ゲマトリアが呪術の研究をするようになったバタフライエフェクトみたいなものです。
ガベルが幾つもの形状に変化する。
鞭のようにしなり、絡め取ろうとする。巨大化し、粉砕しようと振り下ろされる。突然逆の手に移り、意表をついた攻撃をする。
「裁判の術式」その機能の一つである「ガベル」の呪具。変幻自在であり、神出鬼没。多くの形に変化し、相手に慣れさせない無数の攻撃を放つ姿はまるで蛇のよう。
そしてバルバラの武器はそれだけでは無い。
カケルが巨大ガベルの振り下ろしをバク転で避けた。同時に距離を取ると、バルバラが左手に持つガトリングを動かし始める。
近距離、中距離をガベルで。遠距離はガトリングで。どの距離にいても正確な攻撃をしてくる。
(問題はガベルの方だな。あいつの神秘が乗った攻撃は俺にもダメージが入る……煌矢使ったのと、ミカにダメージを与えた判定になってるせいだな)
できるだけ呪力を抑えたとはいえ、煌矢という大技の使用。そしてダメージを与えてしまったことによる「物理的な傷を加えない」縛りの解除……この二点で、彼の防御力は大幅に落ちていた。
自己に関する縛りを破った際、その代償は縛りで得たものを失うこと。
そして同様の縛りを結び直すにはある程度の時間が必要になる。
(ただ攻撃自体は遅い。ヤバいのはガベルだけだし、俺だけだったら切り抜けられる……だけど)
「くっ、」
銃弾を受け、苦しげな声と共によろめいたサオリ。そんな彼女にユスティナ聖徒会が迫る。
その瞬間カケルはサオリを後ろに下げ、目の前のユスティナ聖徒会を拳で消し飛ばした。同時に鞭のようになったガベルが迫り、それを軽く飛んで回避する。
(問題はスクワッドの方。彼女たちに長期戦をする体力はもう無い。彼女たちを置いてベアトリーチェを速攻で倒すか、この襲撃を全員で乗り切るか……)
一度状況を整理しよう。
現在の目的はこの襲撃を切り抜け、ベアトリーチェの元に向かうこと。
また、バルバラを倒す……または別行動させることも必須。ベアトリーチェと戦いながらバルバラを相手するのは恐らく現実的では無い。
(だけどそのバルバラを倒すには……多分、かなりの消耗を覚悟しなきゃダメだな。さっきからみんなの攻撃が通ってないし、俺もちょくちょく殴ってるけどあんま効いてなさそう)
言ってる側から近づいてきたバルバラ。ガベルが柔らかくしなってカケルを捕らえようとするが、囚われる前にバルバラに近づき、一発殴って離脱する。
殴られたバルバラは軽くのけぞったものの、すぐに反撃をしてきた。ちっ、と舌打ちをしつつガベルの連撃をステップで避けるカケル。
バルバラと戦えば、相当呪力を持ってかれることは覚悟しなければならない。だがそうなればベアトリーチェ戦で不測の事態が起き、アツコを助けられないかもしれない。
アツコを助ける、という面だけで見ればカケル単独で逃げ出すのが最善。だがしかし……
(みんなを放ってはおけない以上、やっぱバルバラをここで倒すしか無い)
スクワッドは既に満身創痍だ。ユスティナ聖徒会は倒しても倒しても出現し、全員の体力を着実に削ってくる。
この場でバルバラを倒すしかない。ベアトリーチェ戦が苦しくなること覚悟の上で、カケルが呪力をチャージし始め……
「待って、先生」
ミカがその前に立ち塞がった。
「ミカ……?」
「私がこいつらを引きつける。先生たちは早く先に行って」
「!? ミカ、それは──」
「分かってるよ。無謀だってことぐらい……でも、やらせて欲しい」
ミカが振り向いて、強気に笑ってみせた。
それから大声で、サオリにも聞こえるように話す。
「サオリ! あなたがあの、アツコって子を助けたい気持ち、私すっごく分かる! だから助けに行ってあげて! あなたが幸せになるために!」
「!」
「……ミカ」
──聖園ミカは、救われていた。
自身にチャンスがあると言ってくれた。嫌いな相手も、自分と同じだった。憎しみはとうに消え去り、その心中は満足感で満たされている。
(もう、十分に貰ったから……だから、平気)
それでも、彼女は罪を真っ直ぐに見つめる。トリニティを裏切り、スクワッドを殺そうとし、先生も拒絶して……例えその一連に、どうしようもない力が働いていたとしても。
(それでも、罪は罪だから。償いをしなくちゃね)
「先生も行って! お願い!」
「でも、それだとミカが」
「私を信じてよ、先生」
「──………………分かった」
だいぶ長い沈黙の後、絞り出すような声で返事をしたカケル。彼は最後、ミカに何かを囁くと、背を向けて走り出した。
彼には分かる。罪を犯した時、善良な心を持つ人間はその贖いのために動いてしまうことを。
ミカが罪を犯したのは、否定できない事実で……なら、彼女が納得する形で償いをしてほしい。そう思ってしまうのは、自分と重ねたからだろうか。
「みんな、早く行こう」
「ああ。アツコのためにも……そして、聖園ミカのためにもな」
先へと進み始めるカケルたち。それを追おうとするユスティナ聖徒会を、彼女は右手のサブマシンガンで一掃する。
「……さて、と」
そして正面から向かい合うは、 “聖女” バルバラ。
自身を取り囲むユスティナ聖徒会をゆっくりと見渡すと、彼女は無邪気に笑った。
「ねえねえ、今の聞いてた? 先生が私に囁いたこと。急に耳元に近づいて喋るから、びっくりしちゃったよねー」
当然敵は聞く耳を持たない。銃弾が乱射され、バルバラがガベルを何度も振るう。
それを軽い動きで避けたミカは話を続ける。
「それで、内容なんだけどさ……って、なんか全然反応無いし、見てもらったほうが早いかもね」
聖園ミカの術式は隕石を落とす。その威力と範囲ゆえに、彼女は術式を行使する際に何かしらの溜めがいる。だから彼女は隕石を落とす時に祈るのだ。
だが、溜めというのは何も祈りに限った話ではない。
歌うような美しさを持った声が、あたりの空間に響く。
「 “
カケルがミカに囁いたのは、アドバイス。ミカの術式をさらに扱いやすくするためのもの。
祈りを呪詞で代替する。動きを止めなければならない祈りとは違い、呪詞ならば唱えている間も動き続けることができ、さらに両の手が空手となる。
何か危険を察知したユスティナ聖徒会達が一斉に襲いかかってくるのを、彼女はまるで踊っているように避ける。月明かりの下、天使が舞い踊り……
「
直後、星が落ちた。
その術式の性質上、彼女は団体戦に不向き。彼女が最も強い時とは……一人の時。
けほけほと咳き込みながら、まとわりつく煙を払ってミカが出てきた。
「んー、ちょっと単純すぎるかな? 先生が言うには、技に名前をつけるのも威力を上げるらしいから、つけてみたんだけど……」
技名を言及することは、ある種の術式開示となる。効果は微量ではあるものの、その微量が勝敗を分けることもある。
大半のユスティナ聖徒会が今の一撃で消滅する中、バルバラは平然と立ち上がった。ガベルを超巨大化させ、盾のようにすることでその身を守ったようだ。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないなあ。先生みたいに上手くはできないや」
天井の穴より月明かりが通る。無数のスポットライトのようになったそれらが、聖園ミカを美しくライトアップした。
白い羽が揺れ、銃口が向けられ、黄色の瞳が妖しく細められる。
「もう少し、私の償いに付き合ってね」
敵が出てきても、その瞬間に殴って消し飛ばされる。
九条カケルの呪力出力は無制限。それは呪力ある限りの無制限の強化。
彼が拳に呪力を集中させれば、その一撃は下手な爆弾よりも強烈なものになる。
彼は呪力放出をすることなく、徒手空拳で無数のユスティナ聖徒会を消し飛ばしていた。
そして遂に。
「ようこそ、九条カケル」
ベアトリーチェがその姿を現し、歓迎をする、とでも言うように大きく手を広げ……そして妖しく笑った。
そこは教会のような場所だ。あちこち崩れ落ちてはいるが、夜の暗闇が引き立てる静けさと、取り付けてあるステンドグラスが何か恐ろしく、神秘的な雰囲気を醸し出す。
ここが「バシリカ」……その至聖所。
そしてそこには。
「姫……!!」
赤い枝のようなものに纏わりつかれているアツコの姿。ぐったりとうなだれてはいるが、微かに体が動いて呼吸をしているため、気を失っているだけのようだ。
その姿を見てサオリが思わずといった様子で声を出し、ベアトリーチェはそれに静かに答えた。
「ええ、まだ死んではいませんよ……ただ、既に神秘の搾取は始めていますが」
「どういうことだ」
「彼女の神秘を利用して、私は自分自身をより高位のものへ昇華させるのです」
「そしてその過程でアツコが死ぬと……ふざけたことしやがって」
カケルが眉をひそめ、空間中に広がるような声でベアトリーチェを非難する。
「生徒は、人間は道具じゃねえんだよ。相手を無視して自分の都合よく使うことは、人の命を踏み躙ることだ」
「しかし、それはあなたが敬愛する先生も同じでしょう?」
「……何?」
ピクリと、ほんの少しだけカケルが顔を顰めた。その様子をみたベアトリーチェはその顔に笑みを浮かべ、嘲るような口調で喋り続ける。
「何故、あなたの中に先生の魂があるのか? それをずっと考えていました。いつどこに存在したのか分からない先生の魂がある理由は分かりませんが……何故、魂だけになったのかはおおよそ推測ができます」
「つまり、先生は失敗したのですね」
カケルは口を開いて何かを言おうとしたが……ゆっくりと、その口を閉ざした。
その様子を見てベアトリーチェはやはりと呟く。
「くくっ、なるほど……無様ですね。自分一人では何も為さず、挙句その失態を子供に押し付けてしまうとは……実にどうしようもない! 何故失敗したのかがありありと分かります」
「哀れなカケル……その身の丈に合わない責務を押し付けられ、踊らされるだけの操り人形よ。同情しますよ、先生にそんな苦痛を押し付けられ、人生の主導権を取られ……全てを奪われてしまうなんて」
「ああでも、与えられたものもありましたか。あなたの持つ呪力は、あなたのものではないのですから」
まくし立てるように話したベアトリーチェは、一度落ち着くとおもむろに、カケルの体の中心を指さしてくる。今、体纏うその力は紛れもなく先生のもの。
「しかし……呪力とはよく言ったものです。まさに、あなたが先生に呪われて手に入れた力なのですから!」
笑う、咲う、嗤う。実に愉快だと、実によくできた話だと、嘲り笑い続ける。心の底から、悪意を持って湧き出るその笑いを止めたのは。
「それは違う」
はっきりと、芯のある声だった。先ほどまで愉悦に浸っていたベアトリーチェの顔が、冷や水をかけられたように冷たいものになった。
「……何ですか?」
「それは違う、と言ったんだよ。俺は先生を憎んでない。憎いものがあるなら、俺だけだ」
「……ほぉ?」
少し不快そうに口元を平坦にするベアトリーチェ。
そんな様子を気にすることなく、カケルは静かに語った。
「まず前提から違うんだよ。あの人が俺の中にいる原因は俺だ。呪った呪われたって話なら、俺があの人を呪ったんだ」
「俺のエゴに付き合わせてしまった。俺の苦痛に付き合わせてしまった。あの人は今も俺の中で苦しんでいる」
カケルがその胸に手を当てる。感じる鼓動は一つだけ……だけれど、確かにそこにいる。
この身体中に纏う力がその証明で、そして烙印でもあった。
「全部俺のせいだ。そこに誰かへの憎しみなんてあるわけないさ」
「くだらないですね。聖人ごっこでもしているつもりですか? どれだけ言い訳しようとも、事実は変わりませんよ」
「事実は変わらなくとも、見方は変わる。少なくとも俺はそう思ってる……それだけで十分だろ」
静かに反論してくるカケルに何を言っても無駄だと判断したのか、つまらなさそうに目を細め、黙り込むベアトリーチェ。
そんな彼女に、今度はカケルが語りかける。
「ベアトリーチェ。俺は子供だから、大人の理屈ってものをあんまり理解してない。もしかしたら、お前みたいなやつの理屈の方が大人の世界では正しいのかもしれない」
「だけど、それでも。やっぱり俺はその理屈を正しいとは思わない。だから正直、お前を今すぐにでもぶっ飛ばしてやりたい」
彼は拳をギュッと握り込み……しかしすぐにその力を緩めた。
目を細めてはいるが、はっきりと目の前のベアトリーチェを見つめている。
「でもその前に……少しだけ、話をさせてくれ」
「ふむ……いいでしょう。あなたのしたい話とやらを、聞かせてみなさい。まあそれに答えるかは別ですが」
ベアトリーチェはその態度を変えない。嘲るような、下に見ているような態度のまま。
「お前がないと断じた、可能性の話だ。どんなやつでも、変われる可能性はあると思うんだ。世界を見て、知って……信じていた価値観を根本から変えられることだって、生きてれば必ずある」
「今はくだらないと思ってても、知れば変わるかもしれないから……だから、できるなら終わらせるのはそれからにしたい。全部の可能性を手繰って、それでもダメだったなら諦めるよ」
「……あなたは何を……いえ、まさか」
ベアトリーチェが一つの思考に行き当たり、その目を大きく見開いた。カケルが怖気付くことなく、それと顔を合わせ……そして手を差し出した。
「ベアトリーチェ、俺と一緒に世界を見て回ろう。それで、お前が変わるかもしれないから」
「ふざけるのも大概にしなさい」
ベアトリーチェがその怒りを露わにした。無数の瞳を不快そうにひそめ、大きな声でその言葉に応える。
「まさか、私がそちらに迎合すると? 馬鹿にするのも、ここまで来れば滑稽ですね……あなたは傲慢にも程がある」
「ああ、傲慢かもな。みんな俺の考えに賛同してくれるかもって、ずっと考えてるんだ。お前だってそうだ。もしかしたら考えを変えて、俺の仲間になってくれるかもって思ってる」
「……なるほどなるほど……それ以上、その不快な口を開かないでもらいましょうか」
どうやら彼女は我慢の限界に達したらしい。その右手にガベルを出現させ、神秘を纏い始める。
その様子に、カケルはすっと手を引き、微かに顔を俯かせた。
「やっぱ、ダメか。無理に変えろって話じゃなくて、まずは一緒に来て欲しいってだけなんだけど」
「論外ですね。迎合するというならそちらがこちらに合わせるべきでしょう。私の仲間になりたいというなら、考えなくもなかったですが」
「それは無理だな。俺はお前の考え方が嫌いだから」
「そうですか……では戦いましょう。分かり合えないなら、殺し合うまでです」
カケルがふーっと静かに息を吐いた。それから軽く体を動かし、戦闘を始める体勢をとる。
「まあ、勝つのは私ですが」
「笑わせんな。勝つのは俺だ……その暁には、もう一回話させてもらうぞ」
荒れた言葉とは裏腹に、静かな声色だった。その眼光は目の前の赤色だけを映していて、一片の曇りもない。
「やれるものなら、やってご覧なさい」
ベアトリーチェの無数の目がカケルを捉えた。それを確認したのちカケルがサオリに囁く。
「サオリたちはアツコを助けに行って」
「!? なっ、しかし……」
「君たちがここに来たのは彼女を助けるためだろ。あいつを倒すためじゃない。あいつの相手は俺がするから」
「何をボソボソと喋っているのですか? 遺言でも残しておくつもりで?」
「気遣ってもらって生憎だが、必要ない」
カケルがベアトリーチェの正面に歩き始める。そして同時に、躊躇っていたサオリたちもアツコに向かって走り始めた。
「ふむ。彼女を助けるつもりですか」
「邪魔しなくていいのか?」
「必要ありません。彼女の拘束は私の力です……彼女たち程度では、傷一つつけられない」
距離にして約10m。正面切って向き合う二人。
緊張感が場を満たし、静寂しか聞こえない空間……先に動きを見せたのはベアトリーチェ。
右手に持ったガベルを近くの柱にカンカンと打ち付ける。そして……
「領域展開」
世界が上塗りされていく。
先ほどまでの不気味で荘厳な雰囲気を纏っていた教会は消え失せ、代わりに新たな空間が出現した。地面から迫り上がって来たようにも見えるその空間は二人を覆い尽くし……そして完成した。
「これが、領域展開ってやつか」
まるで裁判所のような空間だが……多くの違いがあった。
本来向き合うはずのベアトリーチェとカケルだが、ベアトリーチェの立つ場所のみが高くなっており、彼女がカケルを見下ろしている。
使用されている主な建材は木材と絨毯。高貴な印象を与える空間だが、周囲を囲んでいる、天使の羽が生えた人間の石像……それらが雰囲気を壊していた。
「忠告しておきますが、あなたは逃げられません。わざわざ呪力を用いて領域を作りましたからね」
「そいつはどうも」
(術式が必中する、って話だったよな……? そもそもこいつの術式って結局何なんだよ)
再び、ベアトリーチェが今度は自身の眼前にある木製の柵にガベルを打ちつけた。
「では審判を始めましょう」
それからベアトリーチェはふむ、と考え込む仕草を見せた後……ニヤリと口元を歪めて宣言する。
「あなたは私に逆らいました。これは非常に重い罪ですね」
「……は? 何言って……」
通るはずのない暴論を主張するベアトリーチェ。しかし、それにカケルが反論しようとした瞬間、周りの石像たちが口々に叫び始めた。
『その通りですベアトリーチェ様!』『その者に最も重き罰を!』『貴方様こそ正しき人!』『全ては貴方様の言う通りに!』『その罪人を殺してください!』『天罰を! 貴方様の怒りを!』
「……はっ、なるほど。気色悪い心象だな」
ベアトリーチェの領域……仮の名を「誅伏賜死」とするそれは、本来の効果よりさらに強化されたものとなっていた。
本来であればその世界の法に従い、式神であるジャッジマンが判決を下す領域……しかしベアトリーチェの心境と、神秘による強化がそれを変えた。
本来存在するはずのジャッジマンは消失。その役割を果たすのはベアトリーチェ自身。
彼女は自身を絶対であると認識している。この領域内、ひいてはアリウス自治区では彼女こそが法であり、神であり、審判者。
罪も、罰も。全てが彼女の意のまま。
被告人に陳述のチャンスはなく、反論などもってのほか。彼女の下す判決を粛々と受け入れるほかない。
つまりこの裁判は初めから、有罪ありきの──
「笑っていられるのも今のうちですよ……さて、それではあなたには最も重い罰を科すとしましょうか」
カンカンと再びガベルが打ち付けられた。同時にベアトリーチェの口から罰の内容が宣告される。
「 "
そして領域が消滅した。
再び教会へ舞い戻った二人。変化が生じたのは、ベアトリーチェが右手に持つガベル。
槌の形をしていたそれが光り輝き、その形状を剣に変化させた。
それは罪を抱える者たちを断罪する必死の剣。
名は「処刑人の剣」。自身を正義と疑わぬ眩き光が、ベアトリーチェを照らし出した。
ベアトリーチェの口元が裂けそうなほどに上がる。
(後はこれを当てるだけ……更に彼には没収も適用されている! 勝つのは私……)
だがそこでベアトリーチェは気づく。カケルの身体が未だ呪力を纏っていることに。
それを疑問に思い、思考に耽り……結論に到達した。
(なるほど。あくまで最初の没収は正規の手順を飛ばした裏技のようなもの……正規の手順だと、呪力より先に術式が没収されるのか)
この術式は領域展開がデフォルトで備わっているため、そのほとんどが領域を前提とした動作をしている。
初めにカケルの呪力を没収できたのは領域という手順を踏まず「没収」という効果とカケルの呪力を直に繋ぎ合わせたため。
本来の手順では没収される優先度は 呪具>術式>呪力 である。
現在の九条カケルは彼の呪力と術式が没収された状態。残っているのは先生の呪力のみ。
「……まあいいでしょう。結局のところあなたは死ぬのですから……とはいえ、私はあなたを高く評価しています。油断はしないことにしましょう」
ダメ押しと言わんばかりに、ベアトリーチェが力を入れた。
バキッ、と何かが砕ける音が鳴り、ベアトリーチェの頭部にひびが入る。次々にひびが入り、その度にそのつぼみのような頭部が砕け……そして、花開く。
……それは、怪物だった。人間に近かった体は、樹木の幹に近いものとなり、根のような足は赤色、体が白色で染まっている。
更には手が細長く伸びてる他、新たに背中辺りから一本の枝が伸び、先端で無数に枝分かれしている。
そして頭部は囲っていた羽のようなものが花開き、白い花の花弁一つ一つに目がついているような……グロテスクなものになっていた。
「さあ、終わりにしましょう」
誰もが思わず後ずさってしまうような威圧感と姿。それを前にしてなお、カケルの眼光は揺らぐことがなかった。
(死刑……という文句からして、あの剣に切られたらまあヤバいんだろうな。だけど……)
術師にとって術式は体の一部も同然。自身の中から一時的に術式が消えたことを、カケルは察知していた。
(術式反転は使えない。となれば呪力放出で殺さない程度に、か)
遠距離から何度も攻撃し、ベアトリーチェの体力を削る。殺さない程度に、慎重に……
つまらないな。
(──つまらない? なに考えてんだ俺は……アツコが死ぬかどうかの状況なんだぞ)
「私に楯突いたことを、後悔するがいい!」
自身のうちに出現したカケルが困惑すると同時に、ベアトリーチェも動き始めた。
左手のひらと頭部より、赤色の光線が撃ち出される。それに反応したカケルも同様に、手のひらから枝分かれする青い光線を撃ち出して相殺した。
(ちっ、光線の威力が思ったより高い。相殺しかできなかった……このままだと呪力が尽きて負けるな……だけど、そうなると残る手段は)
「近づくしかないでしょう?」
見透かしている、とでも言うように的確に思考を言い当ててくるベアトリーチェ。それに不敵な笑いを返したカケルは、すぐさま駆け出した。
(やはり、そうするしかないでしょうね……それが命取りです)
右手に存在する処刑人の剣をぎゅっと握り込むベアトリーチェ。
(さあ、来なさい!)
正面より光線を避けながら迫るカケル。時折呪力を放出して空中移動しながらも、どんどんとベアトリーチェの目論見通り接近してくる。
処刑人の剣の射程まで、残り5m……4m……3……2……1……
(今!)
右から左に処刑人の剣を振るう……が、その瞬間カケルが消えた。どこに行ったと横に広がった視界を探すも、いない。いや、よく見れば地面にヒビが──
(上か!)
気づいた時には遅かった。左手を前に、右手を後ろに。それから呪力を身体の中で大きく巡らせたカケルは、拳を打つ右手に大まかに呪力を集中させていた。
(殴ったら、反作用で離脱する……ヒットアンドアウェイで、削り切る!)
一撃で殺すことがないよう、苦手な呪力操作を限界まで精密にやった彼の集中力は過去一。周りの景色は見えず、音も聞こえず、分かるのは自分の存在と相手のこと。
一瞬が何十倍に拡張されたその刹那、彼の拳が炸裂した。
ベアトリーチェの体が、一瞬にして上下に分たれた。頭部に大きな衝撃を受けたベアトリーチェの体が中心でへし折れたのだ。
根を張っていた下半身は立ったままだが、その下半身と分かれた上半身は仰向けに地に倒れた。
「……は?」
何が起きたか分からない、という意を示す言葉は……言葉にもならず、ただ息としてしか出なかった。そしてそれはカケルも同様に……
「……えぇ」
(殺さない程度、だったはずなんだけど)
反作用で未だ空中に止まりながら、黒い閃光がまとわりつく己の拳を思わずという風にジロジロと見つめてしまうカケル。
(なんか黒く光ってすごい威力になっちゃった……)
たった一撃による、あまりにも呆気ない決着だった。
小話:ベアトリーチェの敗因は術式に依存して肉体強度がなかったこと。もう少し神秘による強化を重視してたら、こんな退屈な結果にはならなかっただろう。
次回「変身」
明日、投稿です。