呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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自浄自縛:造語。元となったのは恐らく自縄自縛と自浄。

自縄自縛は自分の心がけ、言葉、行いのため自由な動きが取れず苦しい立場になること。
自浄は自らを清めること。また自身の力で汚れや誤りを正すこと。

つまり自浄自縛とは、自らを正そうとして自らを縛り付けることだと解釈できる。


0. 自浄自縛

その少年は孤独に愛され、世界を憎んでいた

 

 

 

 

 

 物心ついた時には、その少年は既に路地裏に住んでいた。ボロ切れを着て、汚れた肌を惜しみなく晒すその姿は、誰が見ても孤児。親も友もおらず、だというのに誰から学んだのか、ゴミ箱を漁って食糧とも呼べぬゴミを食べて生きる毎日を過ごす。

 

 そこに目的意識などなく、ただ生物として備わった生存本能が彼を生かす原動力。生きなければという強迫観念に襲われて、生きるために生きる毎日だった。

 

 しばらく経つと、彼はとある施設に拾われる。身寄りのない子を集めるその施設は、しかしどこか殺伐としていた。壊れかけた照明に、くすんだカーペット。1世代前のおもちゃたちと、汚れた衣服。

 

 それでもそこにいる子供たちは同じ境遇だったので、友情と呼べるものを築き上げていた……ただ一人を除いて。

 

 少年は異端だった。周りは皆女子だというのにただ一人男子で、誰にでも一応はいた親の記憶すら無く、何故か生き延びてこれたバケモノ。

 

 部屋の隅でただ彼女らを眺めるだけの彼に、誰も声をかけることはない。

 その瞳は宵闇のように暗かった。

 

 

 

 しばらくすると、少年も小学校に上がれることになった。施設が学費を出してくれたその学校はとても治安が悪かったものの、行かせてもらえるだけありがたいと、既に大人びていた彼の脳みそは冷静に思考する。

 

 新しい環境で、少年は友達を作ろうと色んな人に話しかけたが……誰も友達になるどころか、まともに相手してくれることさえ稀。施設上がりの親なしと馬鹿にされ、体の構造が違うと気味悪がられ、その癖とても頭がよく、運動もできるのが気に入らないと学校中で嫌われた。

 

 それでも諦めなければ誰かと仲良くなれるはずだと、必死で誰かに関わろうとすればそれを馬鹿にし、面白がった者たちにいじめられる。毎日を苦痛の中過ごして……それがある日、白黒反転した。

 

 いじめっ子たちが血まみれで横たわっている。呆然と自分の手を見やれば拳に血がこびりつき、服は返り血で赤く染まっていた。

 

 

 そして少年は悟る。自分は誰とも関われないし、関わってはいけないのだと。

 

 

 次の日から、人々の嫌悪は恐れへと変わった。目が合うことすら無くなり、教師も彼を受け持つのを嫌がり、そもそもいないものとして扱おうとしてくる。

 

 それを少年は粛々と受け入れるのみだった。

 

 

 

 中学生になった。少年はもはや誰とも関わろうとしない。一人で黙々と万事をこなすその姿……そして皮肉なことに、それが逆に他人の興味関心を引いた。

 

 淡々とテストで満点を取り、驚異的な力を見せ、誰をも寄せ付けない一匹狼として彼は大きく話題になる。キヴォトスでは珍しい男、親がいないのにすごい、綺麗な瞳をしている。たくさんの賞賛が彼に届いたが……その時にはすでに遅かった。

 

(同じ言葉で貶してきたくせに……都合がいい塵どもが)

 

 彼の目には、近づいてくる少女たちが酷く薄汚い肉塊のように見えていた。人に対する不信感は強まり、他人をより激しく嫌悪するようになる。

 

 少年の心はひどく歪み、呪いを宿した。其は呪いの王が如く。

 

 

 

 高校進学を考える時期。彼は自分の周りに集まる塵を鬱陶しく思い、人がいない所へ行くことにした。そこで彼はアビドス高等学校を知る。人口減少が進み続けるアビドス、そこにあるただ一つの高校……生徒数は全校でも二桁。まさにうってつけだった。

 

 そうして少年はアビドスにやってくる。人のいない静かな場所を求め、ただ平穏に生きるべく。

 そして望み通り、彼は一人になった。誰も彼もが自分のことに手いっぱいで、自分に関わってこない環境……だというのに、心にかかった霧が晴れない。

 

 夕焼けに染まる世界に手をかざせば、何もかもが消える光景を幻視する。

 

(この臓腑に蠢く呪詛を吐き出せば、少しは楽になるのか。この目に映る世界を、壊してしまえば……)

 

 夕焼けに染まる空は血のように見え、吹き付ける風は生温く感じられる。

 誰かが笑い、誰かが喜び、誰かが幸せでいる。生きていることを祝福される者たちが生きている。それだけで、どうしようもない嫌悪感が腹の底より湧き出てくるのだ。

 

 

 自分だって、生きてて良いと言われたかったのに。

 

 

 

 

 

「……寂しそうですね」

 

 そして少年は、運命と出会う。

 

 自分のことを一目見て「寂しそう」と、彼でさえ忘れていた原点を見抜いてくれたホシノ。自分の境遇を聞いて、泣きながら抱きしめてくれたユメ先輩。

 

 本当に自分を見てくれて、愛してくれて、生きることを祝福してくれる。カケルの生きる意味となった、二人。

 

 人として大切なことはすべて二人に教わった。

 

「わー! カケルくん、落ち着いてよ!」

 

「何でですか? こいつらあなたのこと三度も騙したんですよ? それに引っかかる先輩も先輩ですけど、それ以上にこいつら殺した方が早いですって」

 

「どんな悪人でも、殺すのはダメ!」

 

「何でですか。こういう悪人は変わらないですよ」

 

「ううん、そんな事はないよ。どんな人だって、変われるチャンスはあるんだよ!」

 

「……俺を見て、それ言います? 今こいつらを殺そうとしてる俺を見て……」

 

「でも、まだ殺してないでしょ?」

 

「…………はあ、分かりましたよ。先輩に免じてこいつらは逃がしてやります」

 

 

 

「何だよホシノ。急に屋上なんかに連れてきて……」

 

「ぐだぐだ言ってないで、ほら。いい景色でしょう?」

 

「……だから何だよ。こんな時間あったら金稼ぎしたいんだけど」

 

「あなたは本当に物事を楽しまないというか……人生楽しいんですか?」

 

「喧嘩売ってる?」

 

「そういう話じゃありません。こんな景色一つとっても、生きる目的になるんです。あなたの場合なら、無闇矢鱈に壊さない理由にも。この前も建物を壊しまくってましたが……こういうのを見ると、壊すのが惜しくなりませんか?」

 

「……何が言いたいのか分かんないんだけど」

 

「はあ……あなたはよく無価値だ何だと言ってますが、そんな事はないって話ですよ」

 

「ふーん……?」

 

 

 

「カケルくん、最近もの壊さなくなったよねえ」

 

「まあ、ちょっと思うところがありまして」

 

「えへへ、やっぱり変われたね! 今のカケルくん、すっごく優しい目をしてるよ」

 

「……そんなことないですよ」

 

「そうかな? ……カケルくんみたいないい後輩に巡り会えて、私幸せだなあ」

 

 そう笑う彼女に、何度救われたのは自分だと思ったことだろう。

 

 二人を守るために生まれたのだと思った。二人と出会うために生きてきたのだと思った。二人のためなら自分の苦しみは気にならなかったし、全てのことを許せた。

 

 

 あの二人を守れるなら、死んでも良かったのに。

 

 

 それは、ホシノとユメ先輩が喧嘩した日のことだった。珍しくユメ先輩と直で話したくないというホシノの意図を汲んで、彼はユメ先輩の元に歩いて行っていた。

 

 ホシノと話していたせいで、彼女を見失っていた彼は周囲を見回しながら歩き回り……遠くの砂漠で、雷が落ちているのを目撃する。

 嫌な予感が全身を貫き、彼はすぐさまその場所へと向かった。

 

 そこで見たのは、鉄のような何かでできたパーツを青い雷で繋ぎ合わせている異形の怪物……そしてそれと戦っているユメ先輩。

 

「先輩!」

 

「……!? か、カケルくん!? なんで……ここにいたら危ないから、逃げて!」

 

「逃げるわけないでしょう! 一緒に戦います!」

 

 後から知ったことだが、その怪物は「セトの憤怒」と言い……生徒二人で太刀打ちできるような相手ではなかった。

 時間が経てば経つほど、自分たちだけ傷が増えていく。このままだと二人とも死ぬと悟った彼は、ユメ先輩を生かすことを優先した。

 

「先輩、逃げて増援を呼んできてください。アビドスだけじゃなくて、連邦生徒会にも連絡して」

 

「逃げるって……カケルくんは!?」

 

「俺は足止めしときますから。早く」

 

 言いながらも、彼女が簡単に逃げないことは彼も知っていた。だからすぐさま彼は彼女に手をかざし、青白い光を放出する。

 

「──カケルくん!!」

 

 悲鳴のような声が聞こえても、彼は振り向かない。ただできるだけ戦って、時間を稼ぐだけだ。そう思ったのも束の間、上空から青い光が彼を照らし出す。

 

(……死んだな。けどまあ、悪くはない人生だった。この時のために、きっと俺は……)

 

 ドン、と勢いよく体を押される。呆然と振り向けば、全力で走ってきたユメ先輩が、自分の体を押していた。さっきまでの自分の位置に割り込んだ彼女は、最期に笑う。

 

「ごめんね──」

 

 そうして、彼を襲うはずだった雷が彼女を襲う。ジグザグに枝分かれした模様が彼女の体に刻まれ、そして倒れ伏した。

 

「……ユメ先輩?」

 

 声をかけても起き上がることはない。

 

「なん……は? なんで、おれなんかのこと…………なんで……せんぱい、おきてくださいよ……」

 

 敵の前だというのに、カケルは彼女の亡骸を抱えて、呆然としていた。何度呼びかけても返事が無いのを理解したくなくて、周りの音が聞こえなくなるほど呼びかけた。

 

 青い光が、再び彼を照らし出す。そして──

 

 


 

 

 目が覚めると、知らない場所だった。

 

 どうやら駅のホームのようだ。彼以外には誰もおらず、霧に包まれているような不思議な雰囲気がある。

 

 静かなホームの待合席の一つに彼は座っていて、そしてその目はとても虚ろだった。夜を彷彿とさせる瞳は、暗闇に閉ざされている。

 

 ここがどこかは、何となく理解していた。同じように生きようと思えば生きれるのも、死のうと思えば死ねるのも、何となく理解はしていたが……彼はそのどちらも選ぶことはなく、座り続けることを選ぶ。

 

 体感で恐らく数年は座り続けたが、その間彼が動くことはなかった。

 

 

 

(……憎い)

 

 気の遠くなるような時間の中、そんな思いが心に生まれる。

 

(なんで守れなかったんだ。なんで庇われたんだ。なんで、あんな化け物が……なんで。なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで……)

 

 ……二人と過ごして遠くに消えたはずの考えが、もう一度浮かび上がる。

 

(俺のせいか。俺が生きていたから、先輩は死んだのか)

 

 そう思ってしまったのなら、もう一人では戻れない。

 

(じゃあ、俺が死ねばいいか)

 

 気づけば、電車が停まっている。どこか遠くへ連れて行ってくれるだろうその電車に乗るため、立ちあがろうとした時のこと。

 

 

 突然、自分以外に誰かが隣に座ったのが分かった。反射的に目を向けると、人間の大人のようだ。身体中に傷がついていて、ノイズのように黒く染まっている。

 

「……なにが、起きたんだ……?」

 

 大人はゆっくりと辺りを見回すと、隣に座っていた彼に目を留める。少しばかりその瞳を大きくすると、震える声で問いかけてきた。

 

「君、は……」

 

「……」

 

「君も……私のせいで、死んでしまったのか……?」

 

「……? 何のこと……ですか?」

 

 その大人の瞳をよく見てみれば、何故かは分からないが震えていて……その瞳に見覚えがあったような気がして、彼は大人ともう少し話してみることにした。

 

「あなたも死んでここに来たんですか?」

 

「そう、だね……もしかしたらそうなのかもしれない」

 

「もしかしたらって……さっきから要領を得ないんですけど」

 

「ごめんね……でも、少し安心したな。この話が分からないなら、君は私のせいで死んでは……」

 

 突然大人の顔色が悪くなり、黙り込んでしまう。様子の変わった大人に疑問は抱くものの、そこまで踏みこむような関係でもないと考えて、黙って見守った。

 

 少しすると大人の顔色も普通のものに戻る。それからしばらく沈黙が続いたが……大人は突然、ぽつりぽつりと話し始めた。

 

「君が、いいと言ってくれるなら……少しだけ、私の話をしてもいいかな」

 

「……まあいいですけど」

 

「ありがとう……私は、先生をやっていたんだ」

 

 大人は生徒たちを導く先生だった。どんな苦境に立たされようと、生徒を信じ、生徒のために生きて、生徒のために命を燃やす。

 

 だというのに、どこで間違えたのだろうか? たった一つの事故が全ての運命を変えてしまった。その事故から連鎖するように、全ては最悪へとなってしまった。

 

「……ここから先は、私にも思い出せない。ただ一つ記憶にあるのは……私が、生徒を殺してしまったという事実だけ」

 

「……」

 

「守るべき生徒を殺し……ならばせめてと残っている苦しむ生徒を救うこともできず……私は、先生失格だ。どれだけ生徒が苦しんでいても、今の私にはどうすることもできない……私は、何のために生きてきたんだろう……」

 

 酷く濁った瞳で、大人は虚空を見つめる。自分が憎くて……そしてそれでも何もできず、無気力で、朽ちていくだけの命。それを少年は知っていた。目の前にいるのが、鏡に映った自分のようで……その事実に、なぜか心が動く。

 

 自分よりも、酷い境遇かもしれないと思った。弱さから失った自分とは違って、その大人は自分の手で殺してしまったらしいから。なら、それはどれほど苦しいものなのだろうか。

 

 そして、それなのに。

 

「……いや、私のことなんてどうでもいいんだ。私は、生徒を救わなければ……」

 

 どうしてまだ、目に微かな光が灯っているのだろうか。

 

(そっか……死んだ人に報いるためにも、生きていかなきゃいけないのか)

 

 そうして少年の瞳にも、大人から継がれるように微かな光が灯る。

 

 

「俺が、代わりにやります」

 

「……え?」

 

 気づけば言葉に出ていた。一拍遅れて自分の口にしたことに気づき、慌ててその意図を説明する。

 

「あ、その……俺、俺も、同じ感じで……でも、俺はまだ多分戻れるんです。だから戻って、あなたの代わりをやって……それで、俺はあなたを助けたい」

 

 何故、そんな言葉を投げかけたのか。その時の少年は自分を客観視して理解する。

 

 先輩を殺した自分が楽に死んでいいはずがない。先輩を殺してしまったのなら、あの人のように人々を救わなければいけない。殺した報いを、一生賭けて償っていかなければいけない。

 

 そんな、歪み切った無数の自縛。

 それなのに、その時の彼の目はとても綺麗に澄んでいて、笑っていたのだ。

 

「……代わりにって……まさか、先生を?」

 

「はい。俺があなたの代わりに先生になって……それで、生徒のことを助けられたら、あなたも少しは救われるんじゃないかって……」

 

「な……そんな、馬鹿げた論理を……」

 

「うっ……や、やっぱダメですかね……?」

 

 カケルが頑張ったところで、自分の生徒たちが救われるわけではない。でも、それでも……もしも彼に責務を託して、彼が数多の生徒を救ったなら……自分も、少しは頑張れたと言えるのだろうか?

 

 そんな楽な思考をしている自分の頬を、大人は全力で叩く。

 

「君も生徒だろう……! なのに大人の私が諦めて、君に任せるなんて……!」

 

「いいんです。いいんですよ……俺だって、誰かの役に立たなきゃ、ユメ先輩に顔向けできない」

 

「それを言うなら、私だって……こんなところで諦めては、生徒たちに顔向けができない……!」

 

 しかし、どれだけ決意を固めても大人は自分の体に戻れないことをなんとなく理解していた。ではこのままこの此岸と彼岸の狭間で、魂が朽ちるのを待つしかないのか。

 

 このまま死んでいった生徒に報いもできず、死ぬしかないのか。

 

 そんな時に、カケルの姿が目に入る。今すぐにでも、自分のために過酷な道を歩もうとしている彼を見て……一つだけ思いついた。

 

「……君の、名前は」

 

「……? 九条カケル……」

 

「なら、カケル。私を連れて行ってくれないか?」

 

「……はい!?」

 

「魂だけになろうとも、君と共にあり続けて、君を側で支える。戻ることができない今、私にできるのは……未来に目を向けて、君に付き添うことだけだ……」

 

 本当に悔やむ様子を見せる先生。結局生徒任せになってしまう悔しさ、自分の生徒を救えない無力感。それでも、まだ生きれる以上は生きて生徒たちに報いなければという使命感。

 

 それら全てを感じて……カケルはとても綺麗で歪んだ笑顔を浮かべる。

 

「……はは。俺の隣にいてくれるんですか?」

 

「うん……生徒のため、そして君のために」

 

 そしてカケルは先生の手を取った。離れないよう、できる限りの力でお互い握りしめて……そうして二人は意識が薄れる感覚を感じながらも、笑う。

 

「……ありがとうございます。先生」

 

 

 

 

 

 自分の体に戻ろうとも、致命傷であるのは間違いなかった。雷に打たれ体はボロボロ、心臓も弱々しく拍動している。

 

 だがその死に際で掴むのは、新しく得た力である呪力と……その核心。

 

 倒れた状態からセトの憤怒を睨んだ彼は、そのまま一切の躊躇なく全呪力を使って魂ごと攻撃。意表をつかれた攻撃、そして意図的に防御しなければ裸同然の魂への攻撃……セトの憤怒が、壊れる。

 

 魂も記号も失い、バラバラになった空っぽのパーツたち。それに目もくれず、彼はどこか遠くを見据える。

 

『……カケル』

 

「先生、行きましょう。止まってる時間はないです」

 

 それから、二人で過ごす日々が始まった。

 

 魂だけとなった先生と二心同体で過ごす日々。それは辛くもあったが、同時に楽しくもあった。

 基本は、先生が言う二年後に備えて心持ちや肉体を鍛える時間だった。先生と繋がったことで得た呪力や、神秘全てを失って得た無制限の出力……それらに慣れるには、時間が必要だった。

 

 体が寝ている間は先生から直々に心構えを教わったりもした。たまに雑談で先生が前いた世界の話や、そこであったこと……寝ても起きても先生とずっと話していてたまに倒れる時もあったけど、カケルはその日々に確かに幸せを感じる。

 

 ある時には煮詰めすぎだ、と先生に諌められて遊園地やお祭りに行って楽しんだり、新技を開発したら一緒に喜んで改善点を探したり、郊外で共に星を見て過ごしたり……時には一日中話しているだけの日もあった。

 

 先生と過ごす日々は、二人と過ごした日々と同じくらいかけがえが無くて……カケルの荒みかけた心を、また少しずつ癒していった。

 

「先生は、この世界が好きですか?」

 

「うん? 急にどうしたの?」

 

「いや……色んな場所を訪れるたびに、あなたが楽しそうにしているので。好きなのかなあって……」

 

「まあ、そうだね。好きという言葉で表せるほど単純ではないけど……そういうカケルはどうなの?」

 

「……分かりません」

 

「だったら、分かるまで私と色々見てみよう? それから君なりの答えを出せば良いさ」

 

 優しく笑ってそう言ってくれる先生のことが、カケルは本当に大好きで……先生といる時は、自然と笑えるようになっていた。

 

「俺、先生がいてくれて良かったです」

 

 

 

 だけど、やはり彼はどこまでも孤独に愛されている。

 

 先生と過ごすようになって半年が経つころ、先生の口数は少なくなっていた。生得領域で会った時にも元気がないように見え、何かあると思ったカケルは先生を問い詰める。

 

 先生は答えることを渋ったが……やがて根負けし、答えた。

 

「……魂が、摩耗しているんだ」

 

「……は?」

 

「多分、この魂に纏わりつく黒いもの……恐怖(Terror)と呼ばれるもののせいだと思う。ゆっくりと、自分の存在が消えていくのを感じるんだ」

 

 それはさながら不治の病だった。消すことも治すこともできず、ゆっくりと死に向かっていく魂。

 

「……なんで、黙って……ふざけんな! なんで、あなたまで……!!」

 

 力強く振りかぶったその腕が、先生の胸に叩きつける時には既に力を失っている。縋るように先生の服を握りしめる彼を、先生は見ていることしかできない。

 

 無言で目を逸らしてしまう先生。その気持ちも痛いほど分かってしまって、もう声を荒げることもできないで……カケルは俯き、か細い声で問うた。

 

「……あと、どれくらいで消えちゃうんですか」

 

「多分……半年後には、もう」

 

「俺のこと、置いて行っちゃうんですか」

 

「ま……まだ、そうと決まったわけじゃない。半年もあるんだ。何か対抗策が見つかるかもしれない……だから……だから、そんな顔をしないでくれ」

 

 その日は、二人がそれ以上話すことはなかった。

 

 それから二人はただ訓練するだけではなく、先生を救うための方法も探すことになる。だがどれだけ各地を巡ろうとも、何も得ることはなく……

 

 できたのは、魂に反転術式をかけることによる延命だけだった。だがそれもあくまで延命……反転術式で魂を治す時には、明確に魂の形を意識しなければいけない。

 要は魂の形を覚えていなければ、魂を治せないのだ。

 

 最初は完璧に治せても、時間が経てば経つほど治せない傷が増えていく。記憶から魂の形が消えていくのが、先生の存在そのものが消えていくようで、毎日恐怖から吐き気を催していた。どんどんと口数が減っていって元気がなくなっていく先生の姿に、何度も叫びそうになった。

 

 毎日毎日、少しずつあなたの体が消えていく。

 

 

 そして、その時は来てしまう。

 

 

「……私は、なんて情けない大人なんだろうね」

 

「失敗し続けて、その果てに心が折れて、私の使命を君に背負わせてしまって、そして……最後の約束すら守ることができないなんて」

 

「私は何も責任を果たせない、どうしようもない大人だ」

 

「せめて最期は先生らしく、君に自由に生きてと伝えたかったけど……私には、もう無理だ」

 

「君は私の最後の希望なんだ。だから、だからどうか」

 

「どうか、生徒たちを守ってくれ」

 

 

 

 

 

 そして、少年はまた一人になった。

 

 何も考えないように、カケルは毎日必死に修行に打ち込み続けた。新技を開発しても、ミスをしても、自分の中に声が響くことはなく……それがいつしか日常になって、塗り替えられる。

 

 

だからもう、寂しさなんて感じないよ

そんなわけないだろ

 

 

 

 ユメ先輩、なんで俺のことなんて庇っちゃったんですか。俺なんかのこと抱きしめてくれて、泣いてくれたあなたが、どうして。俺のことなんて気にせずに、逃げて、生きてくれればそれだけで良かったのに。

 

 先生、一人にしないって言ったじゃないですか。なんで俺のこと置いていっちゃうんですか。生徒のために、俺のために生きてくれるんじゃなかったんですか。先生が生徒との約束破るなんて、ありえないじゃないですか……嘘つき……

 

 

 これが俺の身の丈にあった生き方なのかもしれない。俺に関わる人はみんな不幸になってしまうから、俺は1人で生きなきゃいけないのかもしれない。そういう星の元生まれたのかもしれない。

 

 でも、そんなの嫌だよ。身の丈にあった生きたなんてものに囚われて、それ以上を望むことが許されないなんておかしいよ。理想を抱くことは、そんなに罪なのか。

 

 

 誰かと一緒に生きたいだけなのに。心を許した人は次々と俺の前から消えていく。

 

 

 

 

 

 寂しいよ……




小話:先生
特に見た目は決まっていない。男でも女でも高身長でも低身長でも……あなたの好きな先生を当てはめてみよう。好きな二次創作先生がいるならその姿で想像するのもいい。

日本出身、呪術師だった。当然ながら呪力も扱えるし術式も持ってる。強すぎず弱すぎずの強さだったらしい。
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