呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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【定期】中間テスト近づく【助けて】


55. 決着

 それは恐らく、キヴォトス史上最も大きな戦いだった。

 

 挑戦者(チャレンジャー)は飛鳥馬トキ。超兵装「アビ・エシュフ」を身にまとい、三つの術式を扱う少女。その術式はかつて、無名の司祭が崇めていたと伝わる自然を象った神が持っていた術式。

 

 無名の司祭達はそれを神聖なものとして厳重に保管していた。それ故にその術式は現代にまで残り、それを偶発的に発見したリオによってついに日の目を浴びることになったのだ。

 

 かつて神と崇められたものたちの術式三つ……スペックで言えば圧倒的であり、ほとんどの相手を蹂躙できるだろう。そんな彼女が挑戦者なのは、相手がそのほとんどの範疇を超えているから。

 

 九条カケル。現代キヴォトスにおける最強。呪力を放出する術式と推測される術式を持ち、術式の格で言えば恐らく飛鳥馬トキの持つ三つの術式が上だろう。

 

 しかし現実は──

 

(当たら、ない!)

 

 ビルの屋上から遠隔攻撃を続けるトキだったが、空を自由自在に飛び回るカケルを未だ捉えられず、傷一つつけることができていなかった。

 

 溶岩を放出し、操作することでカケルの動きを誘導する。いい場所に来たら足元から木の根を、横から魚の式神を追尾させ、三方向からの挟撃!

 だがカケルはまず魚を輝綫で一掃すると、木の根を軽く躱して上に乗り、そのまま走ってトキの方に向かってくる。

 

 かなりのスピードで突撃してくる彼を前に慌てて術式の操作をやめ、近接戦に徹する。殴ったり蹴ったり、何度も攻撃を繰り出すがトキの攻撃は全く当たらず、逆にカケルの攻撃はアビ・エシュフに次々と直撃する。

 

「くぅっ、はっ!」

 

「攻撃が単調だ、よっと」

 

「ぐっ」

 

 正拳突きを繰り出せば軽く跳んで体を回転させ、避けながら蹴りを入れてくる。怯んでもすぐに立て直し、着地したところを狙って逆の手でパンチしてもひょいと避けられてカウンターを食らう。アビ・エシュフの表面に傷がついた。

 

 カケルにあってトキにないもの、それは肉体への理解度だった。まだアビ・エシュフを使い始めて日が浅いトキと、常に鍛錬をして自身の体と息を合わせられるカケル。どれだけ腕を伸ばせるか、どれだけ跳べるか、どれだけ重いか、軽いか。それら全てを熟知してる者と知らない者とでは天と地ほどの差がある。

 

「ならば、術式でその差を埋めるまでです!」

 

 一度距離をとったトキ。自身の周りから再び溶岩を出すとともに、ある式神も召喚する。

 

「火礫蟲」

 

 気持ちの悪い見た目をしているその蟲は、トキの意思に沿ってカケルの接近。十分な距離まで近づくと大きな音を出して、爆発しようとし……その瞬間、カケルによって全てが切られた。

 

 見れば、手の先からエネルギーが剣のように出ている。それを持って火礫蟲を一刀両断、地面にボトボトと落ちた蟲は小さな爆発だけを起こした。

 

「まだです……! 溶岩を!」

 

「言っちゃ悪いけど、術式への理解度も浅めだ」

 

 迫る溶岩をカケルが再び手の剣でぶった斬る。十字に切り裂かれた溶岩はそれでもカケルを襲おうとするが、いつの間にか展開していた「明星」により防がれてしまった。

 

「術式の使い方一つとっても、工夫をせずにそのまま出力してしまってる。術式の格が高いからまだここまでやれてるけど、本当に強いやつには通用しないよ」

 

「……っ」

 

「それにせっかく術式を複数持つならもっと併用したほうがいい。その分手数が増えるし、相手に択を迫れる……って、何で俺は説教まがいなことしてるんだか」

 

「……術式の複数併用は今回初めて行って、勝手がわからないのです」

 

「ふーん、なるほどね。勿体無いな……でも生憎、容赦はできないよ?」

 

「承知しています……さあ、続けましょう」

 

 そう言うと同時に、カケルの足元から木の根が放たれる。天空にまで届く巨大な茶色の槍と化した根っこを、カケルは大きく跳んで避けていた。すたっと根の上に着地し、再びトキのそばまで戻ろうと足を踏み込む──と同時に、木の根が消えた。

 

「お」

 

 踏み込む足場がなくなり、一瞬ではあるが明確な隙ができたカケルに今度は炎のレーザーが迫る。トキの持つ多種多様な技の中でも、恐らくは最速であるこの技……虚をついたそれにすら反応し、避けた。

 

(それも、想定内!)

 

 彼の注意がレーザーに向けられているその瞬間、今度は上方から魚群を接近させる。自身にさす影でそれを察知したカケルは地上に逃げ始めた。超スピードで逃げ続けるカケルを魚群が追う追いかけっこが続き……カケルが開けた場所に出ると同時に、トキが動いた。

 

 まずは溶岩の術式──正確に言うならば火山の術式を発動させ、開けた場所から行ける道全てを岩石で封鎖する。行く場所を一瞬見失ったカケルは仕方なく魚群に対処すべく振り向いて輝綫を放つだろう。

 

 ボコォと突然岩石が隆起し、視界内の道全てが塞がれたカケルは予想通りに振り向き、その手の中に青い光を作り出す。そして手を魚群にかざして消し去ろうとした。

 

 そこに特大の攻撃を仕掛ける。そこら辺にあったビルの一つをなんとか持ち上げたトキは、そのままそれをカケルがいる場所に投げた! 上空からビル。目の前に魚群。先ほどと同じ挟撃だが範囲が違う。

 

(これなら、少しくらいは──)

 

 少女はいまだ、最強を舐めていた。輝綫を魚群に放ったカケルは、そのままさらに出力を強めて上空のビルを穿つ。迫りきていたビルに大きな穴が開き、綺麗にカケルを避けて崩れ落ちた。

 

「もう少し術式を扱えるようになってから、出直しな」

 

「……正直、苦笑も出てきませんよ」

 

 あまりに、化け物。

 

(私が必死で考える攻撃が、悉く防がれる……まだ反転術式の一つさえ使わせていないこの状況で、アビ・エシュフは悲鳴をあげている。詰み──否。まだ一つだけ、あれがある)

 

 それは最後の賭け。トキの持つ最強の攻撃……もしかすると、エリドゥごと全てが吹っ飛ぶ可能性すらある。それでも。

 

(先生なら、どうにかしてしまうのでしょう)

 

 そんなある種の諦観と期待を持って、少女は最後の切り札を切ることを決意した。

 

 

 

 

 

極の番「隕」

 

 

 

 

 

 周囲の構造物が溶け始め、空中に集約され始める。数多の物質をかき集めたそれは、まさに巨大な隕石。

 

「これで、終わらせます」

 

「……ったく、なんでこう、俺は隕石と縁があるんだか」

 

 


 

 

 銃弾、魚、銃弾、魚、銃弾、魚の体液、銃弾……互いの攻撃が激しくぶつかり合う。

 

 飛来する銃弾。その発射元を認識した魚群は彼女たちに襲いかかっていた。脇目も振らず、知能なく突撃する彼らは数多の銃撃や爆発に巻き込まれて次々と死に、地上に落ちていく。

 

 だがそれを誤差とするほどの圧倒的数の暴力! いくら倒そうとも迫り来る黒い壁! 再び魚群がビルの屋上に迫る。そのことを確認した少女たちは銃撃をやめ、()()()()()()()()()体勢に入った。

 

「また来たぞ! 飛べ!」

 

「そこの二人、早く私に掴まって!」

 

「「は、はい!」」

 

 鍛えられているC&C、そして空崎ヒナは単独で別のビルに飛び移ることが可能だった。だがゲーム開発部は残念ながら彼女たちに比べると身体能力が低く、そこでヒナはモモイとミドリを、ネルはユズを担ぎ、一緒に飛び移る。

 

 次の瞬間、先ほどまで彼女たちがいたビルに魚群が突っ込み、ビルが崩壊した。もしあそこにいたままなら、全身が食われていたであろうことは想像に難くない。

 

 魚群が襲ってきてはすぐさま屋上を伝って距離を取り、距離が空いたら立ち止まって改めて銃撃。この流れを彼女たちは先ほどから何度も繰り返していた。

 

「ちっ、マジで多すぎんだろ……! そろそろ弾が尽きるぞ……!?」

 

「でも間違いなく、さっきよりは数が減ってる。私たちの弾切れが先か、殲滅するのが先か……」

 

「……まあ仮に弾切れしたら、直にぶん殴って減らすまでだな」

 

「ふふっ、頼もしいわね」

 

 このような過酷な状況にあっても、最強二人は笑っていた。

 彼女たちは生徒の中でも最強級。それ故に、逆に先生との力量差を大きく感じ取り、その力になれないことを憂いたことがある。

 

「けどよ……この化け物倒せば、ちったあ先生もあたしらを認めてくれるよなあ!?」

 

私たち(生徒)だけでもできるってところ、見せてみせる」

 

 二人のボルテージが更に上がった。再び魚群が迫ろうとするも、先ほどより近づいてくるスピードが遅い。その理由は非常に単純なもので、二人の照準がより正確になったから。

 

 ヒナのマシンガン。ネルのサブマシンガン二丁。どちらも連射速度故に弾数に反して敵に当たりにくい……だが今この時は、その弾一つ一つが正確に敵を撃ち抜いていく。光に呑まれて、黒が消え去っていった。

 

「……ふ、二人ともすごすぎない……?」

 

「あはは! 部長楽しそー!」

 

「ふふ、あんな顔を見せられたら、私たちまで昂るというものでしょう!」

 

 それに引っ張られるように、彼女たちにも笑顔が灯り、攻撃が加速していく。絶えず光が打ち出され、魚の体液が雨のように地上に降り注ぎ続けた。

 

 このままいけば勝てる。誰もがそう確信し、さらにその笑みを濃くする。

 

 

 

 だが、深海は光さえ飲み込んでいくものだ。

 

「っ!?」

 

「なっ、くっ!?」

 

 率先して前に立っていた最強二人が、突然出血した。肩から血がピッと飛び出したその姿に、一瞬誰もが思考停止する。

 

「何だ、今の……!?」

 

 ネルが傷口を確認すると、切り傷ができていた。刃物で切られたような傷は浅く、赤い線が肌に滲んでいる……後ろを見れば、一部が赤に染まった何かが落ちている。

 

(あれは……牙!? 牙を飛ばしたのか!?)

 

「よそ見しないで! 一気に攻めてきてる!」

 

「! ちっ!」

 

 この機を待っていたと言わんばかりに、黒が大きく波打った。好奇を逃すまいと迫る魚群に再び銃弾が撃ち込まれるが……

 

「……な、なんか、全然減ってなくないですか……?」

 

「間違いなく、減りが遅くなってる……どういうことだ?」

 

 確かに銃弾は当たってるはずなのに、何故か魚の減りが遅い。銃弾の勢いに負けず、再びこちらに襲いかかってこようと大口を開けた彼らが迫り来る。

 

「くそ、一旦飛ぶぞ!」

 

「二人とも──くっ、!?」

 

「ヒナさん!?」

 

「だ、大丈夫──痛ぁっ!?」

 

「お姉ちゃんまで!?」

 

 ビルを飛び移ろうとする彼女たちに、再び牙が襲い掛かる。何度も浅く肌が切られ、赤い線が身体中に作られ始めた。それは彼女たちだけでなく、誰にでも襲い掛かる。予想外の攻撃を前に、ヒナ、モモイ、ミドリの足が止まってしまった。

 

「何してんだ! 早く飛び移らねえと死ぬぞ!」

 

「分かってる……! 仕方ない、二人とも私の翼に掴まって!」

 

「つ、翼に!?」

 

「早く!」

 

 躊躇いを見せる才羽姉妹だったが、ヒナ本人から急かされ、急いで翼を掴む。

 ヒナは二人がしっかり掴んだことを確認すると、翼を後方に大きく伸ばし始めた。

 

「せーので翼から手を離して」

 

「はいぃ!? さっき掴めって言ったよね!?」

 

「お姉ちゃん! ヒナさんを信じようよ!」

 

「うっ……わ、分かってるよ!」

 

「いくわよ……せーのっ!」

 

 掛け声と同時に後ろに大きく伸ばしていた翼を、一瞬で伸縮も活用して前に伸ばす。慣性により引っ張られた才羽姉妹はちょうどそのタイミングで手を離し、大きく空を舞うことになった。

 

「う、うわあああああ!?」

 

「死っ……!? お、お姉ちゃーん!!」

 

 そしてとうとう魚群がビルに突撃してきた。一人残っていたヒナは、魚の動きを見ることに全神経を集中させ始める。

 

 そして彼女は神業を魅せた。

 

(……この道!)

 

 突撃してきた魚を足場にし、一気に空中へ駆けていく。背面、側面、時にはお腹すら蹴って光が反射するように移動をし続け、魚群の襲撃を切り抜けた!

 

 一瞬にして空へ舞い上がった彼女は、そのまま滑空により才羽姉妹を回収。みんながいるビルに着地する。

 

「………………し、し、死ぬかと思った……」

 

「わた、わ、私生きてる……生きてるよ、お姉ちゃん……!」

 

「ごめんなさい。あそこから切り抜けるには、こうするしかないと思って」

 

「いや、もう……助けてもらったし、何も言えないよ……」

 

 緊張が抜けて足腰に力が入らなくなり、二人がぺたんと座り込む。表情も完全に呆然としたものになっており、本気で死を覚悟した反動がここに起きていた。その様子を見て後でちゃんと謝罪しようと考えつつ、ネルに視線を向けるヒナ。

 

「何か分かった?」

 

「ああ、おでこのおかげでな。こいつの目は相当いい」

 

 ぽん、と自分の頭にネルの手が置かれ、恥ずかしいような嬉しいような顔をするユズ。気が緩むような可愛らしい赤面だが、今はその可愛さを堪能する暇もない。

 

「簡潔に説明して」

 

「結論から言えば、あいつらは進化し続けてる。あたしらの銃弾を受けまくったから銃弾が効かないよう頑丈な体に進化し、あたしらが遠距離ちくちくばっかやってたからあっちも牙を飛ばすっていう遠距離攻撃を手に入れた」

 

「なるほど……受けたダメージや環境に応じて進化をするのね……」

 

「『適応』って言ってもいいかもな」

 

 極の番「海孵」。その効果は、進化し続ける生物の顕現。

 初めは肉眼では見ることすらできない微生物から。それは時間を経るごとに大きくなり、強靭になり、凶暴になっていく。

 

 さらには単為生殖により、ねずみ算式に数を増やし続けるのだ。そして外的要因により、それらは単純なフィジカルの強化ではない、新たな強化も得ることになる。

 

 無限に進化し続け、増え続ける生物。それが「海孵」の正体だった。

 

「……つまり銃弾が適応された今、私たちに勝ち目はない」

 

「それはちげーぞ」

 

「……?」

 

 ヒナの絶望的な宣言に対し、ネルが即座に反論した。疑問符を浮かべるヒナに、ネルは魚群を指差す。

 

「あいつらはあたしらの銃乱射でだいぶ数が減ってる。後少しで、完全な殲滅ができるんだ」

 

「でも攻撃が効かないのなら……」

 

「あるだろ? まだ適応されてない攻撃がよ」

 

「……! 神秘の放出……!」

 

「そういうことだ。もっと言えば、多分殴ったり蹴ったりすんのも効くはずだろ?」

 

 ネルが立てた作戦は、こうだ。

 

 銃弾が効かない以上、少数精鋭……最強二人で残りを殲滅する。主な攻撃手段は神秘の放出だが、これはネルは一回しか撃てないほど燃費が悪いし、ヒナもそう何度も撃てるものではない。

 

「そこで、さっきお前がやってたみてーに、あいつらを足場にしつつ近接攻撃で倒す。数を減らしつつ、ついでに近づくことで神秘の放出で巻き込む奴らも増やす!」

 

「……分かった、なら早くやろう。今こうしてる間にも数が増えてる」

 

「うし、じゃあ行くか」

 

 魚群の方を見やれば、ちょうどいいことにかなり近くまで迫ってきていた。その方に歩いて向かい、屋上の縁に立つ。風を受けて前髪が荒れ、視界が広くなった。

 

 

 

「──っしゃあ! いくぞ!」

 

 同時に踏み込んだことで、屋上に二箇所亀裂が走る。それを確認することなく飛び出した二人は、躊躇せずに魚群の中心へと飛び込んでいった。

 

 そして……赤と白が、高速で反射し続ける。反射させた魚は血を出して吹っ飛び、彼女たちもその紫色をした異形の血をどんどんと被っていった。

 

 みるみるうちに、中心に空洞ができ始める。それはつまり、魚が中心に入ってくるスピードよりも彼女たち二人の処理が速いということ。そして紅白の線が途切れないのは、二人が息を合わせられている証拠。

 

(ははっ、すげえ! あたしのスピードに着いて来れるやつなんて初めてだ! それに……)

 

(すごい、私と同じスピードでちゃんと息を合わせられている。それだけじゃなくて……)

 

 

((彼女(こいつ)の考えてることが、手に取るようにわかる!))

 

 お互いの学園で右に出るものなき最強たち。そんな彼女たちに同じ領域で戦う楽しさを教えたのは、まさに同じ境遇の友!

 

 孤独感を感じたことはなかった。何故なら周りに、自分とは別の強さを持った仲間たちがいたから。だが同じ強さを、同じレベルで、同じ思いで持つ者に、今までにないシンパシーを感じる!

 

(最高の気分だ……このまま終わらせてやんよ!)

(この最高のテンションのまま、終わらせる!)

 

 二人がさらに加速した。空中に紅白の幾何学模様が刻まれる。

 

「み、見えない……すごい……漫画みたい」

 

「私たちの目にも見えませんね……カリンはどうですか?」

 

「無理……だけど、彼女は捉えてるみたいだな」

 

 超速の彼女たちを目で追うのは、花岡ユズ。じっと二人を見つめ続ける彼女は、その間に瞬きの一つもしなかった。

 

 そして超速で舞い続ける二人に、海孵もまた脅威を感じる。自身が全て殺されかねない恐怖……それがまた、海孵の進化を促進した。

 

 ネルの足が抉られ、血が大きく飛び散る。

 

「ぐ……! いってえな!」

 

 魚が異形へと姿を変える。腹に、側面に、背中に、ヒレに、尻尾に……至る所に口を生やしたそれは、自身を足場にし続ける二人を確実に食いちぎるためのもの。

 

 ヒナもまた、突然の進化に対応しきれず顔が僅かに抉り取られたが、すぐさままだ口のない部位を蹴って空に駆け上がり、背中に背負っていた愛銃を構える。

 

 何をするか察したネルも、同様に体を食われながらも空に舞い上がった。

 

「仕上げよ──!」

 

 銃口から、紫のビームを撃ち出す! 突然のできごとに対応しきれなかった魚群は、その光に呑まれ──大半が焼け死んだ。

 

 だがまだ、同族の死体を肉壁として生き延びた何十体かがいる。バラバラに空中を飛ぶそれらは同族の死を悲しむことなく二人を狙い、ヒナも倒そうと銃口を向けたが、それより早くネルが銃を取り出していた。

 

『銃を使った方が神秘の操作がしやすくなる』

 

 先ほどのヒナの発言を覚えていた彼女は、今ここでそれを実行する。二丁の銃にそれぞれ神秘を込め、それをばら撒く彼女の新たな必殺技!

 

「こいつで、終いだ!!」

 

 ミラーボールに反射する光のように、それが全方位に飛んでいく。近くまできていた魚たちは、その散弾をモロに食らい……そして、紫色の汚い花火が散った。

 

「……やった」

 

 そうぽつりと呟いたユズ。どことなくあっさりした幕引きに、誰もが立ち尽くす中……モモイが、ユズに詰め寄っていった。

 

「……や、やったの……? やったんだよね!?」

 

「うん……! 間違いなく、全員倒した!」

 

「っーーーーー! ぃいやったああぁぁぁ!!!」

 

 そう言って大きく跳んで、全身で喜びを表現するモモイ。そんな彼女の姿を見て、ようやく他のみんなも実感が湧いてくる。

 

「やった……私たち、やったんだ!」

 

「……喜びのあまり、言葉が出てきませんね……っ、そういえば部長たちは!?」

 

「!」

 

 勝利をもたらした立役者たちは、最後空中に浮かんでいた。今はその姿が見えず、まさかそのまま落下したのではと一斉に下を覗き込む彼女たち。そこで見たものは、力尽きたようなネルを担ぎ、翼を使ってゆっくり下降するヒナの姿だった。

 

 それを視認するや否や、すぐさま非常階段を使って地上に降りていく六人。急ぎつつも、ここで怪我をしたら台無しだと慎重に。ゆっくり急いで階段を駆け降りた彼女たちは、そのままの勢いでヒナとネルの元に向かう。

 

 横たわって目を瞑るネルと、そのそばに座り込むヒナ。ヒナはこちらに気づくと、軽く手を振ってきた。

 

「ヒナさん!」

 

「みんな……大丈夫?」

 

「私たちは全員無事です。それよりも、部長は!?」

 

「傷はちょっと深いけど……命に別状はないはず」

 

 その情報に全員が安堵のため息を漏らした。続いて、周囲が騒がしいことに気づいたのかネルが目を開ける。

 

「……あたしは……あーそっか、気絶しちまったのか……ちっ、情けねえ……」

 

「部長ー!! 心配したよ!!」

 

「あ? 心配? ……あーそういう。あたしが死ぬわきゃねえだろ」

 

「流石部長、傷だらけでも態度は変わらないね」

 

「傷……うげ、マジじゃねえか。肩とか腕とか切り傷だらけだし……しかも足に至っては結構食われて……!? やべえ意識したら痛くなってきた……!」

 

 実際のところ、ネルはかなりの重傷だった。

 

 至る所に赤い筋が走り、足はガッツリ抉れており血が流れ続けている。またヒナも軽傷とは言い難く、ネルと同じように体全体が傷ついてる他、頬に深い切り傷がある。

 

「早く手当しないと……!」

 

「先生さえ戻ってくれば、治してくれるんだけど……」

 

 その肝心の先生は何をしているのか……そう考えたヒナが探しに行こうとした瞬間、熱を感じた。真夏の太陽のような、じんわりと苦しめてくる暑さ。

 

 思わず空を見上げれば、巨大な隕石がその形を成し始めていた。

 

 


 

 

「……海孵が消滅しました。どうやらあちらは負けたようですね」

 

「流石だな、あいつら……っと!」

 

 軽い調子で会話をしている二人。だが、その状況は傍目から見て凄まじいとしか言い表しようのないものだった。

 

 上空では「隕」が形成され続け、あたりの構造物を飲み込み続けて巨大化し続けている。それに対処すべく輝綫、もしくは煌矢を撃ち込みたいカケルだが……

 

「やるね、極の番の制御しつつ俺と格闘戦するなんて! さっきとは別人みたいだ!」

 

「こうしなければ、破られるのは目に見えているので!」

 

 アビ・エシュフは術式を三つ同時に運用できるほどの処理能力を持っている。だがトキはそれら全てを「隕」の制御に注ぎ込んだ。全ては「隕」をカケルに直撃させるため。

 さらに海孵が消えたことにより、さらなるリソースも確保。ここが正念場だと確信し、防御や回避を捨て攻めの姿勢に回る!

 

「いいのか? 先にそれ(アビ・エシュフ)が壊れるかもしれないよ?」

 

「そのくらいのリスクを背負わなければ、あなたには勝てないでしょうから」

 

 格闘戦は当然カケル優位に進む。どんどんとアビ・エシュフに傷が増えていくが、カケルの体にもとうとう攻撃が当たり始める。だがそれを確認した彼は、さらにギアを上げる!

 アビ・エシュフから火花が上がり、いよいよ限界かと思い始めたところで……ついに完成した。

 

 赤く光る岩石の塊。上空を覆い尽くすほどの、巨大な質量!

 

「これで、決めます!」

 

「!」

 

 その制御を解除し、隕石が落ちるのを重力に任せた。そしてそれとカケルを確実にぶつけるため、トキはもう一手を打つ!

 

 浮いたリソースと電力。それを肩に装備した主砲にまわす。今まで使ってこなかったそれにカケルは当然警戒できず、肩からレーザーが発射された。

 しかしその狙いはカケルではなく、地面。足場を崩されたカケルは再び一瞬の隙ができ、そこをトキが蹴り上げた!

 

 反応したはいいものの、この至近距離では回避は不可能。カケルはギリギリ腕を滑り込ませガードするだけにとどまる。そしてガードだけでは衝撃を殺せない……!

 

 上空に打ち上げられたカケルは、重力に引かれて加速する隕石と衝突する!

 

「っ……」

 

「終わりです!」

 

 近くにあるだけで膨大な熱量により万物が溶け、衝突すれば超質量との組み合わせで灰すら残らない奥義。カケルでさえ、当たれば無事では済まない。

 

「……ははっ」

 

 そんな状況下で、彼は笑った。ようやく探し求めていたものを見つけたかのような、子供みたいな純粋な笑み。そのまま彼は、隕石を片手で掴み取る。

 

「術式反転」

 

 自分の腕が焼き焦げていくのすら気にせず、隕石に手を当てた彼はどんどんと隕石の熱エネルギーを吸収していく。赤い光がどんどんと弱まり、隕石はただの岩石へと姿を変えていった。

 

 そしてついに、隕石は完全に熱が冷め、落下の勢いも片手で抑えられ、攻撃機能を全て奪われてしまう。さらにカケルは隕石の内部に輝綫を撃ち込み、隕石が徐々にひび割れていき、青い光が漏れ出た。

 

「……本当に、規格外にも程があるでしょう……」

 

 次々にピシッとひびが入り……そして隕石は粉々になった。破片が地上に被害を及ぼさないようそれすら粉微塵に砕き、飛鳥馬トキ最強の技はここに、片手一本で止められたのだ。

 

「……それで、どうする?」

 

「……っ、ここまで、ですか」

 

 もはや彼女に打つ手はなく、それでも最後まで彼女はリオのボディーガードとして、カケルに近接戦を挑んだ。

 だがその結果は、言うまでもないものだろう。

 

 ここに、キヴォトス史上最大の戦いも終結した。

 だがその内情は、戦いと呼ぶのが憚られる実質的な蹂躙。九条カケルの異質さを、キヴォトスに刻み込んだ戦いとなった。

 

 気絶してしまったトキに、カケルは少し寂しげな顔を見せる。

 

「……君じゃなかったか」

 

 静かにそう呟いた。だがこうしている場合じゃないと、あたりを見回してモモイたちの姿を探し始める。空から地上を見下ろす形で探し、その姿を捉えるとすぐさまそこへ降り立った。

 

「みんな、大丈夫か?」

 

「あ、先……うわああああ!?」

 

「えなに、どうした?」

 

「せ、先生……う、腕、腕が……」

 

 疑問の顔を浮かべながら自分の腕を見ると、黒く焼き焦げている。どうやら隕石を受け止めた時にダメージを受けていたらしい。怖がらせちゃったなと彼は反省しつつ、反転術式で回復する。

 

「それで、みんなは? 大丈夫……大丈夫じゃなさそうだな。切り傷まみれ……今治すよ」

 

「ま、待って! 私なんかよりネル先輩たちの方が重傷だから! 先に先輩を治してあげて!」

 

「分かった」

 

 モモイたちに案内された先では、C&Cの面々に応急手当てされているネルと、その横で座り込んでいる……

 

「ヒナ? 何でここに?」

 

「! 先生!」

 

「はっ、勝ってきたか」

 

「まあね……それにしても二人とも酷い怪我だな。すぐ治すよ」

 

 手をかざして、反転術式のアウトプットを行う。ネルが白い光に包まれ、その傷が次々に塞がっていった。ヒナにも同様のことを施し、肌についた赤い線が消えていく。

 

「おー……さっすが先生! すごいね!」

 

「まあね。他のみんなも治療するからこっちにおいで」

 

 傷の具合はネルが群を抜いて重傷、次点でヒナであり、他の六人は多少の火傷と咬み傷があるだけであまり大きな傷を負ってはいなかった。だから治さなくていいよと否定する六人だったが、それでも万が一があるからと、カケルは自分の意見を押し通して半ば無理やり彼女たちを治した。

 

「……それで、ヒナは何でここにいるの?」

 

「えっと、その……先生の力に、なりたくて」

 

「俺の? ……まさかそれだけで俺のこと追ってきたのか?」

 

 こく、と頷くヒナに目を見開くカケル。すごいなと独り言を呟きつつ、彼はヒナの頭に手を乗せ、そのまま優しく撫でた。

 

「まあでも、ありがとうな。あんなボロボロになって、いっぱい頑張ってくれたんだよな。本当にありがとう」

 

「……子供扱い、しないでほしい」

 

「えっ」

 

 優しく、自分を撫でていた手を跳ね除けるヒナ。予想外の対応に思わず固まってしまうカケルを、ヒナが真っ直ぐに見つめた。

 

「私……私たちは、先生がいなくても怪物を倒した」

 

「お、おう?」

 

「そうだよ! すっごい魚の化け物どもだったんだから!」

 

「だから、私たちのことももっと頼ってほしい」

 

 純粋に、真っ直ぐに、強い思いを持った、綺麗な瞳。それをカケルは眩しそうに見つめる。

 

「私たちは、ただ先生に守られるような子供じゃないから……だから──「ヒナ」

 

 ヒナの言葉を遮った彼は、何かを隠すように明るく笑った。

 

「分かってるって。前も言ったじゃん、頼る努力はしてるってさ」

 

「……」

 

「十分頼らせてもらってるよ……だから、そんな心配そうな顔しないの」

 

 もう一回だけ、彼はヒナの頭を撫でるとモモイたちの方に振り向く。その顔に既に笑顔はなく、真剣な色だけが残っていた。

 

「さて、次はいよいよアリス救出だ。もちろん、モモイたちはついてくるよな?」

 

「当然! そのためにここまで来たんだから!」

 

「了解……C&Cのみんなは?」

 

「私たちもついて行きたいところだが……正直なところ、さっきの戦いでへとへとだ。私たちはここに残ることにするよ。部長は……」

 

「悪いけど、あたしも無理そうだ。傷は治ったけど体が全く動かねー」

 

 そう言葉にするネルは先ほどから寝転んだ体勢のままで、言っていることに嘘がないのはすぐにわかった。彼女はゲーム開発部の面々を「こっち来いチビども」と呼び寄せる。

 

「ネル先輩……」

 

「ここまでやってやったんだ。救出できませんでした、なんて許さねえからな」

 

「! ……もちろん!」

 

「先生も、後は頼んだぜ」

 

「任された」

 

 そう言い切ると、ネルは目を閉じ……すぐに寝息を立て始めた。そんな彼女にお疲れ様、と軽く頭を撫でるカケル。

 

「……それで、ヒナは……正直もう帰った方がいいと思うんだけど」

 

「……ゲヘナの風紀委員長がミレニアムの生徒会長と敵対してる、なんて見られたら大変だから?」

 

「それもあるけど、君は本来関係ない人間だ。これ以上ヒナに負担をかけるわけにはいかない」

 

「私は、私の意思でここにいる。私に何か起きても、それは私自身のせい」

 

「違う、君の傷は俺のせいだよ。君を止められなかった俺のせい」

 

「っ、そんなわけが……!」

 

 その言葉に思わず激昂しかけたヒナ。だが、彼が見せた切ない笑顔に黙らされてしまう。

 

「お願い、ヒナ」

 

「っ──………………分かっ、た」

 

「うん、ありがとう。ネルたちを助けてくれたお礼は、また今度するね」

 

 俯いてしまうヒナのことを、優しく抱きしめた。ぽんぽん、と軽く背中を叩いてから離れ、モモイたちに声をかけて出発する。

 タワーのエレベーターは一つが完全に壊れてしまっていたが、残っていたものはケーブルも壊れておらず、傷もついていないようだったので使うことにした。

 

 しばらく上がり続け、扉が開いたのは……中央タワー、最上階。エレベーターの扉が開いた先で、彼らはとうとう彼女と直に相対することになる。

 

「……先生。とうとう、来てしまったのね」

 

「ああ。アリスを助けに来たよ、リオ」




小話:海孵
陀艮の術式の極の番。初動は遅いが最終的には最強になる群体型まこーら。
魔虎羅と違うのは進化が生物的なこと。身の危険を感じないと全然強くならないし増えもしない。ただ身の危険を感じると魔虎羅以上の速さで成長する。
他にも進化しすぎると逆に欠点が生まれたり(防御特化しすぎて速度が落ちるとか)最終的には術師も制御できなくなったり……良くも悪くも生物的すぎる。

さらに言えばそれ以上にめちゃでかい弱点があるが……それは()()()()()本編で語られます。多分。
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