呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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何だか空が曇ってきた気がするな……?


58. 秘密

 次の日。俺たちはゲヘナ学園をを訪れていた。

 

 俺が知る限りではキヴォトスで一番治安が悪いと言ってもいい学園……そしてその洗礼を、俺は初っ端から受けていた。突如周囲で始まった銃撃戦に巻き込まれ、あちこち銃弾が直撃している。

 

「流れ弾がうざい……」

 

『酷いものですね……本当にここは学園なのですか?』

 

 学園だよ、と弁明しようとしたのも束の間、どこかで大きな爆発が起きた。次いであちこちがさらに爆ぜ、熱風が俺に吹き付ける。

 さらには爆発で壊れた瓦礫が俺の頭に直撃し、痛みはないがめちゃくちゃうざい。

 

「……ちょっとお灸を据えるか」

 

『……』

 

 俺の怒りを感知したせいかケイが押し黙ってしまったが、悪いけど一度後回しにさせてもらおう。俺は次々に騒ぎを起こしている連中の元に向かうと、適度に懲らしめ、二度とやりませんと言うまで詰めた。

 

「「「すみませんでしたぁ!!!」」」

 

「次やったらマジで怒るからね。もう人に迷惑かけちゃダメだよ」

 

「「「はぁい!!!」」」

 

『……既に十分な怒りようだった気がしますが』

 

 ケイの視点ではそう見えたらしい。怖がらせたのは悪かったよ。

 

 にしても、流石に治安が荒れすぎというか……前来た時はここまで酷くなかった気がするんだけどな。ヒナなら何か知ってるか?

 

 と、いうことで連絡をとってみると、俺を探すために長期間風紀委員会がゲヘナを空けた結果、不良どもがフィーバーと言わんばかりに大暴走。その熱が今も冷めていないらしい。

 

『つまりあなたのせいですね。先生失格では?』

 

 何も反論できん。

 

 こうなったのには俺にも原因がある……ということで、俺も不良たちの鎮圧に協力することにした。アコやチナツから情報を貰い、その場所に駆けつけ不良を鎮圧しついでにお説教。こんなことを繰り返した。

 

『……人間というのは、やはり醜い生き物ですね』

 

 ラスボスみたいなセリフを吐いてるケイ。流石にこの惨状には、彼女も思うところがあったらしい。まあ別に俺はそれを否定しない、事実を受け止め、何を考えるかは彼女の自由だ。

 

『あなたはこの有り様を見てなお、何故この生徒たちに寄り添うのですか?』

 

 純粋に疑問、といった風な声色。彼女にはこんなに悪行をしていて、この先ももしかしたらまた悪行をするかもしれない相手を、何故即断罪しないのかが気になるらしい。

 

 俺の意見ではあるけど、どんな奴だって変われると思ってる。どれだけ悪行を積み重ねてようと、どれだけその性根が悪だとしても、もしかしたら変わってくれるかもしれないと考えてる。だから俺は、相手に寄り添い続けるんだ。

 

『……理解不能です。どう考えても非効率的で、非合理的……改心する可能性なんて無いに等しいでしょう』

 

 でも、今お前は俺とこうやって話してるじゃん。

 

『………………それは、そうですけど』

 

 だったらやっぱりこの行動は、生き方は。間違いなんかじゃ無いってはっきり言えるんだよ。

 

『……あなたは、そういう人ですもんね……一日も同じ肉体に同居してれば、流石にわかってくるというものです』

 

 呆れたようなため息が聞こえるが、理解を示してくれる。出会った時とは随分変わったな、なんて思って少し笑いが込み上げてきた。

 

『笑わないでください。不愉快です』

 

 酷くね?

 

 

 

 しばらく時間をかけて不良たちをある程度叱りつけた後、俺はヒナに呼ばれて風紀委員会の部室に向かっていた。廊下を歩いて部屋の前まで来たら、ドアノブを回して扉を開く。

 

「来たよ……ってあれ、ヒナ一人?」

 

「いらっしゃい。来てくれてありがとう」

 

 いつもより心なし柔らかい声色で、笑顔を見せてくれるヒナ。普段の彼女からは考えられないくらい気を抜いている。それだけ心を許してもらってるのかなーと考えて、ちょっと嬉しくなると同時に心が締め付けられた。

 

 座ってちょうだい、と彼女に案内されるまま席に座る。ヒナは何処からともなくお菓子や紅茶を持ってくると机の上に置き、俺とは反対の側に座った。

 

「それで、どうしたの?」

 

「表向きは不良たち鎮圧への感謝……本当は、あなたと二人きりで過ごせる時間が欲しかったの」

 

「それは……光栄、とでも言えばいいのかな?」

 

 机の上の紅茶を手に取り、一口啜る。

 

『……』

 

 何すかそんな不機嫌オーラ出して。

 

『紅茶、というものに興味があります。次飲む時は舌の共有を……というか、そもそも何か食べたり飲む時は常に舌を共有してください』

 

 ……最初にソフトクリームを食べさせたからか、ケイは結構食欲旺盛というか……味に興味関心を持つようになったな。嬉しくはあるんだけどね……ちょっとうざ『は?』

 

「先生? 口に合わなかったかしら?」

 

「いや、ちょっと疲れてただけ」

 

「ああ……数時間も不良を鎮圧していたんだものね」

 

 黙りこくっていたことを不審に思われたが、適当に流す。それに疲れてるのは別に間違いでは無いしな……流石に数時間もやってるとしんどいわ。

 

 それからちょっとしたお茶会が始まった。お菓子をつまみつつ、ヒナと世間話をして過ごす。いろんな話をした中で、当然この前の話も出た。

 

「……この前は、ごめんな」

 

「えっ? な、何のこと?」

 

「いや、エリドゥで……ヒナは純粋に俺を案じてくれてたのに、それを無碍にしたこと」

 

「……そう言うのなら、もう少し私たちを頼って欲しいのだけれど。あなたを救い出すのに手を貸せたのはよかったけど……その後、すぐに何処かに行ってしまうんだもの」

 

「ごめん。でも、実際ミレニアムの問題……まあ世界規模だったかもしれないけど、少なくともあの時点ではミレニアムの問題として収まってたアレに、ヒナを介入させたくなかったんだよね」

 

「……」

 

 俺の言葉を受けたヒナは目を伏せ、その表情が見えない。落ち込ませてしまったかも……とは思うが、ヒナのためにもゲヘナのためにも引くわけにはいかない。

 沈黙を保っていたヒナは、やがて顔を上げた。その目は、俺を真っ直ぐに……見透かすように見ている。

 

「何が足りないの?」

 

「……何の話?」

 

「あなたは、小鳥遊ホシノには心を許している。エデン条約の時だって、アビドスは関係ないのに彼女が介入することを許した」

 

「いやアレはあいつが勝手に……」

 

「でもあの後も彼女をそばに置いていたでしょう? ……なのに私には心を許してくれない。その違いは何? 彼女はあなたの生徒ではなく、友だから? だったら私を友にはしてくれないの?」

 

「……」

 

「私に足りないのは、何?」

 

 必死そうにするでもなく、問い詰めるでもなく、澄んでいる真っ直ぐな瞳でそう聞いてくるヒナ。その精神力には正直脱帽だ。

 

 

 だからこそ、いい加減ちゃんと話すべきかと思った。俺を信頼する彼女に、ちゃんと向き合うためにも。

 

「……ヒナに足りないものはないよ。どうしようもないものを除いて」

 

「どうしようもないもの……?」

 

「時間と立場。はっきり言うけど、生徒である君と今これ以上親しくなるつもりはないし、それを撤回する気もない」

 

「っ……!」

 

 彼女の瞳が大きく揺れる。ショックを受けている彼女から目線が逸れそうになるのを、気合いで押し留めてしっかりと見据えた。

 

「……どうして?」

 

「先生と生徒だから」

 

「私を、あなたの隣に立たせてはくれないの?」

 

「……ごめん」

 

 あまり多く話してしまえば抑えているものがあふれそうで、淡白な返事になってしまう。それを冷たさと受け取ったのか、ヒナの声は弱々しくなるばかり。

 

「……彼女だけは、小鳥遊ホシノだけは例外なのね。彼女だけは、あなたと昔からの付き合いがあるから……」

 

「……」

 

「結局、私は彼女のようにはなれない……」

 

「なる必要はないよ。ヒナにはヒナの、ホシノにはホシノの良さがある」

 

「でも、あなたに頼ってもらえないのなら……!」

 

「……勘違いしないで欲しいんだけどさ。俺はヒナのことちゃんと信頼してるよ。何かあったら頼る選択が出てくるほどには、ちゃんと信頼してる」

 

 実際今回も、ヒナが助けに来てくれた時はかなりほっとした。ホシノだったら間違いなくリオを半殺しにしていただろうから、そこはアロナの英断だったと思う。

 

「だったら、弱さを見せて欲しいの」

 

「無理だよ。俺が先生で、君が生徒である以上は」

 

「っ……だったら、学校を辞めてしまえば──」

 

「ヒナ。それ以上口にするなよ」

 

 勢いのままとんでもないことを口走りそうになった彼女を、威圧して止めた。彼女の体が一瞬ビクッと震えたことに謝罪しつつ、再び話を始める。

 

「……それに君が学校を辞めたとしても、俺にとって生徒のような存在であるのには変わりないよ」

 

「……私は、あなたに救ってもらったのに……救われるばかりで……!」

 

「ヒナは俺のこと助けてくれてるよ。この前だってそうじゃん。ヒナがいなかったら、俺はあそこに閉じ込められたままだったし……ゲーム開発部やC&Cのみんなが死んでいたかもしれない」

 

 言いたいこととズレているのは分かっている。ヒナは俺と対等になって、俺のことを支えたいとそう思っているのは分かっている。

 

 でも俺はそれを許容できない。

 

「もしも……あなたが、私と最初に出会っていたなら…………ごめんなさい。こんなこと考えても、仕方ないのに……」

 

「……確かにホシノはさ、俺のかけがえのない存在だよ。一番信頼してると言っても過言じゃないね」

 

「……うん」

 

「でもさ。俺、ホシノにも話してないことがあるの」

 

「……え?」

 

 明確に驚いた顔をするヒナ。驚きのあまり机から乗り出してくるのを俺が手で収め、彼女はゆっくりと席に戻って行った。

 

「まあ察されてはいるかもだけどね……でも、俺はその話を誰にもしない。万が一聞かれたとしても、答える気はない」

 

「……あなたは、彼女にだけは全幅の信頼を置いているのかと……」

 

「置いているよ……でもさ、これはそういう次元じゃないの。俺の核心的な弱みで……本当に、誰にも見せたくない。見せたら、俺が俺じゃなくなるような……そんな感じ」

 

 先生として生きる以上は、誰にも見せないと押し殺したその弱さ。

 ここで気を許すのは違うから、俺は静かに目を開けると、少し威圧的な、断定する口調で言う。

 

「まあ要するに……はっきり言うなら、もう誰にも本当に気を許すつもりはないんだ。ホシノだろうと、他の生徒だろうと」

 

「……!」

 

「もういいんだよ。もう……十分だ」

 

 自分の言っていることが、ヒナを傷つけるものだということは十分理解している。その上で、俺は彼女を拒絶した。

 余計なお世話……とまではいかないけど、これ以上親しくなるつもりは無い。それが俺の本音だ。

 

「謝ったって仕方ないけど、本当にごめんね。助けられた恩はいつか返すから、何かあったら言ってね」

 

「……分かってる」

 

 椅子から立ち上がって、一瞬出ていくか悩んで……一度ヒナの方に向かう。それから、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「本当に、ずるい人……あなたが頭を撫でるのは、その人を対等と見ていないから」

 

「そう、かもな……俺が優しく誰かを撫でるのは、多分その人と何処かで一線をひいてる証だ」

 

「だったら……こんなこと、して欲しくないのに……それでも嬉しくなってしまうから、私はダメだったの……?」

 

「違う、俺はもう決めてたんだよ。先生になったその瞬間から、もう誰にも本当に心は許さないってさ……」

 

 俺のせいだな。俺が弱くて、時々弱みを抑えきれなかったから……こんな事を起こしてしまった。俺が最初から、弱さを見せない強さを持っていたなら……

 

「それは違う」

 

「……声に出てた?」

 

「言わなくても、顔で分かる……自分を責める顔をしていたから。でもあなたのせいじゃない。私が勝手に踏み込もうとして、拒絶されただけの話よ」

 

「それこそ本当に無責任になっちゃうよ……俺のせいにしてくれ。じゃないと、俺が俺を許せないんだ」

 

 それからしばらく、無言が続く。その間ヒナの頭を撫で続けていたが……彼女が優しく俺の手を止めた。もう大丈夫、ということらしい。

 

「あなたが罰を受けたいというのなら、これからも私とは仲良くして。それが私のお願い……聞いてくれる?」

 

「うん。君がそう望むのなら」

 

「それじゃあ、これからもよろしくね。先生」

 

 別れる前、最後に優しく笑った彼女を……俺は辛がる顔を見せないことでしか、慮ることができなかった。

 

 

 

 

 

『……あなたは何を隠しているんですか?』

 

 ゲヘナ自治区から去った後、ケイがそう聞いてくる。

 それに対して俺は何も答えない。

 

『何故、親密になりたいという彼女の願いを断る必要があるのですか?』

 

 秘密だよ。

 

『……あなたの記憶を覗き見ている時、あなたが先生になる以前の記憶が見えませんでした。あなたの過去に、何かがあるんですか』

 

 ケイ。それ以上踏み込まないでくれよ? 踏み入ったら碌なことにならないからさ……俺を理解しようとする必要なんて、お前には無い。

 

『……』

 

 さ、そんなことより明日のことだよ。明日は……トリニティに行こっか。

 

 


 

 

 そういうわけで翌日やって来ました、トリニティ総合学園。

 相変わらず豪華絢爛、というか……きらきらしていて眩しいというか……お嬢様学校、という感じだな。

 

『ゲヘナ学園とはずいぶん対照的ですね……この二校が対立しているのも少し理解ができます』

 

 対立って言うよりはウマが合わないって感じだと思うけどね。最近はお互いに歩み寄る努力もしてるし、そこまで険悪ではない……と思う。

 

 さて、トリニティでは何をしようか……と考えてると、突然視界が塞がれた。びっくりして立ち止まると、「だーれだ!」と無邪気な声が聞こえてくる。

 

「その声は……ミカか」

 

「大正解! さっすが先生だね!」

 

 振り向くと、天真爛漫に笑うミカ。相変わらず元気な様子に思わず安堵の息が漏れる。

 

「久しぶり、どうしたの?」

 

「えへへ、先生を見かけたから驚かせようと思って! 先生は何しにきたの?」

 

「んー、観光? ちょっとした暇つぶしというか」

 

「暇つぶし……じゃ、じゃあさ! 私も一緒についていっていい?」

 

「もちろんいいよ。それじゃ、行こうか」

 

 ミカを連れて再び歩き出す。何処か行きたいところはないかと聞くと、気になっているカフェがあるとのことで、一緒に向かうことになった。

 

『カフェ……なるほど』

 

 何がなるほどだよ。お前食い意地張ってるだけだろ。

 

『黙りなさい。あなたは私に舌を共有するだけで良いのです』

 

 全く、誰のせいでこんな食べたがりになったんだか……

 

 何やら頭の中で騒がれてる気がするが、一度無視して現実に意識を向けた。件のカフェに到着した俺たちはそれぞれ好きなものを頼み、品物が来るのを待つ。その間はミカと色々話した。

 

「先生は最近元気?」

 

「元気だよ。そっちは?」

 

「私も元気! 最近はようやく寮の生活にも慣れてきてさ〜……ってあれ、そもそも先生に今私が寮で生活してること言ったっけ?」

 

「モモトークで送ってきたじゃん。ティーパーティー除籍になったからみんなと同じ風に過ごすようになったよーって」

 

「あ、そうだったそうだった。それでね、私の部屋なんだけど夜は星がよく見えて……」

 

 マシンガントーク、とでも言うのかな? 最近あったことや不満に思ったこと、面白かったことなどを次から次に途切れることなく話すミカにちょっと驚きつつも、その都度ちゃんと相槌を打って聞いていく。

 

『スイーツはまだですか?』

 

 ええい黙っていなさい。同時に二人の話は聞けないんだよ!

 

『……そういえば昨日のことなんですけど、あなたが遊園地に行った時……』

 

 ちょ、何で話すの? 二人同時は無理だって言ったよね、ってかもしかして怒ってる? 何で……あっちょっマジで頭がパンクする!

 

「それでね、そしたらナギちゃんが紅茶を飲みながらスライドしてきて……って、先生話聞いてる?」

 

『それであの時確かアリスとよく喋っている生徒がいて、一人で遊具に乗っているあなたのことを目を見開いて見ていたんですよね……聞いてますか?』

 

「……あっミカ、頼んだもの来たよ!」

 

 スイーツがやってきたので、一度話を切って食べることに集中し始める。ミカがちょっと不満そうな顔をしたが、流すためにミカのも食べてみたいというとすぐにぱあっと顔を明るくしてくれた。

 

 ミカが気になっていた、と言うだけあってなかなか美味しい。二つの品物を味わえて頭の中の同居人さんも満足そうな感情を浮かべているのが分かった。ミカもとても満足そうなので、セーフだろう。

 

 そうして顔を緩めていると、お店の扉が開く。それだけなら別に気にしなかったんだけど、聞き覚えのある声がしたのでそちらを振り向いた。

 

「おや、ミカと……先生か。こんなところで会うとは、偶然とはかくも面白いものだね」

 

「え、セイアちゃん?」

 

「ん、セイアか」

 

 俺たちに同時に呼ばれたセイアは狐耳をぴょこぴょこさせると、店員さんに「彼女らと相席にしてくれ」と言ってナチュラルに俺たちの席に座ってくる。

 

「珍しいね、セイアちゃんがこんな所にいるなんて……もしかして暇なの?」

 

「相変わらず短絡的だね、ミカ。仕事を終わらせてきたという可能性は考慮しないのがずいぶん君らしい」

 

「それって喧嘩売ってるってことでいいのかな?」

 

「それこそ短慮の極みだね」

 

『……何なんですかこの人たち。仲が悪いのに何故わざわざ応対しあっているのですか』

 

 心底理解できない、とでも言いたげな呆れた声のケイをまあまあと諌め、二人の動向を見守る。お互いを見つめあって、側から見れば火花を散らしているように見える彼女たちだが……少しすると、同時にぷっと吹き出した。

 

「あはは、セイアちゃんは相変わらずだね! そのナチュラルに人を煽る癖、やめた方がいいって言ったじゃん」

 

「それはこちらの台詞だけどね。君こそ碌に思考もせず思ったことを脊髄反射で口にする癖はやめた方がいい」

 

「あ、それそれ! その複雑で長ったらしい言い回ししないとセイアちゃんって感じしないんだよねえ……久しぶりに聞けてよかった!」

 

「全く、君というやつは……それで褒めているつもりかい? ……まあそんな所も、君らしいと言えば君らしいが」

 

 言葉のまま聞けば、煽り合っているようにしか聞こえない会話。でも二人は笑顔で語らっていて、とても楽しそうだ。

 

『……何故、あの二人は……相性が悪そうなのに、あんなにも笑っていられるのですか?』

 

 人との関係はそう単純じゃ無いってことだね。相性が悪いからこそ、逆に仲良くなれる……その例の一つがあの子達なんだよ。

 

『相性が悪いからこそ……』

 

 そ、別に世界の全ては白黒はっきりついてるわけじゃなくて、好きと嫌いが混ざることもある。お前だって知ってるんじゃないか? お前のことを恐れながらも、分かりあおうと歩み寄ってきたアリスのこと。

 

『……アリスは……私はアリスと、和解できるのでしょうか』

 

 できるよ。お前が和解したいとそう思ってるなら、間違いなく。

 

 ケイはアリスのために作られた存在で……だからこそ、アリスに拒絶されたことを辛く思っていた。そしてケイはアリスと和解しようとしているけど、それはそういう存在だからじゃなくて、自分で考えてアリスと和解しようとしている。

 

 その事に彼女の確かな変化を感じて、俺は満足そうに笑えるのだ。

 

「先生! 話聞いてた!?」

 

「……え? あー、悪い。全然聞いてなかった」

 

「どちらがナギサに好かれているか、という話をしていたのだよ」

 

「当然私だよね!? だって私ナギちゃんの幼馴染だし……すっごい昔からの仲なんだよ!」

 

「関係というのは時間で決まるものでは無いさ。ティーパーティーの同胞として、今現在二人三脚で頑張っている私の方が好かれているに決まっているだろう」

 

「いやいや、私もティーパーティーだったし! 今は除籍されてるけど……でも私の方が仲良いって!」

 

「先生はどう思う!?」「先生はどう思うかな?」

 

「………………二人とも仲がいいって事で手打ちにしないか?」

 

『本当に仲が良いんですか、この二人?』

 

 はぐらかさないで、と二人に詰め寄られている俺は、そんな呆れた風のケイの声に応えることはなかった。

 

 

 

 あの後結局、どっちも好かれてると結論づけた後逃げるように店を後にした俺は、この後どうしようかと再び街をぶらついていた。

 

『先生だというのに生徒の悩み一つに寄り添えないとは……』

 

 何も反論できないのでやめろください。

 

 それはともかく、本当に次はどうしようか。今までケイに見せてきたもの……それとは被らないような、新しいものを見せてあげたい。もっと見識を広めて、色々と考えられるようになって、それで……

 

 必死に頭を絞る中、ケイがどこかいつもより落ち着いたような声色で話しかけてきた。

 

『……別に、無理に特別なものを見せようとする必要はありません。そもそも昨日あなたが言っていましたが、私に世界を見せるというのなら普遍的な日常を見せるのが筋では?』

 

 むむ……まあ正論というか、ケイがそう言うならそれでいいんだけど……いいの?

 

『今のニュアンスでダメだと思うのですか?』

 

 可愛げのない返事だな。

 

『私に可愛げを求める方がおかしいでしょう……』

 

 今更何を『は?』……この話は不毛だな。終わりにしよう。

 

 特別なものを見せなくてもいい、ということを改めて念頭に置いて歩き始めた俺は色々なものをこの目に映していった。友達と一緒に帰る生徒たちや、誰かの悪口をいう子だったり、公園で遊んでるまだ幼い子供に、トリニティの街並みや空の色まで隅々と。

 

 そうして世界に広がる日常を見ていると、安心するような感情が込み上げてくると共に、この日々を守らなければいけないとも強く思う。

 

『この平々凡々とした風景にそれだけの価値があると?』

 

 こうした何でもない日常こそ、本当に価値があって尊ぶべきものなんじゃないかな? その価値観を無理に押し付けはしないけど……俺はこの風景を、守らなきゃいけない。

 

『……』

 

 お前がどう思うのかは知らないけどさ。大事なのはこの景色をみて思ったことを、自分の考えとして貫くことだ。私は世界を滅ぼすための生まれたから何が起きてもこの世界を滅ぼします……なんて、存在理由には縛られないでよ?

 

『……耳にタコができるほど聞かされたことです、流石に理解していますよ』

 

 それならいいけど。

 

 

 

 そうしたことを続けて、気づけば日が暮れそうになっていた。赤く染まった空を眺めながら、そろそろシャーレに帰るかとトリニティから出ることにする。

 

 帰り道は思ったより静かだった。ケイはずっと黙ったままだし、俺から干渉することもない。普段と変わりないと言えばそうなんだけど……たった三日で、こいつと一緒にいる日常にずいぶん慣らされていたらしい。

 

 アリスに返したらちょっと寂しくなるな、なんて……思ったより感化されてるわ。やっぱ魂を同居させてるといろいろバグるなあ。

 

 自嘲気味に笑いつつ、夕焼けを眺めて明日のことへ思いを馳せる。明日は何をしようか?

 

『……ずいぶん楽しそうですね』

 

 そう? ……まあ、楽しいかもしれないな。どことなく懐かしいし……

 

『懐かしい?』

 

 あー、悪い。今のなし。

 

 

 ともかく、明日はどうしような。ケイは……ケイちゃんはどっか行きたい場所とかある?

 

『ケイちゃんはやめてください。何でわざわざ言い直したんですか』

 

 まあまあいいから、ほら。ケイが行きたい場所があるなら何処にでも飛んで行くよ?

 

『……別に私は、あなたが行きたいところについて行くだけですよ』

 

 そっかあ……じゃあ、明日はアビドスに行こう。俺の実質的な故郷を、せっかくだし知ってもらう。いつかお前が自分で動けるようになったら、アビドスに来たいって思えるようにな。

 

『……私はいつか、自分だけの体を手に入れることができるのでしょうか』

 

 できるんじゃない? 俺は少なくともそう思ってるし……それに手に入れられなくても、また俺と一緒に来ればいい。

 

『それはお断りします。誰かと来るなら、せめてアリスとです』

 

 つれないねえ。

 

 


 

 

 帰宅したカケルは、晩ご飯や風呂を済ませるとすぐに就寝した。そうしてカケルが意識を無くすと、ケイはこっそり動き始める。

 

 カケルが何かを隠しているのは明らかだった。その中でも特に、自分に構う理由……それがどうしても気になっていた彼女は、彼の肉体に同居し始めたあの日から、ずっと記憶を探っていた。

 

 彼の記憶を改めて深く覗き込むため、生得領域の中を歩き回っていく。心と脳、そして魂は強い関係で結ばれており、今回の場合彼の記憶を覗くために生得領域からアクセスするという手順を踏んでいるのだ。

 

 空を見上げれば、太陽と月が輝いているのに星も大量に輝いている夜空という、現実離れした光景。あたりを見回せば心地よい乾いた風が吹く砂漠……彼に言わせれば鎖漠らしいが。

 事実、砂ではなく細かい鎖が敷き詰められているので鎖漠ではあるのだが……細かいところで強情だなと彼女は思っていた。

 

 生得領域はその人物の心象風景。この満天の夜空と鎖漠が彼の何を表すのか……そんなことを考えながらも、彼女は歩いていく。

 

 

 

 そうして彼女は、ようやく見つけることとなる。彼が先生になるより前、覆い隠し続けたその秘密を。それは、青く輝く涙のような星だった。

 その光に惹かれるように、彼女は手を伸ばし……

 

 

 

 そして、誰も知らない彼を見ることになる。




小話:カケルくんの親密度
生徒というだけで初手ロックがかけられる。MAXが100だとすると、生徒は90が限界で、ヒナはもうそこに到達してる。
ちなみに90超えをあげるとホシノが95くらいで、黒服は(加点方式なら)91。過去の例だとユメ先輩は97くらいで、先生は100までいった。

そして今ここに新しい90超えが誕生しようとしている……二心同体ボーナスとかいうバグ技と、元々敵だったのが効いてる。一部例外を除き最初から仲良いと逆に上がりづらいんですこいつ。



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