呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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スーパー疲労だ!!


34. 雨の後

 青空広がる、とある一日。穏やかな気温で、暑すぎず寒すぎず。柔らかな風が吹いている……まあ、要するに普通の一日。

 

 その日はちょっとした買い物をしに、とある市場に来ていた。料理するための食材や、洗剤。その他生活必需品を買い揃えていく。

 あれやこれやと買っている最中、突然「あっ、先生……!?」と俺を呼ぶ声。

 

 見やると、そこにいたのは白い髪の、明るい雰囲気を持つキリノという生徒。

 ヴァルキューレの生活安全局に属している生徒で、この前RABBIT小隊を鎮圧した時にもいた。

 

 どうやらパトロールをしている最中だったらしい。彼女は人一倍正義感が強いので、結構そういうことをやっている場面を見る。

 

「ところで、先日そこの公園で騒ぎを起こしたSRTの生徒たちについて、『後のことは全てシャーレに任せた』と伺ったのですが……あれから大丈夫でしたか? 何かトラブルなどが起きていなければ良いのですが」

 

「ああ、それなら大丈夫だよ。みんな良い子達だからさ」

 

「そうでしたか、なら良かったです。流石は先生、というところでしょうか! 私も先生のような立派な大人になるため、今日もまた精進します!」

 

 笑顔でそう言うキリノ。そんな憧れられるほどの人じゃ無いんだけどな。

 

「あ、ところで最近この辺りで、変な噂があるんですよ。それも原因でパトロールに来ていたのですが……」

 

「噂?」

 

「はい。どうたらこの辺で、武装した放浪者集団の方々が歩き回っているとか。荒っぽい服装をした、定住地を持たない集団とのことなのですが……」

 

「ふむ」

 

「どこで手に入れたか分からない強力な銃火器を持ち歩いており、市民の方々から不安の声が上がっているとのことで」

 

「ふむふむ」

 

「それに先日は、湾岸地帯に入り込んで廃材を盗んだというお話もありました」

 

「ふむ?」

 

 なんか聞いたことのある話だな。具体的に言えば最近そんなことをRABBIT小隊と共にやった気がする。あれってその集団の責任になってるのか。申し訳ないな。

 

「先生? 何か思い当たることでもありましたか?」

 

「いんや何でも」

 

「そうでしたか。それにしても以前のSRTの件はさておき、『強力な銃火器を持った放浪者集団』だなんて……何だかこのままでは、ヴァルキューレ警察学校の武装がまるで貧弱みたいに見えてしまいそうです」

 

「この機に一回上とかけ合ってみたら?」

 

「本官もそうしたいところですが……難しいでしょうね。そもそも生活安全局の基本業務に、犯罪者の制圧は含まれていませんし……そもそもどうやらヴァルキューレ全体として、財政状況が良くないそうで……」

 

 しょぼんと顔を俯かせてしまうキリノ。ふーむ。ヴァルキューレも難儀なものだな。

 

「ですが、それでもめげません! これからも引き続き、頑張っていこうと思います!」

 

「うん。頑張ってね」

 

「はい!」

 

 そういうことで、キリノとは別れた。さて買い物の続きだな。

 

 諸々必要なものを買って、よし。まあこんなもんかな。買いたいものも全部買えたし、シャーレに帰るとしよう。

 

 青空照らす道を歩く。そのうち人気が無くなってきて、道を歩くのが俺一人になる。タッ、タッ、タッと俺の足音だけが響く……

 

「……そこの君。シャーレの先生かね?」

 

 突然声をかけられた。見れば、何だか荒っぽい格好をしたロボットだ。

 

「そうですけど、どうかしましたか?」

 

「君に用事があるんだ。ついて来てくれるね?」

 

 そしてそいつは俺に近寄ってくると、どこからか取り出したスプレーを俺に吹きかける。煙が吹き出てきた。

 何だ……? と考えていると、突然意識が、遠く……まさか、ますい……

 

 


 

 

 ……気がつくと、知らない場所だった。俺の体は床に座らされ、建物を支えているであろう柱の一つにぐるぐる巻きにされている。

 周りを見ればひび割れ、崩れている壁や床、少し侵食してきているツタ……多分廃墟……の一室。

 

 経口……というか呼吸を通じて麻酔を入れられたのか。まさかそんな方法があるとは……これが毒ガスとかだったらと思うと、ゾッとするな。

 

「……おや、お目覚めですか」

 

 当然聞き覚えのある声。床に向けてた目線を上げれば件のロボットが目の前に立っていた。

 

「体調はいかがです? 問題なさそうでしたら何よりです。下手なおもてなしで何かあったらどうしようかと……なにせ私たちも、キヴォトスの外の方をお迎えするのは初めてでして」

 

 なんか久しぶりに聞いたな、そのキヴォトスの外って単語。まーだそんなデマが回ってるのか……いやそりゃ俺が何も言ってないからそのままか。

 

「……あなたは?」

 

「ご挨拶が遅れました。私はデカルト。この組織、『()有せずとも()かな()せを探す集い』……通称『所確幸』を率いるリーダーです」

 

 ………………???

 

「お耳に入れたのは初めてでしょうか? 清楚な人生を追い求める方であれば、一度は聞いたことがあるのではと思ったのですが……なるほど。まあ、そうかもしれないとは思っていました。何せあなたは、部下を使って食べ物を強奪していたようですからね」

 

「……えーっと、マジで何の話?」

 

 なんか聞くところによると、こいつらは「無所有」? を、信仰……でいいのかな。まあそういう組織らしく、何も所有しないことで欲を捨て幸せを追い求める……とかいう、よくわからない集団らしい。

 

 多分話を聞く限りでは働いてないで遊び呆けてるダメな人たちってことだと思う。

 

 それで、最近この周辺にRABBIT小隊がやって来て、彼女たちが廃棄弁当を全て奪い去ってしまったと。こいつはそれが許せないらしい。

 

「ただでさえ『焼肉弁当』などは廃棄の対象になりにくいのに……それを含めて、独り占めを……! こんな非常識な行為が、許されて良いのでしょうか!?」

 

「あれ、何も所有しないことこそ至高っていう話では?」

 

 それをいうとそいつ……デカルトだったか。は一瞬言い淀むと、すぐに話題を変えた。なんか、主張が一貫してないし、時間を奪われるしでだいぶ面倒になってきたな。

 

「つまり、俺に何して欲しいんだ……ですか?」

 

「あのウサギの少女たち、彼女に約束させてください。今後『焼肉弁当』が廃棄されていたら、それは私たち『所確幸』に譲ると!」

 

 もうめちゃくちゃ欲望丸出しだな。変に取り繕おうとしてない分まだマシ……いややっぱそんなことないわ。

 

 ……とはいえ、贅沢品を望むことを除けば俺が悪い場面ではある。要はこいつらは働くことができない社会不適合者で、だからホームレスだとかニートになって過ごしてたわけだ。

 それで、今までは廃棄弁当を食べたりして生きてきたわけだが、RABBIT小隊がそのリソースをほとんど持っていってしまったと。

 

 まあ、そう考えると情状酌量の余地はある……いやあるか……?

 多分キリノから聞いた強そうな武器を持ってて人を不安にしてる奴らってこいつらだよな……

 

 真っ当な努力もせず、人のおこぼれで生きて、その上人に迷惑をかける。そんな奴らに情けをかける必要は……まあ……うん……

 

「ちなみに、働くって選択肢は」

 

「話を聞いていなかったのですか!? 私たちに働けるような能力はないのですよ!?」

 

「……そっすか」

 

「その哀れむような顔をやめてください!」

 

 こういう人たちもいるんだな……

 

「まあ、ひとまず事情は理解しましたけど……当然こっちにも事情はあります。ということで交渉しません?」

 

「自分の立場を分かっていないのですか? あなたは今、この私の人質なのですよ?」

 

「ああ、それじゃあ……」

 

 ちょーっと力を入れて見れば、俺を縛っていた布……テープ? みたいなものはパァン! と弾け飛んだ。自由になったのでちょいと伸びをしつつ立ち上がる。

 

「これで対等ですかね?」

 

「な、何が……何をした!?」

 

「ちょっと力入れただけですよ。で、交渉のお話なんですけど」

 

 ちょっとデカルトに近づく……と、デカルトは後退りして、怯えたようにこちらを見つめてくる。

 

「……そんな怯えなくても。交渉するだけって言ってるじゃないですか」

 

「……ほ、本当に、交渉でしょうな……?」

 

「本当本当。で、交渉の内容なんですけど。要はそっちとこっち、両方とも廃棄弁当が欲しいわけでして。だからお互いに話し合って配分を決めるべきだと思うんです」

 

「なっ、そ、そんな横暴が認められるか! 先にこの地域にいたのは私たちなんだぞ!?」

 

 ふざけるなと怒るデカルトだけど、ぶっちゃけ正当性無いしな……

 

「先にいただけでしょう? 明確に権利があるっていうなら話は別ですけど。先にいたから全部自分のものなんて理屈、通るのは小学生まででしょう」

 

「ぐっ……だ、だがしかし……!」

 

「まあとにかく交渉するってことで。あいつら呼びますね」

 

「は……?」

 

 ポッケから携帯を取り出し、電話をかける。かけた先はもちろんRABBIT小隊だ。

 

 一コール……ニコール……三、お。

 

『……何の用ですか? 私たちは今、食事の準備で忙しいんですが』

 

「実は君たちと話したいって人がいてさ。食事終わってからで良いから、こっちに来てくれない?」

 

『かなり時間かかると思いますけど』

 

「時間かかるらしいんですけど、待てます?」

 

「……な、何故私が待たされなければいけないのですか! 本来ならそちらが許可を得るべきことのはずでしょう!?」

 

「ダメそう。今から来れる?」

 

『さっきの話聞いてましたか?』

 

「うーん……じゃあ、俺から依頼って形をとらせてもらおうかな」

 

『……依頼、ですか?』

 

「そ。報酬は……和牛ステーキ弁当とか」

 

『……なるほど』

 

 ピッと電話が切れた。あまりにも判断が早いな。

 

「……まあ、そういうことで。多分そろそろ来ると思うから──」

 

 瞬間。ドーンという爆発音と共に、廃墟の壁が一部粉々になった。

 パラパラと舞い落ちる壁だったもの。さながら紙吹雪のようなそれは、突然の侵入者を際立たせている。

 

「SRTだ! 部外者はどけ!」

 

 そこにいるのは、ミユ、サキ、ミヤコの三人。多分モエはまた後方支援だろうな。

 

「早すぎ……まあ、早いに越したことはないか」

 

「それで先生。私たちとお話ししたいという方は?」

 

「そちらに、縮こまってしまってるお方がいると思うんだけど」

 

 俺が指を刺すと、一斉にそちらに顔を向ける三人。そこにいたのは突然の爆発に怯え、哀れ震えて縮こまってしまっているデカルトの姿。

 

「その人は、まあ簡単に言えばこの地域一帯のホームレスを束ねる人でして。君たちが来てから廃棄弁当を尽く奪われて困ってたんだよね」

 

「……それは、最初に私たちに廃棄弁当という方法を教えた先生の責任では?」

 

「そうなんですけど。そこは後々補填する。で、そういうわけなんでこれからは、廃棄弁当の配分をこの人たちと話し合って決めて欲しいんだよね」

 

「なるほど……」

 

「ほら、デカルト……さんも。生きていきたいならちゃんと話し合って……っていない?」

 

 気づくと、隅っこでガタガタ震えていたはずのデカルトがいなくなっていた。何処に行ったのかと考えるが……何やら、音がするな。それも大量の銃の……

 

 部屋から出ると、長めの廊下だった。その片方からいっぱいロボットが来ている。

 

「はははっ! 先生、感謝しますよ! わざわざウサギたちを呼び込んでくれて、これで後は彼女たちを説得するだけです!」

 

 遠くから聞こえるデカルトの声。見やれば、武装した集団を引き連れている。あいつそもそも交渉する気無かったのか。

 

「……先生、ちゃんとあの人と話し合ったんですか?」

 

「したよ……多分」

 

「今多分って言いました?」

 

 はあ。実力行使に出られちゃしょうがないよなあ……穏便に済ませたかったんだけど。

 

「まあ、いずれ向き合わないといけない問題と対面するのが早まっただけだよ」

 

「そうかもしれないですけど……はあ。こうなっては仕方ありません。サキ、ミユ。いきますよ」

 

 ミヤコが銃を構えた。少し遅れて二人も同様に構える。

 

「はい……2階にいる狙撃手は、私の方で全部どうにかします……」

 

「私とミユが前方を担当するから、ミヤコは後ろを頼む。それでいいか?」

 

「! ……はい、それで行きましょう」

 

 ……いつの間にか、サキの指示が洗練されたものになってるな。ニンジン作戦の時はマニュアルがないと指示すらできなかったのに……成長は早いもんだな。

 

「ちなみに、俺の手助けはいる?」

 

「そうですね……元はと言えば先生のせいですし、協力してもらいましょう」

 

「了解」

 

 慣れた手つきでシッテムの箱を起動、サポートの体制を整える。アロナさん今回もよろしくお願いします。

 

「閃光弾を使いますので、その合図で散開してください。それでは……作戦開始!」

 

 投げられた物体より、光が弾け飛んだ。目を逸らしたり、瞑っていたこちらとは違い向こうは直撃を受けて数十秒は動けないはずだ。

 

 その隙にできるだけ数を減らす。ミユが遠くの狙撃手を撃ち抜き、サキが突撃して敵を倒しまくり、ミヤコが取り逃がした、または気絶しきっていない敵をちゃんと倒す。

 

 流石にSRTというか、素晴らしい連携だ。アロナのサポートは必要ない気もするけど……まあ、成功する確率99%を100%にあげるものだと思っておこう。

 遠隔から、この廃墟に残されてた監視カメラをハッキング。補足した敵の位置をみんなに伝え、最も効率的な動きを見出す。

 

 敵は武器こそ最新式のやつで、ぱっと見凄そうだったけど……戦い方はズブの素人で、みるみる数が減っていく。逃げ出す人も現れたりして、まあこちらの勝ちは確定的だな。

 仲間が皆逃げ去ってしまい、独りぼっちになってしまったデカルトに近づく。

 

「ああ、『所確幸』のアジトが……せっかく集めた高い装飾品も、全部燃えて……」

 

「今更なんだけど。本当に無所有を大事にしてた組織なんだよね?」

 

「うっ……うるさい!! 贅沢するのは人間の本質だろう!?」

 

「まあそうだけど。だったらこんな組織立ち上げるなよって話にならない?」

 

「うぅ……えーい! うるさーーーい!!!」

 

「……」

 

 子供のように癇癪を起こしてしますデカルト。何というか……うん。一言で言えば哀れだ。

 

「……まあ、とにかく。今回の件はこれで終いにしよう。俺も悪かった部分はあるし、ある程度生きていけるだけの支援はするけど……贅沢品については、諦めてもらって」

 

「うぅ……どうしてそんなに酷いことするんだ……!」

 

「先に酷いことしようとしたのはそっちなんだけど」

 

 はあ、とでかいため息が出た。

 

「……せめて、働くための努力はしてみたらどうだよ。必死にやってそれでもダメだったって言うならしょうがないけどさ。まずは変わろうとする意識くらい持ったらどうだ?」

 

「わ、私たちにそんな能力なんて無いと、何度言えば分かるのですか!?」

 

「頑張れば何とかなるかもしれないだろ。そりゃ頑張って報われる可能性なんて低いけど、頑張らなきゃ報われないんだぞ」

 

 ……何でこんな奴に情けをかけてるんだか。腹が立つと言うか……ちょっと昔の俺に似てて腹立ってるのかな。

 

「それでもやる気が起きないって言うなら、シャーレに来い。少しぐらいは手伝えると思うしな」

 

 俺の言葉に呆然とした様子を示すデカルト。ここまで言って変われないなら、それまでだろう。

 

 これ以上話しても仕方ない気がするし、お終いにするか。背を向け、三人の元に歩き出す。

 

「あ、先生」

 

「ん、みんな。お疲れ様」

 

「はい。では、これにて依頼達成ということでよろしいですね?」

 

「まあそうだね。みんなにも迷惑かけちゃったし、今から買いに行こっか」

 

「当然です」「和牛ステーキ弁当……! 初めて食べます……!」「まあ、今回は正当な報酬だからな。私も貰っておこう」

 

 そういうことで。その日は和牛ステーキ弁当を全員分買った後、公園に戻ってモエも含めた五人で美味しく昼食をいただいた。

 

 


 

 

 またまた日にちは過ぎまして。現在、シャーレのオフィス。

 

 いつもなら青空や輝く太陽が見える大きな窓からは、気の重くなるような曇天とバケツをひっくり返したみたいな大豪雨が見える。

 天気予報によれば、かなり稀に見るレベルの大豪雨らしい。被害もかなり出ることが予想されていて、多分雨が降りおわったら俺はこれ関係で走り回ることになるんだろうな。

 

 何となく仕事をする気になれなくて、降り続ける雨粒をぼーっと見つめる。ザーという雨の音は、どことなく心地いい感じがする。

 

 俺が珍しく仕事をサボってるからか、アロナが久しぶりに声をかけてきた。

 

『すごい雨ですね……』

 

「そうだなあ……このレベルのやつは流石にあんまり見ないや」

 

『それぞれの自治区で、被害が出ていないといいのですが……』

 

「まあ、そこは各地の生徒会に任せるしかないな」

 

『そうですね……あっ、でも……今公園にいるSRTの生徒さんたちは……』

 

「あっ」

 

 完全に失念していた。彼女たちはテントで過ごしてるから、かなりまずい……というか、あそこの地面って当然ながら土だし、本当に危ないかもしれない。

 

「行くか」

 

『はい! 行きましょう!』

 

 色々必要になるかもしれない荷物をまとめた後、すぐにシャーレを出た。

 

 


 

 

 ひたすらに雨が降りしきっている。勢いは衰える様子を見せず、さながら天罰だとでもいうように地に雨粒を打ちつけ続ける。

 その罰は平等に降り注ぐ。例え、既に酷な環境に身を置いているような、そんな人たちにも。

 

 雨降りしきる子ウサギ公園。RABBIT小隊が、ひたすらに雨と格闘していた。

 

 雨の影響というものは決して軽いものではない。例えば、弾薬などはちょっと湿るだけで使い物にならなくなるし、装備類も濡れると使い物にならない。機械類も言わずもがなだろう。

 更に、立地も悪かった。本来地面に落ちた雨粒は、排水路を通って下水道に運ばれていく。だが、子ウサギ公園の場合、排水路に流れる際一緒に土なども流れていくのだ。これが排水路に詰まってしまい、子ウサギ公園は浸水寸前だった。

 

 止まぬことを知らない雨は、段々と彼女たちの精神を削り取っていく。諸々の資源がダメにならないように保護をして、テントが崩れないように補強して、浸水しないように排水路をシャベルで整備して……この苦難は、いつ終わるのか。

 

 雨水が溜まっていくのと同じように、不満が、不安が、苛立ちが。次々心に溜まっていく。

 そして、それはいつしか決壊する。

 

 轟音が鳴り響いた。雷が落ちた音。近くで落ちたそれは、衝撃波を撒き散らし……テントの支柱を倒してしまった。

 見るも無惨な姿になってしまったテント。サキが、ミユが、モエが。崩れてしまったテントの前に立つ。

 

「弾薬、全部ダメになったな……」

 

「通信機器類も……」

 

「全部終わり、か……」

 

 雨の音が、嫌に大きく聞こえる。

 

「いえ、諦めるにはまだ早いです」

 

 一人、排水路の整備をしていたミヤコが戻ってきた。

 

「排水路をどうにかして、浸水の少ない装備から回収して──「装備だけの話じゃない!!」

 

 サキが叫ぶ。

 

「全部、全部だ……! 私たちSRTは、もう……!!」

 

「サキちゃん……」

 

「はぁ……こうなると分かってたら、最初っから……」

 

「な、何を言ってるのですか……?」

 

 陰鬱な雰囲気が漂う。一度あふれてしまったものは、もう止められない。

 

「最初にみんなで、言ったじゃないですか。私たちは諦めない限り、SRTの名前は──」

 

「ミヤコだって、分かってたんじゃないの? こんなバカみたいなこと、いつまでも続けるわけにはいかないって」

 

「今の私たちは治安維持どころか、食料品を探し求める毎日……正義がどうとか、犯罪者がどうとかそんなレベルじゃない。こんな状態で、SRTの名前が守れてるとは思えない……!」

 

 大きなため息が出る。それすら、雨が奪っていく。

 

「……もう、自分が何をしてるのか分からなくなってきた」

 

「ほんと、何やってんだろね……何もかも水浸しだし、野宿生活も疲れたし……」

 

「ミヤコちゃん……もう、諦めようよ……」

 

「……」

 

 無言で、背を向けた。手の中にあるシャベルを硬く握る。

 

「……ミヤコ、どこに行くんだ? こんなバカげたことを、まだ続ける気か!?」

 

「……はい、そうです。諦められません、SRTのためにも」

 

 また、排水路の整備をし始める。

 塞いでいる土をどかす。塞いでいる土をどかす。塞いでいる土をどかす。

 

 何のために? こんなこと、意味がないんじゃないのか? 三人が言うように、諦めてしまったほうが楽なんじゃないのか?

 何で、こんなことをしているんだろう。

 

 そんなものは、ずっと前から知っている。

 

 月雪ミヤコは、SRTを諦めきれない。

 

 憧れた芯のある正義を、思い描いた理想を、自分が正しいと信じたことを。諦めたくない。

 

 だから、まだ動き続ける。塞いでいる土をどかし続ける。ひたすらに、諦めないで、例え一人になっても……

 

 

 

 ふと、人の気配を感じ取った。見てみれば、そこにいたのは……

 

「……先生?」

 

 カケルが、いつの間にか来てミヤコのことをじっと見ていた。右手に持った傘が雨を弾く音を出している。

 

「……今日は何の用ですか? 見て分かると思いますが、冗談を言っていられる状況ではありません。今すぐ対処できないと、周囲が全部……」

 

「分かってるよ」

 

 彼は傘を閉じ、地面に置いた。それから近くにあったシャベルを手に取ると、ミヤコの元に近づいていく。

 

「先生……? どうして……」

 

「いいから。ここの土をどうにかしたらいいんだよね?」

 

「……はい、お願いします」

 

 塞いでいる土をどかす。塞いでいる土をどかす。塞いでいる土をどかす。

 

 気づくと、他のみんなも来ていた。

 

「はぁ……シャベルの使い方が下手か、貸せ」

 

「……ほんと、何やってんだか」

 

「……手伝います」

 

 塞いでいる土をどかす。

 

 いつの間にか、雨の冷たさを感じなくなっていた。

 

 そうして、それ以外何も見えてないみたいに、ただひたすらに頑張り続けて。

 いつしか、雨が止み、憂鬱な灰色は、美しい夜色へと姿を変えていた。

 

 虫の音が聞こえる。彼らもまた、あの過酷さを生き延びた命なのだろうか。

 

「……雨、ようやく止みましたね」

 

「そうだな。お疲れさま」

 

 カケルが空を見上げている。何か、思うところがあるのだろうか。

 

「……どうして私たちを助けるんですか? 私たちを助けたところで、何も変わりません。先生が私たちに何を望んでいるのか、私には全く分かりません」

 

「んー、そうだなあ……」

 

 瞳に映る満天の星空。苦痛を乗り越えた後の世界は、あまりにも美しい。

 

「……俺にも、よく分かんないや」

 

「……はい?」

 

「実は君たちなんてどうでもよくて、義務とか自己満足とか、そういうので動いてるのかもしれない。理由なんて分からないけど」

 

 ミヤコの方を向く。

 

「でも、それでも……助けたいって思った気持ちは、絶対嘘じゃないから。だから、今はそれだけでいいかなってさ」

 

 穏やかに、ちょっと苦笑気味な微笑みを浮かべた。それを見て、ミヤコは一度言葉に詰まった後。

 

「……そうですか」

 

 とだけ言って、少し目を背けた。でもすぐに視線をカケルと合わせ、言葉を発する。

 

「装備はほとんどダメになってしまいましたが……どうにか、公園そのものは完全に浸水せずにすみました」

 

 どこか明るいミヤコの声。そこに、三人の足音が近づいてくる。

 

 振り返れば、みんながいる。

 

「全く、ミヤコにも色々と言いたいことはあるけど……」

 

 どこか不満気、だけどすっきりしたような表情のサキ。

 

「先生は、筋金入りのバカだな。何の得にもならないのに、こんなことして」

 

「ま、バカなのは最初から知ってたけどね。くひひ……」

 

「も、モエちゃん……せっかく助けてくれたのに」

 

 その様子を見て、何だか安心したような息を吐くカケル。

 

「助けは要らないと言い続けてきましたが……助けられてしまったのは事実ですね」

 

 穏やかな顔で、ミヤコが言った。

 

「……ありがとうございます、先生」

 

「どういたしまして」

 

 そうして、今日もまた終わっていく。

 

 その後カケルは、濡れた体でシャーレに帰って行った。

 風邪を引くかもと懸念していた彼だったが、特にそんなことはなく元気に過ごしたという。




今週の呪術。
日車さん! 俺の推しの日車さん! 過去が詳しく丁寧に描写されてて嬉しかった!

最初の方の半グレ日車さんが結構面白かった。声だけであんなにも愉快さを表現できるのは声優さんがすごいや。ありがとうございます。

戦闘態勢に入ってから全部がかっこよかった……領域展開の時とか音楽も相まってめちゃくちゃワクワクしたね。早く本作でも領域を使わせてください。
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