その世界は、ただ一つのものによって管理されていた。
あらゆる出来事は、そのものによって決定され、そこに住む人々は、それを当然のことと受け入れていた。
「管理者」の庇護の下、人々は約束された繁栄を続け、やがて、力をもつ者<企業>が生まれた。
企業はより大きな力を追い求め、やがて、互いに争いを始めた。
だが、その争いすらも、管理者の掌の上の出来事であった。
全てが予定された世界。
だがそれは、徐々に狂いを生み始めていた。
……この男も、その狂いの一つなのかもしれない。
──
時刻7:53。
これからレイヴン試験を受ける俺は、輸送機の振動に揺られていた。
開始時刻が迫るにつれて、胸の中を何かが這いずり回るような感覚が強くなっていく。
「味わったことの無い緊張感……! 燃えてきたぜ!」
……なんて思いたいところだが、どうも様子が違う。
この正体不明の感覚。コレは恐らく──乗り物酔いだ。
「う、うぉえ……」
だ、ダメだ。本当に出る。
熱いものが胸にこみ上げてくるぜ! と感じていたのはただのゲロだった。
「だが、何故今になって……」
ACを試運転した時はこんなことにはならなかったはずなのに。
俺は少しでも気分を紛らわすために、同じく試験を受ける僚機アップルボーイ──輸送機に乗る前、律儀に自己紹介してくれた──へと話しかけてみた。
「……リンゴくん、調子はどうだい。うぷっ……」
「いや、アナタこそ大丈夫ですか……?」
「俺は、もう長くない。俺のことは置いていけ」
「いや、輸送機の中に置いて行ってもそこはただの安全圏ですよ」
「おえ……最後くらい、カッコよく決めさせてくれよ」
あ、やばい。目の前がぐわんぐわんして来た。
「最後も何も、今から始まるんですからしっかりして下さい」
「そんな事言われたって、無理なもんは……」
楽しくリンゴ君と会話(?)していると、試験官から通信が入った。
『そろそろ目標地点に到達する。もう一度、君達に課せられた依頼を確認する』
待ってくれ。今、確認すべきは作戦内容じゃなくて、この機体にエチケット袋があるかどうかだ。
『目標は市街地を制圧している部隊の撃破。この依頼を達成した時、君たちはレイヴンとして登録される。このチャンスに二度目はない。必ず成功させることだ』
「もうやるしかないですよ、気合入れてください!」
「で、でもぉ……うぷっ」
「いい年した大人が『でもぉ』なんて、気持ち悪いですよ」
俺だって……ずっと気持ち悪いんだよ……!
『これより作戦領域へ投下。ミッションを開始する』
輸送機のハッチが開き、リンゴくんが先行して降下していく。
「く、クソ! 行くしかねぇ!」
俺は意を決して、高度1000メートルから空へ身を投げ出した。
浮遊感と共に、胃の中のものが逆流してくるのを感じる。
ホントに無理かも。
脚部逆噴射によるブレーキングを行いながら、何とか着地に成功した。
「こ、こうなりゃ短期決戦だ!」
機体モニタに敵影を確認。レーダーの反応は七体。
着地の土煙が舞う中、敵機がこちらに銃口を向けている。
「これに生き残れば!」
リンゴくんが叫びながら勇ましく火花を散らしている。
俺は彼とは反対方向の敵集団を受け持つことにした。
『赤いラインは作戦領域を……』
試験官がまだ通信で何か言っているが、気持ち悪くてそれどころではない。
エリアオーバーがどうとか言っていたので、恐らく俺の胃液がエリアオーバー寸前なのを気遣ってくれているのだろう。
「まずはお前だ!」
敵をロックオンするが、三半規管が限界で視界がぐわんぐわんと揺れる。これじゃ射撃は当たらない。
俺は強引にブーストを吹かし、ブレードで斬り伏せる戦術に切り替えた。
「い、意外にいける……。ははは、やっぱり俺は天才だ!」
胸のむかつきを抱えながらも、我ながらキレのある動きを見せる自機。
一機、二機、三機……次々と敵機が爆炎に包まれる。
いけるぞ。リンゴくんよりも速いペースだ。よし、ついでに彼の獲物も横取りして、試験官に実力をアピールしておこう!
「スラ──ッシュ!」
「み、味方です! しっかりして下さい!」
「え? あ、ごめん……今度こそ、スラ──ッシュ!」
「だから味方ですって! わざとですか!?」
三半規管がやられて、色でしか判断できないほど視点が定まっていない。
「ち、違うんだ! 色が似てるから……! というか、もうダメだ。前が見えない、暗い、気持ち悪い。リンゴくん、あとは頼んだ……」
「ええええっっ!?」
半分以上倒したんだ。あとはなんとかなるだろう。
あ、ダメだ。これ以上考え事をしたら、本当に「出る」
──。
「はぁ……はぁ……っ!」
数分後。身動きの取れない俺を守りながら、リンゴくんは残りの敵機をすべて殲滅した。
「あ、ありがとう。おかげで……なんとか持ち直したよ」
「ま、まぁ、半分以上は倒してくれてたんで。このくらいは、しないと」
「本当に恩にきる。クソ、よりによって人生がかかった試験の日に乗り物酔いだなんて……」
そんなやり取りをしていると、再び試験官から通信が入った。
『……敵部隊の全滅を確認。過程はともかく、ミッションが成功したことは確かだ。不本意ではあるが……新たなるレイヴンとして、君たちを歓迎しよう』
不本意とか言っちゃったよこの人。
「一応、合格……?」
「そうみたいですね。ふぅ、良かった……」
『登録手続きを行うため、一度グローバルコーテックス本社へ向かってもらう。輸送機を手配した、速やかに搭乗しろ』
静かなエンジン音と共に、俺たちの目の前に輸送機が着陸し、ハッチが開いた。
「行きましょう。……そういえば、あなたのパイロットネームをまだ聞いていませんでしたね」
「パイロットネームか、考えてなかったな。ゲロ出そうだったし、もう『ピューク(嘔吐)』でいいよ」
「えぇ……? 汚いから嫌ですよ、それ。もっとマシなのを考えてください」
「わかった、わかったよ。じゃあ、お前がリンゴだから、俺は『リューク』で」
「なぜリンゴでリュークなのかは分かりませんが……まぁ、さっきよりはマシですね」
俺とアップルボーイ……改めリュークとリンゴは、他愛ない話をしながら輸送機に乗り込んだ。
それと同時にハッチが閉じ、機体が急上昇を開始する。
──これが俺たちの、レイヴンとしての戦いの始まりだった。
「やべ、また揺れ……おえっ、吐く! 出る! うぉえええええええ!!」
「リュークさん!?」
その