呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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62. 不倶戴天

「……色彩」

 

「そう、色彩だ。驚いたかな? 私のことを知っているなら、意思なんてないと知っているだろうしね」

 

 何もかもが不愉快だった。

 

 その軽薄な笑みも、似ていない話し方も、そのくせ声と体は先生のままなことも。

 先生はそんな嘲笑うような笑い方をしない。先生はそんな人を馬鹿にするような話し方をしない。先生は……

 

「もっともある意味、私は先生とも言えるのだけれど。受肉すると残っている脳みそから、記憶や経験を探ることができるからね」

 

 ……お前などでは、決してない。

 

「どうかな? 君の記憶にあった先生には似ていたかな?」

 

 そのくだらない質問に対する俺の返答は拳だった。へらへら笑ってるそいつの懐まで潜り込んで、全力で殴る。腰を入れた俺の拳は、間違いなくそいつの顔面に直撃し……

 

「気に入ってはもらえなかったか」

 

 だが、そいつは無傷だった。

 

 ありえない、あまりにも硬すぎる。しかも何か変な手応えだ……そのことに驚き、体が硬直したその隙。色彩は蹴りで俺を攻撃してくる。咄嗟に腕を挟んでガードしたが、衝撃が抑えきれず後方に吹っ飛ぶ。

 

「……君も結構硬いな」

 

「っ、」

 

 ずざぁっと地面に足を擦らせて勢いを止め、改めて色彩を見据える。手をかざし、その先から青い光を迸らせた。

 

「輝綫」

 

 一直線を高速で突き進むそれを、色彩は避けることなくそのまま受けた……のにも関わらず、やはりダメージはない。無傷のまま、纏わりつく煙を手で払っていた。

 

 そして、違和感の正体に気づく。

 

 こいつに攻撃してもダメージがないどころか、そもそも衝撃すら碌に伝わっていない。さっきのパンチもモロに食らってたのに、微塵も動いていなかった。

 そしてそのタネは……

 

「……とんでもねえエネルギー量だな」

 

「今更? 私がここに来た時点で、君はこの恐怖(Terror)に怯えていたのに」

 

 こいつの呪力量……こいつの場合正確に言えば恐怖量なんだろうが、わざわざ呼称を変えるのも面倒だし呪力量と呼ばせてもらう。

 それが、あまりにも多すぎる。さっき呼吸ができないと錯覚したのもこれのせいだ。

 

 圧倒的な呪力総量に裏付けされた異次元の耐久力(タフネス)……まるで海のようだ、とはさっきも思ったけど。水鉄砲を海の底から撃っても何にもならないように、こいつには俺の攻撃が効かないのか。

 

「気づいた? 私のエネルギー量、このキヴォトス全域と同等くらいなんだよ」

 

「……!」

 

「つまり私の防御を貫くには、それ以上の出力で攻撃しないといけないわけだ」

 

 ふざけている。そう思った俺は再び激昂しかけるが……キレたところでどうしようもない。冷静さを失わないよう、こいつに勝つ方法を考えなければ。

 

 つまりこいつの強みは、莫大な呪力量による圧倒的防御力。出力は高いけど、俺ならかすり傷程度に抑えられる。そして考えなければいけないのは……術式。

 

 どういうことかは知らないが、こいつは先生の肉体を扱っている。それはつまり、こいつは先生の術式を使えるということ。俺も教えてもらったことはない、先生の術式……何が飛んできてもおかしくない。

 

 この状況で、最善の選択は──

 

 

 

「領域展開」

 

 

永夜廻星

 

 

 広がる満天の星空と、鎖漠。突如として様相を変えた世界に、色彩は驚いたように周りを見回していた。

 

「……これは……」

 

「よそ見してんなよ」

 

 念の為その顔をもう一回殴ってみるが、やはりダメージはない。となると領域内で持久戦だな。

 俺の領域内では術式反転の吸収効果が常時発動する。かつてベアトリーチェのエネルギーを吸い尽くしたように、こいつのエネルギーも吸収し切ってやる。

 

 色彩は自分の手のひらを呆然と見つめていた。自分の身体に何が起きているのかを確認したそいつは、しかしニヤリと笑って俺を見てくる。

 

「……驚いた。まさか領域を使えるなんてね」

 

「にしては随分と余裕そうだな」

 

「当然だろう」

 

 そう言うと色彩は手を動かし始めた。両手を合わせた形から小指と人差し指を曲げ、中指と薬指をピンと伸ばし、親指を人差し指に添えるその形は……確か、教えてもらった記憶がある。確かあれは……閻魔天印……?

 

 

 

「私も領域を使えるのだから」

 

 

 

「……な、に……!?」

 

「領域展開」

 

 同時に俺の領域の景色が変わる……否、侵食されていく。領域展開同士がぶつかると拮抗が始まるのか、と俺が理解したのも束の間、俺はその景色に言葉を失った。

 

 夜空が、闇に食われていく。何もない、ただひたすら真っ暗な闇……そして鎖漠には気付けば、無数の墓標が打ち立てられていた。

 墓標と闇、これが色彩の領域……!!

 

「まさか私以外に領域を使えるなんてね……その中にいる、先生の魂が関係しているのかな?」

 

「やっぱ見えてるんだな……てめえだろ、先生の魂をあの世送りにしたのは」

 

「正確に言えば勝手にへし折れたんだけどね。とはいえ、確かに魂はこの肉体を離れたはずなのに君の中にあるのは……先生という存在が持つ、奇跡の力かな?」

 

「先生に何をした」

 

「力づくで聞き出してみなよ」

 

 ギリっと歯噛みするも、ここで飛び出していけば相手の思う壺だ。

 

 だがまずい、狙いを外された。領域同士が綱引きしている今、互いの必中効果は失われている。これじゃ色彩のエネルギーを吸収できないし、攻撃も通らない……!

 

「来ないなら、こっちから行くよ」

 

「くっ」

 

 そう言って走って向かってくる色彩。インファイトが始まり、お互いに何度か攻撃を当てる。だけどやっぱり俺の攻撃は通らず、逆に向こうの攻撃は通るようになっている。俺が領域を使って呪力量が減っているせいだ。このまま戦い続ければ、間違いなく俺は負ける……

 

 領域勝負は結界術では負けてるっぽいのだが、出力で押し勝っているから五分。押され切ることはないけど、押し切ることもできない。かといってこのままやれば少しずつダメージを受けた俺の出力が揺らいで負ける。

 

 どうすれば──

 

「格闘技術は五分ってところかな? でも君にはダメージが入っているね。それもさっきよりかなり入っている。領域を使って呪力が減ったからかな?」

 

「ちっ、離れろ!」

 

 蹴りを入れてもやはり色彩は揺らがない。大地そのものを叩いているみたいだ。仕方がないので蹴った反動で後方に飛び、俺があいつから離れることにした。

 

 領域から脱出……いや、どうにもならない。というかむしろこっちが不利になる。

 領域展開後すぐに領域を返されたから、俺は領域で消費した呪力を補完できていない。逆に向こうはエネルギー潤沢だ。こっちが領域を使えないのに向こうは領域を使えるとか、最悪以外の何者でもない。

 

 術式が焼き切れるにしても、そもそもあいつはまだ術式すら使ってないんだぞ……と考えた瞬間、距離が空いているにも関わらず色彩が手をかざしてきた。

 

 直感的に術式による攻撃がくると予感し、避けるためにサイドステップをする。

 

「雷よ」

 

 同時にあいつの手から雷が放たれた。光速の一撃だったが、事前に予測していたおかげで軽くかする程度で済んだ。焼き焦げた服を横目に、再び思案に入る。

 

 雷の術式……シンプルながら、強い──

 

「炎よ」

 

「!?」

 

 突如として飛んできた炎に一瞬思考も体も硬直し、避けきれない。髪の毛とその下の肌がチリっと焼けたが、そんなことより今のは……!?

 

「水よ」

 

 地面が湿り、水が湧き出始める。飛び上がることで地面から離れたが、漏出した水分は物理法則を無視して俺を追いかけ始めた。ただ幸い速度はそこまで速くなく、簡単に撒ける。

 

「雷よ」

 

「ちっ」

 

 バレルロールのように空中で体を回転させ続け、追撃の雷をかわし続けた。速すぎるので何回か当たることはあったが、幸いカス当たり。服や髪の毛の先っちょが焦げるだけで済んだ。

 

 だが、何なんだあいつの術式……? 炎、雷、水……属性を操る術式とかか?

 

「水よ」

 

 どうやら一度に使える属性は一個までらしい。雷の追撃が止み、代わりに水を操り始めた。色彩の周りを水がくるくると回る中、一定の量集まった塊を色彩が両の手のひらで潰す。

 

 合わせられた手のひら、その指先側が俺を向いた。俺は……あの構えを知っている。

 

『私のいた場所では御三家という呪術界における重要な家があってね。それぞれに相伝の術式があるんだ』

 

 先生の優しい声がフラッシュバックした。そう、相伝の……確か加茂家ってところの術式……「赤血操術」、その奥義──

 

 

 

「穿血」

 

 

 

 まるでビームのように放たれた水。油断していた俺は避けきれず、腕に穴が開く。

 

「ぐっ……!」

 

「油断しちゃダメじゃないか」

 

 背後まで飛んでいった水に目をやると、それはビームから姿を変え、円形になる。それは高速で回転し始め、色彩の元に戻ると同時に俺を攻撃してきた。

 

「苅祓」

 

 丸鋸のようなそれは見ていたおかげで避けられたが、あまりにも面倒すぎる……!

 

 水を使っての「赤血操術」の技の再現……先生から赤血操術について雑談の時聞いてたから対処できてるけど、初見の技とか打たれたらヤバいな。

 

 一度落ち着こう。あいつの術式は一度属性系と仮定する。そして多分属性を使う時には言葉で〇〇よと言わなきゃいけない。

 遠距離だと炎、雷、水どれにしてもチクチクされてしんどい。となれば……また近距離か。

 

 止まっていた状態から一気に加速、ドロップキックを繰り出すもやはりダメージも衝撃もなし。平然と立ったまま俺を向いてくるそいつの手を掴み、自由を奪う。

 

「これで赤血操術の技は使えねえな……!」

 

「へえ、赤血操術を知っていたのか……情報源は先生かな? あの魂は確かに壊れる寸前だったというのに、よく話ができるまで回復させたね。領域を会得したのももしかすると君の力なのかな?」

 

 ああ本当に、こいつは言動の全てがイラつくな。

 

 腕を掴んだまま、逆上がりのように顎に蹴りを入れる。だが顎が上がらず蹴った体勢のまま体が固定されてしまった。そして腕を掴まれてるのをいいことに、色彩は俺を地面に叩きつけようとする。

 

 咄嗟に腕を離して緊急離脱、ぱぱっと再び距離を取るが、何かしようとしたらすぐ接近できる程度の距離は保つ。

 

 しっかし、マジでどうしたらいいんだ。攻撃が通らない時点で領域勝負は勝てないし、どう考えてもジリ貧で負ける未来しか思い浮かばない。

 どうにか攻撃が通れば……いや無理だろ。キヴォトス全体のエネルギーを超える出力なんて、俺の貯蓄してる呪力全て使っていけるかどうかだぞ。

 

「どうしたの? もうおしまい?」

 

「黙ってろ」

 

「はは、怖い怖い……それじゃあ、そろそろ私もボルテージを上げるとしよう」

 

「は? ──!?」

 

 手をかざした色彩が()を撃ってくる。くそ、宣言しなくても使えんのかよ!

 

「炎よ」

 

 その言葉に反応して、思いっきり距離を取ろうとした俺に雷が届く。(ブラフ)だということに気づいてまた近づこうとするが、その時にはその指先が俺を見ていた。

 

「穿血」

 

 咄嗟に体を逸らす。眉間を軽く抉られたが、支障はない。近づいて……近づいて、どうするんだ?

 

 格闘戦は互角だが俺にだけダメージが入る。中、遠距離だと雷で削られる。相手にダメージが入らない以上、俺は勝つことはできない。

 

 こうなったらもう、俺の全呪力を使った賭けに出るしかない……!!

 

 ひとまず攻撃から逃れるために、上空に避難する。雷は怖いが、水と炎はちゃんと警戒してれば避けられる。とにかく避けながら、隙を──

 

 

 ふっと、色彩の姿が消えた。

 

 は? とテンプレな思考停止をした俺に、突然重さが加わる。落下しながら重さの主人を見れば……色彩が俺の上に乗っていた。

 

「な……」

 

「さて、これはどうかな?」

 

 何でと思考をする間もなく、その手が俺の肌に当てられ……熱さがそこを襲った。間違いなく、肌が焼き爛れている……それどころか、骨すら溶けていそうなほどの熱さに、反射で空中大回転をして色彩を飛ばす。

 

「っ離せ!!」

 

「おっと」

 

 だが飛ばしたはずの奴の姿がまたもや消える。上空に目を向ければ、突如出現した色彩が降ってきていて、ようやくその能力を把握した。

 

 

瞬間移動(テレポート)……!」

 

「正解!」

 

 色彩が両手に赤いものを出現させる。どうやらマグマのようだ。さっき俺の体を溶かしたのも間違いなくこれだ、当たってはいけない。

 

 急加速し、最高速度で領域内を飛び回る。距離を取られた色彩は俺のそばに瞬間移動するけど、その次の瞬間には俺は奴を置き去りにしている。

 

 

 だが……結局、あいつの術式は何なんだ? 属性じゃない、瞬間移動……

 ……待てよ。炎、水、雷……それに瞬間移動って……確か、見た覚えがあるような……?

 

「移動され続けたら、流石に瞬間移動も使えないな」

 

 そう言った色彩は領域のど真ん中に降り立ち、軽く目を伏せる。それから再び顔を上げた時には、とてつもない満面の、気色悪い笑みになっていた。

 

「なら、どれだけ逃げても仕方ない攻撃で潰すだけさ」

 

 そして色彩が手を上げる。

 

 

 

 次の瞬間、領域内に巨大な隕石が出現した。赤き炎を纏うそれは、ほぼ地上の位置に召喚されたためすぐさま地面に衝突し、その身に溜めたエネルギーを一気に放出する。熱波が広がり、大きな衝撃が走り……

 

 

 結界が崩壊する。

 

 

 

 

 

 

 

「……加減を間違えたな。結界ごと壊しちゃった」

 

 煙の中から、色彩が現れた。こほこほと軽く咳をしながらゆっくり歩くその姿は無傷であり、まるで何事もなかったかのよう。

 

 何かを探すように動いていた色彩の目が、俺を見て止まった。目的の人物を見つけた色彩は、おもむろに歩いてきて、俺の前に立つ。

 

 強化された隕石を至近距離で受けた俺は、満身創痍だった。立ちあがろうにも足が溶けてて膝をつかざるを得ず、肌はほとんどが焼け爛れ、右腕は吹っ飛んでいるにも関わらず傷口が焦げつき血が出ていない。

 

 右目があった場所にもぽっかりと穴が開いている。一応咄嗟に右半身全ての防御を捨てる縛りとそれで浮いた呪力で致命的な部位を守ることで即死は避けたが……おかげさまで右半身は重傷だ。腕が飛んでて、足も溶けてる上、目も失っている。

 

 酸素を求めて息を吸うとこひゅう、と明らかに異常な音が出た。

 

「しき、さい……」

 

「まあ、頑張った方なんじゃないかな? 生徒にしては……いや、君は生徒なのかな? 私のいた世界には君はいなかったのだけど……」

 

 不思議そうに首を傾げる色彩だが、どうせ死ぬ男に思いを馳せても無駄だと考えたのか、その指先を俺の頭部に突きつける。そこから、木の根が出現した。

 

「じゃあね。名前も知らない少年……それと、先生の魂もね」

 

「……ちくしょう」

 

 叫びたくても、傷ついた体では叫ぶことさえできない。心に溜まった憎しみも、怒りも、悔しさも、全て抱えたまま死んでいくことになる。

 

 そんなの、嫌だ。そんなの嫌なのに、体が動かない。

 

 ゆっくりと木の根が俺の頭蓋骨を貫き、脳みそをぐちゃぐちゃにしようとするのを見ていることしかできない。その色彩の顔は、歪んだ笑いを浮かべており……

 

 

 

 その指先が突如黒ずんで、ぼろっと崩れ落ちた。

 

「……! しまっ──」

 

「!」

 

 初めて動揺した様子を見せる色彩。その隙を体が勝手に捉える。色彩の腹に右足の蹴りを入れ、反動で一気に距離を取った。

 

 ひとまず逃げの態勢に入ろうとしたのだが、改めて色彩の様子を見て、その足を止めた。指先から崩れ落ち始めたその体は、既に腕にまで侵食している。

 

「少し、遊びすぎたか……」

 

「はっ……よく分かんねえけど、残念だったな」

 

「……まあいい」

 

 黒いモヤが色彩の背後に出現する。そこに向かって足を進めた色彩は、最後にカケルを一瞥し……「次は殺す」と宣言して、モヤの中に消えていった。

 

 それを見届けた俺は、倒れそうになった体をなんとか立たせながら、反転術式で必要な臓器を修復すると……今度こそ地面に倒れ伏す。

 

 ああくそ、セトの憤怒以来だ。実力で負けたのは。無敵の防御、次から次へと色んな効果を発動させる術式、領域……強すぎる。

 だけど、なんで急に体が崩れたんだ? それにあいつはどこからやって来た……そもそも、なんで、先生の体を……

 

 ああくそ、意識が、とおく……なっ、て………………




小話:神秘と恐怖
この作品での神秘と恐怖、ついでに崇高について。
まず、最下層に人の感情から生まれるエネルギーが二つある。呪力と、それを反転させて得られる正のエネルギーだ。

その上に神秘と恐怖がある。この二つは呪力と正のエネルギーをフュージョンさせたもので、正のエネルギーの方が多くあれば神秘。呪力が多くあれば恐怖と分類される。ここからただのエネルギーではなく、概念やテクストを含むものになっていく。

崇高は、神秘と恐怖をフュージョンさせたもの。概念が重なり合うことでそれは存在を確立させ、別次元のものとなる。

ちなみにこのフュージョンってのは単純な合体ではなくて量子重ね合わせみたいな感じの、0と1が同時に存在してるみたいな感じ。
これは本当に説明するのが難しいし理解できるかも個人差があるので、複雑なの嫌いって人はドラゴンボールでフュージョンすると二人の力を合わせた以上に強くなるアレだと考えてみよう。
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