【完結】羽沼マコトが席から降りた日   作:詠符音黎

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14.京極サツキが席についた日

「……慣れないわね」

 

 私がマコトちゃんから議長を継いで欲しいと頼まれてから三日後の月曜日。

 諸々の発表やら引き継ぎの手続きやらを休日を利用してなるべく最速で済ませ、ついに私が議長としての初登校をする日がやって来たのだが、鏡に映る自分の姿を見て、ついそうこぼしてしまった。

 別に何かが大きく変わった訳じゃない。ただマコトちゃんから制帽を受け取って、それを被っただけ。

 でも今までずっとマコトちゃんが被っていたものを私が被る事になるというのがまず違和感が大きかったし、これから慣れない議長という仕事を行う事へのプレッシャーもあった。

 

「でも……はぁ、泣き言なんて言ってられないわよね」

 

 私はマコトちゃんの夢を引き継ぐって決めたんだから、それはしっかりと果たさないといけない。

 さすがに私にキヴォトスの支配なんて大それた野望は果たせないだろうけれど、このゲヘナを一人の議長として守る事ぐらいはできる。

 

「……よし!」

 

 私は気合を入れ直し、寮を出て学園への道を歩き始めた。

 

 

   *****

 

 

「うぅ~~……やっぱり私には無理なのよぉ~~……」

 

 役員用のデスクに上半身をうつ伏せに投げ出しながら私は吐き出してしまう。

 まさか議長という座になるだけでここまで仕事の内容が変わってくるとは思わなかった。

 マコトちゃんこれ今まで捌いてたの? 凄くない?

 

「いやまあさすがに今回は先日からの事後処理の量が凄いので普段はここまでではないです。だから早く仕事進めましょうサツキ先輩。本日分はまだ残ってますので」

 

 目の前からイロハの声がしたので態勢は変えないまま顔を上げる。

 そこには資料片手に別のデスクでタブレットとにらめっこをしている姿があった。

 

「そうなのぉ……? 普段と比較してどれくらいな感じ?」

「んー、普段が五なら今は十二ってところですかね」

「十越えてるじゃないのよもーっ! はぁ……まあでも頑張らないとね。引き受けるって決めたのは結局私なんだし」

 

 なんとか起き上がり制帽を被り直す。

 こうすると自然と気合が入る。この立場はマコトちゃんが託してくれたんだということを思い出させてくれる。

 

「……よし!」

 

 私は万年筆を手に取り未だ残る書類の山へと取り掛かる。

 なんだかイロハからの視線を感じたけれど、まあ気の所為よね。

 

 

 

 

 

「ふぅ~! 終わったぁ~……!」

 

 本日のノルマを達成した私はググッと座りながら背伸びをした。

 ふと背後の窓の外を見るともうだいぶ暗い。秋も本格的になってきてすっかり日が落ちるようになってしまった。

 

「……外出たくないわね」

 

 いえ、まだギリギリ空に赤みがあるからダッシュで帰ればすっかり暗くなるまでには帰れるんじゃないかしら?

 けど万魔殿の議長となった私が暗いのが怖いからって走って帰るってのも良くないわよね……。

 まあ街灯の下を歩けば何も問題はないのだけれど夜の一人歩きはふとした瞬間心細くなるというか、ほらなんとなくで明かりが少ない路地とか見ると凄い怖いし……あと一度怖いって思ったところなんて見なければいいのにむしろ見ちゃうようになることあるわよね。あれなんなの? おかしくない? 人体のバグじゃない?

 あ、そうだ。タクシーを頼めばいいんじゃないかしら? そうすれば下校に車を使うことで議長らしさも保てるし怖くないわね! うん、名案だわ!

 

「よし、そうと決まれば……」

「タクシーって夜でも車内にライトをつけないんでむしろ外より暗いと思いますよ」

「えっ!? なんで私が考えてた事を!?」

「いや口から漏れてましたよ……」

 

 イロハが呆れた様子で言ってくる。

 むう……さすがに考えている事が口から漏れちゃうのは良くないわよね。今の立場を考えるのなら直さないと。

 

「はぁ……悪かったわね。まあでもそうよね、私はもうこの万魔殿の議長なんだから暗いのと怖いのが苦手だからって逃げてる訳にもいかないわよね。仕事が捗らないのだって結局は私がマコトちゃんが仕事やってくれてたのに甘えてたせいだし。うん、そうね。頑張らないと」

 

 私はギュッと制帽のつばを握った。

 うん、勇気が湧いてくる。頑張ろうって思えてくる。

 だって私は、この万魔殿の議長で、マコトちゃんの後釜なんだから。

 

「…………サツキ先輩。それ、止めてください」

「え?」

 

 突然イロハが小声で言ってきた。彼女はいつの間にか立ち上がっていて私に体を向けている。

 一体どういう事なんだろう? ちょっと話が見えない。

 

「止めろって……何を?」

「だから……その、『議長だから頑張らないと』ってやつですよ。それで一人で抱え込み過ぎたせいで……マコト先輩はいなくなっちゃったわけじゃないですか」

 

 イロハは目を伏せながら言う。

 そうしている彼女もまた制帽のつばを握っていたが、それが私がしたものとはまったく意味合いが違う事ぐらいは私にも分かる。

 ただ、それがどういう感情からなのかはちょっとまだ分からなかった。

 

「確かにそうだけれど……でも、私がマコトちゃんと比べるのは情けない議長になっちゃうのは確かだし、頑張ろうってのは別に――」

「――マコト先輩の体、どれくらいで治るか聞きましたよね?」

「……え、ええ。マコトちゃんが普通の生徒になるのならってもう立場を気にしなくていいから先生にお願いして、それでミレニアムと山海経、そしてトリニティが助けてくれる事になって……様子見を含めても、来週の中頃には登校できるようになるらしいって」

 

 これ自体は凄く嬉しい知らせで、聞いたときに泣いて崩れ落ちちゃったぐらいだ。

 でも同時に、それは他所の力を借りれば簡単に済んだ問題だったという話でもある。

 まあミレニアムの最新医療機器と山海経の錬丹研究会はともかく、トリニティの救護騎士団が手を貸してくれたのは意外だった。というか、なんなら一番早く動いてくれたらしい。

 正直いったいどんな交換条件をふっかけられるのかと警戒もしたけれど、ティーパーティーのホスト代表である桐藤ナギサ曰く「これもトリニティとゲヘナの友情のためですから」との答えが来た。

 どういう意図があるのかは正直私にはまだ測り損ねているけれど、少なくとも外交上での無理難題がふっかけられなかったのは助かったのは間違いない。

 ともかく、周囲に助けを求めたならば助かった体だったというのは私達としても素直に飲み込みづらいのは間違いなかった。

 

「でも、そこの事情はイロハだって分かっているでしょう? 確かに他校に頭を下げればマコトちゃんはもっと早く助かっていた。でも、情勢がそれを許さなかった。今回マコトちゃんが倒れたときに湧いてきた連中は概ね対応はした……ていうか今もしているけれど、もし頭を下げていたらアレらはまた別の汚い手口で攻めてきてたわ」

 

 正直、今こうしてなんとかその手の連中を抑え込めているのもあくまで「前議長が急病で倒れたため交代した」という状況に助けられている所が大きい。

 あくまで自校で起きた個人の問題と、他校に外交的な弱みを作ってしまうのとでは大きく違う。

 私達が今回相手にしているのは、そういった恥も外聞もないやり方をしてくる連中だ。

 

「だからマコトちゃんの選択は間違ってなかったと思うし、そのために頑張ってきたマコトちゃんがいるんだから私も頑張りたいのよ。そのためにまあ、自分の苦手と向き合うくらいの事は――」

「――でも結局ッ! マコト先輩はそのせいでいなくなっちゃったじゃないですかっ!!」

 

 突然の怒号に、私は言葉を失い動けなくなる。

 顔を上げたイロハの顔は、ぐちゃぐちゃになっていた。

 大粒の涙を流して、悲しみの歪みで表情が満ちている。この顔を、私はかつて見ている。マコトちゃんが倒れたあの日、病室の前で泣いていたあのときと同じ顔だ。

 

「私、マコト先輩が辛いのを知っていて、でも頑張るかって言ったから、私も支えないとって、ゲヘナを取り巻く状況は知ってたから、そうしようって……でも、それで先輩、倒れて……私、結局何の力にもなれなくて……だから、もう、嫌なんですよ……止めてください、怖いんです……サツキ先輩まで壊れちゃったらって思うと、私、私……!」

 

 目元を両手で覆いながら俯き、肩をプルプルと震わせるイロハ。

 イロハのそんな姿を見て、私はやっと理解した。

 彼女が抑え込んでいた痛みを。

 また見逃す所だった悲しみを。

 

 ――まったく、私ってば結局まだまだなのね。イロハがここまでトラウマになって抱え込んでいたのに気づいていなかったなんて。

 

 自分の愚かしさが嫌になってくる。分かったつもりでやっぱりまた分かってなかったのだ私は。

 でも、少なくともイロハはこうして言ってくれた。だったら、まだ私にもできる事はあるという事だ。

 

「……ごめんなさいイロハ。私もちょっとノンデリだったみたいね」

 

 イロハに近づき、そっと抱いてあげる。

 あの日、イロハがイブキにしたように、私も彼女を自分の胸の中で泣かせてあげる。

 

「うっ……うううっ……!」

「そうよね、イロハだってずっと辛いのを我慢してきたものね。今の万魔殿で一番仕事ができる訳だから自分が弱い所見せちゃいないって気負ってたのよね。……もう。みんな揃いも揃って、マコトちゃんの事を悪く言えないじゃないのこれじゃ」

 

 苦笑いしながら私はそっとイロハが被っていた制帽を取って置き、彼女の頭を優しく撫でた。

 

「ひっぐ……うぐ、ひっぐ……!」

 

 それからしばらく、イロハは泣き続けた。

 私はそれを、彼女が泣き止むまでずっと受け止め続けてあげた。

 

 

 

 

 

「……すみません、落ち着きました」

 

 イロハが目を真っ赤にしながらも私の胸を離れて言った。

 鼻水も少し出てしまっているのに気づき、彼女はすぐさまティッシュを取り出して噛んでいる。

 ……あれ? じゃあ私の制服にもしかしたら……。

 

「だ、大丈夫ですよ! 別にサツキ先輩の胸に鼻水なんてつけていませんから」

「そ、そう? 良かったわ……」

「もう……。……あの、ありがとうございます。ご迷惑おかけしました」

「いいのよ別に。これからは困ったときはお互い助け合わないと、でしょ?」

「そうですね。今は休ませてますけどそのうちチアキやイブキが戻ってきたときもみんなで力を合わせて頑張れるようにしないとですし、そこはまず私達がそういう関係にならないと駄目ですよね」

 

 イロハは軽く微笑んで私に言ってくれた。

 うん、どうやらすっかり、という程でもないけれど元に戻ったらしい。

 

「ええ、そうね! ……えっと、ところで……実は私、さっそく助けて欲しい事があるのだけれど……」

 

 私は少し気まずさを抱えながら振り返る。

 視線の先から見える窓の外はすっかり夜の帳が落ちて真っ暗になってしまったのだ。

 うん、これは一人じゃ帰れない。だって暗いのって苦手なんだもの。

 

「……はぁ。分かりました。しょうがないですね、これからはサツキ先輩のペースを考えてもうちょっと一日の仕事量をどうするか考えます」

 

 そう言ってくれたイロハは言葉では呆れていたが、顔は笑ってくれていた。

 結局私はその日、寮まで彼女に送ってもらう事になったのであった。

 

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