呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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メンタルが弱すぎて新規の感想が来るたびに一日ぐらい間空けてから見てる。そしてその後みなさんの純粋な感想を見てほっとした後喜んでいる。

何が言いたいかというと、いつも優しい感想くれてありがとうございます。


46. 生きて

 黒服が去った後、サオリたちが帰ってくるのを待ち続ける。

 

 それまでの時間は、ベアトリーチェのちょっとした墓を作るのに使った。とは言っても本当に簡素なものだけど……

 ベアトリーチェの残骸を持って、地上に出たら適当な場所に埋めた。そしてそこに石で作った簡素な十字架を立てる。

 

 そして静かに黙祷した。

 

 

 

 何だか心がふわふわしている気がする。現実の景色がゲームみたいに思えて、一度眠りについて起きたら、何もかもが元通りで、また普通の平和な世界が広がっている……そう思ってしまう。

 

 多分、まだ心が追いついていないんだろうな。そう考える頭は不思議と冷静なままで、心を揺るがせる自分を俯瞰していた。

 

 今日会った事は全部本当。ベアトリーチェは死んで、アリウスのみんなは救われた。ミカも、悪い方向に行くことはない。

 良いことも悪いことも、平等に起きた。今日はそんな一日だった。

 

 しっかりしろよ、俺。この後はサオリたちと会うんだから……大人らしく、あんまり弱いところは見せないようにしなきゃ。

 

 ぱんっ、と頬を両手で叩く。程々の痛みが走った後に、何だか視界が晴れたような感覚。

 最後にもう一度心の中で祈りを済ませて……そして教会の中に戻った。

 

 

「っ、先生! 無事だったか!」

 

「サオリ。それにミサキとヒヨリに……アツコも」

 

 戻った時には、既に全員が揃ってた。全員ボロボロだけれど、ちゃんとそこに生きていた。

 

 サオリは安堵したような息を吐いた後、おずおずといった様子で質問をしてくる。

 

「その……一体、何が起きたんだ? 私たちは、先生の指示のままアツコを助けに行って……」

 

「それで先生とマダムが何か戦いあった後、マダムが倒れて姫……アツコを助け出せたんだ」

 

「無事でよかったって、みんなで抱き合ってたんですけど……そしたら、なんか急に周りが暗くなって……そ、それから……それからがよく分かんないんです。気がついたら知らない場所で、しかも少ししたらここに戻ってきたし……」

 

 サオリ、ミサキ、ヒヨリの順に状況の説明をしてくれた。どうやらアツコを助け出した直後くらいに、黒服がテレポートさせたっぽい。で、俺が戦ってる間はそこで待ってて……今戻ってきたと。

 

「まあ、ちょっとベアトリーチェが最後の抵抗をしてきてね……みんなに被害が及ぶかもしれなかったから、ちょっと友人に協力してもらって、みんなを安全な場所に送ってもらったんだ」

 

 友人、なんて自分で言ってて少し笑いそうになってしまった。黒服は友人とは言えないだろ……強いていうなら、悪友がいいところだ。

 

 ……悪()も、友人の形の一つか。

 

「ベアトリーチェが……そうだ、彼女はどこに?」

 

「ん、んー……少なくとも、もう君たちに危害を加えないよ。どこにいるかは分かんないけど、そこは俺が保証する」

 

「……」

 

 少し悩んだ末、ベアトリーチェの結末については話さないことにした。あんな最期……というとちょっと悪意があるが。彼女の悲劇を引きずっていく必要はないだろう。

 

 ベアトリーチェがいなくなった。彼女たちにはそれだけで十分だ。

 

 とはいえもう自由だ、ということが現実として受け入れられないのか……四人とも、ポカンと口を開けて立ち尽くしてしまっている。

 妙な沈黙が流れる中、一番最初に再起動を果たしたアツコが話しかけてきた。

 

「……ともかく。先生、私たちを助けてくれてありがとう」

 

 そういう彼女は、綺麗な微笑みを浮かべている。可愛いけど、何か違和感があるような?

 

「……そういえば、アツコってマスクしてたよね?」

 

「ああ、あれは……もう大丈夫なの」

 

 何でも、アツコがつけていたマスクはベアトリーチェがつけさせてたもので、アツコを守る役割があったらしい。不思議な力が込められてるんだと。

 

 アツコがマスクの説明をしながら、そのマスクを見せてきた。暗い青色で作られたガスマスクっぽいやつ。所々水色に光ってて何だか不気味。

 

「ふーん……捨てちゃうの?」

 

「……どうしようかな。役に立つかもしれないけど……」

 

 言葉を切って複雑そうに目を細め、マスクを見つめるアツコ。

 これを見てると、昔のこととかベアトリーチェのこととか思い出すんだろうな。そう考えると、捨てたほうがいい気もするけど……

 

「うーん……でも、持って行こうかな」

 

「そっか。アツコがそう決めたんなら、それが良いよ」

 

 アツコはマスクを懐にしま……おうとして、しまえなかったからサオリに手渡した。

 

 今更だけど、アツコの今の衣装は……レオタード一枚で、しかも何故か脇のあたりは穴が開いている。見る人が見れば「エッチなのはダメ!」と叱ってくるだろうな。

 俺が見てたら多分犯罪なので、アツコと話す時は今の所顔だけを見て話してる。

 

 自分で言うのも何だけど、一応俺も男子高校生なんだよな。我ながらあんまりそういうことに興味ないとは思ってるけど、それはそれとしてドギマギすることもあるんだよ。

 

 降って湧いてきた煩悩を鎮めていると、サオリがこちらにゆっくりと歩み寄ってきた。

 

「先生。約束通り……姫を救ったから……先生の好きにしてくれ」

 

「好きにしてくれっていうのは……今までの責任の取らせ方について?」

 

「そうだ。エデン条約事件も、セイア襲撃も、ナギサ襲撃も……全て私が元凶だ。連邦生徒会でも、トリニティでも、矯正局でも何でも構わない。先生が思う、一番適切な所に私を送ってくれ」

 

「一体何を……!?」

 

「り、リーダー……!?」

 

 頭を下げてそう言ってくる。自分だけが責任を取ろうとする姿勢に、ミサキとヒヨリが思わず詰め寄った。それに対して「今まで負うべき責任を放棄してきた帳尻合わせだ」と固い意志を見せるサオリ。このままじゃ不毛だろうな。

 

 

 さて、正直に俺の考えを言おうか。俺は罪には必ず罰がないといけないと考えている。罪を犯したら、それに値する償いをしなきゃいけない……と俺は思ってる。

 

 サオリはまだ償いをしきれていないと思う。トリニティだけじゃなくて、ゲヘナにも迷惑をかけてるし……そう考えると、何かしら社会奉仕的な罰は必要だろうな。

 

 そう考えて、処遇を言い渡そうとして……

 

 

『抗いようもない大きな力に流され、選ばされることは選択ではありません』

 

 

 さっき言われた黒服の言葉が、脳裏によぎった。

 

「……仕方がない、なんて言うのも違うかもしれないけど」

 

 俺が話し始めると、一斉に視線がこっちを向いた。

 少し怯んだけど、落ち着いて話を再開する。

 

「ベアトリーチェのせいではあるよ。君たちは確かに罪を犯したけど、それは君たちの選択じゃなくて、ベアトリーチェに責任があると、俺は思う。だから、君たちに負うべき責任はない」

 

「な、何言ってるんだ……! そんな……!!」

 

 慌てた様子で、俺に詰め寄ってくるサオリ。

 

 彼女の気持ちは分かる。確かに罪を犯したのに、それが自分の責任じゃないって言われても、納得ができない。自分にも負うべき責任があると、そう考える。

 

「だからまあ、一つ俺から宿題」

 

「しゅく、だい?」

 

「うん、まあ難しいことじゃないよ。『自分が何をしたいのか考えて、生きていく』……それだけ」

 

「私が、何をしたいか……? な、何故そんなことを」

 

「一つは死んでほしくないから。もう一つは、結局自分を納得させられるのは自分だけだから」

 

 そう言っても、まだ困惑している様子のサオリ。そんな彼女に、アツコがいくつもの質問を投げかける。

 

 好きなものは? やりたいことは? 趣味は?  将来の夢は?

 そう聞かれても、答えられないサオリ。今までそんなことを考えたことがないと、呆然と立ち尽くしている。

 

 そんな彼女の個性を、みんなが挙げていく。

 責任感が強い、決断力がある、教えるのが上手、真面目、計画を立てるのが上手、指揮も上手。

 

「へえ……俺なんかより、よっぽど先生に向いてそうだな」

 

「……!!! そんな、ことは」

 

「あるよ。俺なんて強いことぐらいしか取り柄がないからね。先生っていうのは、きっとサオリみたいな他人に寄り添える人に向いているんだよ」

 

 そう本音を言ってみると、みんなもちょっと騒ぎ始めた。「想像つかない」とか、「よく似合うよ」とか。いろんな言葉が出てくる中で、サオリも言葉を絞り出した。

 

「……先生こそ」

 

「ん?」

 

「私たちみたいな人に、寄り添ってくれてるじゃないか……」

 

「まあ、一応先生だしね。ある程度人に寄り添うことはできてると思うよ。でも、本質的に俺は思想をぶつけ合うことが多いから……そういう点では、サオリが上だよって話」

 

「……分からない……私に、そんな未来が……」

 

 それから彼女がぼーっと虚空を眺めて、静かに呟いた言葉。

 

「……私は、生きていても……いいのか?」

 

 それに対する返事なんて、考えるよりも先に出ていた。

 

「当たり前だよ。生きてちゃダメな人なんて、この世界にはいないさ」

 

「………………」

 

 俺の言葉を噛み締めるように、目を閉じるサオリ。周りを見れば他の三人も目を閉じて、それぞれ思いを馳せていた。

 

「……さて、そろそろ俺は去ろうかな?」

 

「なっ……!? 急に……待ってくれ先生!?」

 

「ごめんね。俺は先生だから、いつまでも君たちのそばにいるわけにはいかないんだ……俺はみんなの味方じゃないといけないから」

 

 別れる前の、最後のひと時。何を伝えようか悩んで……俺が先生から教えてもらった、一番大切だと思うことを伝えることにした。

 

「これからも、きっと君たちには苦難が訪れると思う。辛くて苦しくて、全部諦めたくなるような……そんなことがきっと待ってる。でも忘れないで。生きてたら、それ以上に素敵なことだってたくさん待ってる」

 

「……!」

 

「だから、生きてくれ。どれだけみっともなくても、不甲斐ないとしても。必死に足掻いて足掻いて足掻いて……そうやって生きろ。そしたら、そのうち宿題の答えも見つかるよ」

 

 先生が伝える内容としては、ちょっと過激だったかな? なんて思ったりもしたけど。

 でも本当に大事なことだと思うから。伝えたことに後悔はない。

 

 最後は背を向けて立ち去ったから、みんながどんな顔をしていたのかは分かんないけど……少なくとも、絶望していることはないさ。

 

 それだけで、今日まで生きてきた意味があるんだ。

 

 


 

 

 朝日が、地下に差し込んでいた。

 

 見上げてみれば、天井はもはやその役割を失っていて、丸い穴が何十も開きまくっている。

 その理由は、至る所から血を流しながらもここに佇む一人の少女。

 

「あーあ、全身どろっどろ……」

 

 聖園ミカ。彼女が隕石を呼ぶたびに、天井は崩れ落ち、そして目の前の怪物にもダメージを与えていった。しかし倒し切ることはできず、その怪物はまだミカを見据えている。

 

 “聖女” バルバラ。体は幽体と思えないほどにぼろぼろだが、右手にガベルをがっしりと握って立っている。

 

「アツコは……きっと助けられたよね。何だか騒がしかったけど……でも、先生がいたんなら大丈夫か」

 

 バルバラが甲高い、雄叫びとも悲鳴ともつかない声を上げた。そのままゆっくりとミカに近づいてくるが、ミカの体は最早言うことを聞かない。

 

「それなら、いいや……あーあ、信じてなんて啖呵を切ったのになあ……一緒に帰りたかったけど……まあ、仕方ないか……」

 

 ガベルが巨大化した。ミカのサイズが小人に見えるほど大きくなったガベルが、神秘を纏って振り下ろされる。

 それを認識した後、来る死に備えて目を瞑るミカ。終わりを受け入れ、穏やかな顔で──

 

 

 

「勝手に死のうとするなよ」

 

 

 

 バルバラが一瞬で消し飛ばされた。本来の力を取り戻した光の線が、力強い輝きを伴っている。

 

 聞き覚えのある声に、閉じていた目を開いて、バッと声の方を見るミカ。

 

「せ、先生……!? なんで、ここに……!?」

 

「もうアリウスの件は終わったからね……全く、本当に悪い子だな」

 

「うっ……ご、ごめんなさい……」

 

 しゅん、としてしまうミカに「あ、いや。そういうつもりじゃなかったんだけど……」と焦ったような声を出すカケル。

 

「……まあとにかく、無事でよかった……あーいや、無事ではないか。大丈夫?」

 

「う、うん……ちょっと痛いけど、平気」

 

「痛いんじゃん。治すからちょっと待ってな」

 

 反転術式でミカを治す。淡い白い光に照らされる中、沈黙がずっと走っていた。

 治療が終わるとカケルは翳していた手を離し、少し考え込むような仕草を見せると……再度手を伸ばして、ミカの頭を撫でる。

 

「うぇ、せ、せ、先生!?」

 

「よく頑張ったな。足止めしてくれてて助かったよ……本当にありがとう」

 

 左右にゆっくりと、優しく頭を撫でた。ミカは恥ずかしそうに顔を俯かせていたが、次第にその目が潤んで……涙がこぼれる。

 

「……わた、私……こんなに、幸せで……本当にいいのかなあ……」

 

「頑張ったんだから、もっと誇りなよ。あんな怪物を足止めできて、本当に偉い」

 

「……えへへ」

 

 涙で濡れながらも、花が咲くような笑顔を見せてくれるミカ。

 それからしばらく頭を撫でる時間が続いていたが、それだけじゃ我慢できなくなったのかミカがカケルに抱きついた。半ば飛び込むような形になったミカを、カケルは優しく抱き止める。

 

「ん、どうした?」

 

「……やっぱり、先生はお姫様を救い出す王子様だったんだな、って……」

 

「……そんな事はないと思うけど……俺はお姫様が大変なことになってたから、助けに来ただけの一般人だよ。王子様なら、もっと別の人がいると思うよ?」

 

「そんなことないもん」

 

「あるって……ほら、そろそろ帰ろ? 聴聞会まであんまり時間が無いよ」

 

「うん……そ、そうだよね!」

 

 カケルの言葉に正気に戻ったか、抱きつく体勢をやめ、離れるミカ。

 その顔は少し赤く、笑ってはいるけれど……ちょっとだけ、残念そうな色が見え隠れしている。

 

 それを見逃さなかったカケルは、しょうがないなとでも言うように少し笑って……ミカをひょいっと抱き上げた。

 

「じゃ、行こうか」

 

「え、ええぇ!? せ、先生!? こ、これって……お、お姫様抱っこってやつだよね……!?」

 

「まあまあまあ。嫌ならやめるけど」

 

「嫌じゃ、ないけど……うぅ、やっぱり先生ってずるいよー!」

 

 ぐわーっと両手両足を伸ばすミカ。それがちょっとカケルに掠って謝る……なんてこともあったけれど、カケルは止まらずにひとまずアリウス自治区の出口まで歩いていく。

 

 地下通路を出て、アリウスの旧校舎から離れ、朝日差し込む寂しげな町を歩き……

 

「……ねえ先生、何か辛いこととかあった?」

 

「ん? 急にどうした?」

 

「何だか、黙ったまま遠くを見てるから……あ、もしかして疲れてただけだった? だったらなんかごめん……」

 

「……疲れた、か。まあそうだな……正直、疲れはしたな……」

 

 今回の一連の流れを頭の中で振り返るカケル。

 

 昨日の昼頃にトリニティを訪問して聴聞会のあれこれを調整し、夜遅くにサオリたちと協力を始め、0時ごろにアリウス自治区に侵入し、それから朝になるまでは戦い続き……

 

(過密スケジュールにも程があるな……おまけにこの後聴聞会が控えてるし……)

 

「先生も、あまり無理しないでね? 先生だって私たちと同じ人間なんだし」

 

 どこにでもあるような、誰かを案じる言葉。生きていれば聞く機会があるだろう、その言葉に……どうしてか、彼は虚をつかれたような顔をして。それから破顔した。

 

「……ふふっ、そうだな……先生も、人間だもんな」

 

「え、え? なんか笑う要素あったかな……?」

 

「いや、こっちの話。何だか嬉しくなっちゃって」

 

 カケルの言葉にますます疑問の色を濃くするミカだが、何も答えてくれなさそうなことは察すると、頬を膨らませて彼の胸にぐりぐりと頭を擦り付ける。そしてそれにカケルが痛い痛い、と笑った。

 

 つい数時間前まで漂っていた陰鬱な雰囲気はどこにもなく、朝日と相まって晴れ晴れとした雰囲気。笑っている二人に、それから壁を砕くドゴォという大きな音……うん?

 

 

「きあああああああっーー!!」

 

 

 音の方を向いてみれば、そこにいたのは正義実現委員会の委員長、剣先ツルギ。

 彼女はこちらに気づく様子がなく、暴れ回っている。その銃口の先にはまだ残っているユスティナ聖徒会……

 

「いやだとしてもどういう状況だよ」

 

「正義実現委員会が、どうしてここに……?」

 

「それは私から説明するっす」

 

 そう言ってひょっこりと何処からか現れたのは、正義実現委員会の一人、仲正イチカ。糸目が特徴的な生徒だ。

 

「とは言っても、助けに来たってだけなんすけどね」

 

「助けに来たって……正義実現委員会が独断でか?」

 

「いやいやそんなまさか……というか、先生は私のことを覚えてるんすか?」

 

「確かこの前の美食研究会逮捕の時にいたような……正直うろ覚えだから自信はないけど」

 

「おお、大正解っすよ。改めて挨拶できて嬉しいっす」

 

 そう言ってイチカは柔らかな笑みを浮かべた後、無線を使って「先生とミカ様を確保したっす」と連絡。それから「じゃあ、行きましょう! 皆さんを待っている人がいるっすよ」と案内を申し出た。

 

 待っている人? と、カケルとミカが顔を見合わせるが……ひとまず大人しくついていく。

 

 何やら随分と騒がしくなった町を歩く。どこを見てもトリニティの生徒がいるので、どうやら相当な人数が動員されているらしい。そしてそんなことができるほど権力を持つ人と言えば……

 

「先生……!! ミカさん……!! ご無事でしたか!」

 

「な、ナギちゃん……? あれ、どうしてここに……」

 

 案内された先、キャンプのようになっている場所で彼女は待っていた。

 彼女はこちらを見るや否や、すぐに駆け寄ってくる。同時にカケルがミカをゆっくりと下ろし、ミカもナギサに駆け寄った。

 

「ど、どうやってここに来たの……?」

 

「私が教えたのだよ」

 

 そう言い、続いてナギサの後ろから現れたのは……

 

「せ……セイア……ちゃん……」

 

「本当に愚かだね、ミカ。常のように、衝動で動いてことを過つ。それが君の悪癖だよ」

 

 初手罵倒から入ったセイアに、はらはらした様子を見せるナギサとカケルだが……ミカはそんなことも気にならないようで、涙をぽろぽろ流しながらセイアの手を優しく握る。

 

「……セイアちゃん。ど、どうやって……」

 

「……言葉を紡ぐには、些か時間が足りないかもしれないね。白昼夢の中で偶然、在る人と邂逅できたんだ……語ると長くなってしまうから割愛するが……言わば、小さな取引を交わしたのだよ」

 

 セイアが語るところによると、その人との取引により体調がある程度回復し、ナギサと協力して頭を下げ、トリニティのみんなに協力してもらったのだと。

 

「私たちも、先生の力を借り続けていてはならない。彼の人の道先に光を灯せてこそ、理想的な関係たり得るからね。だから……君を救うために来たよ、ミカ」

 

「……セイアちゃん、相変わらず何言ってるのか分かんないよ。本当に偉そうだし、心底ムカつく……何度も懲らしめたいと思ってた──それでも大好き、セイアちゃん」

 

「……ミカ」

 

 それからミカはナギサの方に向き直り、紅茶を飲んでいる彼女に言葉をぶつける。

 

「ナギちゃんはヒステリーがひどすぎ! っていうか、こんな所まで紅茶を手放せないのちょっとどうかと思うよ? カフェイン中毒? それとも強迫症?」

 

「い、いえ、これは……緊張してしまって……」

 

「──でも、そんなナギちゃんが大好き」

 

「……ミカさん」

 

 嫌いかもしれないど、それよりも更に大好きな人たち。

 

「うん……二人とも、大好きだよ。二人ともありがとう……そして、ごめんね……」

 

 何度も乾き切ったと思った涙が、またこぼれ落ちる。嬉しいような申し訳ないような、感情がぐちゃぐちゃになって崩れ落ちてしまう。

 

 そんな彼女に、申し訳なさそうに目を伏せ……ちゃんと謝る。

 

「……いや、むしろ謝るのは私の方だよ……すまなかった、ミカ。いつも君に謝ろうと思っていたんだ。だが、子供みたいな意地が邪魔をして、果たすことができなかった……」

 

 ちゃんと頭を下げて、心を込めて謝罪する。それでも「私が悪かったの」と、自分の罪を譲る気がないミカ。

 そんな彼女を二人が見つめて、静けさが場を満たす。

 

 この場所に一人、イチカが踏み込んできた。どうやらミカに用がある様子で、空気を読んで下がろうと足を止めようとして……でも一歩進んだ。

 

「あ、ええっと……いい雰囲気のなか申し訳ないっすけど……ミカさんに渡したいものがあるっす」

 

 そう言って彼女が手渡したのは、ミカのアクセサリー。全部燃えたと思っていたそれが、一部とはいえ残っていたことに驚くミカ。

 それに対してイチカが説明を試みるも……難しくて、言葉を選んでいる。

 

「押収品の管理室担当員が……んー、何と言いますか。その子が、ミカさんのアクセサリーで燃えずに残っていたものを保管していたみたいで」

 

「コハルちゃんが……?」

 

「はい、コハルが……って、ええっ!? コハルの事ご存知だったんすか?」

 

 ミカはコハルのことを忘れたことはない。自業自得な罰を受ける自分を、それでも守ってくれた彼女のことを。

 少し汚れたそのアクセサリーを、ミカは優しく握りしめた。

 

 それからまた沈黙が流れる。お互いが何かを言おうとして口を開け閉めするその静けさで、一度カケルが手を叩いた。

 

「……まあ、お互い言いたいこともいっぱいあると思うけどさ。こんな所で話すのも何だし、一回トリニティに帰ろっか」

 

「……ああ、そうだね」

 

「では、そろそろ参りましょうか。ミカさんの聴聞会まで、もう時間がありませんから」

 

「えー……私、この格好で行かなきゃダメ? ちょっと着替えたいんだけど……人前に立つんだから、髪もセットし直さなきゃいけないし」

 

「「………………」」

 

「……とにかく、帰ろうか? 準備するなら時間が必要だし」

 

「うんうん! 先生の言うとおりだよ!」

 

「……まあ、そうですね。先生も一緒に来てくださいね」

 

「分かってるよ。そういう約束だったからな」

 

 そうして彼女たちは歩き出す。

 その後ろを、彼がついていく。眩しそうに、目の前を歩く少女たちを見つめて。

 

 


 

 

 可能性、の話だ。

 

 ふと目に映る人々。そこに込められている、無限の可能性。

 もしかしたら明日死ぬかもしれない。もしかしたら明日泣くかもしれない。それでも生きるのは、明日笑えるかもしれないから。

 

 だから人は今を必死に生き延びて、明日へのバトンを繋ぐのだと思う。

 

「だから死なないでね、って話。ミカ、聞いてる?」

 

「うん……つまり、頑張って生きてねっていう話であってるよね?」

 

「そうだね。そしてそこから導き出される今の俺の感情は?」

 

「……私が、生きるのを諦めたのに怒ってる……とか」

 

「正解。俺と関わったからには、楽に死なせるつもりはないからな。そのために今も授業してるんだから」

 

「分かった……分かったけど、今やる必要あったかな!? あと少しで聴聞会始まっちゃうよ!?」

 

「こういうのは早めにやって損はないよ。またいつ何が起こるとも知れないんだから」

 

 バルバラとの戦い。最後に満足して死のうとしたミカに、俺はちょっとした授業をしていた。

 悔いのない死、っていうのは理想の一つとしてよく語られる。この世から未練を無くして、安心して死ねる……だけどそれを道半ばで行うことを俺は許さない。

 

 俺と関わったのなら、例え満足な死だろうと享受させはしない。

 

 生きて、関わって、生に希望を持って、死にたくないと叫んでほしい。死んでもいいなんて言って欲しくない。

 

「どれだけ無様でも、生きるためにもがけ。それが俺から教えられることの一つだ」

 

「でも、名誉ある死に方をしたい……って人とかもいるんじゃないの?」

 

「その時は俺の全力を持って死ぬのを阻止するから」

 

「なんか先生怖くない?」

 

 わざとらしく体をすくめてぶるぶる震えるミカ。年頃の少女らしくて何よりだな。

 

「先生、ミカさん。そろそろ聴聞会が始まりますよ」

 

「準備が済んだのなら、早急に……って、何をしているんだ」

 

「あっナギちゃん、セイアちゃん! 先生が何だかこわーいことを言っててさ……」

 

「語弊のある言い方をしないの」

 

 ミカが駆け寄っていくのを見て、俺も行くかと足を踏み出す。

 

 

 ……ベアトリーチェの件は、まだちょっと引きずっている。

 どう考えても、あれしか道は無かった。延命する手段は無かったし、どうしようもなかった。

 

 分かっているけど、でも考えてしまう。もしかしたらまだ生かせる方法があったんじゃないかって。どうにかできたんじゃないかって。

 

 そしてその度、自分を納得させるためにもう一つの持論を持ち出すんだ。「全ての事象には価値がある」と。だから仕方なかった、この話はこれで終わり。何度も繰り返した思考をまたやって、改めて歩き出す。

 

 俺たちが向かう先の道は、一体どうなっているかな?

 セイアが言っていた世界の終焉も、ベアトリーチェに力を授けた奴も……まだまだ分かっていないことだらけ。

 

 でも、それ以上に。ここでミカたちが笑っている未来が眩しいから……俺はそれを支えるため、全力を尽くすんだ。

 

 そして聴聞会が始まった。




エデン条約四章、終了。

気がつけばかなり大きな山場を超え、終章まであとパヴァーヌ二章とデカグラマトン(少しだけ)を残すだけになってきました。

いつも読んでくれる皆様に、改めて何度目かの感謝を。

この先も全力で頑張りますので、まだまだ楽しんでいってください。
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