それは、まさに神の力だった。
その起源を知るものは現在では誰もいない。だが確かなのは、無名の司祭の技術と呼ばれるものは全てこの術式を基軸としたものだということ。
万物をリソースという面で解釈することで、万物への干渉を可能とする。ありとあらゆる物質を作り出せ、ありとあらゆる物質を消せる。それは概念すら捉え、再定義することさえ可能だった。
その術式が赤といえば青も赤になり、青といえば青も赤になる。世界を編集して書き換える力……その術式の名は
現代では推し量ることすら困難な超古代文明は、この術式とその持ち主によって作り上げられたのだ。
だが一つ問題があった。それは術式所有者の死……全てがこの術式中心に回っていた無名の司祭たちの文明は、逆に言えば術式がなくなれば機能停止すると言っても過言ではなく、そこで無名の司祭たちは術式の複製技術を用いて「
しかし…… 「
そこで無名の司祭たちは、この術式を扱いやすくするべく様々な研究を行い、その過程で劣化版が多く生み出されていった。情報を捉えられないもの、リソースの放出しかできないもの……万能の術式は解体され、無数の一能となったのだ。
今現在も「聖域」自体は残っている。サンクトゥムタワーに内蔵されていたり、シッテムの箱にも内蔵されていたり……これらは「術式を物に封じ込める」「一芸特化にする」縛りによって、ある程度「聖域」本来の出力を再現していた。
また、名もなき神々の王女とその鍵……今はそれぞれアリスとケイの名を持つ二人は、「聖域」の完全な再現を目的として作られたものだった。「二人で認証することで使える」縛りをかけることで、「聖域」の完全な再現をしようとしたのだ。
残念ながらそれは半分失敗に終わり、本来のスペックで使うとかなりの確率で命を落とすギャンブルと化したが。
ともかく、
「ですが、あなたが現れてしまった。数千……否、数万年ぶりかもしれない原本の『聖域』を宿した人間。唯一、その全権を扱うことができる者」
「それが、俺ってことか……前から知ってたのか?」
「ええ、術式自体にリソースを貯蓄するのは『聖域』の特徴ですから。あなたは今まで呪力を術式に貯蓄していたと思っていたようですが、実際は貯蓄していたリソースを呪力に変換して引き出していたのを、呪力を貯蓄していたと勘違いしていたのですよ」
静かに、自分の体を見下ろすカケル。今までなんの変哲もない力だと思っていた自分の術式が、世界そのものに作用するような強力なものであること。あまりに現実味がなさすぎるその話に黙り込むが、数秒後に絞り出したのはそれに関する言葉ではなかった。
「なんで言わなかったんだ。知っていればもっと楽できた場面とか、救えた命とかあったのに」
「言えませんよ。あなたは十全に『聖域』を使える、しかしそれはノーリスクというわけではありません。無理にその力を振るおうとすれば命や精神が蝕まれる……そしてあなたは、その無理をする側の人間ですから」
「……え、つまり俺の身を案じてくれてたってこと?」
「……」
その言葉にぷいっと明後日の方を向く黒服。その明らかに図星な様子にカケルは苦笑し、ホシノは驚いたように彼を見つめた。
空気が少し和んだものの、カケルはその真剣な眼差しを変えない。
「実際、今の俺だとどこまでノーリスクで使えるんだ?」
「ほとんど使えません。なぜなら本来それは神秘、どころか崇高を使って動かす想定がなされている術式。呪力しかもたないあなたでは、今まで通りの放出と吸収しかできないでしょう。それでも縛りをつけてエネルギー全体を術式対象にできたのは驚きですが」
「……」
もどかしさがカケルを襲う。黒服の言う通りなら本来のスペックを発揮できれば、何でもできる無敵の術式のはず。だけれど自分の力不足のせいで、普通の術式と大差ないスペックしか発揮できない……そう考える彼の肩を、ホシノが軽く叩いた。
「ホシノ……?」
「そんな顔しないでよ。別に、今のままでも色彩は押せてるじゃん。だったら今以上の力を引き出す必要なんてない……そうでしょ?」
「ホシノさんの言う通りですよ。無理に力を引き出そうとすれば、あなたが死んでしまいますから。無理は禁物です」
「へえ、少しは見直したよ黒服。お前にも人の心が残ってたんだな」
「いえいえ、そう褒めなくとも……」
自分んをほったらかしにして仲良くしている二人に置いていかれるカケルだが、どっちも純粋に自分を案じているというのは分かって……つい、笑いが漏れた。
そんな彼を見て、二人の顔も綻ぶ。
「……ともかく、助かったよ黒服。このままだとモヤモヤして力が発揮できないところだった」
「お構いなく。いつか話す時が来るとは思っていましたから」
「ああ、それでさ。実は俺まだモヤることがあってな」
「何でしょうか」
「お前、後なにを隠してんの?」
何もかも見透かしていると言うような、鋭くまっすぐな目線が黒服を貫いた。彼の言葉に黒服は僅かに体を跳ねさせながらも、平然と答える。
「……何のことでしょう」
「とぼけるなよ。何やかんや長い付き合い、お前が何か言い淀んでるのくらい分かるさ……まだ俺には何かあるのか?」
「それは……」
「だったら教えてくれない? どうせなら、疑問は全部無くしたいんだ。頼む」
……そのまっすぐで、澄んでいる瞳。黒服の心を変えてしまった、カケルの少年らしさ。そうやって見つめられた黒服は、ぽつぽつと話し始める。
「カケルさん。あなたの、存在に関することです」
「うん」
「私は長らく疑問に思っていたのです。あなたの宿していた神性……ソペドは、私の知識によればホルスと同一視されている神。神秘も似通っていたことから、あなたたち二人は双子のようなものだと思っていて……しかし、違いました」
「……」
「カケルさん。あなたの生まれはアビドスではない。であるなら、何故かの神話に連なる神性を宿し、そしてそれがホルスと同一視されている、言ってしまえばホルスを構成する一部の神を宿しているのか」
九条カケルは、全てにおいて異質だった。他の神の一部である神性を宿し、その神は彼の生まれとは全く関係のないもので、そして何よりも……「聖域」を宿す少年。
「今回、理解したのです。あなたは……」
「……俺は、なに?」
「あなたは……受肉した色彩という
親がいるわけもない。何故なら彼は世界に作られたから。弱いわけもない、何故なら彼は受肉した色彩をいつか倒すために生まれたのだから。
ソペドという神性を宿しているのも、キヴォトスに生まれる存在として神性を宿さなければならないから、ホルスから一部を借りたのだ。キヴォトスでも最高の神秘である、ホルスから。
「あなたの存在理由は、色彩を倒すため。そのために作られたいわば道具……ゲームに例えるなら、魔王と戦うことを運命付けられている勇者。それが、あなたです」
「へえ。で?」
「……はい?」
「いや、で?」
早くしろよと言わんばかりの顔で続きを促すカケルだが、黒服は「以上なのですが……」と返してくる。それを聞いたカケルの顔が形容し難いほど変形する。はっきりとわかるのはその顔は「アホらしい」とでも言うようなものだったこと。
「は? この程度のことなんで言い淀んでたんだよ?」
「い、いや……思うところはないのですか? 自分の生き方は、自分で選んだものではなかったとか、そう思ったり「するわけねーだろ」
食い気味に答えるその様には苛立っている様子がありありと現れていた。思わず一歩後ずさった黒服へ、カケルが説教じみたことをする。
「前も俺に存在理由がどうとか説いたやつがいたけどな。例えそれが本当だったとして、だから何なんだよ。俺は俺だろ。今までも、これからも、自分の意思で選択し続けてることに変わりはない」
「……」
「色彩との因縁が何だ。今更あいつを殺す理由が一つ増えようとやることは変わらないね……ったく、緊張して損した。他に言うことはないな?」
「え、ええ……」
黒服が頷いたのを見て、カケルが安心したような、呆れたようなため息をついた。そんな本当にいつもと変わらぬ様子の彼に、黒服は微笑む。
「……たまに分からなくなりますよ。あなたが強いのか弱いのか」
「どっちもだろ」
「クックック……普通自分で言わないでしょう。しかし、それもそうですか」
愉快そうに笑った後、黒服は「それでは」とモヤの彼方へ消えていった。それを見届けると、二人は緊張が解けたように適当に座り込む。しばらくは色彩も来ないだろうし、休憩タイムといった感じだ。
(存在理由と言えば……元気にしてるかな、あいつ)
首筋をなぞれば、そこに跡はまだ残っている。それもそのはず、自分に反転術式をかける時わざわざ肉体だけに反転をかけたので、魂に刻まれているこの噛み跡が治るはずはないのだ。多少は自然治癒で消えかかっているが、それでもそこにあると分かる程度には深い。
指先で優しく何度もなぞっていると、それを不審に思ったホシノがひょっこり横から顔を出してきた。
「何それ?」
「あっ、ホシノ」
「噛み跡……ふーん。カケル、どういうことかな?」
満面の笑みだった。それも色彩の笑顔がマシに見えるほどの、見る人全てに原始的な恐怖を思い出させる、威嚇の笑み。
なぜ怒っているのかを理解できなかったカケルにも理解できる。逃げなければ死ぬと。
彼は何も言わず、空を飛んで逃げ出した。
虚妄のサンクトゥム襲来より七日目。世界滅亡まであと七日。
『先生! 第一から第五サンクトゥムの一斉破壊が今始まりました! このままいけば、数分後には第六サンクトゥムを破壊できるようになるはずです!』
「りょーかい。悪いな、アロナ。指揮まで任せちゃって……」
『全然大丈夫ですよ! そもそも先生には指揮の才能がありませんでしたし、いつもとあんまり変わりません!』
「やめてね」
シャーレの屋上で、カケルとアロナが話している。
今回の作戦において、アロナは総指揮を担っていた。各サンクトゥムでの指揮と情報収集、送信。そして場合によっては領域の対策と、幾つもの役割が詰め込まれている。
いくらスーパーAIとはいえなかなかの激務だったが、『先生に頼られたなら頑張るしかないですよ! アロナちゃんパワーを見せてあげます!』と気合いで全部こなしていた。
「結局、四日前から色彩は来なかったね」
「多分今日に合わせてきてるんだろ……第六サンクトゥムが攻撃できるようになるってことは、守護者も現れるってことだ。そいつと合わせて、俺を叩くつもりなんだろうな」
「結構ヤバくない?」
「そこでこいつの出番」
パンパン、と手を叩くといつも通り黒服が現れる。数日前にカケルが反転術式で治してやったので、ひび割れていた顔面や肌はすっかり元通りになっていた。
「こいつ曰く、色彩を数秒引き止められる策があるらしい。その隙に俺が秒で虚妄のサンクトゥムを破壊するってわけだ」
「お任せください」
「策って……具体的には?」
「煽ります」
はっきりと真面目にそう言い切る黒服に、思わず困惑した顔を見せるホシノ。
「えぇ……? それって策なの?」
「ええ、ほぼ確実に乗ってくると思いますよ」
「何を言うつもりなんだ……?」
「まあまあ、それはどうでもいいことですから」
笑顔でそう言う彼に不穏な気配を感じる二人。本当にいいのかとホシノが横目でカケルを睨めば、ふいっとその顔が背けられた。
「お二人とも、そろそろ準備をした方がいいのでは? あの日から既に四日……向こうは準備が万端でしょうからいつ襲ってきてもおかしくありませんよ」
「分かってるよ……ってか準備といってもアレを破壊しやすい位置に移動するだけだろ」
文句を垂れ流しながらもカケルは空を飛び、ホシノは空を蹴り、黒服はモヤを使って、それぞれ第六サンクトゥム眼前のビル、その屋上へと移動する。
嵐を思わせる凄まじい風の音だけが、そこに響いていた。
「アロナ。他のサンクトゥム破壊まで後どれくらい?」
『1分32秒です!』
「……来るならそろそろか」
31、30、29とアロナがカウントダウンを始める。1秒減るたびに緊張感も大きくなり、その身に纏うエネルギーも増大していった。
そして。
『64、63、62、61、60 ──』
「さて、三回戦目といこうか?」
「来たな」
第六サンクトゥム破壊可能1分前、色彩襲来。
「今更気づいたよ。全く、バックアップ用のパスを全部切ってくれるとは……魂を捉えられる君がいる以上、予想しておくべきだったな」
「その割にはずいぶん余裕そうだな」
「無論。他のサンクトゥムを復活させることはできなくなったが、貯めていたエネルギー自体は残っている。このエネルギーを私に流し込み、王手をかけるとしよう」
『45、44……』
第六サンクトゥムには、他のサンクトゥムが壊されても一回だけ復活することができるエネルギーが貯め込まれていた。だがカケルはエネルギーの通路を破壊、他のサンクトゥムの復活を事前に阻止することに成功する。
だがそこで色彩は復活代わりに自分にそのエネルギーを流し込み、自身を超強化しようと画策する。薄く笑いを浮かべながら今にも襲ってくるだろう二人を警戒する色彩だが……一歩前に進み出てきたのは、黒服。
「……黒服。ここは君の出る幕ではないと思うが?」
「つれませんね。せっかくですし、お話をしようと思ったのですが」
「そうやって私を引きつけようという魂胆が透けて見えているぞ。どうやらその治った頭は見せかけらしい」
「見えていてもいいんですよ。きっとあなたは、私の言葉を無視できませんから」
「なに?」
『30、29……』
怪訝そうな顔をするそれに、黒服はクックックと笑いながら語りかけた。
「色彩ごっこは楽しいですか?」
「……何を言っている? 私こそ色彩だ。ごっこ遊びではない、本物の色彩だぞ。そんなことさえ分からないのか」
「いえいえ、分かりますよ。あなたの中に色彩の力があるのは……ですがあなたは色彩ではありません」
「……」
「色彩に人格などありません。それは古来より確かな事実……ではあなたは何でしょうか? 答えは簡単、先生の理性と色彩の衝動が混ざって生まれた、
風が強く吹いている。遠くにあったはずの雲が速く流れていき、空を覆い尽くした。赤い空は一時的に雲に隠され、暗闇が世界を支配する。
「もう一度聞きましょう。色彩ごっこは楽しいですか? 色彩の力を使って、先生の頭脳を使って、人から借りたものだけで生き続ける
「……」
「あなたは何一つ自分のものを持っていない。人から借りたものを継ぎはぎで合わせて、不恰好な形で生きているだけ。それならば、あなたは生きていると言えるのでしょうか?」
「…………れ」
「世界を破壊したいのはあなたではなく色彩の衝動です。私たちと話しているのはその体に残っている知恵の残滓です。ならばどこに
「……まれ……」
「あなたのことなんて、あなた自身さえ見えていない。そうしてあなたは誰にも見られず、覚えられず、生まれた意味もないまま朽ちていくんですよ」
「っ、黙れ……っ!! 私は、色彩なんだっ!!」
『先生、今です!!』
同時だった。色彩の体に虚妄のサンクトゥムの力が流れ込み、黒いオーラを纏いながら空を割ったのも。第六サンクトゥムが纏っていたエネルギーが消え、カケルが飛び出したのも。
「極の番『宵』」
普段のようにエネルギーを分散せず、一つにまとめる。無数の光の束がまとめられ、それは巨大な光の槍となった。遥か上空まで一瞬にして登った彼は、地面に刺さっている虚妄のサンクトゥムを上書きするように、上から突き刺す……!
「くっ……」
「そうやってどちらを優先するべきかの思考ができるのも、あなたの力ではない。先生の脳みそが勝手に弾き出した計算です」
「黙れ黙れ黙れ!! 私はちゃんとここにいて、考えている!! この思考が私のものでなくて何なんだ! 私の意思を誰が否定できる!?」
子供の癇癪のごとく感情を表に出し、その強大な力を無作為に振るう色彩。それだけで黒服がいた建物は崩れ始め、辺り一体にも影響が及ぶ。次々と建物が崩れていく中、色彩は黒服を睨みつけた。
「もういい、私を口車に乗せてやったといい気になっているのだろうが無意味だ!」
術式「渾」 嵐+瞬間移動
何もかもを削り取る強大な嵐が彼の元に出現し、その身を削り取っている……そのはずなのに、彼の手にする光の槍は止まらない。
その光の槍は虚妄のサンクトゥムを半分ほど削り取っており、このままいけば後数十秒で壊れるだろう。焦ったように瞬間移動しようとするそれの前に、ホシノが拳を構えて立ち塞がった。
「私のこと、忘れてないでほしいな」
「小鳥遊ホシノ……!」
「変な運命もあるものだよね、私がお前を守ることになるなんてさ……!」
「お願いしますね、ホシノさん」
返事は語らず、行動で示す。向かってくる色彩にカウンターをするように打ち込んだ拳が、黒い閃光を伴う。小鳥遊ホシノは、黒い火花に愛されていた。
「ぐっ……図に乗るな……お前たち程度、私が力を振るえば消し炭になるような、矮小な存在でしかないんだ!」
攻撃を受けた腹の痛みに顔をしかめながらも、色彩はそう叫ぶ。だがその明らかに余裕のなさげな様子に二人は笑うばかり。
「その矮小な存在にずっと黒閃決められっぱなしの人は誰かな!?」
「殺せるなら殺してみて欲しいものですね。そんな有様では不可能だと思いますが」
「っ……! なら殺してやる、私を否定した罪をその身で払うがいい!」
術式「渾」 火山+隕石
それは禁断の掛け合わせ。圧倒的火力と範囲ゆえ、領域を展開せずとも術式が僅かに焼き切れるほどの負荷をもらう諸刃の剣。
漏瑚の術式、その極の番である「隕」と聖園ミカの隕石の掛け合わせは、隕石を内包した隕石としてキヴォトスに降る。単純計算で重さは二倍、被害は二倍では済まないだろう。
「貴様らも……何より、あの忌々しい先生の魂も! これで全員消え失せろ!」
「ありゃ、流石にヤバげ……黒服、どうにかして」
「無茶言わないでください。今回、私は何も持ってきていないんですよ」
「はぁ!? あんだけ煽っておいて本当に何も用意してないの!?」
「もちろんです。なぜならあなたを……そして、彼のことを何よりも信頼していますから」
次の瞬間、虚妄のサンクトゥムが完璧に砕け散った。先ほどまでそれが刺さっていた地点には光の槍が刺さっており……そしてそれが大きく振り回される。地上を向いていたその矛先は、天より飛来する天災に向けられた。
先ほどよりさらに出力を高めたその槍は、触れたもの全てをぐずぐずに溶かし、蒸発させる太陽の槍。隕石を青い光が呑み込み、通り過ぎた後には何も残らなかった。
「……なっ」
「流石カケルさんですね」
「何で私よりお前が理解者みたいになってるのかなあ……?」
気の抜けた会話を二人がする一方で、それはひどく動揺している。ただの先生の魂の器だと思っていた。先生に影響されただけの、自分に宿った
そんな彼が、黒閃など使わなくとも自分の出力を大きく超えている。
「あなたの、ではなく先生のでしょう? 先生の体が崩れるのも、色彩のエネルギー量に対して出力が追いついていないからですしね」
「お前は、いい加減に黙れ……!」
「おお怖い怖い。私たちは退避しましょうか」
虚空から出現した黒いモヤが2人を呑み込み消えていく。色彩はそれを見て苛立ったように足踏みをし、その余波で建物が崩れ落ちた。
ならばすぐにでもあいつを殺してくれようと振り向けば、太陽が自分を見ている。
彼方から飛んできた光の槍が、色彩を呑み込んだ。
やれやれ、途中で嵐が飛んできてヤバいと思ったけどアロナがいてくれて助かったぜ。
二人がしっかりと時間を稼いでくれたおかげで、全サンクトゥムの破壊も済んだ。ついでに破壊に使った槍も色彩に投げてみたけど……どうかなあ。割と出力と密度を絞ってたとはいえ、瞬剣よりはって感じだし。
地面に刺さっている巨大な青色に輝く槍が、光となって霧散する。同時に空間に俺の呪力が満ちていたことで阻害されていた探知ができるようになり、それが色彩の持つ巨大なエネルギーを捉えた。
残念、生きているらしい。そう考えると同時に、空が気味の悪い赤色から元通りの青色へと回帰していく。元通りになった日の光が降り注ぎ、世界を照らしていく。
太陽のスポットライトに照らされるのは、煙の中から出てくる色彩。溶けて消えていくビルの跡から、そいつは俺を睨みつけていた。高度を下げ、近づいていく。
「……色彩。いや、色彩と呼ばない方がいいのか?」
「黙れ……! 私は、色彩だ!」
色彩が手を振るうと同時に空気が揺れる。咄嗟に飛び退くと次の瞬間俺がいた場所に嵐が巻き起こった。これは刺激すると結構まずいかも。
……そう考えたが、それでも気になることがある。第一こいつが撤退するまではここにいないと何するか分からないし、適当に流しながら聞くか。
「なあ色彩。黒服が言ってた通りなら、お前は自分って存在が欲しいんだよな」
「だったら何だ!」
「じゃあ何で “色彩” に固執する。お前が求めているのは色彩にも、先生にも囚われない、本当の意味での自分なんじゃないのか」
「それは……っ! ……? いや、待て、それは……」
色彩が苦しみように頭を抱える。うううとうめき声を出しながら頭を掻きむしり、血が地面に垂れた。
その異様な様子に、思わず一歩後ずさる。
「わた、わたし、は……色彩っ、ああああくそくそくそくそくそっ、色彩、色彩として……違うっ! 色彩じゃない、私はここ、ここに生きてる……生きてるんだぁっ!!!」
「しき、さい?」
「違う違う違う違う違う!!! 私はそんな名前では……私は、私は………………」
誰なんだ?
目の前の誰かは、そう言い残して……黒いモヤに呑まれて消えていった。
小話:術式「聖域」
構築術式の上位互換。最大性能を発揮するとあらゆる物質や情報をリソースに変換して、そのリソースからあらゆる物質や情報を作り出せる。最大性能を発揮すると誰も勝てないが、最大性能を発揮するまでで大抵死ぬ。
小話:名前のない誰か
借り物の力で威張って、借り物の頭脳でしたり顔をして、虚しくないの?