けると、明後日の方を向いて口笛を吹き出した。何だこいつ。

 

 まあ思ってることは分かるけど、遠回しというか回りくどいというか……面倒臭いやつだ。

 

「俺がどれだけ変わっても、隣に立てるのはお前だけだよ」

 

「ぅえっ?」

 

「だからと言って立たせるわけじゃないからな」

 

 言い捨てて、歩き始めた。少しするとタタタ、と足音が聞こえて俺の隣に並ぶ。

 

「勝手に一人で行かないでよ?」

 

「どうせ追いついてくるだろ」

 

「だからって周りを見なくていいわけじゃないからね?」

 

「分かってるから。もう大丈夫だよ」




次回からカルバノグ。二月いっぱいは金曜しか投稿できなさそうですが、それ以降はペースを戻したいところ。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。