呪われ男の先生代行譚   作:一般人参

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遅れてごめんなさい。めっちゃdeltaruneやってました。本当に面白い神ゲーだからみんなもやろう。


70. 壊

「……先生、すごいぐっすり寝ていますね」

 

『七日も緊張状態にあったんですから妥当ですね。むしろ今まで倒れなかった方がおかしいんですよ』

 

 カケルが寝ているベッド。その端っこに彼を邪魔しない程度に腰掛け、アリスは静かにケイと話していた。

 

「先生はやっぱりすごいんですね。アリスは二徹するのが限界です」

 

『……確かに、彼はすごいです。力量で言えば生徒全員でかかろうとも埋まらない差があります。ですが、カケルが頑張り続けられるのは別の理由があるんですよ』

 

「別の理由?」

 

『私たちです。私たちに安心して欲しい、平穏を過ごして欲しい、幸せに生きて欲しい……そんなことを思っているから、彼はどこまでも強がってしまうんです。本当はもっと弱いのに』

 

 ふと、彼の寝顔を見やる。それはあまりにあどけなく、幼なげな寝顔。母親のそばで眠る、赤子のような……可愛らしいとも言える寝顔。

 アリスは何となく、その頬に触れてみた。思っていたより柔らかい。

 

「……ケイは、先生のことをよく分かっているんですね」

 

『まあ、一緒の体に同居していましたから』

 

「なんだかずるいです」

 

『ずるっ……!?』

 

 そう言って頬を膨らませているアリス。そして彼女の心を直に感じ取れるケイは、アリスの思いを鮮明に感じ取ってしまい硬直した。

 

「先生と同じ景色を見れて、その気持ちを感じ取れて、誰よりも理解できていて……ちょっとだけ、羨ましいです。アリスには先生のこと、全部分からないですから」

 

『……ごめんなさい』

 

「あっ、ち、違うんです! 羨ましいですけど、嫌いなわけじゃなくて。むしろケイのことは好きです!」

 

『いいんですよ、そんなに申し訳なさそうにしなくても。私は……アリスに幸せになって欲しいですから。私なんかに遠慮しないでください』

 

 そう言った瞬間、アリスの頬がますます膨らんだ。予想していた反応と違って驚くケイ。そんな彼女に、アリスが怒ったように言う。

 

「だったらケイも遠慮しないでください。アリスだって、ケイに幸せになって欲しいです。アリスのために気持ちを押し隠す必要なんてありません! ケイの人生はケイのためにあるんですよ!」

 

『……アリス』

 

 二人が見つめあっているかのような沈黙が流れる。

 

 

 そしてそれをぶち破るが如く、ドアがバァン! と乱暴に開かれた。突然のことに目をまん丸にしていると、ドアを開けた張本人がひょこっと顔を覗かせる。

 

「あっ、いたいた! アリ──」

 

「も、モモイ! 少し静かにして欲しいです!」

 

 そう言った自分が大声を出してしまったことに気づき、即座に口を覆うアリス。それからモモイに向け人差し指を立てた後、そばにいる先生を指差す。

 

「あっ、ご、ごめん」

 

「だい……じょうぶです。起きてないので」

 

『あそこまで大きな音を立てても起きないとは……本当に疲れているんですね』

 

「それで、モモイはどうしたんですか?」

 

「いや、アリスがいなくなっちゃったから探しにきたんだけど……これってどういう状況?」

 

 首を傾げるモモイに、寝ている先生を護衛していることを説明するアリス。話を聞いている間はふーん、といった様子で聞いていたモモイ。だが説明が終わったと同時に、目を輝かせた。

 

「ならさ、アリスだけじゃなくてみんなでいようよ」

 

「みんなって……ミドリとユズもですか?」

 

「そーそ。出発が明日の夜明けらしくてさ、それまでみんなでいたかったんだよね。ここにみんなで集まれば、ついでに護衛の人数も増えて一石二鳥! どう?」

 

「うーん、ケイはどうですか?」

 

『なんで私に聞くんですか。アリスが良いならいいですよ』

 

「それじゃあ、みんなで集まりましょう」

 

「よおっし。じゃ、みんなのこと呼んでくるねー」

 

 そう言ってすぐさま部屋を出ていくモモイ。嵐のような彼女にアリスは苦笑した。

 

 


 

 

 目を開けると、真っ白な天井。パチパチと瞬きをしてから、ここがどこであるかをようやく思い出した。そうそう、ウトナ・ピシュティムの本船の一室で寝てたんだ。

 

 体を起こして見回すと、アリス……だけじゃない。モモイ、ミドリ、ユズもいる。ゲーム開発部勢揃いで、アリスは俺の体に突っ伏して、モモミド姉妹は寄り添いあって、ユズも二人にもたれかかるように寝ている……いやなんで?

 

 うーん、おおかた三人がアリスを呼びに来たはいいものの、アリスがここから動かなかったから仕方なく一緒にいて、そのうち寝ちゃったってところか? というか今何時?

 

「アロナ。俺が寝てからどれくらい経った?」

 

『先生が寝たのが昨日の夕方ごろで……現在時刻がそろそろ日が出るくらいなので、大体12時間程です!』

 

 結構寝たな。これくらい時間が経てば、流石に船の分析も終わってそう。軽く体を伸ばしてストレッチしたら早速操縦室あたりに向かって誰かに会いたいところだが。

 

 アリスを起こさないよう、そおっとベッドから抜け出る。きっと俺のことをずっと見守ってくれていたのだろう彼女の髪をそっと撫でて、部屋を出て行った。それからしばらく誰もいない廊下を歩いていく。

 

 誰かいる気配はするんだけど……と操縦室まで向かってみると見覚えのある生徒がいた。

 

「ヒマリ」

 

「おや、先生。気分はいかがですか?」

 

「最高ってところ。そっちはどんな感じ? ってか服変わったよね?」

 

「ふふふ、よくぞ気がつきました」

 

 目の前で車椅子に座っているヒマリは、制帽を被り、パイロットスーツっぽい材質の白い服を着ている。ぴっちりとしていて動きやすそうだ。

 

「今回の作戦に際して、この船の制御や状態の移行などの重要な役割を担当するオペレーターが必要だったのです」

 

「ふむ」

 

「そこで私含む九名が立候補しまして、その九名にはこの特製オペレータースーツを渡すことになったのです。無論見た目だけではありません、さまざまな機能を取り付けた優れものですよ」

 

「へえー……」

 

 よく分かんないけど凄そうだ。

 

「それはそうと、解析はどうなった?」

 

「そちらはすでに終わりました。それから作戦についても方針が定まっていて……ひとまず、簡潔に伝えますね」

 

 ということでヒマリ先生からのありがたい説明の時間だ。

 

 目的は「アトラ・ハシースの箱舟の破壊」。そしてそれまでには障害がいくつかあると予想されている。①箱舟を覆っている多次元解釈バリア ②箱舟内にいるだろう敵の数々 ③向こうの最高戦力である色彩

 

 ま、あいつは色彩じゃないんだけど……変に混乱させるのも嫌だし、あいつがいない場所では呼称を色彩に統一しておくか。

 

 それでまずは①から。これはまあ要するに侵入しようとしても超すごいバリアに阻まれてるから入れないってことなんだけど、その対抗策は同じ存在になること。

 ということでこの船自体をバリアと同じにして、バリアを突っ切るらしい。

 

「そんなことできるの?」

 

「無論です。この船の性能と、そして私という超天才病弱美少女ハッカーがいますから。すでに計算は済んでいます」

 

「へえ」

 

「ちなみにもしも失敗したら全員死にます」

 

「なんでそんな怖いこと言うの」

 

 原子単位でバラバラになるとか、運が良くても上空75,000mからスカイダイビングをする羽目になるとか、色々不穏な言葉が聞こえたが聞かなかったことにする。

 

 次に②だけど、これは純粋に数の暴力で押すらしい。つまりはこの船にたくさん生徒を乗せて、一斉に攻めるってことだな。

 

「そろそろみなさん集まると思いますよ。出発は夜明けと共にする予定なので」

 

「ちなみに誰が来るとか分かるの?」

 

「昨日いた人たちは全員来ます。具体的にはアビドスの方々、ゲヘナの方々、ミレニアムの方々……トリニティも一部の生徒が来ると言っていましたかね」

 

「いっぱい来るなあ……ってか、そういえばヒマリ以外はみんなどうしてるの?」

 

「みなさんには一度帰ってもらってます。もしかすると、これが地上にいられる最後の時かもしれませんからね」

 

「さっきからちょいちょい不穏なの何? そんなことにはさせないから」

 

「ふふ、かっこいいことを言いますね」

 

 きゃーと茶化すような仕草をされるが、俺としては大真面目だ。誰一人として取りこぼす気はない。勝つのは当然、犠牲者は無し。これで勝ってこそだろ。

 

 それで最後の③だけど、まあ当然ながら俺が相手だ。正確に言えば、俺とホシノだけどね。

 これで戦うのは……何回目か覚えてないけど、覚えてないってことはたくさん戦ってるってことだ。いい加減決着をつけてやる。

 

「アトラ・ハシースの箱舟を破壊すれば虚妄のサンクトゥムは二度と出現しなくなるとはいえ、肝心の大将が残っているのでは本末転倒です。先生、頑張ってくださいね」

 

「任せて。あいつは確実に俺の手で葬るから」

 

「いつになくやる気がみなぎっていますね。まあ私というダイヤモンドも羨むほどの美貌を持つ少女から応援されたなら、そうなるのも当然ですか」

 

「そうだな」

 

「流さないでください」

 

 作戦は決まった。あとは自分にできることを精一杯やるだけだな。

 

「出発は?」

 

「あと一時間もしないうちに。そろそろオペレーターのみなさんも集まるはずですから」

 

「了解」

 

「それから最後に。この船を起動するには、先生の持つ『シッテムの箱』が必要らしく……出発直前になりましたら、起動してください」

 

「任せといて」

 

 さて、いよいよ決戦か。

 

 アトラ・ハシースの箱舟を破壊し、あいつをぶっ倒して、世界に平和を取り戻す。なんて言えば正義のヒーローだけど、実際のところ今の俺を動かしてるのなんてそんな大層なものじゃない。

 色彩を、あいつを殺す。この憎悪にも哀れみにも似た何かが、この体を突き動かしていた。

 

『……先生』

 

「ん、アロナか。どうした?」

 

『その、ウトナ・ピシュティムの本船の起動のことなのですが。このオーパーツにも聖域(サンクトゥム)が使われているんです。そしてこの船を起動するということは、聖域を起動すると同義……だからこそ、起動した時には先生の身にも大きな負担が及びます』

 

「ああ、黒服も言ってたね」

 

『いくら先生の肉体が強靭で、反転術式があると言っても、もしかしたら死ぬかもしれません。それでも──「やるよ。やるしかないだろ」

 

 今更引き下がるなんて、口が裂けても言えない。例え本当に死ぬとしても、俺の道はもう一つだけだ。

 

 みんなが頑張ってくれた。この船に関してだけでもたくさんの生徒が動いてくれたし、虚妄のサンクトゥム破壊でも頼りっぱなしだった。みんなが命を賭けている中で、俺だけが命を賭けないなんてできるはずがない。

 

「大丈夫、俺は死なないよ。約束だ」

 

『……分かり、ました。先生がそこまで言うなら、どこまでもついていきます』

 

 アロナの辛そうな声が響く。俺の命は俺のものだけじゃない、そんなのは流石にもう分かっていた。俺が死ねばホシノが、ヒナが、アリスやミカも、それ以外のみんなも悲しむだろう。

 だから、死ぬわけにはいかない。それくらいは理解してるさ。

 

 ……それでも、ふと考えてしまう。もしも俺の死に場所があるなら、ここなんじゃないかと。ここであいつを倒して、そしたら先生が戻って来れるかもしれない。俺の体の中だと消えていくばかりだったけど、元の体ならもしかしたら、なんて。

 

 そうして先生が戻って来られたなら、その時は。

 

「そういえば先生、アリスたちはどうされたのですか?」

 

「あの子たちなら寝てるよ。俺のことを見守っていて、疲れちゃったのかな」

 

「……それ、少しまずくないですか? 起きたら見守っていたはずの先生がいないって、あの子たちはどう思いますかね」

 

「……あー……」

 

「出発までまだ時間はありますし、もう少し休んできてください」

 

 実際そう言われると、ちょっとまずい気もしてきたな。あいつらが起きないうちに戻ろうか……とその時、どたどたと慌てたような足音が聞こえてくる。あれ、手遅れかこれ?

 

「ひ、ヒマリ先輩! 先生が、先生がいなくなっちゃいました!! アリスが、アリスがちゃんと見守っていなかったせいで……」

 

「……手遅れでしたね」

 

「俺ならここだよ」

 

「えっ、あ、あれ!? 先生……うわあん、先生ー!!」

 

 ロケットみたいに飛び込んでくるアリスをしっかりと受け止める。勝手に出て行っちゃってごめんよ、と頭を撫でるとその頭を俺の胸にぐりぐり擦り付けてきた。

 

「うぅ……あ、アリス、起きたら先生がいなくって、も、もしかしたら何か危ない目に遭ってるのかと思って……」

 

「本当にごめんな? 一応作戦の擦り合わせとかしておかなきゃいけなかったからさ」

 

『アリスを泣かせましたね』

 

「あのちょっと待ってください」

 

 脳に響いただいぶ怒っている声に冷や汗が垂れる。いやでもちょっと許して欲しいというか、致し方ない事だったというか……というか、お前なら俺が何でいないかくらいすぐ分からなかったのか?

 

『護衛対象が急にいなくなっていたら、誰であっても焦ってまずはその人物を探すでしょう』

 

「そうですよ! ケイなんて焦りすぎて『アリス、待ってくださいアリス。わざとでは無いのは分かるんですけどちょっとやめて欲しいんですが……カケル、何を笑ってるんですか?』

 

「いや何でも無いけど」

 

「はっ、先生を見つけたことをモモイたちにも報告しないといけません! 行きますよケイ、全力ダッシュです!」

 

『えっまた船内を駆け回るんですか!?』

 

 先ほどの萎びた様子はどこへやら、俺から体を離すと凄まじい勢いで駆け出していくアリス。元気だなあ、と孫を見るジジイのような感想が出てしまった。ちなみに隣でヒマリも元気ですねえ、とおばあちゃんみたいなことを言っている。

 

 出発時刻。すなわち夜明けまで、あと30分もしない時の出来事だった。

 

 


 

 

 いよいよ夜明けが来た。地平線が橙色に染まり、新しい世界がやってくる。おはよう世界ってやつだ。

 

 すでに準備は整っている。数多の生徒たちがこの船に乗っていて、作戦を遂行する準備も万端。あとは俺たちがこの船を叩き起こすだけだ。

 

 シッテムの箱を持つ。

 

『先生、いつでもいけます!』

 

「よし、行こっか」

 

 それを船の起動装置にかざした。すると同時に、次々と船内の光が点灯していき、この部屋には青い光が脈打つ。みんなが次々に出す声からも、問題なく起動できたことが分かった。

 

 が、それを悠長に気に掛けられるほど余裕がない。船の起動、その反動が一気に体を襲った。一瞬目の前がチカチカして、異常なほどの吐き気が込み上げてくる。

 数秒もすれば異常は収まり、多少気分は悪いがまあ動けなくはない。

 

『先生!』

 

「問題ない。ちょっと船酔いした程度だよ、本当に大丈夫」

 

『無理はしないでくださいね……』

 

 さて、箱舟に着くまで少しかかる。その間何をしようか。

 

 周囲を見回せば、オペレーターのみんなが計器を確認したり、何らかの説明書を読み込んだりと忙しなくしている。この場で何もしていない俺はさぞ浮いていることだろうな。

 そんな強迫観念に駆られるまま何かしようと動き出したところで、誰かに首根っこを引っ掴まれた。

 

「ぐえっ、ちょっ」

 

「カケル」

 

 ホシノだと声で分かる。あいつはそのまま俺の抵抗などいざ知らず、俺が尻餅をついてもそのまま引きずっていった。

 

「あのっ、何してんの!?」

 

「船を起動したあと、少しふらついたよね。もしかして何だけどさ、船を起動するのに何か代償とか必要だった?」

 

 マジかこいつ、何でそんなとこまで気づくんだよ。

 

「いやそんな大したもんじゃないからっ、ちょっと反動で体が痛むだけだって」

 

「ふぅん」

 

「信じてねーな!? 本当だって、今はもう気分が悪い程度で収まってるから」

 

「気分悪いんじゃん、じゃあ休みなよ。どうせできることなんてないんだし」

 

 昨日も言われたなそれ! ちくせう、何でみんなして俺を正論攻めしてくるんだ。もう拗ねてやろうか。

 致し方なく黙り込んでいると、ホシノが大きなため息を吐く。

 

「こうやって気にかけてるのは、もちろんカケルが大事だからでもあるんだけどさ。忘れないで欲しいのは、あの色彩と戦えるのはカケルだけなんだよ」

 

「……!」

 

「カケルが勝ってくれなきゃ、みんな死ぬ。それなのに気分が悪いのを隠して虚勢を張ってるのは、なんか違うんじゃない?」

 

「……悪かったよ」

 

 少し拗ねたような声で返事したあと、ひょいと立ち上がってホシノの後ろをちゃんと歩き始めた。しばらく歩くと、今朝も休んでいた部屋が見えてくる。

 

「ちゃんと休んでね」

 

「分かってる」

 

 最後にそう返事すると、あいつは安心したように笑った。それから扉が閉じられ、俺はベッドにこの身を放り投げる。するとすぐさま瞼が重たくなり、また意識が遠のく。

 

「……アロナぁ、起こすの頼んだ」

 

『了解です!』

 

 さっきの反動は思ったより体にきていたらしい。そう思ったのも束の間、俺は再び夢の世界へと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

『先生!!』

 

「っ、何だ!?」

 

 体を即座に起こし、辺りを見回す。だが何もない……と気づいたところで、俺がアロナに頼んで起こすように言ってもらったのだと思い出した。だけど、それにしては切羽詰まった声だったような?

 

「何かあったのか?」

 

『えーっと、と、とりあえず走ってください! その最中に状況は話します!』

 

 言われるがまま走り出し、同時にアロナの話を聞く。

 

 要約すると、異常事態発生だった。

 

 箱舟がまとっている多次元解釈バリア。それを突破する作戦はこの船自体をバリアと同じようにしてすり抜けるというものだった。

 だが向こうが何かしたらしく、そのバリアの性質が変わってしまったらしい。そのせいで文字通り誤算が生じた俺たちはバリアが突破不能になり、このままではバリアに衝突する。

 

 そしてバリアに衝突すれば、運が良くても死ぬ。この箱舟内の全員が死ぬのは確定路線の、苦しまないことを祈るだけのクソゲーが始まる。そしてその打開策として挙げられたのが。

 

「アリスっ!!」

 

「!? せ、先生!?」

 

「な、何でここに……寝てたんじゃなかったの!?」

 

 船の上部にあった展望室。見上げれば黒い球体状のバリアが見えるガラス張りのそこに、アリスとゲーム開発部たちがいた。

 

 打開策として挙げられたのは、アリスの中の「名もなき神々の王女」の力を使って箱舟と同じ存在を作り出し、それをぶつけること。だがそれはつまり、アリスの命を賭けるということで、アリスが死ぬかもしれないということだった。

 

「先生……」

 

「馬鹿、やめろアリス。その力を使えば──「アリスは死ぬかもしれない、ですよね」

 

「えっ!?」「えっ?」「嘘……」

 

「……知ってたのかよ」

 

「ケイに言われましたから」

 

 知っていてなお、アリスの瞳に恐怖はない。震えることも、涙を流すこともなく、ただ澄み渡った青を湛えている。

 

「そんなっ、アリスちゃん……死んじゃだめだよ!」

 

「でも、アリスがやらないといけないんです。このまま放っておけば、みんなが死んでしまいます。アリスはそんなの嫌です。アリスは勇者ですから……みんなを守りたいんです」

 

「ふっざけんな。そのみんなの中に、お前は含まれていないんだろ」

 

「アリスも、先生と同じです。みんなが大切だから、自分の命を捨ててでもみんなを助けたいんです」

 

 手を伸ばしても、アリスは一歩後ろに下がってしまう。

 

 何でだ、何でまた俺は何もできない。ここでアリスを止めてもどうしようもないのなんて、頭で理解できていた。また俺は俺の力のなさで、誰かを失おうとしている。

 

 どれだけ強くなっても、いつも何かを取りこぼす。

 

『そんなことはありません』

 

「っ……ケイ」

 

『静かに。アリスにも聞こえないよう、慎重に喋っているんですから』

 

「……どういう意味だ」

 

『アリスは死にません。私が、そんなことはさせません。彼女はやっぱり、変わらず私の王女であり……そして大切な人ですから』

 

 その声からは並々ならぬ決意を感じ取れた。言葉通り、ケイはアリスを殺させない……そう信じれるだけの熱意と、そしてその信頼を俺は彼女に持っている。

 だからこそ、その言葉の裏にも気づく。

 

「お前はどうなる」

 

『……』

 

「答えろ。どうやってアリスを救うつもりだ」

 

「……? 先生?」

 

『……私が身代わりとなります。彼女が消滅する代わりに、私が消滅するのです』

 

 努めて平坦な声色にしようとしているのが分かった。いっそ清々しいくらいの笑顔で、それでも体はかすかに震えているようなちぐはぐさ。

 

『私は世界を滅ぼそうとして、アリスたちを傷つけて、何もかもを手遅れにしようとしました。だからそれに見合う罰をいつかは受けないといけなかった』

 

「うるせえ。死ぬことを怖がってる奴がそんなこと言ったって説得力皆無だ」

 

『そう、ですね。確かに死ぬのは怖いです。だってアリスと過ごす日々は、ゲーム開発部(彼女たち)と過ごす日々は……あなたといた時間は、幸せでしたから。だからもう、十分です』

 

 その言葉に、頭が沸騰するのを感じる。

 ふざけるな、置いてくなって言っただろ。あれだけ心を許させて、死んで欲しくないなんて言わせて、それでも死ぬのか。何でだ、何で俺は誰も……

 

 

 また、失うのか。

 

 

「──そんなことになるくらいなら、俺がやる」

 

「えっ?」

 

『何を言っているのですか。この役割を遂行するには、私たちの中の力が……』

 

聖域(サンクトゥム)だろ? 知ってるよ……俺の中にもあるんだから」

 

『!?』

 

 力ならそこにあった。命を賭けるだけで手が届く力が。

 

『っ、それこそふざけるなっ!!! あなたはこれからに必要な人でしょう! 色彩と戦う時だけじゃない、その後も、あなたは生き続けなければならない!』

 

「そんなの、お前らだって同じだ」

 

『同じじゃない……少なくとも私は! 私のような人物を生かして、何になるんですか!? どうせいてもいなくても変わらない、それどころか邪魔をしてばかりのなんの価値もない鍵を生かして、何になるっていうんですか!』

 

「俺はお前が生きてないと嫌なんだよ。黙って俺に生かされとけ」

 

『なっ──』

 

 深く呼吸をして、自分の内側に意識を向ける。

 頭の中にイメージが湧く。心臓を掻き出した先、命の奥深くに、眩く輝くそれはあった。

 

『やめてください……! あなたは、死んじゃダメなんです……』

 

「先、生?」

 

 手を伸ばす。伸ばした手は、どんどんその光に近づいていき──誰かに、その腕が掴まれた。想像の中だけじゃない、現実でもだ。思わず目を開くと、モモイが俺の腕を掴んでいる。

 

「先生」

 

「モモイ……?」

 

「私、馬鹿だから今何が起こってるのか、何で先生がそんなに必死そうなのかも分からない。でも、はっきりと分かることがあって──私は先生には死んで欲しくない」

 

「……」

 

「でももちろん、アリスにだって死んで欲しくない。ミドリも、ユズも、ケイだって……それに私だって死にたくない!」

 

「!?」

 

「お姉ちゃん……」「モモイ……」

 

「私は! 誰にも死んで欲しくない!」

 

 夢物語だ、そんな言葉が出そうになった。そんなこと叶うはずがない。

 

「ゲームだと選択肢ばっかりでも、この世界はゲームじゃない! 選択肢なんて私たちが作って良いし、そもそも選ばなくたって良いって、私は知ってる! 私は誰かを犠牲にすることなんて選ばない! 選ぶなら、全部だよ!」

 

「──」

 

「……あ、アリスは……」

 

『……』

 

 あまりに馬鹿らしくて、まっすぐで、眩しいほどの光で。その子供だけが持つ純粋な光が、大人びてしまった俺たちを照らし出す。

 

 ──自分の命を勘定に入れなくなったのはいつからだろうか? 先生を失った時? ユメ先輩を失った時? それとも……否定され続けて、自分に価値などないと認めた時?

 

『……馬鹿ですね、このモモイは』

 

「ケイ……そうですね。モモイはよく馬鹿って言われていますから」

 

「……えっ? あ、アリス!? 今私の悪口言った!?」

 

 この彩りあふれる世界で、俺だけが色を持っていない。白黒のまま、色彩豊かな世界をこの目に焼き付ける。

 

「先生、やっぱりアリスも死にたくないです。それに……先生にも、ケイにも、死んで欲しくないです」

 

『……だ、そうですよ。それに私も、あなたが私に死んで欲しくないように──あなたに死んで欲しくありません』

 

 

 そんな俺に、色をつけてくれたのは。

 

 

「……衝突まであと数分もないんだけど?」

 

「だったらその数分で解決策を思いつきましょう! 大丈夫です……アリスたちならできます」

 

 ……生徒が信じてくれるなら、信じているのなら。俺が信じないわけにもいかないか。生徒が信じる、俺を信じてみよう。

 

 天を仰げば、黒い球体が近づいて来ている。まあ正確に言えば俺たちが近づいているんだけど。

 さてどうする? どうやって、アレをぶっ壊す?

 

 必死に考える。みんなが生きる道を、俺もその隣に立つ道を。でもやっぱり、どれだけ考えてもこの命を賭けるしかない気はして……いや、違うか。それは、俺だけの話だ。

 

 今の俺の隣には、彼女たちがいてくれる。

 

「アリス、ケイ。悪いんだけど、俺と一緒に命懸けてくれない?」

 

「先生……」

 

『死にませんよね?』

 

「ああ……命は懸けても、捨てる気はない。これが俺の出した答えだ」

 

 そう言って、アリスに手を伸ばす。今度はがっちりと、その手を掴んでくれた。

 

「先生、信じています」

 

「任せとけ」

 

 その魂を引っ掴んで、俺の体に入れる。以前ケイがやった、直に魂を行き来させる技。それを今度はケイだけじゃなくてアリスにも適用し、今の俺の体の中にはアリス含めた三人の魂があった。

 力を失って倒れてきたアリスの体を優しく寝かせつつ、作戦を話す。

 

「超簡単に説明すると、術式の負担を三人に分散させる。二人で分けるより三人で分けたほうがいい……自明の理だろ?」

 

『脳筋です!』

 

『任せとけと豪語した割にはですね』

 

「喧嘩売ってるなら買うぜ」

 

 軽口を叩いても汗は止まらない。もしかしたら死ぬかもしれないことには変わりがない。三人まとめてお陀仏なんてこともあり得る……だけどそれ以上に、三人揃って生還できるかもしれないんだ。命を懸ける価値がある!

 

「っし、時間もないしやるぞ」

 

『はい! ケイもいきますよ!』

 

『全く……本当に、バカな人たちばっかりです』

 

 

「術式解放」

 

聖域(サンクトゥム)

 

 

 何か巨大な物の歯車を動かし始めたような、そんなイメージが頭に浮かんだ。同時に世界が変化する──違う、俺の認識が変わっているのか。全てのものの本質とでも言うべき何かが見える。

 

『ウトナ・ピシュティムの本船、そのリソースを確保』

 

『変換を開始します……先生!』

 

「分かってる」

 

 いくら三人体制で術式を扱っていても、本来の性能は発揮できない。ならば縛りを結ぶほかないだろう。思いつく限りの縛りを並べ立て、術式の性能を底上げしていく。時間制限、今後の使用禁止、単発限り、移動禁止……

 

 ここまでやっても、ギリギリ足りない。だからその残りは呪詞で補うことにした。

 

 術式の最大性能を発揮したおかげか、半径数十、数百mが知覚できる。この状態なら術式の遠隔発動をして、ウトナ・ピシュティムの本船そのものに砲身を取り付けられる。流石にここから撃つわけにはいかないからな。

 

 世界は無数の情報でできていた。本船からリソースを貰いつつ、それらを新しい情報に作り変えていく。

 

 船に巨大な砲塔──否、巨大化させた「光の剣:スーパーノヴァ」が作られた。多分、アリスのイメージが影響しているのだろう。想像(創造)されたのは究極の光を放つ、最高の勇者の武器。

 

 その砲身の先に呪力が集中していく。小さな青い太陽が、世界を照らし出した。

 

 

「── “龍鱗” “反発” “番いの流星”」

 

 

 最後にぱっと思いついた三節を並べ、光を目の前の黒いバリアに向ける。本当にいけるのか、それとも──

 

『先生。アリスたちを、自分を信じてください』

 

『大丈夫ですよ。私たちもいますから』

 

「……はっ、それもそうか」

 

 ふぅっと深く息を吐き出して……覚悟を決めて、放つ──!

 

 

 

(かい)

 

 

 

 世界を壊す光が、撃ち出された。

 

 極太のレーザーのような蒼が黒と衝突して、火花を散らしたように見えた──のも束の間、蒼が黒を貫通する。パキッと何かがひび割れる音と共に、バリアが崩壊した。

 

 後ろから歓声が上がるのが聞こえる。だけど気にする余裕がない。だんだんとその歓声が遠くなって、思わず膝をつきそうになった──のを気合いで堪える。

 

『──っ、ケイ、先生! 二人とも大丈夫ですか!?』

 

『だ、大丈夫です……それよりもアリス、あなたの方こそ無事ですか?』

 

『はい……ちょっと意識が飛びそうになりましたけど、大丈夫です』

 

『よかった……っカケル、あなたは!?』

 

 視界の中の物体が拡散し、何重にも重なって見える。船酔いなんか比較にならないほどの吐き気と、全身の筋肉が断裂したかのような痛み。流石に意識が飛びそうになる。

 

「……悪い、少し休む」

 

『はい。この後はしばらく生徒たちが侵攻します。色彩が出てくるまでは、少しでも体を休めておいてください』

 

「分かってる……っと、その前に」

 

 倒れていたアリスの体、その手をしっかりと握って二人を送り出してやる。俺の中から二人の魂が消えて、同時にアリスの目が覚めた。

 

 そしてそうしたが最後、地べたにぺたんと座り込む。そんな俺の様子を見てみんなが慌てて駆け寄ってくるのが……何だかおかしくて。

 

 こんな時だというのに、穏やかな笑いが漏れ出ていた。




小話:術式解放
今まで何度も使ってるし、原作でも死累累湧軍、焦眉之赳、幻獣琥珀の三つで使われている単語だが、普通に術式を使うのと何が違うのか明かされたことはない。ので作者流の解釈をして「時間制限付きの術式の使用」という意味になった。

死累累湧軍は領域内じゃないとある程度時間が経ったら終わりそうだし、焦眉之赳もずっと変化しているわけがない。幻獣琥珀も術式終了後、という単語が使われてるから意図的ではなくある程度の時間経過で術式が勝手に終了すると判断。

聖域の場合、時間制限とかは本来無いんだけどできるだけ性能を上げるために時間制限をつけるのはよくあるやり方。なので術式解放という単語が使われている。

小話:「壊」
言うまでもないと思うけど、世界を断つ斬撃のオマージュ。三人体制+数多の縛りでどうにかこうにか死なずに撃てた。普通に撃とうと思ったら命を賭けないといけない。
二度と撃たない縛りも入れたので今後登場しない。
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