呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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最終編
61


「キヴォトス全域に超高濃度のエネルギー……?」

 

『はい。行政官のリンさんからのメールにそう書いてありました』

 

「リンちゃんがねぇ……」

 

 シャーレでいつも通り仕事をしていた俺に、アロナが『メールが届いています!』と唐突に言い出し、その内容を伝えてきた。

 

 あまりに唐突で少し脳みそが切り替えられていないので、アロナの言った……というかリンちゃんからのメールの内容を頭の中で整理してみる。

 

 本日、キヴォトス各所に未確認の高濃度エネルギーの情報が出現。だけれど実際に目視で確認しようとしてみても何もなくて、なんでそんな事になっているか分からない。

 そこで事態の解明をするため、各学園の首脳陣を招集、行動させることになりましたと。

 

 それで複数の学園、それも首脳陣が集まるから意見がごちゃごちゃになるのが予想されるとのことで、先生の力を借りたいと。

 

「ふーん……そんな警戒する必要があるのか?」

 

『うーん、送られてきた画像を見ると確かにかなりのエネルギーなんですが……実際その場所には何もありませんし、何とも言えないですね』

 

「なんか面倒ごとの予感がするなあ……まあいいや、じゃあ行こうか」

 

『あ、先生はこのまま待ってていいですよ! 何でも連邦生徒会が手配した車が来るとのことなので……』

 

「そうなの?」

 

 別にそんなことしなくてもいいのに……と思ったが、連邦生徒会としての面目というものもあるだろうし、まあ大人しく待っていることにしよう。そう考えて、改めてデスクに向き合った。

 

 その時はまだ、日常の延長線だろうと思っていたんだ。

 

 

 

 

 

 少しすると、室内に微かな風が吹く。吹いて来た方に目をやれば、空間が歪んで黒いモヤが出始め……そしてそこからよく見知った顔が出て来た。

 

「クックック、どうも」

 

「ん、黒服。急にどうしたの?」

 

 勝手知ったるといった風に自然と置いてあった椅子の一つに座った黒服は、その白い瞳で俺を見据えてきた。その雰囲気はいつもの飄々としたものとは違い、重々しい。

 

「今回は、実に重大な用事でして」

 

「ふーん?」

 

「率直に言えば、キヴォトスが滅びるやもしれません」

 

 その一言に、俺は目の色を変える。身体が勝手に乗り出そうとしたのを制して、できる限り落ち着いて聞く。

 

「どういうことだ」

 

「落ち着いてください。少し順を追って話す必要があります」

 

「……分かった。ならさっさと話してくれ」

 

「最初にしなければならないのは、ベアトリーチェに力を与えた者の話です。あの時、彼女に異常な変化をもたらした存在を私たちはあれ以来追いかけ、そして突き止めたのです」

 

 それを聞いて思い出す。あの時の、黒く禍々しく変化したベアトリーチェの姿を。

 

 あの時、ベアトリーチェは自分の肉体が耐えられないほどの力を突然手に入れていた。明らかに異常な事象……それを引き起こした存在を、黒服は突き止めたという。

 

「カケルさんは『色彩』を知っていますか?」

 

「いや、知らないけど」

 

「色彩というのは、解釈されず、理解されず、疎通されず、ただ到来するだけの不吉な光。目的も疎通もできない不可解な概念。恐怖(Terror)そのものである、世界の破壊者です」

 

「……ポエムやめない?」

 

「と言われましても。かなり的確に色彩を表した説明なのですが」

 

 困ったような顔をする黒服だが、そんな顔をしたいのはこっちだ。あまりに遠回しで婉曲でくそ分かりづらい表現を使うんじゃねえよ。

 

「要は、色彩ってのは何なんだ?」

 

「つまりは、天災のようなものなのです。地震や台風のような、意思を持たぬ災厄」

 

「ふむ」

 

「ただし当然ながらそこらの天災とはわけが違います。それは不意に訪れては世界を滅ぼす、厄災の究極系……私たちゲマトリア、そして先生という立場においても、絶対的な敵対者です」

 

「そいつが、どう関わってくるんだ」

 

「ベアトリーチェに力を授けたのは、恐らく色彩なのです。彼女の残骸からアレと同じような濃い恐怖(Terror)を検出しました」

 

 なるほど……と一瞬納得しかけたが、すぐに疑問が湧いてくる。

 

「……色彩ってのは天災みたいなものなんだよな? なのに力を授けるって……地震が力を授けるみたいなことだろ? おかしくない?」

 

「そこです。私としても信じられないのはそこなのです。意思を持たぬはずの色彩が、ベアトリーチェに力を分け与えた……これは異常事態です」

 

 あまりに深刻そうな様子に、思わず「異常事態……」と言葉を繰り返してしまう。それほどまでに今の黒服の様子は重々しく、周りの空気までも重苦しい。

 

「色彩に意思が宿ったか……あるいは色彩に匹敵する力を持つ、意志ある何かが誕生したか。どちらにせよ、放っておけばキヴォトスが消滅する危機にはなるでしょう」

 

「……」

 

 実際そのナニカがベアトリーチェに干渉している以上、ナニカはこのキヴォトスを見ている。そしてナニカが力を与えただけのベアトリーチェでさえ、異常な力だったのだ。その本体となれば……想像するのも恐ろしい。

 

「ここまでのことは、かなり前に分かっていました」

 

「……は!? な、何で言わなかったんだ!?」

 

「先ほども言った通り、信じ難かったのです。色彩に意思が宿ることも、色彩に匹敵するナニカが誕生することも、私たちの知る限りありえないことでしたから……ですが、状況が変わりました」

 

「……例のエネルギー反応か?」

 

 俺の問いかけに、黒服はこくりと頷く。

 

「あのエネルギー反応は、そのナニカが来ようとしている予兆……その可能性があります。無論、まだ杞憂の可能性もありますが……覚悟はした方がいいかと」

 

「……俺は、どうしたらいいんだ?」

 

「どうにもできません。正体が不明な上、それが存在する場所さえ分からない……色彩であるなら宇宙空間、それどころか世界を渡り歩けますし、色彩に匹敵する者だとしてもそれくらいは容易でしょう」

 

「……」

 

「相手の意図も不明。何処にいるかも不明。その力量も不明で、存在そのものさえ不明……はっきり言いましょう。今のところ提唱できる対抗策は、あなたが来るその時に備えて今より強くなること……それくらいしか言えません」

 

 ………………それは、対抗策じゃないだろ。

 

 思わずそう叫びそうになったのをグッと堪えた。実際、これくらいしか対抗策は無いのだろう。地震には耐震性を高めて備えるしか無いように、来る厄災に備えて俺が強くならなきゃいけない。

 そう認識して、改めて思う。目の前に迫るのは、理解できるような存在では無いのだと。

 

 そしてその厄災はいつ来るか分からない。もしかしたら今にでも、襲いかかって来るかもしれないのだ。

 

「だからこそ今、できる限り色彩の情報を伝えに来たのです。少しでも、世界が滅びる可能性を下げるため」

 

「……お前たちに対抗策は無いのか?」

 

「無くはないのですが……あれはあくまで、色彩に意思がないことを前提としています。色彩ほどの力量に意思が宿っているのであれば……可能性があるのは、あなたしかいないのです」

 

 マエストロの()()()()が完成していれば一欠片ほどの希望はあったのですが、と呟く黒服だったが無いものねだりをしても仕方ないと割り切ったのか、俺に色彩の情報を伝えてくる。

 

「外見は、黒い球体に纏わりつく紫の光のような……そのようなものです。アレは神秘に触れると、反転を引き起こします」

 

「反転?」

 

「神秘が恐怖に変わり、その性質も反転するのです。ただこれは神秘があるものにのみ起こること……呪力しか持たぬあなたには、関係がないはずです」

 

「俺には、か……生徒には?」

 

「……影響するでしょう。運が悪ければ死に至りますし、良かったとしても反転したそれを戻す術はありません」

 

 それからも、黒服は淡々と語り続けた。俺はその一言一句に耳を澄まし、その全てを暗記しようと脳みそも酷使する。

 そうして数分後、黒服は全てを語り終えて一息ついた。

 

「……世界の終わり、か。実感が湧かないな……」

 

「あなたが防げば世界は存続するのですから、当然でしょう」

 

「下手くそな励ましだな」

 

 顔の上では笑うけれど、俺の心境は穏やかなものじゃなかった。さっきからずっと背筋を冷や汗がつたうような感覚があるし、今すぐにでも外に飛び出していきたい。

 側から見れば気持ち悪いほどそわそわしているだろう俺に、黒服は語りかける。

 

「……カケルさん。私は、あなたを信頼しています」

 

「なんだよ、急に」

 

「あなたは思ってもいないことでしょうが……私とあなたは、ホシノさんと並ぶほど長い付き合いなんですよ……信頼の一つや二つします」

 

 そのあまりにらしくない言葉に、俺はただただ目を丸くすることしかできない。何だかこいつが死のうとしている風に見えて、怖くなってしまう。

 

 ……怖くなってしまう? 冗談だろ、こいつがいなくなったところで……俺は……

 

「ですから、どうか……いえ、何でもありません。ククッ、私は何を言っているのでしょうね」

 

 自嘲気味にそう笑った黒服は椅子から立ち上がると、黒いモヤを出現させる。その中に踏み込む前に、黒服は振り向き、その白い瞳で俺を貫く。

 

「カケルさん、備えてください。恐らくそれは……すぐにでも、あなたの前に姿を現しますよ」

 

 最後にそう言った黒服は、再びモヤの中に消えていき……俺はモヤが消えた後のその空間を、ただじっと見つめるだけだった。

 

 


 

 

「……」

 

 黒いモヤに包まれた黒服は、何かを考えるように沈黙していた。

 ゲマトリアとしての探究欲、世界が壊れてしまっては仕方がないという思い、あの未熟だった少年への考え。

 

 いつしか黒服は、自分が変わっていることを自覚していた。そのどれもこれも、全ては……あの少年と再会した時から始まったのだ。

 

「……私は何を考えているんでしょうね」

 

 自嘲気味にそう呟いた彼は、モヤの外へ足を踏み出す。ゲマトリアが集まる場所、同胞たちの集まるその場所に向けて……

 

 

 

「あれ、帰って来たんだ」

 

 

 

「……っ!?」

 

 それは、自然にそこに座っていた。

 

 丸い机の上に腰掛けるそいつ。その圧倒的な存在感に目が釘付けにされ、離せなくなってしまう。動けない彼に、それは柔らかく微笑みかけた。

 

「君は黒服、だよね」

 

「な……あなたは、誰……いえ、この圧はまさか……!」

 

 ようやくそれから視線を外せた。床には木片や破れた布が散らばり、黒服はそれらに見覚えがある。マエストロの体を構成する木材と、ゴルコンダの衣服であるコートの布。

 

 目の前のそれが何かを悟り、同時にその目的を理解した黒服が即座に逃げようとモヤを展開する。そしてその先から何か硬いものが飛び出し、黒服の体を貫いた。

 

 反射的に見やれば、自身の体を貫いているのは……

 

(……木の、根……!?)

 

「いい判断だけど、遅い──」

 

 必死で生にしがみつくように、モヤに手を伸ばす。指先に触れたモヤが黒服の体に纏わりつき始め、少しすれば転送が始まるというところで、再び木の根が黒服の顔を貫いた。

 顔がひび割れるが、黒服はうめき声を漏らすだけにとどまる。

 

 そして同時にモヤが彼を覆い尽くし、黒服は目の前のそいつから見事逃げおおせた。

 

「……逃げられたか。ゲマトリアは流石だね」

 

 

 

 

 

「……どういう、ことですか。あの姿は……」

 

 無数の疑問が湧いてくる。何が起こっているのか、分からなかった。

 

 必死に逃げようと転送された先は、ミレニアム郊外の廃墟。青空が差し込む中で黒服は先ほどのことを思い返す。

 

(色彩……意思を持つ……色彩という存在……あの姿……まさか、そんなことがあり得るのか……?)

 

「……カケルさんに、知らせなくては……!」

 

 そう思っても、体が動かない。傷ついた腹部と顔面から、徐々にひび割れていく。存在そのものが砕けそうな感覚……まるで魂ごと攻撃されたような。

 

 空を見上げたまま、黒服は動けない。どれだけ動きたいと願っても、力尽きたように指先さえ止まったまま。

 

(……死には、しないでしょうが……しばらくは、動けませんね……)

 

 薄れゆく意識の中で最初に思い返したのは、同胞のこと。恐らくアレの奇襲を受けたであろう二人……床に落ちていた木片と、コートの布。

 

(マエストロ……ゴルコンダ……彼らは無事でしょうか)

 

 次に思い返したのは先ほど起きたこと。突如襲来したアレは、恐らくゲマトリアの技術を回収していた。となるとその目的は恐らく世界の破壊。

 そしてあの存在感と力……あの力は、間違いなく術式。

 

(あの肉体で、術式……ああ、まさかそんなことが……もしも、本当にそうなのならば)

 

 最後に思い返したのは、九条カケルのこと。

 

(あなたは……また、苦しむのですね……カケルさん……)

 

 


 

 

 落ち着かない、というのが正直な感情だった。

 

 急に世界が滅ぶかもしれないなんて言われて、それを救えるのは俺だけかもしれないなんて言われて、全てがひっくり返ってしまったような気がして……

 

 雪崩れ込んできた情報とその感情を落ち着けるために、俺は一度散歩することにした。

 街を歩けば、誰もがいつものように歩いている。当然だ。誰も世界が滅ぶかもしれないなんて知っているわけもないのだから。

 

 その光景を見ていたら、まるでさっき聞いたことが夢なんじゃないかと錯覚してしまうようで……人気のない場所に移動することにする。

 

『……先生……』

 

「ん、アロナか」

 

『その……先生なら、きっと大丈夫です! 先生はすっごく強いですし……それに、私がついていますから!』

 

 俺を励まそうという意図が、すぐに分かる。気を遣わせたなと申し訳なく思うと同時に、その言葉を聞けて嬉しく思っている自分もいた。

 

「ありがと、アロナ」

 

『任せてください! なんといっても、私は先生の秘書なんですから!』

 

 姿が見えないのに、胸を張っていると分かる。現実世界にいたら危うく撫でまわしまくるところだった。

 

 ……気づくと、廃墟だらけの街に来ていた。この打ち捨てられた街に立ち入るものなど俺以外にはおらず、さっきと打って変わって静かな雰囲気だ。

 

 瓦礫の一つに腰かけ、空を見上げる。やっぱり空はいつもと変わらない青色で、それを見ているだけで不安な感情が溶けていくようだ。

 そうやって空を見上げ続けること数十分、アロナの声が俺を現実に帰した。

 

『先生、リンさんからの緊急招集の時間まであと少しですよ』

 

「ああ……分かった。このこと、みんなにも伝えないとな」

 

 でも混乱を引き起こすだけかな、言う情報は取捨選択した方がいいかもしれない。色んなことを考えつつ、瓦礫から立ち上がって歩き始める。

 

 

 

 

 

 ──それはまるで、突然海のど真ん中に一人放り出されたような、そんな感覚だった。

 

 恐怖が、寒気が、悪寒が、背筋を伝っていく。息が苦しい。圧迫感が、呼吸を妨げてくる。空気が消えてしまったみたいだ。酸素を求めて、過呼吸になってしまう。

 

 これは、何だ。ひたすら心の中で落ち着けと唱えた後、頭を冷静に、落ち着かせて、考える。

 

 これはただの気配だ。攻撃ですら無い、ただの存在感。それがここまで……空が歪んで見えるほど、空気が鉄になったと思うほど、異常な存在感だ。

 この気配の主は、俺の背後にいる。突然出現した、恐怖の訪問者。

 

 間違いない、黒服が言っていたやつだ。何で今ここに、どうやって、幾つもの疑問が浮かんでは消えて、辿り着いたのは姿を見なければという強い衝動。

 

 震える体を、そのくせ動こうとしない体を。意志の力で無理やり動かす。壊れた人形のように少しずつ動いていた首は、やがて覚悟を決めると滑らかに動いた。

 

 そこに、いたのは

 

 

 

 

 

「……先、生……?」

 

 

 

 その声は、掠れていた。

 

 心臓の鼓動が加速する。さっきとは別の理由で息が荒くなる。謎の震えが全身を襲って、その姿に視線が釘付けになってしまう。

 

「やあ、久しぶりだね」

 

 ああ、その仕草は。

 

 笑い方も、声も、優しげな瞳も、その姿形や髪の一本一本だって、先生そのもので……ああ、覚えてるさ。忘れるわけがないだろ。

 

 絶望し座り込んでいた。諦めの顔で語っていた。俺の言葉に罪悪感と少しの希望を見出していた。俺に真摯に向き合ってくれた。

 あの人を忘れることはない。あの人を見間違えるはずはない。

 

 

 

 じゃあ、目の前にいる先生の姿をしたやつは、誰だ。

 

「……誰だ……」

 

「……覚えて、いないの?」

 

「黙れ」

 

 恐怖が薄れていく。寒さが引いていく。代わりに怒りと、暑さが、この身体を満たしていく──

 

「あの人の魂は俺の中にあるんだよ」

 

「……」

 

「てめえの中身も、全部見えてるんだよ……その薄汚え魂で、先生の身体に触ってんじゃねえ……!!」

 

「……」

 

「さっさと答えろ!! てめえは誰だ!!!」

 

 

 

 

 

「あは」

 

 頭の中が煮えたぎって止まらない。ただ、心の底から湧く溶岩のような怒りが、身体中を満たしていく。握った拳から血が流れ、歯軋りすれば歯が砕け、一歩踏みしめれば地面が割れた。

 

「せっかく、楽に殺してあげようと思ったのにな」

 

 へらへらと、不快感しかない笑いを浮かべるそいつを在らん限りの力で睨みつけ、今にも飛びかかりたいのを理性でどうにか抑える。

 

「でも君が求めるなら、私はその質問に答えよう」

 

 そうしてそいつは、その名を名乗った。

 

 

 

 

 

「君たちの呼び方になぞらえるならば……私の名前は色彩」

 

「君のことを、殺しに来た」

 

 

 

61. 呪胎戴天




UA十万超えました。いつも読んでくれてありがとう!

最終章が終わるまでは頑張るので、ひとまずはそこまでお付き合いしてくれると、嬉しいです。
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