「これで、九条カケルも終幕でしょうか」
どこでもない場所で。首なしのもの……ゴルコンダが、無感情に呟いた。
どうやってかは分からないが、どうやら彼はアリウスでの出来事を認識しているらしい。
「どれほどの力を持っていようと、それを封じられれば彼はただの子供……少々呆気ないですが、当然とも言えますかね」
「ククッ、それはどうでしょう」
そんな彼に後ろから話しかける者がいた。ゴルコンダは首がないため振り向くことをせず、そのままその声に応える。
「黒服……それは、どういう意味で?」
「俺の呪力が、使えない……!?」
一方アリウス自治区では。自身の手のひらから霧散した光、そして自分の中から消えた喪失感……これらから状況を把握したカケルが、呆然と呟いていた。
そしてベアトリーチェが笑いながら、終幕を宣言した。
『さあ、お終いですね? もはやあなたは何の力も持たない、哀れな子供……嬲るのは趣味ではありませんので、さっさと殺してあげましょう』
その言葉と同時に、包囲していたユスティナ聖徒会たちが一斉にカケルに対して銃口を向けた。数十……それどころか数百の無機質な仮面が彼を捉える。
「っ、先生!」
何かまずい事態になっていることを察したサオリが、何とか立ちあがろうとするが……その前に、一部のユスティナ聖徒会に銃撃され「うぐっ」と再び地に伏せる。
「では、さようならカケル。傲慢なあなたに対する罰です」
そして──
「まさか、呪力が無くなってなお九条カケルに何かあると?」
ゴルコンダがそう問いかけても、黒服は意味深に笑うばかり。
それに対して多少の苛立ちを覚えたか、ゴルコンダが多少速度を早めて喋り続ける。
「ありえません。確かに彼は先生の代行者ではありますが……その権能はオリジナルの先生に遠く及ばない。彼自身に奇跡を起こしうる力はないのです」
「いえいえ、そもそものお話が違います。確かに彼は呪力を無くせば、そこらの人々にも負け得る弱さがあります」
「……では、何が違うというのですか?」
その言葉を待っていたと言わんばかりに、黒服がさらにその笑みを深くし……数秒のためを経て、おもむろに答えた。
「──
ユスティナ聖徒会から放たれた無数の銃弾は──しかし、カケルの体の当たったはずなのにかすり傷一つつけていない。
「……何?」
(……どういうことです? 確かに彼の呪力は没収されているはず……罠が作動しているのは確認済み。では、今のこれは……?)
ベアトリーチェが困惑している中、同様にアリウススクワッドの三人も困惑していた。何か自信満々にベアトリーチェが宣言し、カケルもそれに大袈裟な反応をしたというのに平然としている……この状況で困惑していないのは、彼だけだった。
銃弾が弾き返された直後、彼は動き出していた。周囲にいるユスティナ聖徒会数百体……それらを始末するべく、一歩踏み込む。
最初の一歩で地を砕き、正面の集団に肉薄。振り上げた拳を用いて、ユスティナ聖徒会の頭部を潰す。
(──没収されたのは、
「呪力を使えないという前提が、間違っている……? どういうことでしょうか?」
「簡単なことです。彼が没収されたのは彼自身の呪力のみ。そういう仕組みでしたからね……」
ゴルコンダが製作した罠。現在ベアトリーチェが所持している「裁判の術式」、それを一度複製したのち改ざんを施したもの。発動する効果は “没収” のみで、その対象は「九条カケルの呪力」に限定されている。
それ故に、この罠は九条カケルの中にあるもう一つの呪力を無効化できていない。
「まさか、彼が自分自身以外の呪力を持っているというのですか? それは一体、誰の──」
九条カケルの呪力は、大きく二つに分けられる。一つは肉体強化や肉体に対する反転術式を行う呪力。もう一つは術式に貯蔵されている、術式にのみ行使できる呪力。
術式に貯蔵されている呪力は、彼が術式反転で吸収したエネルギーを
だが、肉体関係に使う呪力は違う。九条カケルは自分自身で呪力を練れない。何故なら彼はキヴォトスの人間であり、日本人ではないからだ。
先生は違った。先生はキヴォトスの外からやってきた人間であり、そしてその素性は名もなき呪術師。先生の魂は体を失っても、常に呪力を作り続け……そしてそれを九条カケルが、さながら呪具の呪力を流用するように使っていた。
つまり、罠で没収できたのは「術式に貯蓄していた呪力」。
「肉体関係に用いていた呪力」は没収できていない。
(とはいえそれでも影響が大きい! 俺が今まで術式を使いまくれていたのは、貯蓄していた膨大な呪力があったからだ!)
下手に呪力を放出したり、術式反転を用いると当然ながら自身の中にある呪力量が減っていく。それは即ち防御力の低下であり、反転術式を用いる余裕も無くなっていくことを意味する。
故に、彼がこの場で下した決断とは。
(
──結局のところ、罠は九条カケルの攻撃力を減らしはしたが、防御力には一切に影響を与えなかった。
であれば銃弾と僅かな神秘しか使えないユスティナ聖徒会に勝ち目はなく。すでに半数以上のユスティナ聖徒会がカケルの手で間引かれている。
『……なかなか、計画というのは思い通りに運ばないものですね……』
やれやれとでも言いたげな声色で、ベアトリーチェは静かに呟いた。
だがそれでも、彼女はいまだ余裕を保っている。先ほどよりは控えめな……しかし気味の悪い薄笑いで、カケルに話しかけた。
『いいでしょう。バシリカへ来なさい……その時には、私が直々にあなたを始末してあげます』
「余計なお世話だ。ボスっていうのは何も言わずどっしり構えてるものだろ」
『ふむ、ではもはや言葉はいらないでしょう。精々足掻いてみなさい』
最後にそう言って、ベアトリーチェの声が途絶えた。
ようやく解放された、とでも言いたげに大きく伸びをするカケル。その瞳はまだ残るユスティナ聖徒会たちを見据えていた。
「……先生。つまりどういう状況だ?」
「ん、サオリか」
そんな彼の隣に、サオリが……ミサキが、ヒヨリが立つ。
「簡単に言えば、俺も消耗するようになったっていうか……ベアトリーチェはまだなんかありそうだし、ちょっとコンパクトに戦わないといけなくなった」
「なるほど……なら、ユスティナ聖徒会との戦いは私たちに任せてくれ。先生はできるだけ消耗しないように、力を温存してほしい」
「そうだね。ここまでほとんど活躍無しだったし、ここは私たちに任せてよ」
「はい。先生がいっぱい頑張ってたので……そ、その分、今は私たちが頑張ります!」
やる気を漲らせ、張り切っている三人。そんな彼女たちを見たカケルは、少しだけ目を丸くすると……ふっ、と笑った。
「……じゃあお言葉に甘えて、俺は一旦支援に徹しようかな……アロナ」
『はい、出番ですね!』
シッテムの箱を取り出し、指揮をする準備を整えるカケル。先ほどまでの姿とは雰囲気が全く異なり、先生としても側面を強く出している。
同時にユスティナ聖徒会たちも一糸乱れぬ動きでこちらに銃口を向けてきた。静寂が場を満たし、緊張感が駆け抜ける。
カチャ、と銃が金属音を立てた。それを合図に、戦闘が始まろうとして──
突如としてドォンという轟音、そして辺りを揺らす振動が走り、全員の目がそちらに向けられた。見やれば建物の一部が吹き飛んでいる。煙の中から出てきたのは、またしても。
「……あっ、いたいた……見つけたよ、スクワッド?」
「ミカ……!」
ゆらりと、幽鬼のような佇まいのミカ。突然の来訪者に、ユスティナ聖徒会の注意が向けられ……そしてそれが開戦の合図だった。
今この場で誰よりも強い神秘を放つ聖園ミカ。彼女を最大の敵だと認識したユスティナ聖徒会は、一切の躊躇なく無数の銃弾をミカに放つ。
正面から迫り来る弾幕……それに対するミカの行動は「突撃」
「あはは、こんなものじゃダメージにならないよ!」
足に力を入れ、弾丸のように飛び出すミカの得意技。ユスティナ聖徒会に肉薄した彼女は、その腹を拳で貫いた。
「幽霊は幽霊らしく、下半身がないのが似合ってるじゃんね」
一度致命傷を受けたユスティナ聖徒会は、水色に光る粒子となって天に昇る。目の前で起こった仲間の死、それに反応する機能を持っていない彼女たちは刹那の鈍りも見せず、冷静に銃を構え、撃つのみ。
「っ私たちもこのままぼーっとしているわけにはいかない。いくぞ、ミサキ、ヒヨリ」
「了解、リーダー」「わ、わかりました!」
予想外の襲撃者に一瞬呆けていたアリウススクワッド。しかしミカが戦闘を始めたのを契機とし、戦闘に参加する。
とはいえ敵の注意はミカに向けられている。その状態での戦闘は指揮をされるまでもなく、圧倒的な勝利を収める。
一時的とはいえ、ミカとスクワッドの共闘。ユスティナ聖徒会はみるみるその数を減らし……そしてミカが最後の一体を殴り殺し、その全てが消えた。
「……さて、と。じゃあ次はあなたたちだよ、スクワッド」
「ま、待ってくれミカ! 今はこんなことをしている場合じゃないんだ!」
ミカの目的はスクワッドを自身の手で終わらせること。ユスティナ聖徒会は邪魔だから葬ったに過ぎず、いまだその本懐は成されぬまま。
獲物を狙う狩人の目が、スクワッドに向けられ……慌ててカケルが止めに入る。
「生徒が、死ぬかもしれなくて……!」
「うん。大体の事情は知ってるよ……アリウスの兵士から聞いたから」
ここに来るまで、およそ二十人の兵士とミカは戦っている。
そしてその全てを打ち倒し、暴力によって情報を聞き出していた。
「でも、その言葉には従えない……私は、『悪い子』だから。先生のことは何度も裏切っちゃったし……今更何回増えても、同じことだよ」
固い決意を秘めた目が、カケルを貫く。今のままでは、きっと何も聞き入れてはくれないだろう。それを理解してしまったカケルは、とても苦しそうに目を瞑って……
「……ミカ、最後の警告だ。これ以上やるつもりなら、俺も君と戦わざるを得ない」
「分かってるよ、そのつもりで来たんだもん……ごめんね、先生」
笑っているのに、まるで泣いているような表情。もはや止まれない暴走機関車と化したミカは、右手に愛銃「Quis ut Deus」を構え、左手を強く握り込む。神秘が爆発するかの如く、ボッと音を立てて拳に纏わりつく。
「……サオリたちも、手伝ってくれるか」
「無論だ」
カケルは現在、術式を実質的に使用不能な状態にある。使えないことはないが、術式反転はあまりに消耗が激しく、術式順転は弱すぎれば使い物にはならず、強めればその分消耗する上殺しかねない。
シンプルな呪力操作、それによる徒手空拳。だが問題はこのままでは「他者に物理的な傷をつけない縛り」に反すること。
殴り合うからには傷を負わせることは避けられない。だが縛りを破ればその瞬間防御力が落ちる。
(サオリたちで消耗させてから、程々の力で一撃で沈める)
九条カケルは加減が下手だ。普段から雑に呪力を放出している彼に精密な呪力操作はほとんどできず、さらに言えば対人経験も乏しい。だからこそ生徒たちで削る。
戦闘はすぐに始まった。先制はサオリ。所持しているアサルトライフルで弾をばら撒く。
だがその程度ではミカのダメージにならない。一切のためらいを見せず突っ切ってくるミカ……そこにミサキのロケランを合わせた。
爆発と轟音。黒い煙が上がり、その中から多少服が焦げたミカが出てくる。
「けほ、ひどいじゃん、せっかく整えた髪が台無しだよ!」
そう言うと共に、やはり再び突っ込んでくるミカ。相手取ったのはサオリ。
ミカの拳は受け流され、サオリの拳は受け止められる。近距離戦はややミカが優位、しかしサオリには仲間がいる。
後ろから飛来した銃弾がミカにクリーンヒットする。銃弾の主人は狙撃手、ヒヨリ。いつの間にか民家の屋根上に陣取っていた彼女は、屋根を渡って位置を変えながらミカを狙う。
「うざいなあ、正面から来なよ!」
「ぐっ、ヒヨリ! そっちに向かったぞ!」
「ひい、こ、怖いです……!」
ミカはサオリを殴り飛ばすと、ヒヨリがいる屋根へ跳んで登った。
と同時に彼女を襲ったのは狙撃銃の銃身。さながらバットのように振られたそれが、ミカを吹っ飛ばす。
間一髪ガードを挟んだものの、それなりに吹っ飛ぶミカ。サオリが彼女を追跡し、落下地点で待ち伏せを行う。撹乱のために銃弾がばら撒かれた。
「だから、効かないって言ってるじゃん!」
「ARの弾はな……だが、その油断が命取りだ!」
気づいた時には遅かった。銃弾の中に紛れ込んでいた、ピンが抜かれたグレネード。ミカの至近距離で爆発し、汚い花火を作り出す。
だが肝心のミカはちょっと痛手を負ったくらいのもの。民家の屋根に不時着すると、屋根瓦を剥がしてサオリに投げた。
当然回避行動をとったサオリだが、それを読んでいたミカがドロップキックをかます。「うぐっ!?」と悲鳴をあげ、サオリが地面に転がった。
「やっぱり、あなたは泥に塗れてる方が似合ってるよ!」
「余計なお世話だ、原始人! 銃を使わない戦い方を見たのは先生に続いて二人目だ!」
この一言にカチン、と来たのか「じゃあお望み通り銃を使ってあげるよ!」と大声で叫び、銃を
大きく吹っ飛び、石垣に激突して動きが止まったサオリ。ダメージが大きいのか、立とうとする足が震えている。
「これで終わり──」
その瞬間、再びヒヨリの狙撃がミカの頭を穿つ。大きくのけぞったミカに、さらにミサキのロケランの追撃が入った。
「けほっ、けほ……やってくれるじゃん……!」
それでもなお、倒れる気配を見せないミカ。次の狙いはお前だとでも言うように、その鋭い眼光をミサキに向ける、その瞬間。
「悪いなミカ、ここで終わりだ」
「っ、な、先──」
倒れる気配が無い、というのはサオリたち目線での話。
カケルの視点で言えば、既にミカは程々の力で倒せる射程圏内に入っていた。
慣れないながらも、その右手をグーにするカケル。そしてその拳を……ミカの頭に叩き込む!
ゴン、という鈍い音。カケルによる超火力の拳骨が、ミカの頭にかなりのダメージを入れた。ふらふらと千鳥足になったミカは……壁に背中を預け、脱力した。
「いっ──たぁ……先生、私がこれ以上馬鹿になったらどうするつもりなの……?」
「その時は、ミカが元の頭脳以上になれるように協力するよ」
「……先生は、やっぱり優しいなあ。私、すっごく悪い子なんだよ?」
観念したように笑うミカ。そしてそれを前に「ミカ、今は諦めてくれ」と苦しげな顔で言うカケル。
「後でなら、いくらでも時間を取れるから……その時は俺もいっぱい協力する。だから、頼むよ……今だけは、本当に……」
「……本当に、ごめんね……私って、いつもこんなで……」
ミカの声が、どんどんと小さくなっていった。同時に顔もどんどんと俯いて、ついには地面を見つめてしまう。気づくと、その地面が濡れていた。
「でも……わた、私には、帰る場所が無くて……私はトリニティの裏切り者で、みんなの敵で、何度もセイアちゃんを傷つけてしまった魔女だから……もう、トリニティは戻れない……」
地面に崩れ落ちたミカは、涙を流して力なく話し続ける。どれだけ拭おうとも、次から次へとこぼれ落ちてくる涙。どんどんその顔がぐしゃぐしゃになってしまう。
「トリニティを退学になったら……そしたら、もう生徒でもなくって……先生だって、もう会ってくれなくなっちゃう……だから、私に残ってるのは、こんなものしか無くて……」
何もかも失って、最後に残ったのは自分や周りをめちゃくちゃにした奴らへの、憎しみ。全てをめちゃくちゃにした報いを受けさせる……その思いだけで、今まで動いてきた。
「なのに、あなた達は……どうして? 私は大切なものを全部失ったのに!──ぜんぶ、奪われたのに! あなた達が何の代償も支払わないで、何も奪われないでいるなんてそんなの……そんなこと、許したら……私は……」
何者でも無くなってしまう。
少女の悲痛な叫びが届き、アリウススクワッドは黙って彼女を見つめる。泣き腫らした目で、憎悪と恐怖を両立させる彼女の姿は、あまりにも悲惨すぎた。
カケルでさえ、下手な言葉を投げ掛けてはいけないと黙り込み……重苦しい空気が場を満たす。
その中で、ゆっくりとミカが顔を上げて、ぽつり。
「スクワッドを──サオリを、そのままになんてしておけない……その女が、何の代償もなく先生の庇護を受けるなんてダメ……」
何とか立ち上がり、ミカの近くまで来たサオリが……その言葉に足を止める。
「だから先生、私を止めないでね」
ミカは最後に、揺れすぎてどこを見つめてるかも分からない瞳と、それなのに今日一番はっきりとした声を上げた後……思いっきり踏み込み、逃げ出した。
「っ、ミカ! 待っ──」
それを追いかけようと、カケルが術式を絡めた移動をしようとして……踏み止まってしまった。
呪力放出による移動は、それなりに呪力を消耗する。最大値が低い今、無闇に動けば何か不測の事態があるかもしれない。
そう考えてしまい、その足を止めてしまった。
「……先生」
「サオリ……悪い、今行く。時間が無いしな」
「ああ……作戦は変わらず、旧校舎の回廊を通って行く」
こっちだ、と先ほどまで足が震えていたとは思えないほど元気に、先導し始めるサオリ。カケルは一瞬だけミカの消えた方へ目を向けると……すぐにサオリについていった。
色々と設定は考えてるんだけど……それを出すタイミングが難しすぎる。
長々と設定を書いても今回の前半みたいに分かりづらかったり、テンポが悪かったり……読者を考えると小説の難しさは百倍以上跳ね上がる。
ということで多分本編で出せない裏設定をたまに後書きで放出することにした。
拙い小説ですが、それでも読んでくれる皆様には本当に感謝しかありません……
小話:裁判の術式は当然ながら日車が持ってたやつ。マエストロが「廃墟」で術式を宿した遺体を発見、抽出して保管してたものをベアトリーチェが体に取り込んで自分のものにした。