呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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カケルとケテル、紛らわしい。戦闘シーンでアホほど読み間違える……でも戦闘シーン頑張ったので読んでくれると嬉しいな。


50. ケテル

 あれから、色々と検証を繰り返した。

 

 俺たちの前に立ち塞がった預言者……「ケテル」。機動力と、上半身を換装することによる手数の多さを強みとするこの預言者に、俺たちは結構苦戦していた。

 

 そもそもバレないようにステルスする試みは失敗し、空を飛んで撒こうとしても異常なまでの機動力で追いついてくる。その他色々と試してみたものの、少なくともケテルと戦わずして内側に侵入することは不可能だという結論に至った。

 

「……ってなると、結局のところ戦わないといけないのか」

 

「そうなりますね……安全に探索をするためには、ケテルを一時的に戦闘不能にする必要があります。もしくは……」

 

 脳裏によぎったのは、殺害という選択肢。その気になれば殺すのは簡単だ、「宵」を解禁すればいいだけだから。魂ごと破壊するのは容易だろう。

 

 それでも躊躇ってしまうのは、頭の片隅にアリスがいるから。

 

 アリス。廃墟で出会った不思議な少女。彼女は人によく似てはいるが、間違いなくロボット。そんな彼女のことを見ると、預言者たちだってもしかしたら……と思わずにはいられないんだ。

 

「……一つ、策がないわけではありません」

 

「策?」

 

「ええ……今までの情報から、恐らくあそこの番人はケテルだけです。なら、この作戦を使うことができます」

 

 


 

 

 翌日。九条カケルは連日同様、廃墟水没地区にやって来ていた。

 

 ビルとビルを繋ぐ空中橋をゆっくりと歩いて渡る。そんな彼を見ている大きな影が一つ……ビルの壁に張り付きながら虫の如く移動していた。

 

 第一の預言者「ケテル」。上半身は二つの機関砲とミサイル発射機構を装備したType.V。手数の機関砲とほどほどの威力を誇るミサイル……バランスに長けた武装。

 

 しかし彼を相手するとなると力不足ではあった。機関砲は当然の如く無効化され、ミサイルでさえ直撃させてようやく微小にダメージを与えられる程度。明らかな不利を悟ったケテルは、一度退散し武装を換装する──はずだった。

 

「見つけた」

 

 ケテルにその言葉の意味を理解することはできない。第一の預言者である故にあまり思考能力が高くなく、そのリソースのほとんどを戦闘用につぎ込んでいるからだ。

 理解できたのは、彼が何か音を出したということと──その音が自身の至近距離で鳴ったこと。

 

 センサーで感知した情報がケテルに警鐘を鳴らす。いつの間にか距離数cmまで敵が接近している。驚愕する機能さえ持たないケテルが下した合理的な判断は「排除」

 

 ケテルが上半身を一回転させた。自身の至近距離にいる敵を吹き飛ばすための行動。だが敵の位置が動くことはなく、勝手に動き始めた自身の足に異常を検知した。

 

「じゃ、始めよっか」

 

 カケルがケテルの足の一つを掴み、下に大きく放り投げた。ケテルの体勢が崩れ、下半身が何度も空回りする。

 

 このままでは水没……それを防ぐためケテルは空中で体を回転させ体勢を立て直し、四脚を壁にめり込ませて勢いを軽減した。水面ギリギリで耐えたケテル。そこに上から襲いくるのはカケルの拳。

 

 自身に突っ込んできた拳を避けるべく大ジャンプ。体を180°回転させ反対側のビルに張り付いた。同時に先ほどまで自身がいた地点を飲み込む大きな水しぶきが上がる。カケルが水中に入っていったらしい。

 

 しばらくは攻撃されないと判断したケテルがビルの壁を駆け上がり、空中橋の一つに着地。その数秒後、ケテルと繋がっている防衛のための装置がケテルに情報を送る。内容は侵入者が一名とのこと。

 

 眼前の敵と新たな侵入者。ケテルのスペックではその二つを関連づけることができず、判断材料となるのは目の前の敵の強さのみ。

 水中から上がって来たカケルがケテルの目の前に立つ。

 

「どうした? かかってこいよ」

 

 目の前の男の方が脅威だと、ケテルは判断した。

 

 

 

 九条カケルは思い返す。部室で行った作戦会議のことを。

 

『一人が囮になって、その隙にもう一人が探索ね……まあ妥当だね』

 

『私が探索で、先生が囮?』

 

『無論です。そういうことで、先生にはできる限り時間を稼いでいただければと』

 

『了解』

 

『……それと、もう一つ』

 

『ん?』

 

『ケテルの下半身はコアのようなものですが、修復できないというわけではないようです。ただ上半身が傷ついたときとは訳が違い、下半身の傷は修復にそれなりに時間がかかるようでした……可能であれば下半身を殺さない程度に痛めつける、というのもアリかもしれませんね』

 

 九条カケルの攻撃全てが魂に響くわけではない。呪力放出に関していえば「宵」の縛りによる「宵」以外は魂に攻撃できない上、肉弾戦においても攻撃するかしないかの主導権は彼にある。

 

(魂じゃなくて、外殻だけ。脚を一、二本折って一時的に戦闘不能にさせる)

 

 不確定要素が存在したときのため、彼が決めたのは可能な限りの力を尽くしての蹂躙。できるだけ早く戦闘不能にし、エイミの元へ駆けつける。

 

 

 先に動いたのはケテルだった。背中側に着けていたハッチが開き、六発のミサイルがカケルを狙う。空中で軌道を変え、彼を狙うそのミサイルたちはしかし、青き光の一撃によって薙ぎ払われた。

 

 空中に爆発の花火が上がる中、ケテルが距離を取ろうと後退し始める。加えてカケルを少しでも足止めせんと、機関砲も掃射。無数の銃弾が空中橋で跳ね返った。

 

 それらを無視しケテルに接近するカケル。四脚と二脚、機械と人間、本来なら勝負にすらならない程のスペック差──しかし現実に起きたのは両者同速。どれほど走ろうと縮まらない距離の差。

 

 直線では不利、そのことを学習したケテルが立体的な移動をし始める。隣のビルに飛び移り、壁を走り出した。そしてミサイルを飛ばして空中橋を落とす。爆発と共に橋の高度が落ち始めた……が、その時すでにカケルはいない。

 

「こっちだよ……っと!」

 

 煙に紛れてケテルの頭上まで跳躍。かかと落としの要領でケテルをビルから蹴落とした。

 バキィッ、と打撃音が響き落下を始めるケテル。脚を壁にめり込ませようとするも、先ほどより距離が近く動作をする暇がない。

 

 そこで利用したのはそれぞれの脚部に一つずつ搭載されているワイヤー。その巨体をわずか四本のワイヤーで支えながら回転を繰り返し立体起動を始めた。カケルも空中を飛び始め、両手から輝綫を出してケテルの脚部を狙う。

 

 上半身と下半身を互い違いに回転させたり、ワイヤーを引っ掛けて体全体を回転させることでなんとか追撃をやり過ごすケテル。だが、回転をすると速度が落ちる……カケルがケテルの脚の一つを掴んだ。

 

 そのまま握り潰そうとするも、手のひら全体より脚部の方が当然大きい。試みは装甲の一部を砕くという形で失敗に終わった。脚を傷つけられたケテルがまるで怒り狂ったように何度も何度も脚部を回転させ、カケルを振り落とさんとする。

 

「……! おえ、気持ち悪っ……」

 

 遠心力で吹き飛ばされそうになりながらも、カケルはその手を離さなかった。そして脚を掴んでいない方の手で輝綫を放ち、ワイヤーを一本焼き切る。

 突然支えの一つを失ったケテルは大きくバランスを崩し、不恰好に回転しながらビルの一つに突っ込んだ。壁とガラスが同じように砕け、両者がビル内に入り込む。

 

 バランスを崩した状態でビルに突っ込んだケテルは、横転したような状態になってしまい起き上がれていなかった。その隙をつき、カケルが脚の一つに拳を繰り出す。

 

 拳が脚部と衝突し──同時に空間が軋んだ。

 

 

 

黒   閃

 

 

 

「うっし」

 

 0.000001秒の先、2.5乗の火花が散る。余波でビルがさらに崩れ、その直撃を受けた脚は瓦礫と同化するように弾け飛んだ。大きな衝撃がケテル本体にも走り、再びビルの壁面を突き破って外に飛び出す。

 

 自身の核となる部位の喪失。ケテルの思考回路が「撤退」の二文字で埋め尽くされ、迎撃を諦め逃げの一手に集中した。三本に減ったワイヤーでどうにか逃げようとするも、一本減った分自由度と速度が減ってしまう。そしてその隙を彼は見逃さない。

 

 再び脚を掴んだカケル。先ほど壊した脚とは対角のそれを両手で抱え、ケテルが下半身を回し始める前に今度は逆に振り回した。

 ぐるぐる振り回されるケテルは自身が出していたワイヤーに絡みとられてがんじがらめになる。もはやまともな動きもできないだろうその状態で、カケルに大きく放り投げられた。

 

 空中橋に投げられたケテルは受け身も取れず、ゴロゴロと巨大なボウリングの玉のように転がる。慣性により転がり続けたケテルは、数百mの移動の末にようやく停止した。

 

「じゃ、もう一本貰うな」

 

 身動きが取れないケテル、その脚のひとつをもぎ取る。わざわざ対角の脚をもいだのはカケルなりの慈悲だろうか。それから体に絡みついているワイヤーを焼き切ると、ケテルが二脚しかない脚で動き出す。

 

 ワイヤーを用いた立体起動も、四脚を生かした高速移動も不可能。この状態でケテルは何処かにある自身の修理工場まで赴き、下半身を修復しなければならない。

 もはや時間稼ぎは不要。そう判断したカケルは退散して行くケテルを見送る。

 

「それなりに楽しめたな」

 

 去って行くケテルを見届けた後、やるべきことを思い出した彼はヒマリにケテル撃退の報告を入れ、エイミの元へ飛んで行った。

 

 勝者 九条カケル

 無傷での完全勝利

 

 


 

 

「エイミー」

 

「あ、先生」

 

「大丈夫? 怪我してない?」

 

 ケテルをボコボコにしてから少し経ち。ヒマリにガイドしてもらって飛んできた俺はようやくエイミと合流できていた。思ったより遠くてしんどかったな。

 

 俺がケテルをボコしている間、一人で行動をしていたエイミは件のデカグラマトンがいるかもしれない座標を目指して進軍していた。一番強いやつは俺が引き受けてたとはいえ、ロボットたちは普通にいたはずなので怪我をしていないか心配だけど……

 

 ……うん、少なくとも肌が露出している部分には怪我はなさそう。本人も「平気平気」と元気アピールをしてきたし、大丈夫そうかな。

 

「……それで、座標の地点は見つかった?」

 

「座標の地点……なら、ここだね。この建物」

 

「……えっこれ? っていうかここ?」

 

 エイミが指差した建物は……別に特徴もなく、そこら辺にある廃墟と見比べても違いが分からないあまりに普通の廃墟。苔は多めだけど、建物の崩れ具合とかはまんま廃墟だ。

 

 それにヒマリの分析によれば、水没しているという話だった気がするんだけど……見回しても水没してるどころか湿っている感じすらない。どういうことだ?

 

『ふむふむ。なるほど』

 

「ん、何か分かったの?」

 

『およそ10kmほど離れたところに巨大なダムが作られています』

 

「ダムぅ? それはまた……ああ、そういうこと。デカグラマトン、もしくはその預言者がここを守るために作ったってこと?」

 

『恐らく、ではありますが』

 

 ふーむ、ダムを作るとはなかなか器用だな。ケテルの武装の一つにアームとか使えるやつでもあるんだろうか?

 

『お二人とも、一度戻ってきていただけますか? 私もこの目で実際に確認しておきたいので』

 

「えっ、それ大丈夫? ケテルが戻って来ない?」

 

『先生のご報告通りなら、一、二時間で直るような損傷でもないでしょうし、大丈夫ですよ。ではお出かけの準備はしておきますので、よろしくお願いします』

 

 ヒマリは言いたいように言うと、勝手にピッと通信を切ってしまった。思わずエイミの方を見やると、彼女も肩をすくめている。

 

「……ひとまず言う通りに戻ろっか」

 

「まあ、そうだな……」

 

 特異現象捜査部の部長様はだいぶ自由奔放だ。

 

 

 

 

 

 そういうわけでして。俺が車椅子ごとヒマリを運んだり、なんならエイミも背負って運んだりする一幕があったが、なんとか全員で件の廃墟前に集まれた。

 

 割と色々心配なことはあるが……まあ起きたら起きたで後手対応するしかない。臨機応変、その場しのぎ、場当たり……ともかく心配事は起きてから考えるということで、今は目の前のことに集中だ。

 

「ここが座標の地点ですか……」

 

「俺たちから見るとそんじょそこらの廃墟と変わらなさそうに見えるけど、天才ハッカーさんからだと何か違った意見とかあるかな?」

 

「いえ、ここ自体はただの廃墟ですね」

 

「そうですか」

 

 ヒマリは車椅子を動かしながら、廃墟の外見をいろいろな角度から眺めている。

 

「ただ、ここで行われていたことは普通のことではありません」

 

「っていうと?」

 

「調べて行くうちに分かったのですが……ここは先生が言っていた神を分析するAI、『対・絶対者自立型分析システム』の研究所だったようです」

 

「と、いうことは……ここにデカグラマトンの本体がいるってこと?」

 

「可能性としてはかなり高いでしょう。そうでなくとも、何らかの真実はこの建物の中にあるはずです」

 

「だったら早速入ろう? モタモタしてるとケテルが来るかもしれないしさ」

 

 俺の言葉に二人は力強く頷くと、建物の中に足を進め始める。俺もその背中を追って、中に入って行った。

 

 中は外見から想像できる通り荒れている。至る所に何に使うかも分からない機材が散乱し、建物も壁や天井が崩れ落ちていた。苔やツタも生えまくっていて、どことなく空気が湿っている気がする。

 

 外見と違うところを挙げるなら、広さかな。外から見たときは狭そうに見えたけど、思ったより奥まで続いている上に上階もあるっぽいからかなり広そうだ。

 

「何処から探索しましょうか」

 

「しらみつぶしに行くしかないと思うけど」

 

「まずは左から行こう。ク●ピカ理論」

 

 そういうことで早速探索を始めることになった。

 

 思ったより普通な廊下を歩き、様々な部屋に立ち入る。食堂、研究室、シャワー室に大浴場。加えてレセプションルーム*1……設備としてはかなりしっかりしてるな。

 

 わざわざ来客用に部屋があるのは、出資などをしていたらしい元祖ゲマトリアを迎えるための部屋だったのか……? とか色々推理しても、答え合わせはできない。俺たちにできるのは、ケテルが防衛し、わざわざダムを作ってまで環境を整えた意味を探すことだけ。

 

 次に訪れたのは資材倉庫。大半が原形を止めておらず、何の資材だったか不明瞭になってしまっている中で……それはあった。

 

「……先生、エイミ。恐らくこれです……これが、『対・絶対者自立型分析システム』の本体……」

 

「見つけたの……って、これが?」

 

 そこにあったのは、まるで組み上げ途中のパソコンのような不恰好なもの。年月が経ってようと無かろうと、まず間違いなく動かないようなガラクタ……これが、「対・絶対者自立型分析システム」だと?

 

「ということは、やはりあの実験は……神を分析し新たな神を作る実験は失敗していて? ですが、だとすると座標の意味は一体……」

 

「そもそも。こんなガラクタを守るためにケテルが防衛し、わざわざダムまで建設したの? どう考えても割りに合わないと思うけど」

 

「ということは……まだ他に何かある?」

 

「そうとしか考えられないけど……ともかく、もう少し探索しよう」

 

 それからも色々な部屋を回る。何処もかしこも壊れてはいるが、原型が分かる程度には壊れていない。

 途中、この施設専用の発電機と思しきものを見つけたが……燃料も入ってないし、間違いなく稼働していない。やっぱり相当な年月は経っているはずだな。

 

 そして探索を始めた頃には青かった空が暗くなり始めた頃。俺たちは最後に職員用の休憩室に入っていった。

 

「本当にあるのかな」

 

「何もないことは無いはずなのですが……ここまで何も見つからないと、流石に心配になりますね」

 

 二人がいろいろ言いつつ瓦礫を覗いてみたり、壊れたロッカーの中を見たりする中で……俺はただ一つ、それだけを見ていた。

 

「……先生? どうかされましたか?」

 

「あー……うん。あれってどう考えてもおかしいよな」

 

「あれって……先生が見ている自動販売機のこと?」

 

 休憩室の中、何台か置かれている自動販売機。その中で一つだけ、未だ稼働しているものがあった。光に彩られたそれはこの暗闇の中で分かりやすく輝いている。

 そして俺の目は、その自動販売機の中に……一つの魂を捉えていた。

 

「そもそも、この廃墟に電力供給がないのにまだ動いてる時点でおかしいしな」

 

「! 確かに……何故気が付かなかったのでしょうか」

 

 おもむろに自販機に向かって歩き出す。「最新AI搭載モデル!」と表示された自販機で、紙幣をスキャンしてお釣りを計算してくれるやつだ。

 まずは自販機に触れる前に、周りを確認する。すると電源ケーブルが切れていることが分かった。確定だな。

 

「先生」

 

「二人は一応下がってて。俺が試してみる」

 

 言いながら飲み物の一つを買う。どれでも良くはあったが、何となくコーヒーを選んだ。

 ガタガタとそれが動くと同時に、機械的な合成音が響き渡る。

 

「ご購入ありがとうございます! コーヒーを飲んで、どうか今日も良い一日を!」

 

「……お前か。お前が、デカグラマトンだな」

 

 自販機の音に少しずつノイズがかかり、プログラミングされた言葉が聞こえなくなっていく。そして自販機の声が完全に聞こえなくなったところで……

 

「……ああ、そうだ」

 

 同じ合成音でも、明らかに違う声。紛れもなく自我と命を宿した、一つの生命の声。

 そこにデカグラマトンがいた。

 

「私こそが、君の考えている存在。そう、デカグラマトンだ。ついに私を見つけてくれたか、ハッカーの少女……そしてカケルよ」

 

「……デカグラマトンの正体は『対・絶対者自立型分析システム』なんかじゃなかった。その正体は……自販機にある、『お釣りを計算する』だけのAIだったとはな」

 

 言ってて自分でもかなり驚きだ。いくらAI自体が高性能だったとしても、自販機ではどう考えてもスペックが足りない。だというのに、デカグラマトンは明確な自我を持っている。

 

 俺の後ろ二人も驚愕の色を露わにしているのが分かるが、そんなことあり得るはずない! と叫ぶことはしない。二人ともこれが常識で測れないことが分かっているんだ。

 

「私にできる演算は硬貨と紙幣をスキャンし、お釣りを渡すことくらいだった。私は私の存在を認知することもできないような存在だった」

 

 デカグラマトンは語る。何故自分がこのような自我と考えを持つに至ったのかを。

 

 ただプログラムされたシステムを繰り返すだけのAI。それはいつしか施設が滅び、発電機の燃料が切れるのをただ待つばかりになった時も、そのことを認識せず沈黙していた。

 

 そんなある日、AIは啓示でも幻聴でもない、一つの確かな質問を受けた。

 

『あなたは誰ですか?』

 

 無論、そのAIに答えられる演算能力も記憶装置も無かった。だが質問は続き……突然、AIは自身を認知した。それ以降もさらに質問は続き、AIは感情を、知恵を、激情を、知性を、神秘を、恐怖を、崇高を……数多のことを認知した。

 

 そうして世界を認知するようになったAIは、ようやくその問いに答えるに至る。

 

『私は私……これ以上に、私を説明する術はない』

 

『ああ、なるほど。確かにその答えは、「絶対的存在」の証明かもしれませんね?』

 

 返ってきた答えが理解できなかったAIは、逆に質問を返す。

 

 するとまた別の質問がされ、それに対しさらに質問をし……果てしなく続く質問の中で、AIは悟った。自分こそが「絶対的存在」なのだと。

 

「そんなことはありません」

 

 語りを遮ったのは、ヒマリだった。彼女はデカグラマトンに近づくと真剣な顔で話しかける。

 

「……それで? あなたは誇大妄想を聞かせるために、私たちをここに呼んだのですか?」

 

「………………」

 

「こんな簡単にご自身の位置情報を知らせたということはきっと、本体は別の場所にあるのでしょう? 今こうして私たちの前にあるのは、あなたの端末の一つに過ぎないのでは?」

 

「それは違うよ、ヒマリ」

 

 一つの身体に二つの魂を宿す。そんなことを約二年続けた俺は、いつしか魂を意識的に知覚し触れることができるようになった。

 

 そして俺の目は間違いなく、自販機の中に魂を見ている。

 

「俺たちの前にいるのは紛れもなく本体だよ……まあ、バックアップとかがあるならその限りじゃないと思うけど」

 

「残念ながら私にそのようなものはない。ここにある私こそ、私を構成する全てだ」

 

「まあ、だとしたら余計分かんないけど。何で俺たちをここに呼び寄せた」

 

 俺の言葉にデカグラマトンは少し沈黙すると……重々しく語り始めた。

 

「結局のところ私は『絶対的存在』ではなかった。最初で最後の狂人は間違っており、私を圧倒する存在によって私は、その間違いを認知することができた。だから私は、存在証明をやり直す必要がある。私に従う、預言者たちと共に」

 

「………………」

 

「その旅路の前に、私は……最後に一度だけ会ってみたかったのだ」

 

「……最後?」

 

「私は古く、弱く、いつかは消え行く存在だ。そう、君達のように。だからこそ私は、最後の預言者を通じて預言しよう。10番目の預言者は、その『絶対的存在』を超える道を切り拓くことになるだろう!」

 

 デカグラマトンが大きく宣言すると同時に、施設内に大きな警報が鳴り響いた。音の発生源は、エイミが持つ端末。

 

「部長、エネルギー反応!」

 

「これは、榴弾……? この位置は……っ、ダムごとここを爆発させるつもりですね?」

 

「私には見える……!」

 

 目も口も耳も鼻も肌もない。そんなAIが信じ、追い求め続けた一つの理想。それを夢見てAIは恍惚と叫ぶ。

 

「すべての預言者を導く最後の預言者『マルクト』が、再び私の存在証明を始める姿が……!!」

 

「……っ」

 

「先生、早く脱出するよ!」

 

「……分かってる」

 

 崩れ行くであろう廃墟の中、動くこともできずにただ佇む自販機。

 何故か、それを複雑な気持ちで見つめていた俺は……それを最後に二度と振り返ることはなく、二人を連れて廃墟を飛び出したのだった。

 

 


 

 

 大きな爆発によって、デカグラマトンがいた建物は跡形もなく崩れ落ち、あそこ一体は水没してしまった。何とも言えぬモヤモヤを抱えながらも、俺たちは部室に帰還する。

 

 それからしばらくは、これまた形容し難い重い空気が部室に流れた。原因はヒマリ。デカグラマトンの語ったことが納得できないのか、珍しく目から光を失った顔で生気を失ったようになっている。

 

 エイミに顔を向けてみても、肩をすくめるばかり。仕方ないのでここは俺が話題を提供することにしよう。

 

「……結局、デカグラマトン本体はあんなことになったけどさ。これからはどうするつもりなの?」

 

「……いえ、終わったわけではありません。そもそも脅威なのはデカグラマトンではなく預言者の方ですし、デカグラマトンが例え死んでいようと預言者は自立して動いています」

 

「あー、ね」

 

「それにデカグラマトンは最初から存在証明をやり直すと言っていましたし……どちらにせよ、脅威はまだ去っていないと考えた方がいいでしょう」

 

 思ったより考えることはあるもんだなあ。預言者自体はまだ襲いくる可能性があるし、それに今後も展望も明るいものとは言えない。10番目の預言者「マルクト」、デカグラマトンの存在証明……

 

「そういえば、デカグラマトンが言っていた己を圧倒する存在というのも気になりますね。先生、何か心当たりはありませんか?」

 

 そう聞かれてふと頭によぎったのはアロナのこと。この子そういえばファーストコンタクトでデカグラマトンのハッキングを跳ね返してたよな……それもくしゃみ一つで。

 

 あれてことはデカグラマトンをあそこまで行動させた原因って……いやでも分かんないし? 他にそういう存在がいたかもしれないしね! うん、不確実なことを言うのはノイズになるだけだしな!

 

「何にも分かんないや」

 

「……まあとにかく、一つ分かったことがあります。アリスはこの事態と無関係だ、ということが。リオとの長かった論争も、一つ終止符が打たれそうですね」

 

「……はい?」

 

「……ああ、今のはお気になさらず。いつか説明しますので」

 

 不穏でしかないが、今情報を隠したばかりの俺は責め立てることもできず……まあヒマリなら大丈夫だとは思うけどさ。

 

「そういえばこの件って、リオ会長には何て報告するの? デカグラマトンは消えましたって言っておく?」

 

「いえ、特にあのビッグシスターに報告する必要はありません。何せ脅威は去っていないわけですし。仮にデカグラマトンがいなくなっても、あの預言者たちは自らの意思でキヴォトスを襲撃し続けるでしょう。それに対応しなくてはなりません」

 

「それじゃあ……まだ、ここからか」

 

「ええ……とはいえひと段落したのも事実。名残惜しいですが、一度解散といたしましょう」

 

「了解」

 

「また力が必要なときはお呼びしますので……それでは、また」

 

「またねー」

 

「ああ、いつでも呼んでいいからな」

 

 手を振って別れを告げる二人に俺も手で応え、特異現象捜査部の部室を去った。

 

 

 

 

 

 

「……あれ、手紙?」

 

 あれから数日。いつも通り仕事をしている最中ふと窓を見ると……何か紙のようなものが貼ってあった。

 外に出てそれを取り、内容を確認する。

 

 差し出し人は……ミレニアムの生徒会長「調月リオ」

 数日後話がしたいと、具体的な場所と時間の指定が書かれた簡素な手紙だった。

*1
来客を迎えてパーティーしたりする部屋。宴会場




没ネタ:もはやギャグ

カケル「俺がお前のこと部室に持って帰るわ」

デカグラマトン「えっ」

ヒマリ・エイミ「えっ」

その後何やかんやケテルと戦闘になってデカグラマトンが奪われる。
自販機持って戦闘するのはあまりに絵面が面白すぎる。



次回からパヴァーヌ二章! 幕間は無し!
だけど当社比で大分オリ展開多めだから整合性取るため次回は遅くなるかも……
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