呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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今さっき完成したので粗い部分があるかも。許してください!


幕間:温泉探訪 in ゲヘナ 前編

 人には、限界というものがある。

 

 そしてそれは大抵前触れもなく「あっ無理だ」と、そういう風に訪れるものだ。

 

 現在、俺は起きたまま夜を越すこと……たくさん。意味分からん量の仕事に追われ、まともな休息も取れていなかった。

 そこで、一旦期日が明日までのを終わらせた夜11時。ふと思ったんだ。

 

 そうだ、温泉行こう。と……

 

 


 

 

「そういうわけだから。ヒナ、温泉開発部の子たちと会わせてくれないか?」

 

「なるほど……確かに休んだ方が良さそうね」

 

 翌日、俺は温泉に必要なものを入れたバッグを背負い、ゲヘナを訪れていた。ゲヘナには「温泉開発部」という部活があるから、その子たちに聞けばなんかいい感じの温泉を教えてくれるだろうという考えに基づく行動である。

 

 なお温泉開発部はゲヘナでも屈指のテロリスト部活なのでしょっちゅう風紀委員会に捕まってる。なのでとりあえずヒナに話をつけにきた。

 

 風紀委員会の部屋は相変わらず荘厳な雰囲気だ。魔王城っぽいなあ……

 

「……まず、何で温泉なの?」

 

「休息と言えば温泉でしょ」

 

「温泉開発部に聞かなくても、普通に調べればいいんじゃないかしら?」

 

「なんか秘境とか知ってそうじゃん」

 

「……そもそも、彼女たちも毎回毎回捕まってるわけじゃないのだけれど」

 

「え、捕まってないの?」

 

「………………捕まってるけど」

 

 じゃあ何も問題ないな! ヨシ!

 

「ヒナ、お願い」

 

「……はあ。分かった……ただ、先生なら大丈夫だとは思うけど。念のため私も着いて行く」

 

 ということで。ヒナに案内されて牢屋に向かう「委員長、ちょっといいかな?」……前に、ヒナに用事ができてしまった。ヒナがゆっくり声の方を振り向く。

 

「イオリ? どうかしたの?」

 

「その……せっかくだし、委員長も先生と一緒に休んできたらどうかなーって」

 

「えっ?」

 

 困惑したような声を出すヒナ。それを見て説明が足りないと判断したのか、イオリが続けて話す。

 

「最近、委員長も疲れ気味だろ? だからこういう時ぐらいいっぱい休んでほしいと思ってさ」

 

「でも、それだと仕事が……」

 

「……まあ、心配されるのも分かるよ。私たち、委員長がいないと全然ダメだからな。でも、将来的には委員長も卒業しちゃうから……だから、私たちだけで頑張るってことも大事だと思うんだ」

 

 「だからその予行演習として、たまには私たちだけにも任せてくれよ!」と、人に不安を感じさせない笑顔で言ってくるイオリ。

 しかしヒナもそう簡単には頷かない。それでも、と食い下がろうとして更にその背中に声がかけられた。

 

「委員長」

 

「チナツ……」

 

「どうか行ってきてください。時には休まないと、委員長だって人間ですからいつか壊れてしまいます。最近は少しずつ改善されているようですが、それでもまだ足りません。思いっきり休むということを覚えてください」

 

「……そこまで言うなら……いやでも……」

 

 まだ少し渋る様子を見せるヒナ。そんな彼女に「そんなに私たちが信頼できませんか?」チナツが言うが、心配している点はそこじゃないらしい。

 ……さっきから視界に入ってはいたけど、いよいよ我慢できなくなったらしく、ヒナがその事実に触れる。

 

「その、アコは……大丈夫なの?」

 

「大丈夫じゃないです! 私は認めませんよ! 委員長が休むのはいいですが、それなら私と一緒に休みましょう! そんな悪い男に騙されないでください!」

 

「はいはいアコちゃんは少し落ち着こうな」「行政官はもう少し落ち着きを持っていただけると……」

 

「がるるるるる……」

 

「……」

 

 俺とヒナで温泉に行こうとしているシチュエーション、当然ヒナを敬愛しているアコが黙っているわけもなかった。しかしそれを見越していたのか、イオリが話に来た時には既にチナツが羽交締めにしていたのだ。ぶっちゃけこの状態で良いことを言っていても正直内容があまり頭に入ってこなかった。

 

 犬のように警戒心を露わにこちらを睨みつけてくるアコ。せっかくだしウインクでも返しておくことにする。

 

「くっ、離してくださいチナツ! そこのそいつを(自主規制音)してやります!」

 

「アコちゃんそれ聞かれたらまずいって! 落ち着いて!」

 

 人に聞かれたらだいぶまずいレベルの発言をするアコ。イオリが落ち着くよう声をかけるも、俺に対する恨みつらみは止まらない。

 酷いなあと思っていると、流石に見かねたのかヒナが動く。

 

「アコ」

 

「委員長、考え直してください! 委員長一人ならまだ我慢……できませんけど! でもそいつと一緒に行くよりはマシです!」

 

「何でそんなに先生を嫌っているの?」

 

「だって委員長私といる時より先生といる方が楽しそうじゃないですか! 羨ましいです! これ以上先生に委員長を取られたくありません!」

 

 子供のようにヤダヤダと駄々をこねるアコ。なんかいつもより異常だな……と考えていると、イオリが耳元で「最近、委員長先生の話しかしなくて……それで嫉妬してるのかも」と囁いてきた。それは悪いことをしたけど……いや俺が悪いのかこれ?

 

「……まずは、ごめんなさい。あなたがそんな風に思っていたことに気づけなくて、委員長失格ね。あなたの気持ちも知らずに先生と親しい様子ばかり見せて……」

 

「委員長は何も悪くないです! 先生のお話をしている委員長はすごい魅力的でしたし、委員長が悪いはずありません! 悪いのはそこのそいつです!」

 

「それは違う。私がちゃんとあなたを見ていたなら良かった話だから」

 

 申し訳なさそうな声が響く。それに対して変わらず委員長は悪くないと、アコが声を上げようとしてその口がヒナの手でおもむろに塞がれた。

 

「……今回は連れて行けないけど。今度、二人で一緒にお出かけしましょう。いつも本当に助かってる、ありがとう」

 

 どんな顔をしているのか、俺からは見えなかったけど……アコの見惚れた顔を見れば、まあ大体想像はつくな。

 それはそれとして。少し思ったことを話す。

 

「そこまで行きたがってるなら、別にアコも連れて行って良いんじゃないか? だいぶ風紀委員会の戦力は弱体化するけど……今日だけだし、それにイオリが言ったように三年がいなくなった時の予行演習とするなら、アコもいない方がらしくなるんじゃ?」

 

「いきなり私たちの手を借りないでって言われても、最初からそれだとみんなが慣れない。少しずつ段階を踏まないとダメだと、私は思う。だからまずはアコだけ残していく」

 

 ヒナの意見ははっきりとしていて、迷いがない。ちら、とイオリやチナツの顔色も窺うけど二人とも異論はなさそうだ。当人たちがそう言うなら、俺は何も言えないな。

 

「それに、実は少し先生と話したいこともあるの」

 

「ん? それは……二人っきりで、ってことか?」

 

「そう……アコ、そういうのじゃないからそんな顔しないの」

 

 一瞬人に見せられないような顔をしたアコだったが、ヒナがその頭をぽんぽんとやったことで一転、極楽に登ったような顔になる。

 

「……そういうわけだから。私は先生と温泉に行く。今日は三人で、頑張れる?」

 

「大丈夫、私たちに任せてよ!」「私たちだけでも何とかしますので、委員長は目一杯休暇を楽しんできてください」「ぐぅ……行くからには、楽しんできてください。私が頑張りますので……後先生。委員長に何かあったら、その時は覚悟してくださいね」

 

「……分かった、頑張ってね。それじゃあ行きましょうか、先生?」

 

 三人の意気込みを受け取り、ちょっと残った不安も吹っ飛んだのか、ヒナが吹っ切れたような笑顔でこちらを向く。それに頷いた後、部屋を出ていく……前に「頑張ってね」と三人に言って、改めて部屋を去った。

 

 


 

 

 薄暗い廊下を歩いていく。ここはゲヘナ学園の牢屋。色々やらかした子たちが反省するまで入れられる場所。暗い色の石でできた壁と、冷たさを感じさせる鉄格子が不気味な雰囲気を醸し出している。

 

 目的の人物である、温泉開発部の部長……鬼怒川カスミは今日もここにいるらしい。

 

「もはやここが棲家だよなあの子」

 

「流石にそこまでは……彼女たちの温泉開発も無闇矢鱈にできるものじゃないし、最近は一週間に一回程度……多いわね」

 

「十分過ぎるほど多いな。本当にもう……おまけに捕まっても反省しないんだって?」

 

「ええ。何度言っても人に迷惑をかけるし、正直かなり困ってる」

 

 珍しく、少々苛立ったような様子のヒナ。まあ俺が知ってるだけでも数十回問題を起こしているし、相当手を焼かされているんだろうなあ。

 

 コツン、コツンと石畳を歩いていき、カスミが収監されている牢屋の近くまで来た。

 

「それじゃあ、私は少し離れたところで見ているから」

 

「はいよ」

 

 カスミはとても頭がいい。話術も巧みで、人を扇動するのが得意な黒幕タイプの子なんだけど……そんなあの子が相対しただけで泣いてしまうのがヒナだ。

 

 ヒナがカスミに散々迷惑をかけられているように、カスミもその数ヒナに鎮圧されている。しかもお得意の話術も効かないので、カスミはめちゃくちゃヒナを苦手としている。

 そういうわけでヒナがいることが分かるとワンチャンお話ができなくなるかもしれないので、一旦ヒナにはカスミからは見えないようなところで待機してもらう。

 

 鉄格子の隙間から牢屋の中を覗き見る。微かな光が中を照らし、その中にいる人物が見えた。彼女は牢屋に影が刺したことに気づき、こちらを向く。

 

 茶色っぽい黒髪。幼めの体型と顔。黒い短パン、臙脂(えんじ)*1のシャツ、そしてその上から羽織る袖が長過ぎる白衣からは、一見大人ぶろうと背伸びした子供に見えるが……その実、大人顔負けの頭の良さがあるとんでも犯罪者だ。

 

「……おや、これはずいぶん珍しいお客人だ。久しいな、先生」

 

「久しぶり、カスミ。相変わらずテロ行為(温泉開発)をしてるんだって?」

 

「何か含みのある言い方だが……まあそうだな。この前はトリニティで新しく温泉を作った」

 

「わあ、怖いもの知らずだねえ」

 

「当然。温泉を開発するならば、そんな場所でも駆けつける! それこそ温泉開発部だからな」

 

 ハーハッハッハッハと笑うカスミ。少し笑って落ち着くと、「して、先生は私に何の用事かな?」と問いかけてくる。

 

「実はさ。俺も温泉に入りたいなって思ってて」

 

「ほう! とうとう先生も温泉の良さに気づいてしまったか」

 

「いや前から知ってはいたけどね? で、休息のためいい感じの温泉を探したいんだけど」

 

「そこで私の出番というわけか。もちろん、と言いたいところだが……せっかくだし、私の頼みも聞いてもらおうか?」

 

 不敵にニヤリと笑ってくる。何考えてるのか大体想像はつくけど……

 

「私をここから出すよう、風紀委員会に交渉してもらえないか?」

 

「……君なら俺に頼まなくても脱走できるでしょ。現に今も爆弾を隠し持っているみたいだし?」

 

「はてさて何のことやら」

 

 とぼけているけど間違いなく隠し持ってる。この子は捕えられてもどこからか爆弾を取り出して爆発させ、そのまま脱出する……がテンプレだし、どうせ今回も持ってるんだろう。

 

「まあ仮にそうだったとしようか? だとしても、私は騒ぎを起こすのが目的ではない。穏便に出られる方法があるならそっちを優先するさ」

 

「どの口が言っているのやら……はあ。人に迷惑かけちゃダメ……って言ってもどうせまたやるしね」

 

「とんでもない。私は人に迷惑をかける気なんてさらさらないさ。ただ温泉開発をする時、邪魔者は排除する……それだけのことだよ」

 

「それがダメだと……いやもういいや。好きにしなさい。交渉はしてみるから」

 

 ということなんですけど、いいかな? と、ヒナの方をチラッと見やる。彼女はため息を一つ吐くと、こちらに近づいてきた。

 

「カスミ」

 

「ん? また誰か……あっ」

 

「釈放してあげてもいいけれど、騒ぎを起こ「ひ、ひええええっ!? なっ、何でここにぃ!?」

 

 ヒナを見た途端、ち●かわみたいな顔になって泣き出してしまうカスミ。泣いちゃったぁ……

 

「カスミ、落ち着いて」

 

「ぴえぇ……」

 

「……はあ。釈放はしてあげるから、少なくとも一週間は大人しくしなさい。これが条件よ」

 

「わ、分かりましたぁ……」

 

 ヒナは鍵を扉に差し込み、牢屋を開くと「じゃあ先に準備をしておく」と言って去っていった。

 そのちょっと寂しそうな背中を見送った後、隣を見るといつの間にかカスミが出てきていた。

 

「……よし。では先生には私のおすすめを案内しようか」

 

 キリッとした顔で言ってもさっきのは無かったことにならないんだぞ。

 

「では早速向かう準備をするとしよう」

 

「ん? いや普通に地図でここって教えてもらえればいいんだけど」

 

「それが残念ながら、私おすすめの秘境は地図には載っていないような場所でね」

 

「何それ色々怖いんだけど」

 

 廊下を並んで歩きつつ、その温泉の概要を聞いてみる。

 

 曰く、ゲヘナには立入禁止区域と言われる場所があるのだと。ミレニアムにおける「廃墟」みたいな場所だな。

 「アビス」と呼ばれるその場所。そことほぼ隣接しているような場所に件の温泉はあるらしい。本当に入って大丈夫なやつかなそれ。

 

「一度成分調査なども行ったのだが、それ自体は普通の温泉とほぼ変わりない。しかし明らかに効能が普通の温泉と違うのだよ」

 

「へぇー……どんな感じなの?」

 

「そこの発掘工事をしていた最中、うっかりマグマに触れてしまい火傷を負った仲間がいたのだが。彼女は温泉に浸かると数十分でその怪我が完治していた」

 

「……そこ行くのやめとこうかな」

 

「大丈夫だ。私も一時間近く浸かってみたが、体が軽くなったり怪我が治りやすくなったりと言うプラスの効能はあれど、マイナス要素はなかったよ。あそこは本当に素晴らしい」

 

 キラキラとした目、そしていつもより少々早口で語るカスミ。その様子から件の温泉が本当に良かったことが伝わってくる。それなら、まあ……

 

「いや危ないでしょ。そんな得体の知れない温泉に長く入っちゃいけません」

 

「ふふっ、いつだって誰かが最初に試さなければ世界は広がらないものさ」

 

「その最初を君が負う必要はないでしょ。今度からヤバそうなもの見つけたら俺に言ってよ?」

 

「いやいやそれこそ私が怒られてしまう。先生はキヴォトス中で評価されている人間だ。そんな素晴らしい人物を試金石に使ったとなれば、一体どうなることやら」

 

「俺は別にいいのになあ」

 

「エゴを他人に押し付ける、これこそ人間の本質というものだろう。正義だ何だと着飾っていても、その内側にあるのは結局のところ自分の欲望だけなのさ」

 

 知った風に言うカスミ。何だか難しく語っているけど、要は温泉開発を正当化したいだけな気もするな。

 

「……ん? そういえばそんなすごい温泉なら、もっと話題になっても良くないか?」

 

「それには少し事情があってね」

 

 温泉開発部、というのは単に温泉を発掘するだけでなく、その周辺設備の整備……例えば旅館を作ったり、その旅館までの道を整備したりなどのことも結構やってる。

 だから温泉開発部が携わってるなら、既に諸々整備されてて世間にも認知されているというのがいつものことなんだけど……今回ばっかりは違うらしい。

 

「あの温泉はアビスだけでなく火山にもかなり近くてね。整備したはいいものの、結構道のりが大変で人が全然来ないのだよ」

 

「それはまた……バスとか手配すればいいんじゃないの?」

 

「最近は何故か企業のバスを見かけることが少なくなってね……盗むことができなくて、バスが足りないんだ」

 

「ちょっと待って???」

 

 なんかとんでもない事実が発覚した気がする。本当に怖いもの知らずだな温泉開発部。そんじょそこらのテロ組織よりテロしてるぞ。

 

「まあそういうわけで。旅館に職員もいないし、客も来ない。実質的な廃墟になっていて歯痒い思いだったのだが……先生をもてなせるとなれば、作った甲斐があったというものだな」

 

「……ってことは実質貸切か。温泉を貸し切るとか、ちょっとテンション上がっちゃうな」

 

「せっかくだし、食事の用意などは私がやらせてもらおう。一週間大人しくしているよう言いつけられたし、ちょうどいい息抜きにはなる」

 

「あれ、ちゃんと大人しくするんだ?」

 

「……次約束を破ったら本当に何されるか分かったものではないからな」

 

 ぶるっと体を震わせたカスミ。顔もちょっと青いし、本当にヒナが天敵すぎるなこの子。

 ……あれ、だったら……

 

「でもいいの? ヒナも一緒に来る予定なんだけど」

 

「……えっ?」

 

 その青い顔がもはや青を超えて白くなる。そしてちょうどそのタイミングで。

 

「先生、準備が終わった……カスミ?」

 

「あ、あ、あわ……わぁ……」

 

「泣いちゃった……」

 

 廊下の向こう側からやって来たヒナ。その姿を目視し、カスミが崩れ落ちた。

 心なし身長がさらに縮んでしまったように見える彼女を脇に抱え上げた。それからヒナに温泉のこととカスミがもてなしてくれる予定だったことを話す。

 

「……なるほどね……カスミ、起きて」

 

「うぅ……お、起きてはいる……」

 

「そういうことだったら、当然私も何もしない。むしろありがたいわ。別にあなたのことを殺したほど憎んでいるってわけでもないし。よろしくね」

 

「は、はいぃ……」

 

 さっきまでの様子はどこへやら、完全にしょぼんとなってしまったカスミ。哀れみを覚えないわけではないが、まあ普段の自業自得というか……

 

「……まあ、いいか。じゃあヒナも準備できたみたいだし、行くか」

 

 そういうわけで。三人で温泉に向かって出発した。

*1
濃いめの赤い色

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