【完結】羽沼マコトが席から降りた日   作:詠符音黎

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10.かつての政敵、今は盟友

 本日は回数にして我がトリニティとゲヘナの会談が四回目を迎える事となりました。

 第一回で思った以上に和やかな空気で会談が進んだ結果、その後の第二回、第三回も穏やかな流れで進み、よりトリニティとゲヘナの融和政策を内外に示すアピールとしてはこれ以上ないものとなりました。

 ですが今回の会談はまるっきり状況が違います。

 先日のマコト議長の誘拐事件、そしてそれにアリウスの土地、さらに言えばトリニティの土地が絡んでいた事によってより状況が悪化してしまった事が我がトリニティの大きな落ち度としてゲヘナに負い目を作ってしまった形となります。

 この負い目は主にトリニティ内部における対立を再び作ってしまう危険性を孕んでおりなるべく穏便な解決をしなければなりません。

 幸いなことに公の場においてゲヘナはトリニティの責任を追求してこなかったばかりかむしろトリニティとアリウスに対して非常に配慮をした声明を出してくれたため、今のところは大事にはなっていません。

 ですがそれを加味しても今回はあの事件が起きてから初めてのトリニティ・ゲヘナ会談。ここでまた情勢が動く可能性もあります。

 それゆえに今回の会談は私とマコト議長、二人だけの会談という形になりました。場所は今まで話し合ってきた中でいくつかの自治区同士の境を跨いだ土地においてトリニティの正義実現委員会とゲヘナの風紀委員会双方が問題なく動けるようにした場所にしました。

 今回は第三者の立会人をつけずに護衛のみ。

 一方で護衛は先日の一件から双方の治安維持組織のトップに加えある程度の手勢を揃えた形にはしました。ここで手を抜けばむしろ悪しき解釈をされかねませんし。

 ただ、あくまでみなさんは遠巻きに護衛して貰って私とマコト議長は二人っきりにしてもらうという形にしてもらいました。

 此度の会談は、どうしても二人っきりで話したいと思ったのです。

 こうして私達は、四回目のトリニティ・ゲヘナ会談を迎える事となります。

 

 

   *****

 

 

「マコト議長、この度は我々の不手際により大変ご迷惑をおかけしました」

 

 お互い顔を合わせてからすぐ、私は席から立ち上がりマコト議長に頭を下げました。

 ちなみに私達がいるのはボーダーランド遊園地に併設されているリゾートレストランの一角となっています。

 他のお客様の邪魔にはならないよう完全な貸し切りにはせず、個室となっている場所を私達二人が話す場所としてお借りしています。

 そして今この部屋にいるのは私とマコト議長の二人だけで、ツルギさんとヒナさんは扉のすぐそばで待機という形になっています。

 あの方々なら部屋の外にいる程度は問題にならないでしょう。

 

「……いきなり何かと思えば。あれはもう終わった事だろう。それに相手組織の性質からどこかに責任があるというわけでもなく、組織の壊滅という点でどの学校にも瑕疵はないという事にした話だ。それをわざわざティーパーティーのトップたる貴様が頭を下げてくるとは、まともな判断とは思えんな」

 

 ……噂では聞いていましたが、やはり内心驚きを感じえません。あのマコト議長がここまで落ち着いた反応で済ませるなんて。

 忌憚なく言ってしまえば、これまでのマコト議長は少しでもこちらが弱みを見せればふてぶてしい態度と失礼な発言で自らの立場の優位性を主張してくるお方でした。

 私達トリニティの生徒とは違い直接悪意をぶつけてくる彼女の振る舞いは水面下での争いを得意とした私達とはまた性質が違い、そうした言動に強く反発してしまう生徒は多くいました。それこそミカさんなどは抑えるのに苦労した覚えもあります。

 ですが今のマコト議長は違います。良く言えば分別がついておりますが、悪く言えば為政者としての論戦の能力は随分と衰えてしまったように思えます。

 

「いえ、これはあくまで私個人の謝罪です。あの事件において力になれなかった事を悔やみ、少しでも気持ちを軽くしたいと思ったただのエゴとしてお受け取りください」

「……フン。ならば、そういう事にしておこう」

 

 マコト議長は表情を崩さず、頷く事もしませんでしたがそうお答えしてくれました。

 それはこの件の話はもうここでおしまいにする、という合図でもあります。

 いつまでも過去を振り返らずに前を見る姿勢は私としても見習うべき所ではあると感じていたので、私もそれを飲み席につくことにしました。

 

「それでは、ここからはいつも通りの会談といきましょう。マコト議長は何か注文されたいものなどはありますか?」

 

 いつも通りの会談、というのはつまり軽くおしゃべりをしながらも今後のトリニティ・ゲヘナ間の調整をどうしていくのかという話をするという事です。

 これまでの三回もそうして進めてきており、その過程で随分とミカさんやセイアさんもゲヘナの方々との間にあった壁が薄くなったものです。特にミカさんは万魔殿に飛び級で参加したイブキさんをいたく気に入っていて、三回目の会談においてはずっと二人で遊んでいました。

 正直さすがにもっとしっかりして欲しかったという気持ちはありましたが、イブキさんの可愛らしさを見るとついそうなってしまうのも分かり強くは言えませんでした。

 

「そうだな……いや、私からは特には。そちらの好きに注文してくれて構わん」

「分かりました。ではこちらで二人分頼ませていただきますね」

 

 メニュー表をぱっと見ながら決めると、私は手元にある呼び鈴をならしました。

 すると外で待機していたツルギさんが室内に入ってきて私の注文を聞いて、それをレストランの従業員の方に伝えてきてくれます。

 それから少しして、私達の元に注文した品が届きました。

 二人分の紅茶、そしてロールケーキです。

 

「それではトリニティとゲヘナ、今後の関係の前進を祝って」

「ああ、よろしく頼む」

 

 お互い、軽く言葉を交わした後に紅茶に口をつけます。

 銘茶はキーモン。ストレートが適していてかつ品格の高いこの茶葉ならば私達の会談にふさわしくかつ紅茶を飲み慣れていないマコト議長にもお出しされたものを飲むだけでいいので下手な面倒はないと思ったからです。

 さすがにマコト議長はそんなことは言い出さないと思うのですが、トリニティはミルクの入れ方一つで論争になりますからね。

 ええそうですとも、ミルクティーにおいては私としましてはミルクを先に入れるべきだと考えていますがここはあくまで多様性を尊重したいとも思っています。けれども時には細かな作法やミルクティーそのものが持つ魅力がいかなる調和で成り立っているかを無視し先に紅茶を入れる事を優先するお人もおられまして、そこを重視されると私としましても当然譲れないラインは存在しますのでつい熱弁してしまいついには感情的な討論に至ってしまう事もあるので――とまあ、これはさすがにトリニティの問題ですしこんなことでマコト議長と喧嘩をしたくはないですからね……。

 

「……うん、おいしいな」

 

 と、私がそんな「ミルクティーはミルクが先か、紅茶が先か(証明不可能な問題)」というトリニティ永遠の命題について思いを馳せているうちに紅茶に口をつけたマコト議長が言いました。

 ですが、落ち着き払った表情でこぼされたその言葉はなんだかあまり身が入っていないように思えました。

 この感覚はトリニティでは当たり前の上辺だけでの社交辞令と同じ感覚です。けれどもまさかマコト議長からこれを感じる事があるとは思いませんでした。

 この人は腹芸はしますが良くも悪くもゲヘナのトップらしく本当にはっきりとした人でもありましたから。

 

「このロールケーキも悪くない。甘い物を積極的に取る方ではないが、それでも味の良さというのは分かるからな」

 

 とりわけおかしい事を言っているわけではありません。

 実際このロールケーキは私からしましても良い一品だと思います。ですが、この感想は何にでも当てはまるような、空虚な構文をなぞらえている、そんな風にしか聞こえません。

 

「……マコト議長。何か、お悩みの事でもあるのでしょうか?」

 

 ――思わず、そんな事が口に出てしまいました。

 

 ただの社交辞令の場としてこの場をいなすのが最も賢い選択だったのは間違いありません。それが政治というものですし。

 でも、それを分かっていながらも私はそんな言葉を彼女に投げかけるのを抑えられませんでした。

 

 ――ああ、失敗しましたね。こんなことを聞けば機嫌を損ね、この場から立ち上がられてもおかしくないでしょうに。

 

「……悩み、か。……まったく、私も焼きが回ったな。まさかトリニティのトップからそうした心配をされてしまうとは」

 

 ですが意外にも返ってきたのは、マコト議長の寂しそうな自嘲でした。

 

「そんなに分かりやすかったか。今日の私は」

「……そうですね。失礼ながら、本日のマコト議長は普段の覇気が感じられなかったものですし、随分とお言葉も軽かったですから」

「はぁ……成る程、他校の連中ならまだ知れず、陰険極まる伏魔殿のトリニティ、そこでも()()()()()()()()()()()()()()()の主には通用せんか。我ながら、まだまだ浅いな」

「万魔殿の主から伏魔殿と称されるとは、光栄の極みです」

 

 本日やっと、マコト議長とお話ができたように思えました。

 嫌味をぶつけ合った訳ですが、こちらのほうがずっとお互い自然体であり、かつ悪意が同居していないためにむしろ心地よさすら感じる程です。

 

「それで、実際の所はどうなのですか? 少なくとも()()()()()()()()この部屋には他に聞き耳はないと把握しておりますが」

「うむ、そうだな。()()()()()()()()()()()ここにのぞき穴はない。とはいえ、誰かに言うような話でもないさ。人様に愚痴をこぼしたところで、その問題が解決するわけではないだろう?」

「……ごもっともで」

 

 今の彼女には、既視感を覚えます。とてもとても身に覚えのある既視感を。

 あのエデン条約における数々の騒動、そこで疑心暗鬼に囚われ自ら孤独に堕ちていた私の姿のようであると。

 

「ですが、言うだけ楽になるかもしれませんよ? 溜め込むと碌な事にならない……というのが、私の()()であった話でして」

「ふむ、そういうものか……そうだな、そういうものなのかもしれんな。……でも、すまない。こればかりは私の胸に秘めておきたい話なんだ。私だけの苦しみとしておきたいんだ」

 

 彼女は腕を組みながら紅茶の表面に映る自分と見つめ合いながら言いました。

 そこに私は同じ為政者としての共感を覚えました。トップはいくら辛くとも一人でそれを腹の中に抑え込まなければならないときもあります。

 先生に手を差し伸べてもらった私ですが、それとこれとはまた別でもあるのです。

 

「分かりました……では、代わりにと言ってはなんですが、一つお願いさせて貰ってよろしいでしょうか」

「うん? なんだ?」

 

 彼女は組んだ腕を変えず、顔をそのまま上げて私の方を見ました。そんな彼女に、私は言います。

 

「これから……こうして二人だけのときだけでいいですので――マコトさんと、お呼びしてもよろしいでしょうか?」

 

 これは本当に忖度抜きに私の心から出た言葉でした。今の彼女を放っておけないという気持ち、そしてこの状況下において感じた強い親近感からそう思い告げたのです。

 ……言った後で、随分な事を言ってしまったという後悔がじわじわと湧いてきました。そもそも私の人生において友人と呼べる人は案外少なかったですから、これが友達作りの正しい作法かもわかりません。

 もし断られたら……という不安が襲ってきます。

 

「……ふ、ふふふ……はははははっ……!」

 

 すると、彼女は大声で笑い出しました。天井を仰ぎながらのその笑い顔は完全には見えず、大きく開いた口元だけが見えます。

 

「なるほど、マコトさん、か……! うむ、悪くないな……ああ、いいぞ。好きに呼ぶといい、ナギサ」

「……はい! よろしくお願いしますね、マコトさん」

 

 私に以前に近い笑みで返してくれたマコトさんに、思わず声が上ずってしまいましたが、私もまた笑顔で答えました。

 まさかゲヘナ学園に友人ができるとは……人生とは分からないものだと、改めて思います。

 その後の会談は、二人でゆっくりと楽しい時間を過ごして終わる事ができました。

 結果として、これまでの会談の中でもとても充実した一日だったように思います。ただ、マコトさんはなんだか普段よりもずっとお手洗いの回数が多かったですね。

 もしかして案外カフェインに弱い方だったのでしょうか? 思えばこれまでの会談では飲食は控えめでしたし、イメージと違ってコーヒーなどはあまり取らない方だったのかもしれません。

 これからは気をつけねばならないと反省し、ここで次また二人になったときの事を考えている自分に気づいて少しばかり自分に呆れ笑ってしまうのでした。

 

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