呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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サブタイが無いのはミスじゃないよ。


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「……っ!」

 

 一気に流れ込んできた記憶に、視界が歪む。怒り、憎しみ、辛さ、寂しさ……カケルの感じていたあらゆる感情が一気に流れ込んできた。

 思わず星に触れていた手を弾かれるように離しても、その感覚は消えない。

 

 気づけば、頬が濡れている。呆然と触ってみれば、涙がこぼれていたことに気がついた。それが自分のものなのか、彼のものなのかが分からなくて、それを知りたいと思いもう一度手を伸ばして……その腕が、誰かの手に止められた。

 

 見やると、こちらを睨むように目を細めているカケルが、そこにいる。

 

「何勝手に人の記憶を覗き見てんだ」

 

「……カケル……寝ていた、はずでは……」

 

「流石に隠してたもん見られたら分かるよ……あーあ、二心同体なんだからもう少し警戒しとけばよかった。でも、勝手に見ちゃうお前もお前だぜ? 今の時代、プライバシーなんてものは少し侵害すれば犯罪だし……」

 

 明らかにいつもより口数が多いカケル。そしてその心中を、ケイは察してしまう。

 

(焦りと、恐怖……)

 

 そして彼女が察したことを、カケルも理解してしまった。その口を一度止めると、改めて目を細め、突き放すような冷たい声を発する。

 

「……こんなことしてないで、もう寝な。俺ももう寝るから」

 

 何かを隠すように控えめに笑い、ゆっくりと後ずさった彼がそのまま振り向いて去ろうとして……その手を掴まれた。

 

「……離せ」

 

「離しません。あなたが、そんな顔をしている以上」

 

「お前はそんなキャラじゃないだろ……」

 

「何をそんなに怖がっているのですか?」

 

 その言葉に少しだけ体を震わせた彼は、ケイの手を力づくで振り払おうとして……諦めたように脱力する。そして、ぽつぽつと話し始めた。

 

「怖がってる、か……そうだな。俺は怖いんだよ」

 

「……」

 

「ヒナには、先生と生徒だからとか言ったけどさ……それだけじゃないんだ。もう、誰とも……これ以上親しくなりたくないんだよ」

 

「梔子ユメと先生が、目の前で死んでいったからですか」

 

「ああ……俺は、また誰かを大切な存在にしてしまって……その人が死ぬことが怖い。失いたくない……だから、誰にも弱さを見せなければって……」

 

 どうしてこんなことを話しているのか、彼にも分からない。話してしまえば、また自分の前からいなくなった時辛いだけなのに。

 

「……そもそも俺だってわかってたはずなんだよ。お前を連れて行けば、知られるかもしれないって……だから結局、俺はまた……いや、何でもない。あーあ、情けないな……」

 

 どうにか空気を明るくしようと笑顔を作ろうとしても、どうしようもない自己嫌悪が混じって、泣いているかのような下手くそな笑顔を形作ってしまう。

 これ以上醜態を晒せば戻れなくなると感じても、それでも良いかもしれないと思ってしまう。

 

 その醜い弱さが、反吐が出るほど嫌いだった。

 

「このままだと、全部あふれそうだ……頼む、しばらく一人にしてくれ」

 

「……拒否します。全部、話してみてください」

 

「俺のことなんて、気にしないでいいんだよ。もうさっき見たものは忘れて、そのまま寝てくれ。それで、明日アリスの元に──」

 

「そうやって寂しさに蓋をして、一生見ないふりをしていくんですか」

 

 図星を突かれて、カケルが黙った。そうして顔を背けたままの彼に、ケイは語り聞かせるように話し始める。

 

「自分の気持ちに嘘をついて、怖いからと見ないふりをして、でも心の奥底では理解者を求めていて……まるで子供のようですね。私が見た過去のあなたと、何も変わっていない」

 

「……じゃあどうしろって言うんだよ。みんなに俺の弱さを曝け出せってか? それこそ、俺が先生である以上無理だろ……寂しさを享受するのが、俺の人生なんだ」

 

「ふざけないでください。そんなものに囚われるなと言ってくれたのは、あなたでしょう……!」

 

「……俺だけは別だよ。俺だけは、救われない──」

 

 ケイが思いっきり彼の手を引っ張った。不意に引っ張られて体勢を崩した彼をそのまま押し倒した彼女は、正面から彼の目を厳しく見つめ、激昂する。

 

「他人には散々説教しておいて、自分だけは救われないなんて馬鹿じゃないんですか!? そんなくだらないことがあるわけないでしょう!」

 

「じゃあ何で……何で俺だけ、置いてかれたんだ……!!」

 

「あなただけが置いてかれたことに意味なんてない! ただ偶然、連続してあなたの周りに不幸が起こっただけです!」

 

「違う……そんなわけない……!」

 

「あなた、まだっ──「俺のせいなんだって! だって、そう思わなきゃ……そうでなきゃ!!」

 

 

 

「俺はこの憎しみをどうしたらいいんだっ……!!」

 

 

 

 涙が出そうなほど歪んだ顔なのに、枯れ果てた雫はこぼれない。ただひたすらに消えない、焼けつくような憎しみを、彼は初めて曝け出した。

 

「あんなに大好きで、ずっと一緒だって、信じてたのに……!! それなのに、何の意味もなく偶然死んだなんて、そんなの認められるか!!」

 

「……!」

 

「偶然死んだっていうなら、誰のせいだよ……このくだらない世界のせいか? あの二人は、大好きだったこの世界に殺されたっていうのかよ!」

 

「それ、は……」

 

「なあ……なんで、なんで、いなくなるんだよ。ただの偶然だなんて、認めたくない。そんな、どうしようもない理由だなんて……」

 

 どんどんと、声の力が抜けていく。憎悪も、怒りも、寂しさも、全て複雑な感情で。ごちゃごちゃとした心を全部吐き出して、その後に残ったものは。

 

「俺のせいじゃないなら、二人とも偶然に殺されてて。俺のせいなら、二人とも俺のせいで死んでて……二人はこの世界を愛してたから、俺は、俺を憎むしかなくて……俺だって、救われたいのに……」

 

「カケル……」

 

「……こんな世界、嫌いだ」

 

 子供みたいに幼稚で、単純で、どうしようもないもの。見ないようにしても、感じないようにしても、ふとした瞬間思い出して、目の前に映るもの全てを壊したくなる。

 

 少年の腑に巣食う呪いは、未だ燻っていたのだ。

 

 だけれど同時に、世界は白黒はっきりついているようなものでもなかった。押し倒された体勢のまま、天を見やる。そこに映る星々はあまりに美しく、彼の瞳を輝かせた。

 

「憎くて、壊したくて、嫌いなのに……なんでこんなに綺麗なんだよ」

 

「……」

 

「……あの星は、俺から見た生徒なんだろうな。どれだけ辛いことがあっても、前を向いて、進んでいける強さがある……そんなあいつらに、俺は憧れてて……羨ましいんだ」

 

「……」

 

「俺も……あんな風になれたなら……心の底から、幸せに笑えるのか」

 

 満天の夜空を映す彼の瞳は、どこまでも澄んだ美しさをしているのに。一度空から目を逸らすと、星が全く映らない闇だけが残った。

 

 

「そんな風に言わないでください」

 

「……ケイ?」

 

 カケルの頬に、彼女の手が当てられる。それは見えない涙を拭うかのように、優しくなぞって……その宵闇の瞳に優しく触れた。反射的に目を横に逸らす。

 

「……やめてくれよ。なんで、まだ関わろうとするんだ」

 

「だって、寂しいんですよね?」

 

「だからなんだよ……お前には関係ないことだろ」

 

「関係あります」

 

 言い淀むことなくきっぱりと言い続ける彼女の声に、カケルの瞳が揺れた。しかしその視線を彼女に向けようとはしない。

 

 ふっと、体にかかっていた重さが無くなったのを彼は感じる。体の上からケイがどいたのだと認識するが、やっぱり視線は向けられない。

 

「あなたのこと、嫌いではないんです」

 

「……は?」

 

「目覚めてから否定され続けた私の手を握って、無理矢理連れ出してくれて……たくさんのものを見せてくれました。そこにどんな思いがあっても、その事実だけは変わりません」

 

 彼女らしくない、とても優しい声だと思う。反射的に彼女を見やろうとして、でも見てしまったらダメな気がして、視線が右往左往する。

 

「そうやってあなたが側にいてくれたから、私もあなたに報いたい……何もおかしなことではないでしょう?」

 

「……」

 

「それに……私たち、似ていますから」

 

 そしてようやく視線が彼女を捉えた。自分の上からどいた彼女は、すぐ隣に座っている。肌と肌が触れ合いそうで、触れ合わない距離。

 

「だから今は、あなたの側にいてあげます」

 

 そう微笑む彼女の顔が、目に焼き付いてしまう。目を閉じてみても、暗闇に浮かぶ彼女の顔。目だけじゃなくて、脳にも焼き付いているらしい。

 

 そう分かると、この触れ合わないギリギリの距離が急にもどかしくなってしまった。

 

 手を伸ばしたくなるのを我慢して、体を起き上がらせる。顔はできるだけ見ないように、数歩彼女から離れた。

 

「……カケル」

 

「……」

 

「あなたが私のことを気にかけていたのも、似ていたからですよね。あなたと私の境遇が」

 

「……」

 

 無言のまま、軽く頭を掻く。後ろから立ち上がる音が聞こえたが、振り向かない。

 

「似ているからこそ、同じことにならないように良くしてくれた。あなたの持つ憎悪も羨望も押し隠して、ありのままの世界を見せてくれた」

 

「……」

 

「私は、あなたに連れ出してもらって良かったと思います。だから……あなたにも、私を連れ出して良かったと思って欲しい」

 

 ザッ、ザッと鎖を踏み締める足音が聞こえる。その音は、カケルの真後ろで止まった。彼は背中を向けたままで、その顔を見せようとしない。

 ケイはそんな彼のことを真摯に見つめる。

 

 

「私は、あなたを一人にはしません」

 

 

 

 彼の体が振り向くと同時に、その手がケイの顎に当てられた。そのままくいっと彼女の顔を上げて、正面から見下ろす。

 

 孤独の渇きに比例した熱い眼差しが、彼女を真っ直ぐに見つめていた。

 

 その視線に喉を思わず鳴らしながらも、ケイはゆっくりと目をつむる。無いはずの心臓が高鳴るのを感じながら、吐息が唇に当たるのを感じて……

 

 

 

 首筋のあたりに鋭い痛みが走る。

 

「いっ……!?」

 

「……ばーか、なにかっこつけてるんだよ」

 

「は!? か、かっこつけてなんか──うっ」

 

 ついでと言わんばかりにデコピンをケイに食らわせた彼は、また顔を背けてしまう。ケイはおでこを抑えながら、彼を鋭く睨みつけた。

 

「……というか、今なにしたんですか!?」

 

「噛んだ」

 

「噛っ……!?」

 

「首筋にだいぶくっきり跡ついてるよ」

 

 そう言われて触ってみれば、確かに歯形があるのが分かる。跡の深さからして大分強い力で噛まれてるのが分かり、ケイの顔が真っ赤になった。

 

「な、なにしてくれてるんですか!?」

 

「ん」

 

「はぐらかさないで──」

 

 羞恥心やら怒りやらなんやらで捲し立てるように詰め寄るケイだが、ふと彼の耳が真っ赤になっていることに気づく。それを見た瞬間頭が急に冷え、同時に彼の心の声が聞こえる。

 

(……ずるいだろ。そんなこと言われたら、好きになっちゃうじゃん)

 

 思いもよらぬ本心を聞いてしまい、ピシッと固まってしまうケイ。そんなことなど知らないカケルは何かを思案する様子を見せた後、おもむろに振り向いた。

 

「なあ、ケイ」

 

「……」

 

「……ケイ?」

 

「あっ、は、はい……ど、どうかしましたか?」

 

「お前がどうした?」

 

 怪訝な顔をする彼に内心を悟られまいと、慌てた様子でいいからと続きを促すケイ。それを見てカケルはさらに眉を顰めたが、まあいいかと流す。

 

「……俺は散々忠告して、お前のことを遠ざけようとした……だってのに、お前は知った上で躊躇なく俺の側にやって来た」

 

「……」

 

「だから、さ……お前は俺に、信じさせてくれるのか?」

 

 そう言う彼の瞳はさっきと対照的に、濡れている気がした。雨の中で見つめてくるような、そんな視線。不安に揺れるその眼差しに、彼女は微笑んで答えた。

 

「……それを決めるのは、私では無いですよ」

 

 カケルの瞳が大きく見開かれ、一瞬だけケイしか映らなくなる。しかしすぐに気を取り直し、ふっと笑った。

 

「それはそうか」

 

「そうですよ。自分のことは自分で決めるんでしょう?」

 

「そうだな……じゃあ、信じていいか?」

 

「……はい」

 

 いい言葉が思いつかず淡白な返事になったものの、それでもカケルは嬉しそうに笑う。だけれどまたもやその顔を少し暗くし、おずおずと聞いてきた。

 

「……俺、結構重いよ?」

 

「知っていますよ」

 

「絶対に死んで欲しくないし、一生ここに閉じ込めるかも」

 

「私に死ぬ気はありません。閉じ込めるのは……流石に勘弁して欲しいですが」

 

「そっか……ちょっと残念、なんてね」

 

 冗談めかしたように言うカケルだが、まだその瞳からは不安が消え去っていない。それをケイがじっと見ていて、カケルもまた見つめ返した。

 

「……本当にいいの?」

 

「くどいですよ。断って欲しいんですか?」

 

「そういうわけじゃないけどさ……」

 

「じゃあ、何度も肯定して欲しいんですか?」

 

「……そう、だな。多分そうだ……本当に信じていいのか怖くて、だから何度でも肯定して欲しいんだと思う」

 

 その体は、小刻みに震えている。このまま彼女を見ていると最悪の未来ばかりを想像してしまいそうで、目を逸らしたところで……ケイが優しく彼の顔を掴み、自分の方に向けた。

 

「……ケイ」

 

「ちゃんと目を見てください」

 

 情熱を思わせる真っ赤な美しい瞳が、宵闇を思わせる深い夜の瞳と交差する。しばらくの間そうして見つめあって……カケルが破顔した。

 

「……分かりましたか?」

 

「……んー……どうだろ」

 

「何ですかその微妙な返事は……」

 

「だって俺ら、それ以上に濃い繋がりがあるじゃん。見つめ合うどころか、離れてても分かるよ」

 

「……じゃあ何で何回も聞いてきたんですか? 私の心、分かってたんですよね?」

 

「言いたくないから勝手に読み取って」

 

「はあ?」

 

 要領を得ない言葉に眉を顰めるケイだが、言われた通りに彼の心を感じようとしてみる。目を瞑ると、朧げにその心が伝わるような気がした。

 

(お前の口から言葉にして欲しかったとか、流石に言えないだろ)

 

 勢いよく目を開くと、彼が恥ずかしそうに少し顔を背ける。そのまま目を右往左往させていたが、最終的には控えめにケイの目に合わされた。

 

「……今のは言葉にしなくていいからな」

 

「流石にそのくらいの空気は読めますよ」

 

 むっとした顔で食い気味に反論するケイ。そんな勢いがいい様子に、カケルはまた口元を緩めた。

 

「……一応聞くんだけどさ……いややっぱ何でもない」

 

「言わなくても分かりますって……私はずっとここにいる気はないですよ」

 

「まあ、だよな……」

 

 残念、という雰囲気を全身で出してくるカケルにケイの思いも多少揺らぐが、当の本人が大丈夫と言ってきたので何とか陥落せずに済む。

 それからお互い何を言えばいいのか分からず、沈黙が流れてしまうが……先に動いたのはカケルだった。

 

「……こっち、来て」

 

「はい……?」

 

「お前にはもう、全部見せておこうかなって思ってさ」

 

 端的にそう述べた彼は、どこかに歩いていった。少し遅れてケイもそれについていく。変わらないようで少しずつ変わる景色の中、体感何十分も歩いて……カケルの足がようやく止まった。

 

「……?」

 

「目を凝らして」

 

 疑問は抱きつつも、言われた通りにカケルが指差した場所をよく見つめる。何もないように見えたそこには……ほとんど目に見えないほどの、小さな黒い粒があった。

 

「……それは……まさか」

 

「先生の魂だよ」

 

 ふわふわ浮かぶ、ゴミのような黒……その姿は記憶で見たものとあまりにも異なり、その姿にケイが絶句する。すぐにでも消えてしまいそうなそれにカケルは近づいていって、その手から白い光を放出した。

 

「……反転術式」

 

「一年前からのルーティンなんだよ。あの人が喋らなくなってからも、俺はずっとこうしてるんだ」

 

 黒い粒でしかなかったその魂が、わずかではあるが形を取り戻す。ゆっくり修復されたそれは、目玉の形をしていた。

 

「……生きているんですか……?」

 

「うん、生きてるよ。じゃないと、不都合も色々あるからね」

 

「不都合?」

 

「先生が死んだら、俺呪力なくなるんだよ。それに先生としての資格も失う。呪力は先生から貰ってるからだし……俺が先生としての記号であれるのは、先生の魂が俺の中にあるからだしね」

 

 もしも先生が死ねば、カケルは呪力を失い呪術が使えなくなる。また、先生としての記号も失い……具体的には、シッテムの箱が使えなくなるだろう。それ以外にも何か不都合が起きるかもしれない。

 

 

 でも、それ以上に。

 

「……俺を側で支えるって言ってくれたんだよ」

 

「……!」

 

 その先生の瞳を手に取って、手の中で転がすカケル。「ね、先生」と目玉に向かって呼びかけるその姿に、ケイが顔を歪めた。

 

「カケル……」

 

「お前はさ。置いていくなよ」

 

「……分かっていますよ」

 

 その返事に満足そうな顔をするカケル。

 

 目玉を置き、勢いよくケイに近づいた彼は、そのまま彼女に抱きつく。突然のことに目を白黒させるケイだが、現状を認識するとすぐにもがき始めた。

 だが力が強く、びくともしない。離す気がないのを悟った彼女は抵抗をやめ、体を彼に委ねた。

 

 カケルはケイの首筋についた跡を見て、ゆっくりと目を細める。それからまた口を少し開いて……すぐに閉じた。

 腕の中の確かな存在を確かめながら、彼はこの世界に浸る。

 

 その瞳は、輝く宵闇で覆われていた。

 

 

 

 

 

59. 魂の寄辺

 

 

 

「……いい加減離して欲しいのですが」

 

「やだよ。だって明日には帰すつもりだし」

 

「いいんですか、そんなに早くて? あと数日程度なら一緒にいても……」

 

「これ以上お前をそばに置いてたら、本当に戻れなくなりそうだからな」

 

 その顔は笑っているけれど、奥底に隠された深い闇を存分に表していた。より抱きしめる力が強くなり、苦しそうな顔をしたケイがばしばしと彼の腕を叩く。

 

「……!」

 

「あっ悪い」

 

「っ、こ、殺す気ですか!?」

 

「ごめん」

 

 慌てて彼女を解放した後、素直にしゅん、と落ち込み頭を下げて謝ってくるその姿はまさに子供だった。嫌われたくない、という思いも透けて見えるようなその態度にケイも口を閉じるほかなくなる。

 

 何も返事をしないのを許されたと捉えたか、カケルが顔を上げた。どこかバツが悪そうな顔をしていて、頬を掻きながらそんな顔をしている理由を述べる。

 

「……その、明日帰すって言っておいて悪いんだけど……その前に、最後に一ヶ所だけ一緒に行きたいところがあるんだ」

 

「別に構いませんよ……アビドスですか?」

 

「うん。俺にまつわるもの、全部知ってもらおうかと思って……って、我ながら重いな。ごめん」

 

「……踏み込みに行ったのは私なんですから、遠慮しなくてもいいです」

 

「じゃあもう一回抱きしめても「それは、今はやめてください」

 

 そうやって断られれば、餌を取り上げられた子犬のようにあからさまに落ち込むカケル。ケイはそれをできるだけ見ないように視線を逸らした。

 

「……分かったよ。それで、アビドスにはついてきてくれるか?」

 

「遠慮しなくていい、と言ったでしょう。好きにしなさい」

 

「じゃあ明日アビドス寄って、それからアリスのところに帰ろうな」

 

 そう言う彼の顔をちらりと見やれば、もう既に寂しそうで……ケイは大きくため息をつくと、カケルの側に近寄って彼を優しく抱きしめた。

 

「え、ケイ?」

 

「……これでいいですか」

 

「!」

 

「別にさっきは今はやめてと言っただけですからね。あの時から時間が経って気が変わることもあるわけで……何ニヤニヤしてるんですか!!」

 

「はは、何でもない」

 

 さっきとは違い、優しく、脆いものを壊さないように抱きしめ返すカケル。その表情には安心の色が濃く表れていて……それを見たケイは、ほんの少しだけ力を強めるのだった。




小話:九条カケル
お前のために曇らせタグはあったんだな。

メンタルが強すぎると弱すぎるを併せ持つ男。基本的にドライ寄りな性格してるくせに根底にあるものがアレなので極々一部の気を許した相手には、重い・湿っぽい・面倒臭いの三点セット激ヤバムーブをする。要はヤンデレ化。主人公だよな?

もしも生徒としていたら、多分先生に「俺のこと、置いていかないでくださいね?」とか言ってる。「俺を先生の一番にしてくれませんか?」とか……俺は何を考えているんだ?
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