最後に一つ言っておく……「執筆」は加速する(多分)
廊下を歩いて、セイアの元に向かう。彼女は専用の部屋で一日のほとんどを過ごしているらしい。本当に大丈夫だろうか?
生まれ持ってしまった障害というのは、反転術式でも治すことができない。反転術式は体を元の状態に戻すような感じなので、その元がおかしいと治せないのだ。
より正確に言うなら、必要なのは本人のイメージだ。体に刻まれた記憶が、反転術式を手伝う。だから例えば腕を失って長く経ったりすると、反転術式でも治せないことがあるだろう。
こんな仕様じゃなくて、簡単に人を治せるような魔法だったら……そしたら
考えていると、いつの間にかセイアの部屋についていた。
考えても変わらないことは後回しだな。今はセイアと話すことを重視しよう。そう心に誓って、その扉を開いた。
セイア専用の部屋は、他の部屋よりも少し防御力が強そうだった。窓に鉄格子が張られていたり、壁の材質も少し違いそうだな。過去に一度襲撃されたことがあるし、これくらいは妥当なのかな。
そしてその部屋で。端に寄せられたベッド、そこに百合園セイアがいた。上体を起こしてはいるが、見るからに辛そうな様子だ。
「……先生?」
「せい……うわ、顔真っ青じゃないか。大丈夫か?」
「先生……無事、だったのか」
「セイア?」
こちらを見つめているはずの彼女の目は、しかし絶対に俺を見つめていない。俺ではないどこか遠くを眺め、何かをぶつぶつと呟いている。彼女の持つ予知夢の
「セイア、しっかりして。俺はここにいるし、ここは現実だよ」
「……幻では、なさそうか……そうか。今日は、君がトリニティを訪れる日だったな」
何も見ていなかったような瞳が、今度は確かに俺を捉えた。しかし相変わらずその様子は辛そうだし、呼吸も多少荒く感じられる。まさに病人といった姿で、不安感を感じてしまう。
「済まない。最近の私はこれまでにも増して、夢と現実の境界が曖昧でね……」
「分かったよ。あまり無理をしないでくれ……そうなった原因は、分かるか?」
「原因、か……それについて語るには、私が手にしている誰にも告げられない未来……そのことを語る必要がある」
「誰にも告げられない未来?」
こくんと頷くセイアだが、それをするだけでも辛そうにしている。気休めかもしれないが、反転術式をかけた方がいいのか……?
迷っていると、セイアが「だが先生、君になら……」と縋り付く様子を見せてくる。
「……私の言葉に、耳を傾けてもらえるかい?」
「ああ、聞くよ……聞くけど、再三だが無理はしないでくれよ」
「分かっているさ……ここからは、今まで君が経験してきた事件とは全く別種の……完全に異なる類のものだ。だがどうか……荒唐無稽だと「いいから早く言ってくれ。そうやって遠回しに言っているうちに体力が尽きたらどうするんだ」
不躾なことを、とでも言いたげな目線を向けてくるセイアだが、間違ったことは言っていない……と思う。それをセイアも分かっているのか、一度ため息を吐いた後話し始めた。
「……では、率直に言おうか。私は所謂予知夢で……世界が、キヴォトスが終焉を迎える光景を視たんだ」
……なかなか衝撃的な言葉に、一瞬言葉を失うが……それよりも早く続きが聞きたい。顎で続きを促すと、セイアは再び語り始める。
内容をまとめると、こうだ。
ある日キヴォトスに、天から巨大な塔が飛来し、空が緋色に染められ……そしてその塔が世界を削りとっていく。そして削られた世界の断片が吹き荒れる中、何か黒くて大きな存在が天から舞い降り……世界は虚無へと還る。
「……終焉……」
「あれが現実に起こり得ることかは分からないが……見てしまった以上、私はその真偽を見極めねばならない。そのために、私は自ら明晰夢の中に飛び込み続け……結果、現実と夢幻の境界が曖昧になってしまった」
「なるほど……じゃあやめろ、って言いたいんだけど……そこのところ、セイアはどう考えてるのかな?」
「……あの光景はただの悪夢ではないと、私の直感が告げているんだ。私がやらなければならない……」
こほこほと軽めの咳をしながらも、その瞳には強い決意が宿っている。
きっと彼女は、以前の件で先を見るのを恐怖してしまったことを後悔しているのだろう。だから、無理をしてでも逃げないと自分を縛り付けている。
「……これは私の推測だが、恐らくアレ──あの黒き存在を招いたのは『ゲマトリア』……彼らがキヴォトスに外部の存在を呼び寄せ、終焉に導こうとしているのではないかと考えている」
「……ゲマトリアが」
俺が関わったゲマトリアのことを思い返す。
黒服は、研究者気質なやつだ。未知を探求しようという姿勢があり、そのためならばどんな手段でも行う。あいつがその手段として行なった結果、終焉を迎えた可能性はあるか。
マエストロは、芸術家気質なやつ。あいつは芸術を作るためなら手段を選ばないし、芸術が完成した後の被害も考えないやつだと思う。だとすれば、その黒い存在がマエストロの芸術である可能性……
……何だか、どうにもしっくり来ない。あいつらは馬鹿というわけじゃない。探求、もしくは芸術創作の場であるキヴォトスを壊す真似をあいつらがするか?
もしくは、俺の知らないゲマトリアがいて、そいつが終焉を招こうとしているとか。だとすればそいつと黒服、マエストロの関係は? ゲマトリアは一枚岩じゃないのか?
「先生……? どうかしたのか?」
「……悪い、少し思考に耽っていた」
「私の体力を無駄に使わせないで欲しいものだね」
「……相変わらず、だな」
意地の悪い顔をするセイア。だがそれでもやはり体調の悪さは誤魔化せておらず、むかっとするよりも心配の方が勝つ。明らかに虚勢だ。
……やっぱり、もう無理はさせられないな。それにセイアにはもっと大事なことがある。
「……ゲマトリアが関係してるっていうなら、俺がやるよ。あいつらとの関わりは俺がいちばん深いからな」
「先生が? しかし……」
「大丈夫だよ。俺はめっちゃ強いからさ、世界の終焉なんて跳ね除けてやる……だから、セイアはそんなことよりも目の前の、もっと大事なことに目を向けて欲しいな」
青春、という時間。くだらなくて、驚きばかりで、楽しい時間……取り返しがつかない、宝物のような、煌めく思い出。
何よりも生徒にとって大事なのは、青春を過ごすこと。世界の終焉とか、陰謀とか、そんなことより友達と一緒に宝探しとかする方が大事だ。
これは、俺が先生から教わったことの一つで……そんで、俺が学んだことでもある。
「友達とは、ちゃんと仲直りしないとね」
「……それも、そうか。私は少し、自分を見失っていたのかもしれない……今はそれよりも、ミカを救うことが先決か」
「そういうこと。いつ起こるか分からない、もしかしたら起きないことに頭を悩ませる時間なんてないよ」
「……ありがとう、先生。霧が晴れたような気分だよ……」
「俺に礼を言う必要はないよ……それと、ミカが謝りたがってたから時間を作ってあげて?」
俺の言葉にセイアは「ミカ……?」と驚いた様子を見せていたが、すぐに納得した顔になった。どうやら夢の中ではミカと話し合ってたらしい。夢だけじゃなくて現実でも話し合ってね。
「それから、もう一つ。ミカが今ギリギリ心を折ってないのは、セイアが無事だから。もしセイアが倒れたりとかしたら、ミカが自分のせいだって抱え込んじゃう……まあ、要はその体は自分だけのものじゃない」
「……そうだな……今私が倒れては、ミカが心を病んでしまう。そのためにも、安静にするべきか……感謝するよ、先生」
「ん……セイアが倒れたら俺も心配するからな。それにナギサや、セイアを慕っている人たちも」
「理解しているさ……とはいえ、思い立ったが吉日だ。ミカとは今すぐに話し合うとしよう」
そう言うや否や、セイアは彼女のサポートをしているであろう側用人を呼びつけると、ミカを呼んで欲しいという旨の言葉を伝えた。また、人がいるのは気恥ずかしいから二人きりにしてくれとも。子供かよ……まあ、子供か。
「それから明日の聴聞会には、私も出席しよう。ミカの罪状で最も重いのは私に危害を加えたことだから、私が一緒にいれば多少罪は軽くなるだろうしね」
「了解。ナギサにそのことを伝えてくるよ」
「ああ……」
その時、倒れ込むようにベッドに寝そべってしまったセイア。慌てて体調を確認するけど、本人曰く「久しぶりに人と接しすぎて疲れた」と……全く、ひやひやさせないで欲しい。
「悪いが、先生……失礼させてもらうよ……」
「分かった。おやすみセイア、また明日」
「ああ、お休み……」
……その後は、ナギサにセイアとミカが聴聞会に出席する旨を伝えた。
彼女はとても喜び、感謝の言葉を送ってきた。この程度どうということはないんだけど、「大人しく受け取ってください」と言われては流石に大人しくするほかなかったよ。
それから、明日は早くから聴聞会ということで俺は早めにシャーレに帰った。
百合園セイアの目が覚める──という言い方は、全くもって理屈に合わないが……しかし夢の中で意識を取り戻すことを、他に何と呼べばいいだろうか?
ここはセイアの明晰夢の中。
(……やれやれ……ミカが来る前に少し休むつもりが……いつの間にか眠ってしまったのか。最近は夢から目覚めるのも難しくなっているというのに……)
よっこいせ、と体を起こす……これもおかしな話ではある。なぜなら今の彼女は幽霊のような状態だから。謂わば魂だけの状態となって、世界を観測する……それが彼女の術式。
自由に体を動かせる幽霊にとって、体が地面と平行だろうが垂直だろうがそれは起きているのではないのか? という疑問はあるが、そんなもんいちいち気にしていたらしょうがない。
ともかく体を起こした彼女は、辺りをキョロキョロと見回す。ここがいつ、どこなのかを把握するためだ。彼女の術式の前では、時間という概念すら超越できる。
辺りは不思議な場所だ。円形の部屋で、鉄板のようなものが壁のようになっている。そしてそれらは天井から出力される赤みがかった色の光で照らされている。
中央部には大きな光の輪が机のようになっていて……そしてその外周に、均等に4分の1ずつの間隔で大人が立っている。
黒服を着た人の形。頭が二つある木人形。コートを着た頭のない人の形。赤い肌の貴婦人。
(彼らは……まさか……!? ゲマトリア……!?)
セイアが驚きに目を丸くする中でも、彼らは何かの話をしている。どうやらセイアがいることには気づいていないらしい。
「──それで、ベアトリーチェ。かの代行者を排除する算段はついているので?」
顔のないもの。ゴルコンダの問いかけに、ベアトリーチェと呼ばれた赤い肌の貴婦人はゆっくりと頷く。
「ええ。既に私の領地……アリウス自治区に、術式を設置してきました。条件付けも完了しているので、これで効果が発動するとみてよいのでしょう?」
「その通りです。少し気がかりなのは、設置した術式と貴女の術式が同一のものなことですが……」
「恐らくは問題ないでしょう。あくまで設置したのは、私の術式を複製し改竄したもの……影響はないと見ていいはずです」
(術式……? ゲマトリアも、先生のような力を持っているのか……?)
セイアが疑問に思うが、それに答えるような者はいない。彼女は現在透明人間。魂だけの存在なのだ。
それでも、生理的な反応としてセイアが息を押し殺す中……木人形。マエストロが不満げな声色で語った。
「やはり、気に食わんな。九条カケルは私の理解者になりうる存在だ」
「あなた個人の満足よりも、私に与える被害が大きすぎると言っているのですよ」
「それは──いや、訂正しよう。私が最も気に食わないのは、ベアトリーチェ。貴下が私の発見した術式を己に植え付け、あまつさえ彼の始末に利用しようとしていることだ」
「くだらないですね。先に術式を提供したのはあなたでしょう。マエストロ」
「まあまあ、お二人とも落ち着いてください。ここで争いあったとしても、何の得にもなり得ません」
一触即発といった空気になっていく二人を、黒服が止めに入った。普段はカケルを振り回している彼でさえ、この場においては仲介役となる。この面子がいかに異常であるかの分かりやすい指標だろう。
黒服に仲裁され、お互いが攻撃的な空気を納め……それを破るかの如くベアトリーチェがため息を吐いた。
「いいでしょう。今改めて、私がかの代行者……九条カケルを始末したいと考える理由を説明してあげましょう」
「きっかけは、聖園ミカです。彼女には実に多くのことを手伝ってもらいました。その中で最後にした仕事であり、そして最も大きな仕事が九条カケルをトリニティに招いたことです」
(……ミカ?)
セイアが眉をひそめた。しかし当然彼女のことを気にかけず、ベアトリーチェは次々に語っていく。
「正直に吐けば、私は彼を侮っていましたし……今でも侮っています。しかし、彼が大きな力を持っていることは事実です。愚か者が力を持つことほど、恐ろしいことはありません……」
「それに加え、彼の内側にある魂……先生。仮にかの者が目覚めれば、文字通り世界がひっくり返りかねない……そういうことでしたよね? ゴルコンダ」
「その通りです。この世界を一つの物語とすると、九条カケルは “主人公” ですが……先生は “書き手” です。かの者が敵対すれば、私たちが打ち勝てる可能性は砂漠で砂金一粒を見つけるよりも難しい……」
「ええ、つまりはそういうことです。正直な話をすれば、九条カケルはどうでも良く……私が危険視するのは、その内側の先生なのです」
「であるならば、彼のように内側のみを攻撃する術を見つければいいだけの話だろう」
苛立ったように語るのは、またしてもマエストロ。どうやら彼はかなり九条カケルを気に入っているようだ。
それに対して先ほどよりは余裕を持った態度で語るベアトリーチェ。
「そのような時間は生憎ございません。私の計画の実行は、すぐそこなのですから」
「ふむ……しかしマダム、あなたは私たちにその計画の内容を具体的に教えてくれたことはありません。一体アリウス自治区で何をしているのですか?」
疑問を持った黒服が問いかけた。ベアトリーチェの持つ計画、その概要とは何なのか。それが分からないことにはマエストロも納得しまいと考えての行動でもある。
「祭壇を用意しているのですよ。あなたがアビドスでしようとしていた事と本質的には変わりません。ただ、私は契約をするつもりはないですが」
「ほう、契約の代わりに儀式を……それを実行する上で、九条カケルの存在が邪魔になると?」
「大まかにはその通りです」
「しかし、ならば積極的に処理をする必要はないのでは? 彼が気づかなければ、それでいい話だと思いますが」
「何を言うのですか。彼……そして先生の存在は、必ず邪魔になります。であるからには、殺さなければなりません」
「……?」
黒服が言いたいのは、要は邪魔されなければいいだけの話ならば自分から殺しにいくような真似をせずともいいのでは、ということだった。そんなリスクの高い手段を取らずとも、向こうが攻めてきたら迎撃する程度の対応でいいはずだ。
しかしそれに対するベアトリーチェの返答は「殺さなければならない」。そこに何か違和感を感じた黒服は、それをベアトリーチェに問いかけようとして──
「もういい。貴下が九条カケルを殺したいのはよく理解した。精々、彼を輝かせる舞台装置となってみるがいい」
「ええ、手を出さなければ何を願うのも自由でしょう。あなたの得意な芸術品にその願いを込めれば、傑作ができあがるでしょうね」
マエストロが限界に来てしまった。ベアトリーチェとの完全な不仲を確立させた彼は、闇の中に向かっていき……そして気づけば消えてしまった。
彼にとって、九条カケルは特別だ。芸術とは外を取り繕うことも重要だが、最も重要なのは内側だ。そこに込められた数々が、芸術を輝かせると考えている。
そんな中で、内側を見通せる九条カケルは自身の考えを理解しうる唯一無二なのだ。
「全く、度し難いですね……」
ゲマトリアは協力者ではあるが、仲間ではない。
互いに技術や知識を交流させることはあっても、互いの理念を理解し合うことは稀だ。
芸術という方法を通じて世界を解するマエストロと、方法を用いて結果を作り出すベアトリーチェ。この二者が相反する事は、自明の理であったのかもしれない。
微妙な雰囲気が流れる部屋。セイアでさえうわあと顔をしかめるような地獄で、ゴルコンダが勇気の一手を振り絞った。
「……しかしベアトリーチェ。九条カケルを殺すというなら、アリウス自治区に彼を招き入れることは必須……どうするおつもりなのですか?」
「スクワッドを使います」
アリウススクワッド。アリウス分校における、精鋭部隊
「廃棄しようとしていた消耗品ですが、先生を連れてくれば許す機会を与えると言いました。無論殺すのもありだと。とはいえ彼女たちには不可能でしょうし、連れてくるほかありません」
──敵が何かしらの準備をした本拠地に、先生を誘導しようとしている。
この情報を聞いて危機感を持たないほど、セイアは鈍感ではない。いくら先生が強いといっても、このままでは、もしかしたらがありうる……!
(い、いけない……! 先生が……危険……!)
その魂の揺らぎが、致命的だった。
(……うっ!?)
「……どうやら、ネズミが入り込んでいるようですね」
ベアトリーチェの視線が、確かにセイアを捉えた。頭頂部から生える無数の羽……それら一つ一つについている目玉が、一斉にギョロリと動く様は気持ちが悪い。
「なるほど、魂を見るとはこのような……偶然の産物ですが、なかなかよい体験です。しかしこのような視界を常時彼は見ているのですか」
「……それに加えて、恐らく彼は魂を視認できるようになって二年ほどの月日が経っているため……推測ですが、魂以外にも概念などのあらゆる秘匿が見えるようになっているかと」
「それがヒエロムニスやセトの憤怒の内側を破壊し、二度と復活せしめなくしたタネですか……概念ごとの破壊とは、人に許された力を超えていますね」
黒服の補足に、ベアトリーチェは興味深そうに呟くと……「少し長く話しすぎました。私も帰るとします」と言って闇に潜り込み……そして消えていった。
「っは、はぁ、はぁ、はぁ……はぁ……」
次に百合園セイアが目を覚ましたのは、自身の部屋だった。金と白を主とした色合い。窓につく鉄格子。背中に感じるベッドの柔らかな感触……それら全てが、ここが百合園セイアの自室で、また現実に回帰したと伝えていた。
(アリウス自治区は、すでにゲマトリアに支配されていた……!? いや、それだけではない!)
「う、うぅっ……! ゲホ、ゲホゲホ……!」
焦りから急いで体を起こすも、寝る前より明らかに悪くなった体調がそれを阻害する。体を起こすことすらままならず、ベッドに伏して咳き込んだ。
(くそ、体が言うことを聞かない……意識が、朦朧と……いや、そうじゃない)
「ゲホ、ゲホっ……」
(アリウスが保持していた未知の力……ヘイローだけを破壊する爆弾や、未知の技術が用いられたミサイルも……! ゲマトリアが関係していたなら、全て辻褄があう!)
(そして何よりも、自治区に設置したと語っていた、術式。先生と同じ力……だとすれば、先生が危ない!)
多少は落ち着いてきた呼吸をさらに整えるため、深呼吸をする。その最中また軽く咳き込むも、思考は止まることを知らない。
(私の命が狙われ……エデン条約が決裂し……みんなが怪我をして……先生が危険にさらされている……そのすべての……始点があるとしたら……それは)
気づくと、部屋の扉が開いていた。体を起こして、誰が来たのかを探ろうとしたセイアだが……すぐに、自身が頼んだことだと気づく。
そしてその人物は、今まさに自分が考えていたその人。
「えっと……その、こんにちは。セイアちゃん……」
「……ミカ」
もしも、全ての始まりがあるとするならば。
「う、うん! 連絡もらったから急いで来たよ。 二人っきりで話したいって……セイアちゃんらしくなくて、ちょっとビックリしたけど!」
ミカはその嬉しそうな様子を隠しきれていない。セイアともしかしたら和解できるかも……という考えが、彼女の視界を狭めていた。
それを見つめるセイアは、その顔色がひどく悪く、体は震えているというのに。
「いつも監視してる正義実現委員会の子にも、扉の外で待っててもらってるよ。だから……」
「ミカ……」
「せ、セイアちゃん……? あれ、顔色が……体も震えて……大丈夫? 誰か呼んだ方が──」
ようやく気づいたミカが、彼女の容態を心配するも……視界が狭まっていたのは、セイアとて同じことだった。
「……アリウス自治区に接触した時、『スクワッド』以外で他の誰かに会ったことは?」
「えっ……アリウス……?」
「アリウス自治区には、本当に一度も行ったことがないのか?」
「えっと……あの、セイアちゃん……?」
先ほどの夢。今先生……もしかすると、キヴォトス全体に迫っているかもしれない終焉……それら全てが、セイアを逸らせる。
ミカが困惑するのも気にかけず、次々に質問を飛ばすセイア。その表情はどんどんと鬼気迫るものに変化していく。
「ドレスを着た背の高い、肌の赤い女性を見たことは? 『スクワッド』について他に知っている情報は?」
「……え、えっと……セイアちゃん、何を……」
「ゲホ、ゲホッ……」
気づけば、セイアはミカに詰め寄っていた。ベッドに座っていながらも、その上体をミカに限りなく近づけている。それにミカが一歩後ずさろうとして……しかし、震える足で堪えた。
「君が、アリウスに接触したことによって……先生が……狙われている……」
「……!? ……セイアちゃん、今なんて……?」
「っ、君が、先生を連れてきたから……!」
思わずと言った様子で、セイアが大声を出して……しかしすぐに自分の失言に気づき、小さく「……いや、君のせいではないな……済まない……」と呟くも、再びゲホゲホと咳き込む音でかき消された。
ミカが目を見開いて、こちらを見つめる光景……しかし、段々とそれが薄暗くなって、見えなくなっていく……どんどんと、暗く……
(体が、言うことを……まずい……意識が……だん……だん……)
気づくと、セイアはどこか別の場所にいた。
まるで教会のような……しかし使われている色は暗く、ステンドグラスを通して紫になった光が照らす様は、神聖さよりも恐怖を感じさせる。
「……ここは? この建築様式……まさか、アリウス自治区の……?」
「ええ──アリウスの『バシリカ』と呼ばれるところです」
「!!」
現在の彼女は幽霊の状態……彼女の言葉に応えられる者などいるはずもない。
では、この返事はなんだというのか?
セイアが声の方を振り向いた……が、すでに遅かった。その赤色の手が、セイアの首を締め上げる……!
「うっ……!!」
そのまま持ち上げられ、自身を苦しめている主人──ベアトリーチェが、セイアと目線を合わせる。無数の目玉が、ゆっくりと細められた。
「覗き見をしているネズミがいると思ったら、やはりあなたでしたか──まさかこの至聖所まで追いかけてくるなんて。夢の中だと思って油断していたのですか? 預言の大天使……いえ、百合園セイア」
「……こ、ここが……あの祭壇……」
「ええ。他のゲマトリアも訪れたことのない秘境です。光栄に思いなさい」
セイアの口から漏れ出る呼吸の音は、明らかに異常なもの。十分に息を吸えず、こひゅうという苦しげな音が何度も鳴った。
それを見て口元を歪めたベアトリーチェが、さらにその力を強める……! セイアの顔がみるみる青くなって、苦しげなものになっていく。
そしてそれは夢の中だけではなく、現実にも影響を及ぼした。セイアの自室……今現在、ミカとセイアしかいないこの部屋で、セイアの顔色がみるみる悪くなっていく。
「せ、セイアちゃん! しっかりして!! 誰か!! 誰か人を呼んで来て!! セイアちゃんが……セイアちゃんがおかしいの!!」
それを見たミカがすぐに助けを求め、部屋の外にいた付き人たちが一斉に動き出す音が響く。一瞬にしてトリニティが騒がしくなった。
それとは対照的に、教会……バシリカは静かなものだった。セイアの苦しげな呼吸音が響くばかりで、その他には何もない……
セイアの生存本能が、助かる術を探そうと必死にあたりを見回す中で、彼女はそれを見つけた。
(あれは……一体……)
それを見た瞬間、セイアの背筋に悪寒が走る。恐怖が心のうちよりとめどなくあふれ、嫌な予感というもので頭が満たされていく。
それは祭壇だった。一見、ステンドグラスで照らされただけのその空間は……しかし、見るものが見れば何かおぞましいもので満たされているのが分かるだろう。
この祭壇は何をする場所なのか。もしや、あの終焉の……黒い存在を呼ぶための……?
酸素不足、なのだろうか? 段々と思考すらままならなくなっていくセイアが、その祭壇の前に何かを見た。何か、柱のようなものに磔にされている……否、木の幹のようなもので縛られている人間。
(彼女は……アリウススクワッドの……!?)
淡い紫色の髪を持つ彼女……秤アツコ。彼女だった。
本来アリウススクワッドに所属していたはずの彼女は、しかし良いおもてなしを受けているわけではなく……その様は、まるで生贄のよう。
(この女は……キヴォトスに一体どんな災禍を……招こうと……)
「ああ……セイアちゃん、気がついたら?」
再び現実へ。目を開けると、ミカが己の顔を覗き込んでいることに気づくセイア。
彼女の瞳は形が定まっていないかの如く揺れており……また、声も震えている。
「どうして……セイアちゃんがこんな目に……私は、どうすれば……セイアちゃん……どうしよう……」
もはや、限界は近かった。
何不自由なく、今まで生きてきた少女は……たった一つ道を誤っただけで、世界から敵視され、友を苦しめ、周りにいる人皆を傷つける……
そしてその原因は、誰のせいでもなく、自分のせいだ。
セイアが何か声をかけなければと思っても、声は届かない。心に無数に浮かぶ言葉の数々は、泡のように消えていく……
(ミカ……私は君に……また同じことを……すまない、ミカ……君のせいではない。これは……私が招いた失敗……)
再び意識が暗闇に沈みかけた中で、最後に思ったのは……先生のこと。
(……先生、私の声が聞こえるなら……どうか……逃げてくれ……できるだけ遠くに……アリウス自治区から離れてくれ。そうでなければ……先生は……!!)
雨が降っていた。
時間帯はすでに夜。本来なら見えるはずの夜空は、分厚い雲に覆われている。灰色の夜の中、そこに彼は立っていた。
(……なんだか、嫌な予感がするな)
九条カケル。早めにシャーレに帰り、明日に備えていたはずの彼は……しかし、ここにいる。
ここはキヴォトスの某所。とある路地裏。辺りを見回しても、人の気配は感じられない。あらゆる建物はシャッターが降りているか崩れているかで、とても寂れた街だ。
(発信元不明のメール……つい辿ってしまったけど、周りに人がいなさすぎる……何かの罠か?)
警戒を緩めず、ゆっくりと周りを見つめていた彼の耳に、何かの音が届いた。
ザッ、ザッ、ザッというこれは、足音。
「そこにいるのは誰だ」
建物の物陰に、誰かがいた。その人物はおもむろにその姿を現す。
黒い帽子。青みがかった黒の長髪。端正な顔にはマスクがされており、鋭い視線が強調されている。
「……サオリ?」
アリウススクワッド……そのリーダー。錠前サオリ、その人だった。
小話:ゲマトリアが出てくる回は筆が乗る。なぜなら設定開示と伏線張りが同時にできるし、呪術してくるから。
もう超かぐや姫の二次創作書いていいかなと思うたびに心の中の津美紀が「ダメだよ、恵」と言ってその度「恵じゃねえ、一般人参だ。ただの無関係な男なんでな」と思っている異常者は俺。